新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.548、2006/12/27 15:59 https://www.shinginza.com/rousai.htm

「民事・労働 労災 派遣社員、損害請求先、過失相殺」
【質問】:派遣会社から指示され、派遣先の自動車部品製造工場で勤務を始めて1ヶ月後に、機械に手を挟まれて、片手の親指を失ってしまい薬指と中指もうまく動かなくなってしまいました。現在治療中ですが、治療が終わっても、従来のような仕事には就けないと思います。工場の業務マニュアルに記載されていない操作方法をとったことが事故の原因の一つですが、それは先輩も皆、同じようにやっていた事です。派遣だったので職も失い、将来に不安を感じます。派遣でも労災の申請ができるでしょうか。損害賠償請求はどうしたら良いでしょうか。労災で補償しきれない場合は誰に請求できるでしょうか。ちなみに私の給料は年収480万平均月額40万円です。

【回答】
1、派遣社員でも労災の申請ができるかについて
労災(労働者災害補償保険)が適用されるには、「労働者」であることが必要で、この「労働者」とは@事業又は事務所にA使用される者でB労働の対償としての賃金を支払われる者とされています。したがって、派遣社員でも労災の申請はできます。また、労災保険の適用となる事業は、労働者を使用する事業であればよいこと、更に、労災保険は強制保険であるため、仮に派遣会社の事業が保険関係成立の届けをしていなかったとしても、労災保険の適用があることになります。

2、今回の事故は、労災保険給付をうけることができる災害に該当するのかについて
労災による給付を受けるには@災害の原因が「業務」にあること、A業務と災害との間に「原因結果の関係」が適当であると認められること(旧労働省によると、「労働者が事業主の支配下にあることに伴う危険が現実化したものと経験則上認められる場合」)が必要となります。今回の事例においては、派遣先の支配監督下にあって業務に従事している場合ですし、工場において機械を作動する業務を内容とした任務であるのであれば、業務に起因して発生したものといえ@Aの要件をみたすものと考えられます。ただし、この@Aの要件を満たしたとしても、故意に労働者が故意の犯罪行為若しくは重大な過失により、負傷、疫病、障害若しくは死亡若しくはこれらの原因となった事故を生じさせたときは、政府は、保険給付の全部又は一部を行わないことができるとの規定があります。具体的にどんな場合かと申しますと、「事故発生の直接の原因となった行為が、法令上の危害防止に関する規定で罰則の附されているものに違反する場合(労働基準局長通達)です。今回の事故は工事の業務マニュアルに記載されていない操作方法でなされていますが、法令上の危害防止に関する規定で罰則が附されているものに違反していなければ給付を制限されることはありません。よって、一般論ですが労災保険給付が受けられる災害に該当するものと考えられます。

3、具体的な給付について
(1)傷害を負って治療が必要な場合には、労災保険の指定病院において無料の診察をうける療養の給付が原則となっています。療養の給付が困難な場合(当該地区に指定病院等がない場合などや、当該傷病が指定病院等以外の病院等で緊急な医療を必要とする場合)には、療養の給付に代えて療養の費用の支給(治療に要した費用を償還するもの)が行われます。この給付の範囲は、診察、薬剤、処置、手術などの治療など(具体的には労働基準局長が療養のため必要と認める範囲)が含まれます。
(2)@「療養のために」労働者が休業しA賃金をもらえない場合(給付基礎日額の60パーセントの支払いが事業者からなされていない場合)には、その損失補てんを目的として、休業4日目から給付基礎日額(原則として労働基準法の平均賃金に相当する額の100分の60、労働福祉事業から「休業特別支給金」として給付基礎日額の100分の20が上乗せされ合計100分の80の額)を休業給付として支給されます。もっとも、ここでの「療養のための」休業であるというためには、自宅にいて安静を守ったりするだけでは一般的には該当せず、労災保険の療養に対する給付がおこなわれるような療養であることが必要ですのでご注意ください。
(3)傷病が治癒した(傷病に対して行われる医学上一般に承認された治療方法をもってしても、その効果が期待し得ない状態で、かつ、残存症状が、自然的経過によって到達すると認められる最終状態に達したとき)後も、身体に障害が残った場合には、その障害により喪失した労働能力について保障するため障害給付がなされます。障害の程度によって、等級が分かれておりまして、今回の事例ですと、片手の親指を失ったことは、9級(「1手の母指を失ったもの」)に、薬指と中指がうまく動かないことが、屈伸できない程であれば、14級「1手の母子及び示指以外の手指の末関節を屈伸することができなくなったもの」に該当すると考えられます。このように、障害が複数ある場合、重い方の障害等級によるときと、重いほうの等級を繰り上げて高くする場合がありますが、今回は、13級以上に該当する障害は1つしかない場合ですので、重い方の障害等級に基づいて、給付一時金及び労働福祉事業から特別支給金として給付を受けることになります。

