新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1254、2012/4/11 12:07

【行政・会社の厚生年金未加入と厚生年金特例法による救済】

質問:私は5年前から今の会社に勤めています。給与明細では,厚生年金保険料が毎月源泉徴収されていましたので,厚生年金に加入しているものと思っていましたが,最近になって,実は厚生年金の被保険者としての届出すらされておらず,丸5年間分,会社が保険料を納付していなかったことが最近わかりました。この5年分については,私の将来の年金額に反映されないのでしょうか。今から何とかする方法はないでしょうか。

回答:
1.厚生年金保険の被保険者としての事業主からの届出がなされていないと厚生年金被保険者の資格の効力が発生しないことになっています(厚生年金保険法18条,27条)。そこで,まず,事業主に対してただちに届出をするよう請求するか,被保険者からの確認請求をする必要があります。しかし,それだけでは過去の保険料の未払い分については救済されません。この点については,届出がなく,しかも給与から,厚生年金保険料が源泉徴収されていたとのことですから,平成19年12月19日に施行された「厚生年金保険の保険給付及び保険料の納付の特例等に関する法律」(以下,「厚生年金特例法」といいます。)の適用が考えられます。この法律によれば,事業主による届出又は被保険者による確認請求前に時効消滅した保険料に係る被保険者期間についても,将来の年金額に反映されることとされています。手続きとしては,証拠資料を添えて年金記録第三者委員会に,年金記録の訂正の申し立てをすることになります(厚生年金特例法1条1項)。
2.なお,会社の行為により年金額が減少する場合,将来得られたはずであろう年金額について損害賠償請求をすることも1つの方法として考えられますが,損害額の立証等が困難な場合も多いでしょう。会社に対する損害賠償請求の詳細については,当事務所の法律相談事例集キーワード検索1163番とその解説をご参照ください。

解説:
1 あなたは,会社に勤務しているということですが,すべての法人事業所に使用される70歳未満の者は,厚生年金保険の被保険者としての資格を有します(厚年6条1項)。また,厚生年金保険法上,政府は,保険料徴収権を有していますが,この収権は2年で時効により消滅するとされています(厚年92条1項)。保険料徴収権が時効消滅した後は,保険料を納付することができないという取り扱いがなされています。そして,時効消滅した保険料に係る被保険者期間については,保険給付がなされない扱いとなっています(厚年75条本文。なお,事業主による届出又は被保険者による確認請求の後で時効消滅した場合は,保険給付がなされることとなっています。同条但し書き)。
  以上を基礎的な知識として,まず厚生年金保険法の取り扱いについて以下説明し,その後で「厚生年金特例法」について説明します。

2 保険料徴収権の時効消滅と,年金給付額の関係
  前項の説明の通り,厚生年金保険法の取り扱いでは,保険料徴収権が時効により消滅し,保険料を納付することができなくなった場合に,この分に係る被保険者期間が将来の年金額に反映されるか否かは,事業主による届出(厚年第27条)や,被保険者による確認請求(厚年31条)がなされていたか否かによって異なります。

  ア 届出や確認請求がなされていた場合
    事業主による届出や,被保険者による確認請求がなされた後に時効消滅した保険料に係る被保険者期間は,将来の年金額に反映されます(厚年75条但書)。
    もっとも,事業主による届出や被保険者による確認請求がなされている場合には,保険者から事業主に対する納入の告知や督促により時効が中断されているでしょうから(厚年92条3項),現実的には,届出や確認請求の後に保険料徴収権が消滅することはまず考えられません。
  イ 届出や確認請求がなされていなかった場合
    この場合に保険料徴収権が消滅すると,消滅した保険料に係る被保険者期間は,将来の年金額に反映されません(厚年75条本文)。

3 今回のケースの問題点
  今回のケースでは,被保険者資格の取得について,事業主による届出(厚年27条)がなされていなかったということですから,被保険者としての資格はあったとしても被保険者と指定の効力は発生しておらず,年金記録にも記載されていないことになってしまっています(厚生年金保険法18条では,届出,または確認請求があった時に社会保険庁長官が確認して,資格の効力が生じることになっています)。現時点で時効消滅してしまった保険料に係る被保険者期間については,このままですと,将来の年金額に反映されません。しかし,あなたとすれば厚生年金保険料を給与から天引きされていたということですから,会社による届出も保険料の支払いもなされていたと信じていたと考えられ,これまでの期間が年金額に反映されないの不当な扱いと言えます。そこでこのような場合の救済策が必要となります。

