新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1093、2011/4/5 18:26

【民事・要素の錯誤・目的物の生来に関する錯誤・動機の錯誤との違い・錯誤が契約当事者相互にある場合】

質問:先月、ある美術商から、有名な画家の絵画を購入しました。有名な画家の作品なので、かなり高額の代金を支払い、絵画の引渡しを受けました。しかし、作品の真偽について、どうしても疑わしいと思ったため、専門の機関に鑑定をお願いしました。すると、この絵画は真っ赤なニセモノだということがわかりました。
 画商に連絡して、絵を返すからお金を返して欲しいと依頼したところ、@絵が真作であるとハッキリ言った覚えは無いA画商も真作だと思っていたB私がこの画家の愛好家で、相当の目利きなので、贋作と気づかなかったことについて重過失がある、このような主張で、代金の返還を拒否されました。画商の言うとおり返金は無理なのでしょうか?

回答:
@取引の経緯から、絵画の真贋が契約の「要素」であると認められる場合があります。A従って、錯誤で売買契約が無効になる可能性があるでしょう。Bしかし、双方が錯誤に陥っている場合、相手方売主が主張している95条但し書きの適用の余地は無いと思われます。
 判例によれば、上記のような理由で、売買契約は錯誤により無効になる可能性があります。後記掲載判例参照、東京地方裁判所平成14年3月8日判決。古い判例ですが、大審院大正6年2月24日判決も参考になります。

解説:
1.(問題点)
 売買契約を元に戻すには、契約の解除、取消、無効、のいずれかに当たることが必要です。本件の場合、画商の主張が全て真実だとすれば、当該その物〈特定物〉を売買することについて当事者間の意思に齟齬は無いことから、債務不履行等の「解除」にはあたりません(民法540条以下)。
 唯、目的物である絵画が偽物であったという瑕疵はありますが、特定物売買の場合には、当事者が特定した当該目的物を引き渡してしまえば、売主の基本的義務は果たしたことになります。偽物であるという瑕疵は、瑕疵担保責任の問題とはなるでしょう(民法570条)。唯、錯誤の場合は、さらに、買主を保護する必要がなく、瑕疵の主張期間等要件が厳しい瑕疵担保責任の適用はないとされています。判例(最高裁判決昭和33年6月14日)も同趣旨です。
 また、画商も絵画が贋作であることを知らなかった、ということですから、贋作であることを知りながら、真作であると偽って、買主を騙して購入させたということはありませんから、詐欺〈民法96条〉による取消は認められないでしょう。そこで、本当は、真作を購入する意思であったということで、本件では錯誤無効〈民法95条〉の主張ができないかを検討することになります。

2.(錯誤及び動機の錯誤について) 
 錯誤とは、当該法律行為において、表示の内容(贋作を買う意思)とそれに対応する内心の意思(真作を買う意思)が一致しないことを当の意思表示をしたものが知らないことを言います。私的自治の原則、契約自由の原則は、自由主義、個人主義の理論的帰結として存在し、自由な内心の意思の存在を法律効果の基本とするものであり、それに対応する表示行為がないのであれば、法的効果を認めることはできませんから、食い違いを知らない表意者保護のため理論的に無効ということになります。しかし、意思表示をしたものに、錯誤について重過失があれば、意思表示者を保護する根拠を失い、むしろ事情を知らない相手方を保護し取引の安全を優先しなければならず、無効の主張を封じています(民法95条)。すなわち、95条は静的安全と動的(取引)安全を調整して定められていますから解釈もその点を念頭に置かなければいけません。
 錯誤による売買契約の無効が認められるためには、@法律行為の要素に錯誤があること、A錯誤について表意者に重過失が無いこと〈同条但書〉が必要です。そこで本件の場合、まず要素の錯誤があるかを検討することになります。要素の錯誤の「要素」とは、法律行為の重要な要素を指します。勿論、その要素は、契約において表示されている必要があります。

