新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1133、2011/7/19 15:32 http://www.shinginza.com/qa-roudou.htm

【労働法・時間外労働の割増賃金・労働契約で基本給に含まれている時間外労働割増賃金の取り扱い・休憩時間は時間外労働から控除されるか】

質問:私はA社において,3年前から毎日サービス残業をさせられるようになりました。タイムカードを見返してみると,毎月40時間の時間外労働を3年間行ってきたことがわかりました。いわゆる36協定は締結されているものの,結局残業代が支払われないのでは割に合わないと思い半年前に退職しました。今からでも未払い残業代を請求することはできないでしょうか。請求できるとするとどのように計算すればよいのでしょうか。ちなみに,A社の就業規則・給与規定によれば,@基本給が30万円/月,A住宅手当が2万円(家賃額に応じて支給)/月,B通勤手当が1万円(一律支給)/月,C家族手当が2万円(扶養家族がいる場合に支給)/月,D基本給30万円の中に20時間分の時間外割増賃金が含まれている,E所定労働時間は9時〜18時で12時〜13時の間は休憩,F時間外労働を行う場合には,18時〜19時の間に休憩を取ること(実際は休憩を取得していませんでした),G社内における法定休日は日曜日,とされています。

回答:
1.労働契約,就業規則上「基本給30万円の中に20時間分の時間外割増賃金が含まれている」と決められていても,それだけでは時間外労働の割増賃金支払いとは評価されない場合があります。最高裁昭和63年7月14日上告棄却判決は,「固定の時間外割増賃金を基本給に含めるという支給方法の場合でも,基本給のうち時間外労働等に該当する部分を明確に区別して合意し,かつ,労基法所定の計算方法による額がその額を上回る時はその差額を当該賃金の支払期に支払うことを合意した場合であれば,その固定時間外割増賃金を当該月の割増賃金の支払いと扱うことができる。」と判断しています。
2.又,「時間外労働を行う場合には,18時〜19時の間に休憩を取ること」と就業規則上定まっていても,実際上休憩をとれる状況になければこの時間帯も時間外労働として扱うことが可能です。判例(最高裁平成12年3月9日判決)も同趣旨です。今からでも未払割増賃金を取り返すことは可能ですし,未払額と同額の付加金を併せて回収できる可能性があります。
3.ただし,未払割増賃金が発生してから2年以上経っているものについては,消滅時効を援用されると請求できなくなります。
4.労働法参考事例,法律相談事例集キーワード検索:1062番925番915番842番786番763番762番743番721番657番642番458番365番73番5番,手続は,995番879番

解説:
(労働契約に関する法規解釈の指針)

  先ず労働法における雇用者,労働者の利益の対立について申し上げます。本来,資本主義社会において私的自治の基本である契約自由の原則から言えば,労働契約は使用者,労働者が納得して契約するものであれば特に不法なものでない限り,どのような内容であっても許されるようにも考えられますが,契約時において使用者は経済力,情報力からも雇う立場上有利な地位にあるのが一般的ですし,労働力を売って賃金をもらい生活する関係上,労働者は長期間にわたり拘束する契約でありながら,常に対等な契約を結べない危険性を有しています。又,労働契約は労働者が使用者の指揮命令に服し従属的関係にあることが特色であり,契約後も自ら異議を申し出ることが事実上阻害され不平等な取扱いを受ける可能性を常時有しています。
  しかし,そのような状況は個人の尊厳を守り,人間として値する生活を保障した憲法13条,平等の原則を定めた憲法14条の趣旨に事実上反しますので,法律は民法の雇用契約の特別規定である労働法等(基本労働三法等)により,労働者が対等に使用者と契約でき,契約後も実質的に労働者の権利を保護すべく種々の規定をおいています。

