新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1089、2011/3/31 12:05

【刑事・他人の承諾を得たクレジットカードの行使は詐欺罪になるか】

質問:私は友人Fに10万円を貸しており,先日,約束した返済期限が来たので10万円を返して欲しいとFに言いました。Fは,現在持ち合わせがないのでF名義のクレジットカードを貸すので,これで10万円分の買い物をしていいから,それをもって貸金の返済に充ててくれないかと言ってきました。私は,当時,ちょうど10万円の液晶テレビを買いたかったので,Fの申し入れを受け入れ,F名義のクレジットカードでこの液晶テレビを買った後,すぐにカードはFに返還しました。液晶テレビの代金10万円については,翌月Fの銀行口座から引き落とされたということは聞いています。
 ところが最近になってFから,「お前がF名義のクレジットカードを使った行為は詐欺罪に該当するので告発することを検討している,告発されたくなければ10万円を支払え。」という内容の連絡がきました。私は,クレジットカードの名義人であるFの了承のもとにカードを使用し,私が購入した液晶テレビの代金についても滞りなく支払いがなされているのにもかかわらず,詐欺罪にあたると言われ驚いています。また,告発されたくなければ10万円を支払えというFの要求についても憤りを覚えます。私の行為は本当に詐欺罪にあたるのでしょうか。Fが10万円を要求してきた行為に法的な問題はないのでしょうか。

回答:
 一般的に,商品を購入するにあたり,名義人の承諾を得て,他人名義のクレジットカードを使用することは,会員規約・加盟店規約上禁止されています。それゆえ,今回ご相談いただいたあなたの行為は,クレジットカードの正当な使用権限を偽るものとして,詐欺罪に該当する可能性が高いです。他方で,Fが,「告発されたくなければ10万円を支払え」と要求してきた行為については,恐喝罪の実行行為に該当するものと思われます。詐欺罪,恐喝罪についての一般的な説明,名義人が承諾をしている場合のクレジットカードの不正使用についての詳しい説明については,解説をご覧ください。

解説:
1.詐欺罪についての一般的な説明
 詐欺罪については,刑法246条に規定があり,同条1項は「人を欺いて財物を交付させた者は,10年以下の懲役に処する。」と,同条2項は「前項の方法により,財産上不法の利益を得,又は他人にこれを得させた者も,同項と同様とする。」と定めています。条文を見るとわかるように,詐欺罪は講学上財産犯という類型の犯罪にあたり,財産権を侵害する場合にのみ成立する犯罪です。それゆえ,財産権の侵害を伴わない,人を欺く行為については,刑法上の詐欺罪は成立しません。
 詐欺罪が成立するためには,まず,@人を欺く行為がなされ,A欺かれた人が錯誤に陥り,B錯誤による瑕疵ある意思に基づいて財物または財産上の利益を相手方に移転する処分行為により,C詐取がなされるという,因果の経過をたどる必要があります。

2.名義人が承諾している場合のクレジットカードの不正使用
(1)名義人がカードの使用を承諾し,代金決済用の口座に商品代金相当額の預金が存在する限り,加盟店はカード会社から代金相当額の立替払いを受けることができますし,カード会社も立替代金の引落しが可能なので,誰にも財産上の損害は生じておらず,財産犯である詐欺罪は成立しないように思えます。
 しかし,カード会社とカード会員との間の会員規約上,一般的にクレジットカードを他人に貸与することは禁止されており,名義人の承諾を得ていたとしても他人名義のクレジットカードを使用することは会員規約に違反する行為となります。その理由ですが,クレジットカードは,カード会社が名義人の信用審査をもとにして後日の決裁を条件に物品購入を認めていますので,名義人と無関係な第三者の使用が許されないことは当然です。  
 詐欺罪成立のための要件である,@人を欺く行為とは,取引の相手方が真実を知っていれば財産的処分行為を行わないような重要な事実を偽ることをいいます。カード会社と加盟店との間の加盟店規約上も,同様に貸与されたカードの使用は禁止されていますので,加盟店の従業員は,カードの貸与を知っていれば,商品は売らないのが通常です。
 したがって,名義人の承諾がある場合でも,名義を偽ってカードを使用することは,人を欺く行為に該当します。他方,夫婦間で,妻が夫名義のカードを使用する際に,加盟店の従業員に対し,夫のカードであることを明言して使用した場合には,不正使用ではありますが,欺く行為ではありませんので(夫のカードであると店員に説明しているので夫の使者,代理人としてカードを行使していることになります。夫になりすましたということにはなりません。),詐欺罪は成立しないことになります。
 カードが名義人の財産で決裁され現実的な損害が発生しないのに財産を騙し取ったものと判断することは常識に反するような感じもしますが,刑法の目的は,適正な法社会秩序の維持を目的としていますので,財物を占有者の意思に反して手に入れること自体が社会秩序を乱したものと評価され禁止されています。後の計算で財産的損害が補てんされたかどうかは犯罪成立に影響がありません。窃盗の被害者が当該財物について盗難保険に入っていて実質上の損害が生じない場合でも犯罪が成立することと同様に考えることができます。

