新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.682、2007/10/5 14:56

【民事・割賦販売契約の瑕疵と保証人のローン会社に対する責任・錯誤・動機の錯誤・保証人かローン会社のどちらを保護すべきか・静的安全と動的安全の利益衡量】

質問:私は、知人のAに頼まれて、Aが購入する機械の割賦販売契約の保証人になりました。その後、Aが割賦代金を支払わないということでローン会社から私に保証人として返済するよう請求がありました。ところが、Aは機械の購入をすることはなく、機械の販売会社と示し合わせて架空のローンを組んで運転資金を調達していたことがわかりました。私としては、Aが機械を購入して事業をするものと信じて保証人となったので、架空の売買に基づく割賦販売契約の保証人となったつもりはありません。このような場合、私は保証人として責任を負わなければならないのでしょうか。

回答:
このような場合、保証人は保証契約の錯誤無効を主張することができる場合があります。錯誤による契約の無効の主張が認められるか否かは、具体的な事実関係によってことなってきますので、細かい事情を弁護士に相談する必要があります。

解説:
1.分割払いで品物を購入する場合、割賦販売法という法律により消費者が保護されています。この法律は、販売した売主に対して分割金を支払う場合はもちろん、販売した人がローン会社から代金を受け取り購入した人がローン会社に支払う場合(このようなローン会社をローン提携販売業者とか割賦購入あっせん業者といいます。)にも適用されます。

2.ご質問の場合は、売主とは別のローン会社と買主であるAが割賦販売契約を締結していますから、割賦販売法の適用があります。この割賦販売法によれば、買主が売主に対して主張できることはローン会社にも主張できることになっています。ですから、購入した品物に不備があって契約を解除するような場合はローン会社に売主に対するのと同じ主張ができることになっています(割賦販売法30条の4)。しかし、ご質問の場合は、買主自身が架空の取引であることを知って、ローンを組んでいるわけですから、正常な取引行為とは言えず非は買主にもあり、買主は架空売買であるローン契約は無効でローンを支払う義務はない、という主張はできないことになります。自らローン会社をだましているのですから、そのような主張は法律上認められないことになります。

3.このように割賦販売法による保護は受けられないことになりますが、このような架空の契約とは知らずに保証人となってしまった場合も、保証した以上、保証人は買主と同様に責任を負わされることになるのか。常識で考えても疑問が生じます。このような場合、法律的には民法95条の法律行為について要素の錯誤があったか否かの問題とされています。

4.民法95条は「意思表示は要素に錯誤があったときは、無効とする。」と規定されています。法律を勉強した人以外は何のことかさっぱりわからない文言です。簡単に説明すれば、近代市民法においては、自分の意思に基づいて法的な結果が生じる、という大原則(私的自治の原則)があります。この自分の意思を外部に表現するのが意思表示で、この意思表示に基づいて法律的な結果が発生することになっています。たとえば、自動車を買う場合、この自動車を買います、と自動車販売会社に申し出る行為が意思表示になります。自動車の売買は売る人の意思も必要ですから、売りましょう、という売主の意思表示があれば、双方の意思表示の合致がみとめられ売買契約が成立します(本来は、車種や値段など具体的な契約の内容についての合意が必要になります)。

このように意思表示に基づいて法律的な効果たとえば自動車の売買でいえば自動車の引き渡しを請求する権利や代金を支払う義務などが発生します。これが基本的な原則で、この意思表示に錯誤があると無効とされているのですが、具体的にはどういう場合なのかまだよくわからないと思います。この点については、意思表示をさらに分析して、表示意思(表示行為から認められ意思)と内心的効果意思(その人が真に持っている意思)とに分析して両者に食い違いがあるが、表示行為者がその食い違っていることを知らない場合を、意思表示に錯誤がある場合と解釈しています。平たく言えば、自分が行っていることと本当に望んでいることが違っているがそれを本人が知らない場合ということです。このような場合は、本人は自分が言っていることから生じる結果を、本当は望んでいないわけですから、私的自治の原則から言えば、言っている通りの結果を生じさせることは、本来はできないはずです。そこで、民法も本人の意思を尊重するという立場から意思表示に錯誤があるときは、法律行為は無効、つまり法律的な結果は発生しないことを明らかにしているのです。ただ、錯誤がある場合を全部無効とすると外部に現れた意思表示を信頼した人は困ってしまいます。そこで、要素の錯誤、簡単にいえば重要な錯誤に限り無効と規定しています。

以上が民法95条についての解釈ですが、現実の場面において錯誤なのか、錯誤として要素の錯誤なのかは、正直なところ裁判官、弁護士でも判断に迷うような事例は多くあります。本件も錯誤といえるのか微妙な事例です。本件と同様な事案について最近最高裁の判例があるので紹介します。この最高裁の判決(平成14年7月11日、平成11年(受)第602号保証債務請求事件)は第1審、2審とも錯誤にはあたらないとしていた判断を覆し、錯誤に当たると判断した事案です。

