新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.865、2009/5/12 18:15

【民事・寄託と準委任・善管注意義務・自己の財産に対するのと同一の注意義務】

質問:旅行に出かけるので、友人に犬(パピヨン)を預けました。帰ってくると、友人から、犬が骨折したので病院に連れて行った、病院代を支払って欲しいと言われました。病院代は約30万円です。聞けば、散歩中に歩道橋の下りの階段で足を踏み外したとのことでした。預ける時には、パピヨンは、骨が細くて骨折しやすい犬種なので十分に注意して欲しい、とお願いしています。この場合、治療費を先方に負担してもらうことはできないのでしょうか。

回答:友人に犬を預ける(世話を頼む)という行為は、民法の寄託契約(民法第657条)に該当します。今回、友人に犬の世話を無償でお願いしていて、友人が、自分の飼い犬に対するのと同じ世話をしていれば、寄託契約の義務を果たしていることになりますので、骨折について、友人の責任を追及することはできず、病院代を負担してもらうのは難しいということになります。すなわち、特別の事情がない限り、貴方が30万円を負担することになります。

解説:
1.貴方は、友人に旅行中飼い犬を預けていますので、このような行為が法的にいかなる契約になるか問題になります。犬を預け「保管」を依頼していますので、寄託契約(民法第657条)になるように考えられますが、犬を預けるという面は「事務の委託」という面もあり、準委任(民法655条)にも該当するように思われるからです。もっと具体的に言えば、本件のように無償の寄託の受寄者の注意義務は、民法679条「自己の財産に対するのと同一の注意義務」であり、他方、準委任契約による受任者の注意義務は、民法644条「善管注意義務」ですから、注意義務の内容、程度が法的に異なるので重要な問題になります。

2.そこで、一見すると文言上似通っている「寄託、保管」と「準委任、事務の委託」の違いはどこにあるかを明らかにする必要があります。その違いは、依頼される者に目的物の保管、事務処理について信頼関係による裁量権があるかどうかという点にあります。以下説明します。

3.寄託契約とは、「当事者の一方(受寄者)が、相手方(寄託者)のために保管することを約して、あるものを受け取ることにより成立する契約(民法第657条)」です。原則的に、無償片務契約です。すなわち、報酬がなく、寄託者のために保管するという受寄者にのみ債務が生じる契約です。この契約は、無償であっても自ら保管する義務(民法658条1項)、権利を主張する者があらわれた場合の寄託者に対する通知義務(民法660条)、返還義務(民法662条、623条、寄託者は何時でも返還を請求できますが、受寄者は期限があれば勝手に返還はできません。)が課せられるだけで、基本的に目的物保管により受寄者には何ら利益はありません。従って、受寄者の注意義務は、個々人の能力にかかわりなく保管人として通常一般人が通常要求される標準的高度な注意義務(善管注意義務、例えばペットホテルの従業員の注意義務、)は要求されることはなく、公平上善管注意義務よりも程度が低い、「自己の財産に対するのと同一の注意義務」すなわち、具体的に保管を依頼された者が、注意義務の程度が低い人であれば、保管者の具体的能力を基準に注意義務の程度が判断されることになります(ペットを保管した経験がなければその能力を基準にします)。この注意義務の根拠は片務契約性に求められます。例外的に、寄託者が報酬を支払う場合は、双方対等の関係になり、寄託者が報酬支払い義務を負担し、その報酬の対価として、受寄者(保管者)は、注意義務の程度が高くなり、保管者として標準的一般人が要求される善管注意義務を負うことになります(民法400条の解釈から認められます)。この場合の注意義務の根拠は、報酬の対価にその根拠があります。寄託契約の注意義務の内容は、片務、双務、無償、有償かどうかにより決められることになります。又、寄託契約の特色として、後述の委任契約と異なり当事者間には、特別な信頼関係はありませんし、保管者に裁量権もありません。すなわち保管する者は寄託者の契約に基づく指示通りに事実的保管行為を行うもので、自らの意思により保管内容について判断、決定して行為を行うものではありません。

