新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1251、2012/4/6 14:37

【刑事・名誉毀損とインターネット上の論争・摘示した事実が真実と誤解した場合故意は阻却されるか・最判平成22年3月15日判決・最高裁昭和44年6月25日判決】

質問:インターネットの掲示板上に,ある宗教団体が脱税をしているという書き込みをしたところ,名誉毀損罪にあたると指摘を受けました。その掲示板には宗教団体の関係者も書き込みをしており,過激な調子で議論が交わされているという状況でしたが,名誉毀損罪になるのですか。私の書き込みは,インターネット上の別の複数のサイトから得た情報を記載したもので,私は真実だろうと思っていました。

回答:
1.名誉毀損罪が成立すると思われます。以下,解説で詳しく,名誉棄損罪の要件である@公然とA事実を摘示しB他人の名誉を毀損する,といえるか説明します。
2.また,摘示した事実が真実である場合は処罰されない場合もあり,また真実であると信じた場合は名誉棄損の故意が無いとして処罰されないこともあり,その点も解説で説明します。なお,インターネット上の掲示板等における発言については,発言が容易であり,真否が疑わしい発言が多くみられること,反論することも自由に認められていることから,名誉棄損罪の成立を制限する見解もありますので(但し,判例はインターネット上の掲示板への発言であっても特に例外とはしていません。),その点についても解説で説明します。実際には告訴されなければ罪に問われませんが,法律を念頭において,ネット上の発言にも十分に気をつけましょう。
3.事実の錯誤に関して事務所事例集論文1010番1008番参照。

解説:
1 名誉毀損罪の構成要件(刑法230条)
 名誉毀損罪の構成要件(犯罪にあてはまる行為の要素)は,@公然とA事実を摘示しB他人の名誉を毀損することです。
 @公然性は,不特定または多数の人に対する情報の発信であることを意味するので,インターネット上の掲示板への書き込みは不特定多数の人が閲覧することができるため,これに該当します。
 A「事実の摘示」は,単なる評価ではなく,具体的な事情を述べることであり,脱税をしているという記載はこれに該当します。
 B他人の名誉を毀損するとは,その他人の社会的評価を害するおそれを生じさせることであり,Aで摘示した事実が社会的評価を害するようなものであったことをいいます。脱税の事実は,国民の三大義務である,納税の義務を怠るばかりでなく,国家に対する詐欺行為であり,まさに社会的評価をおとしめる事実といえるので,これに該当します。

2 真実証明による不処罰(刑法230条の2)
 名誉毀損の中核をなす行為は事実の摘示であり,表現行為でもあります。名誉毀損を処罰することは,憲法が保障する表現の自由に対する制約であり,行きすぎないように調整が必要です。
 そこで,刑法230条の2により,上記1の@ABを満たす行為であっても(ア)事実が公共の利害に関するもので,(イ)目的に公益性があり,(ウ)事実が真実と証明されれば,処罰しないとされています。さらに,判例により,(ウ)’真実の証明ができない場合でも,真実であると誤信したことについて確実な資料・根拠に照らして相当の理由がある場合には,故意が欠けるので処罰しないとされています(最判昭和44年6月25日)。
 自由主義,個人主義の見地から,刑事責任の根拠は,行為者個人が社会生活上適法行為をしなければならないのに,これに反してあえて違法行為をしたところに求めることができるので(道義的責任論),犯罪となる構成要件に規定されている事実を認識,認容していることが必要になります。刑法38条1項はそういう意味です。事実の真実性は犯罪不処罰の要件(条文上は罰しないとしか規定していないので,その性格は以下の3説に分かれている。)として規定されていますので,通常の構成要件事実とは異なりますが,犯罪を構成する事実(構成要件事実)と同様に考えるべきです。
 
 本条の規定する真実の証明により処罰されない理由(法的性格)については,@構成要件該当,A違法性,B可罰性のいずれが阻却されるかについては議論がありますが,処罰しない根本的理由は厳格な要件の下に個人の名誉という人格的権利(憲法13条,幸福追求権)よりも表現,言論の自由(憲法21条)を優先させようとするものです。そうであれば,そもそも名誉毀損の@構成要件該当性がないと解釈するのが理論的であると思います。行為者が,犯罪不成立の事実(事実の真実性という構成要件阻却事由)を認識していたとすれば,適法行為を期待できる状況にはないので,故意の責任非難の前提がなくなると解釈することができます。適法行為を期待できない事実を認識している場合ですから,仮に真実でなかったとしても事実の錯誤となり故意(構成要件的故意)は阻却されることになります。適法行為を期待できる事実を認識しているのに自分の行為が許されると勘違いする刑法38条3項の法律の錯誤とは区別されます。法律の錯誤と,事実の錯誤については,事務所事例集論文を参照してください。事務所事例集論文1010番参照。尚,事実の真実性を処罰阻却事由と解すると,故意の対象事実にならないので,その錯誤は故意の成立とは無関係となり犯罪は成立することになります。又,違法性阻却事由ならば故意とは別の責任論の問題となります。

