新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.720、2007/12/11 11:53

【民事・土地工作物責任・回転ドアと工作物責任・占有者と所有者の責任関係・危険責任】

質問:祖母と一緒にあるレストランで食事を終え,私が飲食代金を支払っていたところ,祖母が私より一足早く出入口から外に出ようとして,店舗出入口から戸外へ出ようとした際,閉じてきた自動ドアに接触して転倒したため負傷して長期入院しました。このレストランでは,自動ドアの開閉速度が速いため,今までにも,子供等がドアにぶつかったりしたことがあり,私の祖母が負傷,長期入院も,自動ドアの開閉速度が速かったためと思います。店舗を賃借していたレストランの経営者に損害賠償責任を問えますか。個人経営で資産はあまりないようです。又資産家の大家さんに対してはどうでしょうか。なお,私の祖母は,72歳で歩く際には杖をつきますが,このレストランの利用者は,私の祖母のような高齢者の他,幼児も多い店でした。

回答:貴女の祖母は,レストラン経営者が回転ドアの管理注意義務に違反していないという無過失を立証しない以上,賃借人であるレストランの経営者に先ず責任を追及することが出来ます。次に,レストラン経営者が無過失を立証した場合に,初めて大家さんに店舗の所有者としての責任追及が可能です。しかし,レストラン経営者に賠償する資産がない事を理由に店舗所有者に責任追及は出来ませんが,大家さんにレストランの(間接)占有者としての工作物責任を追及することは可能です。すなわち,両者に責任追及が可能ということになります。

解説:
1.土地工作物責任について
@貴女祖母は,レストラン店舗の回転ドアに挟まり転倒し負傷し長期入院していますから,祖母は先ず,店舗の賃借人であるレストランの経営者に民法717条土地の工作物の占有者としての責任を追及できるかどうかが問題となります。次に,回転ドアの管理が 「損害の発生を防止するのに必要な注意をした」といえるかどうかが問題となります。更に,レストラン経営者に免責理由がない場合,賃貸人である大家さんに間接的な「占有者」として責任追及は出来るかどうかが問題となります。

A民法717条の制度趣旨は,「危険責任」に基づいています。危険責任とは,危険な施設,危険な企業等社会に対して危険を作り出しているものは,そこから生じる損害に対して常に(無過失でも)賠償責任を負わなければならないという考え方です。別名報償責任といいます。近代私法の理念である私的自治の原則は,過失責任主義が基本原則となります。私的自治の原則とは,本来生まれながらに自由平等である個人(憲法13条)が権利義務を負い,拘束されるのは自分の意思に基づくというものであり,債務不履行,不法行為による責任根拠も自らの意思,すなわち故意,過失によるというものです。すなわち,私的社会関係においては,最低でも過失がなければ一切の責任を負わないというのが過失責任主義です。では,どうして危険責任が認められるのでしょうか。私的自治の原則の本来の目的は,個人の自由意思に任せて権利義務を発生させ拘束させる事が自由主義経済,近代資本主義経済発展の基になり,適正公平な経済社会秩序を維持しようとすることにあります。そうであるならば,産業,経済の発展に従い危険な施設,企業により利益を得他方その危険により損害を受けたものがいる場合,たとえ危険物の管理に無過失であっても,危険な施設等により利益を得ているものに特別責任を負わせることが公平で適正な社会経済秩序実現,権利濫用禁止(憲法12条)の理念にもっとも合致するからです。従って,この条文の解釈に当たっては危険物の占有,所有者と被害者との実質的公平の視点から行う事が大切です。