 法律は性格上おのずと抽象的規定にならざるをえませんから,その解釈にあたっては使用者,労働者の実質的平等を確保するという観点からなされなければならない訳ですし,雇用者の利益は営利を目的とする経営する権利(憲法29条の私有財産制に基づく企業の営業の自由,経済的利益確保)であるのに対し,他方労働者の利益は毎日生活し働く権利ですし,個人の尊厳確保に直結した権利ですから,おのずと力の弱い労働者の利益をないがしろにする事は許されないことになります。
  ちなみに,労働基準法1条も「労働条件は,労働者が人たるに値する生活を営むための必要を満たすべきものでなければならない。」第2条は「労働条件は労働者と使用者が,対等の立場において決定すべきものである。」と規定しています。以上の趣旨から契約上,法文上の形式的文言にとらわれることなく実質的対等性を確保する観点から労働法を解釈し,労働契約の有効性を判断することになります。

1.未払割増賃金請求の法的根拠
  労働基準法は,休憩時間を除いて1日に8時間,週40時間を超えて労働させてはならない旨規定しています(労基法32条)。そして,同規制を超えた労務が提供された場合には,使用者は労働者に対し,最低でも労基法に定める基準以上の割増賃金を支払う必要があります(労基法37条)。ちなみに,労基法及び労働基準法施行規則が定める最低基準は,以下(ア)〜(エ)のとおりです。
(ア)時間外労働については,通常の労働時間又は労働日の賃金の2割5分以上(※「時間外労働」とは1日又は1週の法定労働時間を超える労働を意味で用いられる。)
(イ)休日労働は,3割5分以上。(休日労働とは,暦日1日の週休制を意味します。)(ウ)時間外労働と深夜労働(深夜労働とは,午後10時から午前5時の間の労働を意味します。)が重なる時は,5割以上(労基法施行規則20T条)
(エ)休日労働と深夜労働が重なる時は,6割以上(同規則20U)
なお,上記基準はあくまで最低基準に過ぎないため,それ以上の割増賃金の支払い合意の締結は有効になります。他方で,上記基準を下回る割増賃金率の合意は無効となり,上記基準に従うことになります(労基法13条)。

2.割増賃金の計算方法
(1)総論
  割増賃金の計算方法は,「通常の労働時間又は労働日の賃金」(労基法37条)に上記(ア)〜(エ)の割増賃金率(労基法の基準を上回る合意がある場合にはその割増率)を加えた金額を算定した上で,時間外労働や休日労働の時間数を乗じた額が,未払割増賃金額ということになります。

(2)割増賃金の具体的な計算方法
  上記計算方法によれば,まず,「通常の労働時間又は労働日の賃金」を算定する必要があります(労基法37条T項)。
本件では,あなたの賃金は月によって定められているので,月の賃金額を月における所定労働時間数で除した金額が,「通常の労働時間または労働日の賃金」ということになります(労基法施行規則19条T項C)。
  そして,割増賃金の基礎となる賃金額には,家族手当や通勤手当のほか,別居手当,住宅手当等は該当しないとされています(労基法37条X,施行規則21条各号)。ただし,同条の趣旨が同一時間の時間外労働に対する割増賃金額が労働の内容や量とは無関係な労働者の個人的事情に変化してしまう不合理性を解消するという点にあるため,手当の名称が「家族手当」や「通勤手当」であったとしても,実質的に見て個人的事情に関係なく一律の額で支給されている手当なのであれば,月の賃金に算定してよいという解釈されています。そうしないと,手当の名目だけで割増賃金を低くすることが可能となり,これを悪用する使用者が生じる危険性があるからです。したがって,一律支給されている本件通勤手当(1万円)は除外賃金に含まれず,基本給と合わせて割増賃金の算定基礎に含まれることになります。
  すなわち,(A社の年間所定労働日数)×(A社の一日の所定労働時間=8時間)÷(12か月)で月における所定労働時間を計算し,それで(31万円=基本級+通勤手当=月の賃金)を除すれば,「通常の労働時間・・・の賃金」が算定されることになります。その上で上記(ア)〜(エ)における割増賃金率を考慮した金額をそれぞれ算定し,その金額に時間外労働時間や休日労働時間をそれぞれ乗じれば,未払割増賃金額が算定できることになります。

<参考URL,新銀座法律事務所の残業代計算シート>
http://www.shinginza.com/download-zangyoudai.xls

3.考えられる相手方の反論
(1)時間外労働の事実の不存在
今回の割増賃金請求が認められるためには,残業したという事実をあなた自身が主張立証しなければいけません。つまり,あなたが残業した事実について裁判官に確信を抱かせることができないと,請求が認められないことになります。この点,訴訟を進める上では,以下のような証拠があれば,立証の過程で有利になる可能性があります。