 売買契約において、対象の特定などに齟齬が無く、その性状、性能、性格、来歴に関するものである場合契約上表示されていれば要素の錯誤の問題として評価されますが、その内容が取引上表示されず契約をするに至る経過における契約者の内心的動機についての齟齬であれば、いわゆる動機の錯誤であり、要素の錯誤ではない、というのが判例(最判昭和45年5月29日)、通説的な見解です。すなわち、動機の錯誤は、錯誤ではあるが、要素の錯誤と評価されるには、法律行為上当事者に表示されている必要があります。法律行為の目的物に齟齬がないのに、意思表示者の単なる意思決定の形成過程の理由により法的効果が否定されると、相手方に不測の損害を与えることになり取引の安全を危ういものにするからです。

 例えば、不動産を購入する際に、将来値上がりして転売利益を得ることが目的だったが、実際は値上がりしなかった、というような場合です。よくいわれるのは、年齢の若い、受胎能力のある良馬と思い購入したが駄馬であったという場合です。後記大審院大正6年2月24日判決参照。大審院判例では、馬の生来(年齢と受胎能力)も契約上交渉過程で表示されていれば、動機の錯誤ではなく、95条の「要素の錯誤」と評価できると判断しています。後記参照大審院大正3年3月8日判決も同様です。
 本件でも、当該絵画を購入することに錯誤は無く、その性質、すなわち絵画が真作であると内心思ったことについては、単なる内心の問題すなわち動機の錯誤と考える余地があります。

3.(動機の錯誤の表示)
 この点、動機の錯誤であっても、これが表示されている場合、意思表示の重要な内容を構成していれば、要素の錯誤を構成します。そこで本件では、絵画が真作であることが表示されているといえるか、という点が問題になります。質問だけではこの点は明らかではありませんが、画商の「真作であるとハッキリ言ったことはない」という主張が認められた場合(もちろんこちらも真作なら買う、などという話をしていない場合)、「動機の表示」は無かったということになるのでしょうか。
 この点後記掲載の判例によると、カタログを示して説明したこと、有名オークションで落札された経緯を双方知っていたことなどの状況から、真作であるという明確な表示が無くても、真作である事が黙示に表示されていたことを認定しています。本件でも、真作であると双方が認識するにつき相当な事情があれば、真作であるとの表示があったといえるでしょう。

4.(契約当事者双方に錯誤がある場合)
 次に、あなたがこの画家の愛好家で、本件絵画が贋作であることに気が付かなかったことが重過失に当たるか、という問題ですが、あなたにどの程度の過失があったのか、という問題は、事実認定の問題なのでケースバイケースではありますが、判例は、それ以前の問題として、売主も真贋について錯誤に陥っていた場合〈双方錯誤〉、そもそも民法95条但し書きの適用の余地は無い、という判断をしています。その理由は、契約を有効にして保護すべき利益が相手方にあるとはいえない、というものです。確かに、双方が法律行為の要素について錯誤に陥っていた場合、双方について法律行為を無効にしても、双方に被害は無いと考えられますし、公平にもかなうといえるでしょう。
 すなわち、95条が意思表示者と取引の相手方の利害調整の機能をもつ以上、実際の法律行為の効果を生ぜしめる内心的意思が双方に存在しないのですから、法的効果を与える根拠を失い、原則に戻り無効とするのは理論的に当然であり、相手方にも不測の損害を与えることにはなりません。なお、判例では、念のためとして買主の重過失を検討し、これを否定しています。したがって、買主の重過失の程度が高い場合に全く同じ判断が当てはまるか、という点については注意が必要でしょう。

5.(まとめ)
 以上のとおり、本件事情においては、仮に画商の言い分が全て真実であるとしても、売買契約は錯誤無効により取消ができるものと考えられます。交渉に応じてもらえない場合、弁護士に依頼して訴訟を提起するとよいでしょう。
 最後に、高価な絵画を購入する場合は、作家から直接購入するか、又は、外国のサザビーズやクリスティーズ等著名オークションを利用したり、国内であれば「東京美術商協同組合」など実績のある組合に加入している美術商を利用されると良いでしょう。これらの経路で購入されれば、万一贋作であった場合でも、錯誤主張をする場合にあなたにとって有利な事情となるでしょう。

