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質問:私は、仕事を終え徒歩で会社から出た後、身体が不自由な母の食事や入浴の世話をするため、自宅とは反対方向にある母の家に立ち寄りました。その後、世話を終えて母の家を出て自宅に向かったところ、普段会社に行くのに使う道に戻ってきたところで交通事故に遭い、負傷しました。このような場合は、「通勤災害」として労災保険が適用される保険給付を受けることができるのでしょうか。
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回答:母親の介護のため通常の通勤経路とは違う経路で帰宅した場合も、労働者災害補償保険法上の通勤災害にあたると判断され、保険給付を受けることができる可能性があります。
解説:
(労働者災害補償保険法の意義)
労働者災害補償保険法(以下「労災法」と言います。)とは、労働者災害補償保険いわゆる「労災保険」を定める法律で、内容としては業務災害と通勤災害に遭遇した労働者(又は遺族)を対象として国家が管理して行う保険給付等について規定しています(労災法1条、2条)。労働契約上、労働者が、業務上、通勤上災害にあった場合、加害者が存在すれば、加害者に対して損害賠償請求が可能ですが、相手方に財産がない場合、相手方に過失がない場合には損害は填補されません。又、使用者側に損害発生につき過失があれば使用者に責任追及ができますが、複雑な業務についての過失の立証ができない場合は、労働者の生活は一瞬にして破綻の可能性が存在し、生存権(憲法25条)が脅かされます。 しかし、使用者は労働者を事実上業務において指揮命令権の下支配下におき利益を確保し、災害が生じる危険性がある業務に従事させていることから危険責任、報償責任を負わなければならず、他方労働者は、労働力を提供して日々の生活を維持しなければならないことから私的自治の原則に内在する正義、公平の原則という法の理想から(根拠について他に種々の学説があります)労働基準法上、使用者は、業務上の災害に対して災害の損害を賠償する無過失の法的責任を負うことになります(使用者の労働災害補償義務、労働基準法75条以下)。
しかし、いくら使用者が無過失責任を負っていても弁償する財産が存在せず実際上迅速に支給されなければその目的を達成することはできませんので、使用者の損害賠償責任を実質的に保障するため国家が管理する保険が必要でありそのため作られたのが労動者災害保険制度であり、労動者災害保険法です。従って、以上の趣旨から労災法も解釈されることになります。
1.(通勤災害)
労災法で保険給付の対象となるのは、業務災害と通勤災害の二つです(労災法7条)。本件で問題となるのは通勤災害です。通勤災害とは、労働者の通勤による負傷、疾病、障害又は死亡のことをいいます(労働者災害補償法7条2号)。今回は、あなたの負傷が「通勤」によるものといえるかどうかという点が重要なポイントとなりますので、通勤災害にいう「通勤」の意義について触れた上で、本件の事情の下であなたの負傷が「通勤」によるものにあたるかという点を中心に説明します。
2.(通勤の意義・原則・例外)
「通勤」とは、労働者が、就業に関し、@住居と就業の場所との間の往復、A就業の場所から他の就業場所への移動、B @の往復に先行または後続する住居間の移動のいずれかを、合理的な経路および方法により行うことをいい、業務の性質を有するものを除くとされています(同条2項)。労働基準法上は、通勤災害については明文で規定していませんが、労災保険法では、通勤も保険の対象となる旨明らかにして法の理想から労働者の生活権を保護しています。
そして、労働者が@〜Bの移動の経路を逸脱し、またはそれらの移動を中断した場合には、当該逸脱または中断の間及びその後の移動は、原則として「通勤」とならないと定められています(同条3項本文)。労災の使用者責任の根拠が、労働者をその支配下におくことから認められる報償責任、危険責任と考える以上、逸脱、中断の移動等は対象外になるのはやむを得ないものと考えられます。
ただし、当該逸脱または中断が、日常生活上必要やむを得ない行為であって厚生労働省令で定めるもの(たとえば、日用品の購入、職業能力開発のための受講、選挙権の行使、病院での診療など)をやむを得ない事由により行うための最小限度のものである場合は、逸脱・中断の間を除き、「通勤」にあたるとされています(同条3項但し書、労働者災害補償保険法規則8条)。通勤の中断逸脱を形式的に判断すると、災害救済が事実上実効性を失い労災補償の趣旨を実現できませんので、通勤に通常生じうる日常生活上やむを得ない行為を特に限定して逸脱、中断があっても通勤として認定しています。
以上のことをまとめると、まず、@〜Bの移動を合理的な経路及び方法、つまり一般に労働者が用いるものと認められる経路及び手段で行う場合には「通勤」に該当します。そして、その移動の経路を逸脱、もしくは移動を中断した場合には通勤とは認められませんが、当該逸脱または中断が、日常生活上必要やむを得ない行為であってやむを得ない事由により行うための最小限度のものである場合には、その逸脱又は中断、は「通勤」に該当するということになります。
3.以上を前提にその他の要件も踏まえて本件を検討します。
4.(労働者であるか。)まず、出発点としてはあなたが労災法上の「労働者」であることが前提であり(労災法1,2条は労働者が給付の対象であることを明記しています)、あなたが会社の役員等経営者であれば対象外となります。
5.次に「通勤」といえるか検討します。
(移動が就業に関するものかどうか。)通勤は、条文上「就業に関する移動」と規定されています。「就業に関し」とは、解釈上「往復行為が業務と密接な関連をもって行われること」と広く解されています。そうでなければ、労働者の災害救済を達することはできないからです。本件の場合、あなたが会社での職務を終えた後、職場に漫然と居残るというようなことなく、そのまま会社を出て、介護目的のために親の家に立ち寄るにせよ最終的には自宅へ向かうために移動していたのであれば、この要件を満たすものと思われます。
6.(通勤の要件である移動の中断、逸脱があるか。中断、逸脱があっても労災法2条3項但し書きにより救済ができるか。)
(1)まず、本件では、会社からの帰宅途中に親の家に立ち寄ったという事情がありますからそもそも通勤に該当するかどうかが問題になります。すなわち、「@住居と就業の場所との間の往復」からの逸脱がないかという点です(同条3項)。妻の親の家への立ち寄りは通常の通勤経路とは異なりますので形式的には逸脱と判断できるでしょう。但し、3項但し書きは、中断、逸脱があっても、「当該逸脱又は中断が、日常生活上必要な行為であって、厚生労働省令で定めるものをやむを得ない事由により行うための最小限度のものである場合は」除いています。この条文は、要件が厳格であり、まず、「日常生活上必要な行為として厚生労働省令で定めるもの」「やむを得ない事由により行うための最小限度のもの」の2つの要件をクリアーしなければいけません。さらに、「当該逸脱又は中断の間を除き」と規定しているので、通常の通勤と認められる合理的経路に戻った場所での災害であることが必要です。
(2)そこでまず、「日常生活上必要な行為」と言えるか検討が必要です。この点、あなたは会社を出た後母親の家に向かい、そこで食事の世話等をしたということですが、このような行為は通勤の途中で行うような些細な行為、(たとえば、帰り道の近くの公園のベンチで水分補給のため短時間休んだり、トイレに寄ったりするなど)とは言えませんから、「日常生活上必要な行為」とは言えないようにも思われます。しかし、日常生活上必要な行為とは、一般社会生活上に生じる必要な行為と広く解釈する必要があります。そう解釈しないと、労働者の日常生活から生じる災害からの保護ができないからです。従って、家族である義理の母親も介護も日常生活上の必要な行為と解釈することが可能と思います。
この点について労働者災害補償保険法規則8条5号は、「要介護状態にある配偶者、子、父母、配偶者の父母並びに同居し、かつ、扶養している孫、祖父母及び兄弟姉妹の介護(継続的に又は反復して行われるものに限る)」を日常生活上必要な行為として挙げていますので問題ないでしょう。今回あなたは身体の不自由な母親の食事等の世話をするため立ち寄ったとのことであり、母親が要介護状態にある場合には、5号に該当すると思われます。
(3)次に「やむを得ない最小限度のものであること」という要件を検討します。たとえば本件では母親の介護のためにあなたが立ち寄る必要があり、その滞在時間が主に介護のために割かれたという事情があれば、この条件もクリアーできるでしょう。
もっとも、5号かっこ書きにあるように、当該行為は継続的に又は反復して行われるものに限るとされていますから、普段は介護のために立ち寄ることはなくこれからもそのような予定はないけれど、今回はたまたま世話のために立ち寄ったというような場合には、5号に該当しないと判断される可能性があります。
(4)さらに、5号に該当し、労働者災害補償保険法7条3項但し書きの適用がある場合には、規定上「当該逸脱又は中断の間を除き」と規定されていますが、貴方は普段会社に行くのに使う道に戻ってきたところで(通常の合理的経路に戻った時に)交通事故に遭遇していますからこの点も問題はないと思われます。よって、あなたが自宅を目指し当該道路上を移動することは、やはり「通勤」にあたると判断されると考えられます。
7.(通勤と負傷の因果関係)また、通勤災害は、通勤「による」負傷等であること、すなわち負傷等が通勤に通常伴う危険の具体化であるといえることが必要となりますが、通勤途中の交通事故ということでありこの点も問題ありません。
8.(判例)大阪高裁平成19年4月18日第3民事部判決、本判決は、労働者が妻の父(義父)の介助を週4日程度行い、帰宅途中に甲事故にあったと事案です。当時は、労働者災害補償保険法規則8条5号「要介護状態にある配偶者、子、父母、配偶者の父母並びに同居し、かつ、扶養している孫、祖父母及び兄弟姉妹の介護(継続的に又は反復して行われるものに限る)」の規定がなく、同条、1号の「 日用品の購入その他これに準ずる行為」の認定をして救済しています。労災保険制度の趣旨から見て妥当な判断でしょう。本判決により争いをなくすため規則8条5号は追加されることになりました。
9.(まとめ)以上より、自宅とは反対の方向にある親の家に立ち寄った場合でも、上記に挙げたような具体的事情によっては、あなたの負傷は、通勤災害に該当します。その場合には、労働者災害補償保険法に基づいて、各種の保険給付を申請することを検討すべきでしょう。なお、あなたは交通事故で負傷したということですから、自動車損害賠償責任保険に基づく保険金請求、加害者に対する損害賠償請求といった他の救済手段も考えられます。
≪参照条文≫
労働者災害補償保険法
第一章 総則
第一条 労働者災害補償保険は、業務上の事由又は通勤による労働者の負傷、疾病、障害、死亡等に対して迅速かつ公正な保護をするため、必要な保険給付を行い、あわせて、業務上の事由又は通勤により負傷し、又は疾病にかかつた労働者の社会復帰の促進、当該労働者及びその遺族の援護、労働者の安全及び衛生の確保等を図り、もつて労働者の福祉の増進に寄与することを目的とする。
第二条 労働者災害補償保険は、政府が、これを管掌する。
第三章 保険給付
第一節 通則
第七条 この法律による保険給付は、次に掲げる保険給付とする。
一 労働者の業務上の負傷、疾病、障害又は死亡(以下「業務災害」という。)に関する保険給付
二 労働者の通勤による負傷、疾病、障害又は死亡(以下「通勤災害」という。)に関する保険給付
三 二次健康診断等給付
○2 前項第二号の通勤とは、労働者が、就業に関し、次に掲げる移動を、合理的な経路及び方法により行うことをいい、業務の性質を有するものを除くものとする。
一 住居と就業の場所との間の往復
二 厚生労働省令で定める就業の場所から他の就業の場所への移動
三 第一号に掲げる往復に先行し、又は後続する住居間の移動(厚生労働省令で定める要件に該当するものに限る。)
○3 労働者が、前項各号に掲げる移動の経路を逸脱し、又は同項各号に掲げる移動を中断した場合においては、当該逸脱又は中断の間及びその後の同項各号に掲げる移動は、第一項第二号の通勤としない。ただし、当該逸脱又は中断が、日常生活上必要な行為であつて厚生労働省令で定めるものをやむを得ない事由により行うための最小限度のものである場合は、当該逸脱又は中断の間を除き、この限りでない。
労働者災害補償保険法施行規則
(日常生活上必要な行為)
第八条 法第七条第三項 の厚生労働省令で定める行為は、次のとおりとする。
一 日用品の購入その他これに準ずる行為
二 職業訓練、学校教育法第一条 に規定する学校において行われる教育その他これらに準ずる教育訓練であつて職業能力の開発向上に資するものを受ける行為
三 選挙権の行使その他これに準ずる行為
四 病院又は診療所において診察又は治療を受けることその他これに準ずる行為
五 要介護状態にある配偶者、子、父母、配偶者の父母並びに同居し、かつ、扶養している孫、祖父母及び兄弟姉妹の介護(継続的に又は反復して行われるものに限る。)
労働基準法
第八章 災害補償
(療養補償)
第七十五条 労働者が業務上負傷し、又は疾病にかかつた場合においては、使用者は、その費用で必要な療養を行い、又は必要な療養の費用を負担しなければならない。
○2 前項に規定する業務上の疾病及び療養の範囲は、厚生労働省令で定める。
(休業補償)
第七十六条 労働者が前条の規定による療養のため、労働することができないために賃金を受けない場合においては、使用者は、労働者の療養中平均賃金の百分の六十の休業補償を行わなければならない。
○2 使用者は、前項の規定により休業補償を行つている労働者と同一の事業場における同種の労働者に対して所定労働時間労働した場合に支払われる通常の賃金の、一月から三月まで、四月から六月まで、七月から九月まで及び十月から十二月までの各区分による期間(以下四半期という。)ごとの一箇月一人当り平均額(常時百人未満の労働者を使用する事業場については、厚生労働省において作成する毎月勤労統計における当該事業場の属する産業に係る毎月きまつて支給する給与の四半期の労働者一人当りの一箇月平均額。以下平均給与額という。)が、当該労働者が業務上負傷し、又は疾病にかかつた日の属する四半期における平均給与額の百分の百二十をこえ、又は百分の八十を下るに至つた場合においては、使用者は、その上昇し又は低下した比率に応じて、その上昇し又は低下するに至つた四半期の次の次の四半期において、前項の規定により当該労働者に対して行つている休業補償の額を改訂し、その改訂をした四半期に属する最初の月から改訂された額により休業補償を行わなければならない。改訂後の休業補償の額の改訂についてもこれに準ずる。
○3 前項の規定により難い場合における改訂の方法その他同項の規定による改訂について必要な事項は、厚生労働省令で定める。
(障害補償)
第七十七条 労働者が業務上負傷し、又は疾病にかかり、治つた場合において、その身体に障害が存するときは、使用者は、その障害の程度に応じて、平均賃金に別表第二に定める日数を乗じて得た金額の障害補償を行わなければならない。
(休業補償及び障害補償の例外)
第七十八条 労働者が重大な過失によつて業務上負傷し、又は疾病にかかり、且つ使用者がその過失について行政官庁の認定を受けた場合においては、休業補償又は障害補償を行わなくてもよい。
(遺族補償)
第七十九条 労働者が業務上死亡した場合においては、使用者は、遺族に対して、平均賃金の千日分の遺族補償を行わなければならない。
(葬祭料)
第八十条 労働者が業務上死亡した場合においては、使用者は、葬祭を行う者に対して、平均賃金の六十日分の葬祭料を支払わなければならない。
(打切補償)
第八十一条 第七十五条の規定によつて補償を受ける労働者が、療養開始後三年を経過しても負傷又は疾病がなおらない場合においては、使用者は、平均賃金の千二百日分の打切補償を行い、その後はこの法律の規定による補償を行わなくてもよい。
(分割補償)
第八十二条 使用者は、支払能力のあることを証明し、補償を受けるべき者の同意を得た場合においては、第七十七条又は第七十九条の規定による補償に替え、平均賃金に別表第三に定める日数を乗じて得た金額を、六年にわたり毎年補償することができる。
(補償を受ける権利)
第八十三条 補償を受ける権利は、労働者の退職によつて変更されることはない。
○2 補償を受ける権利は、これを譲渡し、又は差し押えてはならない。
(他の法律との関係)
第八十四条 この法律に規定する災害補償の事由について、労働者災害補償保険法 (昭和二十二年法律第五十号)又は厚生労働省令で指定する法令に基づいてこの法律の災害補償に相当する給付が行なわれるべきものである場合においては、使用者は、補償の責を免れる。
○2 使用者は、この法律による補償を行つた場合においては、同一の事由については、その価額の限度において民法 による損害賠償の責を免れる。
(審査及び仲裁)
第八十五条 業務上の負傷、疾病又は死亡の認定、療養の方法、補償金額の決定その他補償の実施に関して異議のある者は、行政官庁に対して、審査又は事件の仲裁を申し立てることができる。
○2 行政官庁は、必要があると認める場合においては、職権で審査又は事件の仲裁をすることができる。
○3 第一項の規定により審査若しくは仲裁の申立てがあつた事件又は前項の規定により行政官庁が審査若しくは仲裁を開始した事件について民事訴訟が提起されたときは、行政官庁は、当該事件については、審査又は仲裁をしない。
○4 行政官庁は、審査又は仲裁のために必要であると認める場合においては、医師に診断又は検案をさせることができる。
○5 第一項の規定による審査又は仲裁の申立て及び第二項の規定による審査又は仲裁の開始は、時効の中断に関しては、これを裁判上の請求とみなす。
第八十六条 前条の規定による審査及び仲裁の結果に不服のある者は、労働者災害補償保険審査官の審査又は仲裁を申し立てることができる。
○2 前条第三項の規定は、前項の規定により審査又は仲裁の申立てがあつた場合に、これを準用する。
≪最高裁判例≫
大阪高裁平成19年4月18日第3民事部判決
≪参考文献≫
菅野和夫「労働法<第九版>」(弘文堂、2010年4月)
野川忍「新訂労働法」(商事法務、20100年4月)
嵩さやか・平成19年度重要判例解説246頁
質問:私には高齢の父がおり,父には再婚した女性がいます。父が亡くなった場合に相続人となるのは,その女性と私との2名となるはずでしたが,最近,父の再婚相手が,何十年も行き来のなかった自分の実子と連絡をとり,父との間で養子縁組をさせたようです。明らかに財産目当てだと思うのですが,このような養子縁組は有効ですか。
↓
回答:
1.お父様に正常な判断能力があり,親子としての精神的つながりを形成する意思が双方にあれば,縁組の主目的が相続財産の獲得にあっても,養子縁組は有効であるとするのが判例です。具体的事情により,親子としての精神的つながりを形成する意思が否定される可能性もゼロではありませんが,ご相談のケースではその可能性は低いでしょう。
2.法律相談事例集キーワード検索932番,698番参照。
解説:
1.養子縁組の要件
養子縁組には,養親となる者と養子となる者との間に縁組意思が合致すること(実体的要件)と,その意思に基づいて養子縁組の届出をすること(形式的要件)が必要です(民法799条,802条)。そして,意思が合致するためには,双方に意思能力が必要です。意思能力とは,事理弁識能力,すなわち,行為の結果を予測し判断するだけの精神能力のことです。たとえば,一方当事者が認知症等のため,このような判断能力に欠けていたと言える場合には,養子縁組は無効となります。
「縁組意思」とは縁組によって養親子関係を創設する意思のことですが,問題はその中身です。具体的にどのような実体を形成する意思があれば,養親子関係を創設する意思があると認められるのでしょうか。婚姻と比較してみましょう。婚姻の場合にも,「婚姻意思」すなわち夫婦関係を創設する意思が要求されます(民法742条)。夫婦関係の実体は人によりいろいろですが,最大公約数的に表現すれば,男女の精神的・肉体的なつながりを基礎とする共同生活関係であるといえるでしょう(民法752条参照)。そのような共同生活関係を形成する意思がなければ,婚姻意思は認められないと解されます。これに対して,成人どうしの養親子関係は,夫婦関係以上に千差万別で,最大公約数的な実体を観念することも困難です。同居はもちろん,経済的な相互扶助も,老親の介護も,全ての親子に共通する生活スタイルとはいえません。共通するものがあるとすれば,せいぜい「親子としての精神的つながり」といったものでしょう。そこで,縁組意思の具体的中身は,「親子としての精神的なつながり」を形成する意思であると解されているのです。
2.財産目的がある場合
ご相談のケースでは,養子縁組が財産目的であることが疑われるのですが,このような場合,「親子としての精神的つながり」を形成する意思が欠けるので養子縁組は無効といえるでしょうか。「親子としての精神的つながり」は非常に漠然としたものです。養親の死亡後には相続人として財産を譲り受ける意思があったとしても,「親子としての精神的つながり」を形成する意思とは両立可能で,矛盾しないといえます。あからさまな財産目的があったとしても,それだけでただちに「親子としての精神的つながり」を形成する意思がないという推認もできません。
最高裁昭和38年12月20日は,老親が同居する次男の子(自分の孫)を養子にしたので,相続分が減った長男が,財産目的の養子縁組であり無効であると主張して養子縁組無効確認訴訟を提起した事案で,養子縁組をした老親には長男の相続分を排して孫に財産を取得させる意思があったと認めつつ,それでもなお,「親子としての精神的なつながりをつくる意思」を認めることができるとして,請求を棄却しました。
この事件の一審である宇都宮地裁昭和36年11月16日判決は,縁組意思の有無の判断要素について,次のように判示しています。「本来養親子関係は,夫婦関係における共同生活のような定型的要素をもつものではなく,これが種々の目的のために利用される手段的制度であるため,その習俗的観念における型態も時代や社会を異にして多種様態であつて,その性格は多分に観念的擬制的なものである。従つて,そのようないわば精神的親子関係を創設すべき意思といつても,これを持定の目的に結びつけて限定的に解することは妥当ではなく,いやしくも当事者間において養親子関係から生ずる法的効果の発生を欲している限り,親子としての精神的つながりをつくる意思があるものと推定して,ひろくその縁組意思を肯定すべきものであり,ただ,縁組の真意が明らかに養親子関係の本質と矛盾背反するような場合に限つて,実質的縁組意思の存在を否定すべきものと考える。このことは,現行法における養子制度が,一方において,未成年養子に対する家庭裁判所の許可制度を採用して,いわゆる「子のための養子」の原則を打ち出している反面,成年養子(未成年養子が養親またはその配偶者の直系卑属である場合も同様に扱われる。)については,旧法の家制度から来る制約を一切廃止して,当事者の自由意思による無拘束の縁組を許容し,養子制度の自主性を強調していることに照しても理解することができる。」。
つまり,「親子としての精神的つながりをつくる意思」が否定される場合はあるけれども,それは「縁組の真意が明らかに養親子関係の本質と矛盾背反するような」限定的な場合であり,財産目的があった程度では否定されない,という判断です。最高裁もこの論理を採用して,同じ結論を示しているものです。
3.近時の下級審判例
以上の判例の論理を前提としつつも,具体的な事案の諸事情を検討した結果,「縁組の真意が明らかに養親子関係の本質と矛盾背反するような」場合に該当するとして,養子縁組が無効と判断されたケースが出ています。
大阪高裁平成21年5月15日判決は,養親Aと隣人としてつきあいのあったBが自分の長女(控訴人)を養子にさせ,その後Aは死亡したという事案につき,次のように判示して,養子縁組を無効と判断しました。「民法八〇二条一号にいう「縁組をする意思」(縁組意思)とは,真に社会通念上親子であると認められる関係の設定を欲する意思をいうものと解すべきであり,したがって,たとえ縁組の届出自体について当事者間に意思の合致があり,ひいては,当事者間に,一応法律上の親子という身分関係を設定する意思があったといえる場合であっても,それが,単に他の目的を達するための便法として用いられたもので,真に親子関係の設定を欲する意思に基づくものでなかった場合には,縁組は,当事者の縁組意思を欠くものとして,その効力を生じないものと解すべきである。そして,親子関係は必ずしも共同生活を前提とするものではないから,養子縁組が,主として相続や扶養といった財産的な関係を築くことを目的とするものであっても,直ちに縁組意思に欠けるということはできないが,当事者間に財産的な関係以外に親子としての人間関係を築く意思が全くなく,純粋に財産的な法律関係を作出することのみを目的とする場合には,縁組意思があるということはできない。
以上の見地から本件についてみると,仮に,Aと控訴人の双方とも,一応法律上の親子という身分関係を設定する意思があり,本件縁組届の作成及び届出が両者の意思に基づいて行われたものであったとしても,前記の事実関係に照らせば,本件養子縁組当時,Aと控訴人とは全く交流がなく,両者の間に親子という身分関係の設定の基礎となるような人間関係は存在していなかった上,本件養子縁組がされた後も,両者が親族として交流した形跡は全くなく,上記のような関係は基本的に変わっていなかったものと認められるから,Aと控訴人が親子としての人間関係を築く意思を有していたとは到底考えられないところである。そして,控訴人又はBが,Aの死亡の翌日にその貯金を解約してこれを事実上取得し,その他のAの遺産についても速やかに相続の手続を取っていることなどを考慮すれば,本件養子縁組による親子関係の設定は,Bの主導のもと,専ら,身寄りのないAの財産を控訴人に相続させることのみを目的として行われたものと推認するほかはない。」
また,名古屋高裁平成22年4月15日判決は,養親Aと病院で知り合った者(控訴人)が養子となり,その後Aが死亡したという事案について,次のように判示して養子縁組を無効と判断しました。「養子縁組における縁組意思は,社会通念に照らして真に養親子関係を生じさせようとする意思によるものであることが必要というべきであり,こうした意思を含まず,単に何らかの方便として養子縁組の形式を利用したに過ぎない場合は,縁組意思を欠くものとして,その養子縁組は無効というべきである。もとより,養親子関係の社会的な在り方は多様であるから,上記の養親子関係を生じさせようとする意思の内容を一義的に言うことは困難であるが,少なくとも親子としての精神的なつながりを形成し,そこから本来生じる法律的または社会的な効果の全部または一部を目的とするものであることが必要であると解するのが相当である。
ア 上記認定の諸経過によれば,控訴人は平成19年8月ころ,AとD病院で結核治療中に知り合って親しくなり,同年10月26日に退院してA方で寝泊まりを始め,同月末ころAも退院して控訴人と同居するようになったが,それからわずか2か月ほど後の同年12月27日に本件養子縁組の届出がなされたこと,控訴人は平成20年2月12日から同年4月30日までM病院に入院し,Aも同年5月8日にD病院に入院した後,同年6月27日に死亡しており,結局,控訴人とAがA方で同居したのは,通算4か月にも満たないこと,その間,控訴人が血縁関係もないAの看護や日常の世話に意を配ったような経過はうかがわれず,上記のとおりAが同年5月8日,D病院に入院した際は,保健所の職員によって入院させられるほどの重篤な状態に陥っていたこと,また,Aの葬儀の際,控訴人は香典を受け取ったにもかかわらず,香典返しもしておらず,その一方で,控訴人は,その間に,Aの資産を基にして,高級外車を乗り換えるなどの散財行為とも見られる行為に及んでいることなど,控訴人がAの資産に依存した消費行動を示しており,ほかには,控訴人が,養親子という社会一般の身分関係を意識した行動を示した形跡は何らうかがうことができない。そして,原審における控訴人本人尋問の結果によっても,控訴人とAの間で,親族関係の形成を前提とした会話がなされたような経緯はうかがわれず,控訴人自身,自分とAが本件養子縁組をする目的や理由,趣旨を理解しているものとは認められない。
イ 他方,Aは本件養子縁組に近接した時点において,前頭側頭葉型認知症の疑いを持たれており,躁状態による脱抑制,人格変化が認められ,病識の欠如から問題行動も起こすなどしており,合理的な判断能力が相当に減退した状態にあったと認められること,Aは被控訴人がGとの交際に反対したり,医療保護入院をさせたり,後見開始申立てをしたことなどについて反感を示しており,こうした被控訴人に対する思慮を欠いた反発感情から,同人への相続を阻止する目的で本件養子縁組に及んだものとうかがわれるところ,それ以上には,控訴人との間に養親子という親族関係を形成する意思があったことをうかがわせる経緯は一切認められない。Aが本件養子縁組にあたって,控訴人とともに司法書士に相談したことも,法律的,手続的な相談を内容とするものであって,上記判断を左右するものではない。
ウ そうすると,本件養子縁組は,Aが,控訴人との養親子関係という真の身分関係を形成する意思とは異なり,被控訴人への相続を阻止するための方便として,控訴人との養子縁組という形式を利用したにすぎないものと認められるから,前判示のとおりの養子縁組意思を欠くものというべきであって,無効といわなければならない。」
このように,具体的ケースによっては,財産目当ての養子縁組が無効とされる可能性もゼロではありません。ただ,ここでみた否定事例2件はいずれも,親戚関係のない他人同士の縁組のケースでした。事案としても身寄りのない資産家の老人に付け行って相続発生後に財産を散財しているという養子やその関係者が悪質な場合と言えるでしょう。全く血縁関係や親せき付き合いがないことについては判決に明示されてはいませんが,実質的には重要なポイントとなっているかもしれません。その観点からは,再婚とはいえ妻の実子との養子縁組であるご相談のケースでは,養子縁組が無効とされる可能性はかなり低いと考えられるところです。
<参照条文>
民法
739条1項 婚姻は,戸籍法の定めるところにより届け出ることによって,その効力を生ずる。
2項 前項の届出は,当事者双方及び成年の証人2人以上が署名した書面で,又はこれらの者から口頭で,しなければならない。
742条 婚姻は,次に掲げる場合に限り,無効とする。
1 人違いその他の事由によって当事者間に婚姻をする意思がないとき。
2 当事者が婚姻の届出をしないとき。ただし,その届出が第739条第2項に定める方式を欠くだけであるときは,婚姻は,そのためにその効力を妨げられない。
752条 夫婦は同居し,互いに協力し扶助しなければならない。
799条 第738条及び第739条の規定は,縁組について準用する。
802条 縁組は,次に掲げる場合に限り,無効とする。
1 人違いその他の事由によって当事者間に縁組をする意思がないとき。
2 当事者が縁組の届出をしないとき。ただし,その届出が第799条において準用する第739条第2項に定める方式を欠くだけであるときは,縁組は,そのためにその効力を妨げられない。
質問:私は保険会社で営業部に所属しているのですが,11ヶ月ほど前に業務外で交通事故に遭い,脳挫傷および外傷性クモ膜下出血の傷害を負い,視野狭窄や複視の症状が残るような後遺症を負いました。治療の甲斐もあって,現在は軽作業を行える程度には回復しましたが,営業には自動車の運転が不可欠で,まだ仕事には復帰できておりません。
私の勤めている会社の就業規則には,傷病休職の規定があり,業務外での傷病による欠勤の場合には最長で1年間の休職期間が定められており,この休職期間満了までに復職できないときには退職とする旨の規定があります。私は,事故の翌日より休職しているのですが,昨日,会社から,前述の就業規則の規定を根拠に1年間の休職期間満了の時点で退職となる旨の通知が届きました。
休職期間中も同僚と連絡をとり,会社の業務の状況は把握するように努めていましたし,デスクワークであればこなせる程度には回復しているので,会社には復職の要望を伝えてあります。私は,このまま休職期間満了の時点で退職しなければならないのでしょうか。できれば,今の会社で働き続けたいのですが,法的に私の主張は認められる可能性があるのかをお尋ねしたいです。
↓
回答:
会社からの通知は,休職期間満了による自動退職ということですので,休職期間満了までの間に休職事由の消滅が認められれば,会社は自動退職として取り扱うことはできず,あなたは今の会社で働き続けることができます。休職事由の消滅が認められるためには,原則として,従前の職務を支障なく行いうる状態に復帰したことが必要となります。しかし,例外的に,休職期間満了時にそうした状態に達していない場合でも,相当期間内に治癒することが見込まれ,かつ,当人に適切なより軽い業務が現に存在するときには,使用者は,労働者を治癒までの間,その業務に配置すべきであり,契約の自動終了という効果は発生しません。いかなる場合に,契約の自動終了の効果が発生しないのかについては下記の解説を御参照ください。
解説:
1.休職制度について 制度趣旨 就業規則の内容
休職とは,ある従業員について労働者側の理由で就労させることが不能または不適当な事由が生じた場合に,労働契約を存続させつつ,一時的に労働義務を消滅させることをいいます(使用者側の理由による場合は休業といいます)。国公法と異なり,労働基準法には休職について直接規定がありませんが,通常就業規則に規定されています。どうして休職制度があるのかといいますと,就労不能が本件のように労働者側の理由により生じた場合には労働契約は双務契約ですから,民法の一般原則から賃金の支払は原則としてできませんし,履行遅滞(履行不能)で催告の上契約解除となるはずです(民法541条,543条)。しかし,労働契約は不動産賃貸借と同様に継続的契約関係ですし,日々労働により賃金を得て生活を行う経済的基礎をなすものであり簡単に契約解除を認めることは健康で文化的な生活を維持継続する生存権(憲法25条)の趣旨にもとりますし,労使の精神的,経済的力関係において常に不利益な立場にある労働者にとり実質的に正当な理由のない解雇(解雇権の濫用の防止)と同様の結果となる危険があります。
そこで,法の理想から労使の公平,公正の原則を担保するため一定の期間労働契約を存続させながら労働義務を免除する休職制度が必要となります。労働者側の責任で休職するのですから基本的に賃金は請求できません(公務員の場合も同様で,但し,意思に反する休職の場合のみ賃金請求は可能。国公法80条4項,23条,地方公務員法23条)。
しかし,就業規則で休職制度を認めても内容が具体的に考察して実質的に,労働者の地位を不利益,不安定にするものであってはならず,不動産賃貸借の解除と同様に,労使双方の実質的信頼関係を破壊する程度の理由がなければ休職の最も重要な効果である休職期間満了による労働契約解消の効果は生じないと考えられます。労使双方の信頼関係を破壊する基準は,労働者側の経歴,能力,経験,地位,当該企業における労働者の担当業種の内容,配置・異動の実情及び難易さらに当該企業側の規模,業種,等が要素となるでしょう。尚,休職期間は業種,勤続年数,原因等から就業規則の定めがことなり,事故休職は半年前後,私傷病休職は事情により2,3カ月から年単位で,起訴休職等は原因が消滅するまでと考えられているようです。
以上のようにご相談いただいた休職期間満了の時点で退職となる,会社の休職制度は,出勤できない労働者に対して一定期間解雇を猶予する機能を果たします。それゆえ,労働基準法上の解雇規制の潜脱を防止する必要があります。たとえば,解雇をなすには30日の予告期間が必要されている(労基法20条)こととの均衡上,休職期間は30日以上とすることが必要となります。また,本件のように休職期間満了で自動退職の効果が発生するような事案では,退職を正当化しうる事情が必要となります。
2.ご相談の件と同様に休職期間満了による退職取扱いの有効性が争われた裁判例(大阪地裁平成11年10月4日判決,JR東海事件)の内,復職の可否を判断する際の考慮要素について判示した箇所を引用いたします。
「労働者が私傷病により休職となった以後に復職の意思を示した場合,使用者はその復職の可否を判断することになるが,労働者が職種や業務内容を限定せずに雇用契約を締結している場合においては,休職前の業務について労務の提供が十全にはできないとしても,その能力,経験,地位,使用者の規模や業種,その社員の配置や異動の実情,難易等を考慮して,配置替え等により現実に配置可能な業務の有無を検討し,これがある場合には,当該労働者に右配置可能な業務を指示すべきである。そして,当該労働者が復職後の職務を限定せずに復職の意思を示している場合には,使用者から指示される右配置可能な業務について労務の提供を申し出ているものというべきである。」