4 会社に対する損害賠償請求による救済
  このような場合,会社に対して,時効消滅しなければ将来得られたはずであろう年金額を損害賠償請求をすることも1つの方法として考えられるところです。(詳細は,当事務所の法律相談事例集キーワード検索1163番とその解説をご参照ください)。しかし,今回のケースのように,給与明細上,厚生年金保険料が源泉徴収されているような場合には,あえて会社に対する損害賠償請求によらずとも,以下で詳しくご説明する厚生年金特例法による救済が受けられる可能性があります。

5 厚生年金特例法による救済
  あなたの給与明細では,厚生年金保険料が源泉徴収されていたとのことですので,今回,あなたに対する保険料徴収権が時効消滅したのは,事業主があなたから保険料を源泉徴収しておきながら,これを納付することを怠ったことが原因ということになります。つまり,あなた自身は保険料を負担していたにもかかわらず,これを事業主が納付しなかったために,厚生年金保険法の扱いではあなたの将来の年金額に反映されないということになりますが,これは極めて不合理な結論といわざるを得ません。
  今回のケースに限らず,年金保険料を負担した記録がありながら,社会保険庁の年金記録に反映されていないという事態がこれまで多数生じていました。これらの事態が,いわゆる「消えた年金」問題として社会問題化したため,「厚生年金特例法」が制定され,  平成19年12月19日から施行されています。この法律によれば,今回のケースのような場合,事業主による届出又は被保険者による確認請求前に時効消滅した保険料に係る被保険者期間についても,将来の年金額に反映されることとされています。
  以下,手続き等について詳しく解説します。

  (1) 記録の訂正の申立て
    時効消滅した保険料に係る被保険者期間について,将来の年金額に反映してもらうためには,まず,年金記録第三者委員会に,記録の訂正を申し立てる必要があります。あなたからの申し立てを受けると,年金記録第三者委員会は,提出された資料をもとに,事業主があなたから保険料を徴収していたか否か(今回のケースでいうと,給与から源泉徴収されていた事実があったか否か)を判断します。そして,年金記録第三者委員会が,保険料の源泉徴収があった(かつ,事業主がその保険料を納付したかが明らかでない)と認定した場合,厚生労働大臣は,年金記録第三者委員会の意見にしたがって,あなたの被保険者資格取得の確認や,標準報酬月額の決定等を行います(厚生年金特例法1条1項)。
    これに伴い,厚生労働大臣はあなたの年金記録を訂正しますが(同条2項),この訂正があった場合には,時効消滅の前に事業主による届出(厚年27条)があったものとして扱われ,厚生年金保険法75条但書の適用が受けられることにより,時効消滅した保険料に係る被保険者期間についても,将来の年金額に反映されることとなります。

  (2) 保険料の納付について
    なお,あなたは事業主に保険料を源泉徴収されていたわけですから,年金記録が訂正されたからといって,この訂正された期間の保険料を追加で支払う必要はありません。
    また,事業主としても,保険者の保険料徴収権は既に時効消滅しているわけですから,本来であれば,保険料を保険者に納付する必要はないことになります。しかし,厚生年金特例法は,この保険料について,事業主が特例納付保険料として納付できることとし,厚生労働大臣は,事業主に対して納付を勧奨しなければならないとしています(厚生年金特例法2条1項・同条2項)。
    さらに,年金記録第三者委員会が,事業主が保険料を納付していないと認めた場合に,事業主が厚生労働大臣の勧奨に対して保険料を納付する旨を申し出なければ,当該事業主をインターネット等の方法で公表し(厚生年金特例法3条),その後も保険料が納付されない場合には,国が特例納付保険料に相当する額を負担することとしています(厚生年金特例法2条9項)。
    このとおり,年金記録が訂正された場合にも,あなたが追加で保険料を負担することはなく,事業主か国か,いずれかの負担において処理されることとなります。

6 最後に
  以上のとおり,保険料の源泉徴収があったと年金記録第三者委員会に認定されれば,時効消滅してしまった保険料に係る被保険者期間も将来の年金額に反映されることとなります。
  もっとも,今回のケースのように,給与明細から源泉徴収の事実が明らかである場合には,比較的容易に源泉徴収の事実が認定されるでしょうが,こういった直接的な証拠がない場合には,認定に困難を伴うことも想定されます。そのような場合には,他の資料の収集の仕方や,源泉徴収の事実があったことの主張方法について,専門家に一度ご相談されることをお勧めいたします。

