新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1198、2011/12/12 13:52

【親族・婚約解消と結納金・指輪の代金の返還・信義誠実の原則】

質問:婚約を解消したい旨告げたところ,婚約破棄をしたのは私の方だから結納金を返せとか,婚約指輪の代金を支払えなどという請求をしてきました。私は彼の要求に応じないといけないのでしょうか。婚約の解消の理由は,男女関係はありませんでしたが,私が細身で健康的でないことが指摘され,嫁入り道具にもいろいろと高額なものを要求し具体的注文をつけてくるし,料理の勉強が不十分であるとか,家庭の躾が足りない,責任感がないなど,母親と一緒になって私と私の両親に意見するのでいやになってしまったのです。↓
回答
1.結納は,一般的に,婚姻の成立に向けて授受される贈与と考えられており,目的である婚姻の成立が達成されなかったときは,原則とし,結納金は返還されることになります。もっとも,婚約解消について責任がある方の当事者からの結納金の返還請求は,信義則上許されないと考えられています。また,婚約に際して送られる婚約指輪についても同様に考えられます。なお,婚約の解消について責任があるか否かが問題であって,婚約解消をどちらから申し入れたかは,結納金の返還についての結論を左右するものではありません。そのため,相手方に責任がある場合に婚約が解消されれば,責任がないあなたが受け取った結納金や婚約指輪は返さなくてもいいということになります。
2.むしろ,本件のような事情であれば,あなたの方から彼に対して結納返しの品を返すように請求したり,相手と,母親双方に対して慰謝料等を請求したりすることができる可能性があると考えられます。それでも相手が結納金の返還請求を続けてきたり,裁判を起こしてきたりする場合には,法律の専門家である弁護士に相談して対応を考えた方がよいでしょう。徳島地裁昭和57年6月21日判決 (損害賠償請求事件)を参照してください。
3.婚約関係の当事務所事例集:783番516番204番115番37番36番参照。

解説:
1.(結納の法的性質について)
  結納の法的性質については,婚姻の成立を目的とする贈与と考えられています。判例は,婚約の証であるという点も加味して,「結納は,婚約の成立を確証し,あわせて,婚姻が成立した場合に当事者ないし当事者両家間の情誼を厚くする目的で授受される一種の贈与である」(最高裁昭和39年9月4日判決)としています。
  このように,結納は,婚姻の成立に向けて,婚姻の成立を目的として授受される贈与であると考えられることから,婚約が解消されて婚姻の成立が達成されないことになった場合には,贈与契約も解消されてなかったものとなり,原則として結納金は法律上の原因なくして受領したことになり,不当利得として相手方に返還されることになります。

2.(有責者による結納の返還請求は認められるか)
  しかし,結納を交付した側に婚約解消の責任がある場合には,自らの責任で婚約解消という事態を招いておきながら結納金は返してもらうということは信義誠実の原則に反するものといえ,信義則上,結納金の返還を請求することはできないと考えられています。判例上も同様です(東京高裁昭和57年4月27日判決,大阪地裁昭和41年1月18日判決等)。
  なお,結納を受け取った側にも婚約解消についてある程度の責任があるとされた場合は,双方の責任の度合いを比較して,結納を交付した側の責任が結納を受け取った側の責任よりも重いとき,結納の返還請求が認められないものと考えられています(福岡地裁小倉支部昭和48年2月26日判決)。
  信義誠実の原則(民法1条)は,法の理想を実現するための手段的制度である私的自治の原則に内在し形式的な法の適用による不公平,不公正を是正するものでありすべての契約関係に適用されます。

3.(婚約指輪等の返還請求について)
  女性が受け取った婚約指輪についても,上記の結納金と同じように考えられます。そのため,婚約解消の責任がある相手方からの返還請求や代金支払請求については拒否することができると考えられます。
  なお,女性側から交付した結納返しの品については,婚約解消に伴い返還を請求することができます。結納返しは婚約解消により意味を失い相手方の不当利得に当たるからです。
  また,結納の返還請求とは異なりますが,婚約解消に責任のある相手方に対しては,婚約という契約の不履行を理由に債務不履行に基づく損害賠償請求として慰謝料請求もできると考えられます。自由主義社会においてはすべての権利義務発生は基本的に互いの契約によって生じると言う関係にあり(私的自治の原則 そのほか不法行為等),結婚もその前段階の婚約も一種の無名契約として互いに契約に基づく法的拘束を受けることになります。相手の請求を拒否するだけではなく,こちらから請求すべきものについてはきちんと請求した方がよいでしょう。婚約を解消した相手方とはもう直接話をしたくないなど,ご自身だけでは交渉や請求が難しいようでしたら,法律の専門家である弁護士に相談してみるとよいでしょう。

4.(参考判例の検討)

