新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.692、2007/10/25 10:07

【商法・取締役の会社に対する責任・善管注意義務・忠実義務違反の内容】

質問:会社の取締役になりました。会社取締役は株主や会社、さらには第三者に対し損害賠償責任を負うことがあるときいたことがあります。取締役の義務である善管注意義務をまっとうして、会社に対して忠実に職務をおこなっていたとしても、取締役としての判断で、結果として会社に損害を与えてしまったら、どのような場合にでも責任をとらなくてはいけないのでしょうか?株主に提訴された場合、裁判所はどのようなことを基準に私の善管注意義務違反を判断するのでしょうか?

回答:あなたは、会社(株主)から取締役として会社の経営、業務執行を任されたのですから当然、業務執行について一定の裁量権限がございますが、業務執行については、会社法330条が準用している取締役の善管注意義務(民法644条)、会社法規定の忠実義務(会社法335条)を果たさなければなりません。その義務の程度は、あなたの個人的、個別的な能力を基準に判断されるのではなく(自分には取締役としての一般的能力がないが自分としては十分注意したといっても取締役である以上責任の点で言い逃れはできません)、客観的にみて取締役であれば通常有すべき能力を基準に注意義務の程度が判断されます。従って、その内容は会社の規模業や務執行の内容、性質により個別具体的に決定されることになります。今回は、大会社(東京の有名百貨店)の倒産債権に関わる債権回収について取締役の善管注意義務、忠実義務の具体的内容につき判例を参考にご説明致します。

解説:
個別的に説明する前に、株式会社における取締役の地位について御説明いたします。日本の社会制度の基礎は自由主義のもと個人が自由平等に生活でき個人の尊厳を守るべく私有財産制と契約自由の原則により成り立っており、社会生活における経済活動においては経済の発展の基礎を資本主義経済においていますが、その中核は株式会社制度です。株式会社とは、株主(出資引き受け額しか債権者に対して責任を負わない会社の所有者)によって構成される営利を目的(公益を目的とした社団に対比されます。)とした社団法人(人の結合体を社団といいます。対立概念は財産の集まりである財団でよく担保の対象として問題になります。)です。原始的経済活動は、事業者が、自らの判断により自分の財産で営業をしていたのですが、市場、流通の飛躍的拡大によりおのずから、財産の所有者と経営者を分離して、各々別々の適格者を結合して巨大化してゆく営利事業の適正な運用を図る制度が出現したのです。この典型が株式会社です。すなわち、所有者は、株式という単位に細分化して広く国民大衆から資金を集めてこれこれを資本とし、他方、事業にあった経営者を広く集め選任し経営を任せたのです。この経営者が取締役(平成17年の改正により会社の規模により代表取締役、取締役会が設置されます。)です。取締役は、会社、株主から委任されるのですから会社のために働くのですが、まず、本来の目的である事業による利益を獲得、計上し細分化し、経営に興味がなくなった所有者たる株主の利益を守る必要があります。更に株式会社の担保となる財産は株主が出資した資金しかありませんから取引先である会社債権者保護のため常に会社財産を確実に保全しなければなりませんし(資本充実、確定、不変の原則)、更に株式会社は巨大化に伴い多くの従業員を抱え国民の労働の場所となっており適正な運営により国民の社会生活も守る必要があります。その舵取りをするのが経営者である取締役です。以上より取締役は、営利を目的とし複雑化する業務遂行の性質上広範囲にわたる裁量権をもつのですが他方民法、会社法等においてと業務執行においてその地位に相応する高度な法的注意義務、忠実義務、株主総会決議、定款、法令遵守義務が課せられているのです(会社法355条)。会社法等の規定は法律の性質上抽象的ですからこのような視点から解釈が求められます。