【参照条文】

≪厚生年金保険法≫
(届出)
第二十七条  適用事業所の事業主又は第十条第二項の同意をした事業主(以下単に「事業主」という。)は,厚生労働省令で定めるところにより,被保険者(被保険者であつた七十歳以上の者であつて当該適用事業所に使用されるものとして厚生労働省令で定める要件に該当するもの(以下「七十歳以上の使用される者」という。)を含む。)の資格の取得及び喪失(七十歳以上の使用される者にあつては,厚生労働省令で定める要件に該当するに至つた日及び当該要件に該当しなくなつた日)並びに報酬月額及び賞与額に関する事項を厚生労働大臣に届け出なければならない。
(確認の請求)
第三十一条  被保険者又は被保険者であつた者は,いつでも,第十八条第一項の規定による確認を請求することができる。
2  厚生労働大臣は,前項の規定による請求があつた場合において,その請求に係る事実がないと認めるときは,その請求を却下しなければならない。
第七十五条  保険料を徴収する権利が時効によつて消滅したときは,当該保険料に係る被保険者であつた期間に基く保険給付は,行わない。但し,当該被保険者であつた期間に係る被保険者の資格の取得について第二十七条の規定による届出又は第三十一条第一項の規定による確認の請求があつた後に,保険料を徴収する権利が時効によつて消滅したものであるときは,この限りでない。
(時効)
第九十二条  保険料その他この法律の規定による徴収金を徴収し,又はその還付を受ける権利は,二年を経過したとき,保険給付を受ける権利(当該権利に基づき支払期月ごとに又は一時金として支払うものとされる保険給付の支給を受ける権利を含む。第四項において同じ。)は,五年を経過したときは,時効によつて,消滅する。
2  年金たる保険給付を受ける権利の時効は,当該年金たる保険給付がその全額につき支給を停止されている間は,進行しない。
3  保険料その他この法律の規定による徴収金の納入の告知又は第八十六条第一項の規定による督促は,民法 (明治二十九年法律第八十九号)第百五十三条 の規定にかかわらず,時効中断の効力を有する。
4  保険給付を受ける権利については,会計法 (昭和二十二年法律第三十五号)第三十一条 の規定を適用しない。

