権利証紛失を紛失した場合の不動産売却
登記|不動産登記法|権利証紛失|登記識別情報の発行|事前通知制度の原則
目次
質問:
質問:私は,20年くらい前に取得した不動産を売却しようと考えているのですが,権利証を紛失してしまいました。登記手続きが変更になり権利証は必要なくなったと聞いたことがあるのですが,登記の手続きはどのようにしたら良いのでしょうか?
回答:
1.平成16年の不動産登記法の改正により「権利証」制度は廃止され,これに代わるものとして「登記識別情報」制度が創設されました。現在,登記を申請して新たな権利を取得した場合には,原則として法務局から「登記識別情報」が発行されます。勿論,従来発行された「権利証」が無効となってしまうわけではなく,平成17年3月7日改正不動産登記法施行後の最初の登記申請では,「登記識別情報」の代わりに従来の「権利証」を添付して登記申請をすることが可能となっています。「権利証」の廃止,「登記識別情報」の発行という制度の変更に伴い,従来「権利証」を紛失した場合の制度として「保証書」を作成するという制度も廃止になりました。
2.新しい不動産登記法のもとでは,権利証をなくした場合も,「本人確認情報提供制度」あるいは「事前通知制度」を利用して申請することになります。詳しくは解説で説明しますが,売却を予定されているとのことであれば「本人確認情報提供制度」の利用を検討することになるでしょう。申請代理人となる司法書士あるいは弁護士の説明に従い,本人確認情報に作成にご協力ください。なお,(登記識別情報制度の詳細については,当事務所HP事例集857番をご参照ください)。費用は,事案により5万円乃至10万円のようです。
3.今回のご相談いただいたような旧不動産登記法下での権利証を紛失された場合も,登記識別情報制度の不発行制度,又は失効申出制度を利用した場合と同様の手続きにより不動産の移転登記手続きをすることになります。この手続きには,「事前通知制度」と「本人確認情報提供制度」の二つの制度が設けられ,この二つの制度のどちらを選択するかは実際に登記手続きをする場面によって使い分けられています。今回ご相談いただいたような不動産の売却(所有権移転登記を申請)に関しては,売買代金の支払いと登記手続きの同時履行の関係から,「本人確認情報提供制度」を利用しての登記手続きを行うことになるでしょう。
4 登記関連事務所事例集 1971番、1492番、1492番、905番、857番、712番、554番参照。
5 相続登記に関する関連事例集参照。
解説:
1.不動産に関する権利変動
不動産の売主が買主に対して不動産を売却する場合,不動産登記法に基づき当該不動産について所有権移転の登記手続きをしなくてはなりません。不動産に関する権利変動は,当事者間において,当該不動産の所有権を売主から買主に移転させるという意思表示のみによってその効力は生じますが(民法176条),この所有権移転という権利変動の効果を当事者以外の第三者に対して法律上主張するためには,その旨の登記手続きを経由する必要があります(民法177条)。私的自治,法律行為自由の原則からは,意思表示のみで完全な不動産の権利変動を認めてもよいはずですが,不動産の価値が大きいため権利者と称する者が真の権利者かどうかは分かりませんから,これを信じて取引した者は不測の損害を蒙る危険があります。そこで取引の安全を確保する必要があり,国家が用意する登記制度を介在せしめて権利関係を公示し公正で自由な不動産取引を保障しています。
仮に,売主が不動産を第二の買主に二重に売却し,第一の買主が所有権移転の登記手続きを得ないうちに第二の買主が所有権移転の登記手続を済ませてしまうと,第二の買主が背信的悪意者に該当するような場合を除いて,もはや,第一の買主は,登記なくして自分の所有権を第二の買主に対して主張することはできません。既に成立した権利関係ないし法律関係を第三者たる他人に対して主張するための法律要件を「対抗要件」と言いますが,不動産の物権変動における登記は,取引の安全保護のために公示の原則を実現するための手段として広く世界的に行われています(勿論,第一の買主が所有権を取得できない場合は,売主に対して売買契約の解除を通知し,売買代金の返還や損害賠償請求をすることができることになります。)。
