新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.508、2006/10/30 18:12

[民事・契約]
質問:私は来春卒業予定の大学生です。ある会社から新卒採用の内定をもらったのですが,その会社から「身元保証書」と「身元保証人の印鑑証明書」の提出を求められました。身元保証とは何なのかよく分かりませんが,必ず提出しなければならないのでしょうか。また,印鑑証明書を悪用されたりはしませんか。

回答:
【よくあることです。】内定おめでとうございます。さて,早速ご相談の件ですが,使用者が労働者を雇い入れるときに身元保証書の提出を求めることは,実際上よくあることです。ただし,内容もよく分からないまま提出してしまうのは考え物です。
【身元保証書とは? 身元保証契約とは?】今回のご相談では身元保証書の実物を見せていただいておりませんのであくまで一般的なご回答になりますが,身元保証書とは,内定先と保証人との間で締結する身元保証契約に関する契約書のことです。そして,身元保証契約とは,会社の従業員である貴方の仕事上のミスや不正行為によって会社が損害を被ったときに,貴方の会社に対する損害賠償債務を身元保証人が保証するという契約です。つまり,万一そのようなことがあったときは,身元保証人も会社から賠償を請求されることになります。これは内定先と貴方との契約ではなく,内定先と身元保証人との契約ですので,身元保証人になってもらえる方にもこのことをよく理解していただくべきでしょう。
【身元保証に関する法律がある。】こうして聞くと,どんな損害賠償を支払わなければならないか分からない恐ろしい契約だとお思いになることでしょう。確かにそのとおりです。そこで,身元保証人の責任が無制限に広がらないように身元保証契約の内容を制限する法律(「身元保証ニ関スル法律」)が定められています。
【保証期間が限定されている。】身元保証契約の存続期間は,最長5年と定められており,5年を超える契約を結んでもその期間は5年に短縮されてしまいます(2条1項)。また,存続期間を定めなかったときは,原則として3年間しか存続しません(1条)。契約の更新はできますが,更新できる期間も最長5年です(2条2項)。
【使用者の通知義務と身元保証人の解除権】使用者(内定先の会社)は,被用者(雇用されている従業員・労働者,つまり貴方)に不適任または不誠実な行動があって,そのために身元保証人に責任が生じるおそれがあることを知ったときや,被用者の勤務内容や勤務地が変わって,身元引受人の責任が重くなったり,監督が難しくなったりしたときには,そのことを身元保証人に通知しなければなりません(3条)。身元保証人は,この通知を受けたときや自らこれらの事情を知ったときは,将来に向かって身元保証契約を解除することができます(4条)。もっとも,もし,身元保証人が契約を解除した場合には,被用者は,使用者から新たな身元保証書の提出を求められることになる可能性が高いでしょう。
【万一のときの賠償額の決まり方】身元保証契約により,身元保証人は,貴方が会社に及ぼした損害について賠償する責任を負うことになりますが,身元保証人に責任を問えるか自体や責任を問えるとして保証しなければならない賠償額をいくらと定めるかにあたって,裁判所は,貴方の監督に関する会社の過失の有無,身元保証人が身元保証をするに至った事由,身元保証をするにあたり用いた注意の程度,貴方の勤務内容や身上の変化その他一切の事情を斟酌します(5条)。本来,会社の業務に関して被用者を指揮監督すべきはまず会社自身であり,それを無視して損害の全額を身元保証人に負担させようというのは不公平・不合理だという観点から,万一のときには,責任の有無や賠償額について諸々の事情を考慮することとしているのです。
【提出を拒否すると…】入社するに際しては身元保証契約を結ばなければならないという一般的な法律上の義務はありません。ですから,身元保証書の提出を拒否するのは,貴方の自由です。しかし,会社としても身元保証書を提出しない人を採用しなければならない義務はありません(採否の自由があります。)ので,場合によっては,提出拒否を理由に内定を取り消される可能性もあります。実際に,金銭貸付け等を業とする会社において,身元保証書の提出を拒否したことから予告なく解雇された従業員が解雇予告手当金等を請求した事件で,会社は,金銭を扱うことに伴う横領などの事故を防ぐために,社員に自覚を促す意味も込めて身元保証書の提出を社員の採用の条件としており,従業員が身元保証書を提出しなかったことは,従業員としての適格性に重大な疑義を抱かせる重大な服務規律違反又は背信行為というべきであるとして,解雇を適法・有効と判断した裁判例があります(シティズ事件控訴審,東京地裁平成11年12月16日判決,労働判例780号61頁)。入社にあたって身元保証書の提出を求められたときどうするかは,貴方の判断です。
【印鑑証明書について】印鑑証明書を身元保証書に添付させるのは,おそらく身元保証人が架空人でなく実在する人物であることを確認するためだと思います。印鑑証明書は,本来,印影(紙などにおした印章の形。)が実印によって押捺されたことを証明するために用いられるものですので,実印そのものをしっかり保管していれば,印鑑証明書単品で悪用されることはないと思います。ただし,「嘘の本人確認」をされてしまう危険はゼロではありませんので,心配でしたら,印鑑証明書に「○○(内定者)のどこそこ(会社名)への身元保証用」などと目的を明記して,証明書発行日が分かるようにしてコピーを取っておくとよいでしょう。
【事前に相談することの大切さ】今回は,身元保証書を内定先に提出する前に相談に来ていただけましたが,これからも,よくわからない契約書や,法的な効果が発生しそうな文書への署名や提出を求められたときは,事前に弁護士に相談するように心掛けてください。「こんな契約書に署名をしてきましたが,これは何ですか。」などとご相談に来られても手遅れの場合があります。確かに相談料はかかってしまいます。何も起こっていないのに相談料を払うなんてもったいない気もするでしょう。でも,事前に相談をしておけば用心できたのに,それをしなかったために予想外のトラブルが生じてしまっては後の祭です。トラブルが大きくなって,弁護士費用も沢山かかってしまうかもしれません。それと,今度別のご相談にいらっしゃるときは,契約書や領収書など,相談内容に関係ありそうな資料は何でも持って来てください。それでは,新社会人としてご活躍されますことをお祈りいたしております。