 (ウ)’の誤信の相当性は,従来の裁判例では厳格に解されており,一応の資料があるというだけでは足りず,裏付け調査などをして,かなり慎重に確認していた場合でなければ認められていないといえます。仮に当該事実が真実であると認識している以上,安易に真実であると思っても理論的には故意が阻却され,過失犯の問題になり名誉毀損に過失犯がない以上すべて不処罰になるようにも思います。しかし,安易に真実だと勘違いした場合すべてについて処罰できないとすると,本来表現の自由より優位的地位にある被害者の名誉という人格権(表現の自由は,幸福追求権保障の手段的地位にあること。)がないがしろにされ名誉毀損罪の趣旨が失われることから解釈により真実と信じた資料,証拠の存在を要求しているということになります。230条の2が,個人の人格的名誉権と民主主義の前提となる表現の自由による真実発見の調和として存在する以上妥当な解釈と言わざるを得ません。前記最高裁判例(後記掲載)も基本的に同趣旨と思われます。

3 インターネット上の表現の特殊性
 インターネットは誰もが簡単に利用でき,真偽が十分に検証されていない発言も多く飛び交っています。また,発信者と受信者が対等であり,攻撃的な発言に対して反論の発言ができるという点が,従来の表現手段とは異なる特徴です。これらの特徴に鑑みて,インターネット上の表現については,従来の表現と比べて名誉毀損罪が成立する場合を狭くするべきではないかという見解があります。言論に対しては対抗言論で闘うのが本来の姿であり,それができるインターネットの場では,表現の自由に対する制約を後退させるべきだという「対抗言論の法理」がその根拠です。
 この問題について,東京地判平成20年2月29日は,対抗言論の法理に積極的に依拠し,インターネット上の表現で名誉毀損罪に問われた被告人を無罪とする判断を下しました。インターネット上の表現については,上記(ウ)’の判断において,「インターネットの個人利用者に対して要求される水準を満たす調査」をしていればよいという判断をしたのです。

 しかし,この判断は控訴審の高等裁判所で覆され,上告審の最高裁判所でも高等裁判所の判断が支持されました。上告審判決である最判平成22年3月15日は次のように述べます。
 「個人利用者がインターネット上に掲載したものであるからといって,おしなべて,閲覧者において信頼性の低い情報として受け取るとは限らないのであって,相当の理由の存否を判断するに際し,これを一律に,個人が他の表現手段を利用した場合と区別して考えるべき根拠はない。そして,インターネット上に載せた情報は,不特定多数のインターネット利用者が瞬時に閲覧可能であり,これによる名誉毀損の被害は時として深刻なものとなり得ること,一度損なわれた名誉の回復は容易ではなく,インターネット上での反論によって十分にその回復が図られる保障があるわけでもないことなどを考慮すると,インターネットの個人利用者による表現行為の場合においても,他の場合と同様に,行為者が摘示した事実を真実であると誤信したことについて,確実な資料,根拠に照らして相当の理由があると認められるときに限り,名誉毀損罪は成立しないものと解するのが相当であって,より緩やかな要件で同罪の成立を否定すべき物とは解されない。」
 ご質問のケースのように,他のサイト上で得た情報が資料となる程度では,「確実な資料,根拠」といいがたいので,名誉毀損罪の成立は否定されないということになります。

《参考条文》

(名誉毀損)
第二百三十条  公然と事実を摘示し,人の名誉を毀損した者は,その事実の有無にかかわらず,三年以下の懲役若しくは禁錮又は五十万円以下の罰金に処する。
2  死者の名誉を毀損した者は,虚偽の事実を摘示することによってした場合でなければ,罰しない。
(公共の利害に関する場合の特例)
第二百三十条の二  前条第一項の行為が公共の利害に関する事実に係り,かつ,その目的が専ら公益を図ることにあったと認める場合には,事実の真否を判断し,真実であることの証明があったときは,これを罰しない。
2  前項の規定の適用については,公訴が提起されるに至っていない人の犯罪行為に関する事実は,公共の利害に関する事実とみなす。
3  前条第一項の行為が公務員又は公選による公務員の候補者に関する事実に係る場合には,事実の真否を判断し,真実であることの証明があったときは,これを罰しない。
(親告罪)
第二百三十二条  この章の罪は,告訴がなければ公訴を提起することができない。