  以下いずれの判決も具体的妥当性を有するものと考えます。

 (1)最高裁昭和39年9月4日判決
 「原判決によれば,原審は,上告人の結納金返還請求につき,所論の如き判示をしたのではなく,結納は,婚約の成立を確証し,あわせて,婚姻が成立した場合に当事者ないし当事者両家間の情誼を厚くする目的で授受される一種の贈与であるから,本件の如く挙式後八カ月余も夫婦生活を続け,その間婚姻の届出も完了し,法律上の婚姻が成立した場合においては,すでに結納授受の目的を達したのであつて,たとい,その後結納の受領者たる被上告人からの申出により協議離婚をするに至つたとしても,被上告人には,右結納を返還すべき義務はないと解すべきであり,これと異なる慣習の存在することを認むべき資料もないから,上告人の結納金返還の請求は失当であると判断したのであつて,原審の右判断は正当である。」

 (2)東京高裁昭和57年4月27日判決
 「結局婚姻が不成立に終ったものであるが,……そのような事態に立ち至ったのは,もっぱら控訴人の責に帰すべき事由によるものであり,被控訴人には,何ら責に帰すべき事由はないというべきである。したがって,控訴人が被控訴人に対し不当利得として本件結納金の返還を求めることは,信義則上許されないものというべきであり,また,被控訴人の本件婚約不履行による損害賠償請求も理由がないことが明らかである。」

 (3)大阪地裁昭和41年1月18日判決
 「原告主張の日,原告と被告丙野花子との間に本件婚姻予約が成立し,同日原告が同被告に対し本件結納を交付した後,原告が一方的に本件婚姻予約を破棄したことは前記認定のとおりである。 
  そこで,かかる場合に,被告丙野花子はその受けたる本件結納を不当利得として原告に返還すべき義務があるか否かについて考えてみる。 
  そもそも結納なるものは,婚姻予約が成立した場合に,その事実を確認すると同時に,その誠実な履行による婚姻の成立を希念して,金員布帛等を授受するわが国古来の慣行にしてその慣行の内容たるや,極めて区々であり,その時代,その地方によりそれぞれ異っているのが実情であるということができる。従って,結納の法的性質についてはこれを一義的に割切ることは許されないので,まず第一に,それが授受された当時におけるその地方の慣習によるべきであるところ本件結納の授受された土地である奈良県下の慣習については≪証拠省略≫によるもこれを適確に判定することができず,他にこれを認めるに足る証拠はない。 

  そこで本件結納の性質は,本来の目的等からそれを授受した当事者の意思を合理的に解釈して決定するほかないところ,一般的にみて結納は婚姻の成立を前提としてなされるものではあるが,その後婚姻が不成立に終った場合にその前提を失ったからといって,常に不当利得の法理により必ず返還すべきものとも解することができない。むしろ,結納は婚姻予約の成立を確証し,その誠実なる履行を誓い合い,併わせて将来,婚姻の成立により生ずる親族間の友誼を厚くするための精神的結合の印として儀礼上授受されるものであるから,婚姻予約が,合意により解除せられた場合等は格別として,前記認定のとおり破約の原因がもっぱら結納を交付した原告の側にある本件においては,破約に対する制裁として,原告は結納の返還を請求する権利を有しないものとすることが,信義誠実の原則等に照らし本件結納を授受した当時における原,被告の意思に合致するものということができる。」

 (4)福岡地裁小倉支部昭和48年2月26日判決
 「原告の本訴請求のうち結納金二〇万円と指輪代及び水引酒肴料等(以下結納等という)の返還請求について若干の考察を加えるに,結納等の法的性質は婚約の成立を確証し,あわせて婚姻が成立した場合に当事者ないし当事者両家間の情誼を厚くする目的で授受される一種の贈与というべきであるから,婚約が解消され,法律上の婚姻が成立しない場合には出捐の原因を欠くことになつて,結納等は不当利得となり,従つて返還義務を生ずるが,結納者及び結納受領者双方に婚約解消についての責任(但しこの責任は必ずしも法律上債務不履行ないし不法行為の責任を生ぜしめるべき責任を意味するものでなく,道義的,倫理的責任をいう)が存するときは,信義則上ないし権利濫用の法理からして,結納者の責任が結納受領者の責任より重くないときに限り結納等の返還を許し,より重いときはその返還を請求することはできないと解すべきところ,之を本件につきみると,前段認定のとおり,被告Yが原告の性格につき充分の知識がないまゝ紹介者の言を盲信し且つその医師という肩書を過信して婚約したことは若干の軽そつの譏りを免れずまた新婚初夜いかなる事由があるにせよ新郎に無断で実家に逃げ帰るが如き所業は新婦として甚だしく不穏当な態度であることに変りはないのであるが,新婦に対する想いやりもなく,その不安な心理を無視して顧みない原告の挙式当日の言動は新郎として極めて非常識な態度というべきであり,婚姻解消についての両者の責任を彼此比較衡量すれば,原告の責任が同被告の責任を上廻るものと認めるが相当であり,果して然らば,原告は同被告に対し結納金二〇万円等の返還を請求できないといわなければならない。」