<参考条文>

民法
(錯誤)
第九十五条  意思表示は、法律行為の要素に錯誤があったときは、無効とする。ただし、表意者に重大な過失があったときは、表意者は、自らその無効を主張することができない。
(詐欺又は強迫)
第九十六条  詐欺又は強迫による意思表示は、取り消すことができる。
2  相手方に対する意思表示について第三者が詐欺を行った場合においては、相手方がその事実を知っていたときに限り、その意思表示を取り消すことができる。
3  前二項の規定による詐欺による意思表示の取消しは、善意の第三者に対抗することができない。
  第三款 契約の解除
(解除権の行使)
第五百四十条  契約又は法律の規定により当事者の一方が解除権を有するときは、その解除は、相手方に対する意思表示によってする。
2  前項の意思表示は、撤回することができない。
(履行遅滞等による解除権)
第五百四十一条  当事者の一方がその債務を履行しない場合において、相手方が相当の期間を定めてその履行の催告をし、その期間内に履行がないときは、相手方は、契約の解除をすることができる。
(定期行為の履行遅滞による解除権)
第五百四十二条  契約の性質又は当事者の意思表示により、特定の日時又は一定の期間内に履行をしなければ契約をした目的を達することができない場合において、当事者の一方が履行をしないでその時期を経過したときは、相手方は、前条の催告をすることなく、直ちにその契約の解除をすることができる。
(履行不能による解除権)
第五百四十三条  履行の全部又は一部が不能となったときは、債権者は、契約の解除をすることができる。ただし、その債務の不履行が債務者の責めに帰することができない事由によるものであるときは、この限りでない。
(解除権の不可分性)
第五百四十四条  当事者の一方が数人ある場合には、契約の解除は、その全員から又はその全員に対してのみ、することができる。
2  前項の場合において、解除権が当事者のうちの一人について消滅したときは、他の者についても消滅する。
(解除の効果)
第五百四十五条  当事者の一方がその解除権を行使したときは、各当事者は、その相手方を原状に復させる義務を負う。ただし、第三者の権利を害することはできない。
2  前項本文の場合において、金銭を返還するときは、その受領の時から利息を付さなければならない。
3  解除権の行使は、損害賠償の請求を妨げない。
(売主の瑕疵担保責任)
第五百七十条  売買の目的物に隠れた瑕疵があったときは、第五百六十六条の規定を準用する。ただし、強制競売の場合は、この限りでない。

