新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.812、2008/11/10 18:25 https://www.shinginza.com/qa-souzoku.htm

【相続・複数相続人と遺留分減殺請求権・相手方・その額】

(質問)先日,私(C)の父が亡くなりましたが,遺産の総額は6000万円です。父は,生前,私以外の2人の兄A1500万円,弟B3000万円と,同居していた愛人甲に対して1500万円遺贈する旨の遺言を残していたことが分かりました。子には遺留分があるという話を聞きましたが,私は,具体的には,誰に対して,いくらの請求が可能なのでしょうか。なお,母は既に他界しており,法定相続人は,私を含めて3人です。

(回答)
1.あなたの遺留分請求の額は1000万円です(民法1028条)。遺留分として請求できる相手方と額は,兄Aに対して125万円,弟Bに対して500万円,愛人甲に対して375万円です。
2.この問題は,遺留分制度の趣旨から考える必要があります。

(解説)
1.あなたがおっしゃるように,民法上,被相続人(亡くなって相続が発生する方)の子には,遺留分が認められています。遺留分とは,たとえ遺言があったとしても,侵害することができない相続分をいい,子に認められる遺留分の割合は法定相続分の2分の1とされています(同法1028条2号)。本件では,相続人は,あなたと2人のご兄弟だけとのことですので,あなたに認められる遺留分は,相続財産の6分の1となります。

2.遺留分減殺の対象となる遺贈等が複数の共同存続人や第三者に対して行われている場合,遺留分を侵害されている者は,誰に対して,また,どのような割合で減殺請求できるのか民法相続法に明確な規定がありませんので,その解釈が問題となります。すなわち,第1031条は,遺留分権利者及びその承継人は,遺留分を保全するのに必要な限度で,遺贈及び前条に規定する贈与の減殺を請求することができる。とのみ規定し第1034条,遺贈は,その目的の価額の割合に応じて減殺する。とだけ規定してあり,相手方の範囲,基準となる価格がどうなるのか不明確になっています。

3.結論からいいますと減殺請求の相手方となるのは,対象となる者が有している遺留分額の範囲を超えて遺贈等をうけた者ということになります。又,減殺請求の割合は,受遺者の遺留分額の範囲を超えた価額に応じて按分して請求するということになります。

4.(理由)これは遺留分制度の制度趣旨から考える必要があります。遺留分制度は,残された遺族の生活保障,相続財産に対する期待権を保護するものですが,近代私法関係の基本原則である私有財産制(憲法29条)の例外を為すものです。私有財産制は自己の財産の自由処分を保証するものですから,死後の財産の処分も当然の権利として認められます。これが遺言優先,自由の原則です。しかし,この原則をそのまま認めますと残された遺族に事実上の不公平,不都合が生じます。遺産は,もともと被相続人が残してくれた財産ですが,財産形成については,家族の有形無形の精神的援助,計算できない財産的寄与があった筈です。更に,遺産によって生計を立てこれからも生活していこうとする期待権を保護することは人道上,生活権保護の見地から最小限求められます。このような例外規定が遺留分制度なのです。したがって,遺留分制度の解釈にあたっては,相続制度の基本である被相続人の財産処分の最終意思を最大限尊重し,その範囲で遺留分の権利行使を認めることになります。

5.そうであれば,まず,請求の相手方は,被相続人の推定的意思を尊重し,相手方の本来有している遺留分を超えて遺贈,贈与を受けたものが対象になります。この点について,遺留分ではなくその者の法定相続分を超えて,遺贈等をうけたものと解釈する考え方がありますが,遺留分より法定相続分の方が額大きいので(法定相続分は遺留分の2倍になります),遺留分請求の相手方の範囲を狭めることになり(本件では法定相続分2000万円ですからAは対象にならないことになります。),もともとの遺産所有者の財産処分の自由,遺言優先の原則を制限してしまうことになり妥当でありません。したがって減殺請求の対象はA,B,甲(甲は遺留分を持たないのでゼロであり対象となります)の全員となります。