上記の判旨によれば,まず第一に,職種や業務内容の限定がなされていたのかが重要な判断要素となります。職種や業務内容の限定がなされていたのであれば,復職可能といえるためには,当該職種・業務内容に耐えうる程度の健康状態の回復が求められるからです。
職種等に限定がない場合には,復職後の業務が休職前の業務に限定されることはありません。上記裁判例は,休職期間満了による自動退職に先立ち,「現実に配置可能な業務の有無を検討し,これがある場合には,当該労働者に右配置可能な業務を指示す」るという負担を使用者に強いることで,労働者保護を図っているといえます。そして,「現実に配置可能な業務の有無」については,労働者の能力・経験・地位という労働者側の事情と,使用者の規模・業種・配置や異動の実情等の使用者側の事情の双方を考慮することで,合理的な結論を導くことができるように配慮しています。
3.ご相談の件とはすこし離れますが,労働者が従前の業務を十分になし得なくなったことを理由に,使用者が労働者の労務提供を拒絶し,賃金の支払をしなかったために,賃金債権の存否が争いとなった判例があります(最判平成10年4月9日判決,判例時報1639号130頁,片山組事件)。
この判例は,いかなる場合に労働者の労務の提供が,債務の本旨に従った履行の提供(民法415条)といえるのかについて下記のように判示しています。
「労働者が職種や業務内容を特定せずに労働契約を締結した場合においては,現に就業を命じられた特定の業務について労務の提供が十全にはできないとしても,その能力,経験,地位,当該企業の規模,業種,当該企業における労働者の配置・異動の実情及び難易等に照らして当該労働者が配置される現実的可能性があると認められる他の業務について労務の提供をすることができ,かつ,その提供を申し出ているならば,なお債務の本旨に従った履行の提供があると解するのが相当である。そのように解さないと,同一の企業における同様の労働契約を締結した労働者の提供し得る労務の範囲に同様の身体的原因による制約が生じた場合に,その能力,経験,地位等にかかわりなく,現に就業を命じられている業務によって,労務の提供が債務の本旨に従ったものになるか否か,また,その結果,賃金請求権を取得するか否かが左右されることになり,不合理である。」
上記判例は,労働契約は継続的な関係であること,及び,使用者には広範な人事権や業務命令権が認められており,職種や配置は随時変更される可能性があることを重視して,従前の業務に限らず幅広く債務の本旨に従った履行の提供を認めています。
4.復職時の回復状況が問題となった事案について,下級審レベルでは,従前の職務を遂行できるまでに回復していることを要するとしていた裁判例が複数ありました。しかし,片山組事件では,最高裁判所が,労働者の職務遂行能力が低下した場合の取り扱いにつき,労使双方の事情を考慮した上で結論を導く合理的な判断枠組を示しましたので,今後の傷病休職からの復帰に関する紛争は,片山組事件の判断枠組をもとに争われることが予想されます。
ご相談の件と同様に休職期間満了による退職取扱いの有効性が争われたJR東海事件の上記判旨も,片山組事件の上記判旨に影響を受けていることは明らかです。
5.これらの裁判例をもとにご相談の件を検討しますと,まずはあなたが採用時に営業社員として職種,業務内容を限定されて採用されたのかが問題となります。職種等に限定のない採用であれば,次に,あなたの能力や経験とともに会社の業種,規模などを考慮した上で,あなたを会社の中で現実的に再配置することが可能かを検討することになります。この点については,あなたの能力や経験が多様なものであり,会社の業種,規模が大きいほど再配置の可能性は高くなり,あなたの主張は認められやすくなります。
現状のまま,休職期間満了による退職という取扱いをされた場合には,労働契約書や就業規則,会社の業態や規模がわかる資料のほか,軽作業であれば復職可能との医師の診断書があれば,それも持参した上で,お近くの弁護士に相談してみることをお薦めします。
<参照条文>
憲法
第25条 すべて国民は,健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。
○2 国は,すべての生活部面について,社会福祉,社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。
第27条 すべて国民は,勤労の権利を有し,義務を負ふ。
○2 賃金,就業時間,休息その他の勤労条件に関する基準は,法律でこれを定める。
労働基準法
(解雇の予告)
20条 使用者は,労働者を解雇しようとする場合においては,少くとも30日前にその予告をしなければならない。30日前に予告をしない使用者は,30日分以上の平均賃金を支払わなければならない。但し,天災事変その他やむを得ない事由のために事業の継続が不可能となつた場合又は労働者の責に帰すべき事由に基いて解雇する場合においては,この限りでない。
民法
(債務不履行による損害賠償)
415条 債務者がその債務の本旨に従った履行をしないときは,債権者は,これによって生じた損害の賠償を請求することができる。債務者の責めに帰すべき事由によって履行をすることができなくなったときも,同様とする。
(履行遅滞等による解除権)
第541条 当事者の一方がその債務を履行しない場合において,相手方が相当の期間を定めてその履行の催告をし,その期間内に履行がないときは,相手方は,契約の解除をすることができる。
(履行不能による解除権)
第543条 履行の全部又は一部が不能となったときは,債権者は,契約の解除をすることができる。ただし,その債務の不履行が債務者の責めに帰することができない事由によるものであるときは,この限りでない。
質問:私は宅地を所有していますが,袋地のため水道事業者が敷設した配水管に直接排水をすることが出来ません。給排水設備のため隣地を掘削して,設備を設けることができますか。隣地には隣地所有者が設置した給排水設備があるのですが,私は当該宅地の給排水のために隣地所有者の給排水設備を使用することはできますか?できるとして,どのような手続きをすればよいでしょうか。
↓
回答:
1.他人が所有する隣地であっても,隣地を経由しなければ,水道事業者の敷設した配水管から当該宅地に給水を受け,その下水を公流,下水道まで排出することができない状況で,他人の設置した給排水設備を使用することが他の方法に比べて合理的であること,使用により当該給排水設備に予定される効用を著しく害するなどの特段の事情が無い場合には,隣地を掘削して新たに上下水道設備を設けることができますし,さらには隣地の既存の設備を利用することが認められます。このように隣地等を利用できる権利があるとしても,隣地所有者に無断で工事を行うことはできません。役所や工事業者は土地の所有者の承諾がないと工事をしてくれないのが現実です。そこで,隣地の所有者にまず了解をお願いする必要があります。相手が了解しない場合は,時間がかかりますが訴訟を提起する必要があります。具体的に工事の内容を特定して,下水道工事をすることを承諾せよ,という判決を求めることになります。このような裁判においては多くの場合和解により解決できるでしょうが,既存設備の所有者から求められた場合,その設備設置及び保存のための費用を分担することになるでしょう。
2.法律相談事例集キーワード検索994番,913番参照。
解説:
1.(基本的考え方について)
本件近隣紛争,水道管設置のための他人の土地,私道等堀削の争点は,文化的社会生活の必要性から他人の土地を利用することができるか,その法的根拠は何かということです。ご質問からは公道に出る私道の利用形態はわかりませんが(私道の利用については事務所事例集699番参照),いずれの形態が取られていても当該他人所有の土地を堀削利用しなければ水道管等を設置できない状況であれば貴方の主張は認められます。フランス人権宣言,所有権絶対の原則(憲法29条)から言えば,たとえ土地所有者が私道として第三者に通行を認めたからと言って,当該私道等について水道管設置工事の権利を認めたことにはなりません。しかし,このような工事を認めたからと言って土地所有者に特別な不利益は考えられませんし,他方,現代社会において水道,ガスの利用は文化的な社会生活を送る上で必要不可欠な設備です。このような場合はこのような要求を拒否する隣地所有者の主張は権利の濫用として認められません。憲法12条,13条はこれを明言します。その理論的根拠は近代法治国家普遍の原理である法の支配に求めることができるでしょう。私有財産制,所有権絶対の原則は,法の支配の理念が社会制度として具体化したものですが,その目的は適正公平な法社会秩序を形成し個人の尊厳を保障するところにあります。従って,私有財産制,所有権絶対の原則は,制度に当然内在する原理として権利濫用,信義誠実の法理が存在するのです。民法の 相隣関係 の規定はその法理を具体化した一例にすぎません。憲法12条,民法1条その他の総則的規定もその趣旨を明らかにしています。民法,水道法の規定等も以上の理念のもとに解釈することになります。
2.所有権については民法206条から238条に規定がありますが,特に土地の所有権をめぐる隣地との権利の調整について相隣関係として民法にいくつかの規定がなされています。そして,公道に接していない袋地については所有者の保護のため,通行権などの規定があります。しかし,袋地についての電気やガス,上下水道などの現代社会において必要不可欠なライフラインに関して,相隣関係に関連して規定されているものは,排水について民法220条,221条にわずかに規定されているだけで,十分な規定がなされているとはいえません。そこで,過去に裁判例などで,袋地所有者が,ライフラインの本管への接続のために隣地を使用することができるか,さらに進んで,本件のように,隣地の設備を使用することが出来るか問題となりました。
3.下級審の裁判例において,袋地所有者は,本管に接続するために,隣地に水道管などを設置する権利を認めています(東京地判平3.1.29判時1400−33,東京地判平4.4.28,東京地判平8.9.25判タ920−197など多数あります)。最高裁判所も,「本件建物の汚水を公共下水道に流入させるには,下水管を本件通路部分を経て本件私道にまで敷設し,そこに埋設されている下水管に接続するのが最も損害の少ない方法であると見られるので,被上告人が上告人の所有する本件通路部分に下水管を敷設する必要があることは否めない。」と判示して,その前提として,排水のための隣地の使用権を肯定していると解されています(最判平5.9.24民集47−7−5035)。
4.本件はさらに進んで,袋地所有者が,隣地の他人が設置した設備を使用する権限が認められるか問題となります。
この点,下級審裁判例において,「囲繞地の使用者は,その下水を直接公共下水道に流入させるのが困難であるため,下水道法一一条の規定及び民法二二〇条,二二一条等相隣関係の規定の趣旨に基づき,隣地使用者に対し,その土地又は排水設備の使用を求め得るものであるが,その場合において,通水し得べき土地又は排水設備が所有者を異にして複数考え得るときは,それぞれに通水したとして通常生ずべき損害を比較し,そのうち土地又は排水設備にとって最も損害の少ない場所又は箇所及び方法を選択しなければならないことは,下水道法一一条一項及び民法二二〇条但書の規定から明らかである。」と判示して,一定の要件のもとで隣地の設備の利用を肯定しているものがあります(東京地判平9.7.10判タ966−233)。
最高裁判所も,「民法220条は,土地の所有者が,浸水地を乾かし,又は余水を排出することは,当該土地を利用する上で基本的な利益に属することから,高地の所有者にこのような目的による低地での通水を認めたものである。同法221条は,高地又は低地の所有者が通水設備を設置した場合に,土地の所有者に当該設備を使用する権利を認めた。その趣旨とするところは,土地の所有者が既存の通水設備を使用することができるのであれば,新たに設備を設けるための無益な費用の支出を避けることができるし,その使用を認めたとしても設備を設置した者には特に不利益がないということにあるものと解される。ところで,現代の社会生活において,いわゆるライフラインである水道により給水を受けることは,衛生的で快適な居住環境を確保する上で不可欠な利益に属するものであり,また,下水の適切な排出が求められる現代社会においては,適切な排水設備がある場合には,相隣関係にある土地の高低差あるいは排水設備の所有者が相隣地の所有者であるか否かにかかわらず,これを使用することが合理的である。したがって,宅地の所有者が,他の土地を経由しなければ,水道事業者の敷設した配水管から当該宅地に給水を受け,その下水を公流又は下水道等まで排出することができない場合において,他人の設置した給排水設備をその給排水のため使用することが他の方法に比べて合理的であるときは,宅地所有者に当該給排水設備の使用を認めるのが相当であり,二重の費用の支出を避けることができ有益である。そして,その使用により当該給排水設備に予定される効用を著しく害するなどの特段の事情のない限り,当該給排水設備の所有者には特に不利益がないし,宅地の所有者に対し別途設備の設置及び保存の費用の分担を求めることができる(民法221条2項)とすれば,当該給排水設備の所有者にも便宜であるといえる。」と判示しています(最判平14.10.15民集56−8−1791)。
この最高裁判例は,@宅地の所有者であること,A他の土地を経由しなければ,水道事業者の敷設した配水管から当該宅地に給水を受け,その下水を公流,下水道まで排出することができない状況にあること,B他人の設置した給排水設備を使用することが他の方法に比べて合理的であること,C使用により当該給排水設備に予定される効用を著しく害するなどの特段の事情が無いことを要件にして,袋地所有者に既存の設備の使用権限を認めています。
また,この最高裁判例は,相隣関係の公平を図るべく,民法221条2項の趣旨を類推して,既存設備の所有者は使用者である袋地所有者に対して設備設置及び保存の費用の分担を請求できるとも判示しています。
この最高裁判例は,相隣関係の公平を図り,民法220条,221条の趣旨に根拠を求めて,明確な要件を判示していることから,妥当なものと言え,今後の相隣関係の実務におけるリーディングケースになると思われます。
5.以上を踏まえて,本件相談者の事例を検討します。前記最高裁判例の要件から考えますと,宅地の所有者であることから,隣地を経由しなければ,水道事業者の敷設した配水管から当該宅地に給水を受け,その下水を公流,下水道まで排出することができない状況にあり,他人の設置した給排水設備を使用することが他の方法に比べて合理的であること,使用により当該給排水設備に予定される効用を著しく害するなどの特段の事情が無い場合には,隣地の既存の設備の使用が認められます。この要件を具備するか否かは具体的は工事内容によってことなりますが,要は隣地所有者に不利益が生じる恐れがなければその利用は認められると考えてよいでしょう。
裁判をすれば認められるとしても隣地の所有者を相手にするわけですから,できるだけ訴訟前に十分話し合って解決することが望ましいことは言うまでもありません。また,訴訟になっても裁判所の協力を得てできるだけ話し合いで解決するのが良いでしょう。なお,利用が認められ得たとしても既存設備の所有者から求められた場合,その設備設置及び保存のための費用を分担する必要があります。
<参照条文>
民法
(排水のための低地の通水)
第二百二十条 高地の所有者は,その高地が浸水した場合にこれを乾かすため,又は自家用若しくは農工業用の余水を排出するため,公の水流又は下水道に至るまで,低地に水を通過させることができる。この場合においては,低地のために損害が最も少ない場所及び方法を選ばなければならない。
(通水用工作物の使用)
第二百二十一条 土地の所有者は,その所有地の水を通過させるため,高地又は低地の所有者が設けた工作物を使用することができる。
2 前項の場合には,他人の工作物を使用する者は,その利益を受ける割合に応じて,工作物の設置及び保存の費用を分担しなければならない。
質問:私は甲に対して100万円の貸金債権を有しています。これについて、確定判決を取得し、債務名義もあります。しかし、甲には資産はほとんどありません。調べてみますと、甲は債務整理を弁護士乙に依頼し、そのための費用として200万円を弁護士乙に渡しているようです。そして、弁護士乙は、丙銀行に普通預金口座を開設しその200万円を管理していることまで分かりました。私は、その丙銀行の預金債権を差し押さえることができますか?本件預金債権は誰に帰属していることになるのでしょうか? 回収手段はどうなりますか?
↓
回答:
1.この場合、甲に対する貸金債権を差押債権として、弁護士乙名義の預金債権を被差押債権とする差押え(債権差押)はできません。
2.この預金は弁護士乙の銀行に対する預金債権となり、甲の銀行に対する預金債権ではありませんから甲に対する債権により差押えはできないことになります。
3.次に、あなたは、債権者として、預金債権ではなく債務者の弁護士に対する預り金返還請求債権を債権差押することが考えられますが、弁護士としては、「債権者(依頼者)に対して対抗しうる事項(民法468条2項)」として、債務整理手続中なので手続き終了まで依頼者には返還できない、という「第三債務者の陳述(民事執行法147条)」をしてくることが考えられます。他方、差押命令を受けた弁護士は、差押命令の効力により、預り金を他の債権者に対して任意配当することが困難となりますので、預り金を資産目録に記載して、自己破産の申立てをすることが考えられます。あなたは破産手続きにおいて、裁判所の作成する配当表に従って配当を受けることが考えられます。
解説:
1.甲が債務の整理のために200万円を弁護士乙に預けたというのですから、甲のお金であり、甲に対する債権の執行のために差押えできるのではないか、と考えるお気持ちは理解できます。特に一部弁済するために弁護士が預かっている金員は債務者である甲のものとも考えられます。後で説明しますが、同様の問題について最高裁判所は弁護士の預金債権と判断していますが、高裁は債務者の預金として差し押さえを認めていますから、判断が分かれる問題だったと言えるでしょう。
2.まず、弁護士に債務整理を依頼しその費用を預けるということが法律上どうなるのか説明します。弁護士が依頼者から法律事務の依頼を受ける場合には、いわゆる着手金などの弁護士費用のほかに、当該法律事務の処理に必要な実費のために金銭を受け取ることが一般的です。着手金は、弁護士の手数料ですから、支払った時点で弁護士のお金となります。そのほかの実費等の預かり金は弁護士と依頼者との間の委任契約の目的に即して使用されることを予定した金員です。具体的には、印紙代、郵券代、交通費、通信料などに使用されます。依頼の事件が終了した後に余りが生じた場合には依頼者に返還がなされます。このような実費に当たられるべき預かり金の法的性質については、民法649条に規定する前払い費用に該当すると考えられています。
問題となるのは、一部弁済の資金として預かった金銭が前払い費用と言えるかという点ですが、この点については最高裁判所の判決でも明確にはされていません。私見になりますが、弁済の資金は、委任の事務を処理する費用に該当するということは、通常の言葉の意味からすると無理があると考えられます。そのように考えると、弁済のための資金は依頼者、債務者の金銭であり、債権者が差し押さえることも可能では、という考えにつながります。しかし、その点については、金銭であることから現金なのか預金になっているか保管方法の検討が必要になります。債務者の金銭であるとしてもお金に色がないことから、保管方法によっては保管している弁護士の金銭とも考えられるからです。
尚、預かり金の保管方法についてですが、各弁護士により様々です。預かり金額が大きく、期間が長くなる場合には、金融機関に預託することが一般的です。その際、弁護士個人の固有の預金と区別するために「弁護士○○預金口座」「弁護士○○、XX会社預かり口」などの預金名義を使用するなど工夫されています。
3.そこで、弁護士が、このような預かり金を金融機関に預託した場合、預金債権が法律的に誰に帰属するのかという問題になります。この点、預金債権一般の問題として、学説上預金の債権者の認定の基準について、学説の争いがあります。まず、自らの出捐によって、自己の預金とする意思で自ら又は代理人を通じて預金契約をしたものを預金者とする客観説があります。次に、預入れ行為者が他人のための預金であることを表示しない限り、預入れ行為者を預金者とする主観説があります。そして、折衷的な学説として、客観説を原則としつつ、預入れ行為者が明示又は黙示に自己が預金者であることを表示した時は例外的に預入れ行為者が預金者であるとする折衷説があります。判例において、定期預金に関して、客観説を判示しています(最判昭48.3.27判時702−54など)。普通預金についてはありません。
4.本件のような弁護士の預かり金の帰属に関して、最高裁判例は、次のように判示しています。これは、会社の債務整理を受任した弁護士が、初めに500万円を預かり弁護士名義の口座を開設したのですが、その後売掛金等についても入金した口座を税務署が差し押さえた事件で、弁護士が差押えの無効を主張して訴訟を提起した事件です。
判決文を引用します。「前記事実関係によれば,上告人甲野は,上告会社から,適法な弁護士業務の一環として債務整理事務の委任を受け,同事務の遂行のために,その費用として500万円を受領し,上告人甲野名義の本件口座を開設して,これを入金し,以後,本件差押えまで,本件口座の預金通帳及び届出印を管理して,預金の出し入れを行っていたというのである。このように債務整理事務の委任を受けた弁護士が委任者から債務整理事務の費用に充てるためにあらかじめ交付を受けた金銭は,民法上は同法649条の規定する前払費用に当たるものと解される。そして,前払費用は,交付の時に,委任者の支配を離れ,受任者がその責任と判断に基づいて支配管理し委任契約の趣旨に従って用いるものとして,受任者に帰属するものとなると解すべきである。受任者は,これと同時に,委任者に対し,受領した前払費用と同額の金銭の返還義務を負うことになるが,その後,これを委任事務の処理の費用に充てることにより同義務を免れ,委任終了時に,精算した残金を委任者に返還すべき義務を負うことになるものである。そうすると,本件においては,上記500万円は,上告人甲野が上告会社から交付を受けた時点において,上告人甲野に帰属するものとなったのであり,本件口座は,上告人甲野が,このようにして取得した財産を委任の趣旨に従って自己の他の財産と区別して管理する方途として,開設したものというべきである。これらによれば,本件口座は,上告人甲野が自己に帰属する財産をもって自己の名義で開設し,その後も自ら管理していたものであるから,銀行との間で本件口座に係る預金契約を締結したのは,上告人甲野であり,本件口座に係る預金債権は,その後に入金されたものを含めて,上告人甲野の銀行に対する債権であると認めるのが相当である。したがって,上告会社の滞納税の徴収のためには,上告会社の上告人甲野に対する債権を差し押さえることはできても,上告人甲野の銀行に対する本件預金債権を差し押さえることはできないものというほかはない。」と判示しています(最判平15.6.12民集57−6−563)。
この最高裁判例は、@適法な弁護士業務として債務整理事務の委任を受けたこと、Aこの委任事務処理のため交付された前払い費用を保管するため銀行口座が開設されたこと、B弁護士が当該銀行口座の通帳、届出印鑑を管理し、預金の出し入れをしていたこと、C預金口座の名義人が口座を開設した弁護士の名前であることを判断基準にして、本件銀行口座の預金債権は弁護士に帰属すると判示したものです。
この最高裁判例の事案では、弁護士が初めに前払い費用として預かった金銭のために預金口座を開いたことを理由に同口座が弁護士の口座で預金債権者は弁護士としています。そして、その口座に後から入金された一部弁済に充てられるべき金銭も同口座の預金として債権者は弁護士であるとしています。その口座が弁護士の口座と考えれば後から入金されたものも当然弁護士の預金と考えられます。ですから、厳密に考えると、初めに一部弁済のための資金として預かったお金を弁護士名義で預金した場合はどうなるのか、という点には明確な判断をしていないと読むこともできます。
債務整理をする弁護士としては、争いのないように口座を開く場合は、費用だけを預けておく方が良いと言えるでしょう。他方で500万円という金額は費用としては多額で一部弁済の資金も含んでいると考えれば、最高裁判所は債務者からの預かり金を弁護士名義で預けたのであればその口座は弁護士の口座で債権者は差押えできないと判断していると読むこともできるでしょう。
5.以上を踏まえて、本件相談者の事例を検討します。前記最高裁判例の判断基準から考えますと、乙は甲から適法な弁護士業務として債務整理事務の委任を受けたこと、乙はこの委任事務処理のため交付された前払い費用を保管するため丙銀行に口座を開設していること、本件預金口座の名義が口座を開設した弁護士乙の名前であることから、弁護士乙が当該銀行口座の通帳、届出印鑑を管理し、預金の出し入れをしていた場合には、本件預金債権は弁護士乙に帰属することになります。したがって、本件預金債権は甲の債権ではありませんので、本件預金債権を差し押さえることは出来ません。
6.以上の通りですので、あなたは弁護士の銀行預金を差し押さえることは困難なようです。債務者の弁護士に対する預り金返還請求権を債権差押することが考えられますが、弁護士は、依頼者に対して主張しうる抗弁として、「債務整理手続中なので返還できない(預り金返還の停止条件が成就していない)」という陳述をしてくることになるでしょう。他方、弁護士としても、差押命令を受けてしまった以上、弁護士委任契約を合意解除したとしても、預り金を依頼者に返還することはできず、また、依頼者の了解を得たとしても他の債権者に任意配当で支払うことはできない立場です。このような場合には、弁護士と依頼者間で協議して、通常は、債務整理の方針として任意整理ではなく、裁判所に対する自己破産の申し立てを選択し、できるだけ早く裁判所に対して破産の申し立てをすることが考えられます。現時点で、弁護士に対する取立訴訟の目立った判例は見当たりません。おそらく、(回収の可能性が低いため)弁護士の預り金を差し押さえるケースが少ないことと、(仮に差押申立したとしても)差押命令が出た時点で速やかに破産申し立てが行われるケースが多い、ということだと思います。
裁判所の破産開始決定が出ますと強制執行の効力は消滅し(破産法42条2項)、弁護士の預り金は、破産財団に帰属することになり、破産申立代理人弁護士から破産管財人に引き継がれることになり、最終的には、配当手続によって、各債権者の債権額に従って配当表が作成され、配当手続がなされることになります。例えば、配当率が10パーセントであれば、あなたは債権額の10パーセントのみ回収できることになります。債務名義(確定判決)を取得し差押の申し立てまでしているのに、そのような低率の回収率となってしまうわけですが、債務者の財産の公平な精算という破産法の制度趣旨を考えますと、致し方ないことと思われます。
<参照条文>
民法
(受任者による費用の前払請求)
第六百四十九条 委任事務を処理するについて費用を要するときは、委任者は、受任者の請求により、その前払をしなければならない。
質問:私が勤めている会社は家電製造部門とコンピュータ製造部門を経営しており,私はコンピュータ製造部門で働いています。この度,私の勤めている会社が,コンピュータ製造部門を分割して他社に承継させる予定であることを知りました。私は,現在勤めている会社に愛着があり,労働条件も良いことから現在の会社にこのまま勤め続けたいと考えています。現在の会社に勤め続けることは可能でしょうか。
↓
回答:
1.会社分割が行われる場合における社員も労働者として債権者であるが,一般債権者と異なり生存権(憲法25条)に直結する権利であり特別の配慮が必要とされ,労働契約の承継等に関しては,特別に会社分割に伴う労働契約の承継等に関する法律(以下,労働契約承継法という)が適用されます。分割対象事業に主として従事する労働者(承継される事業に従として従事する労働者は別になります。)が,承継会社に労働契約が承継されることを拒否し,分割会社に残留する権利(承継拒否権)については同法に規定はなく,承継拒否権の有無が争われた裁判例(東京高判平成20年6月26日(判例時報2026号150頁))がありますが,この裁判例では承継拒否権は否定されています。したがって,「承継会社は,分割会社のコンピュータ製造部門に所属する全ての従業員について雇用契約を承継する。」旨の記載が分割契約書にあれば,あなたが現在の会社に勤め続けることはできません。
2.上告審の最高裁判所平成22年7月12日判決も前記高等裁判所の判断と同様になっています。判決は,分割計画書(新設分割,会社法762条。吸収分割では分割契約が必要。会社法757条。)に記載された主として従事する労働者は,承継を争うことはできないが(承継法3条,計画書に記載されない場合は異議の申し出が可能であり争えます。同法4条。),労働者の利益は,分割計画書等を分割会社の本店に備え置くべき日までに労働者と地位変更について希望等を聞き協議をすることを分割会社に求め(5条協議といいます。2000年5月,会社分割に関する「商法等の一部を改正する法律を商法等改正法といいます。商法等改正法附則5条1項),そのような協議が全く行われない場合には効力を争うことにより保護されています。尚,分割会社の労働者と理解と協力を求める義務を定めた承継法7条の趣旨は,5条協議の前提として規定されておりこの規定をもって労働者の承継の効力は争えないとしています。結論からいえば,分割会社が協議に応じ説明を行えば,労働者は分割による承継を争うことができなくなります。会社分割が,経営効率の向上,会社の利益確保のため株主総会の決議等適正な手続きで行われる以上最終的には株主,会社債権者(労働者)の利益に帰着するものであり解釈上妥当な判断であると思います。
3.会社分割が行われる場合における労働契約の承継に関する一般論については,下記の解説を御参照ください。
解説:
1.(会社分割における労働契約承継法の趣旨)
会社分割とは,1つの会社を2つ以上の会社に分けることをいいます(会社法757条以下)。その方法には,既存の会社に財産を承継させる吸収分割(会社法757条以下)と新しく設立した会社に財産を承継させる新設分割(会社法762条以下)があります。会社とは ,営利を目的(公益を目的とした社団に対比されます。)とした社団法人(人の結合体を社団といいます。対立概念は財産の集まりである財団です。)です。従って,利益を求めて企業活動を行いますが,組織自体の再編によりさらなる利益を追求します。日本国内,国際社会における競争に打ち勝つためには,必要な又不必要になった事業,各部門の売却及び買収,大きくなった会社組織の整理変更,他企業との提携がおのずと必要となり,組織の再編のため,その目的,規模,形態により会社法は種々の制度を用意しており,会社分割はその1方法で平成12年の商法改正により認められ,平成17年の会社法制定により引き継がれています。他に合併(会社法748条以下,会社分割との違いは合併後の会社は1つしかありません。),事業譲渡,組織変更(例えば,株式会社を持分会社にする),株式交換株式移転(会社法767条,完全子会社となる取引)等があります。会社分割は,合併という方法を取るまでもないが,事業譲渡では対応できない場合に利用されることが多いようです。
会社は,基本的に,不特定の者からの出資により所有と経営が分離して,営利を追求するので,会社制度の永続を図るため経営に無関心な所有者(株主等投資者)と取引する債権者の利益を保護しなければならず,会社分割においても株主総会の特別決議手続き(会社法309条2項12号),債権者の異議手続き(会社法789条等)が定められていますが会社分割による会社財産の減少は計算上ありませんから(株式等が分割会社に分割の対価として交付されるので),分割会社は一定の場合担保提供により債権者に対して責任を回避できます(同法789条5項)。会社分割は,事業譲渡(営業譲渡)と異なり,権利の個別的移転手続き,債務の移転につき債権者の了承も不要にして組織再編の迅速化を図っていますので,理論的には分割会社の勤務労働者の了承(民法625条)が不要となります。
しかし,労働者は,労働契約により労働力を日々提供し生活に追われ生存権保障の見地(憲法25条)からどのような会社で勤務するかどうかは重要であり,当該労働者の地位をどのように保護するかが問題となります。これは,会社の営利追求と労働者の生活権の利益調整の問題です。このため債権者が労働者の場合に労働者の利益確保のため会社法の原則に対して特則を定めたのが労働契約承継法です。競争に打ち勝つための会社分割による営利追求が最終的には当該会社に勤務する労働者側の利益にも帰着するという前提に立てば,解釈に当たって労働者側に不利益であるという事情が明らかな場合以外は,組織再編による会社分割の経営手続きが是認されることになるものと考えられます。
2.(分割対象事業に従事する労働者の地位による差異)
前述のように労働契約承継法は,自己の意思とは無関係に,分割契約書(吸収分割)等に記載されるか否かで労働契約が承継会社に承継されるか否かが決められることとなる労働者の保護を図ることを目的としています。会社分割の目的から同法は,分割対象事業に従事する労働者に適用されますが,同法は,承継される事業に主として従事する労働者(以下,「主として従事する労働者」という。)とそれ以外の労働者を明確に区別しています。
3.(主として従事する労働者はどうか)
主として従事する労働者の労働契約は,承継会社に承継されることが保障されています。すなわち,分割契約書に,主として従事する労働者の労働契約の承継が記載された場合には,労働者の承諾(民法625条1項)なく,労働契約は吸収会社に承継されます(労働契約承継法3条)。また,分割契約書に労働契約の承継が記載されなかった場合でも,当該労働者は異議を述べることができ,異議を述べれば労働契約は吸収会社に承継されます(4条)。そして,労働者に自らが従事する事業が分割の対象となっていることを周知させるとともに,同法4条の異議の申出を行うか否かを判断するために必要かつ十分な情報を提供し,異議の申出の権限を効果的たらしめるため,会社は,主として従事する労働者に対し,通知期限日までに労働契約承継の定めの有無及び異議申出期限日等を書面により通知しなければならない(労働契約承継法2条1項1号)とされています。
4.(問題点)
他方,分割契約書に記載された主として従事する労働者が,吸収会社に労働契約が承継されることを拒否し,分割会社に残留する権利(承継拒否権)については明文がなく,承継拒否権の有無が争われた裁判例(東京高判平成20年6月26日(判例時報2026号150頁))があります。上記裁判例では,承継拒否権を否定した原審判決(横浜地判平成19年5月28日(判例タイムズ1272号224頁))を是認する判断を下していますので,以下,原審判決のうち承継拒否権について判示した部分を引用します。
「まず,旧商法の会社分割及び労働契約承継法においては,承継される営業に主として従事する労働者について,承継拒否権を定めた規定はない。ところで,憲法22条1項の職業選択の自由には,個人が自ら営業主として又は他の営業主のもとで従業員として職業に従事することを妨げられない自由をいい,これには,従業員の使用者選択の自由も含まれると解することができる。しかしながら,旧商法及び労働契約承継法における会社分割は,労働契約を含む営業がそのまま設立会社等に包括承継されるものであり,当該労働契約は,分割の効力が生じたときに当然に当該設立会社に承継されるのであるから,承継営業に主として従事していた労働者の担当業務や労働条件には変化がないこと,そのため,労働契約承継法においては労働者の同意を移籍の要件としていないことなどからすれば,分割会社の労働者は,会社分割の際に設立会社等への労働契約の承継を拒否する自由としては,退社の自由が認められるにとどまり,分割会社への残留が認められる意味での承継拒否権があると解することはできない。」
以上のとおり,上記裁判例では,会社分割は,労働契約を含む事業がそのまま設立会社等に包括承継され,承継事業に主として従事していた労働者の担当業務や労働条件には変化がなく労働者には実質的な不利益はないという実質的な理由と,労働契約承継法においては労働者の同意を移籍の要件としていないという形式的な理由をもとに,承継拒否権を否定しています。
5.(最高裁判決の内容)