≪参考法令≫

昭和八年法律第四十二号(身元保証ニ関スル法律)
(昭和八年四月一日法律第四十二号)
第一条  引受、保証其ノ他名称ノ如何ヲ問ハズ期間ヲ定メズシテ被用者ノ行為ニ因リ使用者ノ受ケタル損害ヲ賠償スルコトヲ約スル身元保証契約ハ其ノ成立ノ日ヨリ三年間其ノ効力ヲ有ス但シ商工業見習者ノ身元保証契約ニ付テハ之ヲ五年トス
第二条  身元保証契約ノ期間ハ五年ヲ超ユルコトヲ得ズ若シ之ヨリ長キ期間ヲ定メタルトキハ其ノ期間ハ之ヲ五年ニ短縮ス
○2 身元保証契約ハ之ヲ更新スルコトヲ得但シ其ノ期間ハ更新ノ時ヨリ五年ヲ超ユルコトヲ得ズ
第三条  使用者ハ左ノ場合ニ於テハ遅滞ナク身元保証人ニ通知スベシ
一  被用者ニ業務上不適任又ハ不誠実ナル事跡アリテ之ガ為身元保証人ノ責任ヲ惹起スル虞アルコトヲ知リタルトキ
二  被用者ノ任務又ハ任地ヲ変更シ之ガ為身元保証人ノ責任ヲ加重シ又ハ其ノ監督ヲ困難ナラシムルトキ
第四条  身元保証人前条ノ通知ヲ受ケタルトキハ将来ニ向テ契約ノ解除ヲ為スコトヲ得身元保証人自ラ前条第一号及第二号ノ事実アリタルコトヲ知リタルトキ亦同ジ
第五条  裁判所ハ身元保証人ノ損害賠償ノ責任及其ノ金額ヲ定ムルニ付被用者ノ監督ニ関スル使用者ノ過失ノ有無、身元保証人ガ身元保証ヲ為スニ至リタル事由及之ヲ為スニ当リ用ヰタル注意ノ程度、被用者ノ任務又ハ身上ノ変化其ノ他一切ノ事情ヲ斟酌ス
第六条  本法ノ規定ニ反スル特約ニシテ身元保証人ニ不利益ナルモノハ総テ之ヲ無効トス

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