新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1171、2011/10/21 12:36 https://www.shinginza.com/qa-fudousan.htm

【民事・賃貸借契約目的の不達成と解除】 

相談:わが社はビルの6階に賃貸オフィスを構えておりますが、このたびの業務拡張により、同じビルの3階にもオフィスを賃借することになりました。会社の都合ではありますが、契約は済んでおり家賃も払っておりますが、実際に業務を始めるのは半年ほど先になる予定でした。ところが最近、間の4階と5階の飲食テナント部分に居酒屋が入居し、営業を開始しました。夜の帰宅時間には1基しかないエレベーターは酔っ払いに占領されてしまい、さらには中で吐かれたり、4階と5階で行き来をしているつもりが6階のわが社の執務スペースに入ってきて大声をあげたりと、とんだ災難です。今後3階でも執務を開始するとしても、この居酒屋があっては、3階と6階と離れているとはいえ1つのビルで機能的に業務を遂行する、というわが社のもくろみは到底達成できません。まだオフィスとして使っていない3階部分の賃貸借契約を、貸主の責任を根拠に今すぐ解除できませんか。

回答:
1.建物の賃貸借契約書には、賃貸の期間や期間中の解除について定めた条項があるので、まずその条項を確認する必要があります。期間中でもいつでも解約できるという条項があれば、本件の場合もすぐに解約することができます。しかし、賃貸人とすると借家人が突然いなくなると賃料が入って来なくなってしまうため、通常は、「期間内は解約できない」とか、「6か月前に解約通知をする」などと解約を制限する条項が定められています。そこで、そのような場合は、契約上はすぐに解約はできないことになり、賃貸人の債務不履行を理由に賃貸借契約をすぐに解約できないのか問題になります。

2.本件の様な場合、3階部分を、すでに賃借してオフィスとして利用していた6階部分と一体に利用するという御社の目的と、4階及び5階の居酒屋としての利用状況に照らすと、賃貸人の負う3階部分を使用収益させる義務の不完全履行があると認められる場合があると考えられます。不完全履行の場合は、賃貸人に対し状況の改善を催促し、改善の見込みがないのであれば、3階を使用収益させる義務の債務不履行により3階部分の賃貸借契約を解除できることになります。

3.民法415条債務不履行については、「債務者がその債務の本旨に従った履行をしないとき」という文言の解釈上履行遅滞、履行不能、不完全履行という3つの形態が認められていますが契約の解除に関しては、履行遅滞(民法541条)と履行不能(同543条)しか規定されていません。しかし、不完全履行により契約の目的が達成することができない場合は、履行遅滞、履行不能の規定を類推し契約解除が認められるでしょう。解除権の根拠は、当事者が締結した契約の目的が達成できないときは契約自体を解消させるのが公平であるというところにあり、不完全履行でもその趣旨は当てはまるからです。判例のように、公平の見地から賃借人の保護を考慮した第611条2項(賃借物の一部滅失による賃料の減額請求等)の類推も可能でしょう。  

解説:
1 賃貸人の賃借人に対して負う「使用収益させる義務」とは
  賃貸借契約においては、賃借人は、対象物の使用収益をすることの対価として賃料を支払う義務を負います。その反面、賃貸人は賃借人に対し、対象物を使用収益させるという積極的な債務を負担しているといえ、賃借人の使用収益に適する状態におくべき義務があると考えられています(民法601条など、他の事例参照)。

2 別のフロアのオフィスを一体として使用する場合の特殊性

 (1)今回は、6階部分ですでに執務を行っているオフィスに、さらに3階のオフィス部分を借り増しすることで、同一ビル内で一体的に執務を行うことを目的として3階部分を賃借したとお聞きしています。このように、単に3階の一室をオフィスとして賃借したというだけではなく、既にある6階のオフィスとの機能的一体性を重視した賃貸借契約の場合に、賃貸人はこのような賃借人の意図にまで配慮する必要があるのでしょうか。

  まず、本件と同様の事案を扱った判例として、東京地方裁判所平成10年9月30日判決があります。この判決で裁判所は、ビルの賃貸人としての使用収益させる義務の内容につき、「貸室自体を使用収益可能な状態にしていれば、賃貸人としての使用収益させる義務を履行したとはいえず、貸室の使用収益をさせる前提として、各貸室に至る共用通路や階段、エレベーター等の移動経路についても、単に通路等の空間を提供しさえすれば足りるというものではなく、賃借目的に従った貸室の利用時間帯は、貸室への出入りが常時支障なくできるようにすることにより、貸室を使用収益するのに適した状態に置く義務を負っているものと解するのが相当である」と判示しました。この判断は、オフィスとしての利用を前提として賃貸借契約を締結していることや、対象である貸室部分だけを利用できれば足りるというものではなく、あくまで入口や通路、エレベーターなどといった移動経路などの共用部分も使用収益させる義務の対象とすべきとする点で極めて妥当であり、本件を考える前提でもあります。

