新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.926、2009/10/16 15:58

【民事・ペットのトリミング・請負契約・瑕疵担保責任の性質】

質問:私は、飼っている犬のトリミング(犬などの毛を刈り込んで形を整えること。)を近所のペットショップに依頼しましたが、そのペットショップは毛を刈りすぎたようで私の犬は可愛くなくなってしまいました。また、相手方の取り扱いが悪いためにペットに傷がついてしました。このような場合でも代金を払わないといけないのでしょうか?

回答:
1.トリミングが完了している場合は、代金の支払い義務が生じます。但し、トリミングが明らかに不十分な場合は、代金支払い義務が発生しないこともあります。ご質問のように毛を刈りすぎて可愛くなくなってしまった、という場合は主観的なことですから、トリミングは完了して代金支払い義務が生じていると考えられます。
2.ペットの傷については、代金支払い義務とは別に、損害賠償として請求することになります。治療費等損害として請求するか代金から減額することになります。また、あまりに傷がひどい場合は、契約の解除により、代金支払義務が消滅することも考えられます。その場合は、さらに治療費等の損害賠償も請求できます。詳しく説明しますので解説を参考にして下さい。

解説:
1.最近のペットの飼育家庭の増加により、ペットに関するトラブル相談は増加しております。また、ペットショップとのトラブルもよく相談を受けます。まず、トリミングを依頼するということが法律的にはどういうことか説明します。トリミングをペットショップに頼むことは、ペットショップに美容のためにペットの毛を刈り整えるという仕事を頼み、ペットショップがトリミングという仕事を完成した場合に代金を支払うという契約と分析できます。この様な契約は、民法所定の請負契約に該当するといえます。請負契約とは、当事者の一方がある仕事を完成することを約し、相手方がその仕事の結果に対して報酬を与えることを約することによりその効力を生じるものと規定されています(民法632条)。従って、請負契約の規定が適用になります。請負契約の特色は、売買等とは異なり労務の提供に特色がありますがこの労務が目的とする仕事の完成を目的としている点が重要です。これと似ている契約に、労働契約(民法623条)と委任契約(民法643条)があります。労働契約は労務自体そのものを提供する点に特色があり、指揮命令に従う従属性も請負とは異なりますし、仕事の完成は契約内容ではありません。極端に言うと当たり前のことですが労働者は労務を提供すれば結果に責任はありません。委任は、同じ労務の提供を内容としますが、労働契約と異なり従属性もありませんし、受任者に裁量権が認められていますので善管注意義務が課せられており、請負と類似点がありますが仕事の完成は目的としていません。労務を提供し仕事を完成すれば責任を果たしたことになります(例えば弁護士業務は委任契約ですがあくまで善管義務を持って誠実に訴訟行為を行うものであり訴訟で勝訴することを請け負うわけではありませんから、万が一敗訴しても弁護士に責任はありません。)。以上から、請負は労務供給契約であるが、仕事の完成を目的とし、目的の範囲内で、委任と同じような裁量権が認められる特色を有することになります。

2.請負契約における報酬の支払時期に関しては、第一義的には、契約自由の原則から、当事者間の約定に従うことになります。しかし、その約定がない場合には、民法の規定に従うことになります。民法においては、仕事の目的物の引渡しが必要な時は引渡しの時点、目的物の引渡しを必要としない時には仕事の完成した後に報酬を支払わなければならないと規定されています(民法633条、民法624条1項)。また、仕事の完成が前提でありますので、仕事が未完成である場合には、債務の本旨に従った履行がなされていない状態なので仕事は完成していませんから、報酬の支払いを拒否できます。また、目的物の引渡しが必要な場合には、報酬の支払いと目的物の引渡しは同時履行の関係にありますので(民法533条)、引渡しの提供があるまで、報酬の支払いを拒否できます。本件では、トリミングを終了することが仕事の完成にあたりますが、犬を注文者に引き渡すことによりが必要ですから、犬を受け取るのと引き換えにトリミングの代金を支払うことになります。そこで、ペットショップが飼い犬の毛を刈りすぎたために可愛くなくなってしまったという場合もトリミングは終了したといえるのか、問題となります。仕事の内容は注文者がどのような注文をしたかによって異なってきますから、初めの注文がどのようなもので、その注文通りトリミングができているか否かという問題になります。従って、ただ、可愛くトリミングして下さい、とか、短くカットして下さい、と注文しただけではトリミング後にこれでは不十分ですので仕事が完了していませんということにはならないでしょう。どのような注文をしたかということは、裁判では注文者が主張立証する必要がありますから、注文の際には具体的に書面や写真を示して注文する必要があります。 

