新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1195、2011/12/7 14:16

【民事・アパートにおけるペット飼育禁止条項と違反(野良猫飼育)による退去請求・東京地裁昭和58年1月28日判決・判例時報1080号−78頁参照】

質問:私は、アパートを賃貸しているのですが、その賃貸借契約において、ペットの飼育を禁止する特約を設けています。それにもかかわらず、賃借人甲は、野良猫をたくさん飼い始めています。離し飼いにしているため、糞尿の臭いや建物への損壊が激しく、隣室の住民らにも著しい迷惑を掛けています。このような場合、特約違反を理由に甲の退去を求めることは出来ますでしょうか?

回答:
1.ペット飼育禁止の特約は基本的に有効です。
2.特約違反による契約解除、退去請求ですが、その判断は、飼育しているペットの種類、性質、賃借人の飼育の内容、状況、近隣の住人への影響の程度、賃貸建物への損壊等の危険性の有無、程度、賃借人の特殊事情などを基に社会通念に照らし総合的に判断することになります。
3.集合住宅における多数の野良猫の飼育については、契約解除が認められる可能性が大きいと思います。後記判例を参照してください。
4.法律相談事例集キーワード検索:1071番918番107番参照。

解説:
1.(問題点)
  問題点は@ペット飼育禁止の特約の有効性、A有効である場合にさらに特約違反を理由に本件賃貸借契約の解除が認められるか、の2点が問題となります。

2.(ペット飼育禁止特約の有効性 借地借家法30条、旧借家法30条)
  アパートなどの共同住宅の賃貸借契約書には、賃借人に対して動物の飼育を禁止し、これに違反した場合を賃貸借契約の解除事由の一つとして明記することが多くみられますが、一方で借地借家法30条や旧借家法6条には、賃貸人の契約に関する特約でこの法律の規定に反して賃借人に不利なものを無効とする旨定めていますので、本件特約がこれらの規定に反しないか疑問が生じます。
  この点については、一般的にペットの飼育を禁止する特約には下記のような合理性があると考えられ、無効とはいえないものと考えられています。すなわち、共同住宅の賃貸人には、他の借家人に対して静穏に居住させる義務責任を負っているため、動物の悪臭騒音等により他の借家人に迷惑を掛けるのを防止する必要があること、ペットの飼育は他の居住者に迷惑を及ぼすおそれがあること、借家人のペットの飼育により賃貸建物の内部が汚されたり壊されたりする危険があること、借家の評価が下がり空室が増える恐れがあることなどの理由から、ペット飼育禁止特約は有効であると考えられています。

3.(特約違反と賃貸借契約の解除要件は) 
  次に、ペット飼育禁止特約に違反した場合に、本件特約違反を理由に直ちに本件賃貸借契約を解除できるか問題となります。契約に違反してはいるのですが、借家人にとって建物に居住する権利は生活の根幹をなる重要なものであるので、その保護が必要です。そこで、たとえ特約違反があったとしても、それが賃貸人との間の信頼関係を損なう程度の違反でなければ解除はできないものと解されています(最判昭50・2・20民集29−2−99)。信頼関係を損なう程度の違反か否かの判断は、飼育しているペットの種類、性質、賃借人の飼育の内容、状況、近隣の住人への影響の程度、賃貸建物への損壊等の危険性の有無、程度、賃借人の特殊事情などを基に社会通念に照らし総合的に判断することになります。

  具体的には、飼育しているペットが犬・猫の場合、糞尿や抜け毛などの衛生面、悪臭など周辺住民への不快感、鳴き声などの騒音などの近隣住民への悪影響が大きいですので、賃借人が飼い主として相当の注意をしない限り、契約解除が認められる可能性が高いでしょう。ただ、盲導犬や聴導犬などの場合、賃借人の生活に不可欠な存在であり、また高度に訓練されていることが多く、近隣への迷惑も少ないと思われることから、このような賃借人の特殊な事情がある場合には契約解除は無効となる可能性が十分あります。また、ペットが小鳥や金魚などのような場合には、飼育方法に注意して、部屋の汚れが少なく、近隣住民への騒音や悪臭がない場合には、信頼関係を損なうものとはいえないと評価されます。ハムスターなどの小動物の場合は、檻から逃げ出して建物を破損する恐れもあり、糞尿などの衛生面に問題もありますので、解除が認められる可能性が残されていると思います。