5、この判例の事案も質問にある事案と同様の事案です。具体的には、機械の販売契約書と割賦払い契約書がひとつになっている契約書に保証人が署名捺印しているという事案です。まず、地方裁判所は機械の引き渡しがない、いわゆる「からローン」であることを保証人が知らないで保証人となったことについては、「機械の引き渡しの有無は保証人にとって重要な意味を持たず、保証人の誤信は意思表示の動機に関する錯誤にすぎない」として、要素の錯誤にはあたらないとしています。ここで動機の錯誤という言葉が出てきますが、動機の錯誤というのは意思形成過程における錯誤で、表示行為と効果意思とに食い違いはないので錯誤ではないが、そのような効果意思をもつに到った動機に錯誤がある場合をいいます。よく出てくる事案は妊娠している馬だと思って買うことを申し出たのですが、実は妊娠していなかった場合、その馬について売買契約を締結した場合が動機の錯誤といわれています。このような誤信は、「妊娠している」という動機の部分に誤信があるので、その馬を買うということ自体は間違い(勘違い、思い違い)がありません。

そこで、民法95条でいう錯誤ではないのですが、意思形成過程に感違いがあるため表示者を保護する必要があることは否定できません。そこで、そのような動機が意思表示の相手方に明らかにされている場合に限り意思表示の内容となっているものとして扱い無効になると解されています(馬の売主に妊娠している馬だから購入しますと伝えて売買契約をしている場合)。本件の場合は、保証人になる意思はあったのですから本当に機械の引き渡しがあったと信じて保証人になったというのは保証人になる動機にすぎない、と地方裁判所は判断し、それが保証人になる際にローン会社に対して明らかになっていない以上は錯誤無効にはならないとしたのです。さらに、真実の売買契約があったと誤信したが、実は「からローン」で金銭消費貸借契約でありいわば借金の保証人となった誤信があることも議論されています。この点については、主債務者の資力に関する誤信と同様に動機の錯誤にすぎないとしています。主債務者に返済能力があると信じて保証人になったのに実は返済能力がなったという誤信は保証人になるに到った動機の錯誤であることは間違いないのですが、本件のような誤信もそれと同じと判断したのです。

6、高等裁判所の判断も地方裁判所の判断と同様でした。しかし、最高裁判所の判断はまったく反対でした。最高裁判所の判断は、「保証契約は特定の主債務を保証する契約であるから主債務がいかなる債務ものであるかは、保証契約の重要な内容である。」として本件のような事案では「商品の売買契約の成立が立替え払い契約の前提となるから、商品売買契約の成否は原則として、保証契約の重要な内容である。」とし、空クレジット契約で機械の売買契約が存在しないことを知らないで保証契約を締結したのであれば保証人の意思表示は法律行為(意思表示)の要素の錯誤(重要な錯誤)に当たると判断しました。この事案では、1通の契約書で立て替え払い契約と保証契約が、締結されることから最高裁判所は、より一層正規の機械の売買契約が締結されていることが保証契約の前提となっていることが明らかであると判断しています。

この最高裁判所の判断をどのように評価するか、従来のように動機の錯誤であるが、動機が表示されているので錯誤に当たると判断しているとも解されますし、「動機の錯誤」という、文言が判決文に出てこない以上錯誤の概念を変更したと解することもできるでしょう。学説にも動機の錯誤を錯誤と区別せず、要素の錯誤といえるか否かで、具体的に妥当な結論を出すべきであるとする見解もあります。最高裁が、錯誤の概念を変更して最近の学説の立場をとったのか否かについては、今後の議論が必要とされています。

なお、保証人の責任を否定した最高裁判所の判断には、このよう空ローンを組むような販売者と業務を提携しているローン会社より真実を知らないで保証人となった者を保護すべきであるという価値観が働いているものと考えられます。保証人もローン会社も騙された被害者であることは間違いないのですが、割賦販売ローンで利益を得ているローン会社がそのような空ローンのような不正については監督責任を負うべきであり保証人には責任がないという結論は常識的には妥当なものと思われます。むしろ地裁や高裁の裁判官がローン会社の責任を看過し、保証人の支払い責任を認めていることを考えると裁判官への信頼に疑問が残る事案といえるでしょう。

≪参考条文≫

民法
(錯誤)
第九十五条  意思表示は、法律行為の要素に錯誤があったときは、無効とする。ただし、表意者に重大な過失があったときは、表意者は、自らその無効を主張することができない。

割賦販売法
(割賦購入あつせん業者に対する抗弁)
第三十条の四  購入者又は役務の提供を受ける者は、第二条第三項第一号又は第二号に規定する割賦購入あつせんに係る購入又は受領の方法により購入した指定商品若しくは指定権利又は受領する指定役務に係る第三十条の二第一項第二号又は第五項第二号の支払分の支払の請求を受けたときは、当該指定商品若しくは当該指定権利の販売につきそれを販売した割賦購入あつせん関係販売業者又は当該指定役務の提供につきそれを提供する割賦購入あつせん関係役務提供事業者に対して生じている事由をもつて、当該支払の請求をする割賦購入あつせん業者に対抗することができる。
2  前項の規定に反する特約であつて購入者又は役務の提供を受ける者に不利なものは、無効とする。
3  第一項の規定による対抗をする購入者又は役務の提供を受ける者は、その対抗を受けた割賦購入あつせん業者からその対抗に係る同項の事由の内容を記載した書面の提出を求められたときは、その書面を提出するよう努めなければならない。
4  前三項の規定は、第一項の支払分の支払であつて次に掲げるものについては、適用しない。
一  政令で定める金額に満たない支払総額に係るもの
二  その購入が購入者のために商行為となる指定商品に係るもの(連鎖販売個人契約及び業務提供誘引販売個人契約に係るものを除く。)

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