4.他方、準委任契約と委任契約との違ですが、委任契約が法律行為の委託をする契約であるのに対し(民法643条、例えば、代理、弁護士への委任等)、準委任は事務という事実行為を委託する契約ですが、委任の規定が全て準用されています。準委任契約は、寄託と同じように委託により事実行為を行い原則は無償、片務契約ですし、寄託と同じように、自ら保管する義務、権利を主張する者があらわれた場合の寄託者に対する通知義務、返還義務を解釈上当然有するのですが、受任者は無償、片務契約でも高度な善管注意義務を負担します(民法644条)。どうして、寄託と結論が異なるかというと、準委任契約は、契約当事者間の信頼関係を基礎として成立し、受任者が委託事務処理について裁量権を有するところに理由があります。準委任者は、受任者の能力を信頼して受任者の事務処理に関し裁量権を与え事務処理という契約の目的を達しようとする契約ですから、相互の信頼により委託され裁量権を有する受任者は、対価として有償無償にかかわらず高度な善管注意義務を負うことになります(民法644条)。善管注意義務の根拠は、寄託と異なり、対価である有償無償にあるのではなく、委任の本質である信頼関係と裁量権にあります。特別な信頼関係と、裁量権の性質は、同じく事務を委託する労働契約(労働者は使用者の指揮命令に従い働き特別の信頼関係や、裁量権もありません)との違いとして説明されますが、寄託との関係でも同様の違いがあります。

5.以上から考えると、犬の保管、委託行為は、訓練やしつけを保管者の能力、裁量に任せて依頼したものではなく、単に旅行中の飼育、管理を頼んだというだけであり特別の信頼関係による裁量行為の委託ではありませんから、寄託契約と考えるのが妥当であると思います。

6.寄託、準委任の他に、無償の犬の保管は、「義務なく他人のために事務の管理を始めた者」として事務管理(民法697条)に該当するようにも思われますが、事務管理の制度趣旨は、本来迷い犬を管理したように、犬の保管という事務を行う法的義務がない者と、事務の管理により利益を受けた者(飼い主)の間の法律関係を公平に規律するのが公正な社会秩序を維持するために必要であるとの考えに基づいています。従って、本件のように依頼に関して契約関係がある場合は、契約関係の内容により解決するのが適切です。

7.次に、本件が、寄託契約として犬の保管者に「自己の財産に対するのと同一の注意義務」を怠ったかどうかという点ですが、結論から言えば、注意義務違反はないものと考えられます。保管者は通常の方で犬を散歩に連れて行っており特に、自分の通常の注意義務は果たしていると思われるからです。

8.本件では、「パピヨンは、骨が細くて骨折しやすい犬種なので十分に注意して欲しい」とお願いしていますが、この場合には、友人がパピヨンと同等の小型犬を飼っていた、あるいは飼っていたことがあって、犬の骨折について十分な知識を得ていたという事情でもない限り、無償で預けていた場合には、保管者に費用負担の請求することは難しいと考えられます。ただ、小さな高い台に乗せていて、犬を驚かせて落下させてしまった、あるいは、抱っこして歩いていて、誤って落としてしまったという状況の下での骨折であれば、保管者側に対し過失による費用負担の請求が可能になる余地があります。

9.以上から、保管者は、30万円について、保管のため必要な費用として委託者に請求することができることになります(民法655条、民法650条1項準用)。本条の「必要と認められた費用」とは、事務管理の費用請求と同じように(民法702条1項)、管理行為当時を基準として考え一般的に保管に必要なすべての費用であり、保存費、必要費、有益費の全てを含むと解釈されており受任者、受寄者を保護しています。その後不必要と判断されても請求権に影響がありません。これは、準委任、寄託ともに原則的に無償、片務契約で寄託者のための契約であり、公平上保管者の費用支出について広く保護したものと考えられます。本件の場合、10万円の犬に30万円の治療費をかけること自体常識に合わない面もありますが、寄託の性質上受寄者保護のためやむを得ない結論でしょう。