4.(判例)
  裁判例においても、ペット飼育禁止特約に違反した賃借人に対する賃貸人の解除を認めるものがあります。それらの裁判例は、ペット飼育禁止の特約違反だけではなく、さらに飼い主の飼育方法自体に問題があることやそれによる賃貸人や近隣住民に与える迷惑の程度など総合的に勘案して契約の解除の有効性を判断しています。
  
判例@東京地裁昭和58年1月28日判決、判例時報1080号−78頁。
  飼い猫禁止特約のある賃貸マンションにおいて猫を飼い、また野良猫を飼育していた賃借人に対し賃貸人が契約解除をした事案で以下のように判断しています。妥当な判断です。
  判決抜粋、「本件のような多数の居住者を擁する賃貸マンションにおいて、猫の飼育が自由に許されるとするならば、家屋内の柱や畳等が傷つけられるとか、猫の排泄物などのためにマンションの内外が不衛生になるという事態を生じ、あるいは、近隣居住者の中に日常生活において種々の不快な念を懐くものの出てくることは避け難いし、更には、前記認定のように転居の際に捨てられた猫が居着いて野良猫化し、マンションの居住者に被害を与えたり、環境の悪化に拍車をかけるであろうことは推測に難くないから、本件のようなマンションにおいては猫の飼育を禁止するような特約がなされざるをえないものということができる。従って、本件のようなマンションにおいてかかる特約がなされた以上、賃借人はこれを厳守する義務がある。もっとも、原告は、猫の爪を切ったり、その排泄物の処理については意を用いていたことは前記認定のとおりであるが、それだけでは右特約を遵守しているものとはいい難いし、更に、原告は本件マンションの敷地内でも野良猫に餌を与えたり、あるいは、賃貸借契約書中の記載をほしいままに塗りつぶし、猫の飼育についても被告の承諾をえたかのような工作さえしていることは前記認定のとおりである。そうすると、原告と被告間の信頼関係はすでに失われているものということができるから」

判例A(東京地栽昭和61年10月7日判決 判時1221−118)。
判決の内容、判決抜粋後記参照。
  ペット飼育禁止特約がある賃貸借契約により木造アパートの一室に居住していた賃借人が、多数の野良猫を飼育するようになったために、賃借人が解除した事案にて、野良猫がアパートに居着くようになり、抜け毛や足跡、餌の食い散らかしや嘔吐物・糞尿等で二階廊下が汚れ、悪臭が漂うなど不潔で衛生上問題があり他の居住者にも迷惑を及ぼしている等の事実を認定した上で、賃借人は右特約に違反しており、賃貸人らの再三の申し入れにもかかわらず餌をやり続けていたことなどの事情も加味して賃貸借契約当事者間の信頼関係はすでに失われているとして、解除の効力をみとめています。妥当な判断です。

判例B
東京地裁平成12年1月26日民事第二四部判決(都営住宅のペット飼育禁止の確認等請求事件)野良猫1匹を都営住宅で飼育した事案について不法行為を否定しています。妥当な判断です。
  判決抜粋
「争点3(被告Y1、被告Y2の不法行為責任の成否等)
1 被告Y1について

(一)前記一のとおり、被告Y1が平成九年三月ころから平成一一年一〇月ころまで、途中の一時期を除き本件アパートの同人方で本件猫を飼育していたこと、同猫が二回にわたって原告方に侵入したことはいずれもこれを認めることができる。

(二)ところで、原告の主張は必ずしも明確ではないものの、被告Y1が猫を飼育していたこと自体による損害賠償をも請求する趣旨とも解されるところである。
 しかし、被告Y1が本件猫を飼育していたことが、直ちに原告に対する不法行為となるものとは認められない。
 すなわち、確かに集合住宅で犬や猫等のペットを飼育することは、鳴き声や悪臭、抜け毛等によって、一定程度集合住宅全体の住環境を悪化させる一般的な恐れが想定できるものであることは否定できないところであるが、右のような一般的な恐れがあることのみを理由として不法行為の成立を認めることができるものではなく、そのような一般的な恐れであったものが、受忍限度の範囲を超えて具体的な侵害の程度に至った場合に初めて不法行為が成立するものというべきであるところ、本件においては、被告Y1が猫を飼育したこと自体が、受忍限度の範囲を超えて、原告に何らかの具体的な損害を及ぼしたとの主張立証は、次に触れる本件猫が二回侵入したとの点を除いて何らされておらず、被告Y1が猫を飼育していたこと自体が原告に対する不法行為となるとすることはできないからである。

