新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.749、2008/2/5 14:25 https://www.shinginza.com/qa-fudousan.htm

【民事・建物明け渡しと借主の所在不明・訴訟手続】

質問:私はビルの貸室を賃貸しています。一年前、当ビルの貸室を、アメリカ人が「英会話教室に使いたい」と言って賃借を申し込んできました。私は、はやりの英会話スクールならもうかるし、賃料も安定して入るだろうと考えてその方に部屋を貸しました。ところが、その英会話教室は思ったより繁盛しなかったようで、5ヶ月ほど前から人の出入りがありません。家賃も支払われなくなってしまいました。そこで、その外国人が住んでいるアパートに行ってみたのですが、近所の人の話によると、その人は国に帰ってしまったようです。このまま家賃が入る見込みもないので、弁護士に頼んで貸室を明け渡してもらいたいのですが、相手が日本におらず、アメリカのどこにいったのかもわからない場合でも裁判はできるのですか?

回答:
1、借りている人が賃料もはらわず、行方不明だからと言って所有者であるあなた自らが、貸室に勝手に侵入し明け渡し行為をすることは出来ません。
2、ビル明け渡し訴訟を提起し、公示催告という法的手続きをとって合法的にビル明け渡しを行ってください。
3、不明、不安な事があれば、弁護士と協議し対応する事をお勧めいたします。

解説:
1、あなたは、貸しているビルの一室を明け渡してもらいたい、とのことですが、そのためには、まず、借主との賃貸借契約を解除しなければなりません。国に帰ってしまっているということであれば、いわゆる「夜逃げ」のようなものであり、このような手続は面倒だと思うかもしれませんが、いわゆる「自力救済」は禁じられています。自力救済とは、自らの行動で自己の権利を実現することであり、例えば、貸したお金を自分で無理やり取り立てたり、貸した車を無理やり引き上げたり、貸した不動産から無理やり追い出したり、といった行為です。もちろん、貸したのだから返してもらう権利はあります。理由も無いのに他人のお金をとってくることとは異なり、貸したお金を回収するだけなのだから、問題はないのではないかとお思いかもしれません。しかし、法治国家たる日本ではこのような行為は厳しく禁止されています。その趣旨は、適正な手続の確保につきます。一口にお金を貸して返ってこないといっても、借りた側にも、「別途立て替えているお金と相殺したつもりだった」とか、「物で返したはずだった」とか、はたまた「確かに返したはずだ」という言い分があるかもしれません。もちろん自力救済でも、それらの言い分を聞いて、吟味して、判断した上での行動であれば構わないのかもしれませんが、相対する当事者同士でそのような判断は期待できません。

また、仮に取り立てること自体になんの違法性もないとしても、その取立ての方法には、やはり難しい問題があるでしょう。自分に権利があるとはいえ、他人が占有しているものを無理やりに持ってくるのですから、そのやり方は自然と荒っぽくなりがちです。これも相対する当事者同士で自由に行われると、粗暴な取立てが横行し、社会秩序が乱されることになります。債務者が、強制的に取り戻しをされても止むを得ない立場なのか、そうだとして、できるだけ穏当かつ公正な強制方法を利用し、債務者に反論の機会を与えると共に、債務者の生活の平穏を必要以上に害さないようにすることが、日本の裁判制度、執行制度の根幹といえます(自力救済の禁止については、明文で規定があるわけではありませんが、実体法、保全法、執行法の体系から、当然の帰結であると解されています。参照条文として民法1条2項など)。尚、参考に当事務所事例集bV37号も参照してください。

2、さて、あなたの場合も、たとえ相手が夜逃げしてしまった外国人でも、適正な手続にのっとって明け渡しを進める必要があります(万が一にも、ご自分だけで自力救済を行った場合、住居侵入罪(刑法130条)の構成要件に該当するほか、賃借人から、損害賠償請求訴訟を提起される可能性もあるのです)。具体的な明け渡しの手順については、当事務所の他の事例(bV28等)をご参照ください。今回、相手の所在がわからない場合、特に外国に帰ってしまっている場合にどのようにして訴訟を進行するかについてご紹介します。冒頭に記載したように、まず相談者は、賃貸借契約を解除する必要があります。賃貸借契約を解除するには、解除の理由もさることながら、解除の「意思表示」をすることが重要です。意思表示が相手に届かなければ、契約は解除されたことにはなりません(この点、賃貸借契約書などでは、通知、催告を要せずに自動的に契約が解除されるという条項が散見されますが、裁判になりますと大抵無効と判断されますのでご注意ください)。

3、そこで、公示送達による意思表示の到達を利用します。公示送達を使えば、実際に相手方その書面を見ていなくても、一定期間裁判所の掲示板に張り出すことにより、相手方に到達したとみなすことができるものです。この意思表示は、訴訟の提起と同時にすることに制限は特にありません。そこで、このようなケースにおいては、解除の意思表示と明け渡しの請求を一つの訴状でやってしまうことが可能だということです。公示送達は、書記官がその必要性を判断して行うことになります(民事訴訟法101条)。すなわち、書記官が「この相手方は、通常の送達をしても無視され、居場所もわからないから、公示送達を利用するしかない」という判断をして初めて可能になるのです。(事例集bT32、bU66号参照してください)