<参考判例>

東京地方裁判所平成14年3月8日判決
第二 事案の概要
一 はじめに
 本件は、売買の目的物である絵画が贋作であったことを理由として、買主である原告が、売主である被告に対し、売買契約は要素の錯誤により無効であると主張して、不当利得返還請求として、売買代金の一部である二七〇〇万円及びこれに対する平成一一年一一月七日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払いを求めた事案である。
二 前提となる事実(当事者間に争いのない事実及び弁論の全趣旨により容易に認定できる事実)
(1)原告は、美術工芸品等の輸出入販売等を行っている会社であり、被告は、美術・工芸品等の輸出入及び販売等を行っている会社である。
(2)原告は、平成九年一〇月一日、被告からフランス一九世紀の画家であるギュスターブ・モロー(以下「モローという。)が描いたとされる「ガニメデスの略奪」と題する絵画一点(以下「本件絵画」という。)を、三〇五〇万円で買い受け(以下「本件売買契約」という。)、同月一七日、被告に対し、代金三〇五〇万円を支払った。
(3)その後、本件絵画は、贋作であり、モロー作の真正な絵画は、英国において、オークションにかけられ、第三者に売却されたことが判明した。
(4)原告は、平成一一年一月一三日頃、被告に対し、本件売買契約の代金相当額の返還を求めた。
(5)被告は、本件絵画を、代金二七〇〇万円で、三幸商事株式会社(以下「三幸商事」という。)から買い受けたものであるが、同年三月一九日、本件売買契約の代金額との差額分に相当する三五〇万円を原告に返還した。
二 争点(1)について
 本件売買契約において、本件絵画が真作であることが、契約の要素であるかどうかについて検討する。
 本件においては、本件売買契約の締結の際に、被告代表者が、本件絵画が真作であることは間違いないとまでいったと認めるに足る証拠はないが、前記一に説示したとおり、被告代表者は、本件絵画について、カタログレゾネに出ているといって、コピーの該当箇所を示したこと、同カタログレゾネには、本件絵画の来歴について、一九七一年にオークションで落札されたことまでしか記載がないが、被告代表者は、本件絵画は、数年前に日本人がオークションで落札したものであると来歴について補足して説明していること、原告は、鑑定書の有無を確認したこと、売買契約書には、本件絵画の特定方法として、作者、題名、制作年等カタログレゾネのデータと同じ記載がされていることを総合すると、被告代表者は、本件売買契約の目的物である本件絵画について、モローの「ガニメデスの略奪」という題名の絵画の真作であると表示したものとみるのが相当であり、原告は、本件絵画がモローの真作である旨の表示があることを認識していたとみるのが相当である。
 そして、前記一に説示したとおり、本件絵画の売買代金額は、当初被告が三六〇〇万円を提示し、これに対して、原告が三〇万ドル位で購入すると申し入れをし、結局三〇五〇万円に決まったこと、実際に、平成一〇年にロンドンのクリスティーズで落札された真作の絵画の落札価格は、一八万八五〇〇ポンド(約三七〇〇万円)であったことに加えて、原告及び被告代表者は、双方とも仮に本件絵画がよくできた模造品だとして買う場合の価格について、ゼロに近いと思う旨の供述をしていることに照らして鑑みると、三〇五〇万円という本件売買契約の代金額は、本件絵画が真作である場合の価格の範囲内であり,このような高額の価格は本件絵画が真作であることを前提としていると考えられる。
 これらの事実に、原告も被告も画商であり、原告がフランスの顧客に売却することを前提として本件絵画を購入することは、被告も認識していたこと、双方の代表者とも二〇年近くにわたって美術品の販売等に携わってきた経験を有すること等の事実を総合すると、本件売買契約においては、売主である被告は、本件絵画が真作であることを表示し、原告は、本件絵画が真作である旨の表示があると認識したうえで、本件絵画が真作であると信じたからこそ契約締結に及んだものというべきであり、本件絵画が真作であることは、本件売買契約の重要な要素であるというべきである。 
 そうすると、原告には、本件売買契約の要素についての錯誤(民法九五条)があったというのが相当である。
 被告は、原告が、自らの鑑識眼をもって、本件絵画そのものを購入することを決めたのであるから、そこに内心の意思と表示との不一致はなく、したがって、原告には意思表示についての錯誤はないと主張する。
 しかしながら、前記認定したとおり、売主である被告は画商であり、買主である原告は転売を予定していたこと等の事情に鑑みると、本件絵画が真作でないのであれば本件売買契約の対象にはなりえなかったものというべきであり、原告において、仮に後に本件絵画が贋作と判明したとしても被告の責任を問わないという趣旨で本件絵画を買受ける旨の意思表示をしたとみることはできないから、被告の主張は、失当である。
三 争点(2)について
 本件においては、被告自身が本件絵画が贋作であるとは疑っていなかったと供述していることからも明らかなように、買主である原告と売主である被告の双方が錯誤に陥って本件売買契約の締結をしたものであるが、このような場合には、契約を有効にして保護すべき利益が被告にあるとはいえないから、民法九五条但書は適用されないと解するのが相当である。
 したがって、原告に重過失があるから錯誤を主張できないとの被告の主張は、失当である。
 なお、原告の重過失の有無についても検討すると、前記認定したところによれば、原告は、画商である被告からこれを購入したものであり、本件売買契約に至る過程では、被告からカ夕ログレゾネが示され、同カタログレゾネに記載された以降の来歴についても、日本人がオークションで落札した旨の説明があったほか、原告は、鑑定書の有無についても問い質したというのであり、真作を前提とする絵画取引において通常なされるような合理的な確認はされているというべきである。そして、前記認定したとおり、本件絵画は、結果的に、モローの第一人者ともいうべきマチューらによって、詳細な調査をしたうえで贋作と判断されたもので、マチューらも認めているように、非常に精巧に作られた真作の複製品であり、クリスティーズで真作の絵画が落札されて初めてその真贋を疑われるようになったことからもわかるように、一見して明らかに贋作と判明するような作品ではなかったものということができる。そうすると、原告がフランス絵画の取引の経験を有する画商であることを考慮に入れたとしても、原告に、予めモローの第一人者であるマチューの鑑定をとるなどしてさらに調査を尽くすべき義務があったというのは相当ではないから、原告に重過失があったということもできない。
三 争点(3)について
 さらに、被告は、原告の請求が権利濫用であると主張するが、複数の画商間で売買がなされた場合に、自己の利益分について順次買主に返還されるのであれば、それが望ましいということはいえても、売買契約の要素に錯誤がある以上、契約の無効を主張して代金の返還を求めるのは買主の当然の権利であるし、原告自身も、自らの買主に対しては代金を返還すべき義務を負っていることに鑑みると、当該当事者間の公平に反するものともいえず、その他、原告の請求が権利濫用であると認めるに足る事実もない。
 したがって、この点についての被告の主張は失当である。
四 よって、原告の請求は理由があるから、これを認容することとし、主文のとおり判決する。