1、@会社と「取締役」の関係は、「委任契約」の関係にあります(会社法330条)。委任契約とは、法律上の効果生じる行為(事務)の代理(処理)を委託する契約(民法643条)です。これは、委託を受けた人は、委任の趣旨に沿って自分の労務を提供するので、労働雇用契約と似ていますが、雇用契約は使用者の指示に従って働きますので働く人に裁量権はありませんが、委任の場合は、受任者が委託された業務については裁量権が認められるところに雇用との違い特色があります。ですから委任契約は当然信頼関係を前提としているのです。すなわち取締役には委任の性質上基本的に業務執行の裁量権が認められるのです。そして資本主義経済の発展は、この委任制度、雇用制度によって支えられています。

会社法330条(株式会社と役員等との関係)株式会社と役員及び会計監査人との関係は、委任に関する規定に従う。
民法643条(委任)委任は、当事者の一方が法律行為をすることを相手方に委託し、相手方がこれを承諾することによって、その効力を生ずる。

A前述のように会社は、法律上の存在である法人ですから物理的な実体が無く、観念上の存在ですから、実際に仕事をする代表機関として定款を遵守し、会社のために忠実に仕事をする取締役(会社法355条、)が必要とされているのです。民法や会社法には、様々な義務が定められていますが、最も基本となるものは、次の二つです。ひとつは、委任契約に基づく「善管注意義務」、もうひとつは、「忠実義務」です。

民法644条(受任者の注意義務)受任者は、委任の本旨に従い、善良な管理者の注意をもって、委任事務を処理する義務を負う。
会社法355条(忠実義務)取締役は、法令及び定款並びに株主総会の決議を遵守し、株式会社のため忠実にその職務を行わなければならない。

善管注意義務とは、受託者の属する職業、社会的地位に応じて客観的、一般的に期待される注意義務です(これに類似するものとして注意義務の程度が低い自己の財産を保管すると同一の注意義務があります民法659条、自分の能力はこの程度であるという事で責任を回避できることになります)。大まかにいえば、取締役という地位にある者として、会社の規模、取引額等に応じ客観的、一般に要求される程度のかなり高度な注意を払って業務を遂行する、ということになります。ちなみに、「雇用契約」である従業員にはこうした義務は課されません。その理由は、受任者に一定の裁量権が認められるところにあります。すなわち、法律行為等の事務を信頼関係により委託されたものは自分の裁量で行動するのですから自分の能力以上の委託された趣旨に基づく高度な客観的な注意義務を負担するのです。従って、委任が有償無償であるかどうかに関係がありません。自分がその様な能力がないということは責任を逃れる理由にはならないのです。雇用は労働者に裁量権がありませんからこのような義務は認められません。善管注意義務があるのにどうして会社法355条は忠実義務を定めたのかといいますと、基本的に両方の義務は同じ内容であると解釈されていますが、取締役の重要性に鑑みて善管注意義務の内容を更に具体的に明らかにしたものです。

Bところで、取締役としての職業、社会的地位に応じて客観的、一般的に期待される注意義務といっても抽象的でわかりにくいので、結局一定の裁量権を前提にし個別的な業務をその規模、取引額等を踏まえ会社、株主の利益、債権者の利益、労働者を含めた社会全体の利益を総合的に考えて判断する事になります。そこで、具体的に取引先会社の倒産に伴う債権回収の処理をめぐり取締役の注意義務の存否が問題となった例で御説明いたします。

「取締役は会社に対して善管注意義務を負っている」これは、取締役に関する様々な問題を考えて行くときの最大のポイントです。万が一、受任者に専門家としての注意不足があり、そのことにより委任者に損害が発生したときは、受任者(取締役)は委任者(会社=株主)に対して賠償しなければならないということです。これが、善管注意義務違反による損害賠償です(会社法423条)。なお、この賠償請求について、会社と取締役の間で裁判を行う場合は、株主総会で定めた者(会社法353条)、または取締役会で定めた者(会社法364条)が会社を代表することとされています。

会社法423条(役員等の株式会社に対する賠償責任)取締役、会計参与、監査役、執行役又は会計監査人(以下この節において「役員等」という。)は、その任務を怠ったときは、株式会社に対し、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。

