新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1047、2010/9/1 10:59

【民事・相隣関係・袋地の土地所有者は袋地の給排水のため隣地を利用できますか・隣地の給排水管の利用はどうでしょうか】

質問:私は宅地を所有していますが,袋地のため水道事業者が敷設した配水管に直接排水をすることが出来ません。給排水設備のため隣地を掘削して,設備を設けることができますか。隣地には隣地所有者が設置した給排水設備があるのですが,私は当該宅地の給排水のために隣地所有者の給排水設備を使用することはできますか?できるとして,どのような手続きをすればよいでしょうか。

回答:
1.他人が所有する隣地であっても,隣地を経由しなければ,水道事業者の敷設した配水管から当該宅地に給水を受け,その下水を公流,下水道まで排出することができない状況で,他人の設置した給排水設備を使用することが他の方法に比べて合理的であること,使用により当該給排水設備に予定される効用を著しく害するなどの特段の事情が無い場合には,隣地を掘削して新たに上下水道設備を設けることができますし,さらには隣地の既存の設備を利用することが認められます。このように隣地等を利用できる権利があるとしても,隣地所有者に無断で工事を行うことはできません。役所や工事業者は土地の所有者の承諾がないと工事をしてくれないのが現実です。そこで,隣地の所有者にまず了解をお願いする必要があります。相手が了解しない場合は,時間がかかりますが訴訟を提起する必要があります。具体的に工事の内容を特定して,下水道工事をすることを承諾せよ,という判決を求めることになります。このような裁判においては多くの場合和解により解決できるでしょうが,既存設備の所有者から求められた場合,その設備設置及び保存のための費用を分担することになるでしょう。
2.法律相談事例集キーワード検索994番913番参照。

解説:
1.(基本的考え方について)
 本件近隣紛争,水道管設置のための他人の土地,私道等堀削の争点は,文化的社会生活の必要性から他人の土地を利用することができるか,その法的根拠は何かということです。ご質問からは公道に出る私道の利用形態はわかりませんが(私道の利用については事務所事例集699番参照),いずれの形態が取られていても当該他人所有の土地を堀削利用しなければ水道管等を設置できない状況であれば貴方の主張は認められます。フランス人権宣言,所有権絶対の原則(憲法29条)から言えば,たとえ土地所有者が私道として第三者に通行を認めたからと言って,当該私道等について水道管設置工事の権利を認めたことにはなりません。しかし,このような工事を認めたからと言って土地所有者に特別な不利益は考えられませんし,他方,現代社会において水道,ガスの利用は文化的な社会生活を送る上で必要不可欠な設備です。このような場合はこのような要求を拒否する隣地所有者の主張は権利の濫用として認められません。憲法12条,13条はこれを明言します。その理論的根拠は近代法治国家普遍の原理である法の支配に求めることができるでしょう。私有財産制,所有権絶対の原則は,法の支配の理念が社会制度として具体化したものですが,その目的は適正公平な法社会秩序を形成し個人の尊厳を保障するところにあります。従って,私有財産制,所有権絶対の原則は,制度に当然内在する原理として権利濫用,信義誠実の法理が存在するのです。民法の 相隣関係 の規定はその法理を具体化した一例にすぎません。憲法12条,民法1条その他の総則的規定もその趣旨を明らかにしています。民法,水道法の規定等も以上の理念のもとに解釈することになります。

2.所有権については民法206条から238条に規定がありますが,特に土地の所有権をめぐる隣地との権利の調整について相隣関係として民法にいくつかの規定がなされています。そして,公道に接していない袋地については所有者の保護のため,通行権などの規定があります。しかし,袋地についての電気やガス,上下水道などの現代社会において必要不可欠なライフラインに関して,相隣関係に関連して規定されているものは,排水について民法220条,221条にわずかに規定されているだけで,十分な規定がなされているとはいえません。そこで,過去に裁判例などで,袋地所有者が,ライフラインの本管への接続のために隣地を使用することができるか,さらに進んで,本件のように,隣地の設備を使用することが出来るか問題となりました。

3.下級審の裁判例において,袋地所有者は,本管に接続するために,隣地に水道管などを設置する権利を認めています(東京地判平3.1.29判時1400−33,東京地判平4.4.28,東京地判平8.9.25判タ920−197など多数あります)。最高裁判所も,「本件建物の汚水を公共下水道に流入させるには,下水管を本件通路部分を経て本件私道にまで敷設し,そこに埋設されている下水管に接続するのが最も損害の少ない方法であると見られるので,被上告人が上告人の所有する本件通路部分に下水管を敷設する必要があることは否めない。」と判示して,その前提として,排水のための隣地の使用権を肯定していると解されています(最判平5.9.24民集47−7−5035)。
 