上告審の最高裁判所平成22年7月12日判決も前記高等裁判所の判断と同様になっています。判決は,分割計画書(新設分割,会社法762条。吸収分割では分割契約が必要。会社法757条。)に記載された主として従事する労働者は,承継を争うことはできないが(承継法3条,計画書に記載されない場合は異議の申し出が可能であり争えます。同法4条。),労働者の利益は,分割計画書等を分割会社の本店に備え置くべき日までに労働者と地位変更について希望等を聞き協議をすることを分割会社に求め(5条協議といいます。2000年5月,会社分割に関する「商法等の一部を改正する法律を商法等改正法といいます。商法等改正法附則5条1項),そのような協議が全く行われない場合には効力を争うことにより保護されています。
尚,分割会社の労働者と理解と協力を求める義務を定めた承継法7条の趣旨は,5条協議の前提として規定されておりこの規定をもって労働者の承継の効力は争えないとしています。結論からいえば,分割会社が協議に応じ説明を行えば,労働者は分割による承継を争うことができなくなります。会社分割が,経営効率の向上,会社の利益確保のため株主総会の決議等適正な手続きで行われる以上最終的には株主,会社債権者(労働者)の利益に帰着するものであり特別に労働者に不利益な事情が明らかでない以上解釈上妥当な判断であると思います。又,分割契約書に記載された労働者に異議権を認めると,会社分割の目的が形骸化される危険がありやむを得ない規定と考えられます。
6.(承継される事業に従として従事する労働者)
承継される事業に従として従事する労働者(以下,「従として従事する労働者」といいます。)は,分割会社に残ることを保障されています。すなわち,従として従事する労働者は,その労働契約が承継対象として分割契約書に記載された場合には異議を述べて分割会社に残留することができます(労働契約承継法5条)。また,従として従事する労働者で,分割契約書に労働契約の承継の定めがある労働者に対しては,主として従事する労働者と同様に,通知期限日までに労働契約承継の定めの有無及び異議申出期限日等を書面により通知しなければなりません(労働契約承継法2条1項2号)。従として従事する労働者に異議権を認めても分割の目的は達成できるので労働者の利益を優先しています。
7.(主として従事する労働者に該当するかの判断に関する指針)
上記のとおり,会社分割法制においては,「承継される事業に主として従事する」といえるか否かによって,労働契約が承継会社に承継されるか,分割会社に残るかが決まるので,その判断基準が重要となります。すなわち,個別的に労働者を会社分割の方法をもって分割会社,吸収分割会社から意図的に排除することを防ぎ,労働者の地位について不公平にならないようにしています。「主として従事する」労働者の範囲については,厚生労働大臣が定めた指針(平成十二年労働省告示第百二十七号)が下記のとおり詳細な基準を定めています。この指針によれば,主として従事する労働者に該当するかの判断時期に関し,分割契約等を締結し,又は作成する日における判断が適当な場合として下記の@〜Bをあげています。
@ 分割契約等を締結し,又は作成する日において,承継される事業に専ら従事する労働者は,「主として従事する」労働者に該当するものであること。
A 労働者が承継される事業以外の事業にも従事している場合は,それぞれの事業に従事する時間,それぞれの事業における当該労働者の果たしている役割等を総合的に判断して当該労働者が当該承継される事業に主として従事しているか否かを決定するものであること。
B 総務,人事,経理,銀行業における資産運用等のいわゆる間接部門に従事する労働者であって,承継される事業のために専ら従事している労働者は,「主として従事する」労働者に該当するものであること。
労働者が,承継される事業以外の事業のためにも従事している場合は,上記Aの例によって判断することができるときには,これによること。労働者が,いずれの事業のために従事するのかの区別なくしていわゆる間接部門に従事している場合で,上記Aの例によっては判断することができないときは,特段の事情のない限り,当該判断することができない労働者を除いた分割会社の雇用する労働者の過半数の労働者に係る労働契約が承継会社等に承継される場合に限り,当該労働者は,「主として従事する」労働者に該当するものであること。
8.(判断時期についての検討事由)
分割契約等を締結し,又は作成する日で判断することが適当でない場合としては,下記の@〜Bをあげています。
@ 分割契約等を締結し,又は作成する日において承継される事業に主として従事する労働者であっても,分割会社が,研修命令,応援命令,一定の期間で終了する企画業務への従事命令等一時的に当該承継される事業に当該労働者を従事させた場合であって,当該命令による業務が終了した場合には当該承継される事業に主として従事しないこととなることが明らかであるものは,「主として従事する」労働者に該当しないものであること。また,育児等のために承継される事業からの配置転換を希望する労働者等であって分割契約等を締結し,又は作成する日以前の分割会社との間の合意により当該日後に当該承継される事業に主として従事しないこととなることが明らかであるものは,「主として従事する」労働者に該当しないものであること。
A分割契約等を締結し,又は作成する日前において承継される事業に主として従事していた労働者であって,分割会社による研修命令,応援命令,一定の期間で終了する企画業務への従事命令(出向命令を含む。)等によって分割契約等を締結し,又は作成する日では一時的に当該承継される事業以外の事業に主として従事することとなったもののうち,当該命令による業務が終了した場合には当該承継される事業に主として従事することとなることが明らかであるものは,「主として従事する」労働者に該当するものであること。分割契約等を締結し,又は作成する日前において承継される事業に主として従事していた労働者であって,その後休業することとなり分割契約等を締結し,又は作成する日では当該承継される事業に主として従事しないこととなったもののうち,当該休業から復帰する場合は再度当該承継される事業に主として従事することとなることが明らかであるものは,「主として従事する」労働者に該当するものであること。労働契約が成立している採用内定者,育児等のための配置転換希望者等分割契約等を締結し,又は作成する日では承継される事業に主として従事していなかった労働者であっても,当該日後に当該承継される事業に主として従事することとなることが明らかであるものは,「主として従事する」労働者に該当するものであること。
B過去の勤務の実態から判断してその労働契約が承継会社等に承継されるべき又は承継されないことが明らかな労働者に関し,分割会社が,合理的理由なく会社分割がその効力を生ずる日(以下「効力発生日」という。)以後に当該労働者を承継会社等又は分割会社から排除することを目的として,当該効力発生日前に配置転換等を意図的に行った場合における当該労働者が「主として従事する」労働者に該当するか否かの判断については,当該過去の勤務の実態に基づくべきものであること。
9.(分割対象事業に従事していない労働者)
労働契約承継法及び上記の指針は,労働者が承継事業に主従は別として従事していることを前提とした規定です。したがって,承継事業に全く従事していない労働者については分割の対象とならず,分割先に転籍させるには本人の同意(民法625条1項)が必要となります。
<参照条文>
憲法
22条 何人も,公共の福祉に反しない限り,居住,移転及び職業選択の自由を有する。2 何人も,外国に移住し,又は国籍を離脱する自由を侵されない。
第25条 すべて国民は,健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。
○2 国は,すべての生活部面について,社会福祉,社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。
民法
(使用者の権利の譲渡の制限等)
625条 使用者は,労働者の承諾を得なければ,その権利を第三者に譲り渡すことができない。
2 労働者は,使用者の承諾を得なければ,自己に代わって第三者を労働に従事させることができない。
3 労働者が前項の規定に違反して第三者を労働に従事させたときは,使用者は,契約の解除をすることができる。
会社法
第二章 合併
第一節 通則
(合併契約の締結)
第748条 会社は,他の会社と合併をすることができる。この場合においては,合併をする会社は,合併契約を締結しなければならない。
第一款 通則
(吸収分割契約の締結)
第757条 会社(株式会社又は合同会社に限る。)は,吸収分割をすることができる。この場合においては,当該会社がその事業に関して有する権利義務の全部又は一部を当該会社から承継する会社(以下この編において「吸収分割承継会社」という。)との間で,吸収分割契約を締結しなければならない。
(新設分割計画の作成)
第762条 一又は二以上の株式会社又は合同会社は,新設分割をすることができる。この場合においては,新設分割計画を作成しなければならない。
2 二以上の株式会社又は合同会社が共同して新設分割をする場合には,当該二以上の株式会社又は合同会社は,共同して新設分割計画を作成しなければならない。
第四章 株式交換及び株式移転
第一節 株式交換
第一款 通則
(株式交換契約の締結)
第767条 株式会社は,株式交換をすることができる。この場合においては,当該株式会社の発行済株式の全部を取得する会社(株式会社又は合同会社に限る。以下この編において「株式交換完全親会社」という。)との間で,株式交換契約を締結しなければならない。
会社分割に伴う労働契約の承継等に関する法律
(目的)
第1条 この法律は,会社分割が行われる場合における労働契約の承継等に関し会社法 (平成十七年法律第八十六号)の特例等を定めることにより,労働者の保護を図ることを目的とする。
(労働者等への通知)
第2条 会社(株式会社及び合同会社をいう。以下同じ。)は,会社法第五編第三章及び第五章の規定による分割(吸収分割又は新設分割をいう。以下同じ。)をするときは,次に掲げる労働者に対し,通知期限日までに,当該分割に関し,当該会社が当該労働者との間で締結している労働契約を当該分割に係る承継会社等(吸収分割にあっては同法第七百五十七条に規定する吸収分割承継会社,新設分割にあっては同法第七百六十三条に規定する新設分割設立会社をいう。以下同じ。)が承継する旨の分割契約等(吸収分割にあっては吸収分割契約(同法第七百五十七条の吸収分割契約をいう。以下同じ。),新設分割にあっては新設分割計画(同法第七百六十二条第一項の新設分割計画をいう。以下同じ。)をいう。以下同じ。)における定めの有無,第四条第三項に規定する異議申出期限日その他厚生労働省令で定める事項を書面により通知しなければならない。
一 当該会社が雇用する労働者であって,承継会社等に承継される事業に主として従事するものとして厚生労働省令で定めるもの
二 当該会社が雇用する労働者(前号に掲げる労働者を除く。)であって,当該分割契約等にその者が当該会社との間で締結している労働契約を承継会社等が承継する旨の定めがあるもの
2 前項の分割をする会社(以下「分割会社」という。)は,労働組合法(昭和二十四年法律第百七十四号)第二条の労働組合(以下単に「労働組合」という。)との間で労働協約を締結しているときは,当該労働組合に対し,通知期限日までに,当該分割に関し,当該労働協約を承継会社等が承継する旨の当該分割契約等における定めの有無その他厚生労働省令で定める事項を書面により通知しなければならない。
3 前二項及び第四条第三項第一号の「通知期限日」とは,次の各号に掲げる場合に応じ,当該各号に定める日をいう。
一 株式会社が分割をする場合であって当該分割に係る分割契約等について株主総会の決議による承認を要するとき 当該株主総会(第四条第三項第一号において「承認株主総会」という。)の日の二週間前の日の前日
二 株式会社が分割をする場合であって当該分割に係る分割契約等について株主総会の決議による承認を要しないとき又は合同会社が分割をする場合 吸収分割契約が締結された日又は新設分割計画が作成された日から起算して,二週間を経過する日
(承継される事業に主として従事する労働者に係る労働契約の承継)
第3条 前条第一項第一号に掲げる労働者が分割会社との間で締結している労働契約であって,分割契約等に承継会社等が承継する旨の定めがあるものは,当該分割契約等に係る分割の効力が生じた日に,当該承継会社等に承継されるものとする。
第4条 第二条第一項第一号に掲げる労働者であって,分割契約等にその者が分割会社との間で締結している労働契約を承継会社等が承継する旨の定めがないものは,同項の通知がされた日から異議申出期限日までの間に,当該分割会社に対し,当該労働契約が当該承継会社等に承継されないことについて,書面により,異議を申し出ることができる。
2 分割会社は,異議申出期限日を定めるときは,第二条第一項の通知がされた日と異議申出期限日との間に少なくとも十三日間を置かなければならない。
3 前二項の「異議申出期限日」とは,次の各号に掲げる場合に応じ,当該各号に定める日をいう。
一 第二条第三項第一号に掲げる場合 通知期限日の翌日から承認株主総会の日の前日までの期間の範囲内で分割会社が定める日
二 第二条第三項第二号に掲げる場合 同号の吸収分割契約又は新設分割計画に係る分割の効力が生ずる日の前日までの日で分割会社が定める日
4 第一項に規定する労働者が同項の異議を申し出たときは,会社法第七百五十九条第一項,第七百六十一条第一項,第七百六十四条第一項又は第七百六十六条第一項の規定にかかわらず,当該労働者が分割会社との間で締結している労働契約は,分割契約等に係る分割の効力が生じた日に,承継会社等に承継されるものとする。
(その他の労働者に係る労働契約の承継)
第5条 第二条第一項第二号に掲げる労働者は,同項の通知がされた日から前条第三項に規定する異議申出期限日までの間に,分割会社に対し,当該労働者が当該分割会社との間で締結している労働契約が承継会社等に承継されることについて,書面により,異議を申し出ることができる。
2 前条第二項の規定は,前項の場合について準用する。
3 第一項に規定する労働者が同項の異議を申し出たときは,会社法第七百五十九条第一項,第七百六十一条第一項,第七百六十四条第一項又は第七百六十六条第一項の規定にかかわらず,当該労働者が分割会社との間で締結している労働契約は,承継会社等に承継されないものとする。
(労働者の理解と協力)
第7条 分割会社は,当該分割に当たり,厚生労働大臣の定めるところにより,その雇用する労働者の理解と協力を得るよう努めるものとする。
会社分割に関する「商法等の一部を改正する法律
商法等改正法附則5条1項
《最高裁判例》
地位確認請求事件
最高裁判所平成22年7月12日判決
本件上告を棄却する。 上告費用は上告人らの負担とする。
理 由
上告代理人鍛治利秀ほかの上告受理申立て理由(ただし,排除されたものを除く。)について
1 本件は,被上告人が,商法(平成17年法律第87号による改正前のもの。以下同じ。)に基づき,新設分割の方法により,その事業部門の一部につき会社の分割をしたところ,これによって被上告人との間の労働契約が上記分割により設立された会社に承継されるとされた上告人らが,上記労働契約は,その承継手続に瑕疵があるので上記会社に承継されず,上記分割は上告人らに対する不法行為に当たるなどと主張して,被上告人に対し,労働契約上の地位確認及び損害賠償を求めている事案である。
2 原審の適法に確定した事実関係の概要は,次のとおりである。
(1)平成14年4月ころ,被上告人の親会社であるA社とB社(以下「B社」という。)は,ハードディスク事業(以下「HDD事業」という。)に特化した合弁会社を設立する旨の合意をし,その後,当該合意に基づく事業再編計画の一環として,被上告人が,新設分割の方法により,そのHDD事業部門につき会社の分割(以下「本件会社分割」という。)をし,これによって設立される会社(後記(4)の設立時の商号はC社。以下「C社」という。)を上記合弁会社の子会社にする一方で,B社もまた,吸収分割の方法により,そのHDD事業部門につき会社の分割をし,これをC社に承継させることとした。そして,本件会社分割に伴い,被上告人のHDD事業部門の従業員との間の労働契約もC社に承継させる方針が定められた。
(2)被上告人は,平成14年9月3日,イントラネット上で,HDD事業部門に関連する従業員向けに本件会社分割の内容及び雇用関係等に係る情報提供を開始するとともに,質問受付窓口を開設し,主な質問とそれに対する回答を掲載するなどした。また,被上告人は,その事業場に労働者の過半数で組織する労働組合がなかったことから,会社分割に伴う労働契約の承継等に関する法律(平成17年法律第87号による改正前のもの。なお,同改正前の法律の題名は「会社の分割に伴う労働契約の承継等に関する法律」。以下「承継法」という。)7条に定める労働者の理解と協力を得るよう努める措置(以下「7条措置」という。)を行うため,各事業場ごとに従業員代表者を選出させ,当該代表者70人を4グループに分けて,同月27日以降,各グループに対して本件会社分割の背景と目的,C社の事業の概要,承継対象となる部署と今後の日程,承継される従業員のC社における処遇,承継される営業に主として従事する労働者か否かの判断基準,労使間で問題が生じた場合の問題解決の方法等について説明し,C社の債務の履行の見込みに係る質問への回答も行った。そして,被上告人は,各種資料をまとめたデータベースをイントラネット上に設置して,従業員代表者がこれを閲覧できるようにした。
さらに,被上告人は,C社の中核となることが予定されるD事業所の従業員代表者との間で,個別的にも協議を行い,同年11月中旬までに,同代表者から3回にわたり出された要望書に対し,回答書を送付するなどした。当該協議の際,上記事業所の従業員代表者からは,C社設立後の経営見通し,C社への在籍出向によることの可否,承継後の労働条件等についての質問が出され,被上告人は,C社が承継する資産等を含む経営見通しに関係する事情を説明したほか,在籍出向は考えていないこと,労働条件はそのまま維持されることなどを回答した。
(3)被上告人は,平成14年10月1日,HDD事業部門のライン専門職に対し,商法等の一部を改正する法律(平成12年法律第90号。平成17年法律第87号による改正前のもの。以下「商法等改正法」という。)附則5条1項に定める労働契約の承継に関する労働者との協議(以下「5条協議」という。)のための資料として,C社の就業規則案や上記従業員代表者への説明時に使用した説明資料を送付した。その上で,被上告人は,ライン専門職に対し,同月4日,5条協議として,同月30日までにライン従業員にこれらの資料を示すなどして説明した上で労働契約の承継に関する意向を確認すること,承継に納得しない従業員に対しては最低3回の協議を行うこと,各従業員の状況を被上告人に報告することを指示した。ライン専門職は,この指示に従って説明会を開き,多くの従業員は承継に同意した。
他方,上告人らは,いずれも被上告人のHDD事業に主として従事していた者であるところ,その所属する労働組合の支部(以下「支部」という。)を代理人として5条協議をすることとし,その結果支部と被上告人との間で7回にわたり協議がされるとともに,3回にわたる書面のやり取りがされた。この協議の中で,被上告人は,支部に対し,C社の事業の概要にかかわる事情や上告人らが承継される営業に主として従事しているとの判断結果等について説明した。もっとも,被上告人は,一部の事項につき,支部が求めた形では回答せず,C社の経営見通しについては,これに係る数値等は経営に係る機密事項であるから答えられないが,現状では同業他社と同様にHDD事業部門の売上げは低迷しているものの合弁の強みを生かすことでメリットが得られるなどとし,C社における将来の労働条件については,労働者保護法理の適用がある中でC社が判断することであるなどと回答した。また,被上告人は,上告人らを在籍出向又は被上告人内での配置転換にしてほしいとの支部の求めには,応じられないとした。
上告人らは,同年11月11日,被上告人から十分な説明がされず,協議も不誠実であるなどとして,被上告人に対し,上告人らに係る労働契約の承継につき異議を申し立てる旨の書面を提出した。
(4)被上告人は,平成14年11月27日,本件会社分割に係る分割計画書を本店に備え置いた。これに添付された書面には,上告人らの雇用契約も承継される旨記載されており,また,債務の履行の見込みがあることに関しては,C社が承継する資産と負債の簿価が,それぞれ114億8500万円と3億9000万円である旨の記載がされていた。そして,同年12月25日に会社分割の登記がされ,C社が資本金50億円で設立された。
3(1)新設分割の方法による会社の分割は,会社がその営業の全部又は一部を設立する会社に承継させるものである(商法373条。以下,会社の分割を行う会社を「分割会社」,新設分割によって設立される会社を「設立会社」という。)。これは,営業を単位として行われる設立会社への権利義務の包括承継であるが,個々の労働者の労働契約の承継については,分割会社が作成する分割計画書への記載の有無によって基本的に定められる(商法374条)。そして,承継対象となる営業に主として従事する労働者が上記記載をされたときには当然に労働契約承継の効力が生じ(承継法3条),当該労働者が上記記載をされないときには異議を申し出ることによって労働契約承継の効力が生じる(承継法4条)。また,上記営業に主として従事する労働者以外の労働者が上記記載をされたときには,異議を申し出ることによって労働契約の承継から免れるものとされている(承継法5条)。
(2)法は,労働契約の承継につき以上のように定める一方で,5条協議として,会社の分割に伴う労働契約の承継に関し,分割計画書等を本店に備え置くべき日までに労働者と協議をすることを分割会社に求めている(商法等改正法附則5条1項)。これは,上記労働契約の承継のいかんが労働者の地位に重大な変更をもたらし得るものであることから,分割会社が分割計画書を作成して個々の労働者の労働契約の承継について決定するに先立ち,承継される営業に従事する個々の労働者との間で協議を行わせ,当該労働者の希望等をも踏まえつつ分割会社に承継の判断をさせることによって,労働者の保護を図ろうとする趣旨に出たものと解される。
ところで,承継法3条所定の場合には労働者はその労働契約の承継に係る分割会社の決定に対して異議を申し出ることができない立場にあるが,上記のような5条協議の趣旨からすると,承継法3条は適正に5条協議が行われ当該労働者の保護が図られていることを当然の前提としているものと解される。この点に照らすと,上記立場にある特定の労働者との関係において5条協議が全く行われなかったときには,当該労働者は承継法3条の定める労働契約承継の効力を争うことができるものと解するのが相当である。
また,5条協議が行われた場合であっても,その際の分割会社からの説明や協議の内容が著しく不十分であるため,法が5条協議を求めた趣旨に反することが明らかな場合には,分割会社に5条協議義務の違反があったと評価してよく,当該労働者は承継法3条の定める労働契約承継の効力を争うことができるというべきである。
(3)他方,分割会社は,7条措置として,会社の分割に当たり,その雇用する労働者の理解と協力を得るよう努めるものとされているが(承継法7条),これは分割会社に対して努力義務を課したものと解され,これに違反したこと自体は労働契約承継の効力を左右する事由になるものではない。7条措置において十分な情報提供等がされなかったがために5条協議がその実質を欠くことになったといった特段の事情がある場合に,5条協議義務違反の有無を判断する一事情として7条措置のいかんが問題になるにとどまるものというべきである。
(4)なお,7条措置や5条協議において分割会社が説明等をすべき内容等については,「分割会社及び承継会社等が講ずべき当該分割会社が締結している労働契約及び労働協約の承継に関する措置の適切な実施を図るための指針」(平成12年労働省告示第127号。平成18年厚生労働省告示第343号による改正前のもの。なお,同改正前の表題は「分割会社及び設立会社等が講ずべき当該分割会社が締結している労働契約及び労働協約の承継に関する措置の適切な実施を図るための指針」。以下「指針」という。)が定めている。指針は,7条措置において労働者の理解と協力を得るべき事項として,会社の分割の背景及び理由並びに労働者が承継される営業に主として従事するか否かの判断基準等を挙げ,また5条協議においては,承継される営業に従事する労働者に対して,当該分割後に当該労働者が勤務する会社の概要や当該労働者が上記営業に主として従事する労働者に該当するか否かを説明し,その希望を聴取した上で,当該労働者に係る労働契約の承継の有無や就業形態等につき協議をすべきものと定めているが,その定めるところは,以上説示したところに照らして基本的に合理性を有するものであり,個別の事案において行われた7条措置や5条協議が法の求める趣旨を満たすか否かを判断するに当たっては,それが指針に沿って行われたものであるか否かも十分に考慮されるべきである。
4(1)これを本件についてみると,前記事実関係によれば,被上告人は,7条措置として,前記2(2)のとおり本件会社分割の目的と背景及び承継される労働契約の判断基準等について従業員代表者に説明等を行い,情報共有のためのデータベース等をイントラネット上に設置したほか,C社の中核となることが予定されるD事業所の従業員代表者と別途協議を行い,その要望書に対して書面での回答もしたというのである。これは,7条措置の対象事項を前記のとおり挙げた指針の趣旨にもかなうものというべきであり,被上告人が行った7条措置が不十分であったとはいえない。
(2)次に5条協議についてみると,前記事実関係によれば,被上告人は,従業員代表者への上記説明に用いた資料等を使って,ライン専門職に各ライン従業員への説明や承継に納得しない従業員に対しての最低3回の協議を行わせ,多くの従業員が承継に同意する意向を示したのであり,また,被上告人は,上告人らに対する関係では,これを代理する支部との間で7回にわたり協議を持つとともに書面のやり取りも行うなどし,C社の概要や上告人らの労働契約が承継されるとの判別結果を伝え,在籍出向等の要求には応じられないと回答したというのである。
そこでは,前記2(3)のとおり,分割後に勤務するC社の概要や上告人らが承継対象営業に主として従事する者に該当することが説明されているが,これは5条協議における説明事項を前記のとおり定めた指針の趣旨にかなうものというべきであり,他に被上告人の説明が不十分であったがために上告人らが適切に意向等を述べることができなかったような事情もうかがわれない。なお,被上告人は,C社の経営見通しなどにつき上告人らが求めた形での回答には応じず,上告人らを在籍出向等にしてほしいという要求にも応じていないが,被上告人が上記回答に応じなかったのはC社の将来の経営判断に係る事情等であるからであり,また,在籍出向等の要求に応じなかったことについては,本件会社分割の目的が合弁事業実施の一環として新設分割を行うことにあり,分割計画がこれを前提に従業員の労働契約をC社に承継させるというものであったことや,前記の本件会社分割に係るその他の諸事情にも照らすと,相応の理由があったというべきである。そうすると,本件における5条協議に際しての被上告人からの説明や協議の内容が著しく不十分であるため,法が5条協議を求めた趣旨に反することが明らかであるとはいえない。
以上によれば,被上告人の5条協議が不十分であるとはいえず,上告人らのC社への労働契約承継の効力が生じないということはできない。また,5条協議等の不十分を理由とする不法行為が成立するともいえない。
5 以上と同旨の原審の判断は是認することができ,論旨は採用できない。よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
質問:私には18歳になる息子がおり,今では実家を出て一人暮らしをしているのですが,先日,暴力沙汰を起こしてしまい,相手に大怪我をさせてしまいました。息子には資産もなく支払能力がない状態です。相手は,治療費や慰謝料等の支払い義務は親にもあるはずだと言って,多額の賠償金を支払うように請求してきました。未成年の子供をきちんと育てるのは親の役目だとは思うのですが,息子が相手に負わせた怪我の賠償責任まで親である私が負わされることになるのでしょうか。
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回答:原則としては,息子さん本人のみが暴行事件による損害を賠償する責任を負うことになりますが(民法712条,714条参照),例外的に,未成年である息子さんに対する親の監督責任について,親自身が一般不法行為責任(民法709条)を問われる場合があります。
解説:
1.(未成年者の責任能力)
未成年者が他人に損害を与えた場合でも,責任能力がないとされるときは,その未成年者自身は不法行為による損害賠償責任を問われないこととなります(民法712条)。責任能力とは損害を発生させた具体的行為が道徳上許されないということにとどまらず法律上批難される違法なものであることを理解できる能力を言います。未成年者の責任能力の有無は,年齢・環境・生育度・行為の種類などから判断されますが,概ね12歳(又は13歳)くらいまでは責任能力がないと考えられています。刑法上の責任能力は14歳と規定されていますので(刑法41条)、それよりは幾分程度が低いと考えることもできますが、同程度と評価できるでしょう。法的責任の根拠は、個人主義(私的自治の原則の前提)の見地から、違法な行為を認識しながらあえてこのような行為を行うという個人への非難にあるので、違法行為を認識できなければ非難すなわち法的責任を負うことはないわけです。
2.(監督義務者の責任、民法714条の監督義務者、親の法的責任の性質、根拠)
このように未成年者自身が責任能力を欠き不法行為責任を負わない場合には,その親などが監督義務者等として損害賠償責任を負うことになります(民法714条)。これは,発生した損害の公平な分担の理念から当該未成年者に責任を追及できない被害者の救済を図るために,監督義務者である親などの責任を加重して責任を問えるようにしたものです。監督義務者・代理監督者は,監督義務を怠らなかったことを証明すれば責任を免れることができますが(同条1項但書),被害者側ではなく監督義務者の方で義務懈怠がなかったことの立証の負担を負わされる点で,被害者救済がより強く図られているのです。条文上挙証責任を転換して事実上被害者の責任追及を容易にしています。
理論的根拠ですが、どうして、責任無能力者の監督義務者は責任が加重されるかといえば、工作物責任(民法717条)と同様、危険責任に類するものと考えることができます。人間は、工作物のように物ではありませんが、責任無能力者は、自らの不法な行為について法律上許されないという認識する能力がないのですから、能力者よりも自己抑制ができず不法な行為を行う危険性を常に有しています。このような危険性を有する無能力者の監督義務者は、この危険性を認識することが可能であり管理監督する者として、危険性を有する人物の不法な行為を防止する責任が加重されることになります。財産的損害が発生した場合、私的自治の原則に内在する公平の理念から被害者側と加害者、監督者を一体とみて被害者側を救済しています。この理屈は、2項、代理監督義務者も同様です。
3.(本件)
もっとも,息子さんの場合は,18歳で物事の分別もつき,物事の是非善悪も判断できると考えられますので,責任能力があると判断されることになるでしょう。そうすると,親であるあなたが,監督義務者として民法714条により責任を負うことはないことになります。
未成年者本人に賠償能力が無い場合は、被害者側としては、未成年者本人に対して損害賠償請求訴訟を提起し、確定判決を取り、請求権の消滅時効期間が10年間に延長されますので、10年以内に、この確定判決を債務名義として、未成年者の財産に対して強制執行をしていくことが考えられます。通常は10年以内に成人し、就職したり、自営業を開始したりして、収入を生じるようになりますので、強制執行や任意の弁済を受けることができるものと思われます。
4.(未成年者に責任能力があっても監督義務者の一般不法行為責任を負う場合)
上記のように,親である監督義務者が民法714条により責任を負わない場合でも,親自身が独自に一般不法行為責任(民法709条)を問われる場合があります(最判昭和49年3月22日)。未成年者に責任能力があり,親に民法714条の監督義務者責任が生じない場合でも,親の監督義務違反があり,その義務違反行為と損害の発生の間に因果関係があるとされた場合には,親の監督義務違反自体が一般不法行為責任の要件を満たすことになり,民法714条による責任を負わないことが一般不法行為責任の成立まで妨げるものではないと考えられるためです。どのような場合に親の監督義務違反が損害との間に因果関係があるといえるかについては,被害者救済の見地から広く認めるべきとする見解があり,他方,あくまでも一般不法行為責任(民法709条)が認められるかどうかの判断の中で親の監督義務違反が検討されるにすぎず,親に一般的包括的監護教育義務違反があれば足りるとは考えない見解もあります。
5.(基本的考え方)
基本的には、一般不法行為の要件、過失の一つとして監督義務違反を考える説が妥当であると思います。このような判例が存在する理由は、未成年者が責任能力者であっても、実際は被害弁償をする財産的能力がなく、被害者の救済を図ろうとするところにあります。しかし、被害を受けて加害者に弁償する財産的なものがないことは、未成年者の不法行為に限った事ではありませんし、過失責任の大原則は、監督義務者である親にも保証されるのですから、危険責任等の正当な理論的根拠なく安易な拡大解釈は許されないと思います。唯、責任能力があっても未成年者は、精神的、肉体的に未成熟であり、その点教育監護権を有する両親等は、過失すなわち不法な行為の予見、回避義務を解釈上認定される可能性があると思われます。
6.(一般的判断基準)
どのように具体的に検討されるのかについては、次に記載した判例を参考にして下さい。判例では、監督義務違反と結果発生について相当因果関係があることを前提に、過失の内容について@親として家庭教育が行われていたか、A違法な行為をするのではないかという結果の予見可能性があったか、Bそのような結果を予見できたとして、結果を回避するために可能なことがあったか、それらの可能なことについてどのような対応策を講じたのかまた、努力したのか、という点から検討されることになります。ご自身では判断が難しいようでしたら,法律の専門家である弁護士に一度相談してみることをお勧めいたします。
7.(最高裁判例等)
前掲最判昭和49年3月22日は,15歳の中学3年生の子供が強盗殺人を起こしたことについて親の監督義務違反を認めたものであり,他に,下級審裁判例でも,市立中学校の男子生徒が授業態度を注意した女性教諭を刺殺した事故について生徒の両親に監視義務違反があったとした事例(宇都宮地判平成16年9月15日),帰宅途中の会社員が路上で不良少年らに襲われて暴行を受け,頭蓋骨骨折等の傷害を負って植物状態となった事件について不良少年者らの親権者に監督義務違反があったとした事例(横浜地判平成15年8月28日),中学生間のいじめによる負傷事故について加害生徒の親の監督義務違反があったとした事例(さいたま地判平成15年6月27日)など,親の責任を肯定する事案も多くありました。
8.(最高裁判例等)
一方,最判平成18年2月24日は,前掲昭和49年判決をあてはめた事例の判決(つまり新たな基準を提示した判決ではない)とされてはいますが,19歳の少年が強盗傷害を起こした事件について,成年間近の少年に対して親が及ぼし得る影響力が限定的になっていること,上記事件を起こすことを予測し得る事情があったとはいえないことなどの事情の下では,親には上記事件に結びつく監督義務違反があったとはいえないと判示し,具体的な結果との関係において監督義務者の義務違反の有無を検討しています。そのため,親の責任が認められるかどうかについては,具体的な予見可能性,回避可能性があったか否かの検討が必要になるものと考えられます。息子さんが間もなく成人に達する年齢にあることなどから,親がその子どもに及ぼし得る影響力が限定的なものとなっており,親がその子どもに対して遵守事項を確実に守らせることのできる適切な手段を有していたとはいえず,その子どもが本件事件のような犯罪に及ぶことを親が予測し得なかったような状況であるなどの場合には,親に本件事件に結びつく監督義務違反があったとはいえないと考えられます。相手方からの請求に対しても,この点の具体的検討を踏まえて対応することが必要です。なお,上記平成18年判例以後も,具体的検討を踏まえた上で親権者の監督義務違反を認めている下級審裁判例も出ています(東京地判平成21年10月28日,神戸地判平成21年10月27日,千葉地判平成18年10月19日等)。