大審院大正3年3月8日判決
「上告人ハ被上告人ノ観覧セシメタル画幅中ヨリ自己ノ鑑識ニ依リ特ニ本訴ノ画幅ヲ選択シ之ヲ買受ケタルモノニシテ自己ノ鑑識ヲ度外ニ措キ筆者ノ真実ナルコトヲ以テ売買ノ要件ト為シタルニ非ス然レハ其画幅ハ仮令上告人ノ信シタル者ノ真筆ニ非サルニセヨ是唯上告人カ鑑識ヲ誤リタルニ過キスシテ売買行為ノ要素ニ錯誤アリト謂フ可カラス」
 偽筆の書画を勝手に本物と思って買い取った場合は、契約上、本物であるとの内容が表示されていないので単なる動機について錯誤があるが、いわゆる「要素の錯誤」ではないという判断です。

売買無効確認及代金返還損害賠償請求ノ件
大審院大正6年2月24日判決。
 判決は、売買の目的物である馬の年齢、受胎能力が契約交渉上互いに表示されている以上目的物の生来等であってもこれを勘違いした錯誤であって、且、要素の錯誤(無効)と認めています。単なる動機の錯誤でなないと第一審、原審と同じく判断しています。さらに買主の重過失も認めていません。妥当な結論であり重要な判決です。
     
