新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.644、2007/7/25 13:54 https://www.shinginza.com/qa-hanzai.htm

【刑事・引ったくりと強盗致傷の起訴前・起訴後弁護・量刑・弁護活動方法・引ったくりの後暴行があった場合はどうか】

(質問)私は、いわゆるひったくりをして、強盗致傷罪の容疑で現行犯逮捕されました。高齢の老婆が左腕に抱えていたハンドバッグを無理やり持ち去ろうとしたところ揉み合いとなり、その老婆を転倒させ全治1週間程度のすり傷を負わせました。その直後に老婆の所持していたハンドバッグを奪い取って逃走を図りましたが、犯行場所から数メートルほど離れた場所で駆けつけた警察官につかまりました。身柄拘束後3日がたちました。ひったくりの動機は、(高利の)金融業者による借金の取立てに耐え切れなくなったからです。といっても、私は今まで前科前歴等も一切なくまじめに生活しておりました。今回については本当に反省しております。出来ることならば、被害者側に謝罪をした上で、被害者に償いをしたいと考えております。ただ、私個人では資力がなく私選弁護を依頼することは出来ませんが、(私の)妻の義理の父が弁護士費用を立替えてくれそうです。従って、私選弁護人による弁護を受けるメリットがあるのであればぜひともお願いしたいと考えておりますが、メリットはあるのでしょうか。また、現在強盗致傷罪の容疑で取調べを受けておりますが、今後私に対し、どのような処分となることが予想されるのかの見込みについてご教示いただけますでしょうか。

(回答)
1(1) あなたの今後の処分の見通しについてでありますが、強盗致傷罪の容疑で逮捕されたということですし、そのまま強盗致傷罪で起訴される可能性が高いと思います。そして、強盗致傷罪で起訴されれば、実刑となることも覚悟する必要があります。ただ、真剣に反省をしていることや(被害弁償の用意は最低必要でしょう)、犯行の動機に酌量の余地があること、被害者の傷害の程度が比較的軽微であること、前科前歴がないことなどを併せ考慮すると、酌量減刑の上執行猶予がつく可能性は残されていると思います。最終的には裁判官の判断となりますので、現時点ではっきりとしたことは申し上げることは出来ません。

(2) ただ、被害者と円満に和解が成立するのであれば、執行猶予が付く可能性は高まります。ちなみに、本事案では、傷害の程度が比較的軽微でありますので、被害者との円満な和解も期待できます。

(3) また、本事案のように傷害の程度が比較的軽微な事案では、窃盗罪と傷害罪の観念的競合(刑法54条)又は強盗罪として担当検察官が処理する可能性もあります。そうなれば、執行猶予が付く可能性は極めて高いといえます。さらには、円満な和解の成立と前記有利な情状を併せ考慮して、担当検事が起訴猶予処分を下すことも全くないとはいえません。

2(1) 上記見通しを前提にすると、本事案は、起訴後はもちろん、起訴前段階でも弁護人による弁護が不可欠といえます。強盗致傷罪として起訴されれば実刑となることも多いにありえる反面、円満な示談が成立した場合には起訴猶予となる可能性もあることに鑑みれば、できるだけ早い時期に弁護人による被害者や捜査機関側との交渉が必要となるわけです。

(2) では、さらに、私選弁護人による弁護を受けるメリットはあるのかどうかという点であります。
結論としては、そのメリットはあるといえます。本事案は、強盗致傷被疑事件であり、法定刑が短期1年以上ですので、現在では被疑者国選弁護人制度の対象となります。従って、弁護人による弁護を受けることは出来ます。被疑者国選弁護人を付すことができるということです。

ただ、被疑者国選弁護人の活動には事実上の限界があると思われます。なぜなら、そもそも、被疑者国選弁護人制度は、本来私選弁護人に依頼することが出来ない被疑者でも、資力の有無を問わず弁護人依頼権を保障する趣旨です。そうすると、比較的高額の示談金が想定される本件において、弁護士費用を支払いが困難なことを理由に国選弁護人の選任を受けたにも拘らず、かかる国選弁護人が被害者との間で高額な示談交渉をすることは難しいといえます。その意味で、親族等が弁護士費用を支払ってくれるのであれば、国選弁護人ではなく私選弁護人による弁護を受ける方が弁護の実質が上がる可能性が高いという予想は出来ると思います。