(2)名義人から直接承諾を得た上での,名義人以外の者によるカードの使用事案とは異なりますが,ご相談の件を検討する際に参考になる裁判例をご紹介いたします。
 平成16年2月9日,最高裁決定は,「被告人は,本件クレジットカードの名義人本人に成り済まし,同カードの正当な利用権限がないのにこれがあるように装い,その旨従業員を誤信させてガソリンの交付を受けたことが認められるから,被告人の行為は詐欺罪を構成する。仮に,被告人が,本件クレジットカードの名義人から同カードの使用を許されており,かつ,自らの使用に係る同カードの利用代金が会員規約に従い名義人において決済されるものと誤信していたという事情があったとしても,本件詐欺罪の成立は左右されない。」としています。
 上記判旨のうち,「仮に」以降は被告人の誤信の内容として述べられていることですが,ある事実の誤信により,故意(刑法38条1項)がないとして犯罪の成立が否定されるためには,被告人が認識した当該事実の存在により犯罪の成立が否定されることが必要ですから(例えば,猟師が山菜とりの人間を熊と思って認識し射殺しても殺人の故意,意思がなく犯罪は成立しないように,熊であるとの事実の認識が必要であるということです。),上記判旨は,名義人からのカードの使用許諾があり,かつ,名義人により代金決済がなされた場合であっても,それは(名義人の承諾があれば名義人のカードを第三者が使うことが許されると思うこと),法規等を知らないか,又はその解釈を誤り法的に許されると勝手に被告人が思った法律の錯誤(刑法38条3項)にすぎず,事実の誤認はないので(他人のカードを使用することを認識している以上誤認はありません。)詐欺罪の成立は変わらないということを述べたものと解されます。
 
 例えば,ありえませんが,猟師が,勝手に山中では熊と同じように山菜とりの人でも射殺してもいいと思い射殺すれば法律の錯誤で殺人罪になります。人間であることを認識している以上故意は認められ犯罪は成立します。名義人から許されてカードを使用した者は猟師と同様に法律の錯誤にすぎません。自由主義,個人主義から,犯罪事実認識につき誤認した場合は当該個人に適法行為をしなさいという責任非難(個人に対する道義的責任論)を加えることができませんから,故意は否定され犯罪は成立しません。しかし,犯罪事実を認識している以上法令,規約の解釈を誤ってもそれは個人の単なる認識の問題であり,適法行為をしなさいという刑法上の責任非難が生じ,故意は認められることになります。法律相談事例集キーワード検索:1008番735番参照。

(3)もっとも,上記最高裁決定は,控訴審判決(大阪高判平成14年8月22日)に対する,上告を棄却する際に,当該事案における詐欺罪の成否について判断したにすぎないので,名義人の使用許諾があるいかなる場合でも,例外なく詐欺罪の成否を認めたとまでは解することはできません。控訴審判決は,下記のとおり判示して,例外的に詐欺罪が否定される余地を残しています。
 「他人名義のクレジットカードを加盟店に呈示し商品の購入やサービスの提供を申し込む行為は,たとえそのクレジットカードが不正に取得されたものでないとしても,クレジットカードの使用者とその名義人との人的関係,クレジットカードの使用についての承諾の具体的内容,クレジットカードの使用状況等の諸般の事情に照らし,当該クレジットカードの名義人による使用と同視しうる特段の事情がある場合を除き,クレジットカードの正当な使用権限を偽るものとして詐欺の欺罔行為にあたり,この行為により使用権限を誤信した加盟店から商品の交付やサービスの提供を受けた場合には,加盟店に対するこれらの財物や財産上の利益についての詐欺罪が成立すると解するのが相当である(なお,原判決が他人名義のクレジットカードを使用して加盟店から商品の交付を受ける行為について,原則として詐欺罪に該当するが,クレジットカードの名義人が当該呈示者によるクレジットカードの使用を承諾した上,この取引から生じる代金債務を負担することも了解しており,かつ,名義人と当該呈示者との間に,このような承諾・了解が客観的にも強く推認される関係がある場合には詐欺罪が成立しないとしているのも上記と同旨の判断に出たものと考えられ,その説示に誤りがあるとは認められない。)。」
 
