新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.814、2008/11/11 17:43 https://www.shinginza.com/qa-souzoku.htm

【相続・遺留分減殺請求手続・手続・減殺請求後の権利の確定は共有物分割か遺産分割手続か】

質問:先日,父が遺言を残して亡くなったのですが,遺言書の内容は,唯一の財産である土地を兄に相続させる,というものでした。母は,既に亡くなっておりますので,法定相続人は,私たち2人兄弟だけです。遺留分が認められるということを聞いたことがありますが,具体的には,どのような手続をとれば良いのでしょうか。

回答:
1.まず,遺留分減殺請求の意思表示をする必要があります(民法1031条)。証拠を残すため内容証明郵便で行うとよいでしょう。
2.次にお兄さんと話し合いを求め,まとまらなければ家事調停を提起することになります(家事審判法18条1,2本文)。
3.調停でもまとまらなければ,家事審判法による遺産分割の審判手続きではなく,民法の一般原則による共有物分割手続きを申し立て具体的な取り分を請求することになります(民法256条)。
4.手続きについては,事務所事例集,法の支配と民事訴訟実務入門,「各論8,遺留分減殺請求。形成権の性質,根拠。」を参照してください。

解説:
まず,遺留分に関する規定の解釈,理解には遺留分制度の基本的理解が不可欠です。遺留分制度は相続制度の本質からは例外的な位置づけになります。私法の基本法である民法は財産法と身分法に分かれ,身分法は親族法と相続法に分かれていますが,この相続法(財産法も)の源は,私有財産制です(憲法29条)。自由主義国家における私法関係の基本構造は,私有財産制と私的自治の原則(あまりに当然のことであり直接の規定はありません。民法1条,その他)により成り立っており,公正な社会秩序全体の発展の基礎としています。私有財産制は,所有する一切の財産権の自由処分をその内容にしますので,所有者の死亡後の財産処分もおのずから自由であり,国家は基本的にこれを介入,制限できません。これを遺言自由,優先の原則といいます(民法882条以下)。法定相続権の理論的根拠も同一です(被相続人の推定的意思)。

しかし,遺産の維持,形成は,法的に評価できない家族の精神的,財産的寄与なくしては存在しないでしょうし,遺産により事実上生活してきたものの生活権,期待権を無視することもできません。もともと私有財産制の目的は公正な社会秩序の形成による実質的な個人の尊厳保障にありますから(憲法13条),残された家族の生活保障を考慮し私有財産制の例外として一定額の財産請求権を法定相続人に認めたのです。このように遺留分の権利は,被相続人の意思及び推定的意思に基づく相続制度とは異なり,相続人側の期待権,生活権を保障することが主な目的とする例外的権利ですから,利益を受ける相続人が意思表示(遺留分減殺請求)をした時に,個々の具体的権利を突然発生させる権利(地位)とされ,学問上は形成権であるとされています。そのような権利であるため,権利の存続期間も(早期の権利確定のため)通常の権利と異なり,時効期間ではなく除斥期間(時効中断はない)と解釈され短期間(民法1042条,1年,10年です)になっているのです。又,相続人を保護する単なる計算上の財産的請求権であり,理論的に相続における通常の遺産分割協議の対象にならず,一般財産の共有物分割請求(民法256条)の問題となるわけです。以下詳しく説明いたします。

1.はじめに
あなたがおっしゃるように,民法上,被相続人(亡くなって相続が発生する方)の子には,遺留分が認められています。遺留分とは,たとえ遺言があったとしても,侵害することができない相続分をいい,子に認められる遺留分の割合は法定相続分の2分の1とされています(同法1028条2号)。本件では,相続人は,あなたとお兄さんだけですので,あなたに認められる遺留分は,相続財産の4分の1となります。

2.減殺請求の必要性
遺留分を主張するには,遺留分減殺請求の意思表示をすることが必要であり,遺留分権利者は,相続の開始及び減殺すべき贈与又は遺贈があったことを知ったときから1年間,意思表示をしないと,遺留分は時効によって消滅します(民法1042条)。

3.具体的手続
(1)内容証明郵便による通知,裁判外での協議
遺留分減殺請求権については,その権利の行使は受贈者(贈与を受けた者)又は受遺者(遺贈を受けた者)に対する裁判外の意思表示によってなせば足り,必ずしも裁判上の請求による必要はないとするのが判例(最高裁昭和41年7月14日判決)です。したがって,通常は,上記の消滅時効にかかる前に,まず,配達証明付き内容証明郵便で相手方に対して遺留分減殺請求を行使する意思を通知した上で,遺留分に相当する財産を取得すべく,相手方と裁判外で協議(交渉)することになるでしょう。内容証明の文面は,被相続人の氏名や相続開始日(亡くなった日)や具体的贈与・遺贈を特定して,この贈与が自分の遺留分を侵害しているのでこれを減殺します,権利移転の手続に協力して下さい,という旨を記載します。間違えると効力を生じない恐れもありますので弁護士などの専門家に相談なさる事をお勧め致します。書式例です。https://www.shinginza.com/download-gensai.doc

