新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1145、2011/8/22 13:38 https://www.shinginza.com/qa-sarakin.htm

【民事・消費者金融との和解とその後の過払い返還請求・錯誤・公序良俗違反・消費者契約法4条違反】


金融業者との和解合意後の過払い金返還請求について

質問:私は,10年位前から消費者金融のA社から,継続的に借りては返しの生活を続けてきました。支払いを怠ったことはありませんが,利率が高くなかなか元本が減らないため,昨年,A社に対して利率を下げて欲しいとのお願いをしたところ,A社が作成した和解合意書にサインすることを条件に利率を下げてもらうことができました。先日,利息制限法の上限利率を越えた貸付に対して返済を続けてきた場合,消費者金融会社に対し過払金の返還請求ができると知りました。そこで,私はA社に対して取引履歴の開示を求め,引き直し計算を行ったところ過払金が発生していました。私がA社に過払金の返還を求めたところ,担当者からは「去年締結した和解契約により,契約書記載の事項以外は過払金も含めて清算済みである」と言われました。和解契約書を見ると,確かに担当者が言うような条項があります。しかし,計算によれば和解契約を締結した時点で過払金は発生していますし,過払金の存在を知っていればこのような契約書にサインすることはありませんでした。過払金の存在を隠して和解契約書にサインをさせるA社のやり方には納得できません。A社から過払金を回収することはできないでしょうか。




回答:
1.和解契約を無効として過払い金の返還請求ができる可能性が高いと考えられます。
過払金回収のためにはA社に対し過払金返還請求訴訟を提起する必要がありそうですが,訴訟においては和解契約の有効性が争点になると予想されます。和解契約が無効であると判断されれば過払い金の返還請求が認められますが,法律構成としては,@和解契約締結の意思表示に錯誤があり無効である(民法95条)との法律構成のほか,AあなたとA社との間で締結された和解契約が公序良俗に反し無効である(民法90条)との構成が考えられます。また,B消費者契約法4条1項に基づいて和解契約を取り消すことも考えられます。いずれの法律構成が採用されるかは別として,過去の裁判例に鑑みてもご相談の件については,訴訟において過払金の返還が認容される可能性が十分にあります。各法律構成について詳しくは解説をご覧ください。
2.法律相談事例集キーワード検索:948番854番参照。なお、本稿に新しい判例を加えた原稿(事例1653番)がありますので、そちらも参照なさってください。

解説:
1.錯誤無効(民法95条)

(1)錯誤についての一般的な説明と本件の検討
  民法95条本文は,「意思表示は,法律行為の要素に錯誤があったときは,無効とする。」と規定しています。
  ここで「錯誤」とは,表示上の効果意思(対外的に示す表意者の法律効果を発生させようとする意思)と内心的効果意思(表意者の内心における法律効果を発生させようとする意思)の不一致があり,その不一致を意思表示者が知らないことをいいます。法律行為の原則は,本人が希望する意思表示の内容に法的効果を与えることですから,外部表示された内容が異なれば法的効果を与えることはできません。ただ,些細な食い違いで法律行為を無効とすることは取引の安全を害しますので,錯誤の内容は重要なもの(契約内容の要素)に限定されることになります。
  そして,法律行為の「要素に錯誤」があるといえるためには,表意者が意思表示の内容の主要な部分とし,その点について錯誤がなければ,表意者本人のみならず普通人も意思表示をしなかったと思われる程度の錯誤が必要です。
  まず,ご相談の件で「錯誤」が認められるかですが,本件貸金取引に係る過払金返還請求権を放棄する意思を有していなかったにもかかわらず,過払金返還請求権を放棄するような内容の和解契約を締結している以上,錯誤については認められる可能性が高いと思います。次に,法律行為の「要素に錯誤」があるといえるかですが,過払金があることを認識しながらそれを放棄したうえで更に債務を負担するような合意については,普通人もしないと思われるので「要素に錯誤」についても認められる可能性が高いと思います。

(2)東京地方裁判所平成16年11月29日判決
  東京地方裁判所平成16年11月29日判決は,本件と同様に「原告らと被告との間で,貸し付け債務が存在するとして原告らに支払義務があることを認める旨の裁判外の和解が成立している場合,その原告らが不当利得返還請求権に基づき被告に対し過払金の返還請求をすることができるか」が争点となった事案です。
  この争点について,同判決は以下のように述べるとともに,錯誤無効の主張に対する判断基準を示しました。「利息制限法は,1条で制限利率を定めて,これを超える利息の約定は絶対的に無効とするものであるから,利息制限法所定の制限利率に引き直して計算した結果,過払いが生じていて,被告が不当利得返還債務を負う場合に,債務弁済契約を締結するにあたり,過払分の不当利得返還請求権を放棄することは,本来的に,同法の趣旨に反し,当事者(特に借主)の合理的な意思解釈とはいえない。特に,貸金業者が取引明細を開示していないときには,借り手側が十分な検討をすることができない。そうすると,実際の貸付の取引経過につき利息制限法所定の利率で引き直し計算をした結果と,和解の内容とが大きく乖離しており,かつ,借主がそのことを認識しておらず,認識しなかったことについてやむを得ない事情がある場合には,和解契約は錯誤により無効となると解するのが相当である。」