3、給付を受けるための手続きについて
労災の手続きの詳細については、労動基準監督署にお問い合わせして確認していただきたいことですが、休業補償給付を受ける際に「休業補償給付支給請求書」などを「事業主」と医師の証明を受け事業所の所在地を監督する労働基準監督署に提出することが必要です。派遣社員における「事業主」は、派遣元の会社か派遣先の会社かどちらか迷われるかもしれません。しかし、派遣社員とは、派遣元会社と労働契約を結び、派遣先会社に派遣されて労働を提供する労働者でありますから、派遣社員と雇用関係にあるのは、派遣元の会社ですので、「事業主」とは派遣元の会社になります。もっとも、事実上指揮監督しているのは、派遣先会社ですから、労働災害について把握するのは派遣元会社では困難なため、派遣先事業主は、所轄の労働基準監督署に提出した労働者死傷報告(労案則97条1項)の写しを、派遣元事業主へ遅滞なく送付することになっています(労働者派遣則42条)。派遣元事業主はこの写しを添付する等して証明の根拠を明らかにすることが求められているようです。このように被災者が保険給付の請求を行い、労働基準監督署がその請求を正しいと、認めれば、労災保険の「支給決定」を行うことになります。手続きが分からないようであればお近くの弁護士に御相談ください。

4、労災以外の根拠に基づく請求について
(1)相談者は、片手の親指を失っていますので、@後遺症による遺失利益やA後遺症による精神的損害B入通院による精神的損害も生じているでしょう。このような損害についてまで、すべて労災では補償仕切れない場合もあります。そのような場合には、安全配慮義務違反を根拠とする損害賠償請求(民法415条)や不法行為責任に基づいて損害賠償請求(民法715条)を派遣先又は派遣元の会社に対してすることができる場合もあります。入院通院したことに対する傷害慰謝料は、通院日数及び入院日数によってある程度定型化されており、たとえば、1ヶ月の入院と通院の場合には、77万円となっています。また、親指を失ったことは、後遺症の9級にあたりますので(赤本)後遺症慰謝料として690万円請求できる場合もあります。

5、更に、上記の損害賠償請求においても事故と相当因果関係にある範囲内で生じた損害についてC休業損害として請求できます。この算定基礎は、被害者の現実の給与額ですので、労災でもらえる金額より多額となる可能性もあります。但し、労災での休業補償給付金と療養保証給付金を受け取っている場合には、この金額を差し引かれることになります。このように労災では、担保されない損害や慰謝料についても会社に請求できる場合がありますので、お近くの弁護士に相談するなどしてみることをお勧めいたします。