10.(判例)千葉地方裁判所平成17年2月28日判決(損害賠償請求事件)。犬の繁殖を行うブリーダー(育畜家)がペットホテルに有償で飼育管理を委託したところ6頭の犬が死亡等した事案について、原告は、寄託又は準委任を主張したが、裁判所は有償寄託契約の認定し、ペットホテル側に善管注意義務を認めて慰謝料を含む損害の一部(150万円)を認めています。
(判例)旭川地裁昭48・8・31判決(損害賠償請求事件)。酪農家に対する競走馬の有償飼育委託についてですが、裁判所は寄託契約の成立を認めています。但し、委託の趣旨が酪農と同じ方式であることを条件としており、保管者に善管注意義務でなく、自己の財産とおける同一の注意義務を認定し放牧中雪に埋もれて死亡した競走馬の保管責任を否定しています。

11.その他の費用について。 留守中、犬の世話にかかった費用は、全額を支払う必要があります(厳密に言えば、支払当日からの利息を付して支払う必要があります。民法655条、650条1項準用)。餌代など、予め判明しているものついては、事前に支払いを求められた場合には、支払わなければなりません(民法655条、民法649条準用)。この根拠も寄託の片務契約性に求められます。

12.万一、預けた犬が友人に損害を与えた場合(例えば、散歩中にその犬が突然走り出したために、友人が転んで怪我をしたような場合)には、友人に過失がなければ(友人に過失があれば貴方に責任がなく勿論賠償は不要です)、その損害を賠償する必要があるかどうか問題になります。保管者が保管行為中に損害を受けた賠償の請求に関し、寄託契約が、665条により受任者の損害賠償請求の規定である650条3項「受任者は、委任事務を処理するため自己に過失なく損害を受けたときは、委任者に対し、その賠償を請求することができる。」を特に準用していないことから、寄託者が、過失なくして保管行為により損害を受けても寄託者に過失がない以上賠償を請求することができないのではないかという疑問が生じます。本来損害賠償請求は相手方の過失を必要としますが、委任の規定650条3項の趣旨は、受任者の高度の注意義務から委託行為から生じた損害であれば相手方である委任者の過失は不要であるとして、公平上委任者の結果責任を認めたものです。従って、高度な注意義務を持たない寄託の損害賠償請求には準用されていませんから、寄託者側に指示の誤りなど何らかの過失行為が必要となるでしょう。

13.費用を請求する立場の場合。 あなたがペットを預かり、その際にかかった費用を請求する側で、飼い主が支払ってくれない場合には、「少額訴訟」を利用されることを検討されるとよいでしょう。「少額訴訟」についての詳細は、当事務所の相談事例集のNO.512号に書いてありますので、ご参考下さい。

14.最近、ペットを飼う人が増え、それに伴い、ペットに関するトラブルも増えています。旅行など、留守にする際の世話については、家族、友人にお願いする、あるいは、ペットホテルを利用することになりますが、保管の相手方が、その動物の取扱に慣れている人か(犬であれば、犬を飼ったことがある人か、その犬種の特性を熟知しているか、)を確認することも必要です。

