新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1084、2011/3/10 16:54 https://www.shinginza.com/idoushin.htm

【民事・医師の応召義務の範囲・医師の資格に関する行政処分】

質問:私は自宅の1階で診療所を開業している医師です。このたびは,医師の応召義務についてご相談させていただきたいです。先日,診療時間が終了した夜間に私の診療所を訪れ診療を求められた方がいらしたのですが,そう遠くない場所に休日夜間診療に対応している病院があるので,私はその病院を案内しその方にはお引取りをお願いしました。私の見たところ,お一人でいらしておりましたし,症状が重篤ということもなさそうでした。後日,その方が,再び私の診療所にいらして,私が診療を断ったことにより症状が悪化したので,私の応召義務違反について刑事上,民事上の責任を追及するとともに,厚生労働省にこの件を通知して私の行政処分を求めるなどといってきています。医師に応召義務があることは私も認識していますが,今回のような件が応召義務違反にあたるのでしょうか。また,応召義務に違反した場合,私はどのような責任を負うことになるのかをお聞きしたいです。

回答:
 医師法19条1項には「診療に従事する医師は,診察治療の求があつた場合には,正当な事由がなければ,これを拒んではならない。」と規定されており,同条項は応召義務を定めたものといわれています。ご相談の件については,あなたが休日夜間診療に対応している病院を案内し診療をしなかったことが「正当な事由」に該当するのかが問題となりますが,過去の通達などに照らすとご相談内容をうかがう限りでは,あなたは応召義務に違反したとはいえないと思います。応召義務違反の法的効果,医師法19条1項の「正当な事由」については,下記の解説をご覧ください。

解説:
1.応召義務の制定由来
 応召義務違反の成否は,「医師法19条1項」の定める「正当な事由」が存すると認められるか否かにかかっていますが,医師法には「正当な事由」の意味内容を明示する規定は存在しません。それゆえ,「正当な事由」の意味については,応召義務を定めた法の趣旨に照らして解釈することになります。
 医師法17条は「医師でなければ,医業をなしてはならない。」と規定し,医師の医業独占について定めています。医師法が応召義務を定めた根拠は,医師による医業の独占,医療の公共性,生命・身体の救護こそが医師の本来の職業倫理的義務であるという点などに求められます。
 それゆえ,医師が負う応召義務とは,医師が患者に対して直接負担する義務ではなく公法上の義務といわれています。公法上の義務とは,国家,及び行政機関が社会全体に対する抽象的義務をいいますが,私人である医師も同様に社会全体に抽象的義務を負担しているということになります。従って私法関係として個々の患者に対して債権債務関係が当然に発生するものではありません。抽象的義務ですから憲法上の親の教育の義務(憲法26条),勤労の義務(憲法27条)のように具体的な法律関係が当然には発生しません。
 応召義務が公法上の義務であることは,その淵源からも明らかです。すなわち,現在の応召義務の規定は,明治7年の「医制」の中に萌芽があり,医制44条では「医師行状正しからす或は懶惰にして,業を怠り危急の用に達せざるときは医務取締区戸,長の詮議を以て地方長官衛生局に届け医業を禁じ,地方庁に其理由を報告すべし」と定めています。上記の「懶惰(らんだ)」とは,面倒くさがり怠けることや,そのさまを意味します。
 その後,応召義務については,「医師穏婆事故ナクシテ急病人ノ招キニ応セサル者」について「一日以上三日以下ノ拘留ニ処シ又ハ二十銭以上一円二十五銭以下ノ科料ニ処ス」と規定した旧刑法428条9号(昭和13年),「診察に従事する医師又は歯科医師は診察治療の需がある場合に於て正当の事由なくして之を拒むことを得ず」と規定した医療法9条(昭和17年,罰則については500円以下の罰金又は科料(同法76条))を経て,昭和23年の医師法の制定に至っています。

2.応召義務違反の効果
 上記の応召義務制定の由来のとおり,かつては応召義務に違反した場合には罰則が定められていましたが,現在の医師法に応召義務違反について罰則を定める規定はありません。医師法の成立に伴い罰則が削除された理由については,医師の自覚や医師の良心に委ねることになったと説明されています。しかし,応召義務違反に直接の罰則がなくなったとはいえ,医師が応召義務に違反した場合に何らの制裁がなされないわけではありません。

(1)行政処分
  第1に,応召義務違反を理由とする行政処分が考えられます。医師法7条2項は,「医師が第4条各号のいずれかに該当し,又は医師としての品位を損するような行為のあつたときは,厚生労働大臣は,次に掲げる処分をすることができる。」と規定し,この「次に掲げる処分」として「1.戒告,2.3年以内の医業の停止,3.免許の取消し」が掲げられています。
  実際,昭和30年当時になされた応召義務違反についての照会に対して,厚生省医務局医務課長は,「医師が第十九条の義務違反を行った場合には罰則の適用はないが,医師法第七条にいう「医師としての品位を損するような行為のあったとき」にあたるから,義務違反を反覆するが如き場合において同条の規定により医師免許の取消又は停止を命ずる場合もありうる。」との回答を示しています(昭和三○年八月一二日 医収第七五五号 厚生省医務局医務課長回答)。
  したがって,反復継続される悪質な応召義務違反については,戒告,医業停止,免許の取消しなどの行政処分がなされる可能性があります。