(三)また、本件猫が二回にわたって原告方に侵入したことについても、以下の各点を考慮すれば、原告に損害が生じたとしてもその損害は既に慰謝されており、損害賠償請求は認められないものというほかない。
 すなわち、前記一で認定のとおり、〔1〕本件猫が原告方に侵入したのは二回とも単なる偶然であって、被告Y1が意図したものではないこと、〔2〕本件猫が侵入していた時間は第一侵入でも長くとも二〇分程度であり、第二侵入はごく短時間であると認められること、〔3〕原告が第一侵入で受けたとする被害は植木鉢が割られたことと、家の中を猫が走り回って部屋を汚したことのみで、しかも第二侵入ではこれと言った被害は受けておらず、原告の受けたとする被害は軽微であること、〔4〕第一侵入の際には被告Y1は原告に謝罪し、壊したものがあれば弁償するとも述べているにもかかわらず、原告はむしろそれを断っていることなどを考慮すると、被告Y1は、社会通念上必要とされる慰謝の方法を既に尽くしているものであって、原告には、これ以上に慰謝料を支払ってまで慰謝しなくてはならない損害は存在しないと認められる。その他、これを認めるに足りる的確な証拠はないといわざるを得ないからである。

2 被告Y2について

(一)前記一のとおり、被告Y2についても、平成一〇年六月ころから平成一一年二月ころまで、同人方で本件犬が飼育されていたこと、本件犬が原告方に一回侵入したことはいずれもこれを認めることができる。

(二)しかし、被告Y2が犬を飼育していたこと自体が原告に対する不法行為となるものでないことは、被告Y1の場合の前記1の(二)と同様である。

(三)また、本件犬が原告方に侵入したことについても、以下の各点を考慮すれば、原告に損害が生じたとしてもその損害は既に慰謝されており、損害賠償請求は認められないものというほかない。
 すなわち、前記一で認定のとおり、〔1〕本件犬が原告方に侵入したのは単なる偶然であって、被告Y2が意図したものでないこと、〔2〕本件犬が原告方に侵入した直後に被告Y2は本件犬の名前を呼ぶなどして呼び戻そうとしており、原告方に本件犬が留まったのは原告が玄関のドアを閉めたことによるもので、そうでなければ本件犬は自発的に原告方から出ていったと考えられること、〔3〕原告が供述する、本件犬が原告方のカーペットを汚しその上で尿をしたとの事実がたとえあったとしても、軽微なものである上に、原告が原告方の玄関のドアを閉めて、本件犬を閉じこめなければ発生しなかったものであると考えられること、〔4〕被告Y2は、原告の求めに応じて、「念書」を作成してこれを原告に交付し、謝罪していることなどを考慮すると、被告Y2は、原告に生じた損害に対して社会通念上必要とされる慰謝の方法を既に尽くしているものであって、これ以上に慰謝料を支払ってまで謝罪しなくてはならない損害は存在しないと認められ、その他、これを認めるに足りる的確な証拠はないといわざるを得ないからである。」

5.(本件の検討)
  ご質問の事例を検討いたしますと、前記のとおり、本件賃貸借契約におけるペットの飼育を禁止する特約は有効です。その上で、特約違反による本件賃貸借契約の解除が認められるか判断します。賃借人甲は、本件特約にもかかわらず、野良猫をたくさん飼い始め、離し飼いにしているため、糞尿の臭いや建物への損壊が激しく、隣室の住民らにも著しい迷惑を掛けています。このような場合には、もはや賃貸人と賃借人間の信頼関係は失われているものと判断できます。よって、特約違反による本件賃貸借契約の解除が認められる可能性が高いといえます。

6.(対策)
  賃借人甲に対する具体的な対処方法としては、猫の飼育を発見したらできるだけ早く特約違反の事実を指摘し、甲に対し是正を求めるべきでしょう。その際、内容証明郵便で通知をした方が、後に証拠が残せますので、良いでしょう。特約違反の事実を知りながら、長期間放置している場合、甲の行為を黙認したものと扱われる恐れもありますので、出来るだけ早く通知をすべきでしょう。また、再三の是正の勧告にも従わず改善をしない場合には、賃貸借契約の解除を通知し、明渡しを求めることになります。相手が任意に明け渡しに応じない場合には、裁判所に対し賃貸借契約解除に基づく明渡訴訟を提起することになります。