B条文上,第1次的責任者は,工作物の占有者であり,占有者が損害発生の防止に必要な注意をはらったことを立証すれば責任がないと規定されています。この規定は,完全に無過失責任を認めたものではなく挙証責任を転換し被害者を保護しています。挙証責任の原則からいえば,通説判例の法律要件分類説(事例集704号参照)からすると,その規定により法的保護を受けるのは被害者ですから,被害者が占有者の管理注意義務違反があったことを立証すべきですが,占有者側に管理注意義務違反がなかったことを立証する責任を負わせて被害者を救済しています。一見占有者の場合,過失責任原則に戻ったようにみえますが,管理注意義務違反がなかった事の立証は,「ない事の証明」であり,実質的にない証明は立証できないことを意味しますから,結果的に,危険責任,無過失責任を占有者にも認めているといっても過言ではないでしょう。すなわち,占有者でも危険物により社会経済活動するものは危険から生ずるすべてについて理由のいかんを問わず,責任を負うということです。又条文上,占有者が第1次的責任となっているのは,所有者と占有者が別々の場合,所有者よりも危険物の占有利用者が危険物の管理をする義務を負うのが一般ですし,危険物の利用による利益を第1次的に受けるのが通常だからです。万が一,占有者の責任が免責事由により否定された場合は,第2次的に所有者が責任を負うのですが,占有者の責任は否定される事がほぼない訳で,所有者に無条件の無過失責任が本当に追及されるのは理論上ごく限られた場合になるでしょう。

C現行民法717条の沿革ですが,当初旧民法では工作物の所有者が責任者であったところ,法典調査会において,損害の発生を防ぐことに直接の関係があるのは占有者であるという意見及び占有者(特に借家人)は所有者よりも賠償能力が劣るという意見が対立したため,妥協案として規定されたものであり,所有者の責任は無過失責任であるという意識は立法関係者の中になかったと一般的にいわれています。しかし,危険責任の趣旨を徹底するならば,やはり占有者が,所有者より第1次的責任者として認めるのが妥当と思われます。ただ,本条は,占有者に責任がない場合でも,結果的2次的に所有者が完全な無過失責任を負うため,瑕疵ある工作物による損害について被害者の救済は充実したものになっています。

Dでは,どうして補充的責任のみを認め所有者に無条件の重畳的に責任を認めなかったのでしょうか。被害者の救済,危険責任の実質的追及という点からは賠償資産の問題もあり,占有者,所有者の重畳的責任を認めた方がいいようにも思いますが,法714条はこれを認めていません。それは,本条が過失責任主義の原則の例外規定であり,重畳責任を認めあまり危険責任,報償責任を強調しすぎる事は,私的自治の大原則を形骸化することになり妥当ではないと思われるからです。すなわち,過失責任主義の目的は自由な経済活動の保護育成発展であり,危険責任の拡張は,結果的に経済的に有益な工作物等危険物の作出を押さえ適正な経済活動を停滞せしめることになってしまうからです。被害者の救済という面から不十分と思われるかもしれませんが,後述のように所有者と占有者が異なる場合,ほとんどの場合所有者に間接占有の責任が認められ,事実上重畳責任に近く公平上不都合はないと考えられます。

Eなお,工作物責任に関連する事件として,近時,著名なビルの入口で類似の死傷事件が起きたことは記憶に新しいところです。

2.工作物の「占有者」と「土地工作物の設置又は保存上の瑕疵」について
@まず,レストランの経営者は所有者ではありませんが,賃借人であり占有者に該当します。「占有者」とは建造物を事実上支配する事ですから,レストランという建物を利用,支配している以上占有者に該当します。

A次に,本件では,レストランの自動ドアに接触して負傷したとのことですから,本件自動ドアが「土地の工作物」に当たるか問題です。当初の判例(大正元年十二月六日第二民事部判決)によれば,「土地の工作物」とは,建物,墻壁,地窖のように土地に接着して築造した設備を指し,機械のように工場内に据え付けられたものは包含されません。本条は,過失責任主義の例外であり,範囲を拡大することは問題であり,土地に付着し一体となっている設備であると限定的に解釈していたようです。しかし,その後工作物の概念は拡張する方向にあります。例えば,下水道設備として備え付けられたポンプ,鉄道会社の踏切道の保安設備等です。産業の発達により,危険物により報償を受ける占有者と一般被害者との公平を図る見地から妥当な解釈と考えます。本件で問題となっているレストランの自動ドアは,土地に接着している建物に付着し一体となっているので「土地の工作物」にあたります。

