新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1057、2010/11/2 11:09

【期間の定めのある建物賃貸借・中途解約に対する違約金特約の有効性】

質問:当社は都内に5階建てテナントビルを所有しております。そのうちのワンフロア(4階部分,床面積70坪,月額賃料160万円)について,5年の期間を定めて,ある会社に賃貸しました。ところが,その会社は,契約から1年余りで解約を申し入れてきました。中途解約の場合は残存期間の賃料・共益費相当額を違約金として支払うとの特約をしていたので,4年弱分の違約金として約7000万円を支払うよう内容証明を送ったのですが,これに対して相手方会社は,弁護士に聞いたらそのような特約は無効だから支払わなくてよいとのことだったなどと言って,原状回復も不十分なままに勝手に出て行ってしまいました。当社の請求は認められないのでしょうか。今後どうすればよいでしょうか。

回答:
1.結論として,残念ながら全額の請求が認められる可能性は低いでしょう。ただ,特約全体が無効とは言い切れず,全額について支払わなくてよいとする相手方の主張を鵜呑みにして諦めるのも早計に過ぎます。その理由については,後述の解説をご覧ください。相手方の対応から想像するに,弁護士に相談をしたというのは本当かもしれませんが,実際に依頼まではしていないようです。貴社としては,弁護士に交渉を依頼され,弁護士を通じて改めてご請求されることがよろしいかと思います。相手方は,本当に弁護士に相談していたなら,おそらく再度その弁護士に相談することでしょう。そして,一部を支払うことで清算とする和解を求めてくるか,弁護士が代理人として和解交渉を求めてくることが予想されます。もっとも,あくまで支払拒絶を貫いてくる可能性もあります。その場合や,あるいは和解額で折り合いが付かない場合は,訴訟上の請求を検討することになりますが,全額はともかく,一部については勝訴の見込みが十分あるといえます。
2.本件は、通常の期間の定めある建物賃貸借契約ですが、借地借家法の定期建物賃貸借契約の中途解約(借地借家法38条5項)については法律相談事例集キーワード検索で1023番を参照してください。

解説:

【期間の定めのある建物賃貸借,契約の拘束力】
 期間の定めのある建物賃貸借契約を締結した場合,賃貸人は,契約期間中,賃借人に対し,目的となった建物を使用収益させる義務を負い,他方,賃借人は,賃貸人に対し,賃料を支払う義務を負います。
 賃料をいくらにするかについてだけでなく,契約期間をどれくらいの長さにするかについても,原則として当事者が自由に決めることができます。しかし,一旦決めた契約は,その契約の中で一定の場合には解約できる権利を留保しておくか,別途,双方が解約の合意をしない限り,両当事者を拘束します。
 居住用住宅の賃貸借に関する実務上は,賃借人が何か月か前に申し入れれば,期間中であっても賃借人の側から期間満了前に解約できるというような契約になっていることが多く(民法618条),国土交通省が雛形として公表している「賃貸住宅標準契約書」においても同趣旨の規定が置かれています。
 もっとも,このような中途解約規定を置くかどうかはあくまでも任意です。中途解約規定を置かず,他の事情からも賃借人に中途解約権を留保したと認められないような場合,原則どおり,契約で定めた期間中は当事者双方が契約に拘束されることになります。

【違約金特約の有効性】
 ところで,契約当事者間において,契約違反等の一定の事由が生じた場合の違約金について予め約束をしておくことは原則として有効です。したがって,期間途中での解約があった場合には違約金を支払うという約束をすることも許されます。違約金の額を予め定めておけば,実際に発生した損害額の立証をすることなく,その違約金額の請求ができます。また,実際の損害額が違約金額よりも少なかったとしても,約束で定めた違約金額を請求することができます。
 なお,本件の違約金特約は,期間の定めのある賃貸借契約がその期間満了まできちんと継続することで得られる賃料等の収入について,その後の事情の推移にかかわらず確保する趣旨に出たものと見ることができるでしょう。次の借り手が易々と見つかるとも限りませんから,賃貸人がこのような期待を抱くことは十分理解できるものといえます。

