新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.594、2007/4/6 15:39 https://www.shinginza.com/sakimono.htm

[民事・消費者・株式信用取引・手仕舞い拒否・説明義務違反・適合性の原則による損害賠償請求]
質問:私は関西で公務員を定年退職した70歳の年金生活者です。はじめて株式投資を始めたD証券会社で保護預かりをしていた銘柄につき同社から適切な情報をもらえなかったことから、N証券会社からの電話勧誘を機会に、そちらに全銘柄を移すことにしました。N証券の担当者S氏は、「当社には、各銘柄をあらゆる角度から検討し計算し尽くし、そして選び抜いて、買いサイン銘柄、売りサイン銘柄と称し、情報を出している部署があります。そこの買いサイン銘柄で買い、売りサイン銘柄で売れば間違いなく儲かります。」と前置きした上で、買いサイン銘柄と売りサイン銘柄が記載された表などを利用しながら説明をしていき、「D証券に預けてある株券をN証券に移すと、それを担保とし、5、000万円くらいの株が信用買いできますよ。買う銘柄はお任せください。信用取引は、持っている有価証券が担保として拘束されるので、現金が少なくても株式が買えるのですよ。」と勧めてきたので、私はその気になって「お願いします。」と応じ株券を移転しました。S氏は買いサイン銘柄の中から選んだとして5銘柄(A、S、N、K、M)5、000万円分を購入、私は信用取引の保証金500万円を現金で預けました。ところが、私が信用取引を始めた頃から株価は下落し、購入の翌日から信用銘柄のK株が下落しました。株価は毎日容赦なく下がり、100万円単位で損失を重ねる日々が続き、信用取引について全くの素人である私の神経は参り、新聞の株式欄を見ると目眩いがし、夜も眠れず、食事も喉を通らず、心身共に疲れ果てていました。

そんな中、S氏から「M株が悪い」という連絡が入りました「課長レベルで知り得た(早く確実な)情報なんですが、M社が下方修正するようです。決算が発表されると株価はKのように大幅に下落することになりますから、今のうちに売却した方がよいですよ。」と言われたため、「早速の情報をありがとう。即売却してください。」と注文を出しました。すると、S氏は、「M株を売るには保証金が足りないので、現金を補充してからでなければ売れません。」と述べたため、「私は、担保株の他に現金も500万円は入っているのにどうしてですか。」と質問したところ、「信用買いの5銘柄は、それぞれ約1、000万円くらいずつ合計5、000万円ほど買っています。所持株の時価がそのままだとしても、維持率というのがあって、損失が一銘柄につき約100万円を超えると、超えた分は別途用意しなければならないのです。」とのことでした。信用銘柄を売却するのに現金が必要であるなどということは、今まで私は全く説明も受けておらず、初めて聞いたことで、青天の霹靂でした。しかし、こここまでくれば仕方がないと観念し、担保に入っていないS電子を売って、M株売却の不足金が用意できるようになったらM株を売ろうと考えました。さらに、これ以上信用取引をするのは精神衛生上良くないので、値下がり分・手数料・諸税合わせても十分保証金の範囲内であるA、S、Nの売り注文を出し、その後、所持株を全部売却して尤も値下がりの大きなK株を売るという手順で信用銘柄を順次売り、手仕舞いするということで合意しました。

翌日、S氏より「S電子が売れたのでMも売却できました。」と連絡がありました。M株が売却できたため、私は次にA、S、Nを売ってくれるようS氏に注文を出しました。するとS氏は「この3銘柄はまだ値上がりするので今売っては勿体ない」と述べて自分の相場観を延々と披露します。しかし、悪い材料ばかりで現に株価がじりじり下げ続けている状態ではS氏の話に耳を傾けるつもりはありませんでした。にもかかわらず、S氏はあと40円、50円とか、需給バランスの数値がどうだとか、専門用語を羅列して「売るな」と言うばかりでした。そこで、仕方なく別の担当者H氏に電話をし、昨日私が電話で預り残損益の確認をしたことをもとに売り決心をしたことを話し、3銘柄を成り行きで売ってくれるように注文を出しました。そのとき同人は「Aが今、買値を超えて1、940円で、まだ値上がり気配ですよ」と言いましたが、私は確実に売却したかったので、「1、940円でも何でも良いからとにかく今日成り行きで売ってくださいよ。」と念を押しました。同人は「はい、わかりました。」と返事をしました。