ア タイムカード
   タイムカードに打刻されている時間は,少なくともあなたが何時から何時までの間,職場にいたという事実を客観的に示すことができる証拠になります。ただし,あなたがタイムカードの打刻時間通りの労働時間であったという事実については,社内におけるタイムカードの利用目的(出退勤の事実のみを記録化するためのものだったのか,労働時間を管理するためのものだったのか,等)や,運用実態等も関係してくるものと思われます。とはいえ,今回あなたがお持ちであるタイムカードは有力な証拠となりうるものに違いありません。

イ 業務日誌
   あなたが毎日業務終了後に業務日誌を提出しており,その内容に自らの執務時間を記載していたような場合であれば,タイムカードの場合と同様に,少なくともあなたが何時から何時までの間職場にいたのかを示しうる証拠になると思われます。

ウ 個人的な日記帳
   あなたが頻繁に日記をつけていた場合,例えば「今日は朝9時から夜10時まで働いた」というような日記をつけていた場合も,職場にいた時刻を示しうる証拠になると思われます。ただし,あくまで個人的なものでしかないので,その信用性は,タイムカードや業務日誌よりも弱くなる可能性があると思われます。

エ その他
   その他,パスネットの写し,あなたがA社で使用していたパソコンの業務ファイルの更新時間記録,メール送信時間記録等も,あなたが職場にいた時刻を示しうる証拠になりうるものと思われます。ただし,証明力の強さとしては,ケースバイケースになるでしょう。

(2)20時間分の時間外割増賃金について
  次にA社としては,仮にあなたの言う時間外労働や休日労働の事実が存在していたとしても,基本給に20時間分の時間外割増賃金が含まれているという給与規定が存在している以上は,割増賃金は一部支払われている,という反論をA社が行うことが考えられます。
  この点,残業代を固定で支給するというのは,労基法に定める割増賃金の支払いと異なる方法によるものですが,労基法37条は,同条に定める計算方法による一定額以上の割増賃金を支払う必要がある旨を規定しているにすぎません。そのため,固定の時間外割増賃金を基本給に含めるという支給方法の場合でも,基本給のうち時間外労働等に該当する部分を明確に区別して合意し,かつ,労基法所定の計算方法による額がその額を上回る時はその差額を当該賃金の支払期に支払うことを合意した場合であれば,その固定時間外割増賃金を当該月の割増賃金の支払いと扱うことができます(最高裁昭和63年7月14日上告棄却判決,控訴審東京高等裁判所昭和62年11月30日控訴棄却判決,第一審昭和62年1月30日判決。)。
  しかし,本件のような給与規定の場合,固定残業代にあたる部分と純粋な基本給に該当する部分が明確に区分されていないと解する余地があると思われます。また,法所定の計算による割増賃金額が,固定時間外割増賃金の額を超えた場合に差額を別途追加で支給するという規定も存在していません。したがって,A社の反論は認められないものと思われます。

(3)18時〜19時の休憩時間について
  次にA社としては,仮にあなたの主張する時間外労働の事実が認められるとしても,就業規則上は18時〜19時の間に休憩を取るように規定されているため,18時以降の時間外労働に付き,少なくとも1時間分は時間外労働に該当しないという契約のはずだ,という反論を行うことが予想されます。
  しかし,判例は,「労働者の行為が労働時間に該当するかについては,労働契約や就業規則の定めによって決定されるべきものではなく,労働者の行為が使用者の指揮命令下に置かれていたものと評価できるかにより客観的に定まるもの」と解釈しています(最高裁平成12年3月9日判決 後記判例参照。)。
  そのため,就業規則の規定にかかわらず,実際には休憩を取らないで働くように命令されている場合や,明示的な命令がない場合でも休憩を取らないで働いていた実態を使用者側が黙認していた等の事情があれば,あなたの行為が使用者の指揮命令下に置かれているものと評価しうると思われます。その場合には,A社の反論は通らないことになります。