       理   由

同第二点ハ本件ハ第一、二審共被上告人カ上告人ノ詐欺ニ罹リテ売買契約ヲ締結シタルヲ以テ売買ノ要素ニ錯誤アリト為シ従テ契約ハ無効ナルコトヲ以テ請求原因ト為ス原審モ亦其判決理由ニ於テ「被控訴人ハ其主張スル如ク啻ニ控訴人ノ言ニ依リ売買馬匹カ年齢十三歳ニシテ且現ニ受胎シ居リ其来歴上良馬ヲ産スヘシト思惟シ該馬匹カ右ノ性状ヲ有スルカ為メニ売買契約ヲ締結スルニ至リタルノミナラス尚明示ヲ以テ其性状ヲ有スルコトヲ意思表示ノ内容ト為シタルモノナルコトヲ認知スルニ難カラサルヲ以テ売買馬匹ニ右性状ノ具在スルコトハ法律行為ノ要素ナリト為ササル可ラス」ト説示セリ然レトモ本件ニ於テ上告人カ此性状ノ存在ヲ以テ売買行為ノ要素ト認メス其縁由ナリト争タルコトハ記録ニ於テ明白ナル所ナルカ如ク従テ本件ハ先ス以テ馬匹ノ売買ト年齢及受胎能力トカ如何ナル関係ニアリヤヲ確定セサル可ラサルナリ而シテ原審カ採用シタル一審証人会田恵三郎ノ証言ニ依レハ同人ニ対スル一審裁判所ノ本件馬匹売買契約成立前ニ原告(被上告人)及会田同道被告(上告人)ノ許ニ至リ係争馬匹ヲ見タルコトアリヤノ問ニ対シ会田ハ「契約スルズツト以前テシタカ見マシタ見タノハ私一人テ原告ハ見ヌト申シ見マセンテシタ」(一審記録一〇〇枚裏)ト証言セリ依テ按スルニ本件事実関係ハ被上告人カ本件係争馬匹売買契約既ニ係争馬匹ヲ目撃シ之ヲ買ワント欲シ上告人許ニ至リ買受ノ申込ヲ為シタルモノナリ之ニ対シ上告人ハ自己所有馬匹ヲ賞揚シ年齢十三歳ニシテ受胎能力アリ現ニ受胎シ居レリト称シタルニ過キス即チ被上告人カ買ワント欲シタル馬匹其モノハ上告人ノ此言ニヨリテ何等影響セラルルコトナク唯被上告人ノ買ウヘキ意思ヲ一層確実ナラシメタルニ過キス若シ原審認定ノ如ク本件馬匹ノ性状カ法律行為ノ要素ナリト為スニハ被上告人ノ申込ノ意思表示ノ内容カ年齢十三歳ナルコト及受胎能力ノ存在ヲ其要素トセサル可ラス然ルニ原審判決ハ直ニ「控訴人ハ《略》証人会田恵三郎ノ《略》証言ニ依レハ被控訴人ハ其主張スル如ク啻ニ控訴人ノ言ニ依リ売買馬匹カ年齢十三歳ニシテ且現ニ受胎シ居リ其来歴上良馬ヲ産出スヘシト思惟シ該馬匹カ右ノ性状ヲ有スルカ為メニ売買契約ヲ締結スルニ至リタルモノナルノミナラス尚明示ヲ以テ其性状ヲ有スルコトヲ意思表示ノ内容ト為シタルモノナルコトヲ認知スルニ難カラサルヲ以テ売買馬匹ニ右性状ノ具在スルコトハ法律行為ノ要素ナリト為ササル可ラス」ト説示セリト雖モ本件ハ買ワント欲スル被上告人ノ申込ニ対シ上告人カ買ルヘキ承諾ヲ与エタルモノナルコト記録ニ依リ明瞭ナルカ故ニ右ノ性状ヲ以テ売買行為ノ要素ト為ス為メニハ先ス以テ被上告人ノ申込ノ内容ニ右ノ性状ヲ有スルコトヲ要件ト為シタル場合ナラサル可ラス然レトモ本件ハ既ニ知リタル馬ノ買受ヲ被上告人ニ於テ上告人ニ対シ申込ミ上告人ハ之ヲ承諾シ且御世辞的ニ年齢受胎能力等ヲ云云シタルニ過キサル関係ナルコトハ記録ニヨリ亦明白ナリ然ラハ被上告人ハ仮ニ上告人ノ此言ヲ信シタリトスルモ尚買ワント欲スル馬ヲ買イタルモノニシテ其性状ノ如キハ売買契約ノ要素ニ非スシテ僅ニ縁由ノ錯誤ニ過キサルモノト云ウヘシ従テ原審カ被上告人ノ申込ノ内容ヲ究メスシテ直ニ係争馬匹ノ係争性状ヲ以テ本件売買行為ノ要素ナリト説示セルハ理由不備及事実ヲ不当ニ解釈シ以テ不当ニ法律ヲ適用シタル違法アリ破毀ヲ免レスト信スト云ウニ在リ
然レトモ原審ハ証人会田恵三郎ノ証言ヲ挙示シ被上告人カ上告人ノ言明ニ依リ売買馬匹ハ年齢十三歳ニシテ且現ニ受胎シ居リ其来歴上良馬ヲ産出スヘシト思惟シ該馬匹カ右ノ性状ヲ有スルカ為メニ売買契約ヲ締結スルニ至リタルノミナラス明示ヲ以テ其性状ヲ有スルコトヲ意思表示ノ内容ト為シタルコトヲ判示シタルモノニシテ被上告人ノ馬匹一頭買受ノ申込ニ対シ上告人カ承諾ヲ与エ単純ナル売買ノ成立シタル事実ニ非ス随テ該馬匹ノ性状錯誤アルコトハ単ニ法律行為ノ縁由ニ錯誤アルモノニ非スシテ其要素ニ錯誤アルモノナレハ原審カ被上告人ノ申込ノ内容如何ヲ問ワサルハ相当ニシテ本論旨ハ理由ナシ