9.(その他の参考判例)上記判例も含め妥当な判断と思われます。
@最高裁第二小法廷昭和49年3月22日判決(抜粋)
未成年者が責任能力を有する場合であっても監督義務者の義務違反と当該未成年者の不法行為によって生じた結果との間に相当因果関係を認めうるときは、監督義務者につき民法七〇九条に基づく不法行為が成立するものと解するのが相当であって、民法七一四条の規定が右解釈の妨げとなるものではない。
A鳥取地裁米子支部昭和45年12月22日判決(@の第一審判決,抜粋)
二 被告甲野太郎、同花子の責任
親権者は、未成年者が責任能力を有するときでも、依然として親権者としての未成年者に対する監督義務があるから、その監督上の不注意と被監督者の行為による損害の発生との間に相当因果関係がある場合には、損害賠償責任を免れることができないと解するのが相当であり、したがつてこれが共同不法行為の要件をも具備するときには、加害者と連帯してその損害を賠償すべき義務があるものと言わなければならない。
そこで本件の場合についてこれをみるに、前記甲第一号証の三ないし一三及び乙第一号証並びに被告甲野花子本人尋問の結果を総合すると、次の各事実を認めることができる。
被告甲野三名の家庭は、被告太郎を父、被告花子を母として、その間に長男被告一郎、次男茂樹、長女京子の三名の子供があり、本件事故発生当時太郎は大工として働いて毎月三万五〇〇〇円位の収入があり、花子は家事の傍ら内職をして若干の収入を得ていたが、太郎は家計をかえりみず月々約一万円余りを飲酒に費消するばかりでなく、酒癖が悪くて飲酒しては子供らに対し別段理由もないのに叱り飛ばしたり暴力を振つたりするので、子供らは打解けて話をすることもできず、また母花子はただ子供達に甘いだけで放任に近い状態であり、そのうえ家計に追われていたので、家族団らんするような暖かい雰囲気に欠けていた。一郎は、一歳のときに母親花子の不注意からこたつで足に大火傷を負い、両足とも指が殆ど癒着し、現在でも歩行に多少の障害を残しており、このことに多少劣等感を抱いていた。しかし小学校時代には三年生の頃家出をしたことがあつたものの、さしたる問題行動はみられなかつたが、中学二年頃から不良交友や菓子の万引、喫煙、怠学などで補導を受けるようになつた。これに対して父母たる太郎と花子は、その場限りの注意を与える程度であつて、お互い相談しあつて真剣に問題に対処しようとするところはなく、全くおざなりであつた。そのため一郎は次第に非行の度合を深め、反社会的性格を濃くするようになり、三年に進級した頃から華美な服装に対する執着が酷くなり、これに金遣いの荒いことも加わつて、新聞配達をして毎月約一三〇〇円の配達料を得て母親に渡しそのうち五〇〇円程を小遣いとして貰つていたものの、到底欲しいと思うバンドやズボンを買うことができず、また母親にも言い出しかねてひとり悩んでいるうち、昭和三八年一一月頃バンドを窃取したり、更には人を殺害してでも金を奪おうと思詰めるようになり、そして当時一郎から新聞配達を引継いでいた乙山高男が当日新聞代金の集金に廻ることを知つて、本件不法行為を犯すに至つた。右の如く一郎は犯行に出るまでにかなりの期間思い悩んでいたのであるが、この間、両親たる太郎と花子は、一郎の右欲求を真底から理解して解消してやろうとせず放任しているだけであつて、相変らず太郎は飲酒に耽つて収入の大半を使い果していた。以上の事実を認めることができる。
右認定事実からいつて、一郎の本件犯行は、太郎及び花子において一郎の右欲求や性格をよく理解して善導し、とくに同人の性格がいく分かは生来の素質によるとしても、暗い家庭環境と火傷による不具であることの劣等感が大きく作用して形成されたものであることに思いを深くし、太郎の飲酒による浪費をやめて監督義務を尽していたならば、これを回避することができたであろうことは、否定できないところである。されば、被告太郎、同花子の右監督義務の懈怠は、一郎をして本件犯行を犯すに至らしめた一原因をなし、その間に相当因果関係の存することもまた明白であるから、一郎のそれと共同の不法行為に当るものというべきである。従つて、被告太郎、同花子は、過失に基づく不法行為により、被告一郎と連帯して、被害者高男及び原告の蒙つた後記の損害につき、その賠償義務を負うものである。
B最高裁第二小法廷平成18年2月24日判決(抜粋)
第1 事案の概要
1 本件は,少年院を仮退院して保護観察に付されていたA(以下「A」という。),B(以下「B」という。)及びC(以下「C」といい,A及びBと併せて「Aら」という。)が集団で上告人に暴行を加えた傷害事件に関して,上告人が,被上告人らには,当時未成年であったAらの親権者として,@ 被上告人らの下で生活すること,A 友達を選ぶこと,B 定職に就いて辛抱強く働くことなどの保護観察の遵守事項をAらに守らせ,また,これらが守られない場合には,Aらを少年院に再入院させるための手続等を執るべき監督義務があったにもかかわらず,これらを怠ってAらを放任したために,上記傷害事件が発生したものであると主張して,被上告人らに対し,不法行為に基づく損害賠償を請求する事案である。
2 原審の適法に確定した事実関係の概要は,次のとおりである。
(1) Aの生い立ち
ア Aは,被上告人Y1(以下「被上告人Y1」という。)及び同Y2(以下「被上告人Y2」といい,被上告人Y1と併せて「被上告人Y1ら」という。)の長男として昭和56年12月に出生したが,平成8年には深夜はいかいで補導されるようになった。
イ その後,Aは,@ 中学校卒業後,塗装工の職に就いたが,3か月ほどで退職し,A 平成9年には暴行やシンナー吸引等の非行事実により保護観察に付され,保護司の紹介でとび職に就いたが,1か月ほどで退職し,B 平成10年2月(16歳2月)には恐喝の非行事実により医療少年院送致の処分を受けて関東医療少年院に収容され,次いで北海少年院に収容され,C 平成11年10月(17歳10月)には被上告人Y1に対する傷害等の非行事実により特別少年院送致の処分を受けて帯広少年院に収容された。
ウ Aは,平成13年4月(19歳4月),帯広少年院を仮退院して保護観察に付され,犯罪者予防更生法34条2項所定の一般遵守事項に加え,特別遵守事項として,「友達を選び,悪い誘いに乗らないこと。」,「定職に就いて辛抱強く働くこと。」,「進んで保護司を訪ね,指導,助言を受けること。」等が定められた。Aは,被上告人Y1宅に戻って,とび職,次いで飲食店勤務の職に就いたが,とび職の仕事振りは,無遅刻,無欠勤でまじめなものであり,家族との関係も良好であった。
エ しかし,Aは,同年6月,被上告人Y1らの了解を得ることなく,上京して新宿のクラブに就職した。被上告人Y1らは,電話で再三にわたり,札幌市の被上告人Y1宅に戻るよう説得したが,Aは応じなかった。やがて,帯広少年院等でAと顔見知りとなっていたBも,Aの誘いを受け,上京して同人と同じクラブに就職した。
オ Aは,同年8月16日,新宿のクラブを退職して,札幌市の被上告人Y1宅に戻ったが,被上告人Y1らは出勤しており,鍵を持っていなかったので,被上告人Y1宅に入ることができなかった。そこで,Aは,北海道中川郡a町の被上告人Y2の実家に宿泊した後,同月19日以降は,Bが戻っていた釧路市の被上告人Y3(以下「被上告人Y3」という。)宅に寝泊まりして,Bと遊び歩くようになったが,犯罪に結びつくような特段の問題行動は見られなかった。
(2) Bの生い立ち
ア Bは,被上告人Y3及び同Y4(以下,被上告人Y3と併せて「被上告人Y3ら」という。)の三男として昭和57年4月に出生したが,平成4年には深夜はいかいで補導されるようになった。
イ その後,Bは,@ 平成8年には中学校の教師に対する傷害等の非行事実により教護院送致の処分を受け,A 平成10年1月(15歳9月)には窃盗,ぐ犯の非行事実により初等少年院送致の処分を受け,B 中学校卒業後,鉄筋工等の職に就いたが,C 平成11年6月(17歳2月)には道路交通法違反の非行事実により中等少年院送致の処分を受け,D 平成12年2月(17歳10月)にも窃盗,道路交通法違反等の非行事実により中等少年院送致の処分を受けて帯広少年院に収容された。
ウ Bは,平成13年5月(19歳1月),帯広少年院を仮退院して保護観察に付され,一般遵守事項に加え,Aと同様の特別遵守事項が定められた。Bは,被上告人Y3宅に戻り,被上告人Y3らの勧めで,同年7月ころ,普通,大型特殊及びけん引の各自動車運転免許を取得した。
エ しかし,Bは,上記の各免許を活用できる職には就かず,同年8月1日,帯広少年院等で知り合ったAの誘いを受け,被上告人Y3らに相談することなく,上京して新宿のクラブに就職した。Bから上京や就職の報告を受けた被上告人Y3は,まじめに働くなら仕方がないと思い,戻って来るよう説得をしなかったが,保護司に連絡するよう指示したところ,同人はこれに応じた。なお,Bは,上京するまでは,決められた日に保護司の下に出頭していた。
オ Bは,2週間ほどで新宿のクラブを退職し,長野県に住んでいる兄が,同人を迎えに行き,同月19日,釧路市の被上告人Y3宅に戻らせた。そこに前記のとおりAが遊びに来て,同日以降,被上告人Y3宅に寝泊まりするようになった。
(3) Cの生い立ち
ア Cは,Dと被上告人Y5(以下「被上告人Y5」という。)の長男として昭和57年1月に出生したが,同被上告人がDと離婚してE(以下「E」という。)と再婚したことから,同人の養子となった。しかし,CとEの関係は円満ではなく,Eが勉強を強制したり,体罰を加えたり,友人宅へ遊びに行くことも許さなかったことから,Cは,窓から外出して深夜はいかいするようになった。
イ その後,Cは,@ 平成6年には深夜はいかいで補導されるようになり,A 平成7年には占有離脱物横領,窃盗の非行事実により児童相談所に通告され,B 中学校卒業後,塗装工,サイディング工の職に就いたが,C 平成9年には窃盗,同未遂の非行事実により家庭裁判所に送致されて審判を受け,保護処分に付さない旨の決定を受け,D 平成12年には詐欺未遂の非行事実により保護観察に付され,E 同年11月(18歳10月)には強盗致傷の非行事実により中等少年院送致の処分を受けて月形少年院に収容された。
ウ Cは,平成13年4月(19歳3月),月形少年院から仮退院して保護観察に付され,一般遵守事項に加え,Aと同様の特別遵守事項が定められた。Cは,いったん被上告人Y5宅に戻ったが,Eが正座をさせて長時間説教したりすることを嫌い,同年5月ころ,保護司の紹介で,ホテルの住み込みの配ぜん係の職に就いた。Cは,同年6月にはホテルを退職したが,Eとの同居を嫌って,被上告人Y5宅には戻らず,交際していたF(以下「F」という。)とその父親の家で同居し,Fの父親の漁業を手伝うようになった。そして,同年5月ころには,構成員ではないものの,暴力団事務所に出入りするようになっていたが,被上告人Y5は,このことを知らなかった。
(4) Aらの不法行為
CとFは,平成13年8月22日,テレホンクラブを利用して呼び出した男性から金品を強取することを企て,中学校の1年後輩であるBに共同して実行することを持ちかけたところ,同人は,これを承諾し,Aも誘った。そして,Aらは,共謀の上,同日午後11時ころ,金品を強取する目的で,Fに,上告人を釧路市の海岸付近に誘い出させ,上告人に対し,こん棒のようなもので殴打する暴行を加え(以下「本件事件」という。),約12万7000円を強取した。上告人は,本件事件によって,脳ざ傷,急性硬膜外血しゅ等の傷害を受け,入通院を余儀なくされ,右手指機能障害の後遺障害を負った。
3 原審は,上記の事実関係の下において,被上告人らが親権者としての監督義務を怠ったということはできないなどと判断して,上告人の請求を棄却すべきものとした。
第2 上告代理人○○の上告受理申立て理由第2点について
1 未成年者が責任能力を有する場合であっても,その監督義務者に監督義務違反があり,これと未成年者の不法行為によって生じた損害との間に相当因果関係を認め得るときには,監督義務者は,民法709条に基づき損害賠償責任を負うものと解するのが相当である(最高裁昭和47年(オ)第1067号同49年3月22日第二小法廷判決・民集28巻2号347頁参照)。
2 前記事実関係によれば,Aらは,暴行,恐喝,傷害,窃盗,強盗致傷等の非行歴を有し,保護観察や少年院送致の処分を繰り返し受けていたところ,本件事件当時,少年院を仮退院して保護観察に付され,一般遵守事項に加え,特別遵守事項が定められていたにもかかわらず,これらを守らないで,遊び歩いていたり,暴力団事務所に出入りするなどしていたというのである。
しかし,前記事実関係によれば,本件事件当時,Aらは,いずれも,間もなく成人に達する年齢にあり,既に幾つかの職歴を有し,被上告人らの下を離れて生活したこともあったというのであり,平成13年4月又は5月に少年院を仮退院した後のAらの行動から判断しても,被上告人らが親権者としてAらに対して及ぼし得る影響力は限定的なものとなっていたといわざるを得ないから,被上告人らが,Aらに保護観察の遵守事項を確実に守らせることができる適切な手段を有していたとはいい難い。
上告人は,Aらを少年院に再入院させるための手続(以下「再入院手続」という。)等を執るべきであったと主張する。
そこで,この点について検討すると,前記事実関係によれば,Aらは,いずれも19歳を超えてから少年院を仮退院し,以後本件事件に至るまで特段の非行事実は見られず,AとBは,本件事件の約1週間前まで新宿のクラブで働き,本件事件当時は被上告人Y3宅に居住していたというのであり,Cは,本件事件当時,Fの父親の家に居住し,漁業の手伝いをしていたというのであるから,被上告人らにおいて,本件事件当時,Aらが本件事件のような犯罪を犯すことを予測し得る事情があったということはできない(Cが暴力団事務所に出入りするようになっていたことを被上告人Y5が知らなかったことは前記のとおりである。)し,Aらの生活状態自体が直ちに再入院手続等を執るべき状態にあったということもできない。
3 以上によれば,本件事件当時,被上告人らに本件事件に結びつく監督義務違反があったとはいえず,本件事件によって上告人が被った損害について,被上告人らに民法709条に基づく損害賠償責任を認めることはできない。
C宇都宮地裁平成16年9月15日判決(抜粋)
3 被告らの不法行為の成否(争点(2))について
上記2のとおり、Fは本件事件当時責任能力を有していたと認められるので、被告らに対して民法714条に基づく責任無能力者の監督者の責任を問うことはできないというべきである。しかし、未成年者が責任能力を有する場合であっても監督義務者の義務違反と当該未成年者の不法行為によって生じた結果との間に相当因果関係を認め得るときは、監督義務者につき民法709条に基づく不法行為が成立すると解するのが相当である。
被告らは、Fに対して指導監督する義務を懈怠したことはないし、仮に監督義務違反があったとしても、FによるE教諭の殺害という結果との間に相当因果関係はなく、結果の予見可能性もないのであって、過失は認められない旨主張する。
しかし、Fは、本件事件当時、義務教育課程を終えていない13歳になったばかりの中学1年生の少年であり、上記のとおり、是非弁別能力等の責任能力は一応認められるにせよ、その程度は相当に低いものであるから、日常生活その他のあらゆる局面において親権者等の監督義務者の広い監督、支配に服すべきであるが、その反射的効果として、このような低い責任能力しか持たない年少少年の監督義務者の監督義務としては、広範かつ重大な責任が課せられて然るべきである。
そこで検討するに、Fは、正当な理由のない刃物等の所持が法律に違反することも知らず、学校にナイフを持って行ってはいけないとの指導を受けたことは一度もないなどと述べており、同供述から親権者らの日常の監護・教育の中で常識的に身につけるべき認識を欠いた状態にあったことがうかがわれる。このことからは、ナイフ所持の禁止あるいは人の生命の尊厳やかけがえのなさといった基本的な事柄について、被告らのFに対するしつけや指導には重大な過誤があったことが推認されるところ、被告らがこれらの点につきFに対して十分な指導教育を行っていた等上記事実に反する資料はない。また、Fは、本件事件に至るまで特に非行歴はなく、小学校時代には成績も優秀であったものの、中学校入学後は、膝の病気で思うように運動ができないことなどから苛立ちが高じて、周囲の人に対する暴力的言動や物に当たる等の行動が出始め、成績が悪化して、欠席も増加し、登校しても保健室に度々出入りするような状況にあったのであり、思春期特有の反抗行動といえる範囲を超えた明確な変化を示していた。しかし、精神的疾患の発露とも取れるこれらのFの変調の兆しに対し、被告らはある程度これに気付いていながら、特段の対処を講じていなかった。さらに、本件事件そのものは被告らの直接監督下にない黒磯北中内で発生したものであるが、前記1の(1)、(2)のとおり、Fによるナイフ類の購入は本件事件の約半年前に初めてなされ、ナイフ等を常時携帯する習癖もそのころから発現していたことに加え、本件ナイフの購入も被告Hの同伴時になされており、その後本件事件まで約1週間にわたってFが本件ナイフを常時携帯していた等の事実があるにもかかわらず、被告らはこれらに全く気付かず、Fによる家庭から学校への本件ナイフの持ち込みは継続していた。これらの諸事情を勘案すれば、被告らの外にFに対してナイフの持ち込み等について指導を行うべき主体が存在し得たことは置くとしても、被告らにおいて、Fに対する監督義務の懈怠があったことは否定できず、その懈怠が殺傷能力十分な本件ナイフの校内への常時持ち込みを許すことになった以上、被告らの監督義務違反とE教諭の殺害との間の相当因果関係もまた優に首肯し得る。
また、上記検討した被告らの監督義務違反の内容に照らせば、被告らにおいてFによる殺害行為自体を具体的に予見していなかったとしても、Fが本件事件当時一般的な他害行為に及ぶ可能性は十分に予見できたのであるから、予見可能性はあったというべきである。
したがって、被告らは、本件事件、すなわち、FによるE教諭の殺害について、Fに対する監督義務違反により共同不法行為責任を負うものというべきである。
D横浜地裁平成15年8月28日判決(抜粋)
イ 被告E田一夫の父母である被告E田二夫、被告E田二子の責任
(ア) 前記認定のように、被告E田一夫は、平成九年四月高等学校進学直後に二〇歳に達するまでの保護観察処分に処せられたが、行かなければならない保護司宅には半年しか行かず、遵守事項も守らなかった。
(イ) この状態を被告E田一夫の父母である被告E田二夫及び被告E田二子が真摯に改善しようとした事実は何も窺えない。
(ウ) この点だけとってみても、被告E田二夫及び被告E田二子は、被告E田一夫の監督義務を尽くしていたとはいえない。そして、被告E田二夫及び被告E田二子は、前記保護観察が効果を上げるべく、この監督義務を尽くしていたら、本件不法行為が発生しなかった蓋然性が高いと認められるから、被告E田二夫及び被告E田二子は、本件不法行為の発生に関し、不法行為責任を負うべきである。
Eさいたま地裁平成15年6月27日判決(抜粋)
三 争点三(被告らの監督義務違反の有無)について
(1) 被告らの民法七一四条に基づく責任について
原告は、被告らに対し、民法七一四条に基づく不法行為責任を主張しているが、同条は、責任無能力者のなした行為についての監督義務者の責任を定めるものであるところ、少年ら五名は、本件暴行事件及び本件いじめ行為の発覚時、いずれも満一五歳前後の中学三年生であって、同人らが責任無能力者であると認めるに足りる証拠はない。よって、被告らの責任に関し、民法七一四条に基づく原告の主張は、採用できない。
(2) 被告らの民法七〇九条及び七一九条に基づく責任について
ア 当事者間に争いのない事実、《証拠省略》を総合すると、以下の事実が認められる。
(ア) A田少年は、原告に万引を強要する以前にも、中学一年生のころから、自分で万引を五回程度しており、また、学校などでたばこを吸い、校則違反のピアスを耳や鼻に付けていた。さらに、同人は、日頃から粗暴な行為をすることがある少年であった。
被告A田父母は、学校から呼び出されて、A田少年の喫煙行為など校則違反の事実を告げられ、A田少年に対し、一応は注意をするものの、基本的には放任状態であり、A田少年の不合理な言い訳でも、子の言うことだからといって、それをそのまま信じてしまうなど極めて監督不十分な状態であった。また、被告A田三江は、A田少年に粗暴な面があることを認識していた。
実際、A田少年は、被告A田父母からの注意を受けた後も、喫煙をやめることはせず、ピアスも親に隠れて付けているなど生活態度の改善は見られなかった。また、同少年は、万引に関しても、本件の証人尋問において、原告代理人から被害者である商店に被害弁償をしていないことについて質問された際、「お金がもったいないから。」と証言して被害弁償をする意思が皆無であることを公言するなど、精神的に未熟なままであり、規範意識の鈍磨が著しい。
(イ) E田少年は、本件暴行事件以前から、喫煙していたほか、原告に強要した以外にも、自分でも万引をしていた。
被告E田父母は、E田少年がたばこを吸っていたことさえ全く把握しておらず、当然、注意をすることもなかった。また、そのほかの生活全般に対する躾も甘く、原告に対する万引の強要が発覚した後も、原告が自らの判断で万引をしていたとするE田少年の不合理な弁解をそのまま信じるなど、E田少年に対する監督は不十分なものであった。
(ウ) B山少年は、本件暴行事件以前に非行歴二回がある素行不良の少年である。中学校内では、特に目立った行動はなく普通に登校はしているものの、平成一一年の夏ころに、C川少年及びD原少年らと不良グループを結成し、そのグループの中でリーダーの立場にあった。また、日頃から粗暴な行動が目立っており、本件暴行事件以前にも、暴力事件を起こしていた。
これに対し、被告B山は、その都度、B山少年に対し注意をするものの、その注意の仕方は必ずしも適切とはいえず、同人の非行傾向は改まることはなく、結局、被告B山の監督は不十分で放任状態に等しいものであった。
(エ) C川少年は、B山少年と不良グループを結成し、週一回程度しか登校しない素行不良の少年である。
被告C川父母は、C川少年がB山少年らと、自宅を溜まり場にしているにもかかわらず、特段の注意もせずにこれを放置するなど、子に対する監督は極めて不十分であった。 (オ) D原少年は、B山少年らと不良グループを結成し、C川少年方を溜まり場にしていた素行不良の少年である。
被告D原父母は、D原少年がたばこを吸っているかもしれないと認識していながら、その確認もせず、B山少年をリーダーとする不良グループとの交友関係についても特段注意を払わず、放任状態にあった。
イ 被告らは、それぞれ少年ら五名の親権者であり、それぞれの子を監督し、教育すべき義務を負っているものというべきである。そして、上記アで認定した各事実によれば、少年ら五名には、いずれも本件暴行事件より以前から(A田少年ら二名については、本件いじめ行為の前か、少なくともこれと並行して)、喫煙、ピアスの着用、粗暴な行為、不良グループの結成等の問題行動が生じていたところ、被告らはこれを認識し、又は認識すべきであったから、少年ら五名が、早晩弱者に対するいじめや暴力行為等に及ぶことをも十分に予見し得たものといえる。それにもかかわらず、被告らは、いずれもその子に対する監督教育等に特段の努力をせずこれを放置し、少年ら五名の上記問題行動を解消させようとはしなかった。そのため、少年ら五名の非行傾向は深刻化し、原告に対する本件いじめ行為及び本件暴行事件を惹起させるに至ったものというべきである。
したがって、被告らには、各少年らに対する監督義務を怠った過失があり、これと少年ら五名によって惹起された本件暴行事件(被告A田父母及び被告E田父母については、加えて、A田少年ら二名による本件いじめ行為)により原告に生じた権利侵害の結果との間には因果関係があるというべきであるから、被告らは、民法七〇九条、七一九条に基づく不法行為責任を負うものというべきである。
F東京地裁平成21年10月28日判決(抜粋)
2 未成年者の監督義務者たる被告Y2の責任如何について
(1) 前記認定の本件事件当時の被告Y1の年齢,行為態様等に照らせば,同被告は本件事件当時責任能力を有していたと認められる。
ところで,民法714条1項は「前2条の規定により責任無能力者がその責任を負わない場合において,その責任無能力者を監督する法定の義務を負う者は,その責任無能力が第三者に加えた損害を賠償する責任を負う。」としているが,未成年者が責任能力を有する場合であっても監督義務者の義務違反と当該未成年者の不法行為によって生じた結果との間に相当因果関係を認めうるときは,監督義務者につき民法709条に基づく不法行為が成立する(最判昭和49年3月22日民集28巻2号347頁参照)。
(2) そこで,本件において,監督義務者である被告Y2の義務違反と本件事件の結果との間に相当因果関係が認めうるかについてみるに,後掲各証拠等によれば,本件においては以下の事実が認められる。
(ア) 被告Y1は,生後てんかん発作を繰り返すなどしていたが,平成6年8月手術を受け,その症状は少しずつ快復した。病名は結節性硬化症,皮質形成異常であった。(乙3,被告Y2)
(イ) 被告Y1は,小学校3年生の時,鉛筆を万引した。被告Y2は被告Y1に対し,万引が犯罪であることや,人の物を取ってはいけないということなどを話した。被告Y1の言い分が,「気付いたら取っていた」というものであったため,被告Y2は,被告Y1を病院に連れて行った。病院での入院検査で,被告Y1の行動は,精神的な問題だと診断された。また,被告Y1が小学校3年から4年に上がる春休みに,被告Y2は,被告Y1を児童精神科のある病院につれて行った。その後,月に1度から半年に1度程度,母子で児童精神科のある病院に通院し,カウンセリングを受け続けた。カウンセリングは1人30分枠で,子ども15分,母10分という内容であった。被告Y1の父は,平成17年2月,死亡した。(乙3)
(ウ) 被告Y1は,中学1年生の時,いじめにあうなどしていたが,その頃,コンビニエンスストアでアイスクリームとジュースを万引した。これに対し,被告Y2は被害店舗に弁償と謝罪をする一方,被告Y1に二度とこのような事をしない旨の反省文を書かせた。また,被告Y1が所属する野球部の先生や,被告Y1が小学校3年生の時から週2回通い続けてきた,葛西警察署の柔道部の担当官に注意してもらった。被告Y1が野球部でいじめの対象となってしまったため,被告Y2は,中学1年から2年に上がる時に,被告Y1に転部させることとした。(乙3)
(エ) 被告Y1は,中学2年生の平成18年6月,コンビニエンスストアでアイスクリームとジュースを万引した。これに対し,被告Y2は,被告Y1とともに被害店舗に行き,店長に謝罪した。その後,被告Y1は,部員達からいじめを受けるようになった。そのような中,被告Y1は,同じ部活の友人とコカコーラのペットボトルを万引した。これに対し,被告Y2は,再度被害店舗に謝罪に行った。そして,被告Y2は,転居したこともあり,平成19年1月から被告Y1を転校させることとした。(乙3)
(オ) なお,本件事件後の事情ではあるが,被告Y1は,本件事件後に,11歳の女子児童に対する強制わいせつ事件,9歳の女子児童に対する強制わいせつ未遂事件を惹起し,そのため,観護措置を取られた上,平成19年3月27日,初等少年院送致決定(一般長期処遇)の処分を受けた。なお,このとき,被告Y1は本件事件については申告していなかった。(甲1,2,7)
上記処分時の家庭裁判所調査官の調査によれば,被告Y1は,いじめの被害体験から,いらだちを弱者支配に向けること,興味ある物事が目につくと,ほかを考えずに飛びついてしまうADHDの疑い,共感性の未発達などが指摘された。被告Y1の医師も,本件事件後ではあるが,同被告は軽度ではあるが衝動性が強いと指摘した。(被告Y2本人) 被告Y1は,平成20年に少年院退院後,再び同様の問題行動を起こした。(甲1,弁論の全趣旨)
(3) 以上の事実によれば,被告Y1は小学3年生,中学1年生,中学2年生と,注意やカウンセリングを受けたにも関わらず万引を繰り返し,その頻度も徐々に上がってきていたのであるから,被告Y1の規範意識や自己抑制力が著しく低下していたことは,被告Y2にとって明らかであり,してみれば,同被告にとって,被告Y1が本件事件を起こすことは十分に予見可能であったはずである。また,被告Y1は,本件事件後のことではあるが,11歳の女子児童に対する強制わいせつ事件,9歳の女子児童に対する強制わいせつ未遂事件を繰り返し惹起しているのであり,してみれば,本件事件以前にも,本来,被告Y1の言動に本件事件につながる兆候が何らかの形で窺えたはずである。そして,被告Y1の本件当時の年齢やその生活状況等に照らせば,被告Y2の同Y1に対して及ぼし得る影響力は大きなもので,本件事件の結果回避可能性もまた存するところといわざるを得ない。
(4) この点に関し,被告Y2は,万引を繰り返していた事実から,被告Y1が本件事件を起こすことを予測することはできないと主張する。
しかし,一般に,少年の非行は,家庭での生育過程における人格形成,健全な規範意識や自己抑制力などの形成過程に何らかの問題性が生じ,それが万引等の問題性として当初は発現するのであるが,上記形成された問題性は,その根底にある家庭での監護状況が変わり,改善を目的とした指導が十分なされない限り存続し続け,交友関係など他の要因の影響も受けつつ,非行性が進行し,暴行,恐喝,いじめなどのより進んだ非行に発展したり,場合によっては,強姦,強制わいせつ,傷害致死,殺人などの重大犯罪に至る可能性も否定できないのである。そして,少年の非行歴や問題行動などの悪性癖は,それ自体,当該少年の規範意識や自己抑制力の低下を示しているといえ,このこと自体は当該非行形態に限られるわけではなく,他の非行形態にも通ずるのであり,これが他の非行に発展,進行する可能性は十分認められるといえるから,少年の親が少年の一定の悪性癖を認識している以上,特段の事情のない限り,少年の親は当該悪性癖と異なった他の具体的な非行を予見することも可能であるといえるし,本件においても,前示のとおり,被告Y1は,小学3年生,中学1年生,中学2年生と,注意やカウンセリングを受けたにも関わらず万引を繰り返し,その頻度も徐々に上がっている一方,被告Y2は,被告Y1の万引の悪性癖を認識していたのであるから,被告Y1の規範意識や自己抑制力が著しく低下していたことは,被告Y2にとっても明らかであり,性的欲求の高まりがちな被告Y1の年齢をも併せ斟酌すれば,被告Y2にとって,被告Y1が本件事件を起こすことは予見すべきであったし,また,十分予見可能であったといえる。
したがって,この点に関する被告Y2の主張は採用できない。
(5) 被告Y2は,被告Y1の非行を止めるために可能な限りのことを行ったと主張する。
本件において,被告Y2は,被告Y1が万引を起こす原因が判明しなかったため,被告Y1に医師のカウンセリングを受けさせたり,部活の先生に被告Y1を注意してもらったり,被告Y1のスケジュールの把握に努めるなど,被告Y1が万引を起こさないように一定の努力をしているといえる。しかしながら,少年の人格,規範意識や自己抑制力を矯正するために,まずもって親がしなくてはならないことは,少年と真に向き合って対話をし,非行の原因を探って,その原因に対応した施策を練ることであって,非行の原因が分からないから他人に任せるというのでは,未だ十分な監護とは言えない。少年の人格,規範意識や自己抑制力の形成は,その家庭環境に影響を受けやすいため,少年の問題性の一端が親と少年との関係に起因していることも多くあり,その点からしても,被告Y2はもっと多くの時間をかけて,色々な方法で少年と対話し,被告Y1を観察すべきであったし,その観察結果を基に,もっと徹底して監護に尽力すべきであった。現に,本件事件後のことではあるが,家庭裁判所の調査官の調査等により,被告Y1が抱える問題が明らかにされるに至っているのであり,被告Y2としては,本来は,本件事件前に,被告Y1を非行の専門家に診せるなどして同様のことができたはずであり,そうすべきであったといえる。してみれば,被告Y2は,本件事件との関係で,結果回避義務を十分に尽くしたとは評することはできない。
(6) 以上のとおりであるから,被告Y2の監護義務違反と本件事件の結果との間には,相当因果関係を認めることができるから,同被告は原告X1に対し,民法709条に基づきその責任を負う。
G神戸地裁平成21年10月27日判決(抜粋)
三 争点(2)(被告甲山らの監督義務違反の有無)について
(1) 原告は、Cに責任能力が認められるとしても、Cが粗暴事件を繰り返しているにもかかわらず、親権者たる被告甲山らがCに対して、粗暴な行動を起こさないように指導、監督する義務を怠ったものであるから、民法七〇九条に基づいて損害賠償責任を負う旨主張する。
(2) 前記二に判示したとおり、本件事故当時、Cは責任能力を有していたものと認められるが、未成年者が責任能力を有する場合であっても監督義務者の義務違反と当該未成年者の不法行為によって生じた結果との間に相当因果関係を認め得るときは、監督義務者につき民法七〇九条に基づく不法行為が成立するものと解するのが相当である(最高裁昭和四七年(オ)第一〇六七号同四九年三月二二日第二小法廷判決・民集二八巻二号三四七頁参照)。
(3) そこで検討するに、a中学入学後のCの素行等についての前記一の各事実に加え、証拠によれば、以下の事実を認めることができる。
ア a中学入学後、本件に至るまでの間、Cの担任であるK教諭から被告甲山Y2に対して、勉強についての注意とともに、じゃれ合うことが多いから注意するようにという連絡が何度かなされたことがあった。
イ I傷害事件の後、K教諭から被告甲山Y2に対し、家でも厳重に注意してほしい旨の連絡がなされた。
ウ Cが神戸市内のゲームセンターにおいて、Jに暴行したために、警察に通報されたことがあった後、C及びa中学の教諭からこれを聞いた被告甲山Y2は、Cとともに、Jの自宅に謝罪をしに行った。
エ 被告甲山Y1は、Cの教育について熱心ではなく、被告甲山Y2に任せており、主に同被告がCに対し、体が大きいのだからけんかになっても手を出さないようにと注意をしていた。
(4) 以上によれば、被告甲山らにおいては、Cがa中学において、けんかに発展しかねない遊びをしており、注意をするようにK教諭から要請されていた上、I傷害事件において、Cが同級生のIに骨折の傷害を負わせる事件を起こしたために、K教諭から厳重に注意するよう要請されており、また、本件事故直前に神戸市内のゲームセンターにおいて、CがJに暴行を振るって、警察が出動する事件を起こしていたことを認識していたのであるから、従前どおりの指導を続けるのみでは、未だ一三歳の未成年者であり、自己抑制力の発達が十分でないCが同級生とけんかをし、また、暴力を振るうなどして、同級生を負傷させる危険性があることを具体的に予見し得たものというべきであって、従前の指導教育に加えて、Cの日頃の動静を注意深く見守り、また、Cと普段の生活状況について十分に話をし、同級生に対して手を出すことがないように厳重に注意するなど適切に指導監督を行うべき義務を負っていたものと認めるのが相当である。
しかるに、被告甲山Y2は、I傷害事件の後も、従前同様に、けんかになっても手を出さないよう漫然と注意するにとどまり、また、被告甲山Y1においては、特段の注意指導を行ったことが認められないのであって、いずれについても、Cが再び同級生を負傷させることがないようにI傷害事件以前の指導教育に加えて、Cの動静や生活状況に気を配ったり、暴力を振るうことは決して許されないことであることを厳しく指導するなどしていないのであるから、親権者としてCに対して適切な指導監督を行うべき義務を懈怠したものといわざるを得ない。
(5)ア これに対し、被告甲山らは、I傷害事件を起こすまで、Cが同級生を負傷させる事件を起こしたことはなく、a中学の教諭からCが同級生に対して粗暴行為をしないように注意をするよう求められたことなどなかったのであるから、本件事故の発生を予見することはできず、本件事故発生の防止について過失があったということはできない旨主張し、被告甲山Y2本人も、a中学の教諭から、Cの素行が悪いとか同級生をいじめたり暴力を振るうなどの連絡を受けたことはない旨供述する。
イ しかしながら、被告甲山Y2は、普段からCに対して、けんかをしても手を出さないよう注意していた旨供述するものであるところ、Cが同級生とけんかをする可能性があることを認識しているからこそ、かかる注意を行っていたものであると考えられる。 そして、a中学の教諭から、Cが粗暴であるとか同級生をいじめているという趣旨の連絡がなされたものではないとしても、少なくとも、前記(3)アのとおり、K教諭から、同級生を負傷させかねない振る舞いをしている旨の連絡を受け、さらに、Iに大怪我をさせた後、短期間でJに暴力を振るったというのであるから、Cが同級生とけんかをするなどして、同級生を負傷させる事故を起こすことは十分予見し得たものというべきである。 ウ よって、被告甲山らの主張を採用することはできない。
