新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1150、2011/9/7 16:03 https://www.shinginza.com/qa-souzoku.htm

【相続・遺産に関する相続開始前の使途不明金は管理者である相続人の特別受益になるか・相続開始前から被相続人と同居して相続財産である家屋に住んでいる相続人は,退去,及び,賃料を支払う必要があるか。】

質問:相続のことでご相談があります。相続財産である預金について,兄姉が,使途不明金があり,私が管理してたのだから相続分から差し引くなどと言って遺産分割協議ができません。また,私は現在,相続財産である土地建物に住んでいるのですが,相続後は共有なので退去の請求や,賃料を払えと言われています。どうしたらよいでしょうか。

(詳しい事情)
 4ヶ月前に,私の母が死亡したのですが,相続財産としては,不動産(土地・建物)といくらかの預金が残りました。相続人は,私のほかに兄と姉がおります。遺言は作成されていません。相続財産の建物は10年前に父が死亡したときに母が単独で相続したものですが,父が亡くなって以来母の介護も兼ねて,私が母の建物に移り住むようになりました。兄と姉は実家から離れて暮らしているので,生前,母の介護については私だけがやっていました。
 母が亡くなったのち,兄と姉と協議の末,一度,法定相続分で遺産を分割することで決まりかけたのですが,その後,兄と姉から母の預金について使途不明の高額な支出があること,不動産をどう処分するかについて合意ができていないことなどを理由に遺産分割協議書を作成することができません。使途不明金の支出については,私の相続分より除くように請求されています。また,建物については兄と姉も相続によって法定相続分に応じた持分権を取得することを理由に持分権に基づく建物の明け渡しや,持分に応じた建物の賃料相当額の請求を受けています。母の預金の支出については,生活や医療費のほか,デイケアの費用や建物をバリアフリー化する際に費用に充てています。建物については,母の建物に移り住む際に私が住んでいたマンションは処分してしまっているので,すぐに引越し先を探すことは困難ですし,建物の賃料相当額を兄と姉に支払うことについても納得できません。兄と姉は家庭裁判所に調停を申し立てると言っています。兄と姉の言い分に法的に理由があるのかをお聞きしたいです。

回答:
1.使途不明の支出についてですが,支出がご相談いただいた使途に限られるのであれば,遺産の先取りや特別受益にはあたらず,兄と姉の請求が法的に認められることはないでしょう。
2.建物の明け渡しと持分に応じた賃料の請求については,理論上,兄と姉は不動産の共有持分権を有し,その持分権に応じた権利行使が可能です。しかし,ご相談の件で建物の明け渡しや持分に応じた賃料相当額の請求が認められる可能性は低いように見受けられます。
3.使途不明の支出が争いになった場合の実務上の取り扱いや,建物明け渡し及び賃料相当額の金銭請求の可否については,解説をご覧下さい。
4.関連問題,相続開始後,遺産について生じた法定果実は誰に帰属するか法律事例集キーワード検索:1112番435番参照。

解説:
1.遺産分割について
  遺産分割とは,被相続人が死亡時に有していた財産について,個々の相続財産の権利者を確定させる手続のことをいいます。
  相続人が複数いる場合,相続財産はそれぞれの相続人の相続分にしたがった共有状態にあります(民898条)。そこで,相続財産を構成している個々の相続財産について,終局的な帰属を確定させるために遺産分割を行うことになります(民907条)。

2.遺産分割調停・審判における使途不明金の取り扱い
  遺産分割の対象となる遺産とは,「相続開始時に存在」し,かつ,「分割時にも存在する」「未分割」の遺産のことをいいます。
  被相続人の生前や死亡直後に引き出された預貯金については,「相続開始時に存在」し,かつ,「分割時にも存在する」とはいえないため当然には遺産分割の対象にはなりません。すなわち,使途不明金の問題については当事者全員の合意があれば調停手続きの中で解決することも可能ですが,合意がまとまらなかった場合の遺産分割審判においては使途不明金の問題を終局的に解決することはできません。
  ある相続人が,被相続人の預貯金が無断で払い戻され特定の相続人がそれを取得したと主張したい場合には,当該主張は不法行為または不当利得の問題となり,訴訟事項となります。したがって,上記のような主張をしたい相続人は,遺産分割審判とは別に民事訴訟を提起する必要があります。なお,この場合,調停や審判においては,訴訟事項である使途不明金については判断できないため,調停・審判においては,使途不明金は「ない」ものとして,預貯金の残高だけが相続財産として扱われることになります。