  そして,具体的な事案の検討では,以下のように判示し,和解契約は錯誤により無効となるとしました。「本件においては,上記原告らは,いずれも数十万円の過払金が存在するのに,上記(1)のようにかえって債務を弁済する和解契約を締結しており,実際の貸付の取引経過につき利息制限法所定の利率で引き直し計算をした結果と,和解の内容とが大きく乖離しているものと認められる。また,上記認定事実及び弁論の全趣旨によれば,上記原告らは,被告に対し要求していたにもかかわらず,被告から全取引経過の開示を受けられなかったために,実際に生じている過払金債権の有無や金額を正確に認識できずに和解をしたことが認められる。したがって,上記原告らと被告との間の和解契約はいずれも錯誤により無効と認めるのが相当である。」

  ご相談の件を上記判決の示した判断基準にしたがって検討すると,過払金が存在するにもかかわらずかえって債務を弁済する和解契約を締結していることから,実際の貸付の取引経過につき利息制限法所定の利率で引き直し計算をした結果と,和解の内容とが大きく乖離していえるでしょう。また,あなたは,和解契約締結当時には利息制限法に基づく引き直し計算をすれば過払金の返還請求をすることができるということを知らなかったので,実際に生じている過払金債権の有無や金額を正確に認識できずに和解をしたといえますし,認識できなかったことについてもやむを得ない事情があると認められる可能性が高いと解されます。
  以上のとおり,過去の裁判例に照らして考えた場合にも,ご相談の件については錯誤無効が認められる可能性は十分にあるといえます。

2.公序良俗違反による無効(民法90条)
  
  和解は,争いとなっている権利関係について,当事者が相互に譲歩することにより紛争を解決するというものですから,単に,取引経過を利息制限法の利率で引き直し計算をした結果と,和解内容が一致しないからといって和解契約が無効になるものではありません。しかし,東京地方裁判所平成16年11月29日判決は,「利息制限法は,1条で制限利率を定めて,これを超える利息の約定は絶対的に無効とするものであるから,利息制限法所定の制限利率に引き直して計算した結果,過払いが生じていて,被告が不当利得返還債務を負う場合に,債務弁済契約を締結するにあたり,過払分の不当利得返還請求権を放棄することは,本来的に,同法の趣旨に反」すると判示していることから,和解契約を締結するに至った経緯によっては,公序良俗違反により無効と判断される可能性も考えられます。利息制限法及び出資法は,金融関係を規律する基本法,憲法といわれるものであり強行法規ですから,その趣旨,内容を事実上変更するような合意が許される道理がありません。妥当な判断です。

  ご相談の件における,和解契約を締結するに至った経緯をみると,あなたが約定とおりに月々の返済をしても一向に元本が減らず月々の返済が困難になり,貸金業者に対し月々の返済金額の減額を要望したことに対して,貸金業者は和解契約書にサインすることを条件に利率の変更をしたとのことですので,後述のとおり,消費者契約法違反に該当するような事情もみられ,公序良俗違反に該当する可能性はあるといえます。

3.消費者契約法4条1項に基づく取消し

  消費者契約法は,消費者と事業者との間の情報の質及び量並びに交渉力の格差に鑑み,消費者の利益を擁護するために制定された法律です。同法に規定されている一定の要件を満たす場合に,消費者は,契約締結の意思表示を取り消すことができます。また,事業者の免責条項や消費者の利益を一方的に害する条項は,同法により無効となります。
  消費者契約法4条は,事業者が,消費者との契約締結を勧誘するに際し,消費者の誤認を招くような一定の行為をした場合に,消費者は当該契約を取り消すことができると定めた規定です。消費者契約法4条1項1号では,重要事項について,事業者が消費者に対し事実と異なることを告げ,消費者が,当該告げられた内容を事実であると誤認した場合に,消費者は契約を取り消すことができるとされています。
  
  ご相談の件では,A社が和解契約書を送付してきた時点では,すでに過払金が発生していたとのことなので,A社が過払金の存在には触れずに,あなたの債務がいまだ残っているかのように告げたうえで,和解の提案をしてきたのであれば,消費者契約法4条1項1号に定める,重要事項に関する不実の告知があったといえます。
  以上のとおり,ご相談の件では,消費者契約法4条1項に基づく和解契約の取消しが認められる可能性も考えられます。

4.最後に

  A社の主張に対しては,以上のような法律構成での反論が考えられますが,ご自身で以上のような反論を行ったとしても,A社が清算済みとの主張を撤回し任意に過払金を支払ってくる可能性は非常に低いといえます。お近くの弁護士に相談するなどして,できる限り速やかに訴訟を提起し,訴訟の中で上記のような主張を行うことが,早期解決につながるでしょう。

<参照条文>

民法
90条(公序良俗)
公の秩序又は善良の風俗に反する事項を目的とする法律行為は,無効とする。
95条(錯誤)
意思表示は,法律行為の要素に錯誤があったときは,無効とする。ただし,表意者に重大な過失があったときは,表意者は,自らその無効を主張することができない。

消費者契約法
4条(消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示の取消し)
1項 消費者は,事業者が消費者契約の締結について勧誘をするに際し,当該消費者に対して次の各号に掲げる行為をしたことにより当該各号に定める誤認をし,それによって当該消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示をしたときは,これを取り消すことができる。
1号 重要事項について事実と異なることを告げること。 当該告げられた内容が事実であるとの誤認

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