(6) そして、被告甲山らが、上記指導監督義務を尽くしておれば、本件事故の発生を防ぐことができたと認められる。
(7) 以上によれば、被告甲山らは、親権者としての指導監督義務を怠った結果、Cが本件事故によって、原告に本件傷害を負わせたものと認められるから、民法七〇九条に基づいて、原告に生じた損害を賠償すべき義務を負う。
H千葉地裁平成18年10月19日判決(抜粋)
5 争点C(被告A1及び被告A2の不法行為責任の有無)について
(1) 一般に,未成年者が責任能力を有する場合には,監督義務者は責任を負わないのが原則であるが(民法712条,714条参照),未成年者が責任能力を有する場合であっても,監督義務者の義務違反と当該未成年の不法行為によって生じた結果との間に相当因果関係が認められるときは,監督義務者につき民法709条に基づく不法行為が成立するものと解するのが相当である(最高裁昭和47年(オ)第1067号同49年3月22日第二小法廷判決・民集28巻2号347頁)。
そして,上記義務違反が認められるためには,日常生活における一般的な監督義務(民法714条)の懈怠や監護教育義務(同法820条)の違反があるだけでは足りず,未成年者の具体的な加害行為についての予見可能性を前提とした具体的な過失があることが必要であり,上記相当因果関係が認められるためには,監督義務者が相当かつ適切な監督を行っていれば,経験則上,当該加害行為による当該結果が発生しなかったといえることが必要であると解する。
(2) 後掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば,被告Aの生活状況等並びに被告A1及び被告A2の監督状況等に関し,以下の事実を認めることができる。
ア 被告Aの生活状況等
(ア) 中学校時代
被告Aは,中学校では柔道部に所属し,千葉県J市の中学校新人柔道大会において,団体戦及び個人戦ともにG勝するなどの成果を上げ,熱心に部活動に取り組んでいた。
しかし,中学2年生の終わりころ,練習に疲れた,遊びたいなどの理由により柔道部を退部し,それ以降,生活が乱れるようになり,このころから,1日20本くらいたばこを吸ったり,頻繁にバイクを無免許運転するようになった。
被告Aは,中学3年生のころには,ほとんど学校に行かなくなり,被告B,被告C,被告D,被告E及び選定者Fら不良仲間と交遊するようになった。また,このころから,多いときで週2,3回飲酒するようになり,中学3年生の9月ころには,朝コンビニエンスストアでウイスキーの小瓶を購入し,それをストレート飲んでから登校することもあった。
〔乙イ第1号証,被告A本人〕
(イ) 中学卒業後
被告Aは,高校受験をしたものの,入学試験当日に高校近くバスの停留所でたばこを吸っていたことが発覚して不合格となったため,高校には進学できなかった。平成13年3月に中学校を卒業した後,被告A1の家業を手伝うなどしていたが,就労状況は安定せず,遊び中心の生活を送っており,毎日のように夜遊びをし,多いときは週に5回くらい無断外泊をしていた。
被告Aは,平成13年10月ころ,地元の暴走族である「Oに加入した。そして,暴走族の集会に参加し,その都度,バイクの無免許運転,蛇行運転,信号無視,爆音走行等をして暴走行為を繰り返した。このような暴走行為は,被告Aが本件集団暴行で逮捕されるまでの半年間で,約50回にも及んだ。また,被告Aは,頻繁に自宅の庭先に暴走族仲間と集まって,バイクの修理や違法改造を行っていた。バイクの修理や改造のための工具を万引きしたり,被告B及び被告Cとともに原付自転車を盗んだり,自転車を盗んだこともあった。
被告Aは,M中学校の後輩などに対し,カツアゲと呼ばれる恐喝行為を10回から20回程度したことがあった。また,被告Aは,平成14年2月ころから,先輩に対する態度が悪いなどといった理由で,気に入らないM中学校の後輩を呼び出しては,集団で又は一人で暴行を加えていた。このような暴行は,前記1(1)イ(イ)の集団暴行を含めると,10回から20回程度に及んだ。
〔甲第23号証,第28号証の3,乙イ第1号証,被告A本人,被告A2本人〕
イ 被告A1及び被告A2の監督状況等
(ア) 家族の状況
本件集団暴行当時,被告Aは,被告A1,被告A2,兄,妹及び祖父母との7人家族であった。被告A1は,平均して週6日,朝6時に仕事に出て,夕方6時から7時ころ帰宅する生活をしていた。被告A2は,専業主婦をしており,1日中家にいることが多かった。
〔甲第2号証の1,甲第28号証の1,被告A2本人〕
(イ) 中学校時代
被告A1及び被告A2は,被告Aが,柔道部を退部して以降,生活が乱れるようになり,被告B,被告E,被告C,被告D及び選定者Fら不良仲間と交遊するようになったことを認識してたが,友達がいなくてはかわいそうだと思い,不良交遊をやめるよう強く注意することはなかった。
被告A2は,被告Aが中学3年生のころ,被告Aがたばこを吸っていることに気がつき,たばこを吸うなと言って注意をしたが,被告Aは,聞く耳を持たなかった。被告A2は,その後も,被告Aが自宅の自室で日常的にたばこを吸っていることを認識しつつも,火事を起こさないように火をきちんと消すようにと注意したり,灰皿を何回か取り上げたりした程度であり,それ以上積極的にたばこをやめさせるための働きかけはしなかった。また,被告A2は,被告Aがたばこを吸っていることに気がついても,父と子のけんかになることをおそれ,すぐに被告A1に報告して対応を協議するようなこともしなかった。 被告A2は,被告Aが中学3年生のとき,担任の教師に呼び出され,被告Aが飲酒して登校したことが複数回あることを指摘された。被告A2は,被告Aに対し,飲酒していることを口頭で注意したが,被告Aが飲酒して登校することをやめたかどうか中学校に問い合わせるようなことはしなかったし,登校途中に飲酒していないか確認するようなこともしなかった。また,被告A2は,担任の教師に呼び出されたことについて被告A1に報告したが,被告A1が被告Aに飲酒のことを注意したかについては覚えていない。
被告A2は,被告Aが中学3年生のころにはほとんど学校に行かなくなったことを認識していたにもかかわらず,何回か被告Aの友人宅に電話で連絡を取ったことがあったものの,それ以上に,被告Aの友人の親と常に連絡を取り合うようなことはせず,被告Aの居場所を探し出して家に連れ戻すための具体的な対応策は何ら採らなかった。
〔甲第28号証の3,第31号証,被告A本人,被告A2本人〕
(ウ) 中学卒業後
被告A1及び被告A2は,被告Aが毎日のように夜遊びをしたり,無断外泊していたことを認識していたが,口頭で注意したことが何回かある程度で,それ以上の積極的な働きかけは行わず,被告Aの生活を改善することを半ばあきらめていた。
被告A2は,自宅の庭先に改造されたバイクが2台以上置いてあることや,被告Aがパンチパーマをかけていたことなどから,被告Aが暴走族に加入して無免許でバイクの暴走行為を繰り返していたことを認識していたが,人様に迷惑をかけるようなことはしないでほしいなどと口頭で注意しただけで,それ以上暴走族を脱退させたりバイクの暴走行為をやめさせるための具体的な対応策は何ら採らなかった。また,被告A2は,父と子のけんかになることをおそれ,被告A1と相談することもしなかった。
被告A1及び被告A2は,被告Aが恐喝をしたり,集団又は一人で後輩に対して暴行を加えていたことを全く把握していなかった。
〔甲第31号証,被告A2本人〕
(3) 前記(2)の事実関係に基づき,被告A1及び被告A2の不法行為責任を検討する。
ア 監督義務違反
(ア) 被告Aには,中学生のころから,不良交遊,喫煙,飲酒,怠学,バイクの無免許運転などの非行行為がみられるところ,これらの非行行為は,幼少期からの成育過程や家庭環境等から生じた悪性癖が,少年期特有の内的欲求の不満や自己顕示欲等をきっかけとして発現したものであることが多く,これを放置しておけば,更に悪性癖が進行することは容易に予測することができる。
にもかかわらず,前記(2)イからすれば,被告A1及び被告A2は,上記の非行行為の原因や問題性を十分に把握し,改善に向けた真摯な努力をしなかったというべきである。
その結果,被告Aの非行性は,中学校を卒業した後,改善されることなく進行の一途をたどり,夜遊び,無断外泊のみならず,暴走族への加入やバイクの暴走行為,ひいては恐喝,集団暴行等の粗暴行為に発展するに至った。
そして,本件集団暴行は,被告Aが不良仲間と以前から行ってきた多数者による少数者又は弱者に対する暴行の発露であり,不良交遊を背景とする上記粗暴行為の延長線上に位置づけられる。確かに,本件集団暴行では,それ以前に被告Aが関与した集団暴行とは異なり,被害者の死亡という極めて重大な結果が生じたものであるが,集団暴行においては,各加害者が競うように暴力行為をエスカレートさせる蓋然性が相当程度あることに鑑みれば,本件集団暴行は突発的に発生したものというべきではない。
したがって,被告Aの上記非行行為について相当な監督をせずに放任していれば,いずれ本件集団暴行のような集団暴行による被害者の死亡という結果が生じることも予見できたというべきである。
(イ) 被告Aは,本件集団暴行当時,16歳という中学校を卒業したばかりの年齢であり,被告A1及び被告A2と同居していたのであるから,被告A1及び被告A2が親権者として被告Aに及ぼし得る影響力は大きかったというべきである。
とすれば,被告A1及び被告A2としては,被告Aの悪性癖の発現が見られた場合には,早期にその原因や問題性を把握し,改善に向けた真摯な努力をすることが期待されていた。特に,恐喝や暴行などの粗暴行為については,阻止・改善するためにあらゆる手段を尽くして然るべきである。にもかかわらず,前記(2)イからすれば,被告A1及び被告A2は,上記のような真摯な努力を尽くしたということはできない。また,被告A1及び被告A2は,被告Aが恐喝をしたり,集団又は一人で後輩に対して暴行を加えていたことを全く把握していなかったというが,被告A1及び被告A2が認識していた被告Aの非行行為を前提とすれば,被告Aの日ごろの動静をきめ細かく継続的に観察すべきであり,これをしていれば,被告Aの恐喝行為や暴行行為を容易に把握することができたのであり,少年と同居する監督義務者としては,これを把握すること自体が義務というべきである。 したがって,被告A1及び被告A2には,いずれも被告Aに対する監督義務違反があったと認めるのが相当である。
イ 相当因果関係
上記のとおり,被告Aの非行性は徐々に形成され,進行していったこと,少年の可塑性からすれば,その進行過程において,改善可能性は幾らでもあったこと,本件集団暴行は,それ以前からみられた被告Aの粗暴行為の延長線上に位置づけられるものであり,突発的な犯行ではないこと,被告A1及び被告A2は,親権者として被告Aに及ぼし得る大きな影響力を有していたことに照らせば,被告A1及び被告A2が,前記ア(イ)で指摘した努力を尽くしていれば,経験則上,少なくとも被告Aが本件集団暴行に関与することを防止し得たというべきである。
したがって,被告A1及び被告A2の上記監督義務違反とYの死亡との間には相当因果関係があると認めるのが相当である。
ウ まとめ
よって,被告A1及び被告A2は,民法709条に基づく不法行為責任を負う。
[参照条文]
民法
(不法行為による損害賠償)
第七百九条 故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。
(財産以外の損害の賠償)
第七百十条 他人の身体、自由若しくは名誉を侵害した場合又は他人の財産権を侵害した場合のいずれであるかを問わず、前条の規定により損害賠償の責任を負う者は、財産以外の損害に対しても、その賠償をしなければならない。
(責任能力)
第七百十二条 未成年者は、他人に損害を加えた場合において、自己の行為の責任を弁識するに足りる知能を備えていなかったときは、その行為について賠償の責任を負わない。
(責任無能力者の監督義務者等の責任)
第七百十四条 前二条の規定により責任無能力者がその責任を負わない場合において、その責任無能力者を監督する法定の義務を負う者は、その責任無能力者が第三者に加えた損害を賠償する責任を負う。ただし、監督義務者がその義務を怠らなかったとき、又はその義務を怠らなくても損害が生ずべきであったときは、この限りでない。
2 監督義務者に代わって責任無能力者を監督する者も、前項の責任を負う。
質問:私には,夫,大学4年生(22歳)の長男,私立高校2年生(17歳)の長女,小学6年生(12歳)の次女がいます。私は不動産会社に勤務しており,年収300万円ほどあります。私の夫は,大手メーカーに勤務しており,年収は1500万円ほどあります。先般,夫の浮気が発覚し,それを私が問い質したところ,夫は家を出ていってしまいました。私が現在子どもたちと居住しているマンションは3年前に購入したもので,夫と私の共有名義になっていますが,そのローンは夫名義になっています。これまでは,夫から渡される生活費の中から私がローンの支払を続けてきました。夫は,家を出て行ったきり,生活費を渡してくれなかったので,生活費を入れるよう頼んだところ,夫には,これまで私が家事を怠ってきたことや私の過去の異性関係を理由にそれを拒まれてしまいました。
私としては,現段階では夫と離婚することは考えておりませんが,夫には何としても生活費を支払ってほしいと思っています。私が保有している預貯金の中だけからは長男の学費を支払うことはできませんので,父親である夫に長男の学費を負担してほしいと思っています。また,子どもたちの環境を変えることは避けたいので,これまでどおり夫にローン分も含めて生活費を入れてもらい,現在のマンションに引き続き居住したいと思っています。私は夫に対し,どれくらいの生活費を請求できますか。
↓
回答:
1.長男は成人ですが,大学生で生活能力がないですし,夫が了解のうえ入学していますので,両親の学歴等経歴にもよりますが生活費,学費を婚姻費用として基本的に請求可能でしょう。
2.家事を怠っていたこと,過去の異性関係を理由に婚姻費用の支払いを拒否することはできませんし,別居を理由に支払いを拒めません。
3.夫名義の銀行ローンは,夫独自の負債ですから,妻の生活費に含まれないので婚姻費用(生活費)の一部として請求はできません。唯,夫のローン支払いにより居住費がかからないので,居住費相当分は婚姻費用から控除されることになるでしょう。
4.法律相談事例集キーワード検索684番,981番,18番参照。その他,具体的計算は事務所ホームページ「婚姻費用分担請求について(最終改訂平成16年5月31日)」,参照してください。
解説:
1.婚姻費用分担義務(民法760条)について
婚姻費用は,夫婦と未成熟子を中心とする婚姻家族が,その財産,収入,社会的地位に応じて通常の生活を保持するために必要な費用をいい,その内容は,当該配偶者自身の生活費と未成熟子の養育費を中心として構成されます。夫婦は,互いに協力し扶助しなければなりません(民法752条)が,これは夫婦が別居した場合でも同様で,別居後も互いに婚姻費用分担義務を免れるわけではなく,義務者は自己の生活を保持するのと同程度の生活を権利者に保持させる義務(生活保持義務といわれています。)を負っています。婚姻の本質は,精神的,肉体的,経済的に一体となって家庭共同生活を支えあい,互いの個人の尊厳を充実させ高めあうことにありますから当然の義務といえるでしょう。法的には私有財産制(憲法29条)により,夫婦でも財産関係では基本的に各々独自の財産所有が認められる夫婦別産制(民法762条)が取られていますので,夫に対して妻が婚姻関係を根拠に権利として婚姻費用を請求するということになります。
もっとも,義務の内容については,民法760条は「夫婦は,その資産,収入その他一切の事情を考慮して,婚姻から生ずる費用を分担する。」と規定するのみであって,具体的な義務内容については家庭裁判所の合理的裁量に委ねられています。最近では,東京・大阪養育費等研究会の提案にかかる養育費・婚姻費用の算定方式及び算定表(以下「標準算定方式及び標準算定表」といいます。)が実務上定着したことにより,算定の簡易迅速化が図られていますが,なお当事者の収入認定等,判断に当たって個別の検討が必要な事例も少なくありません。
本件においては,あなたが3人の子と同居し,あなたの夫が単身で生活しており,夫の基礎収入の方があなたの基礎収入よりも大きいので,あなたには夫に対し婚姻費用の分担を請求する権利があります。
2.本件における問題点
まず,本件において問題となる点は次のとおりです。
(1)長男は22歳で成人であるが,養育費が発生するのか。発生するとして大学の授業料も養育費として負担させられるのか。
(2)婚姻費用の算定にあたり,別居の理由は考慮されるのか。
(3)婚姻費用から住宅ローン支払額は控除されるのか。
それでは,問題点を個別に検討していきましょう。
3.(1)長男についても養育費は発生するのか
養育費とは,未成熟子が社会人として独立自活ができるまでに必要とされる費用をいいます。養育費支払義務の終期については,一般的には未成熟子が成年に達したときとする扱いが多くなっていますが,未成熟子がその家庭の生活レベルに相応した自立した社会人として成長するために必要な費用の多くが養育費に含まれますので,父母の学歴,生活レベルなどから,子に大学教育などの高等教育を受けさせることが親の生活水準と同等の生活水準を維持させるために必要といえる場合には,子が大学を卒業するまでは社会的に独立していない未成熟子とされ,成年以後に必要な授業料なども教育費として請求しうるとされています。また,既に成年に達し,現在医科大学に在学中の長男の学費について,進学に関して夫の了承を得ておりかつ夫の資力に照らしその就学が当然と認められる場合には養育費に含まれるとした裁判例もあります(大阪家決昭和47年12月13日)。
従って,現在大学に在学中の御長男の学費については,進学に関して夫の了承を得ており,あなたやその夫の学歴や生活レベルなどと照らして大学教育を受けさせることが親の生活水準と同等の生活水準を維持させるために必要といえる場合には,その学費は養育費に含まれるといえます。また,この場合,大学へ通学している以上自己の資産又は労力で生活をすることができる能力がないので,日常の生活費等についても養育費に含まれるといえます。
4.(2)婚姻費用の算定にあたり,別居の理由は考慮されるのか
義務者に別居ないし婚姻破綻の主たる責任がある場合には,自己と同程度の生活を保持するに足る婚姻費用分担義務を認める一方,権利者が自ら不貞をして家を出た場合のように,別居に至った原因が専ら又は主として権利者のみに存する場合には,分担額は権利者が現に監護している未成熟子の養育費相当分に限られ,権利者の分については分担義務がないと扱われているのが大勢のようです。その際には,別居に至った経緯,破綻の原因,回復への努力など,その有責性の度合,資産,収入,職業能力などが考慮され,これらの諸般の事情を総合考慮の上,分担額が決定されます。
従って,あなたの過去の異性関係に関する事情が別居理由に影響を与えているのであれば,婚姻費用の算定の際に考慮されてしまうことになります。しかし,過去の異性関係が別居に影響を与えているとは通常考えられませんから,特別な事情がある場合を除いては婚姻費用の減額される事情とは言えないでしょう。
5.(3)婚姻費用から住宅ローンは控除されるのか
標準的な住居関係費については,当然に婚姻費用に含まれ,標準算定方式及び標準算定表においては,特別経費として既に考慮されています。しかしながら,実際の住宅ローンの支払額は,標準算定表において考慮されている標準的な住居関係費と比較して高額であることが多いため,義務者の負担が過大となる場合もあります。また,義務者が自宅を出て別居又は離婚をした後も,権利者の居住する自宅の住宅ローンを支払っている場合には,権利者は自らの住居関係費の負担を免れる一方,義務者は自らの住居関係費とともに権利者世帯の住居関係費を二重に支払っていることになってしまいます。権利者が自宅での居住を希望しているために,義務者が高額の住宅ローンの負担を余儀なくされている場合もあります。
このような場合には,婚姻費用の算定にあたって住宅ローンを考慮しますが,住宅ローン支払額全額が控除されることは通常はありません。なぜなら,住宅ローンの支払には,義務者の資産を形成するという側面もありますので,算定表による算定結果から住宅ローンの支払額全額を控除することは,生活保持義務よりも資産形成を優先させる結果にもなってしまいますので,妥当ではないからです。具体的な控除額は,個々のケースによって様々です。
ご質問では,住宅ローンを含めて婚姻費用を定めて欲しいということですが,住宅ローンは債務の名義人である夫が支払うべきもので,これを婚姻費用に含めて妻が支払うようにすることは,話し合い(調停)であれば可能でしょうが,審判となった場合はそのような扱いはできないでしょう。審判であればあくまでローン会社に対する支払義務者は夫ですのでそれは婚姻費用とは別に扱われることになります。
6.それでは,あなたは夫に対し,具体的にどれほどの金額を分担するよう請求することができるのでしょうか。
上記標準算定方式及び標準算定表によれば,御長男も養育費分担の対象となる子に含めると月額30万〜32万となりますので,この金額から,大学生となっている子供の学費を加算し,また住宅ローン支払額の一定割合を控除(住宅ローンは夫が生活費とは別に支払う)した金額が,あなたが夫に対し分担を請求することができることになります。
請求の方法ですが,夫との間で話し合いができないのであれば,家庭裁判所へ調停を申立てる方法があります。詳しくはお近くの弁護士に相談するとよいでしょう。
<参照条文>
民法
(同居,協力及び扶助の義務)
752条 夫婦は同居し,互いに協力し扶助しなければならない。
(婚姻費用の分担)
760条 夫婦は,その資産,収入その他一切の事情を考慮して,婚姻から生ずる費用を分担する。
(夫婦間における財産の帰属)
762条 夫婦の一方が婚姻前から有する財産及び婚姻中自己の名で得た財産は、その特有財産(夫婦の一方が単独で有する財産をいう。)とする。
2 夫婦のいずれに属するか明らかでない財産は、その共有に属するものと推定する。
質問:某県で個人病院を経営している医師ですが,先日,スピード違反(90kmオーバー)で捕まってしまいました。前科はありません。どのような刑事処分が予想されますか。また,医師免許はどうなるのでしょうか。
↓
回答:刑事処分としては,罰金では済まずに公判請求され,執行猶予つきの懲役刑となる可能性が高いでしょう。刑が確定した後,医道審議会の審査を経て行政処分が決定されますが,医師免許取消しには至らないと思われます。戒告の処分となる可能性が高いと予想されますが,場合によっては短期間の医業停止もありえます。逆に,極めて良い事情がある場合,不処分(厳重注意のみ)となる可能性もあります。
解説:
1.(スピード違反の刑事罰)
いわゆるスピード違反は,道路交通法22条(最高速度)に違反し,同法118条1項1号により「6か月以下の懲役または10万円以下の罰金」という刑罰が定められた犯罪です。軽微なスピード違反(30km未満のスピード違反)の場合,反則金を納めるだけで済み,裁判所にも検察庁にも行くことがないので,犯罪と無関係なように感じられますが,これは反則金納付制度(同法125条〜132条)により,30km未満のスピード違反については,反則金を納めた場合には起訴しない(同法130条)という特例措置がとられているためにすぎず,犯罪であることには変わりありません(起訴されないので前科にはなりません)。30km以上のスピード違反は,この特例措置の対象にならないので,原則に戻り,刑事手続にのっとって処理されることになります(いわゆる赤切符)。刑事手続の中でも,略式裁判という一種の特例があり,罰金相当の事件について公判を開くことを省略し,書類審査のみで罰金の判決を言い渡すことができることになっており(刑事訴訟法461条〜470条),交通事犯では頻繁に活用されています。検察官が事件について罰金相当と判断すれば,被疑者の同意を得た上で,裁判所に略式裁判を求める略式起訴をすることになります。
スピード違反の場合,罰金相当かどうかはスピード違反の程度,前科の有無,反省の態度等の諸事情に基づく総合判断となります。前科がない場合,おおむね超過速度70km〜80km前後が略式裁判(罰金)か通常裁判かの境目と言われています。検察官が罰金相当ではないと判断して通常裁判を選択しても,最終的に刑を決めるのは裁判所なので,罰金刑となる可能性はゼロではありません。
しかし,検察官もある程度の量刑相場感覚に従って判断している以上,懲役刑を免れる可能性は高くはないでしょう。懲役刑が言い渡される場合,裁判所は情状により執行猶予を付すことができます(刑法25条)。執行猶予とは,1年ないし5年の間で決定される執行猶予期間の間何事もなく過ごせば,刑の言い渡しは効力を失って懲役刑を受けなくてもよくなるという制度です。執行猶予を付けるかどうかも,スピード違反の程度,前科の有無,反省の態度等の諸事情からの総合判断となりますが,前科がない初犯の場合に執行猶予なしの懲役刑(実刑)が言い渡されることはほとんどないと思われます。結論として,ご相談の事例では,執行猶予付きの懲役刑が言い渡される可能性が高いといえます。
2.(医師免許の取消し)
医師免許(歯科医師免許も同様。以下,医師に関する記述は歯科医師にも当てはまります。)の取消処分が行われる場合とは,@医師が成年被後見人または被保佐人となった場合(医師法7条1項,3条)または,A医師が視覚障害者,聴覚障害者,麻薬中毒者等になった場合,罰金以上の刑に処せられた場合,医事に関して犯罪ないし不正行為をした場合,あるいは医師としての品位を損なう行為をした場合であって,かつ,厚生労働大臣の裁量により免許取消しが相当と判断された場合です(同法7条2項,4条,同法施行規則1条)。@の場合は絶対に免許取消しになるのに対して,Aの場合は「戒告」「3年以内の医業停止」「免許の取消し」のいずれかの処分を行うことができるとされているにとどまるので,免許取消しを選択するかどうかについては,厚生労働大臣の裁量判断が加わることになるわけです。スピード違反で執行猶予付き懲役刑の言い渡しを受けた場合,「罰金以上の刑に処せられた」ことになるので,Aに該当し,行政処分の対象になりえます。この場合にどのような処分が予想されるのかという見通しが気になりますが,行政裁量の問題になるため,明確な基準は把握できません。ただ,厚生労働大臣がこれらの行政処分をするためには,あらかじめ医道審議会の意見を聴かなければならないとされており(同法7条4項),実際には医道審議会の意見が処分の内容を決定づけるという関係にあります。
3.(平成14年に発表したガイドライン)
そして,医道審議会が平成14年に発表したガイドライン(http://www.shinginza.com/idoushin3.htm)が存在するので,これを参考にしてある程度の見通しを得ることができます。このガイドラインによれば,処分内容の決定に当たっては,裁判所の判決で考慮された内容を基本的に参考にしながら,医師に求められる倫理に反した行為については特に厳しい処分をする,という基本方針がとられています。交通事犯については,医業との直接の関連性がないため,基本的には戒告等の扱いとするが,救護義務違反等の悪質な事情があり,医師としての倫理に欠けると判断される場合には重めの処分とするという考え方も記載されています。これに照らして検討するに,人身被害の発生していない単純なスピード違反の事例では,最も重い免許取消しの処分が選択されることはほとんどないと考えられます。ただし,だからといって必ずしも戒告に留まるとは言い切れません。スピード違反の程度,前科の有無,反省の態度その他の事情によっては,短期間の医業停止となってしまうこともありえます。なお,戒告や医業停止の処分を受けた医師は再教育研修(医師法7条の2)の対象となります。
4.(不処分となる可能性について)
医師が罰金以上の刑に処せられるなどして医師法7条2項による行政処分の対象となりうる場合でも,行政処分はあくまでも「することができる。」と定められているにすぎず,必ず戒告・医業停止・免許取消しのいずれかをしなければならないというわけではありません。したがって,罰金以上の刑に処せられたことが認められても,処分をしないということが法律上可能であり,実際にも,割合として必ずしも多くはないものの,処分をしない場合を認める運用が行われています。
参考までに,厚生労働省のホームページで公開されている平成21年2月23日の医道審議会医道分科会議事要旨を見ると,行政処分の対象者として厚生労働大臣から医道審議会に諮問された医師・歯科医師合計61名のうち,戒告・医業停止・免許取消しのいずれかの処分が決定されたのが47名とあり,残りの14名については不処分とされたことがわかります。医道審議会の意見は,医師法及び行政手続法の規定に基づいて開催される「聴聞」ないし「弁明の聴取」という手続きにおいて当事者や代理人の言い分を聞いた上で決定されるのですが,たとえば一たび「医業停止相当」または「戒告相当」と判断されて弁明の聴取手続が開始されても,そこで言い分を聞いた結果,不処分とされる場合があります。弁明の聴取の通知を受けても諦めずに,刑事裁判の判決内容とその後の良い事情を精査して臨み,効率良く言い分を主張することが肝要です。不処分となった医師に対しては,再教育研修もありません。運用上は,行政指導としての厳重注意がなされているようです。
5.(平成18年医師法改正について、再教育研修制度)
余談になりますが,平成18年に医師の行政処分に関する比較的大型の制度改革があり,上述の平成14年ガイドラインの読み方にも影響してきていますので,簡単に解説します。改正前,医師法7条2項による行政処分の種類は「医業停止」または「免許取消」の2種類のみで,再教育研修の制度はありませんでした。そこへ,医師に対する国民の信頼確保等の問題意識から,行政処分を受けた医師に対する再教育研修制度の創設が提言されました。これに伴い,従来は医業停止にしていたケースでも,戒告と再教育研修で十分だという場合が出てくると考えられ,逆に,従来は戒告で済ませていたケースの中にも再教育研修を受けさせるのが妥当なものがあると考えられました。つまり,再教育研修制度を活用するための処分類型の柔軟化が望まれ,これを受けて,医業停止にまでは至らないが再教育研修を受けさせることができるという第三の処分類型として「戒告」が創設されることになったのです。改正法施行前(平成19年3月31日まで)の「戒告」は実は行政指導の一種だったのに対し,施行後(平成19年4月1日以降)の「戒告」は行政処分の一種であり,それまでの「戒告」は「厳重注意」と呼び替えて区別するようになりました。
ところで,そうだとすると平成14年のガイドラインにおいて,交通事犯は原則として戒告の取り扱いとする旨記載されているのは,原則不処分を意味するので,現行法の下でも同様に考えるべきではないかという疑問が生じます。しかし,上述の改正の経緯からわかるように,改正法は従来の戒告を単純に行政処分に格上げしたというものではなく,従来の戒告の一部と医業停止の一部を取り込む新しい処分類型としての「戒告」を創設したものであるため,従来戒告とされていたケースは現行法の下では不処分に相当するとはいえないのです。むしろ,再教育研修を伴う戒告は積極的に活用されているのが現状なので,従来は不処分(行政指導としての戒告)が原則だった交通事犯においても,現行法の下では戒告の処分となる方が多く,再教育研修すら必要ないと判断されるほどの極めて良い事情があるケースについて,不処分(厳重注意)とされることになると考えられます。
6.(貴方の場合の行政処分)
公判請求がされ執行猶予付きでも懲役刑が言い渡された場合は,基本的に医業停止が予想されます。過去の処分例を見ると罰金の場合は戒告の可能性があり,ただ、職業倫理上公序良俗に反する色彩が強いもの、破廉恥的性格を有する犯罪においては、医業停止処分されているようです。例えば、公然わいせつ(刑法147条)、各都道府県の迷惑防止条例違反、盗撮等です。従って、本件で懲役刑が選択された場合、スピード違反は医師の倫理,業務と無関係な為戒告となる可能性がありますが,短期の医業停止も予想されますから注意が必要です。
7.(医道審議会を想定した起訴前の刑事弁護の必要性)
医師の場合,刑事事件をおこしたときから医道審議会処分を想定して刑事弁護手続きを行うことが求められます。前例でいえば、迷惑防止条例違反であるから非公開の略式手続きで罰金を支払えばよいなど安易な考え方は出来ません。一般人であればそれで事件は終結しますが、医師資格がある方は、医業停止、戒告処分(新聞発表がありますし,再教育研修があります。)がひかえているからです。具体的には,被害者がいる犯罪(個人法益に関する罪)においては,なんとしても被害弁償,告訴,被害届取消を行い検察官に対して不起訴処分を求めることになります。道交法違反のように社会全体の利益(社会的法益)が保護されているようであれば,贖罪寄付を積極的に行い公判請求(求刑が懲役刑選択となる。)を阻止しなければいけませんし,少なくても罰金の略式手続きに止めておく必要がありますし、罰金の額を最小限度にしなくてはいけません。勿論、公判請求となり,懲役刑が求刑されても求刑,執行猶予期間を短縮するあらゆる努力が必要です。医道審議会の処分の予想を述べ、捜査機関,担当刑事,検察官と繰り返し交渉することが肝要です。これを怠ると医道審議会で予想外の厳しい処分を受けることがあります。医道審議会では,犯罪の動機,内容について問い合わせがありますから、安易な供述調書作成にも応じることが出来ません。専門家との事前の協議が必要でしょう。
8.(医道審議会に対する対応)
まず,厚生労働省から指示された都道府県の医務対策課から医師(対象者)に対して事案報告の問い合わせがあります。通常1ヶ月程度の期間以内に対象者は送付されてきた文書に回答します。弁護士に代理人を依頼した場合等,調査の為必要性があれば提出期間を伸長することも可能です。
9.(弁明聴取における対応)
@刑事手続きに提出した対象者に有利な証拠を整理提出します。基本的に、起訴状、判決書しか医道審議会では検討しませんから、積極的に有利なすべての証拠の提出が必要です。
A刑事手続きで充分主張できなかった事情,事実を自由に書面にて提出する必要があります。例えば、言い訳をすると事件に対する反省がないと見られることを考慮して,刑事弁護人が積極的に主張しなかった事情等は,弁明聴取の期日に自由に、詳細に書面化して、かつ口頭でも主張しなければいけません。その際,刑事事件で採用された証拠で対象者に有利なもの,刑事裁判で提出しなかった有利なもの,刑事裁判終了後に新たに生じたもの全てを再構成して提出します。例えば,刑事裁判後の被害者との示談書(再示談書),嘆願書,贖罪寄付書等です。
B過去の処分対象者を具体的,詳細に調査して過去の処分内容、処分結果,事情を分析,自らの事案について医道審議会,都道府県の担当課、担当者に対し説明する必要があります。憲法14条,法の下の平等は、法律解釈、適用の平等を意味し,行政処分結果の平等も当然含まれることになります。そのためには,過去の処分結果,内容の調査、比較は必要不可欠です。
C行政処分に関する平等原則について最高裁判所昭和63年7月1日判決によれば,「歯科医師法7条2項の処分の選択は,…同法25条の規定に基づき設置された医道審議会の意見を聴く前提のもとで,医師免許の免許権者である厚生大臣の合理的な裁量にゆだねられているものと解するのが相当である。それ故,厚生大臣がその裁量権の行使として行った医業の停止を命ずる旨の処分は,それが社会観念上著しく妥当を欠いて裁量権を付与した目的を逸脱し,これを濫用したと認められる場合でない限り,その裁量権の範囲内にあるものとして,違法とならない」とされています。上記最判の示すところによれば,厚生労働大臣の裁量も無限定のものではなく,裁量権の逸脱・濫用と認められる場合には違法性が認められることになります。すなわち,行政処分の一般原則として憲法14条から導かれる比較公平,平等取扱いの大原則からすれば,裁量処分といえども,他の事案と比較して不平等であると認められる場合には,裁量を逸脱・濫用した違法な処分と評価されることになります。従って,医師資格に関する行政処分においては,単に刑事処分を行った裁判所の意見にいたずらに拘束されることなく具体例行政処分を行うに当たっては比較平等,公平の大原則(憲法14条)の趣旨から,過去の処分例を詳細に検討し,事案の動機,(歯科)医師としての実績,地域への貢献等を総合的に精査し,あくまでも医師資格の制限は本当に必要かという観点から都道府県医務課,医道審議会に対し判断を求めることになります。都道府県医務課の弁明聴取の担当者は,当該事件について処分に関する具体的意見書(又は,意見を付した報告書)を添付することになりますので(医師法7条8項,10項,15項参照),単なる形式上の意見聴取とは異なります。従って,直接本人,代理人が直接担当者に対して書面だけでなく口頭でもわかりやすく説明することが必要となります。