ただし、善管注意義務を心して任務にあたるべしとはいっても、会社に対して損失を与える危険性のあるすべての行為が、禁止されているわけではありません。会社経営というものは、ある程度のリスクや冒険的な要素は避けることはできず、逆に、これらを全く避けてしまったら、新たな開発や事業は全くできないこととなってしまい、会社の成長・発展は考えられなくなってしまいます。前述した取締役の裁量権の問題です。

2、裁判所がどのように考えているか、一つ判例を御紹介したいと思います。東京の有名百貨店A社の株主である原告が、A社の取締役又は元取締役である被告らに対し、400億円以上を投資しゴルフ場開発を依頼し倒産したB社の代表取締役及びB社に役員を派遣した銀行に対する損害賠償請求をせず(約40億円)、一切の回収行為を行わないことについて、取締役の善管注意義務に違反するとして、損害賠償を求めた事案(東京地裁平成16年7月28日判決)に沿ってご説明いたします。株主代表訴訟です(会社法847条)。

まず、判例では、善管注意義務および忠実義務の内容として「会社の財産を適切に管理・保全し、このような会社の財産が債権である場合には、適切な方法によりこれを管理し、その回収を図らなければならない」義務を負っており、したがって、「会社が特定の債権を有し、ある一定時点においてその全部又は一部の回収が可能であったにもかかわらず、取締役が適切な方法で当該債権の管理・回収を図らずに放置し、かつ、そのことに過失がある場合においては、取締役に善管注意義務違反が認められる余地があるというべき」としています。この点は、取締役の職務から当然の判断です。その上で、損害賠償請求をしない、つまり不提訴でいることが取締役の善管注意義務違反となるには、
@勝訴し得る高度の蓋然性があること  取締役職務執行行為の裁量が認められる以上高度の蓋然性は必要となります。そうでなければ、特に大会社の場合ギャンブル的訴訟追行は社会的信用を失い会社、株主、会社債権者の利益につながらないからです。
A勝訴した場合の債権回収が確実であること、これも同様な理由により当然の条件となります。
B訴訟追行による利益が訴訟追行の諸費用等を上回ること、をあげています。営利を目的とする法人である以上当たり前の事です。

本件では、上記3要件を満たさず、特に高度の蓋然性の要件が欠けるので(被告取締役の法的責任を疑わせる事情はあるが、)取締役の善管注意義務違反にはあたらないとして原告の請求は棄却されました。従来の判例では、経営判断が内容的に違法な点を含んでいないか、また、そこに善管注意義務違反がないか、という内容にまでは立ち入らず、経営判断の手続に違法な点がなかったか、という検討までにとどまっていました。その理由としては、日本の裁判所がそれぞれの経営判断に立ち入ることができる点自体は理論的に肯定されていても、経営判断は取締役の裁量に属する、という考えが背景にあるからです。先ほど示した3要件についても、@で「高度の」蓋然性としていますが、実際に訴訟においては粘り強い訴訟追行によって勝訴に導くことは不可能ではありません。また、ABの債権回収、訴訟費用の点についても、提訴時に明確に把握できることではありませんので、この要件は絶対的なものではなく、会社の規模、影響力、証拠資料の内容によりあくまでも総合的相対的な判断になってくるものであることにかわりはありません。しかし、本判決では、不提訴の判断は裁量行為であることに異論はなくとも、善管注意義務に反することはできない制限裁量行為であって、完全な自由裁量行為ではない、として先ほどの3つの要件を示したと考えられます。この判例を読んで、当職としては、結論的には取締役の基本的裁量権を前提に考慮し、善管注意義務、忠実義務の内容を具体的に解明した妥当な判決であると思います。

