新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1075、2011/1/17 14:18 https://www.shinginza.com/qa-souzoku.htm

【民事・相続による共有者が支出した他の共有者の所得税、住民税の支払いは、他人の事務として事務管理が成立するか】

相談:私には兄がいますが、親の死亡後、遺産分割協議をしないまま、親の相続財産である不動産を賃貸しています。その賃料はいずれも兄が管理していますが、不動産は共有のはずだということでこれまでに支払われた賃料の半分を払うように要求しました。兄の回答は、不動産賃貸による収入をもとに確定申告をし、所得税や住民税を支払ったので、兄が支払った所得税と住民税を控除した金額の2分の1の支払いを提案してきました。この兄の主張は正しいのでしょうか。私に賃料の半分が支払われていれば、私が自分で確定申告をしていたのですから、兄の主張は身勝手に思うのですが。兄は、このような場合は民法上の事務管理に該当すると主張しています。

回答:
1.相続人が2名とすると、遺産分割協議未了の不動産の賃料債権は相続人が2分の1ずつ取得することになりますから、あなたが、兄に対して、すでに受領している賃料の2分の1を請求することは可能です。本来兄は法律上受け取ることができない賃料を受領していたことになりますが、これを民法では不当利得と呼んでいます。但し、この賃料の経費(固定資産税等は経費となります)についても2分の1ずつ負担することになりますから、兄がこのような経費を支払っているのであれば賃料収入から経費を差し引いた金額が各自の収入となります。このように家賃収入と経費を2分し各自が確定申告し、所得税等を支払うのが原則です。
2.ご相談の場合、兄が自分一人の収入として申告して納税したということですが、所得税や住民税は所得金額によって税率が異なりますから、兄のそのほかの収入が多い場合、あなたが申告する場合の税金より高額になる可能性がありますので問題となります。この点について、不動産の共有者(他の相続人)の一人が共有不動産から生じる賃料を全額自己の収入として所得税の金額を過大に申告し納付していた場合に、事務管理の成立を否定する判決が近時出ました(最高裁平成22年1月19日第三小法廷判決)。原審である名古屋高裁(平成20年10月9日)では、反対の立場をとり所得税、住民税(230万円)の控除を認めています。その他、相続人である共有管理者が支出した固定資産税、(両親の)相続税、不動産の修繕費等の相殺請求は第一審名古屋地裁で認められ争われていません。
3.以下解説しますが、この最高裁判決に従えば、あなたが(不当利得返還請求権に基づいて)支払いを受けるのは所得税や住民税の控除前の賃料を基に計算するということになりますので、お兄さんの主張は不当といえましょう。なお、税金についてはあなたが、家賃収入について申告していなければ修正申告をすることになります。

解説:
1.(事務管理とはなにか) 
 この問題の前提として、遺産分割協議前の不動産の賃料債権は誰が取得するかという問題がありますが、この点については各相続人が法定相続分に従って取得することになります。従って、子供二人が相続人の場合は賃料債権も2分の1ずつ取得することになり、あなたは兄が受領している家賃の2分の1を請求することができます。本来あなたが受領できる家賃を兄が取得していることになり、あなたの損害で兄が利益を得ておりその利益に法律上理由がないことから不当利得となり、あなたは兄に対して不当利得返還請求権(民法703)を有していることになります。
 兄は、所得税の支払いについて事務管理を主張しているようですが、民法上の事務管理とは、法律上義務がないのに他人のために事務の管理を始めた者を事務管理者として、一定の責任を負わせ、また費用等の償還を認めた制度です。自由主義、個人主義を採用する私的自治の原則上、本来は契約がなければ他人のために責任を負わないのが原則ですし、「他人の事務」に了解もなく干渉することは好ましいことではありませんから、違法行為となることもあるわけです。しかし、事情によって契約関係が締結できないような場合で特別他人の意思に反することもないのに事務の管理ができないとすると、社会生活上互いに助け合わなければならないという相互扶助の風潮を無視することになり、緊急の場合など特に混乱が生じてしまうことが予測されることから、民法は一定の要件を定め事務管理(民法697条)という制度を設けて、管理者に管理上の義務と同時に有益な費用の請求権を認め管理者と他人の利益を調整しています。例えば、遺失物の届け出等(遺失物法、水難救護法)は民法上の事務管理といえるでしょう。