6.次に,遺留分減殺請求の割合ですが,この点も,遺留分を超えている額の割合に応じて行うことになります。各受遺者にとり公平であり,被相続人の推定的意思にも合致するからです。これに対して,各相続人が有する法定相続分の額を超える部分について額に応じ案分して決めるべきであるという説がありますが,この説も,遺産の本来の所有者である被相続人の意思を制限することになり賛成できません。

7.以上を前提に計算してみると,あなたの遺留分は,相続財産の1/6になりますので(民法887条1項,900条,1028条),総額で1000万円の減殺請求が可能です。AとBの遺留分額を超えた,割合配分の対象となる額は,それぞれ500万円,2000万円となり,また,甲にはそもそも遺留分がないので,1500万円がそのまま割合配分の対象となります。したがって,A,B,甲はCの遺留分1000万円について,500万円:2000万円:1500万円=1:4:3の割合で負担することになり,あなたは,Aに対しては,1000万円×1/8=125万円を,Bに対しては,1000万円×4/8=500万円を,甲に対しては,1000万円×3/8=375万円を減殺することができます。その結果,各自の取得分は,兄Aが1375万円,弟Bが2500万円,愛人甲が1125万円,あなたが(C)が1000万円となります。

8.反対説によると,法定相続分を超える遺贈を受けたのはBのみであり,その超過額は1000万円になります(甲はそもそも法定相続分がないので,1500万円がそのまま割合配分の対象となります。)。したがって,Bと甲のみが1000万円:1500万円=1:2の割合であなたの遺留分1000万円を負担することになり,Cは,Bに対しては,1000万円×1/3=333万円を,甲に対しても,1000万円×2/3=666万円を減殺できることになります。その結果,各自の取得分は,兄Aが1500万円,Bが約2666万円,愛人甲が833万円,Cが約1000万円となります。

9.お父様は,いろいろな事情により兄A,愛人甲に同額の遺贈をしたかったのでしょうから結果的に妥当な結論になっています。私有財産制とは被相続人の意思が最も尊重されるのです。ご理解ください。

10.(判例)この点について,最高裁は,「相続人に対する遺贈が遺留分減殺の対象となる場合においては,右遺贈の目的の価額のうち受遺者の遺留分額を超える部分のみが,民法1034条にいう目的の価額にあたるものというべきである。けだし,右の場合には受遺者も遺留分を有するものであるところ,遺贈の全額が減殺の対象となるものとすると減殺を受けた受遺者の遺留分が侵害されることが起こりえるが,このような結果は遺留分制度の趣旨に反すると考えられるからである。」(最判平成10年2月26日)と判示しています。