【公序良俗違反による無効の可能性】
 しかしながら,違約金特約も無制限に有効となるわけではありません。
 違約金額が高額になると,賃借人からの解約が事実上不可能になり,経済的に弱い立場にあることが多い賃借人に対し著しい不利益を与える危険があります。また,賃貸人が早期に次の賃借人を確保した場合,実質的に賃料の二重取りに近い結果になり,場合によっては暴利と評価されてしまってもやむを得ないこともあるでしょう。
 そうすると,事案ごとの諸般の事情を考慮したうえで,特約の一部または全部が公序良俗に反して無効とされる部分もあるだろうといえます。

【下級審判例――東京地方裁判所民事第17部平成8年8月22日判決】
 この点,本稿作成時点で最高裁判例は見当たりませんが,上記説明と同様の判断を示した下級審判例があります。事案の概要は次のとおりです。
□ 事業者間の賃貸借
□ 4年の契約だったが賃借人は約10か月で解約・退去
□ 違約金の請求額は賃料・共益費の約3年2か月分
□ 賃貸人は,賃借人が本来一括で支払うべき保証金の長期分割払いを認めていた
□ 解約・退去の理由は,賃借人が賃料の支払いに窮したため
□ 賃借人の退去後,数か月のうちに次の賃借人が見つかった
 このような事案において,裁判所は,解約に至った原因が賃借人側にあること,賃借人に有利な異例の契約内容になっていることを考慮しても,約3年2か月分の賃料及び共益費相当額の違約金が請求可能な約定は,賃借人に著しく不利であり,賃借人の解約の自由を極端に制約することになるから,その効力を全面的に認めることはできず,実際の明渡日の翌日から1年分の賃料及び共益費相当額の限度で有効であり,それを超える部分は無効であると解しました。

【契約を破る自由】
 余談ですが,そもそも契約当事者が合意の下で中途解約を禁止しているのに,解約の自由を制約するも何もないのではないかという疑問を持たれるかも知れません。この点については,私見ですが,契約当事者は契約に拘束される一方で,きちんと損害を賠償することで契約を破る自由もまた有しているという英米法の考え方が根底にあるのではないかと思います。

【個別具体的な事案への対応】
 さて,ご相談の件についての対応ですが,ここまで述べてきたとおりの理屈が同様にあてはまり,違約金特約について公序良俗違反によって無効とされる部分があるかないか,あるとしたらそれは一部分に限られるか全部にわたるか,一部分に限られるとしたらどの限度か,というところが争点になるでしょう。
 相手方の現在の言い分を法的に整理すると,特約の存在自体は認めつつ,ただし公序良俗違反で無効となる部分がその全部にわたるとするもののようです。しかし,この点は単純明快な一律の基準があるわけではありません。
 まず,公序良俗違反とはいえないという事情を探知,整理して,主張できるものは全部主張できるように把握しておく必要があります。もっと詳しくご事情を伺えば,より具体的なご助言ができるかと存じます。
 そのうえで,訴訟前の交渉を試みるかどうか,交渉をするとして最初はどのように持ち掛けるべきか,あるいは最初から訴訟を提起するかなどを検討します。相手方としても,相当程度の部分を無効と認めてもらえる可能性に期待しているでしょうから,交渉の準備段階から弁護士に依頼されるのがよいでしょう。
 それと並行して,原状回復が不十分なまま空き室になっている本件物件の処遇についても,相手方に対する請求とセットで,どうすれば最も経済合理性に適うかを相談なさってください。

【参照法令】

≪民法≫
(賠償額の予定)
第420条
1項
当事者は、債務の不履行について損害賠償の額を予定することができる。この場合において、裁判所は、その額を増減することができない。
2項
賠償額の予定は、履行の請求又は解除権の行使を妨げない。
3項
違約金は、賠償額の予定と推定する。
(公序良俗)
第90条
公の秩序又は善良の風俗に反する事項を目的とする法律行為は、無効とする。

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