 (5)徳島地裁昭和57年6月21日判決 (損害賠償請求事件)
  本件は,婚約の不当破棄について責任がある(細身で気に入らない,料理が粗末等)男性の結納金の返還を認めていません。その他,慰謝料400万円,婚約による退職の逸失利益,嫁入り道具の約70%の損害を認めています。そのほか共同不法行為として婚約破棄に積極的に同調し進めた母親も責任を負っています。男女の関係がなくても慰謝料請求等は認められています。

母親の共同責任の理由抜粋。
 「原告は被告松子も被告一郎の右不法行為に加担した旨主張するものであるところ,《証拠略》によると,被告一郎は原告と結納をかわして交際中,原告が約束の時刻に遅れることがあり,身なりにも概して無頓着であり,或は料理が上手ではないなどとしてこれを不満とするに至り,とりわけ,原告の体つきが細いことを気にして右婚姻に次第に気が進まなくなり,これを原告に打ち明けたことはないが,実母である被告松子には打ち明けたうえ,尚決断するに至らなくて悶々としていたところ,同年四月二六日夜,被告らはこの問題につき自宅に親戚の者数名と仲人戊田夏子を集めて話合いを持つに至ったこと,右席上,親戚の者や戊田は婚姻するかどうかはひっきょう被告一郎の気持ち次第という態度をとり,同被告は,日程の切迫感に追われて非常に悩みながらも,やはり自分は結婚するつもりである旨の決意を披瀝したのに対し,被告松子はすでに早く同年三月下旬ごろより原告に好感を抱いておらず,原告の欠点をあれこれ指摘して,この婚姻に反対する旨をかねてより被告一郎に伝えてあったところから,ここでも右婚姻に強く反対し,右反対の意見を繰り返して述べたので,遂には被告らの間において見解の相異のあることを示したまま右話し合いが終了したこと,翌四月二七日における前述した原告宅での話し合いの席上,被告らが原告に対し料理が下手だとか,家庭の躾けが悪いとか体が細いなどとこもごも苦情を呈し,そのため原告が泣き出した際,被告一郎はそれを見てこれからは二人で力を合わせてやって行こうなどと言って原告を慰め,割り切れない気持ちながらも五月五日の結婚式を中止するまでの決断がつかなかったところ,翌四月二八日朝,戊田がそれまでの被告ら,殊に被告松子の態度に不安を持って,同被告に電話し,結婚することに変わりはないか,嫌なら今から断ってもよいと申しむけたところ,被告らにおいて,にわかに,今からでも断わることができるなら断ってほしい旨明言するに至り,さらに被告らはそろって戊田宅に出むいたうえ,こもごも,本件婚約を解消したいからその旨を原告に伝えてくれるよう断言し,そのため戊田は直ちに原告宅に電話してその旨を伝えたこと,被告一郎は本件破棄後の同年六月ごろ,原告との仲の取りなしを知人に依頼して原告より拒否されたことを認めることができ,右認定に反する証拠はない。
 
 而して右事実によると,被告らは結納交付後ともに本件婚姻につき消極的態度に変じたものであるところ,被告松子の右態度が強硬であったのに対し,被告一郎のそれは同松子の働きかけを受けながらもむしろ優柔不断なものであって,婚姻破棄の意思表示を敢てした当の四月二八日朝に至るまでの間は結婚式を実際にとりやめるまでの決意には至っておらず,仮に被告松子が同一郎に対し婚約の履行をすすめなかったまでも,かくまで反対の意思を強調することがなかったならば,同被告において,なおいくらかの逡巡を呈しつつも,本件婚約を破棄することなく婚姻していたものというべきである。かかる場合被告松子の右各行為,すなわち被告一郎に対する婚姻反対の働きかけ,原告の欠点の指摘,四月二八日の戊田への電話並びに被告一郎と同行したうえの婚約解消の依頼等の各行為は一体となって被告一郎の婚約破棄の決意を誘発せしめ,右決意の形成に寄与したものというのが相当であり,ひっきょうこれらは被告一郎による婚約破棄と相当因果関係を有すると解すべきである。
 それ故被告らは共同不法行為者として原告に対して右婚約破棄によって生じた損害について連帯して賠償の義務を負うものである。」

《参照条文》

民法
(債務不履行による損害賠償)
第四百十五条  債務者がその債務の本旨に従った履行をしないときは,債権者は,これによって生じた損害の賠償を請求することができる。債務者の責めに帰すべき事由によって履行をすることができなくなったときも,同様とする。

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