(解説)
1 強盗致傷罪は重い犯罪類型である。
強盗致傷罪の法定刑は、改正前は無期又は7年以上の懲役と規定されていましたから強盗致傷で起訴されると情状による酌量だけでは3年6月までしか減刑できず、懲役3年以下の罪しか執行猶予が付けられませんから(刑法25条1項)初犯で情状により特に酌量減刑すべき事情があっても実刑にせざるをえず本件のような場合も含め事案によっては量刑上裁判官も大変困っていたようです(大阪地裁平成16年(わ)第3638号強盗致傷被告事件平成16年11月17日判決確定は裁判官が悩んだ末に強盗致傷を認めず強盗と傷害の観念的競合を認めています)。そこで平成16年12月1日第161国会で本条が改正され無期懲役又は6年以上の有期懲役(240条前段)になりました。それでも同罪は、財物奪取の手段として暴行・脅迫を用い、傷害の結果を生じさせることが刑事学的に顕著な類型であり禁圧の必要がある当罰性の高い行為であるため法定刑が高くなっています。前述のように、執行猶予は、3年以下の有期懲役の言渡しを受けることが要件となります。そうすると、同罪では法定刑のままでは執行猶予判決とならず、原則として実刑判決となります。例外的に、酌量減刑された場合には、判決で3年以下の有期懲役の言渡しが可能となりますので、執行猶予の対象となります。

2 ひったくりにより傷害を生じさせる事案の多くは起訴前弁護の重要性が高い事案であること
まず、ひったくりとは何かにつき一言すると、必ずしも明確な定義があるわけではありませんが、路上犯罪の典型であり、他人が携帯する財物を無理やり奪い取る行為ということが出来ます。ただ、一律にひったくりといっても、行為態様は様々ですし、被害者側の事情にも左右されます。にも拘らず、ひったくり事案では、被害者に傷害の結果が生じると、実務上強盗致傷罪の容疑で逮捕され取調べを受けることが多いといえます。その上で、以下の2点との関連でひったくり事案では起訴前弁護の必要性が高いということが結論付けられます。

@ 強盗致傷罪として起訴されない方向での弁護活動。すなわち、窃盗と傷害、又は強盗一罪 にできるか。窃盗は下限懲役1月ですから量刑も半分以下になるでしょう。強盗一罪でも法定刑が懲役5年以上ですから法定刑の下限でも1年は違うことになります。

A 強盗致傷罪として起訴されたとしても酌量減刑により執行猶予判決を得るための情状弁護。

(1)@との関係
ア まず、強盗致傷罪として起訴させないということがそもそも可能かどうかについて疑問に思われるかもしれません。しかし、逮捕段階の罪名がそのまま起訴段階まで維持される必然性はありません。捜査の進展に併せて真相が明らかとなるわけですから、逮捕時の罪名が後に変更されることは全く不自然ではありません。また、検察官には起訴裁量権がありますので、裁量の範囲内で起訴するか不起訴とするかといった判断や、一部起訴(本来強盗致傷罪で起訴することが可能であるが、強盗罪で起訴するようなこと)にとどめることも可能です。この様に逮捕時の罪名よりも軽い罪名で起訴することを実務では「罪名を落とす」と言うことがあります。起訴前弁護の弁護士は、検察官に対して被疑者に有利な事情を説明し、「罪名を落として起訴すべきである」と主張を行ったりします。

イ 以上のことを前提に、ひったくりの際に被害者等に怪我を負わせた場合の擬律について次に簡単に検討します。
この点、学説上は、ひったくり事案があった場合のポイントとして、@ 強盗罪にいう「強取」に該当するのか、A 「強取」に該当するとして、傷害の程度が軽微な場合について、強盗致傷罪にいう「傷害」に該当するのかの観点から整理されております。

(ア)@について
具体的には当該箇所の各文献を参照していただくこととなりますが、大まかに言うと、学説上は、被害者の虚を突き、あっけに取られているすきに財物を奪うような通常のケースでは、相手方にいくらかの有形力の行使がされたとしても、窃盗罪と評価すべきであるとします。これに対し、相手方が財物を奪われないように抵抗すると転倒させられたり引きずられたりして負傷するような態様の場合には、犯行を抑圧する程度の暴行があり「強取」として強盗罪と評価されるとします。なお、裁判例では、原動機付自転車で運転しながら女性の方に提げていたハンドバッグを無理やり引っ張って奪い取ろうとして転倒させ路上を引きずり回す等の行為を「強取」にあたると判断したものがあります(東京高等裁判所昭和38年6月28日【昭和38う807】、名古屋高等裁判所昭和42年4月20日【昭和41う736】)。

