新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.471、2006/9/14 15:59

[刑事・起訴前]
質問:この度、窃盗罪に50万円の罰金刑が設けられました。なぜ罰金刑を設けたのでしょうか。その立法趣旨は。手続きはどのように変わりますか。

回答:
1.これまでは、刑法235条において「他人の財物を窃取した者は、窃盗の罪とし、十年以下の懲役に処する。」と規定されていました。しかし、改正刑法案が、平成18年4月25日午後の衆院本会議において全会一致で可決、成立しました(平成18年5月28日施行)。これにより、刑法235条中「懲役」の下に「又は五十万円以下の罰金」という文言が加わり、新たに窃盗罪に50万円の罰金刑が設けられました。
2.法務省の資料によれば、改正刑法案の提出理由として、「公務執行妨害、窃盗等の犯罪に関する最近の情勢等にかんがみ、これらの犯罪に適正に対処するため、罰金刑を新設するなどその法定刑を改めるとともに、略式命令の限度額の引上げ及び財産刑の執行に関する手続の整備をする必要がある。これが、この法律案を提出する理由である。」が挙げられています。かつて刑法の制定当時においては、盗みをするのは罰金を払えないような貧しい人という発想があり、懲役刑だけが規定されていました。このため、初犯や被害額の少ない万引きの場合に懲役は酷として、起訴されないことが多く(起訴猶予処分)、再犯防止や反省につながらないとの指摘がありました。そして実際に平成十六年には、万引きで検挙された成人は約7万7000人となり、10年前と比較しても、その数は倍増しています。このような社会情勢の中、罰金刑導入によって万引き等の急増に歯止めがかかることを期待するとして、窃盗罪に罰金刑が追加されました。
3.(1)この改正によって窃盗罪の刑の適用が弾力化することになります。まず、今までは、起訴猶予処分になっていたものが、罰金刑になるケースがでてきます。これはまさに、改正趣旨の通り、比較的軽微な窃盗罪の構成要件該当行為も、罰金刑として処罰されることになります。たかが罰金刑と思われがちですが、この罰金刑も立派な前科となります。前科とは、法律用語ではありませんが、確定判決を経て刑の言い渡しを受けたことを言います。各市町村の役所には、犯罪人名簿が保管されていて、罰金以上の刑(道路交通法違反の罰金は除く)を受けた者については、前科者として名簿に一定期間(罰金の場合は5年間、刑法34条の2)、記載されるという手続きが行われます。
(2)また、今までは懲役刑であったものが、罰金刑になるケースがでてきます。これは特に、資格を持っている方や、以前執行猶予を受けていた方にとって、事実上大きな意味を持つことになります。すなわち、資格の喪失や、執行猶予の取消しに大きく関わってくるのです。例えば,弁護士の資格については、欠格事由として、禁錮以上の刑に処せられた者が挙げられています(弁護士法7条1号)。公認会計士や司法書士の資格については、欠格事由として禁錮以上の刑に処せられ、その執行を終わり、又は執行を受けることがなくなつてから三年を経過しない者が挙げられています(公認会計士法4条3号、司法書士法5条1号)。また、国家公務員や地方公務員の欠格事由として、禁錮以上の刑に処せられ、その執行を終わるまで又は執行を受けることがなくなるまでの者が挙げられています(国家公務員法38条2号、地方公務員法16条2号)。今までならば,起訴され有罪が確定すると、懲役刑のみが科されていたのでこれらの欠格事由に必ずあたってしまっていました。この改正により、有罪判決を受けても、必ずしも欠格事由にあたるわけではなくなりました。しかし、当然ながら、懲役刑を科される可能性は依然としてあります。さらに、執行猶予期間中の場合に窃盗罪で起訴されて懲役刑の実刑に処されれば,以前の執行猶予は必ず取消されることになりますが(必要的取消事由、刑法26条1号)、罰金刑の場合には、必ずしも取消されるわけではありません(裁量的取消事由、刑法26条の2第2号)。しかしこちらも、懲役刑の実刑に処される可能性は依然としてありますし、執行猶予の取消事由自体にはあたります。
4.次に、手続き面でも大きく変わる部分があります。すなわち、検察官は、正式裁判のみならず、100万円以下の罰金又は科料においては、略式命令の請求をすることができます(刑事訴訟法461条)。そして簡易裁判所は、被告人に異議がないことを確認した上で、書面審理だけで略式命令という罰金又は科料の命令を出すことができるのです。この場合、公開の法定に出廷しなくてもいいこと、身柄拘束されている場合には、略式手続を請求するというのもその事件についての検察官の終局処分なので、請求と同時に検察官は釈放の手続をとることになることが異なることになります。ただ、無罪の主張や、罰金額に不平不満がある場合については、正式裁判によって争うことになりますし、略式命令によっても有罪にはかわりが無く、前科も付くことになります。一般的には以上の通りですが、特に被害者との和解が成立しているケース等では、依然として起訴猶予にされる可能性もあると思われます。この点も含め、詳しくはお近くの弁護士事務所にご相談ください。