≪厚生年金保険の保険給付及び保険料の納付の特例等に関する法律≫
(保険給付等に関する特例等)
第一条  国家行政組織法 (昭和二十三年法律第百二十号)第八条 に規定する機関であって年金記録に関する事項の調査審議を専門的に行うものの調査審議の結果として,厚生年金保険法 (昭和二十九年法律第百十五号)第二十七条 に規定する事業主が,同法第八十四条第一項 又は第二項 の規定により被保険者の負担すべき保険料を控除した事実があるにもかかわらず,当該被保険者に係る同法第八十二条第二項 の保険料を納付する義務を履行したことが明らかでない場合(当該保険料(以下「未納保険料」という。)を徴収する権利が時効によって消滅する前に同法第二十七条 の規定による届出又は同法第三十一条第一項 の規定による確認の請求があった場合を除き,未納保険料を徴収する権利が時効によって消滅している場合に限る。)に該当するとの当該機関の意見があった場合には,厚生労働大臣は,当該意見を尊重し,遅滞なく,未納保険料に係る期間を有する者(以下「特例対象者」という。)に係る同法 の規定による被保険者の資格の取得及び喪失の確認又は標準報酬月額若しくは標準賞与額の改定若しくは決定(以下この条及び次条において「確認等」という。)を行うものとする。ただし,特例対象者が,当該事業主が当該義務を履行していないことを知り,又は知り得る状態であったと認められる場合には,この限りでない。
2  厚生労働大臣は,特例対象者に係る確認等を行ったときは,厚生年金保険法第二十八条 の規定により記録した事項の訂正を行うものとする。
3  前項の訂正が行われた場合における厚生年金保険法第七十五条 ただし書の規定(他の法令において引用し,又は準用する場合を含む。)の適用については,未納保険料を徴収する権利が時効によって消滅する前に同法第二十七条 の規定による届出があったものとし,厚生労働大臣が確認等を行った特例対象者の厚生年金保険の被保険者であった期間について同法 による保険給付(これに相当する給付を含む。以下同じ。)を行うものとする。
(特例納付保険料の納付等)
第二条  厚生労働大臣が特例対象者に係る確認等を行った場合には,当該特例対象者を使用し,又は使用していた前条第一項の事業主(当該事業主の事業を承継する者及び当該事業主であった個人を含む。以下「対象事業主」という。)は,厚生労働省令で定めるところにより,特例納付保険料として,未納保険料に相当する額に厚生労働省令で定める額を加算した額を納付することができる。
2  厚生労働大臣は,対象事業主に対して,前項の特例納付保険料(以下「特例納付保険料」という。)の納付を勧奨しなければならない。ただし,やむを得ない事情のため当該勧奨を行うことができない場合は,この限りでない。
9  国は,毎年度,厚生労働大臣が特例対象者に係る確認等を行った場合(特例対象者に係る厚生年金保険法第八十二条第二項 の保険料を納付する義務が履行されたかどうか明らかでないと認められる場合において当該特例対象者に係る確認等を行ったときを除く。)であって次条(同条第一号 ロ又は第二号 ロに係る部分を除く。第一号において同じ。)の規定による公表を行ったときにおいて,その後に次の各号に掲げる場合に該当するときは,当該特例対象者に係る特例納付保険料の額に相当する額の総額を負担する。
一  次条の規定による公表を行った後において厚生労働大臣が定める期限までに第六項の規定による申出が行われなかった場合(次号の場合を除く。)
二  次のいずれかに該当するとき。
イ 厚生労働省令で定める期限までに第二項の規定による勧奨を行うことができない場合(ロに掲げる場合及び第四項の規定による勧奨を行った場合を除く。)
ロ イに規定する厚生労働省令で定める期限までに第二項及び第四項の規定による勧奨を行うことができない場合
(公表)
第三条  厚生労働大臣は,政府が管掌する厚生年金保険事業及び国民年金事業の適正な運営並びに厚生年金保険制度及び国民年金制度に対する国民の信頼の確保を図るため,次の各号に掲げる場合の区分に応じ当該各号に定める事項その他第一条第一項に規定する場合において厚生労働大臣が講ずる措置で厚生労働省令で定めるものの結果を,インターネットの利用その他の適切な方法により随時公表しなければならない。
一  対象事業主に対して前条第二項の規定による勧奨を行った場合(特例対象者に係る厚生年金保険法第八十二条第二項 の保険料を納付する義務が履行されたかどうか明らかでないと認められる場合において前条第二項の規定による勧奨を行ったときを除く。)において,イ又はロに掲げる場合に該当するとき。 当該対象事業主の氏名又は名称
イ 当該対象事業主が前条第五項の期限までに同条第六項の規定による申出を行わなかった場合
ロ 当該対象事業主が前条第五項の期限までに同条第六項の規定による申出を行ったが,同条第七項の規定に違反して,同項の納期限までに特例納付保険料を納付しない場合
二  前条第三項の役員であった者に対して同条第四項の規定による勧奨を行った場合(特例対象者に係る厚生年金保険法第八十二条第二項 の保険料を納付する義務が履行されたかどうか明らかでないと認められる場合において前条第四項の規定による勧奨を行ったときを除く。)において,イ又はロに掲げる場合に該当するとき。 当該役員であった者(厚生労働省令で定める者を除く。)の氏名
イ 当該役員であった者が前条第五項の期限までに同条第六項の規定による申出を行わなかった場合
ロ 当該役員であった者が前条第五項の期限までに同条第六項の規定による申出を行ったが,同条第七項の規定に違反して,同項の納期限までに特例納付保険料を納付しない場合三  イ又はロに掲げる場合に該当するとき。 当該対象事業主の氏名又は名称
イ 前条第二項の規定による勧奨を行うことができない場合(ロに掲げる場合,同条第四項の規定による勧奨を行った場合及び特例対象者に係る厚生年金保険法第八十二条第二項 の保険料を納付する義務が履行されたかどうか明らかでないと認められる場合において前条第二項の規定による勧奨を行うことができないときを除く。)
ロ 前条第二項及び第四項の規定による勧奨を行うことができない場合(特例対象者に係る厚生年金保険法第八十二条第二項 の保険料を納付する義務が履行されたかどうか明らかでないと認められる場合において前条第二項及び第四項の規定による勧奨を行うことができないときを除く。) 

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