3.生前贈与による特別受益
  以上のとおり,使途不明金の問題は合意による解決が見込めない場合,遺産分割調停・審判で取り扱われる問題ではありません。
  しかし,使途不明金について,ある相続人が,生前被相続人の了解の下に預貯金が払い戻され特定の相続人に贈与がなされた旨を主張する場合があります。この場合には特別受益の問題となり,遺産分割調停事件の中で調整を図ることになります。
  共同相続人の中に,被相続人から遺贈を受けたり生前に贈与を受けたりした相続人がいた場合,当該相続人を特別受益者といいます。特別受益者については,相続に際して他の相続人と同じ相続分を受けると不公平になるので,公平を図ることを目的に,特別な受益を相続分の前渡しとみて,計算上贈与を相続財産に持ち戻して相続分を算定することになります(民法903条)。持ち戻し計算とは,生前贈与による財産の額を遺産に合算して,これを法定相続分により各相続人に分配し,生前贈与や遺贈を受けた相続人にはその額だけ減額したものをもってその者の相続分を定めることをいいます。

  持ち戻し計算について具体例をあげて説明します。被相続人Xが死亡し,相続人は,長男A,長女B,次男Cであり,X死亡時の相続財産は現金が5000万円であったとします。この事案で,Xが生前,Cに対し,住宅購入費として1000万円を贈与していた場合,この1000万円は特別受益にあたり持ち戻し計算をすることになります。すなわち,X死亡時の財産5000万円にCが贈与を受けた1000万円をプラスした6000万円が,それぞれの相続分の計算をする際の基礎となる「みなし相続財産」となります。そして,具体的相続分については,相続財産5000万円について,Aに2000万円,Xに2000万円,Cに1000万円となります。

  ご相談いただいた件では,遺産分割調停において,使途不明金相当額につき,お母様からあなたに生前贈与されたとの主張がご兄姉からなされることが予想されます。あなたがお母様の預貯金を管理している場合には,生前贈与と指摘された当該預貯金の払い戻しの経緯とその使途をできる限りすみやかに開示し,それに関する資料についても裁判所に提出するとよいでしょう。任意に開示がなされない場合には,家庭裁判所から金融機関等に対し,調査の嘱託等がなされる場合があります。例えば,お母様の預金口座から払戻しされた日時と金額が,同じ日時と金額で,あなたの預金口座に入金している場合には,生前贈与があったと認定されやすいことになろうかと思います。

4.建物の明け渡し及び持分権に応じた賃料相当額の請求について

(1)分割前の遺産の使用,管理,処分
   相続人が複数いる場合,遺産分割が行われるまでは,相続財産はそれぞれの相続人の相続分にしたがった共有状態にあります。したがって,ご相談の件の建物についても,それぞれの相続人が3分の1ずつの持分権を有する共有状態にあることになります。
   遺産分割が終了するまでの遺産の管理については,相続法には規定がないため,物権法の共有に関する規定によって規律されることとなります。
   まずは,遺産の使用権についてですが,各相続人は,相続財産の全部について,その持分に応じた使用をすることができます(民法249条)。遺産の現状維持を図る保存行為(建物の修理や税金の納入など)については,各相続人が単独で行うことができます(民法252条但書)。遺産を利用・改良する管理行為(賃貸不動産の賃料取立てなど)については,各相続人の相続分による多数決によって決定されます(民法252条本文)。遺産の処分行為や変更行為(遺産の売却,担保の設定など)については,相続人全員の同意が必要となります(民法251条)。

(2)ご兄姉からの建物明渡請求の可否について
   ご相談の件では,ご兄姉は相続により建物について3分の2の持分権を有することになります。そこで,共有者が共有持分の過半数をこえるときに共有物を占有するほかの共有者に対し,明渡請求権を有するかが問題となります。
   この問題について,最高裁判所昭和41年5月19日判決は,下記のとおり過半数持分権者は明渡請求権を有しないとの判断をしました。
   「思うに,共同相続に基づく共有者の一人であつて,その持分の価格が共有物の価格の過半数に満たない者(以下単に少数持分権者という)は,他の共有者の協議を経ないで当然に共有物(本件建物)を単独で占有する権限を有するものでないことは,原判決の説示するとおりであるが,他方,他のすべての相続人らがその共有持分を合計すると,その価格が共有物の価格の過半数をこえるからといつて(以下このような共有持分権者を多数持分権者という),共有物を現に占有する前記少数持分権者に対し,当然にその明渡を請求することができるものではない。けだし,このような場合,右の少数持分権者は自己の持分によつて,共有物を使用収益する権限を有し,これに基づいて共有物を占有するものと認められるからである。従つて,この場合,多数持分権者が少数持分権者に対して共有物の明渡を求めることができるためには,その明渡を求める理由を主張し立証しなければならないのである。」
   上記のとおり,多数持分権者であっても当然に共有物を排他的に使用できるわけではないので,ご兄姉からあなたに対する建物明渡請求は当然には認められないことになります。明渡等建物の利用については,まずは遺産分割により誰が相続をするのかを協議して決定し,その権利関係に基づいて決定されることになります。

