新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.663、2007/9/5 14:09 https://www.shinginza.com/rikon/index.htm

【離婚・精神病を理由とする離婚】

質問:妻が強度の精神分裂病にかかってしまい,家事を全く行うことができず,また,正常な会話をすることもできません。今まで治療を3年間行ってきましたが,良くならず,医者からも回復の見込みがないと言われています。妻の実家は裕福とはいえませんが,妻を養うことはできると思います。離婚することはできますか。

回答:

1.離婚には,@夫婦が協議し離婚の合意をして,離婚届を役所に提出して離婚を成立させる協議離婚,A夫婦の協議が整わない場合,家庭裁判所における調停で離婚の合意をして,離婚を成立させる調停離婚,B調停も不成立になった場合,裁判所において離婚原因の有無を判断し,離婚原因が有る場合離婚が成立となる裁判離婚があります。そして,離婚を求める裁判を提起する前には,調停を行わなければなりません(家事審判法18条)。これを調停前置主義といいます。

2.ただ,本件では,妻が強度の精神分裂病にかかっていることから,事理を弁識する能力を欠く状況である可能性が高いと考えられます。上記の手続きを行うには,法律上,妻に事理を弁識する能力が必要ですので,このままでは上記の手続きを行うことはできません。そこで,夫は,まず,家庭裁判所に,妻の後見開始の審判を求める申立てをする必要があります(民法7条)。そして,この場合,夫が成年後見人に選任される場合と夫以外の者が成年後見人に選任される場合が考えられますので,夫は,前者の場合は,成年後見監督人を,後者の場合は,成年後見人を相手方として手続きを進めることになります(人事訴訟法14条2項参照)。

そして,この場合,妻との話し合いによる解決を目的とする離婚の協議や調停を行うのは適切ではないと考えられ,本件のように配偶者の一方が強度の精神病にかかっている時は,調停前置主義の例外である「裁判所が事件を調停に付することを適当でないと認めるとき」(家事審判法18条2項但書)に該当すると解釈されていますので,夫は,成年後見監督人又は成年後見人を相手方として,当初より,離婚を求める裁判を提起することが認められます(人事訴訟法14条2項)。

3.そして,離婚できるためには,裁判所に離婚原因があると認められる必要があります。この点,裁判上の離婚原因は,民法770条1項に規定されており,「配偶者に不貞な行為があったとき」(1号),「配偶者から悪意で遺棄されたとき」(2号),「配偶者の生死が3年以上明らかでないとき」(3号),「配偶者が強度の精神病にかかり,回復の見込みがないとき」(4号),「その他婚姻を継続し難い重大な事由があるとき」(5号)が揚げられております。

4.そして,本件で問題となる「配偶者が強度の精神病にかかり,回復の見込みがないとき」(4号)とは,配偶者が,精神分裂病,躁うつ病,頭部外傷やその他の疾患による精神病にかかり,相当の期間治療を継続しているがなお回復の見込みが立たず,これによって,婚姻共同生活を行えない状態が継続しているときをいうと解釈されております。本件では,妻が強度の精神分裂病にかかり,家事を全く行うことができず,また,正常な会話をすることもできず,今まで治療を3年間行ってきたが,良くならず,医者からも回復の見込みがないと言われていることから,4号の事由に該当すると考えられます。

5.但し,民法770条2項では,「裁判所は,前項第1号から第4号までに掲げる事由がある場合であっても,一切の事情を考慮して婚姻の継続を相当と認めるときは,離婚の請求を棄却することができる」と規定されております。そこで、民法770条2項の「一切の事情を考慮して婚姻の継続を相当と認めるとき」とは,どのような場合かが問題になります。この点,結論を先に述べますと,「配偶者が強度の精神病にかかり,回復の見込みがないとき」であっても,強度の精神病の内容・程度・原因,患っている期間の長短,治療の努力の程度,治療期間の長短,強度の精神病にかかった配偶者の収入・資産状況,他方配偶者の収入・資産状況,強度の精神病にかかった配偶者の将来の生活・療養の目処(強度の精神業にかかった配偶者の両親等の収入・資力状況,両親等の年齢,他方配偶者の生活援助申し出意思の有無,将来の療養の具体的方途等),当事者の言動等を総合的に考慮し、婚姻関係が実質的に破綻していると認められない場合,さらに,婚姻関係が実質的に破綻していると認められる場合であったとしても,離婚を認めることが婚姻当事者間の正義、公平に反する場合であると考えます。