≪参考条文≫

労働者災害補償保険法

第一条
 労働者災害補償保険は、業務上の事由又は通勤による労働者の負傷、疾病、障害、死亡等に対して迅速かつ公正な保護をするため、必要な保険給付を行い、あわせて、業務上の事由又は通勤により負傷し、又は疾病にかかつた労働者の社会復帰の促進、当該労働者及びその遺族の援護、適正な労働条件の確保等を図り、もつて労働者の福祉の増進に寄与することを目的とする。
第二条
労働者災害補償保険は、政府が、これを管掌する。
第二条の二
労働者災害補償保険は、第一条の目的を達成するため、業務上の事由又は通勤による労働者の負傷、疾病、障害、死亡等に関して保険給付を行うほか、労働福祉事業を行うことができる。
第三条
この法律においては、労働者を使用する事業を適用事業とする。
○2 前項の規定にかかわらず、国の直営事業、官公署の事業(労働基準法(昭和二十二年法律第四十九号)別表第一に掲げる事業を除く。)及び船員保険法(昭和十四年法律第七十三号)第十七条の規定による船員保険の被保険者については、この法律は、これを適用しない。
第七条
この法律による保険給付は、次に掲げる保険給付とする。
一 労働者の業務上の負傷、疾病、障害又は死亡(以下「業務災害」という。)に関する保険給付
二 労働者の通勤による負傷、疾病、障害又は死亡(以下「通勤災害」という。)に関する保険給付
三 二次健康診断等給付
第八条
給付基礎日額は、労働基準法第十二条の平均賃金に相当する額とする。この場合において、同条第一項の平均賃金を算定すべき事由の発生した日は、前条第一項第一号及び第二号に規定する負傷若しくは死亡の原因である事故が発生した日又は診断によつて同項第一号及び第二号に規定する疾病の発生が確定した日(以下「算定事由発生日」という。)とする。
第十二条の二の二
労働者が、故意に負傷、疾病、障害若しくは死亡又はその直接の原因となつた事故を生じさせたときは、政府は、保険給付を行わない。
○2 労働者が故意の犯罪行為若しくは重大な過失により、又は正当な理由がなくて療養に関する指示に従わないことにより、負傷、疾病、障害若しくは死亡若しくはこれらの原因となつた事故を生じさせ、又は負傷、疾病若しくは障害の程度を増進させ、若しくはその回復を妨げたときは、政府は、保険給付の全部又は一部を行わないことができる
第十二条の五
保険給付を受ける権利は、労働者の退職によつて変更されることはない。
第十二条の七
保険給付を受ける権利を有する者は、厚生労働省令で定めるところにより、政府に対して、保険給付に関し必要な厚生労働省令で定める事項を届け出、又は保険給付に関し必要な厚生労働省令で定める書類その他の物件を提出しなければならない。
第十三条
療養補償給付は、療養の給付とする。
○2 前項の療養の給付の範囲は、次の各号(政府が必要と認めるものに限る。)による。
一 診察
二 薬剤又は治療材料の支給
三 処置、手術その他の治療
四 居宅における療養上の管理及びその療養に伴う世話その他の看護
五 病院又は診療所への入院及びその療養に伴う世話その他の看護
六 移送
○3 政府は、第一項の療養の給付をすることが困難な場合その他厚生労働省令で定める場合には、療養の給付に代えて療養の費用を支給することができる。
第十四条
休業補償給付は、労働者が業務上の負傷又は疾病による療養のため労働することができないために賃金を受けない日の第四日目から支給するものとし、その額は、一日につき給付基礎日額の百分の六十に相当する額とする。ただし、労働者が業務上の負傷又は疾病による療養のため所定労働時間のうちその一部分についてのみ労働する日に係る休業補償給付の額は、給付基礎日額(第八条の二第二項第二号に定める額(以下この項において「最高限度額」という。)を給付基礎日額とすることとされている場合にあつては、同号の規定の適用がないものとした場合における給付基礎日額)から当該労働に対して支払われる賃金の額を控除して得た額(当該控除して得た額が最高限度額を超える場合にあつては、最高限度額に相当する額)の百分の六十に相当する額とする。
○2 休業補償給付を受ける労働者が同一の事由について厚生年金保険法(昭和二十九年法律第百十五号)の規定による障害厚生年金又は国民年金法(昭和三十四年法律第百四十一号)の規定による障害基礎年金を受けることができるときは、当該労働者に支給する休業補償給付の額は、前項の規定にかかわらず、同項の額に別表第一第一号から第三号までに規定する場合に応じ、それぞれ同表第一号から第三号までの政令で定める率のうち傷病補償年金について定める率を乗じて得た額(その額が政令で定める額を下回る場合には、当該政令で定める額)とする
第十五条
障害補償給付は、厚生労働省令で定める障害等級に応じ、障害補償年金又は障害補償一時金とする。
○2 障害補償年金又は障害補償一時金の額は、それぞれ、別表第一又は別表第二に規定する額とする。
第三十八条
保険給付に関する決定に不服のある者は、労働者災害補償保険審査官に対して審査請求をし、その決定に不服のある者は、労働保険審査会に対して再審査請求をすることができる。
○2 前項の審査請求をしている者は、審査請求をした日から三箇月を経過しても審査請求についての決定がないときは、当該審査請求に係る処分について、決定を経ないで、労働保険審査会に対して再審査請求をすることができる。
○3 第一項の審査請求及び前二項の再審査請求は、時効の中断に関しては、これを裁判上の請求とみなす。

労働基準法
(療養補償)
第七十五条
労働者が業務上負傷し、又は疾病にかかつた場合においては、使用者は、その費用で必要な療養を行い、又は必要な療養の費用を負担しなければならない。
○2 前項に規定する業務上の疾病及び療養の範囲は、厚生労働省令で定める。
(休業補償)
第七十六条
労働者が前条の規定による療養のため、労働することができないために賃金を受けない場合においては、使用者は、労働者の療養中平均賃金の百分の六十の休業補償を行わなければならない。
○2 使用者は、前項の規定により休業補償を行つている労働者と同一の事業場における同種の労働者に対して所定労働時間労働した場合に支払われる通常の賃金の、一月から三月まで、四月から六月まで、七月から九月まで及び十月から十二月までの各区分による期間(以下四半期という。)ごとの一箇月一人当り平均額(常時百人未満の労働者を使用する事業場については、厚生労働省において作成する毎月勤労統計における当該事業場の属する産業に係る毎月きまつて支給する給与の四半期の労働者一人当りの一箇月平均額。以下平均給与額という。)が、当該労働者が業務上負傷し、又は疾病にかかつた日の属する四半期における平均給与額の百分の百二十をこえ、又は百分の八十を下るに至つた場合においては、使用者は、その上昇し又は低下した比率に応じて、その上昇し又は低下するに至つた四半期の次の次の四半期において、前項の規定により当該労働者に対して行つている休業補償の額を改訂し、その改訂をした四半期に属する最初の月から改訂された額により休業補償を行わなければならない。改訂後の休業補償の額の改訂についてもこれに準ずる。
○3 前項の規定により難い場合における改訂の方法その他同項の規定による改訂について必要な事項は、厚生労働省令で定める。
(障害補償)
第七十七条
労働者が業務上負傷し、又は疾病にかかり、治つた場合において、その身体に障害が存するときは、使用者は、その障害の程度に応じて、平均賃金に別表第二に定める日数を乗じて得た金額の障害補償を行わなければならない。
(休業補償及び障害補償の例外)
第七十八条
労働者が重大な過失によつて業務上負傷し、又は疾病にかかり、且つ使用者がその過失について行政官庁の認定を受けた場合においては、休業補償又は障害補償を行わなくてもよい。

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