4.本件はさらに進んで,袋地所有者が,隣地の他人が設置した設備を使用する権限が認められるか問題となります。
 この点,下級審裁判例において,「囲繞地の使用者は,その下水を直接公共下水道に流入させるのが困難であるため,下水道法一一条の規定及び民法二二〇条,二二一条等相隣関係の規定の趣旨に基づき,隣地使用者に対し,その土地又は排水設備の使用を求め得るものであるが,その場合において,通水し得べき土地又は排水設備が所有者を異にして複数考え得るときは,それぞれに通水したとして通常生ずべき損害を比較し,そのうち土地又は排水設備にとって最も損害の少ない場所又は箇所及び方法を選択しなければならないことは,下水道法一一条一項及び民法二二〇条但書の規定から明らかである。」と判示して,一定の要件のもとで隣地の設備の利用を肯定しているものがあります(東京地判平9.7.10判タ966−233)。
 最高裁判所も,「民法220条は,土地の所有者が,浸水地を乾かし,又は余水を排出することは,当該土地を利用する上で基本的な利益に属することから,高地の所有者にこのような目的による低地での通水を認めたものである。同法221条は,高地又は低地の所有者が通水設備を設置した場合に,土地の所有者に当該設備を使用する権利を認めた。その趣旨とするところは,土地の所有者が既存の通水設備を使用することができるのであれば,新たに設備を設けるための無益な費用の支出を避けることができるし,その使用を認めたとしても設備を設置した者には特に不利益がないということにあるものと解される。ところで,現代の社会生活において,いわゆるライフラインである水道により給水を受けることは,衛生的で快適な居住環境を確保する上で不可欠な利益に属するものであり,また,下水の適切な排出が求められる現代社会においては,適切な排水設備がある場合には,相隣関係にある土地の高低差あるいは排水設備の所有者が相隣地の所有者であるか否かにかかわらず,これを使用することが合理的である。したがって,宅地の所有者が,他の土地を経由しなければ,水道事業者の敷設した配水管から当該宅地に給水を受け,その下水を公流又は下水道等まで排出することができない場合において,他人の設置した給排水設備をその給排水のため使用することが他の方法に比べて合理的であるときは,宅地所有者に当該給排水設備の使用を認めるのが相当であり,二重の費用の支出を避けることができ有益である。そして,その使用により当該給排水設備に予定される効用を著しく害するなどの特段の事情のない限り,当該給排水設備の所有者には特に不利益がないし,宅地の所有者に対し別途設備の設置及び保存の費用の分担を求めることができる(民法221条2項)とすれば,当該給排水設備の所有者にも便宜であるといえる。」と判示しています(最判平14.10.15民集56−8−1791)。
 この最高裁判例は,@宅地の所有者であること,A他の土地を経由しなければ,水道事業者の敷設した配水管から当該宅地に給水を受け,その下水を公流,下水道まで排出することができない状況にあること,B他人の設置した給排水設備を使用することが他の方法に比べて合理的であること,C使用により当該給排水設備に予定される効用を著しく害するなどの特段の事情が無いことを要件にして,袋地所有者に既存の設備の使用権限を認めています。
 また,この最高裁判例は,相隣関係の公平を図るべく,民法221条2項の趣旨を類推して,既存設備の所有者は使用者である袋地所有者に対して設備設置及び保存の費用の分担を請求できるとも判示しています。
 この最高裁判例は,相隣関係の公平を図り,民法220条,221条の趣旨に根拠を求めて,明確な要件を判示していることから,妥当なものと言え,今後の相隣関係の実務におけるリーディングケースになると思われます。

5.以上を踏まえて,本件相談者の事例を検討します。前記最高裁判例の要件から考えますと,宅地の所有者であることから,隣地を経由しなければ,水道事業者の敷設した配水管から当該宅地に給水を受け,その下水を公流,下水道まで排出することができない状況にあり,他人の設置した給排水設備を使用することが他の方法に比べて合理的であること,使用により当該給排水設備に予定される効用を著しく害するなどの特段の事情が無い場合には,隣地の既存の設備の使用が認められます。この要件を具備するか否かは具体的は工事内容によってことなりますが,要は隣地所有者に不利益が生じる恐れがなければその利用は認められると考えてよいでしょう。
 裁判をすれば認められるとしても隣地の所有者を相手にするわけですから,できるだけ訴訟前に十分話し合って解決することが望ましいことは言うまでもありません。また,訴訟になっても裁判所の協力を得てできるだけ話し合いで解決するのが良いでしょう。なお,利用が認められ得たとしても既存設備の所有者から求められた場合,その設備設置及び保存のための費用を分担する必要があります。

<参照条文>

民法
(排水のための低地の通水)
第二百二十条  高地の所有者は,その高地が浸水した場合にこれを乾かすため,又は自家用若しくは農工業用の余水を排出するため,公の水流又は下水道に至るまで,低地に水を通過させることができる。この場合においては,低地のために損害が最も少ない場所及び方法を選ばなければならない。
(通水用工作物の使用)
第二百二十一条  土地の所有者は,その所有地の水を通過させるため,高地又は低地の所有者が設けた工作物を使用することができる。
2  前項の場合には,他人の工作物を使用する者は,その利益を受ける割合に応じて,工作物の設置及び保存の費用を分担しなければならない。

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