D尚,医師免許についての行政処分については以下のような判断基準が考えられます。A犯罪行為が医療行為に付随したものか,医師の知識,立場を利用したものかどうか。B法定刑の程度。C被害者との事案の成立。D前科及び余罪及び常習性の有無。E矯正可能性(原因となったストレス等が明確かどうか)。F刑事処分確定後の特別事情,反省状況,社会奉仕活動,僻地医療活動。以上の点を意識して主張を整理することになります。
10.(刑事裁判と異なる主張が行政処分手続きにおいて可能か)
結論から言えば,行政処分手続きでは主張も、証拠も自由に行うことが可能であり必要です。その理由ですが,@刑事訴訟手続きは被告人の生命,身体の自由、財産を強制的に奪うことを目的として行うもので,検察官が裁判の対象として主張する犯罪事実(訴因)の存否を厳格な手続きにより判断するものです。従って,迅速な裁判が要請されるので証拠の収集も時間的制約がありますし,互いの証拠主張も刑事手続き上の制約(伝聞証拠禁止等)があります。裁判所の判断(判決等)は,刑事訴訟手続きにおいて主張された証拠に基づく認定であり、当事者主義の原則の趣旨からも刑事裁判上でしか効力、拘束力がありません。一方、行政処分は,行政庁が,法令に基づき公権力の行使として国民に対して具体的規律を行う法的行為をいいますが,その目的は司法、立法を除いた公権力の行使、サービスであり三権分立の大原則の趣旨から行政の独自の主体性、判断権をもつことから当然に、刑事裁判(判決)の効力、拘束力が,刑事裁判後の被告人に対する行政処分行為(行政行為)にまで及びません。A行政処分手続きは,主張,証拠提出の制限も基本的にありませんから本人は独自の判断で行うことが可能です。医師法も弁明,聴取手続きにおいて主張、証拠提出の制限を規定していません(同法7条14項)。B勿論、刑事裁判の判断に行政処分が拘束されるという規定はありません。行政機関は、独自の調査で刑事裁判の証拠、刑事裁判終了後の証拠を自由に判断することが出来るわけです。C医師法7条は,厚生労働大臣が,行政手続法を一部準用し医業行政の長として医師資格の処分に関し,独自の権限に基づき判断資料を収集し,本人,代理人に主張,証拠等資料提供を求め自らの自主的判断により決定することができる旨を規定しているのは理論的に当然の帰結と考えることができます。事例集947番参照。
《参考条文》
道路交通法22条1項 車両は,道路標識等によりその最高速度が指定されている道路においてはその最高速度を,その他の道路においては政令で定める最高速度をこえる速度で進行してはならない。
同法118条1項 次の各号のいずれかに該当する者は,6月以下の懲役又は10万円以下の罰金に処する。
1 第22条(最高速度)の規定の違反となるような行為をした者
同法130条 反則者は,当該反則行為についてその者が第127条第1項又は第2項後段の規定により当該反則行為が属する種別に係る反則金の納付の通告を受け,かつ,第128条第1項に規定する期間が経過した後でなければ,当該反則行為に係る事件について,公訴を提起されず,又は家庭裁判所の審判に付されない。ただし,次の各号に掲げる場合においては,この限りでない。
1 第126条第1項各号のいずれかに掲げる場合に該当するため,同項又は同上第4項の規定による告知をしなかったとき。
2 その者が書面の受領を拒んだため,又はその者の居所が明らかでないため,第126条第1項若しくは第4項の規定による告知又は第127条第1項若しくは第2項後段の規定による通告をすることができなかったとき。
刑事訴訟法461条 簡易裁判所は,検察官の請求により,その管轄に属する事件について,公判前,略式命令で,100万円以下の罰金又は科料を科することができる。この場合には,刑の執行猶予をし,没収を科し,その他付随の処分をすることができる。
刑法25条1項 次に掲げる者が3年以下の懲役若しくは禁錮又は50万円以下の罰金の言渡しを受けたときは,情状により,裁判が確定した日から1年以上5年以下の期間,その執行を猶予することができる。
1 前に禁錮以上の刑に処せられたことがない者
2 前に禁錮以上の刑に処せられたことがあっても,その執行を終わった日又はその執行の免除を得た日から5年以内に禁錮以上の刑に処せられたことがない者
医師法(歯科医師法もほぼ同様内容となっている。)
医師法3条 未成年者,成年被後見人又は被保佐人には,免許を与えない。
同法4条 次の各号のいずれかに該当する者には,免許を与えないことがある。
1 心身の障害により医師の業務を適正に行うことができない者として厚生労働省令で定めるもの
2 麻薬,大麻又はあへんの中毒者
3 罰金以上の刑に処せられた者
4 前号に該当する者を除くほか,医事に関し犯罪又は不正の行為のあった者
医師法施行規則1条 医師法(昭和23年法律第201号。以下「法」という。)第4条第1項の厚生労働省令で定めるものは,視覚,聴覚,音声機能若しくは言語機能又は精神の機能の障害により医師の業務を適正に行うに当たって必要な認知,判断及び意思疎通を適切に行うことができない者とする。
第七条 医師が,第三条に該当するときは,厚生労働大臣は,その免許を取り消す。
2 医師が第四条各号のいずれかに該当し,又は医師としての品位を損するような行為のあつたときは,厚生労働大臣は,次に掲げる処分をすることができる。
一 戒告
二 三年以内の医業の停止
三 免許の取消し
3 前二項の規定による取消処分を受けた者(第四条第三号若しくは第四号に該当し,又は医師としての品位を損するような行為のあつた者として前項の規定による取消処分を受けた者にあつては,その処分の日から起算して五年を経過しない者を除く。)であつても,その者がその取消しの理由となつた事項に該当しなくなつたとき,その他その後の事情により再び免許を与えるのが適当であると認められるに至つたときは,再免許を与えることができる。この場合においては,第六条第一項及び第二項の規定を準用する。
4 厚生労働大臣は,前三項に規定する処分をなすに当つては,あらかじめ,医道審議会の意見を聴かなければならない。
5 厚生労働大臣は,第一項又は第二項の規定による免許の取消処分をしようとするときは,都道府県知事に対し,当該処分に係る者に対する意見の聴取を行うことを求め,当該意見の聴取をもつて,厚生労働大臣による聴聞に代えることができる。
6 行政手続法 (平成五年法律第八十八号)第三章第二節 (第二十五条,第二十六条及び第二十八条を除く。)の規定は,都道府県知事が前項の規定により意見の聴取を行う場合について準用する。この場合において,同節 中「聴聞」とあるのは「意見の聴取」と,同法第十五条第一項 中「行政庁」とあるのは「都道府県知事」と,同条第三項 (同法第二十二条第三項 において準用する場合を含む。)中「行政庁は」とあるのは「都道府県知事は」と,「当該行政庁が」とあるのは「当該都道府県知事が」と,「当該行政庁の」とあるのは「当該都道府県の」と,同法第十六条第四項 並びに第十八条第一項 及び第三項 中「行政庁」とあるのは「都道府県知事」と,同法第十九条第一項 中「行政庁が指名する職員その他政令で定める者」とあるのは「都道府県知事が指名する職員」と,同法第二十条第一項 ,第二項及び第四項中「行政庁」とあるのは「都道府県」と,同条第六項 ,同法第二十四条第三項 及び第二十七条第一項 中「行政庁」とあるのは「都道府県知事」と読み替えるものとする。
7 厚生労働大臣は,都道府県知事から当該処分の原因となる事実を証する書類その他意見の聴取を行う上で必要となる書類を求められた場合には,速やかにそれらを当該都道府県知事あて送付しなければならない。
8 都道府県知事は,第五項の規定により意見の聴取を行う場合において,第六項において読み替えて準用する行政手続法第二十四条第三項 の規定により同条第一項 の調書及び同条第三項 の報告書の提出を受けたときは,これらを保存するとともに,当該処分の決定についての意見を記載した意見書を作成し,当該調書及び報告書の写しを添えて厚生労働大臣に提出しなければならない。
9 厚生労働大臣は,意見の聴取の終結後に生じた事情にかんがみ必要があると認めるときは,都道府県知事に対し,前項の規定により提出された意見書を返戻して主宰者に意見の聴取の再開を命ずるよう求めることができる。行政手続法第二十二条第二項 本文及び第三項 の規定は,この場合について準用する。
10 厚生労働大臣は,当該処分の決定をするときは,第八項の規定により提出された意見書並びに調書及び報告書の写しの内容を十分参酌してこれをしなければならない。
11 厚生労働大臣は,第二項の規定による医業の停止の命令をしようとするときは,都道府県知事に対し,当該処分に係る者に対する弁明の聴取を行うことを求め,当該弁明の聴取をもつて,厚生労働大臣による弁明の機会の付与に代えることができる。
12 前項の規定により弁明の聴取を行う場合において,都道府県知事は,弁明の聴取を行うべき日時までに相当な期間をおいて,当該処分に係る者に対し,次に掲げる事項を書面により通知しなければならない。
一 第二項の規定を根拠として当該処分をしようとする旨及びその内容
二 当該処分の原因となる事実
三 弁明の聴取の日時及び場所
13 厚生労働大臣は,第十一項に規定する場合のほか,厚生労働大臣による弁明の機会の付与に代えて,医道審議会の委員に,当該処分に係る者に対する弁明の聴取を行わせることができる。この場合においては,前項中「前項」とあるのは「次項」と,「都道府県知事」とあるのは「厚生労働大臣」と読み替えて,同項の規定を適用する。
14 第十二項(前項後段の規定により読み替えて適用する場合を含む。)の通知を受けた者は,代理人を出頭させ,かつ,証拠書類又は証拠物を提出することができる。
15 都道府県知事又は医道審議会の委員は,第十一項又は第十三項前段の規定により弁明の聴取を行つたときは,聴取書を作り,これを保存するとともに,当該処分の決定についての意見を記載した報告書を作成し,厚生労働大臣に提出しなければならない。
16 厚生労働大臣は,第五項又は第十一項の規定により都道府県知事が意見の聴取又は弁明の聴取を行う場合においては,都道府県知事に対し,あらかじめ,次に掲げる事項を通知しなければならない。
一 当該処分に係る者の氏名及び住所
二 当該処分の内容及び根拠となる条項
三 当該処分の原因となる事実
17 第五項の規定により意見の聴取を行う場合における第六項において読み替えて準用する行政手続法第十五条第一項 の通知又は第十一項 の規定により弁明の聴取を行う場合における第十二項 の通知は,それぞれ,前項の規定により通知された内容に基づいたものでなければならない。
18 第五項若しくは第十一項の規定により都道府県知事が意見の聴取若しくは弁明の聴取を行う場合又は第十三項前段の規定により医道審議会の委員が弁明の聴取を行う場合における当該処分については,行政手続法第三章 (第十二条及び第十四条を除く。)の規定は,適用しない。
同法7条の2第1項 厚生労働大臣は,前条第2項第1号若しくは第2項に掲げる処分を受けた医師又は同上第3項の規定により再免許を受けようとする者に対し,医師としての倫理の保持又は医師として具有すべき知識及び技能に関する研修として厚生労働省令で定めるもの(以下「再教育研修」という。)を受けるよう命ずることができる。
質問:私は借家住まいなのですが,先日,裁判所から,大家さんが破産手続開始の決定を受けたとの封書が届きました。私は,今後も,ここに住み続けることができるのでしょうか。また,賃貸借契約を結んだ際,大家さんに敷金を差し入れているのですが,仮に退去することになった場合,この敷金は返してもらえるのでしょうか。
↓
回答:あなたは,きちんと家賃を支払い続ける等賃借人としての義務を果たす限り,今の場所に住み続けることができます。敷金が返ってくる可能性はかなり低く,仮に返ってきたとしても,わずかな額でしょう。もっとも,あなたは,破産管財人に対し,今後支払う賃料を敷金額の限度で大家さんの他の財産と分けて保管するよう請求することができ,のちに退去する際は,賃料に敷金を充当して,賃料として支払われた金銭の返還を優先的に受けることができます。
解説:
1.(賃貸借契約は存続するか,一般論と問題点について)
賃貸人について破産手続開始決定があった場合,賃貸人の財産である建物は破産財団(破産法43条1項)と呼ばれ,債権者に配当するため,その破産した賃貸人に代わって破産管財人(破産法2条12項。以下「管財人」といいます。)が管理することになります(破産法79条)。管財人は財産を処分して債権者に配当するわけですから処分の間までの期間,管財人が賃貸人となると考えて良いでしょう。そこで,まず管財人が破産を理由に賃貸借契約を解除できるかが問題となります。破産法は破産手続開始時点の破産者の財産を債権者に平等に分配する手続きとすると(破産法1条),すべての契約関係を終了させて清算する必要があり,賃貸借契約も一度終了させるため解除ができるとも考えられるからです。なお,解除できないとすると破産管財人は賃借人のついた状態で建物を売却(任意売却や競売)しますので,賃貸借契約はその建物を買った人との間で継続することになります。また,破産する場合ですから建物に抵当権等の担保権が付いていることも予想されます。その場合は,担保権者との関係で建物購入した人との間で賃貸借契約が継続できるかという問題になります(特に競売の場合問題が出てきます)。これらの点については別に詳しく説明がありますので本稿では説明を省略します。法律相談事例集キーワード検索822番を参照してください。
2.(賃借人が対抗要件を備えていれば,賃借権を管財人に主張できます。平成16年改正破産法56条1項の趣旨)
管財人は,賃借人がいわゆる対抗要件(賃借権の登記,引渡し等)を備えている場合,賃貸借契約を一方的に解除することはできず(破産法56条1項),賃借人は継続的に使用・収益することができることができますし,賃借人の債権は財団債権となります(同条2項,財団債権につき2条7項)。例えば,賃借人の賃借物の使用収益権,賃借物の必要費,有益費,修繕請求権です(民法608条,606条)。この規定の趣旨は,以下のとおりです。すなわち,管財人は双務未履行の契約において解除か契約の履行かの選択権を有する(破産法53条1項)ところ,旧破産法(平成16年改正前)ではこの規定に該当する規定(旧破産法59条)のみが存在した(前記現破産法56条に該当する規定は存在しなかった)ため,この規定が賃貸借契約にも適用されるか否か明らかではありませんでした。この点,現破産法では,賃借人の保護という観点から(同法53条が賃貸借契約にも適用されると,賃借人は賃貸人の都合によって契約を解除されるという事態が生じます。),同法56条を新設して,対抗要件具備を条件に同法53条の適用を排除することとしたのです。破産法の理想,目的は破産法1条が規定するように破産者の経済的再起更生を果たし,平等な自由主義競争を確保し公正な経済社会秩序を維持することにあり,そのためには,破産者の財産(破産財団)の適正,公平な分配,迅速で低廉な手続きの遂行が要請されます。従って,破産財団の充実,迅速な処分のみ考えれば,破産債権者のために賃貸借契約を解除し賃借物を処分しやすくすべきですが,特に不動産賃借権は社会生活の基礎であり,賃借人保護の思想は借地借家法の存在を説明するまでもなく,賃貸人破産の場合でも同様に保護されなければならず,公正な経済社会秩序の維持の理想にも合致するものと考えられます。
理論的には,破産者と破産財団の関係から当然の結論ということができます。破産財団(新破産法2条14項)は破産者が宣告時に有していた財産を管財人が管理しているだけなのですが,解釈上独立した法主体(又は破産管財人を法主体と考える学説もありますが,いずれにしろ破産者から独立した第三者が存在します。)と考えられますので,賃貸人が目的物を第三者に譲渡した場合と同様になり,破産財団(又は管財人)と賃借人はいわゆる対抗関係の問題となるからです。
3.(本件について)
あなたは「借家住まい」ということで,当然「建物の引渡し」が認められるのでしょうから,対抗要件は備わっています(借地借家法31条1項)。そこで,あなたは,管財人から解除されることはなく,きちんと家賃を支払続ける等賃借人としての義務を果たす限り,このまま住み続けることができます。
4.(敷金返還請求権はどうなるか,一般論について,改正破産法70条後段の内容)
敷金返還請求権は,破産手続開始決定前の敷金契約に基づく債権なので,破産債権となり(破産法2条5号),破産者の破産財団を処分した金員から平等に分配金を受け取ることになります。敷金契約は賃貸借契約とは別の契約として,返還請求権は他の破産手続開始前からの債権者と同様に分配金という形でしか返還を受けられないことになりますから通常敷金は全額戻ってきません。もっとも,賃借人は,管財人に対し,賃料を支払う際に,敷金の額を限度として,賃料支払額の寄託(賃借人のための寄託)を請求することができます(破産法70条後段)。そして,賃借人は,借家の明渡し後,(寄託により法的に未払い状態となっている)賃料に相殺適状になった敷金を充当したうえで,寄託されていた充当分の賃料の返還を財団の不当利得として優先的に受けることができます。寄託を要するのは,その旨の請求がされた後に支払われる賃料となります。以上の様な方法により敷金の相殺期待,担保作用を保護し実質的返還を保証しています。また,寄託の態様としては,管財人が弁済された賃料を破産財団(破産法2条14項)の保管口座とは別口の預金口座に預金するということが考えられます。
5.(破産法70条後段の趣旨)
この規定の趣旨は,以下のとおりです。すなわち,敷金返還請求権は,賃貸借終了後,建物の明渡しがなされた時に,敷金からそれまでに生じた賃料債権その他賃貸借契約により賃貸人が賃借人に対して取得する一切の債権を控除し,なお残額があることを条件として,その残額につき発生する条件付債権であり(最高裁昭和48年2月2日判決,民集27−1−80),賃貸借が継続している間は,敷金を賃料に充当することはできませんから,賃貸人が破産しても本来延滞賃料に充当可能な担保作用を有する敷金を賃借人は利用できません(本来賃借人は賃貸人破産の時こそ敷金の相殺,担保作用を期待していますからその利益が失われることになります。)。他方,賃借人は,敷金の返還が期待できない(前記4)からといって,賃料不払いを続けると,賃貸借契約の解除原因となってしまいます。以上のように,賃借人は,賃貸借を継続したいと思うのであれば,本来であれば延滞賃料に充当可能な敷金の返還が期待できないにもかかわらず,賃料は支払続けなければならなくなるところ,これは賃貸人破産の時のような時こそ敷金による賃料債務との相殺(充当)し担保的作用を期待する権利をもち,生活権の基礎を建物賃借権に依存している賃借人にとって大変酷な状況といえます。
そこで,賃貸人破産における財団と賃借人の公正,公平な手続遂行の趣旨から現破産法は,同法70条1項後段を新設して,同条前段の停止条件付き破産債権と同じように(敷金は解釈上停止条件付き債権となっているので後段により条文上適用を明らかにしたものです。)将来明渡しの際の賃料への敷金の充当,及び,充当分の賃料の返還を予定して,賃借人は管財人に対し支払賃料の寄託(管財人の寄託により賃料債務が依然として残っている形になります。)を請求し得ることとしたのです。期待権を保護する趣旨から寄託を請求できる額は敷金の範囲となります。寄託された賃料は,賃貸借終了による敷金の未払い賃料への充当により,破産財団の不当利得として賃借人が管財人に対して全額返還請求することになります(破産債権ではないので財団債権として全額請求できます。同法148条1項5号。)。
6.(本件について)
以上より,分配金として敷金が返ってくる可能性はかなり低く,仮に返ってきたとしても,わずかな額となります。しかし,敷金が返還されないとはいえ近い将来建物が処分され新しい所有者から明渡等請求される可能性もあることから,転居されることも一つの手段といえるでしょう。もっとも,あなたがこのまま住み続けたいのであれば,管財人に対し,今後支払う賃料を敷金額の限度で大家さんの他の財産と分けて保管(条文上は「寄託」となっています)するよう請求することができ,のちに退去する際は,賃料として支払われた金銭から優先的に返還を受けることができます。破産手続きが終了するまでに要する期間は財団の規模によりことなりますが,短いものでも数カ月はかかるでしょうから,敷金が仮に2カ月分とするのであれば管財人に対して敷金返還請求権があることを説明して支払う家賃の寄託を要求して家賃を支払うのが良いでしょう。このような方法は面倒なので,敷金返還金相当額の家賃については支払わずにその後退去するという方法も考えられます。この場合どうなるかというと,法律上は管財人から未払いの家賃の請求があると,賃借人としては敷金の返還請求権があるからと言って相殺を主張することはできません(破産法67条)。未払い賃料の債務は破産手続き開始時点では生じていないので相殺はできないことになるからです。未払い賃料が少額であれば管財人が請求を放棄することも考えられますが,法律上は請求される可能性は否定できません。
≪参照条文≫
破産法
(目的)
第1条 この法律は,支払不能又は債務超過にある債務者の財産等の清算に関する手続を定めること等により,債権者その他の利害関係人の利害及び債務者と債権者との間の権利関係を適切に調整し,もって債務者の財産等の適正かつ公平な清算を図るとともに,債務者について経済生活の再生の機会の確保を図ることを目的とする。
第2条 この法律において「破産手続」とは,次章以下(第12章を除く。)に定めるところにより,債務者の財産又は相続財産若しくは信託財産を清算する手続をいう。
2 この法律において「破産事件」とは,破産手続に係る事件をいう。
3 この法律において「破産裁判所」とは,破産事件が係属している地方裁判所をいう。4 この法律において「破産者」とは,債務者であって,第30条第1項の規定により破産手続開始の決定がされているものをいう。
5 この法律において「破産債権」とは,破産者に対し破産手続開始前の原因に基づいて生じた財産上の請求権(第97条各号に掲げる債権を含む。)であって,財団債権に該当しないものをいう。
6 この法律において「破産債権者」とは,破産債権を有する債権者をいう。
7 この法律において「財団債権」とは,破産手続によらないで破産財団から随時弁済を受けることができる債権をいう。
8 この法律において「財団債権者」とは,財団債権を有する債権者をいう。
9 この法律において「別除権」とは,破産手続開始の時において破産財団に属する財産につき特別の先取特権,質権又は抵当権を有する者がこれらの権利の目的である財産について第65条第1項の規定により行使することができる権利をいう。
10 この法律において「別除権者」とは,別除権を有する者をいう。
11 この法律において「支払不能」とは,債務者が,支払能力を欠くために,その債務のうち弁済期にあるものにつき,一般的かつ継続的に弁済することができない状態(信託財産の破産にあっては,受託者が,信託財産による支払能力を欠くために,信託財産責任負担債務(信託法(平成18年法律第108号)第2条第9項
に規定する信託財産責任負担債務をいう。以下同じ。)のうち弁済期にあるものにつき,一般的かつ継続的に弁済することができない状態)をいう。
12 この法律において「破産管財人」とは,破産手続において破産財団に属する財産の管理及び処分をする権利を有する者をいう。
13 この法律において「保全管理人」とは,第91条第1項の規定により債務者の財産に関し管理を命じられた者をいう。
14 この法律において「破産財団」とは,破産者の財産又は相続財産若しくは信託財産であって,破産手続において破産管財人にその管理及び処分をする権利が専属するものをいう。
第53条 双務契約について破産者及びその相手方が破産手続開始の時において共にまだその履行を完了していないときは,破産管財人は,契約の解除をし,又は破産者の債務を履行して相手方の債務の履行を請求することができる。
2 前項の場合には,相手方は,破産管財人に対し,相当の期間を定め,その期間内に契約の解除をするか,又は債務の履行を請求するかを確答すべき旨を催告することができる。この場合において,破産管財人がその期間内に確答をしないときは,契約の解除をしたものとみなす。
3 前項の規定は,相手方又は破産管財人が民法第631条前段の規定により解約の申入れをすることができる場合又は同法第642条第1項前段の規定により契約の解除をすることができる場合について準用する。
第56条 第53条第1項及び第2項の規定は,賃借権その他の使用及び収益を目的とする権利を設定する契約について破産者の相手方が当該権利につき登記,登録その他の第三者に対抗することができる要件を備えている場合には,適用しない。
2 前項に規定する場合には,相手方の有する請求権は,財団債権とする。
第70条 停止条件付債権又は将来の請求権を有する者は,破産者に対する債務を弁済する場合には,後に相殺をするため,その債権額の限度において弁済額の寄託を請求することができる。敷金の返還請求権を有する者が破産者に対する賃料債務を弁済する場合も,同様とする。
(財団債権となる請求権)
第148条 次に掲げる請求権は,財団債権とする。
一 破産債権者の共同の利益のためにする裁判上の費用の請求権
二 破産財団の管理,換価及び配当に関する費用の請求権
三 破産手続開始前の原因に基づいて生じた租税等の請求権(第九十七条第五号に掲げる請求権を除く。)であって,破産手続開始当時,まだ納期限の到来していないもの又は納期限から一年(その期間中に包括的禁止命令が発せられたことにより国税滞納処分をすることができない期間がある場合には,当該期間を除く。)を経過していないもの
四 破産財団に関し破産管財人がした行為によって生じた請求権
五 事務管理又は不当利得により破産手続開始後に破産財団に対して生じた請求権
借地借家法
第31条 建物の賃貸借は,その登記がなくても,建物の引渡しがあったときは,その後その建物について物権を取得した者に対し,その効力を生ずる。
2 民法第566条第1項及び第3項の規定は,前項の規定により効力を有する賃貸借の目的である建物が売買の目的物である場合に準用する。
3 民法第533条の規定は,前項の場合に準用する。
民法
(賃貸物の修繕等)
第606条 賃貸人は,賃貸物の使用及び収益に必要な修繕をする義務を負う。
2 賃貸人が賃貸物の保存に必要な行為をしようとするときは,賃借人は,これを拒むことができない。
(賃借人による費用の償還請求)
第608条 賃借人は,賃借物について賃貸人の負担に属する必要費を支出したときは,賃貸人に対し,直ちにその償還を請求することができる。
2 賃借人が賃借物について有益費を支出したときは,賃貸人は,賃貸借の終了の時に,第百九十六条第二項の規定に従い,その償還をしなければならない。ただし,裁判所は,賃貸人の請求により,その償還について相当の期限を許与することができる。
(減収による賃料の減額請求)
質問:私は窃盗罪で懲役1年執行猶予3年に処せられ現在執行猶予中なのですが、スーパーでレジを通らず1000円程度の日用品の万引容疑で警察署に逮捕されました。執行猶予期間はまだ1年2カ月程残っています。どうしたらいいでしょうか。
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回答:
1.貴方は重大な場面に直面しています。弁護人と直ちに協議し対策を立てなければいけません。
2.本件では、弁護人が、直ちに担当警察官に面会して被害者側とは示談するので送検しないように協議することが必要です。
3.検察庁に送検された場合、勾留請求(刑訴207条、208条、60条。刑訴207条により刑訴60条以下の被告人の法廷への出頭、刑の執行確保のための勾留が被疑者の捜査取り調べ確保のために準用されています。裁判所または裁判長と同一の権限を有するという文言は解釈上準用の意味です。)しないように担当検察官と面談し意見書を提出して要請する必要があります。
4.検察官が勾留請求した場合、勾留質問(刑訴61条)で裁判所に勾留却下を求めて裁判官と面接し意見書を提出する必要があります。
5.次に、勾留が認められたら起訴前に何としても示談して不起訴処分(刑訴248条)を要請する必要があります。
6.最終的に、略式手続(刑訴461条)により罰金に処せられた場合、執行猶予の任意的取消を避けるため、異議の申立(刑訴615条)をして罰金の確定を回避して正式裁判を求め控訴、上告手続きを取り勾留期間満了後に、最高裁で判決が確定(刑訴418条、415条、最短で言渡し後10日経過後。)するように手続きして、懲役1年6月の執行猶予の取り消しを回避することが必要になるでしょう。略式手続による罰金ではなく、正式の公判を請求(懲役刑の求刑)された場合も同様です。
7.正式裁判を求め起訴された場合、再度の執行猶予は特別の事情がない限り認められません(刑法25条1項、2項)。1000円の万引きで、示談をしても特別の事情とは認定されないと思われます。特別の事情とは、過失犯、道交法違反事件等の情状等において違法性、責任が少ない軽微な罪を犯した場合に限られるでしょう。
8.但し、裁判期日が重なり控訴審の判決日より前に執行猶予期間が満了していれば、事情により執行猶予が付される可能性が大きいと思います。本件では、逮捕の日時から1年2カ月も執行猶予の期間が残されており、事実上控訴審での執行猶予付き判決は困難です。
9.執行猶予期間内に今回の罪の懲役刑が確定すると、前回の執行猶予は取り消されますので(刑法26条、罰金の場合は任意的取り消しです。刑法26条の2)、今回の懲役刑と併せて刑に服することになります。従って、起訴前の弁護、対策如何が貴方の今後を左右することになります。
解説:
1.(執行猶予期間中に罪を犯した場合の原則)
執行猶予期間中に罪を犯した場合には、執行猶予期間中裁判所は被告人に対して再度の執行猶予を付けることは原則としてできません(刑法25条1項1号、2項)。執行猶予期間中ですから、裁判所が、判決を言い渡す時に執行猶予期間が経過していれば理論上執行猶予付き判決を言い渡すことができるわけです。以上が原則であり、現在、貴方は執行猶予期間中であっても前回禁固以上の刑に処せられたものですから、刑法25条1項1号の「前に禁錮以上の刑に処せられたことがない者」に該当しませんので、再度執行猶予付き判決を言い渡すことができないわけです。25条の文言は難解な点がありますので注意して読んでください。
勿論、裁判所が判決を言い渡す時に、執行猶予の期間が経過していれば、期間経過の効果として当該判決の言い渡しは効力を失い「前に禁錮以上の刑に処せられたことがない者」ということになり、貴方に執行猶予付き判決を言い渡すことができますが、執行猶予期間満了まであと1年2カ月も残っており、第一審は争点がなければ起訴から3か月程度で終了しますので、再度の執行猶予付き判決は期待できません。控訴審も争点がなければ控訴提起後3か月前後で終了しますので、やはり執行猶予の判決はできません。控訴審までが事実上の事実審(理論的には法律審)ですから(上告審は事後審制で法律審ですから控訴審時点での判断となります。)、上告後上告審の裁判が言い渡されるときに執行猶予の期間が経過していても(経過していなければ勿論執行猶予は問題になりません。上告審も争点がなければ3か月程度で裁判が行われます。)、もはやこれを破棄して執行猶予の判決(執行猶予の期間が経過していますので再度の執行猶予の判決とは異なります。)を言い渡すことはできません。
2.(例外としての再度の執行猶予、「特別の酌量すべき事情」とは何か)
以上の原則の例外があります。それは25条2項に規定されています。すなわち、仮に執行猶予期間中であっても、今回の罪で言い渡される刑が懲役(又は禁固)1年以下であり「情状に特に酌量すべきものがあるとき」という条件がそろった時に再度の執行猶予が許されます。
貴方の場合、1000円の窃盗ですから、懲役としては1年以下になる可能性もありますが、「特別の酌量すべき事情」には該当しないと考えられます。「特別の酌量すべき事情」とは犯罪の情状が特別に軽微であり実刑を科する必要性が認められないような場合です。事情すなわち情状は、刑訴248条の記載要件「 犯人の性格、年齢及び境遇、犯罪の軽重及び情状並びに犯罪後の情況」が要素になります。具体的にいえば、違法性、責任が少ない過失犯及びこれと同程度の違法性、責任が軽微な犯罪ということになります。例えば道交法違反等が考えられます。刑法の一般的故意犯には特別な情状は基本的に認定されません。
最初の執行猶予の条件は、条文上「情状により」と規定しているのに対し「特別の」と規定しているところからその情状は最初の執行猶予の時よりさらに要件が厳格になります。執行猶予自体が例外的に刑の執行を猶予するので、その要件はさらに厳しくなるわけです。そもそも執行猶予の趣旨は、刑務所における短期自由刑執行の社会的弊害を回避し、前科というレッテルの付与を回避できるという希望を被告人に持たせることにより(執行猶予期間を経過すると刑の言い渡しが効力を失う。刑法27条。)、また、刑を執行されるかもしれないという警告により、再犯を防止して犯罪者を教育し社会秩序を維持することを目的としています。しかし、執行猶予中にさらに罪を犯したのですから、執行猶予制度の警告は当該犯罪者に対して効果がないことが明らかになったのであり、新たな法社会秩序に対する挑戦とも考えられ、再度の執行猶予は許されないのが当然です。従って、例外の例外は許されず再度の執行猶予には特別の情状が要求されることになります。
3.(判例)東京高裁平成10年4月6日判決(道路交通法違反被告事件)。懲役六月、五年間執行猶予の判決を受けていた酒気帯び運転の常習性を有する被告人が、再度同犯罪を行ったが、第一審は再度の執行猶予認め懲役3月施行猶予5年(保護観察)としたが、東京高裁で破棄され懲役2月の実刑判決となった事案です。被告人は、第一審判決前期日を延期し5カ月間社会奉仕活動(在宅福祉サービス協力会員)を行った点が第一審で評価されたが、常習性があり妥当な判断と考えられる。この判決からいえば、悪質な道交法違反でも再度の執行猶予がつかないことになります。
高裁判決の内容です。「本件の原審審理は、平成九年四月一七日の第一回公判期日で終了し、五月一五日に判決宣告期日が指定されたところ、その直前になって弁護人から、被告人が在宅福祉サービス協力会員の登録申請をしたことを理由として期日変更の申請があり、これに異議がないとの検察官の意見を受けて、原審裁判所は、すでに指定済の判決宣告期日を変更して追って指定とした、そして、約半年後の一〇月一三日に第二回公判期日を開き、そこでその間の活動状況に関する書証の取調べと被告人質問を行い、一一月一〇日の公判期日で論告と弁論を終え、一二月一日に原判決を言い渡したのである。右にいう被告人の社会奉仕活動は、今回、弁護人らの勧めにより贖罪のために始めたものというのであるから、見方によっては一種の公判対策といえなくはない。もとより、そのような動機で始めたものであっても、被告人はその活動を現在もなお続けているから、その点は十分評価できる。しかし、刑の量定は、あくまでも犯罪行為に対する評価を中心としてなされるべきが原則であり、そのことによって各行為者に対する刑罰の公平さもある程度保たれるのである。社会奉仕活動を通じての貢献などの事情は、犯行後の被告人の態度の一つとして考慮されてよいが、その考慮にはおのずから限界があることを忘れてはならない。原審裁判所が右の事情を量刑上取上げたいあまり、通常考えられる審理期間をことさら引き延ばした点は、到底公平妥当な措置とはいえず、是認できない。そうしてみると、被告人のため斟酌できる前述の諸事情を十分考慮しても、本件は、前記のとおり、酒気帯び運転の常習者である被告人が、酒気帯び運転による執行猶予期間中に、またまた同様の酒気帯び運転をしたという事案であり、これを基本として本件全体の情状を直視するときは、到底再度の執行猶予が相当の事案といえないことは明らかで、原判決の量刑は軽きに失し、是正が必要である。論旨は理由がある。」
4.(判例)大阪高裁平8(う)1130号、平成9年5月27日判決(道路交通法違反被告事件)。前科9犯の被告人が懲役一年二月、四年間刑の執行猶予の判決を受け、その猶予期間中に無免許運転を行った事案ですが、第一審は 震災の被災者の訪問などのボランティア活動をしたことによる点を評価して懲役三月二年間保護観察付で刑の執行を猶予した判決を宣告したが大阪高裁は、これを破棄して懲役3月の実刑を科しています。同種前科がありやむを得ない判断でしょう。
5.(判例)東京高裁昭和31年10月30日、窃盗で懲役1年執行猶予3年を受けた被告人が再度、窃盗(4000円相当)を犯したが、被害者は実父の内縁の妻であり、被害者も宥恕しているので再度お執行猶予を認めたものです。親族相盗例(刑法244条、刑の免除。)に実質上該当している特殊事情があり特別な判決です。実父の内縁の妻でなければ再度の執行猶予は困難でしょう。