ところが、翌日、S、H氏が売り注文を執行していなかったことを知りました。それを知ったときの私は、異様な不安と身の毛のよだつ恐怖感に駆られ身震いしながら、どうして売ってくれなかったのかを問い、今からでもよいから売ってくれとお願いしました。しかし、S氏は、昨日と同様、早口で強気の相場観を専門用語を交えて語るだけで、一向に私の注文を聞こうとしません。翌日以後、S氏は、毎日午前と午後に電話をかけてきて、売らないように、例えば「株価はまだまだ下げますが、下がった方が、政府の対応を迫りやすいし圧力をかけやすいのだから、もっと大幅に下げた方がその分大きく切り返します。」とか11週線とか13週線があるとか、とにかく専門用語の羅列で一方的にしゃべりまくり売ってくれませんでした。私は、その間、日本証券業協会苦情相談室に電話を入れたり、県民相談センターを訪問、財務省に行くと「N証券には口頭で指導をするが、損害の賠償については司法手続きを利用するように。」言われました。

その後、株価の下落に伴い、N証券から追加保証金の差し入れ要請、催告通知が文書で来ましたが、これ以上、余裕資金がなかったためそのままにしていたところ、N証券は追い証解消のためA、S、Nを売却し、現金保証金も清算、担保株以外の所持株のS化成品工業が売却されました。

信用取引を終わらせてくれない、株券も返してもらえない、私は一体どうしたらよいのでしょうか。

回答:大変な思いをされて法律事務所に連絡をされたようですが、とにかくこの状態で信用取引を継続しているのでは損が膨らむ可能性があるので、証券会社に手仕舞いを指示してください。もしくは弁護士に依頼して、手仕舞いの指示及び売り注文の不執行による損害賠償等を請求する内容証明などを送付してもらってください。法的に言うと適合性原則違反、説明義務違反を問うことも考慮に入れる必要があります。

解説:
1.信用取引とは、「証券会社が顧客に信用を供与して行う有価証券の売買その他の取引」(証券取引法156条の24)を言い、投資家が、有価証券の売買を行う際に、購入代金を証券会社から借りて株式を買い付け、または、売却証券を借りて株式を売却する取引を言います。これは売買する株式の額の30%以上の額の保証金を預ければよいので、取引が多額となり損失が大きくなる反面、期間が原則として3ヶ月ないし6ヶ月に限定されているので、価額が買値より一定額以上高くならないときは損をして決済するしかなく、高くなるときがあっても、そのときに売りの決断ができない限り、やはり損をして決済することになり、かなりのハイリスクです。また投入資金との比率で考えると、現物取引に比べ手数料の割合が高くなることや、資金や株式を借りて取引をするので、その利息が発生し続けることが利益を上げることをさらに難しくし、また、価格が期待と逆の方向に一定以上変動すると追加保証金の問題が生じ、損をして決済するか追加保証金を入れて様子を見るかの判断をしなければならず、この判断を誤ると損はさらに拡大することもあり、このような危険性を伴う行為が信用取引です。

2.具体的に説明しますと、信用取引を行う場合、通常約定金額の30%以上の委託保証金が必要とされていますが、これが30%の場合、約定金額1、000万円の場合には300万円の委託保証金が必要ということになり、逆に見ると300万円の保証金で1、000万円の取引ができるということで、持っている資産以上の取引ができることになりますが、その分リスクも大きいと認識する必要があります。委託保証金は現金以外に有価証券を担保とすることもできますが(代用有価証券)、現金換算率が株式によって異なり、上場株式の場合は時価の80%とされています。即ち、時価100万円の株式なら80万円の担保価値があるということです。

3.あなたの場合は、5、000万円の建玉に対して、現金500万円、時価1、250万円の所持株(上場株式、担保価値1、000万円)合計1、500万円を担保としたということです。信用取引による建玉が、相場の変動によって計算上損失が発生した場合、また代用有価証券が値下がりした場合にも追加の保証金を差し入れなければならなくなります。そして、受入金額から計算上の損失を差し引いた保証金の残額や代用有価証券の値下がりによる保証金残額が約定金額の20%を下回った場合には、その約定金額の20%に達するまでの金額を追加保証金として支払わなければなりません(維持率)。例えば、建玉5、000万円の株が4000万円に下がったとすると、計算上1、000万円の損失が出たことになり、差し入れ保証金1、500万円-1、000万円は500万円にしかならず、20%の維持率1、000万円に対し500万円が不足しているので、追加の保証金として500万円を支払わなければならないことになります。あなたは、このあたりの説明を受けておらず信用銘柄を売却するのに現金が必要になることに驚愕して、慌てて信用銘柄全ての手仕舞いを指示、担当者も合意したけれども、実際、証券会社はM株のみ売っただけで他は手を付けなかったということです。