《判例掲載》

最高裁昭和44年6月25日判決 名誉毀損事件

しかし,所論にかんがみ職権をもつて検討すると,原判決が維持した第一審判示事実の要旨は,
「被告人は,その発行する昭和三八年二月一八日付『夕刊和歌山時事』に,『吸血鬼坂口得一郎の罪業』と題し,得一郎こと坂口徳一郎本人または同人の指示のもとに同人経営の和歌山特だね新聞の記者が和歌山市役所土木部の某課長に向かつて『出すものを出せば目をつむつてやるんだが,チビリくさるのでやつたるんや』と聞こえよがしの捨てせりふを吐いたうえ,今度は上層の某主幹に向かつて『しかし魚心あれば水心ということもある,どうだ,お前にも汚職の疑いがあるが,一つ席を変えて一杯やりながら話をつけるか』と凄んだ旨の記事を掲載,頒布し,もつて公然事実を摘示して右坂口の名誉を毀損した。』
というのであり,第一審判決は,右の認定事実に刑法二三〇条一項を適用し,被告人に対し有罪の言渡しをした。
 そして,原審弁護人が「被告人は証明可能な程度の資料,根拠をもつて事実を真実と確信したから,被告人には名誉毀損の故意が阻却され,犯罪は成立しない。」旨を主張したのに対し,原判決は,「被告人の摘示した事実につき真実であることの証明がない以上,被告人において真実であると誤信していたとしても,故意を阻却せず,名誉毀損罪の刑責を免れることができないことは,すでに最高裁判所の判例(昭和三四年五月七日第一小法廷判決,刑集一三巻五号六四一頁)の趣旨とするところである」と判示して,右主張を排斥し,被告人が真実であると誤信したことにつき相当の理由があつたとしても名誉毀損の罪責を免れえない旨を明らかにしている。
 しかし,刑法二三〇条ノ二の規定は,人格権としての個人の名誉の保護と,憲法二一条による正当な言論の保障との調和をはかつたものというべきであり,これら両者間の調和と均衡を考慮するならば,たとい刑法二三〇条ノ二第一項にいう事実が真実であることの証明がない場合でも,行為者がその事実を真実であると誤信し,その誤信したことについて,確実な資料,根拠に照らし相当の理由があるときは,犯罪の故意がなく,名誉毀損の罪は成立しないものと解するのが相当である。これと異なり,右のような誤信があつたとしても,およそ事実が真実であることの証明がない以上名誉毀損の罪責を免れることがないとした当裁判所の前記判例(昭和三三年(あ)第二六九八号同三四年五月七日第一小法廷判決,刑集一三巻五号六四一頁)は,これを変更すべきものと認める。したがつて,原判決の前記判断は法令の解釈適用を誤つたものといわなければならない。 
 ところで,前記認定事実に相応する公訴事実に関し,被告人側の申請にかかる証人吉村貞康が同公訴事実の記事内容に関する情報を和歌山市役所の職員から聞きこみこれを被告人に提供した旨を証言したのに対し,これが伝聞証拠であることを理由に検察官から異議の申立があり,第一審はこれを認め,異議のあつた部分全部につきこれを排除する旨の決定をし,その結果,被告人は,右公訴事実につき,いまだ右記事の内容が真実であることの証明がなく,また,被告人が真実であると信ずるにつき相当の理由があつたと認めることはできないものとして,前記有罪判決を受けるに至つており,原判決も,右の結論を支持していることが明らかである。
 しかし,第一審において,弁護人が「本件は,その動機,目的において公益をはかるためにやむなくなされたものであり,刑法二三〇条ノ二の適用によつて,当然無罪たるべきものである。」旨の意見を述べたうえ,前記公訴事実につき証人吉村貞康を申請し,第一審が,立証趣旨になんらの制限を加えることなく,同証人を採用している等記録にあらわれた本件の経過からみれば,吉村証人の立証趣旨は,被告人が本件記事内容を真実であると誤信したことにつき相当の理由があつたことをも含むものと解するのが相当である。
 してみれば,前記吉村の証言中第一審が証拠排除の決定をした前記部分は,本件記事内容が真実であるかどうかの点については伝聞証拠であるが,被告人が本件記事内容を真実であると誤信したことにつき相当の理由があつたかどうかの点については伝聞証拠とはいえないから,第一審は,伝聞証拠の意義に関する法令の解釈を誤り,排除してはならない証拠を排除した違法があり,これを是認した原判決には法令の解釈を誤り審理不尽に陥つた違法があるものといわなければならない。
 されば,本件においては,被告人が本件記事内容を真実であると誤信したことにつき,確実な資料,根拠に照らし相当な理由があつたかどうかを慎重に審理検討したうえ刑法二三〇条ノ二第一項の免責があるかどうかを判断すべきであつたので,右に判示した原判決の各違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであり,これを破棄しなければいちじるしく正義に反するものといわなければならない。
 よつて,刑訴法四一一条一号により原判決および第一審判決を破棄し,さらに審理を尽くさせるため同法四一三条本文により本件を和歌山地方裁判所に差し戻すこととし,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 石田和外 裁判官 入江俊郎 裁判官 長部謹吾 裁判官 城戸芳彦 裁判官 田中二郎 裁判官 松田二郎 裁判官 岩田誠 裁判官 下村三郎 裁判官 色川幸太郎 裁判官 大隅健一郎 裁判官 松本正雄 裁判官 飯村義美 裁判官 村上朝一 裁判官 関根小郷)

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