11.(結論)したがって,あなたの場合,相続財産の1/6の価額について,ご兄弟2人と愛人に対して遺留分減殺請求をするということになります。

<参照条文(いずれも民法)>

(子及びその代襲者等の相続権)
第887条 被相続人の子は,相続人となる。
2 被相続人の子が,相続の開始以前に死亡したとき,又は第891条の規定に該当し,若しくは廃除によって,その相続権を失ったときは,その者の子がこれを代襲して相続人となる。ただし,被相続人の直系卑属でない者は,この限りでない。
3 前項の規定は,代襲者が,相続の開始以前に死亡し,又は第891条の規定に該当し,若しくは廃除によって,その代襲相続権を失った場合について準用する。
(法定相続分)
第900条 同順位の相続人が数人あるときは,その相続分は,次の各号の定めるところによる。
1.子及び配偶者が相続人であるときは,子の相続分及び配偶者の相続分は,各2分の1とする。
2.配偶者及び直系尊属が相続人であるときは,配偶者の相続分は,3分の2とし,直系尊属の相続分は,3分の1とする。
3.配偶者及び兄弟姉妹が相続人であるときは,配偶者の相続分は,4分の3とし,兄弟姉妹の相続分は,4分の1とする。
4.子,直系尊属又は兄弟姉妹が数人あるときは,各自の相続分は,相等しいものとする。ただし,嫡出でない子の相続分は,嫡出である子の相続分の2分の1とし,父母の一方のみを同じくする兄弟姉妹の相続分は,父母の双方を同じくする兄弟姉妹の相続分の2分の1とする。
(遺留分の帰属及びその割合)
第1028条 兄弟姉妹以外の相続人は,遺留分として,次の各号に掲げる区分に応じてそれぞれ当該各号に定める割合に相当する額を受ける。
1.直系尊属のみが相続人である場合 被相続人の財産の3分の1
2.前号に掲げる場合以外の場合 被相続人の財産の2分の1
(遺留分の算定)
第1029条 遺留分は,被相続人が相続開始の時において有した財産の価額にその贈与した財産の価額を加えた額から債務の全額を控除して,これを算定する。
2 条件付きの権利又は存続期間の不確定な権利は,家庭裁判所が選任した鑑定人の評価にしたがって,その価格を定める。
第1030条 贈与は,相続開始前の1年間にしたものに限り,前条の規定によってその価額を算入する。当事者双方が遺留分権利者に損害を加えることを知って贈与をしたときは,1年前の日より前にしたものについても,同様とする。
(遺贈又は贈与の減殺請求)
第1031条 遺留分権利者及びその承継人は,遺留分を保全するのに必要な限度で,遺贈及び前条に規定する贈与の減殺を請求することができる。
(条件付権利等の贈与又は遺贈の一部の減殺)
第1032条 条件付きの権利又は存続期間の不確定な権利を贈与又は遺贈の目的とした場合において,その贈与又は遺贈の一部を減殺すべきときは,遺留分権利者は,第1029条第2項の規定によって定めた価格に従い,直ちにその残部の価額を受贈者又は受遺者に給付しなければならない。
(贈与と遺贈の減殺の順序)
第1033条 贈与は,遺贈を減殺した後でなければ,減殺することができない。
(遺贈の減殺の割合)
第1034条 遺贈は,その目的の価額の割合に応じて減殺する。ただし,遺言者がその遺言に別段の意思を表示したときは,その意思に従う。
(贈与の減殺の順序)
第1035条 贈与の減殺は,後の贈与から順次前の贈与に対してする。
(受贈者による果実の返還)
第1036条 受贈者は,その返還すべき財産のほか,減殺の請求があった日以後の果実を返還しなければならない。
(受贈者の無資力による損失の負担)
第1037条 減殺を受けるべき受贈者の無資力によって生じた損失は,遺留分権利者の負担に帰する。
(負担付贈与の減殺請求)
第1038条 負担付贈与は,その目的の価額から負担の価額を控除したものについて,その減殺を請求することができる。
(不相当な対価による有償行為)
第1039条 不相当な対価をもってした有価行為は,当事者双方が遺留分権利者に損害を加えることを知ってしたものに限り,これを贈与とみなす。この場合において,遺留分権利者がその減殺を請求するときは,その対価を償還しなければならない。
(受贈者が贈与の目的を譲渡した場合等)
第1040条 減殺を受けるべき受贈者が贈与の目的を他人に譲り渡したときは,遺留分権利者にその価額を弁償しなければならない。ただし,譲受人が譲渡の時において遺留分権利者に損害を加えることを知っていたときは,遺留分権利者は,これに対しても減殺を請求することができる。
2 前項の規定は,受贈者が贈与の目的につき権利を設定した場合について準用する。
(遺留分権利者に対する価額による弁償)
第1041条 受贈者及び受遺者は,減殺を受けるべき限度において,贈与又は遺贈の目的の価額を遺留分権利者に弁償して返還の義務を免れることができる。
2 前項の規定は,前条第1項ただし書の場合について準用する。
(減殺請求権の期間の制限)
第1042条 減殺の請求権は,遺留分権利者が,相続の開始及び減殺すべき贈与又は遺贈があったことを知った時から1年間行使しないときは,時効によって消滅する。相続開始の時から10年を経過したときも,同様とする。
(遺留分の放棄)
第1043条 相続の開始前における遺留分の放棄は,家庭裁判所の許可を受けたときに限り,その効力を生ずる。
2 共同相続人の1人のした遺留分の放棄は,他の各共同相続人の遺留分に影響を及ぼさない。
(代襲相続及び相続分の規定の準用)
第1044条 第887条第2項及び第3項,第900条,第901条,第903条並びに第904条の規定は,遺留分について準用する。

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