しかし,登記簿に記載があっても,登記の内容に合致した実体的関係が存在しない場合には対抗力は生じません。登記は,実体的な権利関係を前提としてこれに対抗力を持たせるものですから,その実体が存在しない以上,登記に対抗力は生じないことになり,このような登記はたとえ形式を備えていても無効な登記となります。外国の法制度には,登記を信頼して取引をした場合にはその者の利益のために,たとえその登記が実質的権利関係を備えないものでも常に実質的権利関係があるものとして,登記上取得した権利を法律上保護するという,登記に公信力を認める制度もありますが,わが国の不動産登記制度はこのような公信主義の制度をとっておらず,登記は第三者に対する対抗要件を備えるにとどまる(公示主義)ため,登記の記載が実質的権利関係を真に反映しているかどうかは取引関係に立つ第三者にとって重大な利害関係があります。
そこで,真の実体関係を登記簿に反映させるために,不動産登記法は,登記によって直接利益を受ける登記権利者と不利益を受ける登記義務者とが共同して登記申請することや登記申請内容等の真正を担保するために各種情報の提出を要求していますが,旧不動産登記法下での登記済証(特に所有権に関する登記済を「権利証」といいます。),新不動産登記法下での登記識別情報は添付書類・情報の中でも,当該登記名義人以外に所持しない書類,あるいは,知りえない情報として位置づけられ,格別に重要な役割を果たしています。
2.登記済証
「登記済証」とは,現在の登記簿上の当該権利の登記名義人が,当該権利を取得する際の登記手続きにおいて,法務局に提出した登記原因証書又は申請書副本に,法務局が旧不動産登記法60条1項による手続き(登記官が受付年月日及び受付番号を記載して登記済との押印をすること)をし,登記権利者であった登記名義人に還付したものをいいます。本件でいえば,今回不動産を売却しようとしている方が,20年前に前所有権登記名義人からその不動産を購入したときの登記手続きにおいて法務局から還付を受けた書面を指します。
このように登記済証の交付は,申請人に対して,登記が完了したことを知らせる機能を持つとともに,さらに,その申請人が,将来登記義務者として,各種の登記を申請する場合や,登記簿が火事等により滅失した際に回復登記を申請する場合などに,不動産の真の所有者であることや印鑑証明書及び実印(申請書への押印)と共に本人に相違ない旨を証明するために添付するという重要な役割を担っています。その意味で登記済証は慎重に保管しておく必要があります。
なお,登記済証は旧不動産登記法60条1項の規定によって作成されますが,このうち,「登記義務者の権利に関する登記済証」となりうるのは,原則として,「権利に関する登記の登記済証」及び「所有権の登記のある不動産の合筆若しくは合併又は建物の合体による建物の表示の登記の登記済証」であり,不動産の登記名義人の表示の変更・更正の登記や抹消登記の登記済証は含まれません。
3.登記済み証の紛失
登記済証を紛失してしまった場合でも再発行を受けることはできません。当該権利に関する登記を申請する場合には,「登記識別情報」を不発行・失効等させたのと同様(「登記識別情報」自体は,「登記識別情報通知書」という書面に記載されて通知されますが,法務局から返却された書類自体が重要であった権利証とは異なり,厳重に保管管理すべきはこの通知書自体ではなく,「登記識別情報」という「情報」であることから,これを厳重に保管管理していくことが負担あるいは困難になることも考えられたため,最初から発行しない(不発行申出制度),あるいは,発行された後に失効させる(失効申出制度)制度が併せて設けられています。),「本人確認情報提供制度」あるいは「事前通知制度」のどちらかの制度を利用して,登記手続きを行うことになります(不動産登記法23条)。
なお,改正不動産登記法では,「事前通知制度」を原則とし,「本人確認情報提供制度」が利用され,提供された本人確認情報の内容を登記官が相当と認めた場合に,「事前通知制度」を省略できるとしています。
「事前通知制度」「本人確認情報提供制度」は,「正当な事由によって」登記済証,登記識別情報を提供できない場合に利用される制度の一つです。
ここでいう「正当な事由」とは,登記識別情報については,不発行申出制度や失効申出制度を利用した場合,失念した場合の他,有効な登記識別情報が存在するにもかかわらず,それを提供することにより円滑な不動産取引の妨げとなる場合や,適切な管理に支障をきたす場合などがあります(不動産登記法22条,準則42条1項)。登記識別情報が現実に存在しない場合だけでなく,存在するが利用を避けたいという場合も正当事由に含めている点が旧登記法との大きな違いと言えます。
