器物損壊事案における即決裁判の是非

刑事|刑事訴訟法350条の16

目次

  1. 質問
  2. 回答
  3. 解説
  4. 関連事例集
  5. 参考条文

質問:

私は酒を飲んで酔っ払った状態で高級クラブに行き、さらに友人と飲んでいたところ、隣にいたサラリーマン風の男性と口論となり、腹立ち紛れに同店トイレ内の備品やトイレの便器などを蹴って壊したところ、店員に通報され逮捕されました。被害金額は60万円程度とのことです。私には前科前歴はありません。私が捜査担当の刑事さんに今後のことを聞いたところ、詳しいことは捜査担当検事に聞いてほしいが即決裁判制度で早期に判決に至る可能性もあるのではないかとのことでした。即決裁判制度は迅速に判決に至るため有利だと聞きましたので即決裁判を利用したいと思いますがどうでしょうか。

回答:

ご質問は、即決裁判制度を利用することの妥当性を問うものと思われます。結論から申しますと、上記制度の利用は検討の余地があるところではあるものの、いくつか懸念する点もあるため、即決裁判制度によることの妥当性を弁護士に相談するなど、慎重に判断することが必要となるということになります。以下、即決裁判制度の意義、対象、手続、メリット、デメリットを簡単に述べた上で、最後にまとめとして今回の事案においてあなたが即決裁判制度を利用することの妥当性を検討します。

即決裁判に関する関連事例集参照。

解説:

1、意義

即決裁判制度とは、法定刑が比較的軽い罪の事件で事実関係に争いがない場合、被疑者の同意を申立の要件として公判手続きを簡略化して1日で判決を言い渡せる裁判のことを言います。簡単な手続の流れを言うと、検察官は被疑者側に異議がないことを確認した上で、起訴と同時に即決裁判の手続きを申し立てます。その後、裁判所は、被告人が異議を申し立てた場合などを除き、初公判で即日結審し、判決の言い渡しをします。このように、即決裁判制度は事案が明白かつ軽微な事件について裁判を簡易迅速に行なうことによって手続を合理化、効率化する制度であり被疑者・被告人の迅速な裁判を保障する制度ということができます(憲法37条)。なお、即決裁判制度は平成18年10月2日から既に施行されております。

2、即決裁判手続の対象(刑事訴訟法350条の16第1項)

(1)死刑又は無期若しくは短期1年以上の懲役若しくは禁固にあたる事件でないこと(例えば、万引や覚せい剤(使用、所持)の初犯、外国人の不法滞在、業務上過失致死傷罪、無銭飲食・万引き、住居侵入、暴行・傷害、器物損壊罪など)

(2)事案が明白かつ軽微であること、証拠調べが速やかに終わると見込まれること(→なお、被告人は、冒頭手続で有罪である旨を陳述することが前提である。同法350条の22)

(3)懲役又は禁固の刑が執行猶予相当であること(→なお、懲役・禁固の場合、必ず執行猶予が付く。同法350条の29)

3、即決裁判手続を選択するメリット

(1)通常、勾留延長されずに起訴されます。したがって、逮捕されてから勾留されて起訴されるまでの期間は合計で13日以内となります。

(2)起訴から判決までの期間が14日程度に短縮されます。

(3)公判手続も20分から30分程度であり即日判決を受けることができます。

(4)伝聞法則等の適用がないため被疑者・被告人に有利な情状立証のための証拠収集が容易となります。

4、即決裁判手続を選択するデメリット

上記のように、メリットもありますが、以下のようなデメリットもあるので注意が必要となります。

(1)この手続を利用した場合、今後事実誤認を理由とした控訴や重大な事実誤認を理由とした上告をすることができない。

(2)当然には捜査記録を確認できないため、被告人にとって不利な内容の情状立証のための証拠などが検察官側から証拠申請される可能性があります。

(3)捜査機関側が、本制度の申立を行なえば執行猶予が付くことを述べて自白を強要することが懸念されます。

5、まとめ

(1)ご質問の事案は、器物損壊罪で逮捕されたものと思われます。器物損壊罪の法定刑は3年以下の懲役又は30万円以下の罰金若しくは科料であります。事案の内容は、高級クラブ店のトイレ内で備品や便器を壊したということであり、その内容は明白かつ軽微であり、証拠調べも速やかに終わることが見込まれます。また、あなたは、今回の犯行を認めており、しかもいままで前科前歴がないということであります。このことからすると、捜査担当刑事の言うように、即決裁判手続の対象となる事件であるということは言えます。

