新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1014、2010/4/1 12:05

【民事・マンションのひび割れ等の瑕疵に関し・買主の施工業者,設計監理者に対する責任追及の根拠・安全配慮義務の対象範囲】

質問:私が購入し現在居住しているマンションに,多数のひび割れや鉄筋の耐力低下等が見受けられ困っています。この建物は,建築主から購入したのですが,建築主は資産がほとんどないようです。建物の建築設計・工事監理をした会社とその施工をした建築会社に対しても,金銭的賠償請求は可能でしょうか。

回答:
1.マンションの建築に携わる建築会社及び設計者,工事監理者(施行業者)は,完成した建築物に何らかの瑕疵があった場合,建築主(施主)に対して瑕疵担保(民法634条以下)等の責任を負うのは当然ですが,直接契約関係にない当該マンションを購入した買主等(居住者,通行人)に対しても同様に責任を負う場合があります。
 すなわち,建設会社等は,当該建物の基本的な安全性が欠けることがないように配慮すべき注意義務がありますので,その義務を怠り(安全配慮義務違反)その結果建築された建物に関して基本的な安全性を損なう瑕疵が存在し,その瑕疵によって買主(居住者)の生命,身体又は財産が侵害されたような場合です。買主は瑕疵の存在を知りながらマンションを購入したなど特段の事情がない限り,生じた損害について不法行為(民法709条)による賠償責任請求が可能でしょう。従って,相談者のケースにつきましても,上記要件を充たす場合には金銭的償いを受けられる可能性が残されていますので専門家に相談してください。
2.法律相談事例集キーワード検索で936番参照。

解説:
1.(問題点)まず,購入した建物に多数のひび割れや鉄筋の耐力低下等の瑕疵がある場合,買主は,売主に対し売買に基づく瑕疵担保責任の追及(民法570条)をすることができます。しかし売主である建築主に資産がないような場合,工事を行った建築会社,建築設計・工事監理をした会社(施行業者)に対する責任追及が問題となります。これらの会社は,施主と請負契約を締結していますが,マンションの買主とは直接契約の当事者関係にないので,基本的に買主に対して債務不履行責任,瑕疵担保責任を負うことはありません。そこで,買主は,施行業者に対し生じた損害について不法行為に基づく損害賠償請求が可能かどうか又その根拠は何かを考える必要があります。

2.(福岡高裁平成16年12月16日判決の過失責任の考え方)
 本件のような請負の目的物の買主が直接契約関係にない建築,設計,監理会社に対して不法行為責任を追及する理論的根拠,すなわち,過失(故意),違法性の内容がいかなるものか問題ですが,この点について,福岡高裁は,類似の事件について(マンションにはひび割れや鉄筋の耐力低下等の瑕疵がある場合の損害賠償等事件)責任(過失,違法性)を限定的に解釈し,違法性を帯びる程度の瑕疵はないとして損害賠償を認めませんでした。
 判断内容を参照します。「当該目的物に瑕疵があるからといって,当然に不法行為の成立が問題になるわけではなく,その違法性が強度である場合,例えば,請負人が注文者等の権利を積極的に侵害する意図で瑕疵ある目的物を製作した場合や,瑕疵の内容が反社会性あるいは反倫理性を帯びる場合,瑕疵の程度・内容が重大で,目的物の存在自体が社会的に危険な状態である場合等に限って,不法行為責任が成立する余地がある。」さらに「このような見地に立って本件をみると,一審原告らの主張するような瑕疵があるからといって,当然に不法行為の成立が問題になるものではなく,その違法性が強度である場合,即ち請負人である一審被告らが本件建物の所有者の権利を積極的に侵害する意図で瑕疵を生じさせたという場合や,当該瑕疵が建物の基礎や構造躯体に関わり,それによって建物の存立自体が危ぶまれ,社会公共的にみて許容しがたいような危険な建物が建てられた場合に限って,一審被告らについて不法行為責任が成立する可能性があるものというべきである。」以上のように述べています。