本件の場合、初めにどんな注文をしたか不明ということになると一般的なトリミングが行われれば、請負契約の仕事は一応完成したものと評価できます。仕事が完了していたとすると代金の支払い義務が生じますが、仕事が不十分な場合は注文者の保護が必要となります。この点、民法では、仕事の目的物に瑕疵がある場合には別途、請負人の瑕疵担保責任を追及できるものと規定されています。そこで、仕事の未完成と仕事は完成したが目的物の瑕疵がある場合の区別が問題となります。一般的な基準としては、仕事が予定された最後の工程を終えない場合は未完成であり、予定された最後の工程まで仕事が一応終了したが、その内容が不完全なため修補を加えなければ完全な物とはならないという場合は、仕事の目的物に瑕疵がある場合に該当すると考えられています。

ここで、一般の人には理解しにくいと考えられる仕事がまだ完成していない場合の債務不履行責任と、仕事は完成したが完成した結果に依頼した内容と異なる瑕疵があるという瑕疵担保責任の違い、根拠について説明します。その違いは、債務不履行責任とは、契約自由の原則から当事者が締結した契約の債務がまだ履行されていない場合の当然の責任です。約束した債務を利用していないのですから当たり前の責任です。これに対して瑕疵担保責任は、法が認めた特別責任と考えるのが通常です。通常だというのは判例、通説(学説上のほぼ一致した意見ですが、反対説もあります)ということです。理論的には本来認められない責任であるが、法が特別に認めた責任でありその根拠は当事者の公平、すなわち私的自治の原則に内在する信義誠実、公平の原則を根拠としています(民法1条)。どういうことかというと、請負契約は前述のごとく労務供給契約の一形態で、委任と異なるのは、仕事が完成することを目的としているところに特色があります。従って、契約した労務をすべて提供して目的物を完成すると理論上請負の契約は履行されたことになるのです。これは特定物の売買と同じ構成になります。事例集882番815番813番を参照してください。

完成した目的物に瑕疵がある以上債務が履行されていなのではないかと考えることもできそうですが、請負は基本的に労務提供が債務の内容ですから、約束した労務を提供し仕事が完成していると履行は終了していることに理論上なるのです。しかし、債務を履行しても、完成した結果に瑕疵があれば有償契約上(結果に対する対価を支払っている)不公平なので契約内容、性質に応じて瑕疵担保責任を認めています(公平上認められ責任なので売買の瑕疵担保の内容とは異なります)。どうしてこの違いを説明するかというと、瑕疵担保責任は、例外的に法が認めた責任なので、早期の権利関係確定のため除斥期間が定められて期間が短縮されています。契約自由の原則から債務不履行責任の時効期間は基本的に10年(民法167条)ですが、担保責任は1年という短期間ということになります。時効期間と除斥期間の違いはここにあります。さらに、売買(民法570条)と異なり、「隠れた瑕疵」である必要はありません。売買の場合事前に瑕疵を知っていれば契約代金を減額できますが、請負の契約時点で目的物は完成しておらず瑕疵を理由に請負代金を決めることができず、公平上損害賠償、補修請求の額で問題となるからです。

