新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1038、2010/7/14 14:21

【医師法・採血は医業行為か・医師が看護師に採血を指示する場合の具体的条件】

質問:私は医師の資格を有し勤務医ですが,看護師の資格を持っている妻とともに病院外で手軽にできる健康診断(血液検査)を新規事業として始めたいと考えています。採血から検査結果の通知までの一連流れについては,下記のような流れを想定しています。
1.私は立ち会いませんが,採血に先立ち定型の問診表を妻が受診者に手渡し,記載していただく。
2.私が問診表をFAX,Eメールで受け取り確認し,問題がなければ妻にFAX,電話で採血を指示。
3.妻が受診者から採血。
4.採取した血液は検査業者に送付し,検査結果を私が確認した上で受診者に結果を説明し,必要なアドバイスを行う。
5.以上のように私は,普段は病院で勤務しているので,採血に先立ち受診者を対面で診察することはできません。受診者の状態は,問診表を妻からEメール等の方法で送ってもらい問診表の記載によって判断する予定です。上記の様な内容で病院外での血液検査を事業として始めた場合,法的に問題がないかを教えていただきたいです。よろしくお願い致します。

回答:
1.採血行為は医師法17条に規定される「医業」に該当するため,看護師が単独で行うことはできません。看護師は,「診療の補助」(保健師助産師看護師法,(以下,「保助看法」といいます)5条)行為として採血行為をすることができますが,診療の補助行為は医師の指示に基づいて行わなければなりません(保助看法37条)。受診者の方に問診表を書いてもらい,それを医師であるあなたが遠隔地で確認し採血の可否を決定することが,「医師の指示」といえるかが問題となります。
2.しかし,医師が問診表という書面だけで患者の状況を判断するのは不十分であり,ご相談の方法では,奥様の採血行為は医師法違反と判断される可能性が高いといえます。ご相談いただいた流れで健康診断を行うのであれば,採血を行うプロセスが法的には問題となりますので,その点を変更されることをお薦めいたします。医師法と保助看法の解釈については下記の解説を御参照ください。

解説:
1.(採血行為は医師法17条の「医業」に該当するか)
 医師,歯科医師,看護師等の免許を有さない者による医業は,医師法第17条,歯科医師法第17条及び保健師助産師看護師法第31条その他の関係法規によって禁止されています。ここにいう「医業」とは,当該行為を行うに当たり,医師の医学的判断及び技術をもってするのでなければ人体に危害を及ぼし,又は危害を及ぼすおそれのある行為(医行為)を,反復継続する意思をもって行うことであると解されています(「医師法第17条,歯科医師法第17条及び保健師助産師看護師法第31条の解釈について」平成17年7月26日 医政発第0726005号 各都道府県知事宛 厚生労働省医政局長通知)。
 ある行為が医行為であるか否かについては,個々の行為の態様に応じ個別具体的に判断する必要があります。採血は,人の身体への侵襲(生体を傷つけること)を伴うものであり,神経損傷や迷走神経反射による転倒等の不利益が生じる可能性がある行為ですので,医師の医学的判断及び技術をもってするのでなければ人体に危害を及ぼし,又は危害を及ぼすおそれのある医行為であると解されます。また,臨床検査技師等に関する法律に関する通達(「衛生検査技師法の一部を改正する法律等の施行について」昭和45年12月3日医発第一四一六号 都道府県知事あて厚生省医務局長通達)第四,五によれば,「採血行為は,生理学的検査と同様医行為の範畴に属するものであつて,臨床検査技師の行なう採血は,医師の診療の補助として医師の具体的な指示を受けて行なうものに限られ,また生理学的検査についてと同様,臨床検査技師が業として採血を行ない得る場所は,原則として病院,診療所等医業の行なわれる場合に限られるものであること。」となっています。
 以上のとおり,採血行為は医行為にあたるといえます。採血行為が医行為であるとすると,ご相談いただいた健康診断は反復継続する意思をもって行う事業にあたりますので,ご相談の採血行為は医業にあたります。なお,自己採血キット等を用いて,受診者自身が採血を行う場合には「業」にはあたらず,医師法違反の問題は生じません。安全な血液製剤の安定供給の確保等に関する法律,第30条は「業として人体から採血することは,医療及び歯科医療以外の目的で行われる場合であっても,医師法第17条に規定する医業に該当するものとする。」と規定しており,この条文からも,業として人体から採血をすることは「医業」に該当することになります。

2.(採血において医師は直接個別的,具体的に指示をしなければならないか)
 看護師が採血をする場合には「医師の指示」(保助看法37条)が必要です。保助看法37条には,看護師は,「主治の医師又は歯科医師の指示があつた場合を除くほか,診療機械を使用し,医薬品を授与し,医薬品について指示をし,その他医師又は歯科医師が行うのでなければ衛生上危害を生ずるおそれのある行為をしてはならない。ただし,臨時応急の手当をし,又は助産師がへその緒を切り,浣腸を施しその他助産師の業務に当然に付随する行為をする場合は,この限りでない。」と規定されています。採血行為は,「衛生上危害を生ずるおそれのある行為」なので,看護師が行うためには医師の指示が必要です。看護師が,医師の指示なくして衛生上危害を生ずるおそれのある行為である採血行為を行った場合には,6ヶ月以下の懲役もしくは50万円以下の罰金に処せられ,またはこれが併科されることになります(保助看法44条の2第2項)。
 以上のとおり,看護師が採血行為を行なうためには,医師の指示すなわち@医師の判断に基づき,A医師の指導監督の下に行うことが必要です。保助看法37条は上記のとおり,看護師が採血を行うためには医師の指示が必要であるとしていますが,指示の方法・指示の程度については規定がありません。しかし,採血が医行為の一部であること,比較的軽微であるとはいえ患者の健康被害のおそれがあることからすれば,医師による指示は「具体的」かつ「個別的」に行われることが望ましいといわれています(加藤,蒔田,小林,大平(2006年)「看護師の注意義務と責任-Q&Aと事故事例の解説-」新日本法規,p29)。厚生省 平成元年度厚生科学研究「医療行為及び医療関係職種に関する法医学的研究」報告書によれば,「医師の医療従事者への指示は,包括的に行われる場合と具体的に行われる場合があるが,必ず具体的指示を要する医行為もある。」として,具体的指示を要する医行為の例をあげていますが,採血はその第1番目にあげられています。そもそも,医療行為を行う医師は,国民の健康,生命の安全を守り保全するために国家試験に合格,厚生労働大臣の免許等特に必要な資格を必要としている(医師法1条,2条乃至4条)趣旨からして,たとえ看護師といえども医師資格のない者に包括的,間接的指示,委託を許すことはできないものと解釈されることになります。