(イ)Aについて
強盗致傷罪の「傷害」について、学説上は医師の治療を要する程度というように、軽傷を除外すべきとの立場も有力ですが、傷害罪(204条)における傷害と同一に解するのが判例です(最決昭41・9・14裁判集160−733、最判平成6年3月4日判決等)。本条法改正前の前記大阪地裁平成16年判決は、この最高裁判例を採用せず前科前歴もないいわゆる「オヤジ狩り」をした犯行当時19歳の少年であった被告人に執行猶予をつけるため強盗致傷の「傷害」について日常生活に支障をきたさないような軽微な傷害は(病院に行ってもほとんど治療を受けていないような全治1週間程度のかすり傷)は本条の「傷害」に当たらないとして傷害の範囲を限定的に解釈し強盗致傷の成立を否定しました。判決は現行刑法本罪の制定改正の歴史、他の罪との刑の均衡、強盗罪の性格(強盗は犯行を抑圧する暴行を要件としており軽微な傷を予想しているので)、16年当時刑法改正作業中の経過を詳細に検討し総合的に判断したものであり納得できるものです。判決の中において検察官が適切な起訴裁量をせずに安易に強盗致傷で起訴したことを明確に指摘しています。その結果この判決に対する検察官控訴はありませんでした。少数説ですが、地裁の判例(大阪地判昭和54.6.21判例時報948号111頁、広島地判昭和52.7.13)で他にも同趣旨のものがあります。しかし、現在は改正により強盗致傷でも執行猶予判決が可能ですから本判例のような少数説が常に採用されるかは疑問です。

(ウ)実務上の取扱いを含めたまとめ
上記のことからすると、単純なひったくり事案は強盗罪ではなく窃盗罪が妥当します。従って、理論上は単純なひったくり行為により傷害の結果が生じた場合、強盗致傷罪とはならず、窃盗罪と傷害罪の観念的競合として、窃盗罪の法定刑で10年以下の有期懲役の範囲内で処理されるはずです。量刑上は懲役1年−2年の範囲にとどまるでしょう。ただ、実際上、通常のひったくり行為か強盗の対象となるひったくり行為かどうかの境界は必ずしも明確とはいえません。捜査機関側としては、捜査段階では職務上できる限り重い罪での起訴を考えるのが通常ですから、ひったくりの際に傷害の結果が生じた場合、多くの場合強盗致傷罪の罪名で逮捕されます。そのことから、弁護人としては、本来強盗致傷罪に該当しないような事案について、強盗致傷罪相当の事件であると事実を捻じ曲げられることのないよう、捜査機関側の捜査を十分に監視・監督する必要があります。また、仮に形式的には強盗致傷罪に該当するとしても、ひったくりの行為態様や、傷害の程度の軽微性などから、起訴罪名を下げてもらうよう働きかける弁護活動をすることとなります。

(エ)弁護の具体的方法としては捜査の密行性はありますが刑事訴訟の大原則である真実発見のため検察官、担当刑事捜査官とまず直接面談し、自らの証拠考え方を誠実に開示し、捜査側の証拠を聞き出し被害者の言い分、犯行現場等の分析等を行い、必ず書面にして送付し、又は手渡しして意見を来るべき公判廷での主張と同様に行う事が必要になります。捜査側の対応は担当官によりまちまちですが、弁護側が先ず捜査を妨害しないという誠意ある態度を表明すれば真実発見を重視する捜査官であるならば協力的態度で交渉に応じてくれるでしょう。その中で捜査側の主張根拠を明確にして反論し、起訴前に説得が必要です。というのは起訴後では検察庁全体としての方針決定後であり検察官側が起訴状に書かれている訴因変更(起訴状に公訴事実として記載されている審判の対象を言います。刑訴256条3項、刑訴312条)には応じないのが一般だからです。起訴前弁護で大切な事は黙秘権、被疑者の人権を盾に不利益な事実を認めず被疑者の有利な主張のみを行い捜査官に不信を抱かせることです。論戦は公判廷で堂々と行いたいものです。

(オ)一般論ですが御質問の事実関係からは強盗致傷の成立はやむをえないと思われます。しかし前記大阪地裁判例のように傷害の範囲について限定的に解釈する地裁判例もあることから粘り強く弁護活動をする必要があります。

(2)Aとの関係
仮に強盗致傷罪として起訴されてしまったとしても、改正前と異なり酌量減刑されれば執行猶予判決を得る可能性がなおあります。そこで、弁護人としては、強盗致傷罪で起訴されてしまった場合、裁判官に酌量減刑の上執行猶予判決を得るよう、出来る限り被告人に有利な情状を主張することとなります。

