新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.671、2007/9/10 18:33

【民事・貞操侵害による慰謝料請求】(よくある電話相談に対して,判例の立場から回答)

質問:私は,今年高校を卒業して,中小企業の経理課に就職しましたが,妻子のいる上司から積極的に交際を申し込まれ,その後,彼と関係を持つようになりました。彼は,奥さんとはもうすぐ離婚がするので,結婚しようと言っていましたが,私が妊娠して退職すると,突然,連絡をくれなくなりました。後で知ったのですが,彼は,特に夫婦関係に問題はなく,今も円満な家庭を維持しているとのことです。私は,彼に対して慰謝料を請求したいと考えていますが,可能でしょうか。

回答:
1.原則
本件のように,「奥さんとはもうすぐ離婚がするので,結婚しよう」と言われ騙されて関係を持ってしまった場合,「貞操権」の侵害があるといえますので,不法行為に基づく損害賠償請求権の行使として,男性に慰謝料を請求することが出来ると考えられています(民法709条,710条)。不法行為による慰謝料請求のためには違法な権利侵害行為が必要ですが,そもそも「貞操権」という概念は条文上ありませんからどのような権利か,認められる根拠を考えてみます。貞操権とは人間として本来有するもので性的関係において自由に行動する権利と考えられます。性的自由権は人間として生きるための基本的権利であり個人の尊厳維持確保に必要不可欠なものですから人間が生まれながらに享有する自然権です。明治時代に制定された刑法の強姦罪(刑法177条),強制ワイセツ罪(刑法176条)の保護法益は性的自由権,貞操権といえるでしょうし,民法上も不貞行為を離婚原因(民法770条1項,明治時代にも妻の姦通を離婚原因にしています,旧民法813条A。)にしていることから,貞操権という権利を前提として夫婦間の貞操保持義務を認めています。従って,相手方の虚言に惑わされて結婚を期待しながら性的関係を継続しているようであれば性的自由(貞操権)を事実上侵害されたと評価することが出来ます。

しかし,あなたは,もうすぐ離婚するという男性の言葉を信じたとはいえ男性に妻がいることを知っていたのですからあなたと男性との関係は,いわゆる「不倫関係」であり,このような不倫関係を前提としながら貞操権を事実上侵害された場合には,原則的に,慰謝料請求ができないと考えられています。なぜなら,不倫関係を継続することは,夫婦間の貞操保持義務違反を第三者が積極的にそそのかす行為であり社会の基本的生活単位である夫婦関係,ひいては社会の基本秩序である婚姻制度を揺るがし,ないがしろにするもので公の秩序,善良の風俗に反する行為(公序良俗違反。民法90条参照)と評価され,かかる不道徳で,不法な行為に手を染めた者は裁判所の法的救済を求めることはできないと考えられている(クリーン・ハンドの原則。民法708条がこの原則を規定したものですから参照してください。)からです。

すなわちかかる不道徳,不法な者に裁判所の法的保護を与えるならば法が,間接的結果的に自ら公の社会秩序を乱すものの行為を認め助力することになり法の最終目的たる社会的正義,公正の実現が出来なくなるからです。708条は,例えば愛人契約を条件に金銭を貸与し返還請求する場合のように不当利得の返還請求について不法な原因によって「一定の給付」をなした者は,その取り戻しができないという様に規定されていますから,本件のように不法行為の慰謝料請求と場面は異なりますが,不法,不道徳なものに裁判所の法的救済を与えないという趣旨は合致しますので,708条の類推適用という事になります。

裁判実務においても,たとえば,東京高判昭和42年4月12日(後述する最高裁判決の原審)は,一般論として「女性が男性に妻のあることを知りながら,男性と,長期間にわたり継続的に,情交関係を結ぶ行為は,一般的にいえば,男性の,妻に対する貞操義務違反に加担する違法な行為であるのみならず,男性と共同して,夫婦共同生活を支配する貞潔の倫理にもとる行為に出たことにともなって,民法第90条にいう公序良俗に反するものとの非難を免れず,女性がこれにより貞操権を侵害され,精神的苦痛を被ることがあってもその損害の賠償を請求することは,結局自己に存する不法の原因により損害の賠償を請求するものであり,このような請求に対しては,民法第708条本文の規定の類推適用により,法的保護を拒むべきである。」と判示しています。

2.例外
しかし,本件のように,男性側に悪質性が強い場合,例外的に慰謝料請求が認められることもありえます。法的な根拠としては法708条但し書きの類推適用という事になります。708条不法原因給付の趣旨は,前述のごとく社会的正義,公正の実現を目的としていますから,当事者の関係が不法,不道徳なものであっても法的保護を求める者に関係形成に責任がなく相手方にのみ責任があるような場合は法的保護を与えても社会的公正,公平に反する事がなくクリーンハンドの原則に実質的に反しないということになり但し書きが規定されています(例えば一般人が常習者に騙されて密輸,違法商取引資金を提供し返還を求めるような場合)。従って,不法行為の慰謝料請求の相手方に不法,不道徳な関係形成のほとんどの責任がある場合には708条但し書きが類推適用される事になります。

すなわち,最高裁昭和44年9月26日判決は,女性が異性に接した体験がなく,若年(19歳)で思慮不十分であるのにつけこみ,妻子ある上司の男性が,妻と離婚して結婚すると嘘を言い,これを信じた女性と肉体関係を持ち,女性が妊娠し出産した後,男性から連絡を絶たれたという事案で,次のように判断して慰謝料を認めました。すなわち,一般論としては,上記の原則が妥当することを前提にしつつも,「女性が,情交関係を結んだ当時男性に妻のあることを知っていたとしても・・・,その情交関係を結んだ動機が主として男性の詐言を信じたことに原因している場合において,男性側の情交関係を結んだ動機,その詐言の内容程度およびその内容についての女性の認識等諸般の事情を斟酌し,右情交関係を誘起した責任が主として男性にあり,女性の側におけるその動機に内在する不法の程度に比し,男性側における違法性が著しく大きいものと評価できるときには,・・・貞操等の侵害を理由とする(女性の男性に対する)慰籍料請求は許容されるべき」である,と判断して,上記原則に対する例外を認め,結論として,慰謝料請求を認めた控訴審の判断を支持しました。

3.本件
本件の場合,あなたは,妻と離婚して結婚しようという相手男性の嘘を信じて関係を持っていたこと,若年で思慮が十分ではないこと,相手男性から積極的に交際を持ちかけてきたこと,相手男性の家庭は特に問題がなく,あなたとの関係は,いわゆる「遊び」であったと考えられることからすると,あなたの動機における不法の程度よりも,相手男性の違法性が著しく大きいといえ,例外的に慰謝料請求が認められる可能性があると思います。年齢,交際期間,妊娠の事情も考慮し金額としては100万円から400万円程度でしょう。ただし,実際に,裁判等になれば,立証の方法等,様々な問題が生じると思われますので,まずは,弁護士にご相談することをお勧めします。

≪参照条文≫

民法
(不法原因給付)
第708条 不法な原因のために給付をした者は,その給付したものの返還を請求することができない。ただし,不法な原因が受益者についてのみ存したときは,この限りでない。
(不法行為による損害賠償)
第709条 故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は,これによって生じた損害を賠償する責任を負う。
(財産以外の損害の賠償)
第710条 他人の身体,自由若しくは名誉を侵害した場合又は他人の財産権を侵害した場合のいずれであるかを問わず,前条の規定により損害賠償の責任を負う者は,財産以外の損害に対しても,その賠償をしなければならない。

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