新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1052、2010/9/17 12:40

【親族・日常家事債務の連帯責任・基本代理権と表見代理の類推適用】
 
質問:私の妻は私に無断で500万円もする宝石を購入しました。しかし、妻は代金の支払いをしていないようでした。すると、販売業者から私に残代金を支払うように請求してきました。相手方は夫婦だから私にも当然支払い義務があると主張しています。本当でしょうか?私にも法的に支払い義務はあるのでしょうか?

回答:
1.一般的な生活をしている夫婦であれば妻が購入した500万円の宝石の代金について責任を負うことはないでしょう。但し、夫婦で販売業者から頻繁に500万円位の宝石を購入しその支払いも夫婦で行っていたような特殊な事情があると夫が責任を負う場合もあります。
2.法律相談事例集キーワード検索:544番参照。

解説:
1.(憲法13条と夫婦別産制の原則)
 夫婦であっても原則として別個の法人格、法主体として扱われています。個人は生まれながらに男女とも全てにおいて個人として尊重されその尊厳を保障されますので(憲法13条)婚姻もまた対等な契約関係(憲法24条、14条、私的自治の原則と契約自由の原則)としてとらえられることになりますし、財産関係では、私有財産制(憲法29条)の下夫婦別産制が採用されています(民法762条)。したがって、原則として、夫婦であってもそれぞれ独立した人間として財産を保有し、取引をすることになります。よって、妻が夫に無断でした取引について、夫が債務について責任をとることは原則としてありません。他人の行為により責任を負うのは代理権のある代理人が本人を代理して取引をした場合に限られ、この原則は夫婦の場合でも基本的に変わりません。本件においても妻が夫に無断でした宝石の売買契約の効力は夫には及ばないことになると思われます。

2.(日常家事債務に関する夫婦連帯責任の理由)
 しかし、夫婦は、他の共同体、他の親族関係と異なり精神的、肉体的、経済的に一体として社会的な生活単位を形成して社会生活を営んでおりますので日常生活において生じる契約取引に民法の一般原則をそのまま適用すると第三者の信頼との関係で不測の事態が生じ支障が生じてしまいます。そこで、夫婦間には民法上例外が認められています。これを日常家事債務と言います。夫婦が共同生活を営んでいることから、その夫婦と取引をした第三者の信頼を保護するために、日常の家事に関する債務については、夫婦の一方がした取引であっても他方も責任を負わなければならないとされているものです。日常家事債務とは、借家契約、日用品の購入等通常夫婦の家庭生活を維持する為に行うことにより生じる債務ということです。

3.(連帯債務の法的構成)
 民法761条は、「夫婦の一方が日常の家事に関して第三者と法律行為をしたときは、他の一方は、これによって生じた債務について、連帯してその責に任ずる」と規定しています。この条文は結論だけを記載していますので、なぜ日常の家事に関する債務について夫婦が連帯して法的責任を負うのかについては説明が必要になりますが、日常の家事に関しての取引については夫婦双方に代理権が与えられ、日常の家事については夫婦が常に取引の当事者になると考えられています(最高裁昭和44年12月18日判決)。最高裁判旨。「民法七六一条は、「夫婦の一方が日常の家事に関して第三者と法律行為をしたときは、他の一方は、これによつて生じた債務について、連帯してその責に任ずる。」として、その明文上は、単に夫婦の日常の家事に関する法律行為の効果、とくにその責任のみについて規定しているにすぎないけれども、同条は、その実質においては、さらに、右のような効果の生じる前提として、夫婦は相互に日常の家事に関する法律行為につき他方を代理する権限を有することをも規定しているものと解するのが相当である。」他人の法律行為によって法的効果を受けるのは代理(代表)関係ということになりますが、日常家事について代理権を与える明示の意思表示は互いにありません。しかし、本条の解釈は、夫婦別産制の維持と取引の安全、当事者の合理的意思を考慮して行う必要があり、通常の夫婦では互いに法律行為をする権限を与えていると構成することが出来ます。

4.(日常家事の範囲、判断基準、最高裁の判例)
 そこで、日常の家事に関する法律行為の範囲、判断基準が問題になります。この点、最高裁判所は次のような判断基準を示しています。すなわち、「民法七六一条にいう日常の家事に関する法律行為とは、個々の夫婦がそれぞれの共同生活を営むうえにおいて通常必要な法律行為を指すものであるから、その具体的な範囲は、個々の夫婦の社会的地位、職業、資産、収入等によつて異なり、また、その夫婦の共同生活の存する地域社会の慣習によつても異なるというべきであるが、他方、問題になる具体的な法律行為が当該夫婦の日常の家事に関する法律行為の範囲内に属するか否かを決するにあたつては、同条が夫婦の一方と取引関係に立つ第三者の保護を目的とする規定であることに鑑み、単にその法律行為をした夫婦の共同生活の内部的な事情やその行為の個別的な目的のみを重視して判断すべきではなく、さらに客観的に、その法律行為の種類、性質等をも充分に考慮して判断すべきである。」と判示しています(最判昭和44・12・18民集23−12−2476)。この判決は不動産(土地建物)の取引に関する事案でしたので、日常の家事に関する法律行為には当たらないとの結論でした。夫が、妻所有の不動産を自らが経営する個人会社の債務返済のために妻に無断で債権者(会社)に譲渡した事案であり日常家事債務に該当しないことは明らかです。

