新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.612、2007/4/27 16:40

【民事・契約】
質問:店舗などの内装業をやっていますが、先日、下請け契約を締結する前の案件で突然キャンセルになってしまいました。正式発注を受ける前でしたが、何度も打合せに応じ、オープンまでの日数が少ないがよろしく、などといわれていました。そこで、店舗側が希望する部材の材料を発注し、一部加工作業を始めていました。特殊な形状の材料だったので、キャンセルになっても、他の現場に転用することは無理です。これらの仕入れや加工に要した費用を賠償請求することはできないものでしょうか?こちらから費用負担を求める連絡をしたのですが、「正式発注していないから払えない」と言われてしまいました。

回答:相手方に対して、不法行為に基づく損害賠償請求(民法709条)として、もしくは契約準備段階における信義則(民法1条2項)上の注意義務違反にもとづく損害賠償請求として、材料費等の支払いを請求できる可能性があります。あきらめずに、弁護士などにご相談ください。

解説:
1、契約締結前における当事者間の関係について
 (1)民法上は、契約締結によって権利義務が発生し、契約当事者はそれに拘束されます。本件のような請負契約の場合には、注文者と請負人が請負契約の締結をすることによって、請負人に仕事完成義務が発生し、注文者に報酬支払義務が発生します(民法632条)。このような原則からすれば、契約締結前には、当事者間にはなんらの権利義務もないと考えられ、損害賠償請求をすることはできないとも思われます。

(2)しかし、実際の契約締結は、民法が規定するようにある一時点をはさんで瞬間的に当事者間の関係が形成される場合ばかりではありません。正式な契約を締結する前であっても、本件のように当事者間による交渉が繰り返され、時には契約内容についての駆け引きなどがなされるという一連のプロセスを経て、当事者間に信頼関係が形成され、契約の締結へと至ることが少なくありません。そして、このような一定の人的関係を形成した当事者間においては、相手方の信頼を保護すべきであり、相手方を害した当事者に対して法的責任を負わせる必要があります。

(3)このような考えから、各当事者は、契約締結交渉過程においても相手方の信頼を害して不当な不利益を与えないという、信義則上の注意義務を負う、と考えられています。したがって、@相手方に対して契約締結への強い期待を抱かせ、Aその結果相手が財産的出費を伴う行動を開始したにもかかわらずB相手方の信頼を裏切った場合には、相手方が被った損害について損害賠償をしなくてはなりません(最高裁昭和59年9月18日第三小法定判決)。

(4)また、契約締結段階における信頼を裏切る行為が不法行為(民法709条)に該当する場合には、不法行為に基づく損害賠償請求をすることも考えられます。不法行為は、(A)故意又は過失に基づく行為によって、(B)他人の権利利益を侵害し、(C)それによって(因果関係)、(D)当該他人に損害が発生した場合に成立し、行為者は損害賠償責任を負います。そこで、契約準備段階においても、(A)相手方の契約締結への信頼に反して契約締結の中止を申し入れ、(B)それによって契約締結を前提としてなした出費を無意味なものとし、(C)支出を補填するなどなんらの代償的措置を講ずることなく、(D)相手方に出費相当額の損害を被らせた場合には、相手方が被った損害を賠償しなくてはなりません(最高裁平成18年9月4日第2小法廷判決)。

(5)損害賠償の範囲については、相当因果関係にある賠償を求めることになりますが、契約締結後は、契約上の義務を前提として考慮され、履行利益(口頭弁論終結時の目的物の価格を基準とする。最高裁判決昭和30年1月21日)を基準として請求できると解釈されていますが、契約締結段階では、契約上の義務はありませんので、一般的に履行利益(逸失利益・転売利益など)を請求することは困難でしょう。信頼利益として、契約締結交渉において生じた信頼関係に基づいて生じた当時の損害のみ賠償請求できると解釈されています。(最高裁判決昭和32年1月31日、物の滅失毀損に対する損害賠償の金額は、特段の事由のない限り滅失毀損当時の交換価格による。)

2、本件の場合について
(1)本件の場合、店舗側の突然のキャンセルが信義則上の注意義務違反ないし不法行為に当たるでしょうか。
(2)信義則上の注意義務違反について
本件では、相談者と店舗側は何度も打ち合わせをしています。また、店舗側は、オープンまでの日数が少ないからよろしく、などと言い、相談者に対して特殊な形状の材料の使用を希望することを伝えていると思われます。このような状況からすれば、店舗側が他の業者に発注する可能性があることを伝えるなどの特段の事情がない限り、そのまま正式な契約締結に至るものと考えるのが通常であり、@相手方に対して契約締結への強い期待を抱かせたといえます。そして、相談者は、契約締結への期待のもとに、店舗側が希望する材料の発注をし、一部加工作業を開始しています。これは、A財産的出費を伴う行動を開始した場合にあたります。それにもかかわらず、店舗側は、相談者の費用負担を填補することなく、突然キャンセルをしています。これはB相手方の信頼を裏切る行為であり、キャンセルの理由が相談者にある場合ややむを得ない事情がある場合を除いて許されないものといえます。したがって、店舗側は、原則として相談者が被った損害について損害賠償をしなくてはなりません。

(3)不法行為について
本件において、相談者には前述したとおり契約締結に向けての期待が生じているので、店舗側のキャンセルは、(A)相手方の契約締結への信頼に反して契約締結の中止を申し入れたといえます。そして、相談者は、契約締結を前提として、店舗側の指示に従った特殊な材料を発注したり、オープンに間に合うように加工作業を開始したりしています。これは、(B)契約締結を前提としてなした出費にあたります。そしてこの材料は他の現場に転用することができないものですので、店舗側のキャンセルによってなんら経済的価値を有しないものとなっています。それにもかかわらず、店舗側は、(C)支出を補填するなどなんらの代償的措置を講じていません。したがって、(D)相談者には出費相当額の損害が発生したといえます。契約締結後ではありませんので、見込まれた内装工事代金収入(逸失利益)の請求までは困難でしょう。以上より、店舗側は、原則として相談者が被った損害について賠償をしなくてはなりません。

3、終わりに
上述した説明は、あくまで一般的な場合についての可能性に過ぎません。店舗側に損害賠償責任が発生するかは、契約締結段階での当事者双方の言動や契約の性質など、具体的な事情によって異なります。実際にお困りの際には、相手方から受け取った書面や出費についての明細書などの飼料をご持参の上、弁護士などにご相談ください。

≪参考条文≫

(基本原則)
第一条  2  権利の行使及び義務の履行は、信義に従い誠実に行わなければならない。
(請負)
第六百三十二条  請負は、当事者の一方がある仕事を完成することを約し、相手方がその仕事の結果に対してその報酬を支払うことを約することによって、その効力を生ずる。
(不法行為による損害賠償)
第七百九条  故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。


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