新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.953、2010/1/21 15:11

【民事・花火大会の観望を妨げるマンション建築・眺望、景観の利益は保護されるか】

質問:私は,会社を経営するものですが,あるマンション建築業者が建築分譲する13階建て新築マンションの一室を約3000万円で購入し,私の費用負担で取引先接待のための一定の改造もしました。私は,建築業者の販売担当者に,会社の取引先を接待するために本件マンションの一室を購入したいこと,その部屋で東京湾花火大会のときに取引先を呼んで接待するために使用することを告げていました。ところが,販売後,本件マンションの近くに同じ建築業者が新たに土地を取得し別のマンションを建設し,これによって,私の購入した部屋から観覧できた花火大会の花火が見えなくなってしまいました。そこで花火を観覧できなくなったことによるマンションの価値の低下と財産的損害,花火の観覧ができなくなったため改造工事費用が無駄になったという財産的損害,及び慰謝料を請求したいと考えています。私の請求は認められるでしょうか。

回答:
1.まず、貴方には、花火大会等景観を楽しむことができるという眺望する利益、景観を楽しむ利益(権利)が認められます。
2.原則として、眺望権の侵害は違法性を有しませんが、販売業者が、貴方のマンション取得当時から、近隣に眺望を害するマンションを建築する予定であったのに販売したという特別な事情がある場合には、花火大会見物のための改修費、眺望を妨げられたことによるマンションの価値下落分を立証して損害賠償として請求できます。
3.その理論的根拠ですが、契約上の信義則(民法1条)から認められるマンション建築予定についての告知義務違反について違法性が認められ不法行為責任(民法709条、710条)になると思います。すなわち、建築予定を知り又は、調査をすれば知ることができたのに告げずに契約した場合には、責めに帰すべき事由(故意、過失等の違法性)が認められ相当因果関係の損害賠償を不法行為責任として問うことができます。
4.理論的には債務不履行責任も考えられますが、景観、眺望の利益を保護するためには契約当事者以外の人に対しても主張立証可能な不法行為の構成が妥当であると考えられます。契約責任であれば、契約当事者以外の者に対して損害賠償、差し止め請求等の妨害排除請求ができない不都合があります。
5. 法律相談事例集キーワード検索913番732番432番419番410番100番を参照してください。

解説:
1.(眺望権)花火大会を見ることができるという利益は直接民法等法規に規定されていませんが、そもそもどのような権利、利益として位置づけすることができるでしょうか。

2.明確な規定がありませんが、憲法13条幸福追求権から人格権の一つとして眺望、景観を楽しむ権利が認められます。

3.(理由)その根拠は、憲法13条の幸福追求権です。「日本国憲法13条 すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。」 と規定されています。この条文の趣旨は、人は個人の尊厳を守るため生まれながらに自由であり基本的人権を有し、個別具体的な、憲法や法律の条文が無くても、幸福に生活する権利(人間が生まれながらにもっている自然権を意味します)を有している、というものです。この規定は、本来自由な人間が制約を受けるのは自らの意思に基づく他人との契約、社会、国家との契約(民主主義に基づき自ら代表者を選び国家、法規を作った責任)及び、その契約に基づく社会全体の利益(憲法12条、13条が明記する公共の福祉、公共の利益)によるという、自由主義を大前提に規定されています。
 従って、その様な制約に反しない限り、人間はいつでもどこでも社会生活をする上で保護されるべき利益がある限り、具体的法規がなくても人間とし有する法的権利として主張することが可能なのです。例えば、人格権、肖像権などもその一つです。日本国憲法施行当時は、今のように、建築ラッシュもなく高層住宅も存在しませんでした。建築技術も遅れていましたし、景観、眺望が侵害されるような事態は想定しなかったと思います。また、何が生活の利益なのかという問題も、時代によって変化するものであり、憲法施行後、建築技術の革新により、高層住宅の出現により景観、眺望の保護は平穏な私生活の維持に必要になりました。従って、個人の尊厳保持の大前提となる私生活の平穏、利益を事実上保護するため景観、眺望の利益保護も必要であり、法的保護に値する権利として認められるのです。自然権の思想をもとに景観、眺望の利益も人格権の一態様として保護されるべきです。

4.(違法性の問題点)問題は、どのような場合に眺望の利益を侵害したか、不法行為の要件としての違法性があるかという問題です。なぜなら、眺望を阻害する建築物でも、他人の所有権の絶対、営業、生活の自由により保護の対象になるからです。