≪参考条文≫

刑法
(執行猶予の必要的取消し)
第二十六条  次に掲げる場合においては、刑の執行猶予の言渡しを取り消さなければならない。ただし、第三号の場合において、猶予の言渡しを受けた者が第二十五条第一項第二号に掲げる者であるとき、又は次条第三号に該当するときは、この限りでない。
一  猶予の期間内に更に罪を犯して禁錮以上の刑に処せられ、その刑について執行猶予の言渡しがないとき。
二  猶予の言渡し前に犯した他の罪について禁錮以上の刑に処せられ、その刑について執行猶予の言渡しがないとき。
三  猶予の言渡し前に他の罪について禁錮以上の刑に処せられたことが発覚したとき。
(執行猶予の裁量的取消し)
第二十六条の二  次に掲げる場合においては、刑の執行猶予の言渡しを取り消すことができる。
一  猶予の期間内に更に罪を犯し、罰金に処せられたとき。
二  第二十五条の二第一項の規定により保護観察に付せられた者が遵守すべき事項を遵守せず、その情状が重いとき。
三  猶予の言渡し前に他の罪について禁錮以上の刑に処せられ、その執行を猶予されたことが発覚したとき。
(刑の消滅)
第三十四条の二  禁錮以上の刑の執行を終わり又はその執行の免除を得た者が罰金以上の刑に処せられないで十年を経過したときは、刑の言渡しは、効力を失う。罰金以下の刑の執行を終わり又はその執行の免除を得た者が罰金以上の刑に処せられないで五年を経過したときも、同様とする。
2  刑の免除の言渡しを受けた者が、その言渡しが確定した後、罰金以上の刑に処せられないで二年を経過したときは、刑の免除の言渡しは、効力を失う。
(窃盗)
第二百三十五条  他人の財物を窃取した者は、窃盗の罪とし、十年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。

刑事訴訟法
第四百六十一条  簡易裁判所は、検察官の請求により、その管轄に属する事件について、公判前、略式命令で、百万円以下の罰金又は科料を科することができる。この場合には、刑の執行猶予をし、没収を科し、その他付随の処分をすることができる。

弁護士法
(弁護士の欠格事由)
第七条  次に掲げる者は、第四条、第五条及び前条の規定にかかわらず、弁護士となる資格を有しない。
一  禁錮以上の刑に処せられた者
二  弾劾裁判所の罷免の裁判を受けた者
三  懲戒の処分により、弁護士若しくは外国法事務弁護士であつて除名され、弁理士であつて業務を禁止され、公認会計士であつて登録を抹消され、税理士であつて業務を禁止され、又は公務員であつて免職され、その処分を受けた日から三年を経過しない者
四  成年被後見人又は被保佐人
五  破産者であつて復権を得ない者