 上記判旨からは,他人名義のクレジットカードの使用の場合でも,名義人による使用と同視しうる特段の事情がある場合には,詐欺罪の成立を否定するとの考え方が読み取れます。では,いかなる場合に,上記特段の事情が認められるかですが,@クレジットカードの取得の経緯,A使用者と名義人の人的関係,B承諾の具体的内容,Cカードの使用状況等の事情を総合考慮して,特段の事情の有無を判断することになります。
 名義人による使用と同視できる具体例としては,生計を同一にする親子間等の人的関係を前提に,名義人がクレジットカードを使用して購入する物品を特定し,使用者が当該特定された物品を購入した場合が考えられると思います。
 このような要件が具備していれば,財物の占有者(店舗)の意思に反して財物の占有移転を行ったと評価することが困難である。すなわち,罪を犯す意思,故意があるとしても,財物へん取行為自体がないと考えられることができるでしょう。又,罪を犯す意思,故意の要件として違法性の意識の可能性(法律相談事例集キーワード検索:1008番,違法性意識の可能性説によれば,)がないので責任がないという評価も可能です。判例は一貫して,故意の要件として違法性の意識は必要ないという立場です。

3.ご相談の件についての検討
 ご相談の件ですと,人的関係として,あなたは友人から承諾を得ているにすぎず,また,友人は告発をすると言っている以上,承諾自体を否定する可能性もあります。仮に告発をされ,詐欺被疑事件として捜査が開始された場合には,理論上は詐欺罪が成立しうる事件であるため,弁護士に相談し不起訴をめざす刑事弁護活動を行ったほうがよいでしょう。
 ある事件について,起訴をするか不起訴にするかを決めるのは検察官です(刑事訴訟法247条)。そして,検察官は,被疑者の性格,年齢及び境遇,犯罪の軽重及び情状並びに犯罪後の情況を考慮の上,被疑者の起訴・不起訴を決めることができます(刑事訴訟法248条)。これを起訴便宜主義といいます。
 ご相談の件では,10万円を貸したときの借用書や,友人からクレジットカードでの買い物をもって借金の返済にあてたいとのメール等があれば,証拠として保全し,必要に応じて捜査機関に提出するといいでしょう。また,ご相談の件で詐欺罪が成立するとすれば,被害者は加盟店ですので,加盟店に対して謝罪文を提出する必要があります。さらに,加盟店との示談合意書や,加盟店からあなたの処罰までは求めない旨の嘆願書を作成してもらえると,なおよいと思います。

4.恐喝罪についての一般的説明
 恐喝罪については,刑法249条に規定があり,同条1項は「人を恐喝して財物を交付させた者は,10年以下の懲役に処する。」と,同条2項は「前項の方法により,財産上不法の利益を得,又は他人にこれを得させた者も,同項と同様とする。」と定めています。恐喝罪が成立するためには,まず,@人を畏怖させる暴行・脅迫行為がなされ,A当該行為によって被害者が畏怖し,B畏怖した結果,被害者の意思に基づいて財物または財産上の利益を相手方に移転する処分行為により,C恐喝がなされるという,因果の経過をたどる必要があります。
 なお,脅迫の際に告知する害悪の内容自体は,違法であることを必要としません。したがって,本件で友人の方があなたに対して言った,捜査機関に対して告発されたくなければ10万円を支払えとの発言についても,恐喝罪の脅迫行為に該当します。
 ご相談の件だとFの行為が恐喝罪に該当する可能性が高いと思いますので,弁護士を通じてFの行為の問題点を指摘したうえで,Fに告発を思いとどまるように説得する活動をされるとよいでしょう。なお,あなたの行為が詐欺罪になるとすれば,あなたに友人名義のカードの使用を勧めたFにも詐欺の共同正犯(又は幇助,教唆,刑法61条,62条)が成立することにもなりますからその点も含めてFの告発を思いとどまるよう説得することができるでしょう。

<参照条文>

刑法
38条1項
「罪を犯す意思がない行為は,罰しない。ただし,法律に特別の規定がある場合は,この限りでない。」
(共同正犯)
第60条  二人以上共同して犯罪を実行した者は,すべて正犯とする。
(教唆)
第61条  人を教唆して犯罪を実行させた者には,正犯の刑を科する。
2  教唆者を教唆した者についても,前項と同様とする。
(幇助)
第62条  正犯を幇助した者は,従犯とする。
2  従犯を教唆した者には,従犯の刑を科する。
246条1項
「人を欺いて財物を交付させた者は,10年以下の懲役に処する。」
249条1項
「「人を恐喝して財物を交付させた者は,10年以下の懲役に処する。」
同2項
「「前項の方法により,財産上不法の利益を得,又は他人にこれを得させた者も,同項と同様とする。」

刑事訴訟法
247条
「公訴は,検察官がこれを行う。」
248条
「犯人の性格,年齢及び境遇,犯罪の軽重及び情状並びに犯罪後の情況により訴追を必要としないときは,公訴を提起しないことができる。」

法律相談事例集データベースのページに戻る

法律相談ページに戻る(電話03−3248−5791で簡単な無料法律相談を受付しております)

トップページに戻る