5.違法性の有無の判断は、被侵害利益と侵害利益(他人の権利を侵害して得られる利益)の相関関係から総合的に判断されることになりますが、加害行為の違法性判断は、加害者、被害者のきめ細かな利益考量が必要であり、おもに、@被害の内容・程度A加害行為の態様B当事者間の交渉経過C建築等規制基準との関係D地域性の要素E先住性(建物利用の先後関係)F被害回避の可能性、G眺望が、個人の好みという主観的感情を超えて、文化的・社会的にみて客観的価値を有するかどうか。H眺望が、これを享受する者の生活に重要な価値を有しているかどうか。という要素が考えられます。

6.(権利侵害に対する当事者の故意過失)眺望、景観の利益侵害については当事者が、侵害の危険性を前もって情報として知っていたか、知ることができるような場合に不法行為の主観的要件も認められるものと考えらえます。

7.本件では、売主が、業者であり、信義則上、情報力、営業力から、事前に、不動産を取得して景観を妨害するマンションを建てる予定を知っているか、知りうることができる状態であれば、法的責任が認められることになるでしょう。又、広告等で、花火大会の眺望、景観を特色としてマンションを販売していれば、その後、近隣地を取得してマンションを建築した場合でも信義則上何らかの損害賠償の責任が生じると思われます。損害額の算定にあたっては、立証された景観、眺望権侵害による相当因果関係の範囲にとどまるものと考えらえます。慰謝料については、後記判例東京地裁平成18年12月8日判決を参照してください。

8.(判例)横浜地方裁判所小田原支部平成21年4月6日民事部決定建物建築禁止仮処分命令申立事件。真鶴半島、相模湾を望む別荘地の所有者に眺望の利益を人格権の一つとして認め、事前の協議なしに建築しようとしていた隣人に対する建築禁止の仮処分を認めています。
 決定内容。「(1)一般に、ある一定の場所から見ることのできる周囲の景観、遠方の自然風物や人工物に対する見晴らしが、人に視覚上の美的満足や心理的な解放感などをもたらす作用を有する場合において、その場所を所有又は占有するなどして、その場所からの良好な眺望を享受している者は、良好な眺望の恵沢を享受する利益(以下「眺望利益」という。)を有し、その利益が違法に侵害された場合には、法律上の救済が与えられると解するのが相当である(なお、その法的性質は、個人の人格的利益又は生活利益の一内容をなすものと考えるべきであって、物権とは異なる。したがって、本件において、債権者土地建物の所有権に基づく請求として、眺望利益の侵害をいう債権者の主張は失当である。)。もっとも、人格的利益として法的保護に値する眺望利益があるといい得るためには、その眺望が、人格的生存に重要な価値を与えるものとして社会から承認されるべき重要性を備える必要がある。
 したがって、眺望利益の存在が認められるためには、〔1〕その場所からの眺望が、個人の好みという主観的感情を超えて、文化的・社会的にみて客観的価値を有するといえる場合でなければならない。加えて、〔2〕その眺望を享受している者とその場所との関わりの程度及び経緯等の事情に照らし、その眺望が、これを享受する者の生活に重要な価値を有していると認められることも必要であるというべきである。」

9.(損害賠償責任を認めない従前の判例の傾向)マンションの眺望を気に入って購入したが,その後,眺望を妨げる建物が建築された場合(その建物の建築が法令に違反していないことが前提となります),買主は,売主に対して損害賠償ができるのか,という問題について、これまでの判例は,「眺望自体,その性質上,周囲の環境の変化に伴い不断に変化するものであって,永久的かつ独占的にこれを享受し得るものとは言い難い」(東京地裁平成5年11月29日判決),「眺望の利益は,土地や建物の所有ないし占有と密接に結びついた生活利益ではあるが,右土地や建物の所有者ないし占有者がその土地や建物自体について有する排他的,独占的な支配と同じように享受し得るものではなく,基本的に,その土地や建物と眺望の対象との間に遮るものが存在しないという,周囲の客観的状況や,原則として他人が排他的,独占的に利用し得る空間の利用態様によって享受し得る利益に過ぎない」(大阪地裁平成11年4月26日判決)とするなど,原則として,損害賠償請求を否定する判断をしています。