<参照条文:民法>
(委任)
第643条  委任は、当事者の一方が法律行為をすることを相手方に委託し、相手方がこれを承諾することによって、その効力を生ずる。(受任者の注意義務)
第644条  受任者は、委任の本旨に従い、善良な管理者の注意をもって、委任事務を処理する義務を負う。
(受任者による報告)
第645条  受任者は、委任者の請求があるときは、いつでも委任事務の処理の状況を報告し、委任が終了した後は、遅滞なくその経過及び結果を報告しなければならない。
(受任者による受取物の引渡し等)
第846条  受任者は、委任事務を処理するに当たって受け取った金銭その他の物を委任者に引き渡さなければならない。その収取した果実についても、同様とする。
2  受任者は、委任者のために自己の名で取得した権利を委任者に移転しなければならない。
(受任者の金銭の消費についての責任)
第547条  受任者は、委任者に引き渡すべき金額又はその利益のために用いるべき金額を自己のために消費したときは、その消費した日以後の利息を支払わなければならない。この場合において、なお損害があるときは、その賠償の責任を負う。
(受任者の報酬)
第648条  受任者は、特約がなければ、委任者に対して報酬を請求することができない。
2  受任者は、報酬を受けるべき場合には、委任事務を履行した後でなければ、これを請求することができない。ただし、期間によって報酬を定めたときは、第六百二十四条第二項の規定を準用する。
3  委任が受任者の責めに帰することができない事由によって履行の中途で終了したときは、受任者は、既にした履行の割合に応じて報酬を請求することができる。
(受任者による費用の前払請求)
第649条  委任事務を処理するについて費用を要するときは、委任者は、受任者の請求により、その前払をしなければならない。
(受任者による費用等の償還請求等)
第650条  受任者は、委任事務を処理するのに必要と認められる費用を支出したときは、委任者に対し、その費用及び支出の日以後におけるその利息の償還を請求することができる。
2  受任者は、委任事務を処理するのに必要と認められる債務を負担したときは、委任者に対し、自己に代わってその弁済をすることを請求することができる。この場合において、その債務が弁済期にないときは、委任者に対し、相当の担保を供させることができる。
3  受任者は、委任事務を処理するため自己に過失なく損害を受けたときは、委任者に対し、その賠償を請求することができる。
(準委任)
第655条  この節の規定は、法律行為でない事務の委託について準用する。
(寄託)
第657条 寄託は、当事者の一方が相手方のために保管をすることを約してある物を受け取ることによって、その効力を生ずる。
(寄託物の使用及び第三者による保管)
第658条 受寄者は、寄託者の承諾を得なければ、寄託物を使用し、又は第三者にこれを保管させることができない。
2 第105条及び第107条第2項の規定は、受寄者が第三者に寄託物を保管させることができる場合について準用する。
(無償受寄者の注意義務)
第659条 無報酬で寄託を受けた者は、自己の財産に対するのと同一の注意をもって、寄託物を保管する義務を負う。
(受寄者の通知義務)
第660条 寄託物について権利を主張する第三者が受寄者に対して訴えを提起し、又は差押え、仮差押え若しくは仮処分をしたときは、受寄者は、遅滞なくその事実を寄託者に通知しなければならない。
(寄託者による損害賠償)
第661条 寄託者は、寄託物の性質又は瑕疵によって生じた損害を受寄者に賠償しなければならない。ただし、寄託者が過失なくその性質若しくは瑕疵を知らなかったとき、又は受寄者がこれを知っていたときは、この限りでない。
(寄託者による返還請求)
第662条 当事者が寄託物の返還の時期を定めたときであっても、寄託者は、いつでもその返還を請求することができる。
(寄託物の返還の時期)
第663条 当事者が寄託物の返還の時期を定めなかったときは、受寄者は、いつでもその返還をすることができる。
2 返還の時期の定めがあるときは、受寄者は、やむを得ない事由がなければ、その期限前に返還をすることができない。
(寄託物の返還の場所)
第664条 寄託物の返還は、その保管をすべき場所でしなければならない。ただし、受寄者が正当な事由によってその物を保管する場所を変更したときは、その現在の場所で返還をすることができる。
(委任の規定の準用)
第665条 第646条から第650条まで(同条第3項を除く。)の規定は、寄託について準用する。
(消費寄託)
第666条 第5節(消費貸借)の規定は、受寄者が契約により寄託物を消費することができる場合について準用する。
2 前項において準用する第591条第1項の規定にかかわらず、前項の契約に返還の時期を定めなかったときは、寄託者は、いつでも返還を請求することができる。
第三章 事務管理
(事務管理)
第697条  義務なく他人のために事務の管理を始めた者(以下この章において「管理者」という。)は、その事務の性質に従い、最も本人の利益に適合する方法によって、その事務の管理(以下「事務管理」という。)をしなければならない。
(管理者による費用の償還請求等)
第702条  管理者は、本人のために有益な費用を支出したときは、本人に対し、その償還を請求することができる。
2  第六百五十条第二項の規定は、管理者が本人のために有益な債務を負担した場合について準用する。
3  管理者が本人の意思に反して事務管理をしたときは、本人が現に利益を受けている限度においてのみ、前二項の規定を適用する。

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