Bそして,「土地工作物の設置又は保存上の瑕疵」における瑕疵とは,当該工作物が通常有すべき安全性に関する性状又は設備を欠くことを指し,かかる瑕疵が工作物の築造当時より存在する場合が設置の瑕疵であり,その後,維持・管理されている間に生じた場合が保存の瑕疵となります。この瑕疵の存否を判断するに当たっては,その工作物の性質(特にそれ自体が有する危険性の程度),それが設置された場所の具体的状況,その利用状況等を総合考慮して,当該工作物が通常有すべき安全性を具備しているか否かを具体的に判断すべきであると考えられます。

C本件レストランにおいても,原告のように杖をついて歩行する高齢者や幼児も少なからず訪れていたことが認められるのであれば,本件自動ドアについては,このような自己の身体ないし動作を制禦する能力や歩行能力が必ずしも十分でない者も利用することを前提とした上で,ドアの作動(開閉等の運動)によりこれらの利用者の身体と接触ないし衝突して危害を加えることを回避する設備・性能を具備しているか否かという観点から瑕疵の存否を判断すべきです。

Dそうしてみますと,一般的に自動ドアにはセンサーによる自動反転装置がついていますが,たとえ,ドアにこのような自動反転装置が施されていたとしても,自動ドアに接触ないし衝突することによる危害を回避するためには,通行者が,その走行部付近を通過するのに十分なドアの開閉速度及び通行可能時間の設定がなされることが必要とされることになると考えられるべきです。

3.では本件ドアに「設置又は保存上の瑕疵」があったと評価できるでしょうか。
@そこで,本件ドアについて,通行可能時間は,利用者が通過するのに十分なものであったかについて検討しますと,このレストランが高齢者や幼児も利用するようなところであるという自動ドアの設置されたレストランの具体的状況,その利用状況等を総合的に考慮すれば,本件ドアは,身体ないし動作の制禦能力及び歩行能力の劣る高齢者や幼児も利用することを前提として通常有すべき安全性を備えている必要があるところ,杖をついて歩行する高齢者や幼児は,通常の歩行能力を有する成人の数倍程度歩行に時間を要することがあり,やむを得ず自動ドアを通行する途中に立ち止まったりすることもあり得るから,これらの者も利用することを前提とした場合には,通行可能時間として十分であったとは必ずしもいい難いものであったと思われます。また,このような者に引き続いて通行する者がいることも十分考えられますから,その場合にも本件ドアの通行可能時間は十分であったとはいえないでしょう。

Aまた,本件事故以前にも本件ドアを通行する子供等や連続して本件ドアを通行する者に本件ドアが衝突したことがあったのであれば,本件ドアは,開閉速度が速く,通行可能時間が十分なものではないために,これを通過しようとする者に接触又は衝突する危険性を有するものであったということができます。

Bとすれば,本件ドアの性質,それが設置された場所の具体的状況,その利用状況等を総合的に考慮し,本件ドアは,身体ないし動作の制禦能力及び歩行能力の劣る高齢者や幼児も利用することを前提として通常有すべき安全性を備えている必要があり,走行部を通行する者にドアが接触ないし衝突せずに通過できるだけの十分な通行可能時間が設定されている必要があるところ,本件ドアの通行可能時間は十分なものとはいえず,これを通行する者がドアに接触ないし衝突する危険性を有していたこと,さらに本件ドアが接触ないし衝突した場合の衝撃は大きく通行者を転倒させる危険性を有するものであること等の事情が認められれば,本件ドアが通常有すべき安全性を備えていたということはできず,その設置又は保存に瑕疵があったといわざるを得ません。そして,本件事故以前にも本件ドアを通行する子供等や連続して本件ドアを通行する者に本件ドアが衝突したことがあったにもかかわらず,それを防止する措置をとらなかったのであれば,損害の発生を防止するのに必要な注意をしたといえず注意義務を果たしていないと考えられます。

Cそうしますと,レストランの経営者は,相談者の祖母に対し,本件ドアの占有者として,本件事故により生じた損害を賠償すべき義務を負うこととなると考えられます。

5.次に,所有者である大家さんの工作物責任は認められるでしょうか。
@レストランの経営者に責任が認められても資産がない様ですから,資産家である所有者に責任を追及できるか考える必要があります。