(2)調停手続
しかし,相手方との協議が成立しない場合には,裁判手続を採らざるを得ません。遺留分減殺請求事件は,終局的には,民事訴訟で処理されるべき事件ですが(民事訴訟法第5条14),遺言・相続に関する事件であるため,家事調停の対象とされており,家事調停の対象となる事件については,調停前置主義の建前がありますので(家事審判法18条1,2本文),原則として,訴訟提起の前に,家庭裁判所に対し,遺留分減殺による物件返還請求調停を申立てる必要があります。調停の呼び出しを行っても相手方が出頭しない場合や,調停期日を開いても話し合いがまとまらない場合は,調停の不成立調書が作成され,次の手続に移行します。

(3)訴訟手続
調停によっても解決しない場合は,民事訴訟を提起することになりますが,遺留分減殺請求権は,形成権であって,その効果は物権的な効力を有していますので(つまり,遺留分減殺請求の意思表示によって,当然に権利関係の変動し,遺留分を侵害する処分行為の効力は減殺者の遺留分を侵害する限度で失効し,減殺された財産は減殺者に帰属するということです),民事訴訟においては,遺留分減殺請求権そのものではなく,遺留分減殺請求権行使の結果生じた物権的権利又は債権的権利が訴訟物(訴訟の対象となる権利)となります。したがって,実際の訴訟では,不動産引渡請求,動産引渡請求,金銭支払請求,登記移転請求,所有権・持分権の確認などを求めることになります。

(4)共有物分割訴訟
遺留分減殺請求の対象が不動産や動産の場合は,減殺者と被減殺者との間で共有関係が生じることがありますが,この場合,その共有関係を解消するための手続が必要となります。この点,共有物分割訴訟によるべきか,遺産分割審判によるべきかが問題となりますが,この問題の本質は,遺留分減殺請求の意思表示により処分行為の効力が失われ,目的物が減殺者に復帰することの意味が,減殺者の固有財産となると解するか(固有財産説),遺産の性質を有すると解するか(遺産説)という問題に帰着します。この点,最高裁は「特定遺贈に対して遺留分権利者が,減殺請求権を行使した場合に遺留分権利者に帰属する権利は遺産分割の対象となる相続財産としての性質を有しないと解される。そして,遺言者の財産全部についての包括遺贈は,遺贈の対象となる財産を個々的に掲記する代わりにこれを包括的に表示する実質を有するもので,その限りで特定遺贈とその性質を異にするものではない」としており(最判平成8年1月26日),固有財産説を採ることを明らかにしています。したがって,実務上は,共有関係解消のためには,共有物分割訴訟によるべきことになるでしょう。

4.終わりに
以上のように,遺留分減殺請求を実現するためには,通常,時効期間内に内容証明郵便で減殺請求の意思表示を行った上で裁判外の交渉をし,もし,交渉で解決できなければ,家事調停,民事訴訟の順番で手続を取り,最後に,共有関係が生じた場合には,共有物分割訴訟の手続を取るということになります。

《参考条文》

<民事訴訟法>
(財産権上の訴え等についての管轄)
第5条 次の各号に掲げる訴えは,それぞれ当該各号に定める地を管轄する裁判所に提起することができる。
14.相続権若しくは遺留分に関する訴え又は遺贈その他死亡によって効力を生ずべき行為に関する訴え  相続開始の時における被相続人の普通裁判籍の所在地

<家事審判法>
第17 家庭裁判所は,人事に関する訴訟事件その他一般に家庭に関する事件について調停を行う。但し,第9条第1項甲類に規定する審判事件については,この限りでない。第18条 前条の規定により調停を行うことができる事件について訴を提起しようとする者は,まず家庭裁判所に調停の申立をしなければならない。
2 前項の事件について調停の申立をすることなく訴を提起した場合には,裁判所は,その事件を家庭裁判所の調停に付しなければならない。但し,裁判所が事件を調停に付することを適当でないと認めるときは,この限りでない。