3.(最高裁の過失の考え方,最高裁平成19年7月6日判決,安全配慮義務違反)
 上記福岡高裁の判決に対して最高裁は,安全配慮義務を認める見地から責任(違法性,過失)を広く認め,損害賠償に関する部分について破棄し福岡高裁に差し戻しています。結果的に,差し戻し審福岡高裁でも損害賠償責任は認めていません。当該マンションにみられるひび割れ等は,建物としての「基本的な安全性」を損なう瑕疵には該当しないとの判断です。
 判決内容参照します。「(1)建物は,そこに居住する者,そこで働く者,そこを訪問する者等の様々な者によって利用されるとともに,当該建物の周辺には他の建物や道路等が存在しているから,建物は,これらの建物利用者や隣人,通行人等(以下,併せて「居住者等」という。)の生命,身体又は財産を危険にさらすことがないような安全性を備えていなければならず,このような安全性は,建物としての基本的な安全性というべきである。そうすると,建物の建築に携わる設計者,施工者及び工事監理者(以下,併せて「設計・施工者等」という。)は,建物の建築に当たり,契約関係にない居住者等に対する関係でも,当該建物に建物としての基本的な安全性が欠けることがないように配慮すべき注意義務を負うと解するのが相当である。そして,設計・施工者等がこの義務を怠ったために建築された建物に建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵があり,それにより居住者等の生命,身体又は財産が侵害された場合には,設計・施工者等は,不法行為の成立を主張する者が上記瑕疵の存在を知りながらこれを前提として当該建物を買受けていたなど特段の事情がない限り,これによって生じた損害について不法行為による賠償責任を負うというべきである。
 (2)原審は,瑕疵がある建物の建築に携わった設計・施工者等に不法行為責任が成立するのは,その違法性が強度である場合,例えば,建物の基礎や構造く体にかかわる瑕疵があり,社会公共的にみて許容し難いような危険な建物になっている場合等に限られるとして,本件建物の瑕疵について,不法行為責任を問うような強度の違法性があるとはいえないとする。しかし,建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵がある場合には,不法行為責任が成立すると解すべきであって,違法性が強度である場合に限って不法行為責任が認められると解すべき理由はない。例えば,バルコニーの手すりの瑕疵であっても,これにより居住者等が通常の使用をしている際に転落するという,生命又は身体を危険にさらすようなものもあり得るのであり,そのような瑕疵があればその建物には建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵があるというべきであって,建物の基礎や構造,く体に瑕疵がある場合に限って不法行為責任が認められると解すべき理由もない」

4.(安全配慮義務とは何か) 
 ところで,最高裁が根拠とする安全配慮義務とは,業務上相手方の生命身体に危害が及ぼす可能性がある一定の法律関係にある者は,当該契約関係に付随して生じる相手方の生命身体の安全を配慮し保障すべき信義則上の義務を言います。信義則上の義務ですから契約書に書いていなくても認められるものです。その根拠は私的自治の原則に内在する公平公正の理念にあり,報償又は危険責任(民法では715条乃至718,使用者,工作物,動物占有者の責任)を背景に生じた損害の公平な分配を目的としてその趣旨から労働契約(雇用関係),請負契約(工事下請契約)在学契約等に認められ,医師の診療行為契約そして,業務の性質上以上に類する生命身体の安全を脅かす可能性がある業務にも拡張され適用されることになります。安全配慮義務については,判例も集積されています。この義務は,公平の理念に基づき認められるもので,法的性質に,契約責任,不法行為責任(また特殊責任)か問題点がありますが,契約関係に付随し一体として生じる特殊な責任であり,被害者側の救済という見地から契約上の債権に準じて時効期間も10年(不法行為なら損害を知ってから3年)であり,事案(労働災害等危険性が大きい責任)によっては過失の立証責任を事実上転換するものと考えられています(被害者は安全配慮義務の内容と相手方の義務違反を立証し,結果発生の予見可能性の不存在を企業側に事実上負わせる。)。