登記済証についても,登記済証の紛失・滅失の他,登記済証の不交付を希望した場合や現に登記済証を所持しない場合(例えばAB二筆の不動産に関する権利証が一通で作成され,現在Aの持分についてAが登記済証を添付して登記中である場合のBに関する登記を申請する場合等)が該当します。
4.事前通知制度
「事前通知制度」とは,登記済証又は登記識別情報の提出・提供なくして登記が申請された場合,登記官が登記義務者に宛てて本人限定受取郵便で「事前通知書」を発送し,これを受け取った当該登記義務者が発送から2週間以内に登記官に対して相違ない旨を申し出る(事前通知書に実印を押印して返送する)ことによって,登記を申請した者と登記簿上の名義人とが相違ない旨を確認する制度です。
「事前通知制度」は,登記義務者の登記簿上の住所に宛てて通知が発せられます。登記名義人の知らないところで住所変更がなされ,当該制度が悪用される(いわゆる「なりすまし」)ことを防ぐため,所有権に関する登記で当該登記申請の3ヶ月以内に名義人の住所変更あるいは更正の登記がなされている場合には,登記官は,変更・更正前住所に宛てても登記申請があった旨を通知します。これは「前住所通知」と言われ,「転送不要」と記載された葉書で通知されますが,この葉書が法務局に返送されなくとも,登記名義人から異議のない限り登記手続きは進められます。
「事前通知制度」による登記の受付順位の確保は,申し出がなされたときではなく,登記が申請されたときになります。
一般に「事前通知制度」を利用することが考えられる登記としては,「(根)抵当権抹消登記」のみの申請や,売買代金の支払いと登記手続きが同時履行の関係にない「贈与による所有権移転登記」などが考えられます。
5.本人確認情報提供制度
一方,売買代金の支払いと登記手続きが同時履行の関係にある「売買による所有権移転登記」や融資と登記手続きが同時履行の関係にある「抵当権設定登記」,名義人が入院中や海外出張などで期限内に通知書を受領・返送することが不可能な場合等には,「本人確認情報提供制度」が利用されます。
この制度を利用する一番のメリットは,登記官が提供された「本人確認情報」の内容を相当であると認めれば,登記義務者から通知書が返送されるまで一時的に登記手続きが止まる「事前通知制度」を省略することが可能となる点にあります。
但し,前述のとおり「本人確認情報提供制度」を利用した場合であっても,提供された本人確認情報の内容について登記官が相当でないと判断した場合には,「事前通知制度」による本人確認手続きを行うとされていますので注意が必要です。
本人確認情報を作成・提供できるのは,当該登記を申請する弁護士・司法書士・土地家屋調査士の資格者代理人(各法人含む)のみです。資格者代理人による本人確認情報提供の他,公証人が登記義務者であることを確認し,認証した書面の提供することでも事前通知を省略して登記をすることが可能とされています(不動産登記法23条4項)。
本人確認情報の作成に当たっては,必ず資格者代理人との直接の面談を要し,写真付きの身分証明書等(運転免許証,パスポート)の提示,その写しの提出を求め,保管し権利者について本人同一性の確認を行います。次に,その他資格者代理人は当該人物が登記名義人であると証明できるだけの書類(売買であれば当該不動産取得の際の売買契約書,代金,仲介契約書,手数料の領収書,納税証明書,法務局から発行された登記完了証明書等の全部または一部)の提示・提出を求めることになります。以上の手続きにより権利証なき売主の権利の確認及び売買意思の確認を行います。
資格者代理人は,本人確認でミスをして虚偽の申し出に基いて登記申請をしてしまい,真実の権利者の権利を侵害する結果となってしまった場合は,法的に損害賠償の義務を負うことになります。本人確認の方法は不動産登記規則72条で最低基準が定められていますが,一般的にはこれに留まらず厳重な確認が行われています。確認方法は最低でも,2つないし3つ以上の方法を実践し,場合によっては自宅を訪問するなど,慎重な対応をすることが考えられます。
6.まとめ
以上の通り,今回の登記に関しては,「本人確認情報提供制度」あるいは「事前通知制度」を利用して申請することになります。売却を予定されているとのことであれば「本人確認情報提供制度」の利用を検討することになるでしょう。申請代理人となる司法書士あるいは弁護士の説明に従い,本人確認情報に作成にご協力ください。
以上