6.(判例)最高裁判例昭和32年2月6日判決。執行猶予中でも、最初の判決の罪の余罪であり一括して起訴されていれば、執行猶予が付されたような場合は法適用の公平上執行猶予も可能である旨判断しています。この場合は、刑法25条2項の再度お執行猶予の問題ではなく、25条1項「前に禁錮以上の刑に処せられ」という文言を制限的に解釈して余罪の場合は「前に禁錮以上の刑に処せられた」に該当しないと判断しています。以上のように判例上も執行猶予中の犯罪は例外、特別な場合を除き執行猶予は付されないものと考えられます。
7.(逮捕直後の対応)
前述のように、公判請求となり刑事裁判になれば再度の執行猶予はほぼ望みがないように思います。従って、何としても起訴を阻止することが大切です。至急弁護人を依頼して何としても被害届の取り下げ、告訴取り消しの手続きを行うことです。窃盗罪は親告罪(告訴が起訴の条件となっている犯罪)ではありませんが、告訴、被害届がなければ被害者の処罰感情、意思を確認できないし証拠保全が困難なため捜査は継続しないようです。本件の被害者はスーパーですが、経営者と至急協議し手続きを取ることが肝要です。スーパーがチェーン店の場合、店長が本部の決裁を取る必要上、困難性がありますが直接店舗に行き事情を説明し被害額が低額なので店長決済で終了させる交渉が必要です。店長決済でも有効な文書であり問題はないでしょう。
8.(警察署に対する対応)
本件の被害額が1000円ですから、本人、家族の謝罪文、貴方の家族の身元引受書、被害弁償、謝罪金(金額は高額な程有効です。例えば100万円。法治国家において法的償いは金銭賠償以外にありません。)被害者に迷惑をかけたという誓約書等をそろえ、担当捜査官と交渉することが必要です。勿論、時間的に無理な面もありますが、被害届、告訴取り消し、示談書の書類ができればこれも追加します。しかし、執行猶予中ですから捜査機関の立場からすると起訴が視野にあり送検がなされる可能性は大きいと思います。しかし、現実の謝罪、提案は不利益に作用することはありません。捜査機関担当者によっても対応が異なりますので最大限の謝罪が必要です。
9.(検察庁に対する対応)
勾留請求を阻止すべく、基本的に警察署に対する方法と同じになります。必ず前記書類を添付した意見書が必要です。高額な被害弁償(例えば100万円以上)、告訴取り消し、被害届取り消しがあれば考慮してくれるはずです。諦めてはいけません。検察官の裁量は担当者個人により意外と広い場合があります。
10.(勾留質問に対する裁判所に対する対応)
勾留請求されても裁判所に対しては勾留却下を求め書類を添付して意見書を提出します。執行猶予中の犯罪であれば、必ず勾留請求が認められるという決まりは勾留の要件を定める刑訴60条にありません。ここで釈放されれば起訴まで時間がありますので示談に集中することになります。勾留請求が認められた場合、諦めず準抗告も考えましょう。起訴されたら実刑を覚悟しなければいけませんし、執行猶予も取り消され併せて刑の執行を受けることになるからです。
11.(起訴された場合の対応)
執行猶予期間満了まで1年2カ月ありますが、勾留延長されていれば残り1年1カ月強です。第一審審理、控訴高裁審理、上告最高裁審理について各4カ月経過すれば執行猶予の取り消しを回避できる可能性が残されています。刑事訴訟法第1条で「刑罰法令を適正且つ迅速に適用実現する」目的が定められておりますので、刑事裁判を故意に引き伸ばすことは認められませんが、証拠調べを詳細に行うよう求めることは可能です。例えば、被害者が弁護士からの示談提案に対して全く連絡を拒否しているような場合は、被害者の意思が確認できないとして検察官提出の甲号証のうち被害者の調書を不同意にして文書成立の真正を争う方法が考えられます。それでも、一般的に、各審理を4カ月以上かけることは困難と思われます。
12.(控訴審での対応)
控訴審は事後審制ですからその性格は法律審になります。事後審制 は原審の記録を基にして原則的に第一審の判決の当否を事後的に判断するので、基本的に新たな事実主張を許さず、法律の解釈適用は裁判所の専権に属しますから(憲法76条)控訴審で弁護人(又は検察官)の主張は原審判決の当否に関する単なる意見にすぎないわけです。しかし、原審判決後に生じた事情(又、原審で主張できなかった事情)も適正、公平な判断のため例外的に主張を許しています(すなわち刑訴382条の2は 事後審制 の例外であり続審制との折衷を図っています)。事後的に、第一審の判決が法律の適用解釈上誤りがないかという点から判断することになるので法律審とも呼ばれ期間も争点がなければ3カ月程度で終了さることになります。提出の通知送達日の翌日から計算して21日以上と規定されている(刑事訴訟規則236条3項、上告趣意書は28日以上。規則252条)控訴趣意書の提出期限を延長してもらう方法がありますが、例えば、法律的争点があること、被害者と示談できない特別の事情(被害者が弁護人事務所から遠方におり面会が困難)、被告人と協議できない事情(遠方の住所にお住まい、仕事が海外等。)等考えられますが、本件では困難と思われます。
13.(上告審での対応)
基本的に上告審は、事後審制、法律審であり、検察官、弁護人の新たな事実関係の主張は許されません。上告趣意書は、控訴趣意書と異なり1週間ほど長い28日以後の日が提出期限となりますが、すなわち趣意書提出の通知送達日の翌日から計算して28日以上と規定されていますが(刑事訴訟規則252条2項)、特別争点がなければ通常1カ月が提出期限となるでしょう。上告趣意書提出期限の延長が特に認められなければ上告後3か月程度で上告審も終了します。尚上告審の確定は判決後、判決に関する誤記訂正の申立期間経過後になります(刑訴418条、415条、最短で判決宣告の日後10日経過後。勿論言い渡しの日は含まれません。刑訴55条1項)。最終審なので、事実認定、法律の解釈、適用の権限は裁判所にありますが、判決の内容の適正を保全するため当事者である検察官、被告人、弁護人に申立権(意見)を認めています。本条の趣旨から誤記、書き損じ、計算違い等でも申立が認められるでしょう。
14.(まとめ)以上計算いたしますと争点がなければ、逮捕から10カ月前後で裁判は終了する可能性が高く 執行猶予の残期間が1年2カ月も残されているので、懲役刑が言い渡されれば執行猶予は取り消されることになります。本件では、起訴前に弁護人との詳細な対策、協議が必要でしょう。
《条文参照》
刑法
第四章 刑の執行猶予
(執行猶予)
第二十五条 次に掲げる者が三年以下の懲役若しくは禁錮又は五十万円以下の罰金の言渡しを受けたときは、情状により、裁判が確定した日から一年以上五年以下の期間、その執行を猶予することができる。
一 前に禁錮以上の刑に処せられたことがない者
二 前に禁錮以上の刑に処せられたことがあっても、その執行を終わった日又はその執行の免除を得た日から五年以内に禁錮以上の刑に処せられたことがない者
2 前に禁錮以上の刑に処せられたことがあってもその執行を猶予された者が一年以下の懲役又は禁錮の言渡しを受け、情状に特に酌量すべきものがあるときも、前項と同様とする。ただし、次条第一項の規定により保護観察に付せられ、その期間内に更に罪を犯した者については、この限りでない。
憲法
第六章 司法
第七十六条 すべて司法権は、最高裁判所及び法律の定めるところにより設置する下級裁判所に属する。
○2 特別裁判所は、これを設置することができない。行政機関は、終審として裁判を行ふことができない。
○3 すべて裁判官は、その良心に従ひ独立してその職権を行ひ、この憲法及び法律にのみ拘束される。
刑事訴訟法
第六十条 裁判所は、被告人が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由がある場合で、左の各号の一にあたるときは、これを勾留することができる。
一 被告人が定まつた住居を有しないとき。
二 被告人が罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があるとき。
三 被告人が逃亡し又は逃亡すると疑うに足りる相当な理由があるとき。
○2 勾留の期間は、公訴の提起があつた日から二箇月とする。特に継続の必要がある場合においては、具体的にその理由を附した決定で、一箇月ごとにこれを更新することができる。但し、第八十九条第一号、第三号、第四号又は第六号にあたる場合を除いては、更新は、一回に限るものとする。
○3 三十万円(刑法 、暴力行為等処罰に関する法律(大正十五年法律第六十号)及び経済関係罰則の整備に関する法律(昭和十九年法律第四号)の罪以外の罪については、当分の間、二万円)以下の罰金、拘留又は科料に当たる事件については、被告人が定まつた住居を有しない場合に限り、第一項の規定を適用する。
第六十一条 被告人の勾留は、被告人に対し被告事件を告げこれに関する陳述を聴いた後でなければ、これをすることができない。但し、被告人が逃亡した場合は、この限りでない。
第二百四条 検察官は、逮捕状により被疑者を逮捕したとき、又は逮捕状により逮捕された被疑者(前条の規定により送致された被疑者を除く。)を受け取つたときは、直ちに犯罪事実の要旨及び弁護人を選任することができる旨を告げた上、弁解の機会を与え、留置の必要がないと思料するときは直ちにこれを釈放し、留置の必要があると思料するときは被疑者が身体を拘束された時から四十八時間以内に裁判官に被疑者の勾留を請求しなければならない。但し、その時間の制限内に公訴を提起したときは、勾留の請求をすることを要しない。
○2 検察官は、第三十七条の二第一項に規定する事件について前項の規定により弁護人を選任することができる旨を告げるに当たつては、被疑者に対し、引き続き勾留を請求された場合において貧困その他の事由により自ら弁護人を選任することができないときは裁判官に対して弁護人の選任を請求することができる旨並びに裁判官に対して弁護人の選任を請求するには資力申告書を提出しなければならない旨及びその資力が基準額以上であるときは、あらかじめ、弁護士会(第三十七条の三第二項の規定により第三十一条の二第一項の申出をすべき弁護士会をいう。)に弁護人の選任の申出をしていなければならない旨を教示しなければならない。
3 第一項の時間の制限内に勾留の請求又は公訴の提起をしないときは、直ちに被疑者を釈放しなければならない。
4 前条第二項の規定は、第一項の場合にこれを準用する。
第二百五条 検察官は、第二百三条の規定により送致された被疑者を受け取つたときは、弁解の機会を与え、留置の必要がないと思料するときは直ちにこれを釈放し、留置の必要があると思料するときは被疑者を受け取つた時から二十四時間以内に裁判官に被疑者の勾留を請求しなければならない。
○2 前項の時間の制限は、被疑者が身体を拘束された時から七十二時間を超えることができない。
○3 前二項の時間の制限内に公訴を提起したときは、勾留の請求をすることを要しない。
○4 第一項及び第二項の時間の制限内に勾留の請求又は公訴の提起をしないときは、直ちに被疑者を釈放しなければならない。
○5 前条第二項の規定は、検察官が、第三十七条の二第一項に規定する事件以外の事件について逮捕され、第二百三条の規定により同項に規定する事件について送致された被疑者に対し、第一項の規定により弁解の機会を与える場合についてこれを準用する。ただし、被疑者に弁護人があるときは、この限りでない。
第二百六条 検察官又は司法警察員がやむを得ない事情によつて前三条の時間の制限に従うことができなかつたときは、検察官は、裁判官にその事由を疎明して、被疑者の勾留を請求することができる。
○2 前項の請求を受けた裁判官は、その遅延がやむを得ない事由に基く正当なものであると認める場合でなければ、勾留状を発することができない。
第二百七条 前三条の規定による勾留の請求を受けた裁判官は、その処分に関し裁判所又は裁判長と同一の権限を有する。但し、保釈については、この限りでない。
○2 前項の裁判官は、第三十七条の二第一項に規定する事件について勾留を請求された被疑者に被疑事件を告げる際に、被疑者に対し、弁護人を選任することができる旨及び貧困その他の事由により自ら弁護人を選任することができないときは弁護人の選任を請求することができる旨を告げなければならない。ただし、被疑者に弁護人があるときは、この限りでない。
○3 前項の規定により弁護人の選任を請求することができる旨を告げるに当たつては、弁護人の選任を請求するには資力申告書を提出しなければならない旨及びその資力が基準額以上であるときは、あらかじめ、弁護士会(第三十七条の三第二項の規定により第三十一条の二第一項の申出をすべき弁護士会をいう。)に弁護人の選任の申出をしていなければならない旨を教示しなければならない。
4 裁判官は、第一項の勾留の請求を受けたときは、速やかに勾留状を発しなければならない。ただし、勾留の理由がないと認めるとき、及び前条第二項の規定により勾留状を発することができないときは、勾留状を発しないで、直ちに被疑者の釈放を命じなければならない。
第二百八条 前条の規定により被疑者を勾留した事件につき、勾留の請求をした日から十日以内に公訴を提起しないときは、検察官は、直ちに被疑者を釈放しなければならない。
○2 裁判官は、やむを得ない事由があると認めるときは、検察官の請求により、前項の期間を延長することができる。この期間の延長は、通じて十日を超えることができない。
第二百四十八条 犯人の性格、年齢及び境遇、犯罪の軽重及び情状並びに犯罪後の情況により訴追を必要としないときは、公訴を提起しないことができる。
第四百十五条 上告裁判所は、その判決の内容に誤のあることを発見したときは、検察官、被告人又は弁護人の申立により、判決でこれを訂正することができる。
○2 前項の申立は、判決の宣告があつた日から十日以内にこれをしなければならない。
○3 上告裁判所は、適当と認めるときは、第一項に規定する者の申立により、前項の期間を延長することができる。
第四百十六条 訂正の判決は、弁論を経ないでもこれをすることができる。
第四百十七条 上告裁判所は、訂正の判決をしないときは、速やかに決定で申立を棄却しなければならない。
○2 訂正の判決に対しては、第四百十五条第一項の申立をすることはできない。
第四百十八条 上告裁判所の判決は、宣告があつた日から第四百十五条の期間を経過したとき、又はその期間内に同条第一項の申立があつた場合には訂正の判決若しくは申立を棄却する決定があつたときに、確定する。
第六編 略式手続
第四百六十一条 簡易裁判所は、検察官の請求により、その管轄に属する事件について、公判前、略式命令で、百万円以下の罰金又は科料を科することができる。この場合には、刑の執行猶予をし、没収を科し、その他付随の処分をすることができる。
第四百六十一条の二 検察官は、略式命令の請求に際し、被疑者に対し、あらかじめ、略式手続を理解させるために必要な事項を説明し、通常の規定に従い審判を受けることができる旨を告げた上、略式手続によることについて異議がないかどうかを確めなければならない。
○2 被疑者は、略式手続によることについて異議がないときは、書面でその旨を明らかにしなければならない。
第四百六十二条 略式命令の請求は、公訴の提起と同時に、書面でこれをしなければならない。
○2 前項の書面には、前条第二項の書面を添附しなければならない。
第四百六十三条 前条の請求があつた場合において、その事件が略式命令をすることができないものであり、又はこれをすることが相当でないものであると思料するときは、通常の規定に従い、審判をしなければならない。
○2 検察官が、第四百六十一条の二に定める手続をせず、又は前条第二項に違反して略式命令を請求したときも、前項と同様である。
○3 裁判所は、前二項の規定により通常の規定に従い審判をするときは、直ちに検察官にその旨を通知しなければならない。
○4 第一項及び第二項の場合には、第二百七十一条の規定の適用があるものとする。但し、同条第二項に定める期間は、前項の通知があつた日から二箇月とする。
第四百六十三条の二 前条の場合を除いて、略式命令の請求があつた日から四箇月以内に略式命令が被告人に告知されないときは、公訴の提起は、さかのぼつてその効力を失う。
○2 前項の場合には、裁判所は、決定で、公訴を棄却しなければならない。略式命令が既に検察官に告知されているときは、略式命令を取り消した上、その決定をしなければならない。
○3 前項の決定に対しては、即時抗告をすることができる。
第四百六十四条 略式命令には、罪となるべき事実、適用した法令、科すべき刑及び附随の処分並びに略式命令の告知があつた日から十四日以内に正式裁判の請求をすることができる旨を示さなければならない。
第四百六十五条 略式命令を受けた者又は検察官は、その告知を受けた日から十四日以内に正式裁判の請求をすることができる。
○2 正式裁判の請求は、略式命令をした裁判所に、書面でこれをしなければならない。正式裁判の請求があつたときは、裁判所は、速やかにその旨を検察官又は略式命令を受けた者に通知しなければならない。
第四百六十六条 正式裁判の請求は、第一審の判決があるまでこれを取り下げることができる。
第四百六十七条 第三百五十三条、第三百五十五条乃至第三百五十七条、第三百五十九条、第三百六十条及び第三百六十一条乃至第三百六十五条の規定は、正式裁判の請求又はその取下についてこれを準用する。
第四百六十八条 正式裁判の請求が法令上の方式に違反し、又は請求権の消滅後にされたものであるときは、決定でこれを棄却しなければならない。この決定に対しては、即時抗告をすることができる。
○2 正式裁判の請求を適法とするときは、通常の規定に従い、審判をしなければならない。
○3 前項の場合においては、略式命令に拘束されない。
第四百六十九条 正式裁判の請求により判決をしたときは、略式命令は、その効力を失う。
第四百七十条 略式命令は、正式裁判の請求期間の経過又はその請求の取下により、確定判決と同一の効力を生ずる。正式裁判の請求を棄却する裁判が確定したときも、同様である。
刑事訴訟規則
第二章 控訴
(訴訟記録等の送付)
第二百三十五条 控訴の申立が明らかに控訴権の消滅後にされたものである場合を除いては、第一審裁判所は、公判調書の記載の正確性についての異議申立期間の経過後、速やかに訴訟記録及び証拠物を控訴裁判所に送付しなければならない。
(控訴趣意書の差出期間・法第三百七十六条)
第二百三十六条 控訴裁判所は、訴訟記録の送付を受けたときは、速やかに控訴趣意書を差し出すべき最終日を指定してこれを控訴申立人に通知しなければならない。控訴申立人に弁護人があるときは、その通知は、弁護人にもこれをしなければならない。
2 前項の通知は、通知書を送達してこれをしなければならない。
3 第一項の最終日は、控訴申立人に対する前項の送達があつた日の翌日から起算して二十一日目以後の日でなければならない。
4 第二項の通知書の送達があつた場合において第一項の最終日の指定が前項の規定に違反しているときは、第一項の規定にかかわらず、控訴申立人に対する送達があつた日の翌日から起算して二十一日目の日を最終日とみなす。
(訴訟記録到達の通知)
第二百三十七条 控訴裁判所は、前条の通知をする場合には、同時に訴訟記録の送付があつた旨を検察官又は被告人で控訴申立人でない者に通知しなければならない。被告人に弁護人があるときは、その通知は、弁護人にこれをしなければならない。
(期間経過後の控訴趣意書)
第二百三十八条 控訴裁判所は、控訴趣意書を差し出すべき期間経過後に控訴趣意書を受け取つた場合においても、その遅延がやむを得ない事情に基くものと認めるときは、これを期間内に差し出されたものとして審判をすることができる。
(上告趣意書の差出期間・法第四百十四条等)
第二百五十二条 上告趣意書を差し出すべき最終日は、その指定の通知書が上告申立人に送達された日の翌日から起算して二十八日目以後の日でなければならない。
2 前項の規定による最終日の通知書の送達があつた場合においてその指定が同項の規定に違反しているときは、その送達があつた日の翌日から起算して二十八日目の日を最終日とみなす。
質問:2か月前,14歳の息子が傷害事件を起こし,私(父)と息子が警察に呼び出されました。その時は逮捕されず,家に帰してくれましたが,先日,今度は裁判所に呼び出され,その日のうちに鑑別所に収容されてしまいました。息子は1年前から素行が乱れ,中学校にも行かず,毎日夜遊びをして良くない友達と付き合うようになっていました。私や妻は息子を注意するのですが,全然言うことを聞いてくれない状態でした。警察で生活態度を指導されましたが,守ることができずに2か月経ってしまい,突然の鑑別所行きとなってしまったのです。これからどうなるのですか。私たち親は何をすればいいのですか。
↓
回答:
1.今後,約3〜4週間の間に,鑑別所での息子さんの様子を観察したり,学校生活の記録を取り寄せたり,ご両親に家庭裁判所の調査官が面接して話を聞くなどして,調査が行われます。この調査によって,息子さんをどのような処分に付するのが適切かを判断するための資料が収集されます。それに基づいて,家庭裁判所で審判が開かれるので,そこにご両親も必ず出席しなければ行けません(憲法、法令上教育監護権を持つ責任者として出席を求められます。少年審判規則25条2項)。審判では裁判官が息子さんに直接話を聞き,親の話も聞いたうえで,処分を決定します。処分の主眼は,息子さんをどうすれば立ち直らせることができるかというところにあります。本件の場合,児童自立支援施設への送致という処分になる可能性があります。一見気の毒なように思えても,それが息子さんの立ち直りに必要なプロセスであると理解し,親として今後の息子さんの努力を支えてあげることこそが重要です。
2.学校に対する連絡ですが、2週間で帰宅を許される場合もありますので安易に知らせるのも問題です。私立中学の場合退学の問題になります。公立校の場合、実務上警察署が、事件発生により連絡しているようですが、本来捜査の必要性もないのに連絡するのは公務員の守秘義務上問題があります。警察署としては、両親が自ら学校に連絡するように要請する場合もありますが安易に応じることは出来ません。刑事事件を起こした少年の性格の矯正、環境の調整は全て家庭裁判所の権限に委託されており(少年法1条)、一般中学にその権限、機関、施設、担当職員、専門家は存在しませんから、通知は結果的に生徒の今後の教育等について偏見を与える可能性もあり(内申書への影響も考えられます)、私立中学で有れば退学等の処分を行うという意味しか考えられません。事例集777番参照。
3.法律相談事例集キーワード検索777番、716番、714番、649番、461番、403番、291番、244番、161番参照。
解説:
1.(少年審判手続の概要、刑事事件手続きとの違い)
20歳未満の少年が罪を犯すと,少年事件(少年保護事件)と呼ばれ,成人の刑事事件(刑罰による生命、自由、財産の強制剥奪を目的とする手続き。)とは様々な点で異なった手続の対象となります。刑法41条では14歳未満の者は処罰されないとされていますから、14歳未満の者については刑事事件として扱われることはないのですが、14歳以上20歳未満の者については刑事事件となる場合もありますが、まずは少年事件として、精神的、肉体的に未成熟な少年の保護、そして健全な育成という面から特別の措置を講ずる必要があることから少年法という法律が適用されることになっているのです。
両者の大きな違いを挙げていきますと,まず,@成人の場合,検察官の判断で軽微な事件を裁判所に起訴しないで終了させる起訴猶予が認められますが,少年事件では起訴猶予がなく,必ず裁判所が手続に関与します(全件送致主義、少年法41条本文、同42条本文。)。成人の刑事事件では、少年事件と異なり自由、財産権を強制剥奪するので弊害も大きく起訴裁量主義(刑訴48条)が採用されています。Aその裁判所は成人の場合の地方裁判所や簡易裁判所ではなく,家庭裁判所になります。少年事件は子供の福祉に関係が深いため,家庭に関する事件を扱い,専門的なスタッフも用意されている家庭裁判所に担当させる方が適切だからです。B裁判所では,刑事裁判ではなく,「少年審判」という手続を行います。刑事裁判は誰でも傍聴できるのに対して,少年審判は原則として非公開とされます。刑罰ではないので憲法37条1項公開の原則は採用されません。C少年審判の目的は,少年に刑罰を科すことではなく,「保護処分」を決定することです。「保護処分」は悪いことをした少年に対する制裁ではなく,問題を抱える少年を指導教育し,健全な社会生活を送れるように育成するための処分です。Dそのため,成人の刑事裁判では犯罪事実の内容が重点を占めるのに対して,少年審判では少年の性格・問題点や,家庭環境(憲法上第一義的に少年に対する教育権利を有する両親との関係は特に重要です。),学校環境(解釈上学校は両親の教育権に基づき委託された関係になります。)などの諸事情(「要保護性」といいます。)が,非行事実そのものと同等かそれ以上に重要なものとして調査されます。成人の刑事事件は犯罪者を処罰することが目的ですが、少年事件は、少年の保護育成を目的としていることから以上のような違いを設けているのです。
2.(家庭裁判所への送致前)
上記の審判手続は,家庭裁判所が少年事件を受理してから開始します。家庭裁判所への送致前(捜査段階)は,実は少年であっても成人とあまり変わらない取扱いを受け,逮捕・勾留されることもありえます。勾留は,少年の場合,やむを得ない事由がある場合でなければ認められないとされていますが(少年法43条3項,48条1項),認められてしまえば原則として10日ないし20日間の身柄拘束がなされます。例えば、共犯者がいる場合、否認している場合等証拠隠滅の理由による事が多いようです(刑訴60条)。この場合,勾留満期日までに家庭裁判所に事件と身柄が送致されます(同法41条,42条)。勿論、勾留請求の危険が有れば付添人(弁護人)は、直ちに接見し勾留理由を確認し、回避の手続き、説明、協議を少年と行うことになります。例えば、証拠があるのに否認している場合には是正する必要があります。本件では,逮捕・勾留がなされず,在宅のまま捜査を終え,家庭裁判所へ送致されたことになります。
3.(家庭裁判所における調査)
家庭裁判所に送致された少年については,最終的には審判を開いて少年の処分を決めるのですが、その前に審判のための家庭裁判所による調査がなされます(同法8条1項)。この調査は非行事実についての「法的調査」と要保護性に関する「社会調査」に分けられますが,非行事実については警察・検察の捜査によって既に資料が収集されているので,家庭裁判所段階で重点が置かれるのは,後者の社会調査の方です。社会調査は,事件ごとに,担当裁判官が家庭裁判所調査官に命令することで,開始されます。家庭裁判所調査官とは,家庭裁判所に配置される専門的な公務員で,心理学,社会学等の知識を有し,養成訓練を経た,いわば家庭問題調査のプロです(裁判所法61条の2)。この調査官が,少年及び保護者と何度も面接し,学校(必要がある場合に限られるので、安易に学校への連絡は差し引かえるように付添人は要請します。成績表等は付添人が自ら収集して提出することで学校への連絡を回避しなければなりません。)その他の関係者からも事情を聴いて,少年の問題点を把握するための資料収集を行います。家庭裁判所調査官は,調査結果を「少年調査票」にまとめ,処分に関する調査官の意見を添えて裁判官に報告します。調査官の意見は裁判官の判断に影響が大きいため、付添人は調査官との交渉を積極的に行わなければなりません。
4.(少年鑑別所とは何か)
本件で息子さんが少年鑑別所に収容されたのは,送致直後,家庭裁判所の判断で「観護措置」が決定されたということを意味します。家庭裁判所は、送致された少年について調査を行わなければならないのですが、調査官に調査を命じるほかに観護措置をとることができます(同法17条)。 「観護措置」とは,少年審判に備えた調査のために,少年を観察し,保護するための措置です。法律上は@家庭裁判所調査官による観護とA少年鑑別所への送致という2種類の観護措置が定められていますが(同法17条1項),実務上はほとんどAのみが行われています。 鑑別所送致の目的には,審判のために少年の身柄を保全することも含みますが,単なる逃亡や罪証隠滅の防止措置ではなく,この点で勾留とは性質が異なります。少年の問題点は,家庭環境や交友関係の中に潜在していることも多いため,通常の生活環境から隔離して少年の性質を観察することが有用な場合があり,このような目的での鑑別所送致が広く行われています。
とはいえ,鑑別所への収容が少年の身体の自由を奪うものであることは事実ですから,安易に運用されることには問題があります。法律上,鑑別所への収容期間は原則2週間とし,特に継続の必要のある場合に2週間の延長ができるがそれも原則として1回のみ,という制限が設けられているほか(同法17条3項,4項),観護措置決定に対する異議申立(同法17条の2)等の事後的な不服申立手段もあります。観護措置決定前に付添人が家庭裁判所に対して意見を述べ,観護措置決定自体を阻止できる場合もあります。学校に事件の通知、連絡を回避する場合は、事前に意見書を家裁に提出し、認められた場合は理由と、証拠を用意し異議の申し出が必要です(少年法17条の2)。又、特別な事情がない限り少年を親の愛情に保護された家庭環境から長期に渡り隔離することは精神的に未成熟な少年をさらに不安定にするからです。付添人は、調査官の面接等に協力する両親の保証書を提出する事が必要です。 観護措置として少年が鑑別所に送致された場合,鑑別所で少年の行動観察と心身の鑑別を行った結果は「鑑別結果通知書」にまとめられて,家庭裁判所調査官の調査結果と一体の記録(社会記録)となります。
5.(審判手続)
観護措置がとられるケースの場合,ほぼ同時に審判開始決定(同法21条)がなされ,審判期日が指定されます。審判期日は,通常,鑑別所送致から3〜4週間後の日に指定されることが多いようです。審判期日には,少年と保護者が必ず呼び出されます(少年審判規則25条2項)。この呼び出しに対して,保護者が応じなくても罰則等はありませんが,少年から見れば,自分の事件を保護者がどう受け止め,どのように関わるかということは非常に重要で,今後の更生意欲にも大きな影響を与えます。少年の問題に一緒に取り組むというつもりで,是非出席してください。そもそも、少年の教育監護権は、言うまでもなく第一義的に両親にありますので(憲法26条、民法820条)少年事件の責任は両親にも有ると言っても過言ではありません。その責任は、審判手続きでも裁判官により必ず究明、明らかにされることになります。なぜなら、少年は元々、精神的、肉体的に未成熟であり、判断能力が成人と異なり不充分なのです。形式的に刑事責任能力があっても、少年の環境を整え、これを保護し健全な成長を見守る法的責任が両親に有り、むしろ罪を犯した少年は第二の被害者ともいえるのです。その社会、国家の財産である少年を正当な理由なく放置した両親の考え方、環境をまず是正し整えなくして少年の将来はあり得ないからです(少年法1条、25条の2)。少年を非行、犯罪の誘惑から守るのは、警察でも、家庭裁判所でもなく少年を生んだ両親ご自身です。
従って、両親お呼び出しは少年事件においては必要不可欠なのですし、両親の出席無くして審判は事実上開始されません。審判では,まず裁判官が送致事実を少年に読み聞かせ,間違いがないかどうか等の意見を聴きます。そのうえで,少年に裁判官が直接質問をし,どうして非行に至ってしまったのか,結果の重大性をどの程度認識しているか,判断過程のどこにどのような問題があったのか,生活改善の意欲があるか等を,掘り下げていきます。また,保護者が出席していれば,保護者にも質問がされます。そして,付添人や調査官の意見も聞いた上で,その日のうちに判断を下すという流れが典型的です。
6.(保護処分の種類)
審判の結果,決定される保護処分には,次の3種類があります。@保護観察(同法24条1項1号) 少年を元の生活環境に戻すが,近くの保護観察官・保護司の監督の下に置かせ,定期的な面接報告を義務付けるなどの方法を通じて,社会内での更生を手助けする措置です。A児童自立支援施設・児童養護施設送致(同法24条1項2号),児童自立支援施設と児童養護施設は,それぞれ児童福祉施設の一種で(児童福祉法7条1項),前者は不良行為をなす児童の生活指導等を目的とし,後者は被虐待児童等の保護を目的とするものです。これらに入所すると,親元から離れることにはなりますが,少年院と違って強制的な身体の自由の拘束としての性質を有しません。入所中にとくに必要がある場合には,家庭裁判所の許可を得て,一時的に自由を制限するような「強制的措置」がとられる場合があります(児童福祉法27条の3,少年法6条の7第2項,18条2項)。B少年院送致(同法24条1項3号) 少年を強制的に収容して,矯正教育を受けさせる施設です。罰として身体の自由を拘束するわけではなく,あくまでも社会生活への適応をめざす教育的措置として利用される点で,成人のための刑務所とは理念的に異なります。これらの保護処分のうちどれが選択されるかは,非行事実の性質,程度と要保護性を勘案して判断されます。初犯であり,非行事実自体が軽微であっても,生活環境の問題が深刻で非行の根が深く,社会内更生は不可能と判断されれば,保護観察に留まらない可能性も十分ありえます。本件では不登校などの問題ある生活態度が長期間定着してしまっており,両親が努力しても指導力が十分ではない状況と思われます。お子さんの年齢が14歳であり,一般に児童自立支援施設に入所する児童の年齢は12歳〜15歳が最も多いという運用も考慮すると,本件の審判の結果,児童自立支援施設送致が選択される可能性は比較的高いと思われます。
なお,保護処分の決定を留保して,しばらく調査官に観察させる「試験観察」(少年法25条)や,保護処分に付する必要がないと認める場合の「不処分」(同法23条2項),逆に,成人と同様の刑事事件として扱うのが適切と判断した場合の「検察官送致」(同法20条)等の処分がなされる場合もあります。特に試験観察は重要で、重い保護処分(例えば少年院送致)が科せられるようで有れば、数ヶ月の試験観察を主張して、公的ボランティア等を行い(役所等公的施設に行くと用意されていますので前もって申込みをして調査官に提出。)その間に少年の反省、更生の態度を明らかにして処分を回避する必要があります。
7.(少年事件と弁護士)
前述のように少年事件において,成人の場合の弁護人に相当する弁護士の役割が,「付添人」です(少年法10条)。付添人は,手続の各段階で行き過ぎた公権力の行使がなされないように少年の利益を保護しつつ(適正手続保障),少年と接触を重ねて心を開かせ,内省と更生意欲を促し,保護者との橋渡しをして関係修正や環境再調整の手助けとなります。後者の面では,家庭裁判所と対立する立場ではなく,協力者としてともに少年の社会復帰を目指すものです。付添人は,被害者がいる非行では,被害弁償の交渉等も,付添人が入ることで進めやすくなる場合があります。また,付添人は家庭裁判所調査官の調査結果(社会記録)を閲覧することもでき,幅広く諸事情を踏まえた独自の意見を形成し,調査官・裁判官と面接して意見を伝え,審判期日に意見書を提出して裁判官の判断に資するといった活動が可能です。
《条文参照》
少年法
(この法律の目的)
第一条 この法律は、少年の健全な育成を期し、非行のある少年に対して性格の矯正及び環境の調整に関する保護処分を行うとともに、少年の刑事事件について特別の措置を講ずることを目的とする。
第6条の7第2項 都道府県知事又は児童相談所長は,児童福祉法の適用がある少年について,たまたま,その行動の自由を制限し,又はその自由を奪うような強制的措置を必要とするときは,同法第33条及び第47条の規定により認められる場合を除き,これを家庭裁判所に送致しなければならない。
第8条1項 家庭裁判所は,第6条第1項の通告又は前条第1項の報告により,審判に付すべき少年があると思料するときは,事件について調査しなければならない。検察官,司法警察員,警察官,都道府県知事又は児童相談所長から家庭裁判所の審判に付すべき少年事件の送致を受けたときも,同様とする。
2項家庭裁判所は,家庭裁判所調査官に命じて,少年,保護者又は参考人の取調その他の必要な調査を行わせることができる。
第17条1項 家庭裁判所は,審判を行うため必要があるときは,決定をもって,次に掲げる観護の措置をとることができる。
1 家庭裁判所調査官の観護に付すること。
2 少年鑑別所に送致すること。
3項第1項第2号の措置においては,少年鑑別所に収容する期間は,2週間を超えることができない。ただし,特に継続の必要があるときは,決定をもって,これを更新することができる。
(異議の申立て)
第十七条の二 少年、その法定代理人又は付添人は、前条第一項第二号又は第三項ただし書の決定に対して、保護事件の係属する家庭裁判所に異議の申立てをすることができる。ただし、付添人は、選任者である保護者の明示した意思に反して、異議の申立てをすることができない。
2 前項の異議の申立ては、審判に付すべき事由がないことを理由としてすることはできない。