同第三点ハ原審ハ「物ノ性状ノ如キ通常法律行為ノ縁由タルヘキモノト雖モ表意者カ之ヲ以テ意思表示ノ内容ニ加エ之ヲ欠缺スルニ於テハ法律行為ノ効力ヲ生セシムルコトヲ欲セス且社会観念ニ照スモ其之ヲ意思表示ノ主要ノ成分ト為シタルコトヲ是認シ得ヘキトキハ亦法律行為ノ要素ト認ムヘキモノニシテ云云」ト説示シタリ然レトモ物又ハ人ノ性状ノ如キハ行為ノ要素ニ非スシテ縁由ニ過キサルコトハ現今ノ法理上疑ナキ所ニシテ縁由ノ錯誤ヲ以テ要素ノ錯誤ト同シク其行為自体ヲ無効ナラシメンカ為メニハ特ニ法条ノ明定ナカル可ラス独逸民法ハ其第百九十条第二項ニ「物又ハ人ノ性質ニ関スル錯誤モ重要ナルトキハ意思表示ノ内容ニ関スル錯誤ト看做ス」ト規定セリ従テ同民法ニ依レハ縁由ノ錯誤モ或場合ニ於テハ法律行為ニ影響ヲ及ホスコトアリト雖モ我民法第九十五条ハ唯「意思表示ハ法律行為ノ要素ニ錯誤アリタルトキハ無効トス」ト規定シ居ルノミ即チ錯誤ハ法律行為ノ要素ニ関スルニ非サレハ何等ノ効力ナク物又ハ人ノ性状ニ関スル錯誤ハ法律行為ノ要素ニ非サルカ故ニ行為自体ノ効力ニ何等ノ影響ヲ及ホササルモノト云ワサル可ラス(中島博士民法釈義巻之一総則篇九五頁)
然ルニ原審ハ「物ノ性状ノ如キ通常法律行為ノ縁由タルヘキモノト雖モ表意者カ之ヲ以テ意思表示ノ内容ニ加エ之ヲ欠缺スルニ於テハ法律行為ノ効力ヲ生セシムルコトヲ欲セス且社会観念ニ照スモ其之ヲ意思表示ノ主要ノ成分ト為シタルコトヲ是認シ得ヘキトキハ亦法律行為ノ要素ト認ムヘキモノニシテ云云」ト説示シ一方馬匹ノ性状ヲ以テ法律行為ノ縁由ト認メ従テ売買行為ノ縁由ト認メナカラ尚且之ヲ以テ行為ノ要素ト為シタルハ前後矛盾モ甚シト云ウヘク依テ以テ本件売買契約ヲ無効ト為シタルハ法則ヲ不当ニ適用シタル違法アリト謂ウ可シト云ウニ在リ
然レトモ法律行為ノ要素ニ錯誤アリテ其意思表示ノ無効タルハ意思表示ノ内容ヲ成ス主要部分ニ錯誤アルカ為メニ外ナラス而シテ物ノ性状ノ如キハ通常法律行為ノ縁由タルニ過キスシテ其性状ニ錯誤アルカ為メ法律行為ノ無効ヲ来タササルハ論ヲ竢タスト雖モ表意者カ之ヲ以テ意思表示ノ内容ヲ構成セシメ其性状ヲ具有セサルニ於テハ法律行為ノ効力ヲ発生セシムルコトヲ欲セス而カモ取引ノ観念事物ノ常況ニ鑑ミ意思表示ノ主要部分ト為ス程度ノモノト認メ得ラルルトキハ是レ亦法律行為ノ要素ヲ成スヲ以テ其錯誤ハ意思表示ノ無効ヲ来タスヘキモノトス然レハ原審カ物ノ性状ノ如キ通常ハ法律行為ノ縁由タルヘキモノナルコトヲ認メナカラ前点ニ対スル説明ノ如ク被上告人カ売買馬匹ノ年齢及ヒ受胎能力ヲ以テ意思表示ノ主要部分ト為シタルコトヲ判示シ法律行為ノ要素ト為シタルハ相当ニシテ本論旨ハ採用スルニ足ラス

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