10.(例外)これに対して,例外的に,@売主自らが,眺望を売りにして販売しながらその眺望を害する建物を建築する場合(他の業者に敷地を販売してその業者が建物を建築する場合も含む。大阪地裁昭和61年12月12日判決,大阪地裁平成5年12月9日判決,横浜地裁平成8年2月16日判決),A眺望を害する建物の建築が他の業者により計画されているのを知っていながら,眺望を売りにして販売する場合,B眺望を害するような建物は建たないといった誤情報を過失により提供した場合(東京高裁平成11年9月8日判決)等について,売主の買主に対する責任を肯定する事案があります。(本件の場合)本件は,上記の例外@に準じる事例ですが,建築業者は,建物を建築する予定があるのに,予定がないと騙し,建物は建てないと保証をして販売したわけではないので,限界事例の一つといえます。

11.(判例)本件と 本件と同様の事案(原告1,2=共同買主。原告3=原告1が経営する会社。被告=建築会社。)で,判例(東京地裁平成18年12月8日判決)は,「本件マンションを購入しようとする者の多くが,隅田川花火大会の話題を持ち出しており,原告1と建築会社の販売担当者の面談の際にも,花火大会のことが話に上がったと認められるところ,被告は日当たりの良い南西向きの部屋を推奨しており,当時,南西向きの部屋は残っていたにもかかわらず,原告1が北東向きの604号室をあえて購入したことから,原告1が604号室を購入したのは,隅田川花火大会の際に花火が見えるということを重視したと考えるのが自然である。実際に,原告らは購入後に2室の壁を取り払い1室とする改造を行っており,このことからも取引先接待のためであったという点は十分うなずけるところである。したがって,原告らは,隅田川花火大会の花火が観覧できるという北東向きの部屋の特徴を重視し,これを取引先接待にも使えるという考えの下に604号室を購入したものであり,被告においてもこれを知っていたということが認められる。 ・・・そして,隅田川花火大会をめぐる状況からして,室内から鑑賞できるということは,取引先接待という観点からみると少なからぬ価値を有していたと認められることを考慮すると,被告は,原告らに対し,信義則上,604号室からの花火の観望を妨げないように配慮すべき義務を負っていたといえる。被告は本件マンション販売後に,マンションの眺望を害するマンションを建築し,花火が完全に見えない状態にしてしまったのであり,被告の建築は,信義則上の義務に違反しており,原告らに生じた損害を賠償しなければならない。
 ・・・しかし,本件マンションにおいては,花火が見える北東向きの各部屋に花火が見えることを理由とした特別な価格設定をした形跡は見当たらず,花火を観覧できることが価格設定の一要素になっていたとしても,どの程度のものであったかについての証明はできておらず,原告1,原告2の財産上の損害についてはこれを認めるに足りない。原告3については,工事費用を立て替えたものに過ぎないとみることも可能であり,原告3が独自の損害として賠償できるのか疑問が残る。また,2室の壁を取り払って1室にする工事により,花火の観覧ができなくなったからといっても,まったく価値を失ってしまったのかという点は疑問である。
 ・・・原告らの慰謝料については,改造工事までしたのに花火大会を室内から鑑賞するという目的には使えなくなったのであり,また,原告らが花火大会を観覧するために購入したということを知りながら,わずか1年もたたずにその観覧を妨げるマンションの工事に自ら着手しており,これらの被告の行為態様も慰謝料算定の一事由として考慮すべきである。他方で,眺望の利益は本件のように被告自身が侵害したといった特殊な事案を除き,いつか誰かが同様の建物を建築することも考えられたのであり,この点も考慮すべきである。以上の諸要素を勘案すると,原告1には42万円を,原告2には18万円の慰謝料が相当である。 」と判断し,建築業者(売主)には信義則上の義務の違反があり,不法行為の成立を認め,買主の損害を賠償しなければならないとしました。

12.(まとめ)このように,上記の判例は,本来保護されないはずの眺望利益を害したことを不法行為と認めた重要なものといえ,かかる判例の考えを踏襲すれば,あなたの場合も,一定の損害賠償請求が認められる可能性がありますが,特に,財産上の損害については,その根拠について十分な理論付けが必要になると思われます。

≪参考条文≫

憲法
第十二条  この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。又、国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。
第十三条  すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。

民法
(不法行為による損害賠償)
第七百九条  故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は,これによって生じた損害を賠償する責任を負う。
(財産以外の損害の賠償)
第七百十条  他人の身体,自由若しくは名誉を侵害した場合又は他人の財産権を侵害した場合のいずれであるかを問わず,前条の規定により損害賠償の責任を負う者は,財産以外の損害に対しても,その賠償をしなければならない。

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