5.(建物建設に関する安全配慮義務の内容)
 マンション施行業者の買主等に対する安全配慮義務は,建物としての基本的な安全性に関するものと限定的に解するべきです。直接の契約関係にない以上契約当事者の負う責任とは異なりますし,安全配慮義務の根拠が,相手方の生命身体の安全確保にある以上,基本的安全性に関するものの範囲で保護すれば足りるからです。又,相手方が直接契約関係にない以上私的自治の原則を制限する位置にある過失責任主義の大原則から内容も限定し,行為者の基本的自由権も保護する必要があるからです。

6.(安全配慮義務を負う相手方の範囲)
 建築会社,設計監理会社は施主と請負契約を締結していますが,直接契約関係にないマンションの買主等(最高裁の判例では居住者,隣人,通行人にも範囲を広げているようです。)に対しても安全配慮義務が認められるか確かに問題です。しかし,理論上当該マンションの買主等に対しても責任を負うべきであると考えられます。その理由ですが,安全配慮義務は,元々法の理想である公平の原則から認められるもので,工作物の報償,危険責任とおなじようにマンションの存在,構造自体が,瑕疵により危険性を包含するものである以上,建築,設計監理者は施主と同じようにその安全性を保障し完成させた当事者と考えることが可能であり,危険報償責任を分担すべきですし,直接の契約関係の有無は責任を否定する理由にならないからです。又,例えば,危険な建設工事において,建築会社は自社の従業員だけでなく,公平上下請け会社の従業員に対する安全配慮義務を負う場合と同じく直接雇用関係がなくても責任を負うという考え方(最高裁判例昭和55年12年18日判決)と同様に評価できるからです。本件に関する最高裁の判断は,公正の理念から妥当性を有するものと考えられます。

7.(本件)例えば,バルコニーの手すりの瑕疵であっても,これにより居住者等が通常の使用をしている際に転落するという,生命又は身体を危険にさらすようなものもあり得るのであり,そのような瑕疵があればその建物には建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵があるというべきでありますから,不法行為責任が認められる可能性があります。したがいまして,上記の理論は,居住者等が当該建物の建築主からその譲渡を受けた者であっても異なるところはありませんから,相談者のケースについても適用されます。つきましては,建物に建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵があるか否か,ある場合にはそれにより被った損害(実害)があるか等不法行為責任の要件具備について詳細に検討する必要があります。

≪条文参照≫

民法
(売主の瑕疵担保責任)
第五百七十条  売買の目的物に隠れた瑕疵があったときは,第五百六十六条の規定を準用する。ただし,強制競売の場合は,この限りでない。
請負人の担保責任)
第六百三十四条  仕事の目的物に瑕疵があるときは,注文者は,請負人に対し,相当の期間を定めて,その瑕疵の修補を請求することができる。ただし,瑕疵が重要でない場合において,その修補に過分の費用を要するときは,この限りでない。
2  注文者は,瑕疵の修補に代えて,又はその修補とともに,損害賠償の請求をすることができる。この場合においては,第五百三十三条の規定を準用する。
(請負人の担保責任の存続期間)
第六百三十七条  前三条の規定による瑕疵の修補又は損害賠償の請求及び契約の解除は,仕事の目的物を引き渡した時から一年以内にしなければならない。
2  仕事の目的物の引渡しを要しない場合には,前項の期間は,仕事が終了した時から起算する。
第六百三十八条  建物その他の土地の工作物の請負人は,その工作物又は地盤の瑕疵について,引渡しの後五年間その担保の責任を負う。ただし,この期間は,石造,土造,れんが造,コンクリート造,金属造その他これらに類する構造の工作物については,十年とする。
2  工作物が前項の瑕疵によって滅失し,又は損傷したときは,注文者は,その滅失又は損傷の時から一年以内に,第六百三十四条の規定による権利を行使しなければならない。
(担保責任の存続期間の伸長)
第六百三十九条  第六百三十七条及び前条第一項の期間は,第百六十七条の規定による消滅時効の期間内に限り,契約で伸長することができる。
(担保責任を負わない旨の特約)
第六百四十条  請負人は,第六百三十四条又は第六百三十五条の規定による担保の責任を負わない旨の特約をしたときであっても,知りながら告げなかった事実については,その責任を免れることができない。
(不法行為による損害賠償)
第七百九条  故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は,これによって生じた損害を賠償する責任を負う。

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