3、あなたがこの度取締役になり、今後損害賠償請求訴訟の提起について判断を下す場合には、ご紹介した要件について検討してみてください。具体的には、毎年、決算報告書を作成し、株主総会で承認決議を得る際に、貸借対照表の資産の部で、「流動資産」として「受取手形及び売掛金」の項目や、「投資及び貸付金」の項目が、あると思いますが、この項目の内訳に関する補足説明を取締役会決議として文書で作成することをお勧めいたします。内容としては、資産の部で、流動資産のうち○○については、会社の売り上げのためにどのように役立っている資産であるかの説明と、決算期末における清算(回収)可能性についての取締役会としての見解、それに対すてどのような措置を取るべきかについて取締役会としての意見、これを弁護士・会計士・税理士など第三者機関にも諮問しどのような返答を得たか、などについて簡潔に記載しておくと良いでしょう。その他、新規事業を行う場合でも、リスク要因については全て予算決議案に記載し、株主総会の承認を得るようにすると良いでしょう。東京証券取引所などの上場企業の決算報告書の「財務諸表注記」を一度読んでみることをお勧めいたします。

4、以上の通り、裁判所が提示した前記要件は決して絶対的なものではありませんし、ケースに応じて総合的・相対的な経営判断がなされるべきですので、弁護士等の専門家と相談しながら取締役としての職務にあたるとよいでしょう。

≪条文参照≫

(株式会社と役員等との関係)
第三百三十条  株式会社と役員及び会計監査人との関係は、委任に関する規定に従う。
(忠実義務)
第三百五十五条  取締役は、法令及び定款並びに株主総会の決議を遵守し、株式会社のため忠実にその職務を行わなければならない。
(責任追及等の訴え)
第八百四十七条  六箇月(これを下回る期間を定款で定めた場合にあっては、その期間)前から引き続き株式を有する株主(第百八十九条第二項の定款の定めによりその権利を行使することができない単元未満株主を除く。)は、株式会社に対し、書面その他の法務省令で定める方法により、発起人、設立時取締役、設立時監査役、役員等(第四百二十三条第一項に規定する役員等をいう。以下この条において同じ。)若しくは清算人の責任を追及する訴え、第百二十条第三項の利益の返還を求める訴え又は第二百十二条第一項若しくは第二百八十五条第一項の規定による支払を求める訴え(以下この節において「責任追及等の訴え」という。)の提起を請求することができる。ただし、責任追及等の訴えが当該株主若しくは第三者の不正な利益を図り又は当該株式会社に損害を加えることを目的とする場合は、この限りでない。
2  公開会社でない株式会社における前項の規定の適用については、同項中「六箇月(これを下回る期間を定款で定めた場合にあっては、その期間)前から引き続き株式を有する株主」とあるのは、「株主」とする。
3  株式会社が第一項の規定による請求の日から六十日以内に責任追及等の訴えを提起しないときは、当該請求をした株主は、株式会社のために、責任追及等の訴えを提起することができる。
4  株式会社は、第一項の規定による請求の日から六十日以内に責任追及等の訴えを提起しない場合において、当該請求をした株主又は同項の発起人、設立時取締役、設立時監査役、役員等若しくは清算人から請求を受けたときは、当該請求をした者に対し、遅滞なく、責任追及等の訴えを提起しない理由を書面その他の法務省令で定める方法により通知しなければならない。
5  第一項及び第三項の規定にかかわらず、同項の期間の経過により株式会社に回復することができない損害が生ずるおそれがある場合には、第一項の株主は、株式会社のために、直ちに責任追及等の訴えを提起することができる。ただし、同項ただし書に規定する場合は、この限りでない。
6  第三項又は前項の責任追及等の訴えは、訴訟の目的の価額の算定については、財産権上の請求でない請求に係る訴えとみなす。
7  株主が責任追及等の訴えを提起したときは、裁判所は、被告の申立てにより、当該株主に対し、相当の担保を立てるべきことを命ずることができる。
8  被告が前項の申立てをするには、責任追及等の訴えの提起が悪意によるものであることを疎明しなければならない。

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