その理由を以下述べます。民法においては,一方当事者が離婚に応じない場合,他方当事者は,訴訟を提起することにより,どちらに離婚原因を作った責任があるかどうかに関わらず,婚姻関係が実質的に破綻している場合には,離婚が認められるという破綻主義が採用されていると解釈されています。そのため,民法770条1項4号(3号,5号も同様です。)は,「配偶者が強度の精神病にかかり,回復の見込みがないとき」は,どちらの当事者に責任があるかどうかに関わらず,離婚を認めています。婚姻とは夫婦が互いに精神的、肉体的に一体となり社会的共同生活体を形成する事ですから、その様な婚姻の実態がなく形骸化した破綻状態の婚姻関係をそのまま継続させても,婚姻の目的である両当事者の人間としての尊厳を保持するような幸福な社会生活は期待できないからです。しかし,「配偶者が強度の精神病にかかり,回復の見込みがない」という事情だけで,常に婚姻関係が実質的に破綻しているとは限りませんので,婚姻関係の総合的事情を考慮し,婚姻関係が実質的に破綻しているかを判断するため,裁判所に離婚の裁量権を一定の範囲で認めたのが,民法770条2項です。

そして,本規定は,それにとどまらず,婚姻関係が実質的に破綻していても(離婚原因があっても),婚姻当事者間の正義、公平の観点から,不都合な場合は離婚を認めないとした規定であると考えます。破綻主義を形式的に適用していくと,例えば,正当な理由なく身勝手な口実から破綻状態を作出し、別居などを継続し一方配偶者を精神的にも窮地に追い込むなどして夫婦生活体を故意に放棄・破壊するような行為を法が結果的に認め助長することにもなり,夫婦間当事者の実質的公平に欠け,法の理想たる正義公平の理念に反する場合が考えられるからです(憲法13条,14条等)。

そして,特に,4号の事由の場合,強度の精神病にかかった配偶者には落ち度はない場合が多く,安易に他方配偶者からの離婚請求を認めると,その者の看護者がいなくなる場合もあり,その者の今後の人生を過酷な状況に置いてしまう場合も考えられます。そこで,最高裁昭和33年7月25日判決は,「諸般の事情を考慮し,病者の今後の療養,生活等についてできるかぎりの具体的方途を講じ,ある程度において,前途に,その方途の見込のついた上でなければ,ただちに婚姻関係を廃絶することは不相当」であると判示しています(「具体的方途」の理論)。

6.そこで,本件について検討しますと,妻は,強度の精神分裂病にかかり,家事を全く行うことができず,また,正常な会話をすることもできないこと,患っている期間は3年と比較的長期間であること,夫は,治療を3年間行ってきて,治療の努力を比較的長期間行ってきたと認められること,妻の実家は,裕福とはいえないものの,妻を養うことが期待できることから,これらの事情は,離婚を認める方向に有利に働く事情であると考えることができます。しかし,他方,妻の実家は,裕福とはいえないものの,妻を養うことが期待できるとはいっても,妻の両親等が高齢で,余命が残り少ない場合も考えられます。

よって,妻の両親等の収入・資産状況,妻の両親等の年齢,夫の収入・資産状況,夫の将来の生活援助の申し出の意思の有無,妻の将来の療養の具体的方途等を総合考慮し,妻の将来の生活・療養の目処が立つ場合(「具体的方途」が立つ場合)には,婚姻関係が実質的に破綻していると認められ,さらに,離婚を認めることが婚姻当事者間の公平に反しない場合と認められ,離婚が認められる可能性が高いと考えられます。 

7.但し、より詳しい事情を聞かないと,より正確な判断をすることはできませんので,離婚問題に詳しい弁護士に相談するのがよいでしょう。

≪参考条文≫

家事審判法18条
1項前条の規定により調停を行うことができる事件について訴を提起しようとする者は,まず家庭裁判所に調停の申立をしなければならない。
2項前項の事件について調停の申立をすることなく訴を提起した場合には,裁判所は,その事件を家庭裁判所の調停に付しなければならない。但し,裁判所が事件を調停に付することを適当でないと認めるときは,この限りでない。

民法7条
精神上の障害により事理を弁識する能力を欠く常況にある者については,家庭裁判所は,本人,配偶者,4親等内の親族,未成年後見人,未成年後見監督人,保佐人,保佐監督人,補助人,補助監督人又は検察官の請求により,後見開始の審判をすることができる。

人事訴訟法14条
1項 人事に関する訴えの原告又は被告となるべき者が成年被後見人であるときは,その成年後見人は,成年被後見人のために訴え,又は訴えられることができる。ただし,その成年後見人が当該訴えに係る訴訟の相手方となるときは,この限りはない。
2項 前項ただし書の場合には,成年後見監督人が,成年後見人のために訴え,又は訴えられることができる。

民法770条
1項 夫婦の一方は,次に掲げる場合に限り,離婚の訴えを提起することができる。
1号 配偶者に不貞な行為があったとき。
2号 配偶者から悪意で遺棄されたとき。
3号 配偶者の生死が3年以上明らかでないとき。
4号 配偶者が強度の精神病にかかり,回復の見込みがないとき。
5号 その他婚姻を継続し難い重大な事由があるとき。
2項 裁判所は,前項第1号から第4号までに掲げる事由がある場合であっても,一切の事情を考慮して婚姻の継続を相当と認めるときは,離婚の請求を棄却することができる。

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