(2)刑事罰
  上記由来に記載したとおり,今日の医師法には応召義務違反について直接の罰則を定めた規定はありません。しかし,応召義務違反に違反する診療拒否に対して,何らかの犯罪の成立を認めるべきかについては依然として問題となります。例えば,診療拒否により生命・身体に重大な結果が生じた場合には,第1には不真正不作為犯としての殺人罪や傷害罪,第2に保護責任者遺棄罪,第3に業務上過失致死傷罪の成否が問題となります。

 ア 不真正不作為犯
  第1の不真正不作為犯ですが,これは条文の文言上,作為を要求している犯罪を,不作為によって実現する場合のことをいいます。不真正不作為犯が成立するためには,@作為義務が存在すること,A作為が可能であること,B当該不作為が,作為による結果実現と同視できるだけの違法,有責な実質を有することという3つの要件を充足することが必要です。
  これを応召義務についてみると,応召義務が医師による医業の独占や職業倫理から導入されたものである一方,その義務違反の違法性については類型的に重いとまではいえず,上記Bの要件は満たさないものと考えられます。すなわち,診療拒否が,積極的に患者に危害を加えたと同視できるほど違法,有責な実質を有する場合など通常想定することはできないと思います。したがって,応召義務違反を理由に不真正不作為犯としての殺人罪や傷害罪は認められないものと解されます。

 イ 保護責任者遺棄罪
  保護責任者遺棄罪について規定した刑法218条は,同罪成立のための行為態様として,「遺棄」(同条前段)と「生存に必要な保護をしなかった」(不保護)(同条後段)と言う2つの態様をあげています。条文上,不保護という不作為を罰することを規定しているので,後段の保護責任者遺棄罪は真正不作為犯といいます。応召義務違反が問題となるのは,後段のほうですが,通説によると,応召義務違反だけでは本罪を成立させるのに十分ではなく,原則として患者として一旦引き受ける行為(診察を行うこと)が必要であると解されています。

 ウ 業務上過失致死傷罪(刑法211条1項)
  過失犯における過失とは,注意義務違反であると解されています。そして,注意義務としては,@結果予見義務とA結果回避義務をあげることができます。すなわち,結果を予見して,その結果を回避すべき義務に違反して結果を惹起したときに過失犯は成立すると考えられています。
  応召義務は,上記制定由来のとおり,本質的には公法上の義務ですが,後記の千葉地裁,神戸地裁の裁判例のとおり,患者保護の側面も有するので,その内容として病気の悪化や死の結果を防止する義務をも含んでおり,この中に過失を基礎付ける注意義務の前提となる結果回避義務をも含んでいると解することができます。
  かかる解釈によると,診療拒否による死傷の結果が,予見可能,回避可能な範囲内である場合には,応召義務違反は医師の業務上の過失を基礎付けることになります。
  もっとも,業務過失致死傷罪が成立するためには,注意義務違反のほかに死傷の結果,結果と応召義務違反にあたる診療拒否との間の因果関係が必要です。診療拒否のような,不作為についての因果関係については,作為があれば十中八九結果が防止できたということが必要となりますが,この因果関係については,一般的には証明が困難です。
したがって,上記解釈のもとでも,応召義務違反により業務上過失致死傷罪が成立するケースはごく狭い範囲に限られると思います。

(3)民事責任
  上記由来に記載したとおり,応召義務とは,医師が患者に対して直接負担する義務ではなく公法上の義務ですので,患者との関係で応召義務違反が直ちに債務不履行や不法行為を構成することにはなりません。過去の裁判例でも「医師法一九条一項は「診療に従事する医師は診察治療の求めがあった場合には,正当な事由がなければこれを拒んではならない」旨規定するが,右規定における医師の義務は公法上の義務と解すべきであり,右義務違反が直ちに民法上の不法行為を構成するものと断ずることには疑問がある。」と判示しています(名古屋地判昭和58年8月19日)。
  しかし,その後の裁判例では,応召義務について従来よりも積極的な意義をもたせる内容の判決が出されています。千葉地方裁判所昭和61年7月25日判決は,「医師の応招義務は,直接には公法上の義務であって,医師が診療を拒否すれば,それがすべて民事上医師の過失になるとは考えられないが,医師法一九条一項が患者の保護のために定められた規定であることに鑑み,医師が診療拒否によって患者に損害を与えた場合には,医師に過失があるとの一応の推定がなされ診療拒否に正当事由がある等の反証がないかぎり医師の民事責任が認められると解すべきである。」と判示し,神戸地方裁判所平成4年6月30日判決は,「右法条項の文言内容からすれば,右応招義務は患者保護の側面をも有すると解されるから,医師が診療を拒否して患者に損害を与えた場合には,当該医師に過失があるという一応の推定がなされ,同医師において同診療拒否を正当ならしめる事由の存在,すなわち,この正当事由に該当する具体的事実を主張・立証しないかぎり,同医師は患者の被った損害を賠償すべき責任を負うと解するのが相当である。」と判示しています。
  上記2つの裁判例は,いずれも医師法19条1項が患者保護の側面を有することを根拠に,診療拒否によって患者に損害を与えた場合には医師の過失を推定するという手法によって,応召義務違反による民事責任成立の道を広げています。