(3)ご兄姉からの賃料相当額の請求について
   ご兄姉からあなたに対する建物明渡請求は当然には認められないものの,あなたがご兄弟との協議を経ずに当然に建物を単独で占有する権限が認められるわけではありません。
   共有物について各共有者が有している使用収益権は「持分に応じた」使用権に限られます(民法249条)。それゆえ,持分権を超える共有物の使用については,その使用によって得た利益は不当利得となり,利益を得た持分権者はその他の共有者に対して不当利得を返還しなければなりません(民法703条,704条)。
   上記の原則にしたがって検討すると,ご兄姉からあなたに対する賃料相当額の請求は認められることになりそうです。しかし,最高裁判所平成8年12月17日判決は,共同相続人の一人が相続開始前から被相続人の許諾を得て遺産である建物において被相続人と同居してきたときは,特段の事情がない限り,被相続人と同居の相続人との間に,被相続人の死後も同建物について無償で使用させる旨の合意が推認されるとして,同居の相続人以外の相続人から同居の相続人に対する賃料相当額の請求を認めないとの判断を示しています。

  「共同相続人の一人が相続開始前から被相続人の許諾を得て遺産である建物において被相続人と同居してきたときは,特段の事情のない限り,被相続人と右同居の相続人との間において,被相続人が死亡し相続が開始した後も,遺産分割により右建物の所有関係が最終的に確定するまでの間は,引き続き右同居の相続人にこれを無償で使用させる旨の合意があったものと推認されるのであって,被相続人が死亡した場合は,この時から少なくとも遺産分割終了までの間は,被相続人の地位を承継した他の相続人等が貸主となり,右同居の相続人を借主とする右建物の使用貸借契約関係が存続することになるものというべきである。けだし,建物が右同居の相続人の居住の場であり,同人の居住が被相続人の許諾に基づくものであったことからすると,遺産分割までは同居の相続人に建物全部の使用権原を与えて相続開始前と同一の態様における無償による使用を認めることが,被相続人及び同居の相続人の通常の意思に合致するといえるからである。」

  上記判例は,遺産建物において無償で被相続人と同居してきた相続人が相続開始と同時に,場合によっては多額の不当利得返還義務を負うことになるという不自然さを修正するために,使用貸借契約(民法593条)の成立を推認するという構成をとりました。そして,使用貸借契約の成立を推認する根拠としては,被相続人と同居の相続人の通常の意思をあげているので,遺言などで,被相続人の死後は同居の相続人が建物使用の費用を負担すべきと,被相続人の意思が明示されているような場合には使用貸借契約成立の推認は覆ることになります。
  ご相談の件では,あなたはお母様の介護をするために建物に移り住み,お母様が亡くなるまで同居をしておられたということなので,上記判例と同様に,遺産分割が終了するまでは建物を無償で使用できることになるかと思います。

5.共有物分割請求
  遺産分割協議の結果,土地建物を3分の1ずつの共有とすることになった場合,後日,居住していない共有者から,民法256条,同258条に基き「共有物分割請求」を受ける可能性があります。この場合,「現物分割」,「競売による売却代金の分割」,「全面的価格賠償」の3つの分割方法が検討されます。「現物分割」は文字通り,対象物を分割するもので,土地であれば分筆登記することになりますが,建物ですと,分割工事が必要となり現実的では無いでしょう。
  「競売による売却代金の分割」は,不動産を競売手続に付して売却し,売却代金を持分に従って配当する方式です。「全面的価格賠償」は,一部の共有者が,持分の全部を取得し,その代わり持分を失う共有者に対して持分の価値に応じた金銭を支払う方式です。持分を買い取ることを希望している共有者(通常はあなたのように現に居住している共有者です)に,価格賠償の資力が無い場合は,競売に付して代金を分割する判決が出てしまう可能性がありますので注意が必要です。そのような事を避けるためにも,遺産分割協議の時点で持分の賃貸借契約を締結するなど,長期間にわたって居住できるようにする工夫が必要です。

<参照条文>

民法
249条(共有物の使用)
各共有者は,共有物の全部について,その持分に応じた使用をすることができる。
251条(共有物の変更)
 各共有者は,他の共有者の同意を得なければ,共有物に変更を加えることができない。252条(共有物の管理)
 共有物の管理に関する事項は,前条の場合を除き,各共有者の持分の価格に従い,その過半数で決する。ただし,保存行為は,各共有者がすることができる。
593条(使用貸借)
使用貸借は,当事者の一方が無償で使用及び収益をした後に返還をすることを約して相手方からある物を受け取ることによって,その効力を生ずる。
703条(不当利得の返還義務)
法律上の原因なく他人の財産又は労務によって利益を受け,そのために他人に損失を及ぼした者(以下この章において「受益者」という。)は,その利益の存する限度において,これを返還する義務を負う。
704条(悪意の受益者の返還義務等)
悪意の受益者は,その受けた利益に利息を付して返還しなければならない。この場合において,なお損害があるときは,その賠償の責任を負う。

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