(4)時効について
  発生している未払い残業代のうち,賃金支払期から2年間を経過した分については,消滅時効期間が経過しています(労基法115条)。民法174条1号では賃金債権の消滅時効が1年と定められていますが,業務上指揮命令に従っている労働者が使用者に対して請求,訴訟等を提起することは難しい面があり労働者保護の観点から,労基法において期間延長の修正が加えられています。
  そのため,A社に消滅時効を援用された場合には,賃金支払期から2年を過ぎた分については請求できなくなってしまうことには注意が必要です。

4.付加金について
  本件で,使用者があなたに残業代を支払ってこなかったことは,労基法37条に違反します。この場合,あなたの請求により,未払残業代のほか,これと同一額の付加金の支払を裁判所が使用者に対して命じることができます(労基法114条)。これを付加金といいます。
  ただし,この付加金は,使用者に対する制裁という意味合いを持つので,使用者に対して制裁を課すことが相当でないと認められるような場合には,付加金の支払を命じないケースや一部しか支払を認めないケースも見受けられます。
  また,付加金は労基法37条違反状態が発生してから2年の除斥期間に服します(労基法114但)。
  なお,労基法114条の「裁判所」には労働審判委員会も含まれるものとして労働審判でも付加金を請求できると解釈する余地もありますが,実務では,労働審判及び労働審判における調停案には付加金額を考慮しないという運用がなされているので,注意が必要です。

<参照条文>

<労働基準法>
第十三条  この法律で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は,その部分については無効とする。この場合において,無効となつた部分は,この法律で定める基準による。
第三十二条  使用者は,労働者に,休憩時間を除き一週間について四十時間を超えて,労働させてはならない。
○2  使用者は,一週間の各日については,労働者に,休憩時間を除き一日について八時間を超えて,労働させてはならない。
第三十七条  使用者が,第三十三条又は前条第一項の規定により労働時間を延長し,又は休日に労働させた場合においては,その時間又はその日の労働については,通常の労働時間又は労働日の賃金の計算額の二割五分以上五割以下の範囲内でそれぞれ政令で定める率以上の率で計算した割増賃金を支払わなければならない。ただし,当該延長して労働させた時間が一箇月について六十時間を超えた場合においては,その超えた時間の労働については,通常の労働時間の賃金の計算額の五割以上の率で計算した割増賃金を支払わなければならない。
○2  前項の政令は,労働者の福祉,時間外又は休日の労働の動向その他の事情を考慮して定めるものとする。
○3  使用者が,当該事業場に,労働者の過半数で組織する労働組合があるときはその労働組合,労働者の過半数で組織する労働組合がないときは労働者の過半数を代表する者との書面による協定により,第一項ただし書の規定により割増賃金を支払うべき労働者に対して,当該割増賃金の支払に代えて,通常の労働時間の賃金が支払われる休暇(第三十九条の規定による有給休暇を除く。)を厚生労働省令で定めるところにより与えることを定めた場合において,当該労働者が当該休暇を取得したときは,当該労働者の同項ただし書に規定する時間を超えた時間の労働のうち当該取得した休暇に対応するものとして厚生労働省令で定める時間の労働については,同項ただし書の規定による割増賃金を支払うことを要しない。
○4  使用者が,午後十時から午前五時まで(厚生労働大臣が必要であると認める場合においては,その定める地域又は期間については午後十一時から午前六時まで)の間において労働させた場合においては,その時間の労働については,通常の労働時間の賃金の計算額の二割五分以上の率で計算した割増賃金を支払わなければならない。
○5  第一項及び前項の割増賃金の基礎となる賃金には,家族手当,通勤手当その他厚生労働省令で定める賃金は算入しない。
第百十四条  裁判所は,第二十条,第二十六条若しくは第三十七条の規定に違反した使用者又は第三十九条第七項の規定による賃金を支払わなかつた使用者に対して,労働者の請求により,これらの規定により使用者が支払わなければならない金額についての未払金のほか,これと同一額の付加金の支払を命ずることができる。ただし,この請求は,違反のあつた時から二年以内にしなければならない。
第百十五条  この法律の規定による賃金(退職手当を除く。),災害補償その他の請求権は二年間,この法律の規定による退職手当の請求権は五年間行わない場合においては,時効によつて消滅する。