3.そこで、次にトリミングは終了したが不十分だったことを理由にどのような請求ができるのか説明します。請負契約の瑕疵担保責任の内容としては、瑕疵修補請求、損害賠償請求、解除が認められています。具体的には、仕事の目的物に瑕疵がある場合には、注文者は請負人に対し相当の期限を定めてその瑕疵の修補を請求することができます(民法634条1項)。ただし、その瑕疵が重要ではなく、修補に過分の費用が掛かる時には修補請求は出来ないとされています。次に、注文者は、請負人に対して、前記修補請求に代えて又は修補請求とともに損害賠償の請求をすることが出来ます(民法634条2項)。そして、仕事の目的物に瑕疵があり、その瑕疵のために契約の目的を達することが出来ない場合には、注文者は契約の解除ができます。しかし、目的物が建物その他の土地工作物の場合には解除できません(民法635条)。

以上が、請負契約の瑕疵担保責任に関する民法の規定です。以下では、本件の場合にどのような扱いがなされるか検討します。毛を刈りすぎて可愛くなくなったことが仕事の目的物の瑕疵といえるかどうかが、まず問題になるといえます。外形上の不具合も瑕疵に該当すると考えられていますが、可愛いか否か、あるいは毛の長さはどうかという問題は、飼い主の極めて主観的な判断によるものであり、瑕疵と認められるか難しい判断となります。単に飼い主が可愛くないと思っただけでは瑕疵とは認められないでしょう。しかし、トリミングを依頼する時点で、写真などで具体的な毛の長さや刈り方について明確に取り決めを交わしていた場合には、仕上がりがそれと明らかに違うときは瑕疵があると認められるといえます。従いまして、トリミングを依頼する場合にはできるだけ具体的に刈り方等について明確に取り決めをした方が良いでしょう。瑕疵と認められ、刈りすぎについて手直しが可能である時は、瑕疵修補請求として手直しを求めることができます。その際、手直しが終わるまで代金の支払いを拒否できます。また、手直しが不可能な時は、契約の目的を達することが出来ませんので契約を解除することが出来ます。この場合、契約は解除されますので、代金の支払いは必要ありません。さらに理論的には損害賠償請求の余地もありますが、毛を刈りすぎたことによる損害の算定が難しいため、難しいといえます。

4.次に、ペットに傷を付けられたことに関してですが、この場合も当初依頼していたトリミングは終了したものといえますので、請負契約の仕事は一応完成したものと評価でき、仕事は一応終わっていますので、報酬請求権は生じます。その上で、仕事の目的物の瑕疵といえるかどうかが問題になり、瑕疵担保責任の有無を検討することになります。そして、仕事の目的物であるペットに傷を付けたことは明らかに瑕疵に該当するといえますので、あなたはペットショップに対して、瑕疵担保責任を追及することができます。すなわち、瑕疵修補請求として犬の傷の治療を請求することができ、また、それに代えて治療費を損害賠償請求することができます。この場合、瑕疵修補又は損害賠償が終わるまで、代金の支払いを拒否できます。また、傷の程度が重く治療が出来ないほどのものであれば、契約の解除をすることも可能でしょう。

<参照条文>

民法
(請負)
第632条 請負は、当事者の一方がある仕事を完成することを約し、相手方がその仕事の結果に対してその報酬を支払うことを約することによって、その効力を生ずる。
(報酬の支払時期)
第633条 報酬は、仕事の目的物の引渡しと同時に、支払わなければならない。ただし、物の引渡しを要しないときは、第624条第1項の規定を準用する。
(請負人の担保責任)
第634条 仕事の目的物に瑕疵があるときは、注文者は、請負人に対し、相当の期間を定めて、その瑕疵の修補を請求することができる。ただし、瑕疵が重要でない場合において、その修補に過分の費用を要するときは、この限りでない。
2 注文者は、瑕疵の修補に代えて、又はその修補とともに、損害賠償の請求をすることができる。この場合においては、第533条の規定を準用する。
第635条 仕事の目的物に瑕疵があり、そのために契約をした目的を達することができないときは、注文者は、契約の解除をすることができる。ただし、建物その他の土地の工作物については、この限りでない。

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