4、今回は、公示送達に必要な資料を検討しましょう。まず、いずれにせよ書記官が一旦は訴状を相手の住所に送達します。外国人の場合は、市町村の外国人登録票原簿に登録された住所地宛になります。万が一、相手と連絡が取りにくかっただけで、実はその場所に住んでいるというようなときのためです。そして、訴状が宛先不明で戻ってきてから、公示送達の可否を検討します。相手方の住民票や戸籍謄本は、相手方の居所がわからないときには有効ですが、相手が外国人であるときは、外国人には戸籍も住民票もありません。そこで、外国人登録原簿を利用します。外国人登録は外国人が本邦に入国してから90日以内に、居住する市区町村に届出を行う義務が課せられています(外国人登録法3条1項)。そして、弁護士の照会(弁護士法23条の2)があれば、入国管理局から、特定の人物の出国の事実を知ることができます。

すなわち、出国の記録があり、再入国の記録がなければ、相手方外国人は日本にいないということがほぼ確定的になります。あとは、やはり現地の調査が重要でしょう。弁護士にご依頼いただければ、詳細な現地調査を行い、裁判所に提出する資料の作成をお手伝いします。現地調査のポイントは、新聞、電気・ガスメーターの確認、郵便局の確認、そして、近所の方が経の聞き込みなどを経て、いつごろから、どのような経緯で相手方が音信不通になっているのかをまとめます。普通、上記のような情報を集めた上で、裁判所のHPで公開されている書式(http://www.courts.go.jp/sendai/saiban/tetuzuki/syosiki/index.html)に従って、公示送達を申し込めば手続は完了です。

5、このように説明すると、公示送達は以外に簡単そうに見えるかもしれません。しかし、このような建物明け渡しの事件は、残念ながら、一般の方が、手続を遺漏なく最後まで行うことが難しいことから、弁護士との協議、依頼をお勧めいたします。本件の公示送達では、弁護士照会制度の活用による入国管理局からの資料が重要な役割を果たしていると考えられます。公示送達は、相手方が反論する機会を「事実上」封じることになるので、書記官も慎重に判断します。当事務所類似案件でも、相手方が外国人で、入管の資料が入手できたときは、書記官からの追加の疎明資料の要求はなく、スムーズに公示送達が行われました。このような資料の入手は弁護士でなければ困難です。

また、建物明渡事件自体、時間も費用もかかることが多いと思われます。さらに、公示送達された事件では、擬制自白はありません(民事訴訟法159条3項)ので、主張と立証は原告できちんと行う必要があり、公示送達に成功したにもかかわらず請求が棄却された、という結論も理論的にはあり得ます。相手がいないからといって、自力救済は言語道断です。法的手続も不明な場合弁護士との協議が必要です。以上なかなか不動産の管理はむずかしい、といわざるを得ませんが、ご参考にしていただければと思います。

≪参考条文≫

民事訴訟法
(交付送達の原則)
第101条 送達は,特別の定めがある場合を除き,送達を受けるべき者に送達すべき書類を交付してする。
(公示送達の要件)
第110条 次に掲げる場合には,裁判所書記官は,申立てにより,公示送達をすることができる。
1.当事者の住所,居所その他送達をすべき場所が知れない場合
2.第107条第1項の規定により送達をすることができない場合
3.外国においてすべき送達について,第108条の規定によることができず,又はこれによっても送達をすることができないと認めるべき場合
4.第108条の規定により外国の管轄官庁に嘱託を発した後6月を経過してもその送達を証する書面の送付がない場合2 前項の場合において,裁判所は,訴訟の遅滞を避けるため必要があると認めるときは,申立てがないときであっても,裁判所書記官に公示送達をすべきことを命ずることができる。3 同一の当事者に対する2回目以降の公示送達は,職権でする。ただし,第1項第4号に掲げる場合は,この限りでない。
(公示送達の方法)
第111条 公示送達は,裁判所書記官が送達すべき書類を保管し,いつでも送達を受けるべき者に交付すべき旨を裁判所の掲示場に掲示してする。
(公示送達の効力発生の時期)
第112条 公示送達は,前条の規定による掲示を始めた日から2週間を経過することによって,その効力を生ずる。ただし,第110条第3項の公示送達は,掲示を始めた日の翌日にその効力を生ずる。
2 外国においてすべき送達についてした公示送達にあっては,前項の期間は,6週間とする。
3 前2項の期間は,短縮することができない。
(公示送達による意思表示の到達)
第113条 訴訟の当事者が相手方の所在を知ることができない場合において,相手方に対する公示送達がされた書類に,その相手方に対しその訴訟の目的である請求又は防御の方法に関する意思表示をする旨の記載があるときは,その意思表示は,第111条の規定による掲示を始めた日から2週間を経過した時に,相手方に到達したものとみなす。この場合においては,民法第98条第3項ただし書の規定を準用する。
(訴状の送達)
第138条 訴状は,被告に送達しなければならない。前条の規定は,訴状の送達をすることができない場合(訴状の送達に必要な費用を予納しない場合を含む。)について準用する。
第158条  原告又は被告が最初にすべき口頭弁論の期日に出頭せず、又は出頭したが本案の弁論をしないときは、裁判所は、その者が提出した訴状又は答弁書その他の準備書面に記載した事項を陳述したものとみなし、出頭した相手方に弁論をさせることができる。
(自白の擬制)
第159条  当事者が口頭弁論において相手方の主張した事実を争うことを明らかにしない場合には、その事実を自白したものとみなす。ただし、弁論の全趣旨により、その事実を争ったものと認めるべきときは、この限りでない。
2  相手方の主張した事実を知らない旨の陳述をした者は、その事実を争ったものと推定する。
3  第一項の規定は、当事者が口頭弁論の期日に出頭しない場合について準用する。ただし、その当事者が公示送達による呼出しを受けたものであるときは、この限りでない。
(判決書等の送達)
第255条 判決書又は前条第2項の調書は,当事者に送達しなければならない。前項に規定する送達は,判決書の正本又は前条第2項の調書の謄本によってする。
(訴状等の陳述の擬制)

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