新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1058、2010/11/5 11:58

【民事・建物建築と隣地使用権・その手続き】

質問:私は自分の敷地に家を建築する予定ですが、建築工事に際して、どうしても隣の土地に資材を置いたり足場を組んだりせざるを得ません。この場合、隣地の所有者が拒否してきた場合、どうしたら良いのでしょうか?

回答:民法209条により、必要な範囲内で、隣地の所有者(借地人等がいる場合は借地権者等と隣地を所有している者)に対して隣地の使用を請求することができます。隣地の所有者等が不当に拒否する場合は裁判所に承諾を求めることができます。緊急を要する場合は仮処分の申し立ても可能です。

解説:
1.所有権は目的物を直接的に支配し排他的で絶対的な権利(憲法29条、所有権絶対の原則)であるので、原則としては他人の土地を使用することはできないことになります。よって、本来的には、隣地の所有権者の承諾了解なしに隣地を使用することはできません。しかし、所有権の排他性(直接性)、絶対性を硬直に通しすぎますと、社会全体の公平を図ることが出来ず、公共の福祉に反する事態が生じてしまいます。また、土地の本来の有効利用を妨害する事態も生じ、社会的な損失となります。
 これを踏まえ、民法においても、「私権は、公共の福祉に適合しなければならない」と民法1条に規定され、土地の近隣関係の公平を図るためにより具体的に第2編第3章第2節第2款相隣関係の項目で規定をしています。そもそも私有財産制、 所有権絶対の原則 は、法の支配の理念が社会制度として具体化したものですが、その目的は正義にかなう公正、公平な法社会秩序を形成し個人の尊厳を保障するところにあります。従って、私有財産制、 所有権絶対の原則 は、制度に当然内在する原理として権利濫用、信義誠実の法理が存在することになります。民法の 相隣関係 の規定はその法理を具体化したほんの一例にすぎません。憲法12条、民法1条その他の総則的規定もその趣旨を明らかにしています。民法の規定等も以上の理念のもとに解釈することになります。
 以上の趣旨から、民法209条1項は、「土地の所有者は、境界又はその付近において障壁又は建物を築造し又は修繕するため必要な範囲内で、隣地の使用を請求することが出来る」と規定しています。これは、「隣地使用権」と言われるもので、土地の有効利用のために一定の隣地を使用する権利を認めたものです。
 隣地使用権は、例外的に認められたものですので、あくまでも必要な範囲に制限されます。例えば、自分の所有地だけで建築が可能な場合には隣地の使用は認められません。その隣地の必要性の判断は、当該工事の規模、緊急性、隣地の現況使用状況、社会的価値、隣地の所有者の受ける損害の有無、程度、代替手段の有無、費用など諸般の事情を総合的に考慮して判断されることになります。

2.次に、隣地使用権において、隣地所有者の承諾が必要か問題となります。条文上「隣地の使用を請求することが出来る」との文言の解釈が問題となります。
 この点、学説には、隣人に対して一方的に使用請求の意思表示さえすれば当然に隣人はその範囲で受忍義務を負い、隣人の反対を押し切ってでも隣地の使用が出来るとする見解もあります。しかし、この見解は少数であり、条文の文言が「使用できる」とまでなっておらず、「請求することが出来る」となっているにすぎないことを理由に批判されています。
 通説、実務の考え方は、所有権と債権の違いという根本原則、条文の文言を理由に、隣人の承諾を求めるべきであると考えています。隣地使用権は土地の所有権から認められる権利なのですが、所有権はあくまで自分の土地についてのみ認められる権利ですので、隣地を使用するには隣地の権利者に対してその使用を承諾するよう請求できるに過ぎないと考えられるからです。そもそも相隣関係は隣接する所有者間の利害調整を行うものであり必要最小限の権利を認めれば足りるでしょう。
 そこで、隣人の承諾が得られない場合には、承諾を求める訴えを裁判所に提起して、隣人の承諾に代わる確定判決をもって承諾に代えることが必要とされています(民法414条2項但し書き)。承諾という意思表示を金銭債務の履行のように直接的に強制することは絶対無制限の内心の自由(憲法19条)を侵害する危険があり、強制履行(直接強制という意味です。)を許しませんので裁判所が承諾に代わる判決を言い渡します。事例集696番参照。
 裁判例にも、「ところで民法二〇九条の隣地立入権は隣人相互の有効な土地利用を目的とし、境界またはその近くで建物を建築、修繕するために必要な範囲内で隣地の使用を請求することができるとし、相隣関係の規定は土地賃借権にも類推適用されるものであるが隣人が承諾しない限り、承諾に代わる判決を得ることが必要であるところ、本件においてはかかる承諾に代わる判決があったことを認めるに足りる資料はない」と判示したものもあり(東京地判昭和60・10・30判タ593−111)、裁判所への訴え提起を前提に隣地使用の請求の可否を判断しています。隣地使用権があるか否かは具体的な判断が必要ですから、使用の前に裁判所の判断を得なくてはならない、とするのは妥当な結論と言えます。
 したがって、隣地の所有者が承諾をしない場合には、裁判所に承諾に代わる判決を求めて訴えを提起して勝訴判決の確定を待って隣地の使用を開始すべきです。それでも隣地の所有者が妨害する場合は、妨害一回につき金何円の支払いを命ずるというような間接強制の方法で妨害の排除を強制的に実現することができます(なお、承諾に代わる判決だけでこのような間接強制まで可能かという点については疑問もあります。そこで、承諾とは別に、隣地の使用を妨害してはならない、ということを判決の主文で得ておいた方が良いでしょう)。また、判決を待っていたのでは損害が拡大するなど緊急を要する場合には、仮処分命令という方法で隣地を使用することもできます。ただし、仮処分命令はあくまでも仮のものであるので最終的には確定判決などが必要です。さらに、仮処分の間は一定の金額の供託金を預託しないといけません。