<民法>
(共有物の分割請求)
第256条  各共有者は,いつでも共有物の分割を請求することができる。ただし,五年を超えない期間内は分割をしない旨の契約をすることを妨げない。
2  前項ただし書の契約は,更新することができる。ただし,その期間は,更新の時から五年を超えることができない。
(相続開始の原因)
第八百八十二条  相続は,死亡によって開始する。
(子及びその代襲者等の相続権)
第887条 被相続人の子は,相続人となる。
2 被相続人の子が,相続の開始以前に死亡したとき,又は第891条の規定に該当し,若しくは廃除によって,その相続権を失ったときは,その者の子がこれを代襲して相続人となる。ただし,被相続人の直系卑属でない者は,この限りでない。
3 前項の規定は,代襲者が,相続の開始以前に死亡し,又は第891条の規定に該当し,若しくは廃除によって,その代襲相続権を失った場合について準用する。
(法定相続分)
第900条 同順位の相続人が数人あるときは,その相続分は,次の各号の定めるところによる。
1.子及び配偶者が相続人であるときは,子の相続分及び配偶者の相続分は,各2分の1とする。
2.配偶者及び直系尊属が相続人であるときは,配偶者の相続分は,3分の2とし,直系尊属の相続分は,3分の1とする。
3.配偶者及び兄弟姉妹が相続人であるときは,配偶者の相続分は,4分の3とし,兄弟姉妹の相続分は,4分の1とする。
4.子,直系尊属又は兄弟姉妹が数人あるときは,各自の相続分は,相等しいものとする。ただし,嫡出でない子の相続分は,嫡出である子の相続分の2分の1とし,父母の一方のみを同じくする兄弟姉妹の相続分は,父母の双方を同じくする兄弟姉妹の相続分の2分の1とする。
(遺留分の帰属及びその割合)
第1028条 兄弟姉妹以外の相続人は,遺留分として,次の各号に掲げる区分に応じてそれぞれ当該各号に定める割合に相当する額を受ける。
1.直系尊属のみが相続人である場合 被相続人の財産の3分の1
2.前号に掲げる場合以外の場合 被相続人の財産の2分の1
(遺留分の算定)
第1029条 遺留分は,被相続人が相続開始の時において有した財産の価額にその贈与した財産の価額を加えた額から債務の全額を控除して,これを算定する。
2 条件付きの権利又は存続期間の不確定な権利は,家庭裁判所が選任した鑑定人の評価に従って,その価格を定める。
第1030条 贈与は,相続開始前の1年間にしたものに限り,前条の規定によってその価額を算入する。当事者双方が遺留分権利者に損害を加えることを知って贈与をしたときは,1年前の日より前にしたものについても,同様とする。
(遺贈又は贈与の減殺請求)
第1031条 遺留分権利者及びその承継人は,遺留分を保全するのに必要な限度で,遺贈及び前条に規定する贈与の減殺を請求することができる。
(条件付権利等の贈与又は遺贈の一部の減殺)
第1032条 条件付きの権利又は存続期間の不確定な権利を贈与又は遺贈の目的とした場合において,その贈与又は遺贈の一部を減殺すべきときは,遺留分権利者は,第1029条第2項の規定によって定めた価格に従い,直ちにその残部の価額を受贈者又は受遺者に給付しなければならない。
(贈与と遺贈の減殺の順序)
第1033条 贈与は,遺贈を減殺した後でなければ,減殺することができない。
(遺贈の減殺の割合)
第1034条 遺贈は,その目的の価額の割合に応じて減殺する。ただし,遺言者がその遺言に別段の意思を表示したときは,その意思に従う。
(贈与の減殺の順序)
第1035条 贈与の減殺は,後の贈与から順次前の贈与に対してする。
(受贈者による果実の返還)
第1036条 受贈者は,その返還すべき財産のほか,減殺の請求があった日以後の果実を返還しなければならない。
(受贈者の無資力による損失の負担)
第1037条 減殺を受けるべき受贈者の無資力によって生じた損失は,遺留分権利者の負担に帰する。
(負担付贈与の減殺請求)
第1038条 負担付贈与は,その目的の価額から負担の価額を控除したものについて,その減殺を請求することができる。
(不相当な対価による有償行為)
第1039条 不相当な対価をもってした有価行為は,当事者双方が遺留分権利者に損害を加えることを知ってしたものに限り,これを贈与とみなす。この場合において,遺留分権利者がその減殺を請求するときは,その対価を償還しなければならない。
(受贈者が贈与の目的を譲渡した場合等)
第1040条 減殺を受けるべき受贈者が贈与の目的を他人に譲り渡したときは,遺留分権利者にその価額を弁償しなければならない。ただし,譲受人が譲渡の時において遺留分権利者に損害を加えることを知っていたときは,遺留分権利者は,これに対しても減殺を請求することができる。
2 前項の規定は,受贈者が贈与の目的につき権利を設定した場合について準用する。
(遺留分権利者に対する価額による弁償)
第1041条 受贈者及び受遺者は,減殺を受けるべき限度において,贈与又は遺贈の目的の価額を遺留分権利者に弁償して返還の義務を免れることができる。
2 前項の規定は,前条第1項ただし書の場合について準用する。
(減殺請求権の期間の制限)
第1042条 減殺の請求権は,遺留分権利者が,相続の開始及び減殺すべき贈与又は遺贈があったことを知った時から1年間行使しないときは,時効によって消滅する。相続開始の時から10年を経過したときも,同様とする。
(遺留分の放棄)
第1043条 相続の開始前における遺留分の放棄は,家庭裁判所の許可を受けたときに限り,その効力を生ずる。
2 共同相続人の1人のした遺留分の放棄は,他の各共同相続人の遺留分に影響を及ぼさない。
(代襲相続及び相続分の規定の準用)
第1044条 第887条第2項及び第3項,第900条,第901条,第903条並びに第904条の規定は,遺留分について準用する。

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