<労働基準法施行規則>
第二十条 法第三十三条又は法第三十六条第一項の規定によつて延長した労働時間が午後十時から午前五時(厚生労働大臣が必要であると認める場合は,その定める地域又は期間については午後十一時から午前六時)までの間に及ぶ場合においては,使用者はその時間の労働については,前条第一項各号の金額にその労働時間数を乗じた金額の五割以上の率で計算した割増賃金を支払わなければならない。
○2 法第三十三条又は法第三十六条第一項の規定による休日の労働時間が午後十時から午前五時(厚生労働大臣が必要であると認める場合は,その定める地域又は期間については午後十一時から午前六時)までの間に及ぶ場合においては,使用者はその時間の労働については,前条第一項各号の金額にその労働時間数を乗じた金額の六割以上の率で計算した割増賃金を支払わなければならない。
第二十一条 法第三十七条第四項の規定によつて,家族手当及び通勤手当のほか,次に掲げる賃金は,同条第一項及び第三項の割増賃金の基礎となる賃金には算入しない。
一 別居手当
二 子女教育手当
三 住宅手当
四 臨時に支払われた賃金
五 一箇月を超える期間ごとに支払われる賃金
第百七十四条  次に掲げる債権は,一年間行使しないときは,消滅する。
一  月又はこれより短い時期によって定めた使用人の給料に係る債権

<参照判例>
最高裁昭和63年7月14日上告棄却判決, 第一審東京地裁昭和62年1月30日判決
理由 
「三 抗弁1(原告飯村の時間外労働に対する割増賃金)について 
 証人高井裕は,同証人が被告の人事担当者として昭和五八年六月の原告飯村の採用に際し,同原告との間の合意に基づき,同原告の労働時間は休憩一時間を含めて午前八時三〇分から午後五時までであるが,月一五時間の時間外労働を見込んだうえ,その分の割増賃金を本来の基本給に加えて同原告の基本給を決定した(すなわち,本来の基本給一五万円,割増賃金一万五六〇〇円の合算額である一六万五六〇〇円を同原告の基本給とした。)と証言するが,この証言は,同証人の,月一五時間という数字が同原告が担当することとなる営業部門の責任者との相談のうえで出されたものではない旨,同原告入社後同原告の時間外労働が一五時間を超えているか否かの調査を被告として一切していない旨右の合意をした際に,月一五時間を超える時間外労働に対しては割増賃金が支払われるとの説明をしなかった旨及びその後,原告飯村の本人尋問の結果及び成立に争いのない(証拠略)の記載に照らして信用することができず,他に抗弁1の事実を認めるに足りる証拠はない。 
 また,仮に,月一五時間の時間外労働に対する割増賃金を基本給に含める旨の合意がされたとしても,その基本給のうち割増賃金に当たる部分が明確に区分されて合意がされ,かつ労基法所定の計算方法による額がその額を上回るときはその差額を当該賃金の支払期に支払うことが合意されている場合にのみ,その予定割増賃金分を当該月の割増賃金の一部又は全部とすることができるものと解すべきところ,原告飯村の基本給が上昇する都度(昭和五八年その時から昭和六〇年四月までの間に三回にわたって基本給が上昇したことは当事者間に争いがない。)予定割増賃金分が明確に区分されて合意がされた旨の主張立証も,労基法所定の計算方法による額がその額を上回るときはその差額を当該賃金の支払期に支払うことが合意されていた旨の主張立証もない本件においては,被告の主張はいずれにしても採用の限りではない。 
 よって,原告飯村の時間外労働に対する割増賃金は,同原告の基本給の全額及び住宅,皆勤及び乗車の各手当の額を計算の基礎として時間外労働の全時間数に対して支払わなければならない。  」