2.(問題点)
 そこで、事務管理が成立するには、「義務なく」「他人のために事務の管理を始めること」すなわち、法律上の義務がないのに他人の事務を処理することが必要です。ここでいう「他人のため」とは一切自分のための事務を含んではならないわけではなく、たとえば数人の人が同じように義務を負う場合にそのうちの一人がその義務を処理したのであれば、自分の義務の処理の範囲を超えた部分について他人のための事務の処理といえ、事務管理の要件を満たすことになります(大審院大正8年6月26日判決など)。
 本件でいえば、固定資産税に関しては、賦課期日(毎日1月1日)に所有者として登記されていると納税義務が生じますが、固定資産税全額を共有者の一人であるお兄さんが全額を払った場合には、自分の事務でもありますがあなたの納税という事務をあなたのために行ったことになりますから、事務管理が成立し、また、あなたが固定資産税の支払い義務を免れることになりますから有益な費用を支出したことになり、兄はあなたに対して償還を請求することができますから(民法702条)、あなたの請求に対して固定資産税相当の金額について相殺の主張ができることになります。

3.(判例の見解・理由)
 では、最高裁判所の判決はなぜ所得税と住民税について事務管理の成立を否定したのでしょうか。その理由としては所得税の税金としての性質が上げられます。すなわち、「所得税は、個人の収入金額から必要経費及び所定の控除額を控除して算出される所得金額を課税標準として、個人の所得に対して課される税であり、納税義務者は当該個人である」と最高裁判所も判示しているとおり、他人に帰属すべき収入を自己の収入として所得金額を算出した結果が過大となったとしても、その過大な所得金額に基づいた所得税額の納税義務は申告者に帰属しますし、また、その他人たる者の所得税の納税義務そのものが消滅するわけではありません。
 とするなら、裁判所の指摘する「共有者の1人が共有不動産から生ずる賃料を全額自己の収入として不動産所得の金額を計算し、納付すべき所得税の額を過大に申告してこれを納付したとしても、過大に納付した分を含め、所得税の申告納付は自己の事務であるから、他人のために事務を管理したということはできず、事務管理は成立しないと解すべきである。このことは、市県民税についても同様である。」という結論はきわめて妥当なものといえましょう。
 最高裁が示した理由ではありませんが、このほかの理由として、所得税が個人を課税単位としており、各種の控除(基礎控除、配偶者控除、扶養控除など)がその個人により差し引かれて税額が決定していることや、あなたの納税義務が共有不動産の賃貸人という事実関係を正確に反映しておらず納税義務が存続していると税務当局が判断し課税処分を受ける可能性がある反面、お兄さんは過大な納税額の還付のための修正申告や更正などといった手続により救済を受けることができることもあげられましょう。
 最初に説明したように事務管理という制度は、本来私的自治の原則から言うと利害調整を行う例外的規定と位置づけることができるので、「他人の事務」という概念も広く解釈することは妥当ではありません。判例の見解が妥当と思われます。

4.(まとめ)
 以上のとおり、お兄さんの主張する所得税や住民税を相殺した金額の支払いというのは、最高裁判決に照らしても認められない主張です。したがって、得られた賃料の2分の1の支払いを請求が可能と考えられます。

≪参照条文≫

(事務管理)
第六百九十七条  義務なく他人のために事務の管理を始めた者(以下この章において「管理者」という。)は、その事務の性質に従い、最も本人の利益に適合する方法によって、その事務の管理(以下「事務管理」という。)をしなければならない。
2  管理者は、本人の意思を知っているとき、又はこれを推知することができるときは、その意思に従って事務管理をしなければならない。
(管理者による費用の償還請求等)
第七百二条  管理者は、本人のために有益な費用を支出したときは、本人に対し、その償還を請求することができる。
2  第六百五十条第二項の規定は、管理者が本人のために有益な債務を負担した場合について準用する。
3  管理者が本人の意思に反して事務管理をしたときは、本人が現に利益を受けている限度においてのみ、前二項の規定を適用する。

≪参照判例≫

最高裁判所第三小法廷平成21年(受)第96号
平成22年1月19日判決
「しかしながら、原審の上記判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
 所得税は、個人の収入金額から必要経費及び所定の控除額を控除して算出される所得金額を課税標準として、個人の所得に対して課される税であり、納税義務者は当該個人である。本来他人に帰属すべき収入を自己の収入として所得金額を計算したため税額を過大に申告した場合であっても、それにより当該他人が過大に申告された分の所得税の納税義務を負うわけではなく、申告をした者が申告に係る所得税額全額について納税義務を負うことになる。また、過大な申告をした者が申告に係る所得税を全額納付したとしても、これによって当該他人が本来負うべき納税義務が消滅するものではない。
 したがって、共有者の1人が共有不動産から生ずる賃料を全額自己の収入として不動産所得の金額を計算し、納付すべき所得税の額を過大に申告してこれを納付したとしても、過大に納付した分を含め、所得税の申告納付は自己の事務であるから、他人のために事務を管理したということはできず、事務管理は成立しないと解すべきである。このことは、市県民税についても同様である。 
5 以上と異なる原審の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり、原判決中上告人敗訴部分は破棄を免れない。そして、前記事実関係の下においては、上告人の請求を1394万3559円の限度で認容した第1審判決は正当であるから、被上告人の控訴は棄却すべきである。」

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