新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1187、2011/11/25 15:25

【民事・主債務者の経営破綻を知らないで締結した連絡保証契約と錯誤無効・東京高等裁判所平成17年8月10日判決】

質問:私は,昨年,妹夫婦から,妹の夫が代表取締役を,義妹が経理担当取締役を務める会社(中小企業)が不動産を担保に提供し金融機関から借入れをするので、連帯保証人になって欲しいと頼まれ,当初は,これを断ったものの,「ここでがんばればうまくいくようになるから助けてくれ」と言われ結局,これを承諾し,その後,金融機関から2500万円の融資が実行されたようでした。実は,妹夫婦の会社は,経営が不振で,数年前から,商工ローンからの借り入れでしのぐような状態で,一昨年ころからは,ノンバンク等への返済のために,いわゆるシステム金融(主に中小企業向けにファクスやダイレクトメールで融資の勧誘を行い,手形・小切手を郵送させるだけで融資をするヤミ金融業者の一種)からも借り入れを繰り返す事実上の破産状態に陥っていたのですが,当時,私は,このような事実を全く聞かされておらず,また,金融機関の担当者も,高利借り入れは商工ローン会社以外ないと聞かされていたようです。その後,妹夫婦の会社は,ますますシステム金融やノンバンク等から借り入れるようになり,今年になって2回目の手形の不渡りを出し銀行の取引停止処分を受け,先日,破産の決定を受けました。私は,上記のように,融資の時点ですでに事実上破綻状態にあったという事情を全く知らなかったのですが,それでも,連帯保証人としての責任を負わなければならないのでしょうか。

回答:
1.貴方の連帯保証行為は、保証の意味内容を了解のうえで契約していますので有効な取引行為と考えることができます。しかし、主たる債務者の会社が破たん状態にあることを知らずに契約しているので、いわゆる動機の錯誤の問題として、民法95条の錯誤による無効が主張できるかということになります。結論から言えば、まず、動機の錯誤は民法95条の錯誤には該当しません。動機の錯誤を全て無効にすると相手方に不測の損害を加え取引の安全が害されるからです(動的安全の保護)。これが原則です。但し、動機の内容である「破たん会社でないこと」が取引上保証契約の内容として当事者間に表示されていれば、内心の法的効果を生ぜしめる意思(正常な会社の保証債務を負担する。)と表示上の法的効果を生ぜしめる意思(破綻会社の保証契約を行う。)に食い違いが存在することを貴方は知らず、且重大な過失も無いので、契約上重要な要素の錯誤として無効主張の可能性が残されています。すなわち、貴方の内心の法律効果を生ぜしめる意思が保護されることになります(静的安全の保護)。動機が表示されている以上、相手に不測の損害を与えることもないでしょう。難しい問題ですから法的専門家と協議しましょう。
2.東京高等裁判所平成17年8月10日判決参照。
3.動機の錯誤について事務所事例集1093番1001番813番682番参照。

解説:
1.(動機の錯誤)
  保証契約について錯誤無効(民法95条)が認められるかどうかが問題となります。
  民法における錯誤とは,伝統的には内心的効果意思(一定の法律効果の発生を意図しているとみられる意思。言い換えれば,真意のことをいいます。)と表示行為から推測される意思(表示上の効果意思)の食い違いをいい,その食い違いを意思表示者が知らず、且、意思表示の重要な部分について食い違いがある場合,意思表示をした者が重過失によって錯誤に陥ったのでなければ,その意思表示は無効とされるのです。これは、意思表示者を保護するか、取引の相手方を保護するかという対立する利益衡量の問題です。
  錯誤の典型とされてきたのが@表示上の錯誤とA内容の錯誤です(@Aを併せて表示錯誤といいます。)。@表示上の錯誤とは,誤記や誤談のことであり(例えば契約書の購入代金の欄に「100万円」と記入しようと思ったが,うっかり「100万ドル」と書いてしまった場合),A内容の錯誤は,契約書の購入代金の欄に「100万円」と書くべきだったのに1円と1ドルは同じ価値だと誤解していたため「100万ドル」と書いてしまったような場合であり,どちらの場合も表示と効果意思との間に齟齬があります。
  これに対して動機から効果意思(内心的効果意思)に至る過程において,錯誤が生じることをB動機の錯誤といいます。

  ご質問の場合は、会社の借入の保証人になること申出が表示行為で、表示上の効果意思も会社の保証人になるということですから、両者の間に食い違いはなく表示の錯誤には当たらないといえます。この場合の食い違いは、保証人になるという効果意思を形成する動機、破綻状態にはない会社ということで保証人になる決意をしたが実際はすでに会社が破綻状態にあったという勘違いにあり、動機の錯誤に当たります。
  民法上の錯誤を上記のように内心的効果意思と表示上の効果意思の不一致だとすると,内心的効果意思の前段階たる動機の錯誤には,95条の適用はないことになりますが,そうだとすると,実際の意思表示においては、動機の錯誤と他の錯誤との区別が必ずしも明瞭でないにもかかわらず,動機の錯誤については,一切表意者の保護が与えられないことになってしまいます。