最高裁判所平成7年(オ)第二〇二九号,平成12年3月9日判決,(賃金請求事件)
       理   由
「一 労働基準法(昭和六二年法律第九九号による改正前のもの)三二条の労働時間(以下「労働基準法上の労働時間」という。)とは,労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間をいい,右の労働時間に該当するか否かは,労働者の行為が使用者の指揮命令下に置かれたものと評価することができるか否かにより客観的に定まるものであって,労働契約,就業規則,労働協約等の定めのいかんにより決定されるべきものではないと解するのが相当である。そして,労働者が,就業を命じられた業務の準備行為等を事業所内において行うことを使用者から義務付けられ,又はこれを余儀なくされたときは,当該行為を所定労働時間外において行うものとされている場合であっても,当該行為は,特段の事情のない限り,使用者の指揮命令下に置かれたものと評価することができ,当該行為に要した時間は,それが社会通念上必要と認められるものである限り,労働基準法上の労働時間に該当すると解される。

二 原審の確定したところによれば,(一)昭和四八年六月当時,被上告人ら(被上告人栗原精子の関係においては,以下,同被上告人訴訟被承継人栗原源三郎のことを被上告人という。)は,上告人に雇用され,長崎造船所において就業していた,(二)右当時,上告人の長崎造船所の就業規則は,被上告人らの所属する一般部門の労働時間を午前八時から正午まで及び午後一時から午後五時まで,休憩時間を正午から午後一時までと定めるとともに,始終業基準として,始業に間に合うよう更衣等を完了して作業場に到着し,所定の始業時刻に作業場において実作業を開始し,所定の終業時刻に実作業を終了し,終業後に更衣等を行うものと定め,さらに,始終業の勤怠把握基準として,始終業の勤怠は,更衣を済ませ始業時に体操をすべく所定の場所にいるか否か,終業時に作業場にいるか否かを基準として判断する旨定めていた,(三)右当時,被上告人らは,上告人から,実作業に当たり,作業服のほか所定の保護具,工具等(以下「保護具等」という。)の装着を義務付けられ,右装着を所定の更衣所又は控所等(以下「更衣所等」という。)において行うものとされており,これを怠ると,就業規則に定められた懲戒処分を受けたり就業を拒否されたりし,また,成績考課に反映されて賃金の減収にもつながる場合があった,(四)
右当時,被上告人らのうち造船現場作業に従事していた者は,上告人により,材料庫等からの副資材や消耗品等の受出しを午前ないし午後の始業時刻前に行うことを義務付けられており,また,被上告人らのうち鋳物関係の作業に従事していた者は,粉じんが立つのを防止するため,上長の指示により,午前の始業時刻前に月数回散水をすることを義務付けられていた,(五)被上告人らは,昭和四八年六月一日から同月三〇日までの間,(1)午前の始業時刻前に更衣所等において作業服及び保護具等を装着して準備体操場まで移動し,(2)午前ないし午後の始業時刻前に副資材や消耗品等の受出しをし,また,午前の始業時刻前に散水を行い,(3)午後の終業時刻後に作業場又は実施基準線(上告人が屋外造船現場作業者に対し他の作業者との均衡を図るべく終業時刻にその線を通過することを認めていた線)から更衣所等まで移動して作業服及び保護具等の脱離等を行った,というのであり,右事実認定は,原判決挙示の証拠関係に照らして首肯するに足りる。 

三 右事実関係によれば,被上告人らは,上告人から,実作業に当たり,作業服及び保護具等の装着を義務付けられ,また,右装着を事業所内の所定の更衣所等において行うものとされていたというのであるから,右装着及び更衣所等から準備体操場までの移動は,上告人の指揮命令下に置かれたものと評価することができる。また,被上告人らの副資材等の受出し及び散水も同様である。さらに,被上告人らは,実作業の終了後も,更衣所等において作業服及び保護具等の脱離等を終えるまでは,いまだ上告人の指揮命令下に置かれているものと評価することができる。
 そして,各被上告人が右二(五)(1)ないし(3)の各行為に要した時間が社会通念上必要と認められるとして労働基準法上の労働時間に該当するとした原審の判断は,正当として是認することができる。所論引用の判例は,事案を異にし本件に適切でない。論旨は,原審の専権に属する証拠の取捨判断,事実の認定を非難するか,又は独自の見解に立って原判決を論難するものにすぎず,採用することができない。
 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。」

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