3.(採血の際に必要とされる医師の指示の程度)
 看護師が行う採血について,どのような指示がどの程度要求されるかについて,明確に記載した法令文献は見当たりません。採血を行うに際しては,採血行為自体に内在する危険性のほかに,対象となる患者の健康状態や看護師の能力も問題となるので,「この程度の指示があれば十分である。」ということについて一般論として具体的に述べることはできないためと思われます。すなわち,個々の患者の状態や採血を行う看護師の能力,採血を行う場所等,ケースによって状況が異なるため,必要とされる医師の指示の程度もケースによって異なるためだと思われます。

4.(本件のように書面上の確認で採血指示をしてよいか)
 ご相談いただいた事業は,病院外で採血を行うというものですので,病院内の医療に比較して,緊急時における医療従事者の対応体制が不十分である等,受診者の置かれている危険性は高く,そのため慎重な取り扱いが要求されます。したがって,慎重を期して,医師の面前での直接監督指導下で行うのが最も適切であると考えられます。

5.(採血をする場所,設備に関する法規制)
 採血をする場所,設備に関して明文で規制をしている法律は見当たりませんでした。佐野文明「指標,標準採血法ガイドライン(第1版)」『北海道医報』第1032号,平成16年9月1日)の「A 緒言」にも,「わが国において現在までに採血法についての標準的な取り決めがなく,個々の施設の指針あるいは個人の経験に基づいて,これらの問題が処理されてきたのが実情である。」と記載されています。したがって,採血をする場所,設備について法律では規制されているものではないと考えられます。標準採血法ガイドラインは,ガイドラインにすぎないため法律上の効力を有するものではありません。しかし,「安全で正しい検査結果を得るためのガイドライン」と説明されているので,こうしたガイドラインに従って採血を行うことが望ましいと考えられます。従って,医師が個別的,具体的指示を行い採血者の健康状態の変化に対応できる医療設備を有する場所で採血を行うのが適切でしょう。

6.(最後に)
 ご相談いただいた健康診断を事業として始めるのであれば,医師であるあなたが,採血に先立ち受診者の健康状態を直接確認する必要です。妻からのFAX,Eメールでの確認はその趣旨に反すると思われます。また,病院外での採血ということであっても,設備・採血手技については前記標準採血ガイドラインに則って医療設備がある場所で行うことが望ましいといえます。

<参照条文>

医師法
第一章 総則
第1条  医師は,医療及び保健指導を掌ることによって公衆衛生の向上及び増進に寄与し,もつて国民の健康な生活を確保するものとする。
   第二章 免許
第2条  医師になろうとする者は,医師国家試験に合格し,厚生労働大臣の免許を受けなければならない。
第3条  未成年者,成年被後見人又は被保佐人には,免許を与えない。
第4条  次の各号のいずれかに該当する者には,免許を与えないことがある。
一  心身の障害により医師の業務を適正に行うことができない者として厚生労働省令で定めるもの
二  麻薬,大麻又はあへんの中毒者
三  罰金以上の刑に処せられた者
四  前号に該当する者を除くほか,医事に関し犯罪又は不正の行為のあつた者
17条 医師でなければ,医業をなしてはならない。

保健師助産師看護師法
5条 この法律において「看護師」とは,厚生労働大臣の免許を受けて,傷病者若しくはじよく婦に対する療養上の世話又は診療の補助を行うことを業とする者をいう。
31条 看護師でない者は,第5条に規定する業をしてはならない。ただし,医師法又は歯科医師法の規定に基づいて行う場合は,この限りでない。
2項 保健師及び助産師は,前項の規定にかかわらず,第5条に規定する業を行うことができる。
37条 保健師,助産師,看護師又は准看護師は,主治の医師又は歯科医師の指示があつた場合を除くほか,診療機械を使用し,医薬品を授与し,医薬品について指示をしその他医師又は歯科医師が行うのでなければ衛生上危害を生ずるおそれのある行為をしてはならない。ただし,臨時応急の手当をし,又は助産師がへその緒を切り,浣腸を施しその他助産師の業務に当然に付随する行為をする場合は,この限りでない。
44条の2 次の各号のいずれかに該当する者は,6月以下の懲役若しくは50万円以下の罰金に処し,又はこれを併科する。
  第2項 第35条から第38条までの規定に違反した者

歯科医師法
17条 歯科医師でなければ,歯科医業をなしてはならない。

安全な血液製剤の安定供給の確保等に関する法律
(業として行う採血と医業)
30条 業として人体から採血することは,医療及び歯科医療以外の目的で行われる場合であつても,医師法第17条 に規定する医業に該当するものとする。

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