新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.460、2006/8/23 16:22

[民事・不法行為][家事・相続]
質問:先日、息子がホームに進入してくる電車に飛び込んで自殺しました。その影響で鉄道のダイヤが大幅に乱れ、多数の乗客が振替輸送などを利用したようです。また、車両も破損したそうです。自殺者が出た場合、鉄道会社は遺族に多額の損害賠償を請求するという話を聞いたことがあるのですが、そのようなお金は用意できそうにありません。どうしたらよいのでしょうか。

回答:
1、電車に飛び込み自殺を図るなどして、電車を止めてしまった場合、ご質問のように、車両の破損、清掃、ダイヤの乱れによる振替輸送の費用など、鉄道会社には多額の損害が発生します。この場合、鉄道会社は、不法行為による損害賠償請求権を行使できることがあります。不法行為による損害賠償請求(民法709条)のためには、行為の違法性、故意または過失、損害の発生、因果関係、という条件が必要ですが、飛び込み自殺の場合、上記の要件に欠けるところはないと考えられます。この損害を賠償する責任を負うのは、第一次的には電車を止めてしまった本人です。
2、本人が亡くなった場合、発生した損害賠償義務が、相続により相続人に移転することになります。亡くなった方に子や配偶者がいなければ、両親は相続人に含まれます(相続人の範囲については当ホームページの他の記事も参照してください)。したがって、相談者は上記の損害を賠償する義務を負う可能性が非常に高いといえます。鉄道会社が実際にそのような損害賠償を請求してくるのかについては、特に公表されているわけではないので断言はできないものの、近時は、多発する飛び込み自殺の抑止という意味も踏まえて、請求をするケースも増えているようです。
3、損害賠償の負担は、相続人が、相続放棄(民法939条)をすることにより回避することができます。上記のように、このようなケースの損害賠償義務は、法律上は、亡くなった方に一旦発生し、その債務が相続されるという構造になっているためです。一般に、鉄道会社からの損害賠償請求がなされた場合、その金額は非常に大きいものですので、遺族の金銭的負担を減らすためにも、相続放棄や限定承認などの対策を検討する必要があると思われます。
4、相続放棄をすると、初めから相続人でなかったものとみなされるため、亡くなった方(被相続人)が財産を所有していた場合、その財産を承継することもできなくなってしまいます。限定承認は、相続財産がプラスなのかマイナスなのか不明な場合に、相続によって得た財産の範囲においてのみ被相続人の債務を弁済する責任を負い、相続人の財産を持ち出してまでは弁済しないというものです。相続放棄よりも有利に見える点もありますが、限定承認は相続人全員でしなければならないこと、残された財産について清算を行わなくてはならない場合があり、手続が複雑なものになりやすいというデメリットがあります。これらの手続は自己のために相続があったことを知ってから3ヶ月以内に家庭裁判所に申述しなくてはならないので、被相続人の財産状況の調査など、すばやい対応が必要になります。
5、この、相続放棄するか否かを決定しなければならない期間を「熟慮期間」と言います。熟慮期間は、自己のために相続があったことを知った日から3ヶ月以内(915条)ですが、3ヶ月では財産関係の調査が間に合わず、放棄すべきか否か決定しかねる場合もあります。そのような場合、家庭裁判所に、熟慮期間の伸長を申し立てることができ、裁判所の裁量により、6ヶ月程度の伸長が認められることがあります。熟慮期間が経過してしまった場合でも、例えば、3ヶ月経過後に、被相続人が多額の借金を追っていたことが発覚し、これを知らなかったことについてやむを得ない理由があると考えられる場合には、「自己のために相続があったことを知った日」という条文を柔軟に解釈し、熟慮期間の起算点を調整することによって解決できる場合があります。
6、しかし、上記のような解釈は、債権者から通知が無く、債務の存在を知りようが無かった、相続人と被相続人の関係が疎遠だった、等のような特殊な事情がないと認められにくく、本件のように、「鉄道による自殺」というケースでは、「亡くなったことを知らなかった」「損害賠償請求されることを知らなかった」という主張が認められる可能性は低いと思われますので、熟慮期間内の決断ないし伸長の申立が必須であると思われます。このように、相続の放棄は迅速且つ的確な対応が必要になる手続です。今回の相談のようなケースでは、突然のことでご遺族だけでは対応しきれない事も多々あるとおもいますので、お早めにお近くの弁護士に相談されることをお勧めいたします。

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