A前述のごとく工作物所有者の責任は,占有者の責任がない場合に補充的に認められるので,所有者としての責任追及は出来ないと考えられます。では,被害者は事実上損害回復が出来ないのでしょうか。

Bそこで,所有者は,レストランを賃貸しているという側面を捉え賃借人であるレストラン経営者を通じて間接的に支配しているのではないかという点を考える必要があります。すなわち,本条の「占有者」とは,直接的に支配利用しているものだけでなく,第三者をして間接的に工作物を利用支配している者,すなわち「間接占有者」も含まれるかという問題です。「占有者」とは直接占有者のみならず間接占有者も含むものと解釈します。危険責任の根拠は,危険物による損害の公平分担と,報償を受けているという事実上の結果責任ですから,第三者を介し間接的に占有していても危険性を管理可能であり,間接的に利益を受けている以上(家賃を取得している)責任を負担させる事が制度の趣旨に合致するからです。

C従って,貴女の祖母は,大家さんに対しても「占有者」として免責理由がない場合に責任追及が可能となります。前述のようにレストラン経営者と同様免責事由は認められず,大家さんは被害者に資産を提供することになるでしょう。

D以上をまとめますと,土地工作物の所有者は,一見2次的,補充的責任者のように規定されていますが,第三者を介し占有させている場合は,間接占有者の責任も認められる結果,占有者とともに(重畳的に)挙証責任転換により事実上の無過失責任を負うことになるわけです。

6. 上記で述べましたとおり,レストランの経営者に対し,工作物責任に基づき,相談者の祖母に生じた損害について賠償責任を問い得るものと考えられますが,損害の認定については素人の方には困難な場合が多いですので,損害額の算定が複雑・高額になりそうな場合(後遺症が生じたケース等)には,弁護士に相談することをお勧めします。弁護士は,本件は工作物による損害ではありますが,交通事故における損害額を算定するにあたり,判断の一助として一般的に利用されている通称赤本や交通事故の判例等を参考にして,おおよその損害額を教えてくれたり,裁判における立証のため必要があるときは,現場検証・鑑定等の手続を行ってくれることでしょう。なお,損害論につきましては,交通事故についての当事務所ホームページ事例集に記載されていますので,ご参照ください。

≪参考条文≫

●民法
(土地の工作物等の占有者及び所有者の責任)
第七百十七条  土地の工作物の設置又は保存に瑕疵があることによって他人に損害を生じたときは,その工作物の占有者は,被害者に対してその損害を賠償する責任を負う。ただし,占有者が損害の発生を防止するのに必要な注意をしたときは,所有者がその損害を賠償しなければならない。
2  前項の規定は,竹木の栽植又は支持に瑕疵がある場合について準用する。
3  前二項の場合において,損害の原因について他にその責任を負う者があるときは,占有者又は所有者は,その者に対して求償権を行使することができる。

●判例
大正元年十二月六日第二民事部判決
民法第七百十七条ノ土地ノ工作物トハ建物墻壁地窖ノ如ク土地ニ接著シテ築造セル設備ヲ指称シ本件機械ノ如ク工場内ニ据付ケラレタルモノハ之ニ包含セス
昭和三一年一二月一八日最高裁第三小法廷判決
民法七一七条にいわゆる占有者には特に間接占有者を除外すべき法文上の根拠もなくまたこれを首肯せしむべき実質上の理由もないから,国は右建物の設置保存に関する瑕疵に基因する損害については当然に右法条における占有者としてその責に任ずべきものと解するを至当とする。しかるに原判決は,本件建物の保存に関する瑕疵に基因し,上告人らの子細野一雄が死亡した事実を認めながら,被上告人国は本件建物について占有を有しないとし,その他の事実につき判断を示さずして上告人の本訴請求を排斥した原判決は,民法七一七条の法意を誤解しひいて審理不尽,理由不備の違法に陥つたものというのほかなく,論旨は理由があり被上告人国に関する部分は破棄を免れない。

●憲法
第十二条  この憲法が国民に保障する自由及び権利は,国民の不断の努力によつて,これを保持しなければならない。又,国民は,これを濫用してはならないのであつて,常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。

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