4.弁護士に依頼する等して証券会社に指示して手仕舞いを行った後は、証券会社に対する損害賠償の請求を検討してみましょう。
(1)そもそも公務員を定年退職して年金生活者でありしかも現物取引を始めたばかりのあなたに対して、信用取引を勧めるという点において、証券会社に対して適合性原則違反を問うことが考えられます(証券取引法43条)。つまり、証券会社は、証券取引の専門家としての知識と経験を基礎として、市民や一般投資家と取引することを、免許という形で国家から公認されており、そのため証券会社は、「投資者に対する投資勧誘に際しては、投資者の意向、投資経験及び資力等に最も適した投資が行われるよう十分配慮すること、特に証券投資に関する知識、経験が不十分な投資者及び資力の乏しい投資者に対する投資勧誘については、より一層慎重を期すること」(昭和49年12月2日蔵証第2211号。)が求められており、証券取引法43条もその趣旨で規定されています(適合性の原則)。既述のとおり、信用取引はリスクが大きく難しい取引ですので、投資経験・知識が豊富で資金が潤沢にある顧客がこの取引を十分理解して自ら希望する場合のみ開始すべきですし証券会社としても注文を受けるべきところ、あなたは株式の現物取引さえ勧められて始めたばかりの取引未経験者であり、公務員を退職して老後のための蓄えを有利に資産運用しようとしていたもので、信用取引の勧誘対象としては適合性を全く欠く市民です。それにもかかわらず、担当者はあなたの意向と裏腹にハイリスクの信用取引を勧誘しています。従って、現場にいて証券会社の事業を執行するS氏があなたを勧誘して信用取引を始めさせた行為は、右適合性の原則に違反したものとして、民法709条の違法行為といえるでしょう。

(2)また、証券会社は専門家として、顧客が取引の意思決定をするについて不可欠な要素については事前に説明すべき義務がありますが、このあたりの説明も不十分だったと言えます。信用取引はリスクの大きい取引ですから、担当者らは、あなたにその危険性を十分説明をして理解をさせた上で、あなたがなお希望する場合にのみ取引を開始させるという注意義務があると思われます。しかし、S氏は、右の説明を全くせず、「D証券に預けてある株券をN証券に移すと、それを担保とし、5、000万円くらいの株が信用買いできますよ。買う銘柄はお任せください。信用取引は、持っている有価証券が担保として拘束されるので、現金が少なくても株式が買えるのですよ。」と説明し、信用取引の基本的な仕組みの説明、即ち決済期限が3ヶ月または6ヶ月の処分期限があること、当たれば大きく利益が出るが保証金を超えて損が発生するリスクもあること、維持率等については詳細な説明をしなかったので、あなたは現物取引と同じようなものとの認識だったようです。このようにS氏はあなたに対し十分な説明をせず、信用取引を開始させた点で上記注意義務に違反し、民法709条違反となりうるでしょう。

(3)さらに、あなたは、当時の経済情勢、株式市況からするとこれ以上信用取引を継続していても危険であり、損害が増大する可能性があると判断して信用取引銘柄三銘柄の売り注文を出したのですから、S氏はこれを無視したり拒絶したりせず、誠実に売り注文を執行すべき義務があったにもかかわらず執行しなかった過失によりあなたに損害を与えた(民法709条)とも言えるでしょう。

(4)そして、上記のようなS氏の不法行為は、N証券の事業を執行するにつき被用者として行ったものですから、N証券は、民法715条1項に基づき、S氏の使用者として、S氏があなたに与えた損害を賠償する責任があるとも言えます。

(5)また、N証券は証券取引受託業者として、委託者であるあなたの注文を誠実に執行すべき義務を負うところ、N証券の履行補助者である社員S氏は、平成○年×月×日、あなたからの信用取引銘柄三銘柄の売り注文を受けながら、これを無視し拒絶し、それによりあなたの売却注文を執行すべき義務を怠り、かつあなたの手仕舞いを妨害したものですから、N証券はこれにより生じた損害について債務不履行責任を負うとも言えます。

(6)但し、上記担当者とのやりとりは「言った言わない」に終始することが多く、訴訟で立証しようとしても困難な場合があります。後日の立証のために、証拠となるもの(録音テープ)等を用意した方がよいかもしれません。

≪参考条文≫

証券取引法
第四十三条  証券会社は、業務の状況が次の各号のいずれかに該当することのないように、業務を営まなければならない。
一  有価証券の買付け若しくは売付け若しくはその委託等、有価証券指数等先物取引、有価証券オプション取引若しくは外国市場証券先物取引の委託又は有価証券店頭デリバティブ取引若しくはその委託等について、顧客の知識、経験及び財産の状況に照らして不適当と認められる勧誘を行つて投資者の保護に欠けることとなつており、又は欠けることとなるおそれがあること。
二  前号に掲げるもののほか、業務の状況が公益に反し、又は投資者保護に支障を生ずるおそれがあるものとして内閣府令で定める状況にあること。
(不法行為による損害賠償)
第七百九条  故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。
(使用者等の責任)
第七百十五条  ある事業のために他人を使用する者は、被用者がその事業の執行について第三者に加えた損害を賠償する責任を負う。ただし、使用者が被用者の選任及びその事業の監督について相当の注意をしたとき、又は相当の注意をしても損害が生ずべきであったときは、この限りでない。
2  使用者に代わって事業を監督する者も、前項の責任を負う。
3  前二項の規定は、使用者又は監督者から被用者に対する求償権の行使を妨げない。

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