(イ)行為態様、動機等公訴事実自体に関する事情
(ロ)被告人の反省の有無・程度、家族の指導監督の有無、同種前科の有無等被告人側の事情
(ハ)被害者側との示談の有無等被害者側の事情

(二)以上の中で一番大切なことは、(ハ)の被害者側との謝罪弁償の示談交渉です。本件の場合以下のような事情から、被害者側への謝罪、弁償、が後回しになる危険があります。すなわち、本件は、公判廷で弁護側が強盗と傷害の観念的競合を主張するあまり謝罪が遅れることになる可能性があり、被害者側が強盗致傷を認めないということで反省していないということで示談自体を拒否する危険があります。しかし、この弁護方法は問題です。先ず被害弁償を何はともあれ最優先にすべきです。

その理由を申し上げます。本件ではどのような罪になるかは別として、御高齢な老婆からハンドバックを奪おうとしてもみ合い怪我を負わせたのです。被害者は自力救済の禁止から被告人に報復は出来ないのですから、国家が被害者の代わりになり罰を与えて罪を償ってもらい秩序を維持しようとするのです。しかし実際の法秩序の回復は被害者への謝罪、弁償なくしてはありえません。被告人が処罰され刑務所に行っても被害者の経済的、精神的実害回復がない限り被害者にとって真の意味の秩序回復はないのです。裁判所もこの点を最も重要しますし判決まで被害者の被害回復を待っています。これは強盗事件に限らず、個人法益に対する罪である限り殺人でも、交通死亡事故でも同様です。被告人側が直接被害者側に謝罪にいくことは被害者の心情を考えると実際上難しいわけですから、有罪である以上公的側面を有する弁護人が真っ先に行うべき事は被害者に対し誠意誠意謝罪し、具体的弁償することであり、そして真の更正の誓いです。法解釈を駆使した理論による責任軽減、回避の論戦は謝罪、被害回復を前提にしてこそ意味があります。日本の刑事法は犯罪人を単に処罰し社会から隔離するのではなく何とかして更正させ社会復帰により法秩序の安定維持を目標としていますからこの主張こそ被告人にもっと有利な弁護活動になるはずです。無期、死刑判決が予想される近時の重大事件、大型証券取引法違反の事件でも同様であると思います。前記大阪地裁平成16年判決も被告人の反省、謝罪、被害者の宥恕を大前提としています。

酌量減刑にあたって重要なポイントとなりますので、それらについて重点的に被告人に有利な主張をすることとなります。

2.ちなみに本件と類似事例を御紹介します。
本件で被害者の老婆から揉みあうことなくハンドバックを引たくり逃走、老婆(又は通行人)が追いかけその途中で暴れる犯人をつかもうとして転倒し、又は障害物にぶつかって怪我した場合です。万引きの場合によく生じる事案です。これは窃盗犯が逮捕を免れるため暴行をしたと見ることが出来ますから(事後)強盗致傷(刑法238条240条)の成否が問題になります。本件と同様の理由により、窃盗と傷害の併合罪(観念的競合ではありません)の成立を弁護人としては主張し起訴前であれば不起訴処分、起訴後であれば執行猶予を求めれことが必要です。少年事件としてよく問題になります。

≪条文参照≫

刑法
(執行猶予)
第二十五条  次に掲げる者が三年以下の懲役若しくは禁錮又は五十万円以下の罰金の言渡しを受けたときは、情状により、裁判が確定した日から一年以上五年以下の期間、その執行を猶予することができる。
(窃盗)
(併合罪)
第四十五条  確定裁判を経ていない二個以上の罪を併合罪とする。ある罪について禁錮以上の刑に処する確定裁判があったときは、その罪とその裁判が確定する前に犯した罪とに限り、併合罪とする。
(一個の行為が二個以上の罪名に触れる場合等の処理)
第五十四条  一個の行為が二個以上の罪名に触れ、又は犯罪の手段若しくは結果である行為が他の罪名に触れるときは、その最も重い刑により処断する。
(窃盗)
第二百三十五条  他人の財物を窃取した者は、窃盗の罪とし、十年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。
(事後強盗)
第二百三十八条  窃盗が、財物を得てこれを取り返されることを防ぎ、逮捕を免れ、又は罪跡を隠滅するために、暴行又は脅迫をしたときは、強盗として論ずる。
(強盗致死傷)
第二百四十条  強盗が、人を負傷させたときは無期又は六年以上の懲役に処し、死亡させたときは死刑又は無期懲役に処する。

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