≪参照条文≫

借地借家法
第30条 この節の規定に反する特約で建物の賃借人に不利なものは、無効とする。

借家法
第6条 前7条ノ規定ニ反スル特約ニシテ賃借人ニ不利ナルモノハ之ヲ為ササルモノト看做ス

判例A(東京地裁昭和61年10月7日判決 判時1221−118)。判決抜粋

「2 被告は、昭和四四年七月六日、本件アパート二階の本件貸室に入居したが、昭和五〇年頃から付近の野良猫に餌を与えるようになり、右貸室前の二階廊下又は本件アパート敷地内の同アパート西側玄関入口前の階段ないし右階段下のゴミ箱付近で、一週間に二、三回の割合で、ソーセージや煮干などの餌を与えていること、このため、同アパート南側空地や同西側非常階段の上などには、野良猫が一度に五、六匹も集まるようになり、特に発情期には多く集まるようになったこと、猫には、餌を与える人の顔などを覚える習性があって、被告が外出から戻ると猫が被告の足許にまつわりつき、被告の後について二階へ上っていく程であること、夏には、被告が自室出入口のドアを開けておくので、野良猫が自由に出入りすることもあったこと。

3 右のように、野良猫が本件アパートに居つくようになったため、アパート二階廊下は猫の抜け毛や足跡、餌の食い散らかし或いは嘔吐物、糞尿などで汚れ、アパート廊下等の掃除は、原告の長女渡辺朱美が週二、三回行っているが廊下は猫の抜け毛が舞い上って口に入るなど気持が悪く、本件貸室前の廊下は猫の毛の油などでモップでふいてもなかなかその汚れが落ちず、猫の通路となっている二階廊下西側の高窓下のコンクリートの壁は、猫の足跡が付着してその汚れが落ちないような状況であること、又アパートの玄関に入ると猫独特の臭気が漂っており、二階廊下やアパート南側空地に猫が脱糞排尿をするので臭く、それに蠅がたかっていたり、時には同廊下にねずみの死骸が転がっていたりして不潔で衛生上問題であること。

4 更に野良猫の鳴き声がうるさく、夜には猫が二階廊下を駆けずり回る足音や餌を転がして遊んでいる物音などがうるさく、アパート居住者の静穏な生活が妨害されるなど近隣に迷惑を及ぼしていること。

5 以上のようなことで、原告は、アパート居住者から被告が野良猫に餌を与える行為を止めさせるよう何度か苦情を云われたこと、又猫がアパートに居ついていることから、居住者の何人かはアパートを退去しアパートに空室が出るなど原告は経済的損失を受けていること。

6 そこで原告及び同人の長女渡辺朱美は、昭和五〇年頃から再三口頭で、昭和六〇年五月一〇日には文書で、被告に対し、野良猫に餌を与えると本件アパートに居つくことになるから右行為を中止するよう要求したり(被告が右要求を一度受けたことは被告の自認するところである)、又昭和五八年頃には、「アパート内で猫に餌をやらないで下さい」との注意書を本件アパートに掲示したが、被告はこれらに応じなかったこと、しかも被告は、原告から本件賃貸借契約解除の意思表示があった後においても、猫に餌を与えていたこと。

7 以上の各事実が認められる。《証拠判断略》
 右認定事実によれば、被告が本件アパートの前示場所において、野良猫に長年にわたり反覆継続して餌を与えていることは明らかである。そして、前記特約には、「貸室内において……猫を飼育してはならない」との文言があるが、特約の趣旨に従って右文言自体を合理的に解釈すれば被告の右行為は右特約に違反するものといわざるをえない。
三 原告が被告に対し、昭和六〇年八月五日に被告に到達した書面で、本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をしたことは当事者間に争いがない。
 ところで、賃貸人が、前記のような特約違反を理由に賃貸借契約を解除できるのは、賃借人が右特約に違反し、そのため、賃貸借契約の基礎となる賃貸人、賃借人間の信頼関係が破壊されるに至ったときに限ると解するを相当とする(最高裁昭和五〇年二月二〇日判決・民集二九巻二号九九頁参照)ところ、これを本件について見るに、本件のようなアパートにおいては、前記特約が存在する以上賃借人はこれを遵守する義務があるが、被告は、本件アパートにおいて、野良猫に長年にわたり反覆継続して餌を与え、そのため猫がアパートに居つくようになり、アパートの居住者に前示のような迷惑を及ぼしており、原告やその家族から被告に対し、再三にわたり、アパート内で猫に餌を与えることを止めるよう要求されたにもかかわらず、これに応ぜず、しかも本件賃貸借契約解除の意思表示があった後においても,猫に餌を与えていたことは前記認定のとおりである。
 そうすると、原告と被告間の信頼関係は、すでに失われているものということができるから、本件賃貸借契約は、昭和六〇年八月五日の経過をもって解除により終了したといわなければならず、被告は原告に対し、本件貸室を明渡すべき義務があるものである。」 

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