(4)小括
  医師法19条が問題となる場面としては,上記のとおり行政処分・刑事罰・民事責任が考えられますが,要求される応召義務の程度についても各場面によって異なってくるものと解されます。
  例えば,刑事罰が問題になる場面では,刑罰の謙抑性の観点から,病人の生命・身体に危険が迫り,さらに診療を行うことで当該危険を回避可能な場合にだけ応召義務を考えればよいと解されます。
  他方,刑事罰が問題になる場面以外では,診療によって生命・身体への危険を回避できない場合であったとしても,なお応召義務はあると考えられる場合もあるかと思います。

3.医師法19条1項の「正当な事由」について
 いかなる場合に「正当な事由」があると認められるかについては,解釈の問題になります。が,「正当な事由」について過去に厚生省が示したいくつかの行政解釈が参考になりますので引用します。
 ・昭和24年9月10日 医発第752号 厚生省医務局長通知
  @ 医業報酬が不払であっても直ちにこれを理由として診療を拒むことはできない。
  A 診療時間を制限している場合であっても,これを理由として急施を要する患者の診療を拒むことは許されない。
  B 特定人例えば特定の場所に勤務する人々のみの診療に従事する医師又は歯科医師であっても,緊急の治療を要する患者がある場合において,その近辺に他の診療に従事する医師又は歯科医師がいない場合には,やはり診療の求めに応じなければならない。
  C 天候の不良等も,事実上往診の不可能な場合を除いては「正当の事由」には該当しない。
  D 医師が自己の標榜する診療科名以外の診療科に属する疾病について診療を求められた場合も,患者がこれを了承する場合は一応正当の理由と認め得るが,了承しないで依然診療を求めるときは,応急の措置その他できるだけの範囲のことをしなければならない。
 ・昭和30年8月12日 医収第755号 厚生省医務局医務課長回答
   医師法第十九条にいう「正当な事由」のある場合とは,医師の不在又は病気等により事実上診療が不可能な場合に限られるのであって,患者の再三の求めにもかかわらず,単に軽度の疲労の程度をもってこれを拒絶することは,第十九条の義務違反を構成する。
 ・昭和49年4月16日 医発第412号 厚生省医務局長通知
   休日夜間診療所,休日夜間当番医制などの方法により地域における急患診療が確保され,かつ,地域住民に十分周知徹底されているような休日夜間診療体制が敷かれている場合において,医師が来院した患者に対し休日夜間診療所,休日夜間当番院などで診療を受けるよう指示することは,医師法第十九条第一項の規定に反しないものと解される。
   ただし,症状が重篤である等直ちに必要な応急の措置を施さねば患者の生命,身体に重大な影響が及ぶおそれがある場合においては,医師は診療に応ずる義務がある。いかなる場合に「正当な事由」が認められるかについて一般論を述べるのは困難ですが,以上の行政解釈からは,診療を求める患者の体調・状態など患者側の事情を第一に考え,医師の専門分野や地域の救急医療体制などの医師側の事情を考えるという方向性が読み取れます。

4.ご相談の件については,上記の昭和49年4月16日 医発第412号 厚生省医務局長通知に照らして考えれば,行政処分・刑事罰・民事責任いずれの場面においても「正当な事由」は認められるかと思います。しかしながら,ご相談の件の方が,あなたに対する責任追及の姿勢を変えず,貴殿に関する名誉毀損行為を繰り返したり,警察や保健所や厚生労働省に苦情申出を繰り返しているなど特別の事情がある場合は,お近くの法律事務所に相談し,警告文の内容証明通知を発信するなど,しかるべき対応をとることをお勧めいたします。

<参照条文>

医師法
17条
「医師でなければ,医業をなしてはならない。」
19条1項
「診療に従事する医師は,診察治療の求があつた場合には,正当な事由がなければ,これを拒んではならない。」

刑法
211条1項
「業務上必要な注意を怠り,よって人を死傷させた者は,5年以下の懲役若しくは禁錮又は100万円以下の罰金に処する。重大な過失により人を死傷させた者も,同様とする。」
218条
「老年者,幼年者,身体障害者又は病者を保護する責任のある者がこれらの者を遺棄し,又はその生存に必要な保護をしなかったときは,3月以上5年以下の懲役に処する。」

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