3.誰に対して隣地の使用の承諾を求めればよいのか。隣地の所有者と使用している人が別の場合、誰に承諾を求めればよいのか検討が必要です。隣地使用を請求する相手方は、隣地の所有者、地上権者、賃借人等現に隣地を使用している者です。借地人がいる場合、借地人の承諾は必要ですが、所有者の承諾までは必要ないと解されています。裁判例にも、「民法209条は、同法の相隣関係を規律する他の諸規定とともに、相隣接する土地相互間の利用関係の調整を図ることを目的とする規定であって、その法意に鑑みると、隣地立入使用請求の相手方たるべき適格を有する者は、現に隣地を利用してこれを占有している所有者、地上権者、賃借人などの占有者であると解するのが相当であり、従って、たとえ所有者であってもこれを他に賃貸して現にこれを占有していない場合には、その相手方となる適格を欠くものといわねばならない。」と判示しているものがあります(高松高判昭和49.11.28判タ318−254)。

4.ちなみに、隣家の使用については、隣人の任意の承諾が必要です。これについて裁判をもって代えることは出来ないと考えられています。これは、条文で「ただし、隣人の承諾がなければ、その住家に立ち入ることは出来ない」と明記されているからです。

5.以上を踏まえて、本件相談者の事例を検討します。本件工事が境界付近の建物の建築工事であり、あなたの敷地だけでは建築工事が出来ないときは、必要な範囲で、隣地の使用権が認められるでしょう。その必要な範囲の判断において、あなたの敷地と隣地の状況、隣地の利用状況、当該建築工事の規模、社会的な価値、隣地の負担、損害の有無・程度などを総合的に考慮して判断されます。
 そして、必要な範囲といえる場合、まず、隣地を現に使用している人に対して隣地使用の承諾を求めて交渉をすべきでしょう。そして、その人の承諾が得られない場合には、裁判所に対し承諾を求める訴えを提起して、隣人の承諾に代わる判決を得るべきでしょう。判決が確定して初めて隣地使用権に基づいて、建築工事のために隣地を使用できることになります。

≪参照条文≫

民法
(基本原則)
第一条  私権は、公共の福祉に適合しなければならない。
2  権利の行使及び義務の履行は、信義に従い誠実に行わなければならない。
3  権利の濫用は、これを許さない。
(隣地の使用請求)
第二百九条  土地の所有者は、境界又はその付近において障壁又は建物を築造し又は修繕するため必要な範囲内で、隣地の使用を請求することができる。ただし、隣人の承諾がなければ、その住家に立ち入ることはできない。
2  前項の場合において、隣人が損害を受けたときは、その償金を請求することができる。
第四百十四条  債務者が任意に債務の履行をしないときは、債権者は、その強制履行を裁判所に請求することができる。ただし、債務の性質がこれを許さないときは、この限りでない。
2  債務の性質が強制履行を許さない場合において、その債務が作為を目的とするときは、債権者は、債務者の費用で第三者にこれをさせることを裁判所に請求することができる。ただし、法律行為を目的とする債務については、裁判をもって債務者の意思表示に代えることができる。
3  不作為を目的とする債務については、債務者の費用で、債務者がした行為の結果を除去し、又は将来のため適当な処分をすることを裁判所に請求することができる。
4  前三項の規定は、損害賠償の請求を妨げない。

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