  さらには、同判決は、オフィスとして利用してはいないもののすでに6階のほかに3階も賃貸借契約を締結したのちに4階及び5階部分に居酒屋を入居させたことから、賃貸人は「本件ビルの賃貸人としての原告は、居酒屋を入居させたからには、他の賃借人が各自の貸室にたどりつくのに支障がないよう、上下の移動手段ないし経路の確保、増設等の措置を講じるべき義務を負うに至ったものと認めるのが相当である」と判示し、賃借人に使用収益させる義務が加重されると判示しました。

  (2)では、本件のようにフロアが離れているものの一体として利用したい、という賃借人の意図に対し、賃貸人はどの程度まで配慮して使用収益させる義務を負うのでしょうか。
  先ほどの判例においては、賃借人が3階部分を賃借した目的について「本件貸室と本件三階貸室との間を被告従業員が行き来しながら被告東京支店としての一体的利用を図る点にある」と認定した上で、4階及び5階に居酒屋が入り、御社と同じような状況におかれるようになったことについて「本件貸室と本件三階貸室との間を被告従業員が行き来しながら一体的利用を図るという、被告が本件三階貸室契約を締結した目的は、終日不能というわけではなく、かつ、完全に不能というわけではないものの、一部(=夕刻以降の残業時間帯において)において不完全にしか達せられなくなっているものと認めることができる」と判示し、賃借人の上記目的を完全には達することができていない旨を指摘したうえで、使用収益させる義務の不完全履行であると認定しました。この指摘は、賃貸人の使用収益させる義務の対象が、貸室部分のみではなく共用部分も含んでいることからすれば適切なものと考えられます。
  さらに判決は、賃借人の担当者が賃貸人に対してエレベーターの利用状態について改善を申し入れていたにもかかわらず改善がなされなかったことを受け、改善の見込みがなかったと認定しました。

  (3)そして、結論として判決は、3階貸室が賃借人の当初の目的どおりの利用がかなわず、その改善の見込みもないことから、単に3階貸室の使用収益が可能であっても、賃借人の目的を達することができないため、民法611条2項を類推適用し、賃借人からの解除を認めました。ここで類推適用とされているのは、同条項は賃借物の一部が滅失した場合の規定ですので、賃貸借契約の対象である3階貸室の一部分が物理的あるいは経済的に滅失した場合に適用される規定ですので、本件の場合そのまま適用することはできないこと、しかし、本件のような場合も賃貸借契約をした際のその目的を達することができないという点で同条項の利益状況と同様と考えられたことから、類推適用とされたのです。

3 以上のとおり、御社のご相談についても、ご事情によっては賃貸人の使用収益させる義務の不完全履行、あるいは債務不履行が認められる場合があるかもしれません。その判断は詳細なご事情をお伺いする必要がございますので、弁護士にご相談されることをお勧めいたします。

(参照条文)

民法
(債務不履行による損害賠償)
第四百十五条  債務者がその債務の本旨に従った履行をしないときは、債権者は、これによって生じた損害の賠償を請求することができる。債務者の責めに帰すべき事由によって履行をすることができなくなったときも、同様とする。
第三款 契約の解除
(履行遅滞等による解除権)
第五百四十一条  当事者の一方がその債務を履行しない場合において、相手方が相当の期間を定めてその履行の催告をし、その期間内に履行がないときは、相手方は、契約の解除をすることができる。
(履行不能による解除権)
第五百四十三条  履行の全部又は一部が不能となったときは、債権者は、契約の解除をすることができる。ただし、その債務の不履行が債務者の責めに帰することができない事由によるものであるときは、この限りでない。
(賃貸借)
第六百一条  賃貸借は、当事者の一方がある物の使用及び収益を相手方にさせることを約し、相手方がこれに対してその賃料を支払うことを約することによって、その効力を生ずる。
(賃貸物の修繕等)
第六百六条  賃貸人は、賃貸物の使用及び収益に必要な修繕をする義務を負う。
2  賃貸人が賃貸物の保存に必要な行為をしようとするときは、賃借人は、これを拒むことができない。
(賃借物の一部滅失による賃料の減額請求等)
第六百十一条  賃借物の一部が賃借人の過失によらないで滅失したときは、賃借人は、その滅失した部分の割合に応じて、賃料の減額を請求することができる。
2  前項の場合において、残存する部分のみでは賃借人が賃借をした目的を達することができないときは、賃借人は、契約の解除をすることができる。

法律相談事例集データベースのページに戻る

法律相談ページに戻る(電話03−3248−5791で簡単な無料法律相談を受付しております)

トップページに戻る