(2)ただ、即決裁判手続は、執行猶予が必ず付くとはいえ公判請求されて有罪判決となることが予定された手続です。とすると、本事例のような比較的軽微な犯罪においては、まず即決裁判制度を検討する前に起訴猶予処分又は略式起訴手続となる可能性があるかを見極める必要があります。起訴便宜主義(同法247条)の下、検察官には起訴裁量権があり、裁量を逸脱しない範囲で自由に決するのであり、その判断には一定の幅があるからです(多くは同種事案の相場を目安とするが諸情状を考慮した結果としてある程度弾力的な運用が予想されます。)。この点、器物損壊罪の法定刑には罰金刑(しかも30万円以下)が含まれております。したがって、略式起訴手続の対象でもあります。また、そもそも器物損壊罪は被害者の告訴がなければ公訴を提起することが出来ない親告罪です(刑法264条)。とすると、示談が成立して告訴が取消しとなれば、検察官は公訴を提起することは出来ません。仮に示談が成立したが告訴の取消しには至らなかったとしても、起訴猶予として不起訴となる可能性が高いと思われます。したがって、本件では示談の成立の是非が今後の処分に大きく影響することが予想されます。

以上、ご質問の事案では早急に弁護士に依頼して、示談交渉と身柄解放のための活動を要請すべきであります。そして、示談解決が出来た場合はもちろん、仮に示談交渉に失敗した場合でも不起訴や略式手続となる余地はなおあります。したがって、公判請求手続となることが確実と判断されるまでは捜査機関側の誘導に乗らず即決裁判に安易に同意してはならないということになるでしょう。

以上

関連事例集

Yahoo! JAPAN

※参照条文

憲法

第三十七条 すべて刑事事件においては、被告人は、公平な裁判所の迅速な公開裁判を受ける権利を有する。

刑法

(器物損壊等)

第二百六十一条 前三条に規定するもののほか、他人の物を損壊し、又は傷害した者は、三年以下の懲役又は三十万円以下の罰金若しくは科料に処する。

(親告罪)

第二百六十四条 第二百五十九条、第二百六十一条及び前条の罪は、告訴がなければ公訴を提起することができない。

刑事訴訟法

第五章 即決裁判手続

第一節 即決裁判手続の申立て

第三百五十条の十六 検察官は、公訴を提起しようとする事件について、事案が明白であり、かつ、軽微であること、証拠調べが速やかに終わると見込まれることその他の事情を考慮し、相当と認めるときは、公訴の提起と同時に、書面により即決裁判手続の申立てをすることができる。ただし、死刑又は無期若しくは短期一年以上の懲役若しくは禁錮に当たる事件については、この限りでない。

② 前項の申立ては、即決裁判手続によることについての被疑者の同意がなければ、これをすることができない。

③ 検察官は、被疑者に対し、前項の同意をするかどうかの確認を求めるときは、これを書面でしなければならない。この場合において、検察官は、被疑者に対し、即決裁判手続を理解させるために必要な事項(被疑者に弁護人がないときは、次条の規定により弁護人を選任することができる旨を含む。)を説明し、通常の規定に従い審判を受けることができる旨を告げなければならない。

④ 被疑者に弁護人がある場合には、第一項の申立ては、被疑者が第二項の同意をするほか、弁護人が即決裁判手続によることについて同意をし又はその意見を留保しているときに限り、これをすることができる。

⑤ 被疑者が第二項の同意をし、及び弁護人が前項の同意をし又はその意見を留保するときは、書面でその旨を明らかにしなければならない。

⑥ 第一項の書面には、前項の書面を添付しなければならない。

第三百五十条の十七 前条第三項の確認を求められた被疑者が即決裁判手続によることについて同意をするかどうかを明らかにしようとする場合において、被疑者が貧困その他の事由により弁護人を選任することができないときは、裁判官は、その請求により、被疑者のため弁護人を付さなければならない。ただし、被疑者以外の者が選任した弁護人がある場合は、この限りでない。

② 第三十七条の三の規定は、前項の請求をする場合についてこれを準用する。

第二節 公判準備及び公判手続の特例

第三百五十条の十八 即決裁判手続の申立てがあつた場合において、被告人に弁護人がないときは、裁判長は、できる限り速やかに、職権で弁護人を付さなければならない。

第三百五十条の十九 検察官は、即決裁判手続の申立てをした事件について、被告人又は弁護人に対し、第二百九十九条第一項の規定により証拠書類を閲覧する機会その他の同項に規定する機会を与えるべき場合には、できる限り速やかに、その機会を与えなければならない。

