新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.498、2006/10/12 13:29 https://www.shinginza.com/qa-hanzai.htm

[民事・証拠]
質問:私は3か月前,知り合いの男から強制わいせつの被害を受けました。相手方は逮捕勾留されましたが,検事さんの話だと事実を認めて反省の言葉を述べているとのことだったので,私は告訴を取り消し,相手方は不起訴となりました。その後,相手方に対して慰謝料を支払うよう求めたところ,相手方は,この期に及んで「合意の上だった。」などと言い出し,支払いを拒否しました。私は,やむなく民事裁判を起こしましたが,相手方は引き続き強制わいせつの事実を否認しています。事件の目撃者はいません。裁判所に強制わいせつの事実を認めてもらうにはどうすればよいでしょうか。

回答:
不起訴記録中の被疑者の自白調書について,裁判所に対して文書送付嘱託の申立て(民事訴訟法226条)をしてください。
説明:
1、裁判で認められる事実は,「神のみぞ知る真実」ではなく,裁判所に提出された証拠によって認められる事実です。本件では,物証はないでしょうし,目撃者もいないとのことですから,裁判の証拠とされるのは,ほぼ貴方と相手方の話だけということになります。貴方の話が信用できて,相手方の話が信用できないとなればよいのですが,裁判所は公平中立な機関であり,貴方の味方ではありませんので,必ず貴方の話だけが信用されるとは限りません。このとき,相手方が強制わいせつをした事実を自ら認めていたという証拠(捜査段階での自白調書)が出せれば,貴方に大変有利となるでしょう。
2、ところが,不起訴事件記録については,刑事訴訟法第47条により,原則として公開が禁じられています。同条ただし書により,「公益上の必要その他の事由があって,相当と認められる場合」には,その開示が認められていますが,実際上は,非常に慎重な運用がなされています。
3、平成11年までは,交通事故の実況見分調書等のごく一部に限ってしか開示がなされませんでした。法務省は,平成12年,全国の検察庁に対し,被害者等が民事訴訟等において,被害回復のため損害賠償請求権その他の権利を行使するにつき必要と認められる場合には,相当な範囲で,客観的証拠の開示につき弾力的な運用を行うよう指針(平成12年2月4日付け)を示しましたが,供述調書については,捜査・公判に対する支障又は関係者の名誉・プライバシーを侵害するおそれ等があることやその供述内容を民事訴訟で利用するためには,その供述者を民事訴訟で証人尋問すれば足りることなどが理由とされ,全くと言っていいほど開示が認められませんでした。
4、それが,平成16年になって,被害者救済の観点から,やや緩和されることとなりました。法務省は,全国の検察庁に対し,供述調書を開示できる場合についての具体的な指針を示すとともに,民事訴訟において,事件の目撃者の証人尋問を実施するに当たり,目撃者の特定に関する情報がなく,証人尋問を実施することが困難な場合に,裁判所からその調査の嘱託がなされたときには,一定の要件の下で,目撃者の氏名及び連絡先を回答できる場合がある旨の新たな指針(平成16年5月31日付け)を示したのです。この指針が定めた要件は非常に厳格で,不起訴記録の開示は相変わらず困難ですが,それでも少しは前進したと言えます。法務省が示した平成16年5月31日付け指針の概要は,下記のとおりです。
5、本件では,自白調書の内容が強制わいせつの事実の存否という重要争点に関する主張の証明に不可欠であること,捜査段階の自白調書が民事裁判での相手方の供述と実質的に相反すること,告訴が取り消されており,捜査・公判への支障は考えられないこと,相手方自身の供述証拠であり関係者の名誉やプライバシーに対する配慮が問題とならないことなどを十分に説明して,文書送付嘱託を申し立てるとよいでしょう。

≪参考≫

【法務省が示した平成16年5月31日付け指針の概要】
1.不起訴事件記録中の供述調書の開示について
次に掲げる要件をすべて満たす場合には,不起訴事件記録中の供述調書を開示するのが相当である。
(1)民事裁判所から,不起訴事件記録中の特定の者の供述調書について文書送付嘱託がなされた場合であること。
(2)当該供述調書の内容が,当該民事訴訟の結論を直接左右する重要な争点に関するものであって,かつ,その争点に関するほぼ唯一の証拠であるなど,その証明に欠くことができない場合であること。
(3)供述者が死亡,所在不明,心身の故障若しくは深刻な記憶喪失等により,民事訴訟においてその供述を顕出することができない場合であること,又は当該供述調書の内容が供述者の民事裁判所における証言内容と実質的に相反する場合であること。
(4)当該供述調書を開示することによって,捜査・公判への具体的な支障又は関係者の生命・身体の安全を侵害するおそれがなく,かつ,関係者の名誉・プライバシーを侵害するおそれがあるとは認められない場合であること。
2.目撃者の特定のための情報の提供について
次に掲げる要件をすべて満たす場合には,当該刑事事件の目撃者の特定に関する情報のうち,氏名及び連絡先を民事裁判所に回答するのが相当である。
(1)民事裁判所から,目撃者の特定のための情報について調査の嘱託がなされた場合であること。
(2)目撃者の証言が,当該民事訴訟の結論を直接左右する重要な争点に関するものであって,かつ,その争点に関するほぼ唯一の証拠であるなど,その証明に欠くことができない場合であること。
(3)目撃者の特定のための情報が,民事裁判所及び当事者に知られていないこと。
(4)目撃者の特定のための情報を開示することによって,捜査・公判への具体的な支障又は目撃者の生命・身体の安全を侵害するおそれがなく,かつ,関係者の名誉・プライバシーを侵害するおそれがあるとは認められない場合であること。

【刑事訴訟法47条(訴訟書類の公開禁止)】
訴訟に関する書類は,公判の開廷前には,これを公にしてはならない。但し,公益上の必要その他の事由があって,相当と認められる場合は,この限りでない。
【民事訴訟法226条(文書送付の嘱託)】
書証の申出は,第二百十九条の規定にかかわらず,文書の所持者にその文書の送付を嘱託することを申し立ててすることができる。ただし,当事者が法令により文書の正本又は謄本の交付を求めることができる場合は,この限りでない。

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