公認会計士法
(欠格条項)
第四条  次の各号のいずれかに該当する者は、公認会計士となることができない。
一  未成年者、成年被後見人又は被保佐人
二  この法律若しくは証券取引法 (昭和二十三年法律第二十五号)第百九十七条 若しくは第百九十八条 の規定に違反し、又は投資信託及び投資法人に関する法律 (昭和二十六年法律第百九十八号)第二百三十三条第一項 (第三号に係る部分に限る。)の罪、保険業法 (平成七年法律第百五号)第三百二十八条第一項 (第三号に係る部分に限る。)の罪、資産の流動化に関する法律 (平成十年法律第百五号)第三百八条第一項 (第三号に係る部分に限る。)の罪若しくは会社法 (平成十七年法律第八十六号)第九百六十七条第一項 (第三号に係る部分に限る。)の罪を犯し、禁錮以上の刑に処せられた者であつて、その執行を終わり、又は執行を受けることがなくなつてから五年を経過しないもの
三  禁錮以上の刑に処せられた者であつて、その執行を終わり、又は執行を受けることがなくなつてから三年を経過しないもの
四  破産者であつて復権を得ない者
五  国家公務員法 (昭和二十二年法律第百二十号)、国会職員法 (昭和二十二年法律第八十五号)又は地方公務員法 (昭和二十五年法律第二百六十一号)の規定により懲戒免職の処分を受け、当該処分の日から三年を経過しない者
六  第三十条又は第三十一条の規定により登録の抹消の処分を受け、当該処分の日から五年を経過しない者
七  第三十条又は第三十一条の規定により業務の停止の処分を受け、当該業務の停止の期間中にその登録が抹消され、未だ当該期間を経過しない者
八  税理士法 (昭和二十六年法律第二百三十七号)、弁護士法 (昭和二十四年法律第二百五号)若しくは外国弁護士による法律事務の取扱いに関する特別措置法 (昭和六十一年法律第六十六号)又は弁理士法 (平成十二年法律第四十九号)により業務の禁止又は除名の処分を受けた者。ただし、これらの法律により再び業務を営むことができるようになつた者を除く。

司法書士法
(欠格事由)
第五条  次に掲げる者は、司法書士となる資格を有しない。
一  禁錮以上の刑に処せられ、その執行を終わり、又は執行を受けることがなくなつてから三年を経過しない者
二  未成年者、成年被後見人又は被保佐人
三  破産者で復権を得ないもの
四  公務員であつて懲戒免職の処分を受け、その処分の日から三年を経過しない者
五  第四十七条の規定により業務の禁止の処分を受け、その処分の日から三年を経過しない者
六  懲戒処分により、公認会計士の登録を抹消され、又は土地家屋調査士、弁理士、税理士若しくは行政書士の業務を禁止され、これらの処分の日から三年を経過しない者

国家公務員法
(欠格条項)
第三十八条  次の各号のいずれかに該当する者は、人事院規則の定める場合を除くほか、官職に就く能力を有しない。
一  成年被後見人又は被保佐人
二  禁錮以上の刑に処せられ、その執行を終わるまで又は執行を受けることがなくなるまでの者
三  懲戒免職の処分を受け、当該処分の日から二年を経過しない者
四  人事院の人事官又は事務総長の職にあつて、第百九条から第百十一条までに規定する罪を犯し刑に処せられた者
五  日本国憲法 施行の日以後において、日本国憲法 又はその下に成立した政府を暴力で破壊することを主張する政党その他の団体を結成し、又はこれに加入した者

地方公務員法
(欠格条項)
第十六条  次の各号の一に該当する者は、条例で定める場合を除くほか、職員となり、又は競争試験若しくは選考を受けることができない。
一  成年被後見人又は被保佐人
二  禁錮以上の刑に処せられ、その執行を終わるまで又はその執行を受けることがなくなるまでの者
三  当該地方公共団体において懲戒免職の処分を受け、当該処分の日から二年を経過しない者
四  人事委員会又は公平委員会の委員の職にあつて、第五章に規定する罪を犯し刑に処せられた者
五  日本国憲法 施行の日以後において、日本国憲法 又はその下に成立した政府を暴力で破壊することを主張する政党その他の団体を結成し、又はこれに加入した者

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