第三百五十条の二十 裁判所は、即決裁判手続の申立てがあつた事件について、弁護人が即決裁判手続によることについてその意見を留保しているとき、又は即決裁判手続の申立てがあつた後に弁護人が選任されたときは、弁護人に対し、できる限り速やかに、即決裁判手続によることについて同意をするかどうかの確認を求めなければならない。

② 弁護人は、前項の同意をするときは、書面でその旨を明らかにしなければならない。

第三百五十条の二十一 裁判長は、即決裁判手続の申立てがあつたときは、検察官及び被告人又は弁護人の意見を聴いた上で、その申立て後(前条第一項に規定する場合においては、同項の同意があつた後)、できる限り早い時期の公判期日を定めなければならない。

第三百五十条の二十二 裁判所は、即決裁判手続の申立てがあつた事件について、第二百九十一条第四項の手続に際し、被告人が起訴状に記載された訴因について有罪である旨の陳述をしたときは、次に掲げる場合を除き、即決裁判手続によつて審判をする旨の決定をしなければならない。

一 第三百五十条の十六第二項又は第四項の同意が撤回されたとき。

二 第三百五十条の二十第一項に規定する場合において、同項の同意がされなかつたとき、又はその同意が撤回されたとき。

三 前二号に掲げるもののほか、当該事件が即決裁判手続によることができないものであると認めるとき。

四 当該事件が即決裁判手続によることが相当でないものであると認めるとき。

第三百五十条の二十三 前条の手続を行う公判期日及び即決裁判手続による公判期日については、弁護人がないときは、これを開くことができない。

第三百五十条の二十四 第三百五十条の二十二の決定のための審理及び即決裁判手続による審判については、第二百八十四条、第二百八十五条、第二百九十六条、第二百九十七条、第三百条から第三百二条まで及び第三百四条から第三百七条までの規定は、これを適用しない。

② 即決裁判手続による証拠調べは、公判期日において、適当と認める方法でこれを行うことができる。

第三百五十条の二十五 裁判所は、第三百五十条の二十二の決定があつた事件について、次の各号のいずれかに該当することとなつた場合には、当該決定を取り消さなければならない。

一 判決の言渡し前に、被告人又は弁護人が即決裁判手続によることについての同意を撤回したとき。

二 判決の言渡し前に、被告人が起訴状に記載された訴因について有罪である旨の陳述を撤回したとき。

三 前二号に掲げるもののほか、当該事件が即決裁判手続によることができないものであると認めるとき。

四 当該事件が即決裁判手続によることが相当でないものであると認めるとき。

② 前項の規定により第三百五十条の二十二の決定が取り消されたときは、公判手続を更新しなければならない。ただし、検察官及び被告人又は弁護人に異議がないときは、この限りでない。

第三百五十条の二十六 即決裁判手続の申立てを却下する決定(第三百五十条の二十二第三号又は第四号に掲げる場合に該当することを理由とするものを除く。)があつた事件について、当該決定後、証拠調べが行われることなく公訴が取り消された場合において、公訴の取消しによる公訴棄却の決定が確定したときは、第三百四十条の規定にかかわらず、同一事件について更に公訴を提起することができる。前条第一項第一号、第二号又は第四号のいずれかに該当すること(同号については、被告人が起訴状に記載された訴因について有罪である旨の陳述と相反するか又は実質的に異なつた供述をしたことにより同号に該当する場合に限る。)となつたことを理由として第三百五十条の二十二の決定が取り消された事件について、当該取消しの決定後、証拠調べが行われることなく公訴が取り消された場合において、公訴の取消しによる公訴棄却の決定が確定したときも、同様とする。

第三節 証拠の特例

第三百五十条の二十七 第三百五十条の二十二の決定があつた事件の証拠については、第三百二十条第一項の規定は、これを適用しない。ただし、検察官、被告人又は弁護人が証拠とすることに異議を述べたものについては、この限りでない。

第四節 公判の裁判の特例

第三百五十条の二十八 裁判所は、第三百五十条の二十二の決定があつた事件については、できる限り、即日判決の言渡しをしなければならない。

第三百五十条の二十九 即決裁判手続において懲役又は禁錮の言渡しをする場合には、その刑の全部の執行猶予の言渡しをしなければならない。