  そこで,表示錯誤と動機錯誤とを区別しつつも,その動機が表示(明示・黙示を含む)されているときにかぎり,例外的に法律行為の内容の錯誤となり95条の適用があるとするのが伝統的な考え方です。錯誤とは,内心的効果意思と表示との不一致を表示者が知らないことであるから,動機は意思表示の内容となるものではないが,ただ,表示された動機は,意思表示の内容となり,その限りで錯誤の影響を受けること,また,表示を要求することによって,表意者本人の保護と取引の安全とを調和させることができることがその根拠として挙げられています。
  本件の場合,主債務者たる会社が事実上の破産状態にあったか否かという事情は,まさに動機に係る問題であり,この点についての考え違いは動機の錯誤に該当しますので,動機の表示があったといえるか否かが主要な争点となります。

2.判例の検討(東京高等裁判所平成17年8月10日判決) 
  本件と同様の事例で,裁判所(東京高等裁判所平成17年8月10日判決)は,A社(=主債務者たる会社)の資金繰りの切迫した状態は,融資を求められた金融機関において「その調査により容易に見抜くことのできる状況にあった」と認定したうえで,以下のように判示し,結論としては,連帯保証債務契約について錯誤無効を認めました。妥当な結論でしょう。

  「A社は,本件融資が検討されていた時点において,事実上破綻状態にあり,必要な返済資金に満たない融資では早期の倒産が不可避であったから,本件保証契約締結の時点で,すでに被告(=連帯保証人となった消費者)が現実に保証債務の履行の責を負うことはほぼ確実な状況であった。そして,融資の時点で当該融資を受けても短期間に倒産に至るような破綻状態にある債務者のために,不動産を担保に提供したり連帯保証債務を負担しようとする者は存在しないものと考えるのが経験則であるところ,被告は,本件保証契約の締結の意思を確認された当時,71歳の高齢で子もなく,2500万円の支払い能力はなかったのであるから,もし被告がA社の経営状態について前記のような破綻状態にあり,現実に保証債務の履行をしなければならない可能性が高いことを知っていたならば,唯一の土地建物を担保提供してまで保証する意思はなかったものと認めるのが相当である。
  
  したがって,被告は,A社の経営状態が前記のような破綻状態にあるものとはまったく認識せずに,本件保証契約の締結に応じたものというべきであり,本件保証契約にはその動機に錯誤があったことは明らかである。・・・民法上,動機の錯誤によって契約が無効となるのは,この動機が表示されている場合に限られるところ,およそ融資の時点で破綻状態にある債務者のために保証人になろうとする者は存在しないというべきであるから,保証契約の時点で主債務者がこのような意味での破綻状態にないことは,保証しようとする者の動機として,一般に,黙示的に表示されているものと解するのが相当である。加えて,被告は,なんらA社と取引関係のない情義的保証人であり,高齢かつ病弱で,担保提供した自宅が唯一の財産であり,このことは原告(=金融機関)も調査により認識していたものである。さらに,被告は容易には承諾をせず,被告は原告の担当部長に「この会社は大丈夫ですか」と確認したところ,担当部長から,「大丈夫です」との返答があったので,これを信じて,保証をすることを決断したのであるから,A社が破綻状態にはないことを信じて保証するのだという動機が表示されていることは明らかというべきである。」

3.(判例の検討)
  保証契約において保証人となる場合は、万一主たる債務者が返済できない場合は保証人として返済することを納得して保証人となるわけですし、債権者も保証人が保証するのであればお金を貸しましょうと判断するわけですから、一般に,主債務者が信用不安の状態にあることを保証人が知らなかった事案というだけでは錯誤無効の主張は認められないと言ってよいでしょう。錯誤無効を否定する裁判例は多くみられます。上記判決は,主債務者が破綻状態にあることを知らずに保証契約をした保証人を保護するという判決で例外的なものと考えた方が良いでしょう。上記判決の原審判決も,「システム金融など高利の金融業者からの借り入れがないことを本件保証契約の条件とすることが,黙示的に表示されていたとも,前提とされていたともいうことはできない」として,錯誤無効を否定しています。これに対し上記判決では,「およそ融資の時点で破綻状態にある債務者のために保証人になろうとする者は存在しないというべきであるから,保証契約の時点で主債務者がこのような意味での破綻状態にないことは,保証しようとする者の動機として,一般に,黙示的に表示されている」と明言しています。

4.(本件の検討と結論)
  上記の判決からは,あなたの場合も,錯誤無効が認められる可能性が有りますが,上記のように,一般的な判例の傾向としては,同種のケースで,錯誤無効を否定する判例が多いのも事実です。錯誤無効を主張するためには、@融資の時点で会社が破綻状態にあったこと、A保証人と主たる債務者の関係(会社の経営や取引とは無関係であること)B保証人の資力、年齢等の個人的な事情、C債権者の事情(金融機関であるか否か、主債務者の財務状況の調査の状況)、融資の際の債権者の対応や保証人となることについての説明が十分になされていたか、等について保証人に有利な事実関係を主張立証できることが必要になります。保証人になる以上、責任を負うことは当然予想される訳ですが、それでも保証人に債務を負担させるのは酷だ、という心証を裁判官に抱かせるだけの事実と証拠が必要です。裁判としては難しい裁判となりますので,弁護士に相談の上,十分に検討をしてみることをお勧めします。

(参照条文)

民法
(錯誤)
第九十五条  意思表示は,法律行為の要素に錯誤があったときは,無効とする。ただし,表意者に重大な過失があったときは,表意者は,自らその無効を主張することができない。

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