5.(日常家事債務の基本代理権は表見代理の規定が適用になるか)
 むしろ、この事件は、夫の日常家事に関する代理権を根拠に表見代理(民法110条権限ゆ越の表見代理)の適用があるかということで問題になっていますが最高裁は表見代理の適用を否定しています。妥当な結論でしょう。最高裁は、日常家事債務の根拠を代理権の形式で説明していますが、表見代理の基本代理権を否定しています。761条の代理権は、夫婦財産関係の独立性の例外として存在するにもかかわらず、これを当然に表見代理の基本とすると夫婦になった以上常に表見代理の危険が存在し、一方の配偶者の権限濫用を招き例外の更に例外を認めることになって取引の安全を過度に保護する結果になるからです。ただ、判例のように正当な理由(善意無過失)によって日常家事の範囲内の法律行為と信じた(単に当該無権代理行為について代理権があると信じただけでは不十分で、無権代理行為が日常家事の範囲内の行為と信頼する場合)特別の事情があれば、夫婦財産の平等、独立性が損なわれることがないので、110条の趣旨を類推して救済することは可能です。通常の表見代理を一般的に認めるのではなく、日常家事債務という範囲に限定して制限し取引の安全との調和を計るべきでしょう。

6.(最高裁判例判旨)
 「しかしながら、その反面、夫婦の一方が右のような日常の家事に関する代理権の範囲を越えて第三者と法律行為をした場合においては、その代理権の存在を基礎として広く一般的に民法一一〇条所定の表見代理の成立を肯定することは、夫婦の財産的独立をそこなうおそれがあつて、相当でないから、夫婦の一方が他の一方に対しその他の何らかの代理権を授与していない以上、当該越権行為の相手方である第三者においてその行為が当該夫婦の日常の家事に関する法律行為の範囲内に属すると信ずるにつき正当の理由のあるときにかぎり、民法一一〇条の趣旨を類推適用して、その第三者の保護をはかれば足りるものと解するのが相当である。」

7.(具体的判断基準)
 裁判所は判断基準を上記のとおり示してはいますから、どのような取引が日常家事債務になるかについては、具体的に検討する必要があり、一律に定型的に決めることは出来ません。当該夫婦の共同生活の実情を基に、客観的に判断することになります。上記判断基準を基に具体的な事例を考えますと、一般的に日常家事債務の範囲として認められるものは次のようなものが考えられます。@食料品や日用的に使用する衣類の購入、A家電や相当な価格の家具の購入、B光熱費の支払い、C家賃の支払いなどがあげられます。逆に、日常家事債務の範囲に入らないと考えられるものとしては、@夫婦の一方が所有する不動産の処分行為、A過大な借金などがあげられます。

8.(本件)
 以上を踏まえて、本件相談者の事例を考えますと、前記基準から考えますと、500万円の宝石の購入についても、本件夫婦の社会的地位や収入などから日常的に購入しているような実態があれば、共同生活に通常必要な法律行為として日常家事債務に含まれる余地はあります。しかし、通常の平均的な所得の家庭の場合には、500万円は過大な出費であり、500万円の宝石は日常生活で通常使用するものとは評価できません。よって、日常家事債務には含まれないことになるでしょう。勿論、日常の家事に関する法律行為の範囲内に属すると信ずるにつき特別の事情がない限り表見代理の類推適用もありません。

9.(他の判例)
 裁判例には、70万円程の子供の学習教材の購入について否定した例や、21万円の布団について否定した例もあります。また、10万円の旅行費名目での借り入れについて否定した例もあります。貸金業者借り入れについては生活費の借り入れであっても否定されるようです。他方で20万円ほどの子供の学習教材について肯定したものもあります。金額的にはこの程度が限度と言えるでしょう。やはり、夫婦とは言え他人の行為により債務を負うというのは例外ですから、日常家事に必要な法律行為というのは厳格に判断されています。尚、夫婦関係が別居により実質的に破綻した後は761条の適用を否定した判例(大阪高等裁判所49年10月29日判決)もございます。761条の趣旨から妥当な判断です。

10.(まとめ)
 したがって、本件相談者の事例では、余ほど特別な事情がない限りは日常家事債務には含まれないと考えられますので、ご主人には宝石の代金の支払い義務はないと言えます。よって、その販売業者の主張は不当なものですので、請求は拒否することができます。

《参照条文》

憲法
第13条  すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。
第14条  すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。
第24条  婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない。
○2  配偶者の選択、財産権、相続、住居の選定、離婚並びに婚姻及び家族に関するその他の事項に関しては、法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して、制定されなければならない。
第29条  財産権は、これを侵してはならない。

民法
(権限外の行為の表見代理)
第110条  前条本文の規定は、代理人がその権限外の行為をした場合において、第三者が代理人の権限があると信ずべき正当な理由があるときについて準用する。
(日常の家事に関する債務の連帯責任)
第761条  夫婦の一方が日常の家事に関して第三者と法律行為をしたときは、他の一方は、これによって生じた債務について、連帯してその責任を負う。ただし、第三者に対し責任を負わない旨を予告した場合は、この限りでない。
762条 夫婦の一方が婚姻前から有する財産及び婚姻中自己の名で得た財産は、その特有財産(夫婦の一方が単独で有する財産をいう。)とする。
2  夫婦のいずれに属するか明らかでない財産は、その共有に属するものと推定する。

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