3 第一項の異議の申立てについては、家庭裁判所は、合議体で決定をしなければならない。この場合において、その決定には、原決定に関与した裁判官は、関与することができない。
4 第三十二条の三、第三十三条及び第三十四条の規定は、第一項の異議の申立てがあつた場合について準用する。この場合において、第三十三条第二項中「取り消して、事件を原裁判所に差し戻し、又は他の家庭裁判所に移送しなければならない」とあるのは、「取り消し、必要があるときは、更に裁判をしなければならない」と読み替えるものとする。
(特別抗告)
第十七条の三 第三十五条第一項の規定は、前条第三項の決定について準用する。この場合において、第三十五条第一項中「二週間」とあるのは、「五日」と読み替えるものとする。
2 前条第四項及び第三十二条の二の規定は、前項の規定による抗告があつた場合について準用する。
第18条第2項 第6条の7第2項の規定により,都道府県知事又は児童相談所長から送致を受けた少年については,決定をもって,期限を付して,これに対してとるべき保護の方法その他の措置を指示して,事件を権限を有する都道府県知事又は児童相談所長に送致することができる。
第22条1項 審判は,懇切を旨として,和やかに行うとともに,非行のある少年に対して自己の非行について内省を促すものとしなければならない。
2項 審判は,これを後悔しない。
3項審判の指揮は,裁判長が行う。
第24条1項 家庭裁判所は,前条の場合を除いて,審判を開始した事件につき,決定をもって,次に掲げる保護処分をしなければならない。ただし,決定の時に14歳に満たない少年に係る事件については,特に必要と認める場合に限り,第3号の保護処分をすることができる。
1 保護観察所の保護観察に付すること。
2 児童自立支援施設又は児童養護施設に送致すること。
3 少年院に送致すること。
(家庭裁判所調査官の観察)
第二十五条 家庭裁判所は、第二十四条第一項の保護処分を決定するため必要があると認めるときは、決定をもつて、相当の期間、家庭裁判所調査官の観察に付することができる。
2 家庭裁判所は、前項の観察とあわせて、次に掲げる措置をとることができる。
一 遵守事項を定めてその履行を命ずること。
二 条件を附けて保護者に引き渡すこと。
三 適当な施設、団体又は個人に補導を委託すること。
(保護者に対する措置)
第二十五条の二 家庭裁判所は、必要があると認めるときは、保護者に対し、少年の監護に関する責任を自覚させ、その非行を防止するため、調査又は審判において、自ら訓戒、指導その他の適当な措置をとり、又は家庭裁判所調査官に命じてこれらの措置をとらせることができる。
児童福祉法
第27条の3 都道府県知事は,たまたま児童の行動の自由を制限し,又はその自由を奪うような強制的措置を必要とするときは,第33条及び第47条の規定により認められる場合を除き,事件を家庭裁判所に送致しなければならない。
第41条 児童養護施設は,保護者のない自動(乳児を除く。ただし,安定した生活環境の確保その他の理由により特に必要のある場合には,乳児を含む。以下この条において同じ。),虐待されている児童その他環境上養護を要する児童を入所させて,これを養護し,あわせて退所した者に対する相談その他の自立のための援助を行うことを目的とする施設とする。
第44条 児童自立支援施設は,不良行為をなし,又はなすおそれのある児童及び家庭環境その他の環境上の理由により生活指導等を要する児童を入所させ,又は保護者の下から通わせて,個々の児童の状況に応じて必要な指導を行い,その自立を支援し,あわせて退所した者について相談その他の援助を行うことを目的とする施設とする。
少年院法
第1条少年院は,家庭裁判所から保護処分として送致された者及び少年法第56条第3項の規定により少年院において刑の執行を受ける者(以下「少年院収容受刑者」という。)を収容し,これに矯正教育を授ける施設とする。
少年審判規則
(審判期日の指定と呼出)
第二十五条 審判をするには、裁判長が、審判期日を定める。
2 審判期日には、少年及び保護者を呼び出さなければならない。
質問:私は医師の資格を有し勤務医ですが,看護師の資格を持っている妻とともに病院外で手軽にできる健康診断(血液検査)を新規事業として始めたいと考えています。採血から検査結果の通知までの一連流れについては,下記のような流れを想定しています。
1.私は立ち会いませんが,採血に先立ち定型の問診表を妻が受診者に手渡し,記載していただく。
2.私が問診表をFAX,Eメールで受け取り確認し,問題がなければ妻にFAX,電話で採血を指示。
3.妻が受診者から採血。
4.採取した血液は検査業者に送付し,検査結果を私が確認した上で受診者に結果を説明し,必要なアドバイスを行う。
5.以上のように私は,普段は病院で勤務しているので,採血に先立ち受診者を対面で診察することはできません。受診者の状態は,問診表を妻からEメール等の方法で送ってもらい問診表の記載によって判断する予定です。上記の様な内容で病院外での血液検査を事業として始めた場合,法的に問題がないかを教えていただきたいです。よろしくお願い致します。
↓
回答:
1.採血行為は医師法17条に規定される「医業」に該当するため,看護師が単独で行うことはできません。看護師は,「診療の補助」(保健師助産師看護師法,(以下,「保助看法」といいます)5条)行為として採血行為をすることができますが,診療の補助行為は医師の指示に基づいて行わなければなりません(保助看法37条)。受診者の方に問診表を書いてもらい,それを医師であるあなたが遠隔地で確認し採血の可否を決定することが,「医師の指示」といえるかが問題となります。
2.しかし,医師が問診表という書面だけで患者の状況を判断するのは不十分であり,ご相談の方法では,奥様の採血行為は医師法違反と判断される可能性が高いといえます。ご相談いただいた流れで健康診断を行うのであれば,採血を行うプロセスが法的には問題となりますので,その点を変更されることをお薦めいたします。医師法と保助看法の解釈については下記の解説を御参照ください。
解説:
1.(採血行為は医師法17条の「医業」に該当するか)
医師,歯科医師,看護師等の免許を有さない者による医業は,医師法第17条,歯科医師法第17条及び保健師助産師看護師法第31条その他の関係法規によって禁止されています。ここにいう「医業」とは,当該行為を行うに当たり,医師の医学的判断及び技術をもってするのでなければ人体に危害を及ぼし,又は危害を及ぼすおそれのある行為(医行為)を,反復継続する意思をもって行うことであると解されています(「医師法第17条,歯科医師法第17条及び保健師助産師看護師法第31条の解釈について」平成17年7月26日 医政発第0726005号 各都道府県知事宛 厚生労働省医政局長通知)。
ある行為が医行為であるか否かについては,個々の行為の態様に応じ個別具体的に判断する必要があります。採血は,人の身体への侵襲(生体を傷つけること)を伴うものであり,神経損傷や迷走神経反射による転倒等の不利益が生じる可能性がある行為ですので,医師の医学的判断及び技術をもってするのでなければ人体に危害を及ぼし,又は危害を及ぼすおそれのある医行為であると解されます。また,臨床検査技師等に関する法律に関する通達(「衛生検査技師法の一部を改正する法律等の施行について」昭和45年12月3日医発第一四一六号 都道府県知事あて厚生省医務局長通達)第四,五によれば,「採血行為は,生理学的検査と同様医行為の範畴に属するものであつて,臨床検査技師の行なう採血は,医師の診療の補助として医師の具体的な指示を受けて行なうものに限られ,また生理学的検査についてと同様,臨床検査技師が業として採血を行ない得る場所は,原則として病院,診療所等医業の行なわれる場合に限られるものであること。」となっています。
以上のとおり,採血行為は医行為にあたるといえます。採血行為が医行為であるとすると,ご相談いただいた健康診断は反復継続する意思をもって行う事業にあたりますので,ご相談の採血行為は医業にあたります。なお,自己採血キット等を用いて,受診者自身が採血を行う場合には「業」にはあたらず,医師法違反の問題は生じません。安全な血液製剤の安定供給の確保等に関する法律,第30条は「業として人体から採血することは,医療及び歯科医療以外の目的で行われる場合であっても,医師法第17条に規定する医業に該当するものとする。」と規定しており,この条文からも,業として人体から採血をすることは「医業」に該当することになります。
2.(採血において医師は直接個別的,具体的に指示をしなければならないか)
看護師が採血をする場合には「医師の指示」(保助看法37条)が必要です。保助看法37条には,看護師は,「主治の医師又は歯科医師の指示があつた場合を除くほか,診療機械を使用し,医薬品を授与し,医薬品について指示をし,その他医師又は歯科医師が行うのでなければ衛生上危害を生ずるおそれのある行為をしてはならない。ただし,臨時応急の手当をし,又は助産師がへその緒を切り,浣腸を施しその他助産師の業務に当然に付随する行為をする場合は,この限りでない。」と規定されています。採血行為は,「衛生上危害を生ずるおそれのある行為」なので,看護師が行うためには医師の指示が必要です。看護師が,医師の指示なくして衛生上危害を生ずるおそれのある行為である採血行為を行った場合には,6ヶ月以下の懲役もしくは50万円以下の罰金に処せられ,またはこれが併科されることになります(保助看法44条の2第2項)。
以上のとおり,看護師が採血行為を行なうためには,医師の指示すなわち@医師の判断に基づき,A医師の指導監督の下に行うことが必要です。保助看法37条は上記のとおり,看護師が採血を行うためには医師の指示が必要であるとしていますが,指示の方法・指示の程度については規定がありません。しかし,採血が医行為の一部であること,比較的軽微であるとはいえ患者の健康被害のおそれがあることからすれば,医師による指示は「具体的」かつ「個別的」に行われることが望ましいといわれています(加藤,蒔田,小林,大平(2006年)「看護師の注意義務と責任-Q&Aと事故事例の解説-」新日本法規,p29)。厚生省 平成元年度厚生科学研究「医療行為及び医療関係職種に関する法医学的研究」報告書によれば,「医師の医療従事者への指示は,包括的に行われる場合と具体的に行われる場合があるが,必ず具体的指示を要する医行為もある。」として,具体的指示を要する医行為の例をあげていますが,採血はその第1番目にあげられています。そもそも,医療行為を行う医師は,国民の健康,生命の安全を守り保全するために国家試験に合格,厚生労働大臣の免許等特に必要な資格を必要としている(医師法1条,2条乃至4条)趣旨からして,たとえ看護師といえども医師資格のない者に包括的,間接的指示,委託を許すことはできないものと解釈されることになります。
3.(採血の際に必要とされる医師の指示の程度)
看護師が行う採血について,どのような指示がどの程度要求されるかについて,明確に記載した法令文献は見当たりません。採血を行うに際しては,採血行為自体に内在する危険性のほかに,対象となる患者の健康状態や看護師の能力も問題となるので,「この程度の指示があれば十分である。」ということについて一般論として具体的に述べることはできないためと思われます。すなわち,個々の患者の状態や採血を行う看護師の能力,採血を行う場所等,ケースによって状況が異なるため,必要とされる医師の指示の程度もケースによって異なるためだと思われます。
4.(本件のように書面上の確認で採血指示をしてよいか)
ご相談いただいた事業は,病院外で採血を行うというものですので,病院内の医療に比較して,緊急時における医療従事者の対応体制が不十分である等,受診者の置かれている危険性は高く,そのため慎重な取り扱いが要求されます。したがって,慎重を期して,医師の面前での直接監督指導下で行うのが最も適切であると考えられます。
5.(採血をする場所,設備に関する法規制)
採血をする場所,設備に関して明文で規制をしている法律は見当たりませんでした。佐野文明「指標,標準採血法ガイドライン(第1版)」『北海道医報』第1032号,平成16年9月1日)の「A 緒言」にも,「わが国において現在までに採血法についての標準的な取り決めがなく,個々の施設の指針あるいは個人の経験に基づいて,これらの問題が処理されてきたのが実情である。」と記載されています。したがって,採血をする場所,設備について法律では規制されているものではないと考えられます。標準採血法ガイドラインは,ガイドラインにすぎないため法律上の効力を有するものではありません。しかし,「安全で正しい検査結果を得るためのガイドライン」と説明されているので,こうしたガイドラインに従って採血を行うことが望ましいと考えられます。従って,医師が個別的,具体的指示を行い採血者の健康状態の変化に対応できる医療設備を有する場所で採血を行うのが適切でしょう。
6.(最後に)
ご相談いただいた健康診断を事業として始めるのであれば,医師であるあなたが,採血に先立ち受診者の健康状態を直接確認する必要です。妻からのFAX,Eメールでの確認はその趣旨に反すると思われます。また,病院外での採血ということであっても,設備・採血手技については前記標準採血ガイドラインに則って医療設備がある場所で行うことが望ましいといえます。
<参照条文>
医師法
第一章 総則
第1条 医師は,医療及び保健指導を掌ることによって公衆衛生の向上及び増進に寄与し,もつて国民の健康な生活を確保するものとする。
第二章 免許
第2条 医師になろうとする者は,医師国家試験に合格し,厚生労働大臣の免許を受けなければならない。
第3条 未成年者,成年被後見人又は被保佐人には,免許を与えない。
第4条 次の各号のいずれかに該当する者には,免許を与えないことがある。
一 心身の障害により医師の業務を適正に行うことができない者として厚生労働省令で定めるもの
二 麻薬,大麻又はあへんの中毒者
三 罰金以上の刑に処せられた者
四 前号に該当する者を除くほか,医事に関し犯罪又は不正の行為のあつた者
17条 医師でなければ,医業をなしてはならない。
保健師助産師看護師法
5条 この法律において「看護師」とは,厚生労働大臣の免許を受けて,傷病者若しくはじよく婦に対する療養上の世話又は診療の補助を行うことを業とする者をいう。
31条 看護師でない者は,第5条に規定する業をしてはならない。ただし,医師法又は歯科医師法の規定に基づいて行う場合は,この限りでない。
2項 保健師及び助産師は,前項の規定にかかわらず,第5条に規定する業を行うことができる。
37条 保健師,助産師,看護師又は准看護師は,主治の医師又は歯科医師の指示があつた場合を除くほか,診療機械を使用し,医薬品を授与し,医薬品について指示をしその他医師又は歯科医師が行うのでなければ衛生上危害を生ずるおそれのある行為をしてはならない。ただし,臨時応急の手当をし,又は助産師がへその緒を切り,浣腸を施しその他助産師の業務に当然に付随する行為をする場合は,この限りでない。
44条の2 次の各号のいずれかに該当する者は,6月以下の懲役若しくは50万円以下の罰金に処し,又はこれを併科する。
第2項 第35条から第38条までの規定に違反した者
歯科医師法
17条 歯科医師でなければ,歯科医業をなしてはならない。
安全な血液製剤の安定供給の確保等に関する法律
(業として行う採血と医業)
30条 業として人体から採血することは,医療及び歯科医療以外の目的で行われる場合であつても,医師法第17条 に規定する医業に該当するものとする。
質問:私はマンションの部屋を2年契約で賃貸しており,何度か合意更新もしてきているのですが,賃借人が賃料を滞納するようになりました。あまりに滞納が続くので,仕方なく賃貸借契約を解除し,退去してもらったのですが,賃借人は滞納賃料を払わないままでした。そこで,賃借人が退去した後に,賃料の滞納分について,連帯保証人に支払ってもらうように請求したのですが,保証人は,更新後の賃借人の債務についてまでは保証はしていないと言って払ってくれません。たしかに,更新する際に保証人に改めて意思確認をしたり問合せをしたりはしてきませんでしたが,更新後の賃料の滞納分については保証人に請求できないのでしょうか。
↓
回答:
1.期間の定めのある建物賃貸借契約が合意更新された後に賃借人の負う債務についても,保証人が保証契約をする際に,更新後の賃借人の債務については責任を負わないとの意思を表明しているような特別の事情のない限り,保証人は責任を負うものと考えられ,保証債務の履行請求が信義則に反するような場合を除いて,保証人に対して賃料の滞納分の支払いを請求することができます。
2.法律相談事例集キーワード検索97番参照。
解説:
1.(保証債務の意義・性質,問題点の指摘)
保証債務は,債権者と保証人との間の保証契約によって生じるものですが,主たる債務と同一内容の給付を目的とし,主たる債務を担保するものです。この保証債務は,主たる債務とはあくまでも別個の債務ですが,主たる債務と同一の内容となります。そして,例えば,主たる債務がその同一性を失わずに変更したときは(例えば一部弁済)それに応じて変更されることになります。このように主たる債務のために,その担保として契約される以上,その成立,存続,内容,消滅等について,主たる債務と運命を共にするという性質を保証債務の付従性といいます。すなわち,附従性は,保証債務が主たる債務の担保のために存在すると言う性質から導かれるものです。
なお,保証債務の性質としては,担保という目的から他にも随伴性(主債務の移転に伴って保証債務も移転すること,附従性の内容とも考えられます。)や,補充性というものがあります。補充性とは,保証債務(単純保証)が,主債務が履行されない場合にその補充として履行されることをいいます。具体的には,保証人は債権者に対して,まずは主債務者に請求することを求めることができ(催告の抗弁権,民法452条),また,主債務者に資力があり執行が容易な場合はまず主債務者の財産に対して執行するように求めることができます(検索の抗弁権,民法453条)。
これに対し,連帯保証の場合は,保証債務の補充性がないものとされており,保証人には催告の抗弁権や検索の抗弁権がなく,債権者はいきなり保証人の方に請求することができます。そのため,本件のように借家保証人が連帯保証をしている場合には,賃借人により家賃の滞納があった場合は,直ちに保証人の方へ請求することができることになります。そこで,更新後の賃借人の債務が,更新前のものと同一であれば,更新後の賃借人の債務についても保証人は責任を負うことになると考えられますが,必ずしもこの同一性の問題に拘束されず,保証人の意思解釈の問題として捉える考え方もあります。この点についての判例・学説状況については,後記2をご参照ください。
理論的に考えるのであれば契約の合意による更新とは,ある契約の存続期間が満了したときにさらにその契約を合意により継続することですから,期間満了により従前の契約は終了していることになり更新後の契約は従前の契約と法的同一性はない(保証債務は消滅)と言わざるを得ないように思われます。しかし,建物賃貸借契約は,通常の契約と異なり居住等の利用関係から賃借人が法的に保護されており前契約と同一内容で更新,継続される事が一般的で,1回限りの契約と同一に論じてよいか問題になります。
2.(建物賃貸借契約更新後の保証人の責任についての基本的考え方,及び判例・学説)
この点について,更新前後の賃借人の債務は同一性が有るかという問題とも関連し,学説は消極説と積極説に分かれています。結論から言えば後記最高裁判例のように原則的に保証債務は更新後の主たる債務の担保として存続するものと考えます。その理由ですが, @理論的には,合意による更新は,賃貸借契約当事者の新たな意思表示であり更新前の契約と法的に同一性があると言うことは難しいと思います。この問題は,賃貸人と連帯保証人当事者の保証契約締結における合理的意思解釈の問題として考える必要があります。建物賃貸借契約のような居住権,利用権の性質を有する継続的契約において,連帯保証の目的は,主たる債務(賃借人の債務)の担保をとして存在するのですから通常予想される更新後の賃借人の債務について担保しないというので有れば,実質的に担保の目的は達することが出来ませんし,保証人としても,特に反対の意思表示をしない限り継続的契約の保証人となった以上,合理的意思解釈として通常行われる合意更新後の債務については保証の意思があると考えるべきです。又賃借人としては,賃借人保護の関係上事実上更新を拒絶できないのですから(借地,借家法28条),公平上賃貸人の賃料等の請求権は保証人という担保により保護する必要性が認められます。その他後述の判例の理由も首肯出来るものと思います。
A学説上消極説は,更新前後の賃借人の債務は別個のものであり,保証債務は更新により消滅すると考えられることや,期間の定めのある賃貸借の保証人の意思として,期間内に限って保証する意思であることが通常であると考えられること,更新後の期間は長期にわたるのであり,保証人の責任が続くとすると保証人にとって酷であること等を根拠としています。しかし,この考えは継続的契約における保証契約が有する担保の目的という趣旨から見て妥当性を欠くものと考えられます。B一方,積極説は,更新前後の賃貸借は同一性を失わないと考えられること,保証人も賃貸借が更新されることについては覚悟しているはずであり不測の損害は生じないといえること,契約後相当期間が経過して保証人の責任が過重となる場合には保証人に解除権を認めればよいこと等を根拠としています。同一性を失わないという点は理論的に問題がありますが結論には賛成です。
3.(判例,最高裁平成9年11月13日判決の内容)
古い判例は消極的な立場をとっていましたが(大判大5.7.15,大判大8.11.8),近時は積極的な立場をとっています(東京地判昭56.7.28,東京地判昭61.6.30等)。このような状況において,最判平9.11.13は,更新前後の賃借人の債務に関し同一性については判断せずに(理論的に同一性が無いという前提に立っていると思われます。同一性があるので有れば当然保証債務は存続しますので,),保証契約の解釈の問題として捉えました。理由として,@建物の賃貸借が,期間の定めの有無にかかわらず,本来相当の長期間にわたる存続が予定された継続的な契約関係であること,A期間の定めのある建物の賃貸借においても,賃貸人は,自ら建物を使用する必要があるなどの正当事由を具備しなければ,更新を拒絶することができず(借地借家法28条参照),賃借人が望む限り,更新により賃貸借関係を継続するのが通常であること,B賃借人のために保証人となろうとする者にとっても,このような賃貸借関係の継続は当然予測できるところであること,C保証における主たる債務が定期的かつ金額の確定した賃料債務を中心とするものであって,保証人の予期しないような保証責任が一挙に発生することはないのが一般であること,などからすれば,賃貸借契約が更新された場合でも,反対の趣旨をうかがわせるような特段の事情のない限り,更新後の賃貸借から生ずる債務についても保証の責任を負う趣旨で保証契約をしたものと考えるのが,当事者の通常の合理的意思に合致するという判断をしました。
ただ,例えば,賃借人が継続的に賃料の支払を怠っているにもかかわらず,賃貸人が保証人にその旨を連絡するようなこともなく,漫然と契約を更新させているような場合には,保証債務の履行を請求することが信義則に反するとして否定されることはあり得るとしています。この点,東京地判平6.6.21は,賃料の支払がないまま保証人に何らの連絡もなしに2回も合意更新することは社会通念上ありえないことで,かかる場合にも保証人が責任を負うとするのは保証人としての通常の意思に反し,予想外の不利益を負わせるので,2回目の合意更新後について保証人は責任を負わないとしました。
4.(まとめ)
以上ご説明したように,あなたがマンションの部屋を貸すにあたって保証人と保証契約を締結した際に,保証人は更新後責任を負わないという定めをしていないような場合であれば,あまりに長期間にわたって賃借人の賃料滞納を放置して合意更新を繰り返したような状況でない限りは,保証人に対して更新後の賃料の滞納分も支払ってもらうように請求することができると考えられます。もっとも,保証人が上記信義則違反の主張をするなどして任意の支払いに応じず,あなた自身の請求では事態解決が困難なような場合には,法律の専門家である弁護士にご相談してみることをお勧めいたします。
[参考判例]
@最高裁第一小法廷平成9年11月13日判決(抜粋)
一 本件は,建物賃借人のために連帯保証人となった上告人が,賃貸人である被上告人に対し,被上告人と賃借人との合意により建物賃貸借契約を更新した後に生じた未払賃料等についての連帯保証債務が存在しないことの確認を求めている事案である。
二 原審が適法に確定した事実関係の概要は,次のとおりである。
1 被上告人は,昭和六〇年五月三一日,上告人の実弟であるAに対し,第一審判決添付物件目録記載の建物(以下「本件マンション」という。)を,期間を同年六月一日から二年間,賃料を月額二六万円と定めて賃貸した(以下「本件賃貸借契約」という。)その際,上告人は,被上告人に対し,Aが本件賃貸借契約に基づき被上告人に対して負担する一切の債務について,連帯して保証する旨約した(以下「本件保証契約」という。)
2 本件賃貸借契約締結の際に作成された契約書においては,賃貸借期間の定めに付加して「但し,必要あれば当事者合議の上,本契約を更新することも出来る。」と規定されていたところ,被上告人としては,右賃貸借期間を家賃の更新期間と考えており,右期間満了後も賃貸借関係を継続できることを予定していた。他方,上告人は,本件保証契約締結当時,右規定から本件賃貸借契約が更新されることを十分予測することができたにもかかわらず,その当時Aが食品流通関係の仕事をしていて高額の収入があると認識していたことから,本件保証契約締結後も同人の支払能力について心配しておらず,そのため本件賃貸借の更新についても無関心であった。
3 Aと被上告人は,本件賃貸借につき,(一)昭和六二年六月ころ,期間を同年六月一日から二年間と定めて更新する旨合意し,(二)平成元年八月二九日,期間を同年六月一日から二年間,賃料を月額三一万円と定めて更新する旨合意し,(三)平成三年七月二〇日,期間を同年六月一日から二年間,賃料を月額三三万円と定めて更新する旨合意した。もっとも,右各合意更新の際に作成された賃貸借契約書中の連帯保証人欄には「前回に同じ」と記載されているのみで,上告人による署名押印がされていないし,右合意更新の際に被上告人から上告人に対して保証意思の確認の問い合わせがされたことはなく,上告人がAに対して引き続き連帯保証人となることを明示して了承したこともなかった。 4 Aは,前記3(二)の合意更新による期間中の賃料合計七五万円及び前記3(三)の合意更新による期間中の賃料等合計七五九万円を支払わなかったところ,被上告人は,平成四年七月中旬ころ,Aに対し,本件賃貸借契約の更新を拒絶する旨通知するとともに,平成五年六月八日ころ,上告人に対し,賃料不払が継続している旨を連絡した。Aは,平成五年六月一八日,被上告人に対し,本件マンションを明け渡した。
三 被上告人は,上告人に対し,本件保証契約に基づき,前記4の未払賃料等合計八三四万円及び平成五年六月一日から同月一八日までの賃料相当損害金一九万八〇〇〇円についての連帯保証債務履行請求権を有すると主張しており,これに対し,上告人は,本件保証契約の効力が本件賃貸借の合意更新後に生じた未払賃料債務等には及ばない,仮にそうでないとしても,被上告人による右保証債務の履行請求が信義則に反すると主張している。
建物の賃貸借は,一時使用のための賃貸借等の場合を除き,期間の定めの有無にかかわらず,本来相当の長期間にわたる存続が予定された継続的な契約関係であり,期間の定めのある建物の賃貸借においても,賃貸人は,自ら建物を使用する必要があるなどの正当事由を具備しなければ,更新を拒絶することができず,賃借人が望む限り,更新により賃貸借関係を継続するのが通常であって,賃借人のために保証人となろうとする者にとっても,右のような賃貸借関係の継続は当然予測できるところであり,また,保証における主たる債務が定期的かつ金額の確定した賃料債務を中心とするものであって,保証人の予期しないような保証責任が一挙に発生することはないのが一般であることなどからすれば,賃貸借の期間が満了した後における保証責任について格別の定めがされていない場合であっても,反対の趣旨をうかがわせるような特段の事情のない限り,更新後の賃貸借から生ずる債務についても保証の責めを負う趣旨で保証契約をしたものと解するのが,当事者の通常の合理的意思に合致するというべきである。もとより,賃借人が継続的に賃料の支払を怠っているにもかかわらず,賃貸人が,保証人にその旨を連絡するようなこともなく,いたずらに契約を更新させているなどの場合に保証債務の履行を請求することが信義則に反するとして否定されることがあり得ることはいうまでもない。
以上によれば,期間の定めのある建物の賃貸借において,賃借人のために保証人が賃貸人との間で保証契約を締結した場合には,反対の趣旨をうかがわせるような特段の事情のない限り,保証人が更新後の賃貸借から生ずる賃借人の債務についても保証の責めを負う趣旨で合意がされたものと解するのが相当であり,保証人は,賃貸人において保証債務の履行を請求することが信義則に反すると認められる場合を除き,更新後の賃貸借から生ずる賃借人の債務についても保証の責めを免れないというべきである。
四 これを本件についてみるに,前記事実関係によれば,前記特段の事情はうかがわれないから,本件保証契約の効力は,更新後の賃貸借にも及ぶと解すべきであり,被上告人において保証債務の履行を請求することが信義則に反すると認めるべき事情もない本件においては,上告人は,本件賃貸借契約につき合意により更新された後の賃貸借から生じたAの被上告人に対する賃料債務等についても,保証の責めを免れないものといわなければならない。これと同旨の原審の判断は,正当として是認することができ,その過程に所論の違法はない。右判断は,所論引用の判例に抵触するものではない。論旨は,右と異なる見解に立って原判決を論難するものであって,採用することができない。
A東京地裁平成6年6月21日判決(抜粋)
第二 事案の概要
本件は,原告が被告に対し,賃貸借の連帯保証契約に基づき,未払賃料等五二六万五三三〇円,更新料金一九万円,鍵代金五五〇〇円,原状回復費用五七万九七八〇円(明細は,別紙未払賃料・立替金及び原状回復費用等一覧のとおり)及びこれらに対する民法所定の遅延損害金の支払を求めたという事案である。
一 争いのない事実等
1 原告は,Aに対し,昭和五七年六月五日,別紙物件目録記載の建物(以下,本件建物という)を次の約定で貸し渡した(以下,本件賃貸借という)。(争いがない)
(1) 期間 昭和五七年五月一五日から二年間
(2) 賃料 月八万六〇〇〇円(毎月二五日翌月分支払い)
(3) 鍵を紛失した場合は鍵代金として五五〇〇円を支払う。
(4) 無催告解除特約 借主が契約条項に違反したときは,貸主は何らの催告なくして,本契約を解除することができる。
(5) 原状回復 借主がその費用で原状回復義務を負う。
2 被告は,原告に対し,同日,Aの原告に対する本件賃貸借に基づく一切の債務について連帯保証した(争いがない)。
3 本件賃貸借は,原告とAとの間で,昭和六三年四月一九日に,期間は同日から昭和六五年四月一九日まで,賃料は月額九万五〇〇〇円(消費税二八五〇円),更新料は新賃料の一か月分として合意更新された。その後,平成二年四月一九日,平成四年四月一九日にも合意更新されている。(〈書証番号略〉,弁論の全趣旨)
4 Aは昭和六三年一一月分以降の賃料等の支払いを怠ったため,原告は,Aに対し,平成五年四月一六日到達の内容証明郵便をもって,本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした。(〈書証番号略〉)
5 Aは平成五年五月一〇日,本件建物から退去した。(弁論の全趣旨)
二 原告の主張
1 本件賃貸借に際し,害虫駆料として,借主が一年に二回一二〇〇円を負担するとの約定があった。また,Aは鍵を紛失した。
2 原告は,本件建物の原状回復費用として五七万九七八〇円要した。
三 被告の主張
原告とAとの間における本件賃貸借の期間は,昭和五七年五月一五日から昭和五九年五月一四日までの二年間であるので,たとえ右契約の更新があったとしても,連帯保証人の責任は当初の賃貸借契約期間の経過により消滅し,更新後に及ばない。
第三 判断
一 原告の主張1の事実を認めるに足る証拠はない。
二 そこで,被告の主張について検討するに,本件賃貸借の契約書(〈書証番号略〉)に,@「期間満了の場合は両者合議のうえ契約を更新することをうるものとする」,A「本契約更新の際は現金にて八万六〇〇〇円を貸主に支払うものとする」との各記載があることからすれば,本件賃貸借は当然に更新されることが予定されていたもので,被告においても,本件賃貸借が二年で終了することなく,更新されることを承知して連帯保証人になったものと認められる。とすれば,更新後は連帯保証人の責を免れるとの明示のない本件においては,被告は更新後に生じた本件賃貸借に基づく債務についても責任があると解される。もっとも,賃借人の賃料の支払がないまま,保証人に何らの連絡もなしに賃貸借契約が期間二年として二回も合意更新されるとは,社会通念上ありえないことで,被告がかかる場合にも責任を負うとするのは,保証人としての通例の意思に反し,予想外の不利益をおわせるものである。本件においては,昭和六三年一一月以降,賃借人Aの賃料不払が継続していたにもかかわらず,被告に何らの連絡もなく,平成二年四月一九日及び平成四年四月一九日の二回にわたり本件賃貸借契約が合意更新されている(被告本人,弁論の全趣旨)のであるから,平成四年四月一九日以降の本件賃貸借に基づく債務について被告は保証人としての責任は負わないものというべきである。
三 以上によれば,原告の請求は,昭和六三年一一月分から平成四年三月分までの未払賃料合計三九五万一〇六三円,平成二年四月の更新料九万五〇〇〇円及びこれらに対する民法所定の遅延損害金の支払を求める限度で理由がある(原状回復費用については平成四年四月一九日以降に生じた債務であるので,被告に責任はない)。
[参照条文]
民法
(保証人の責任等)
第四百四十六条 保証人は,主たる債務者がその債務を履行しないときに,その履行をする責任を負う。
2 保証契約は,書面でしなければ,その効力を生じない。
3 保証契約がその内容を記録した電磁的記録(電子的方式,磁気的方式その他人の知覚によっては認識することができない方式で作られる記録であって,電子計算機による情報処理の用に供されるものをいう。)によってされたときは,その保証契約は,書面によってされたものとみなして,前項の規定を適用する。
(保証人の負担が主たる債務より重い場合)
第四百四十八条 保証人の負担が債務の目的又は態様において主たる債務より重いときは,これを主たる債務の限度に減縮する。
(催告の抗弁)
第四百五十二条 債権者が保証人に債務の履行を請求したときは,保証人は,まず主たる債務者に催告をすべき旨を請求することができる。ただし,主たる債務者が破産手続開始の決定を受けたとき,又はその行方が知れないときは,この限りでない。
(検索の抗弁)
第四百五十三条 債権者が前条の規定に従い主たる債務者に催告をした後であっても,保証人が主たる債務者に弁済をする資力があり,かつ,執行が容易であることを証明したときは,債権者は,まず主たる債務者の財産について執行をしなければならない。
(連帯保証の場合の特則)
第四百五十四条 保証人は,主たる債務者と連帯して債務を負担したときは,前二条の権利を有しない。
(賃貸借の更新の推定等)
第六百十九条 賃貸借の期間が満了した後賃借人が賃借物の使用又は収益を継続する場合において,賃貸人がこれを知りながら異議を述べないときは,従前の賃貸借と同一の条件で更に賃貸借をしたものと推定する。この場合において,各当事者は,第六百十七条の規定により解約の申入れをすることができる。
2 従前の賃貸借について当事者が担保を供していたときは,その担保は,期間の満了によって消滅する。ただし,敷金については,この限りでない。
借地借家法
(建物賃貸借契約の更新等)
第二十六条 建物の賃貸借について期間の定めがある場合において,当事者が期間の満了の一年前から六月前までの間に相手方に対して更新をしない旨の通知又は条件を変更しなければ更新をしない旨の通知をしなかったときは,従前の契約と同一の条件で契約を更新したものとみなす。ただし,その期間は,定めがないものとする。
2 前項の通知をした場合であっても,建物の賃貸借の期間が満了した後建物の賃借人が使用を継続する場合において,建物の賃貸人が遅滞なく異議を述べなかったときも,同項と同様とする。
3 建物の転貸借がされている場合においては,建物の転借人がする建物の使用の継続を建物の賃借人がする建物の使用の継続とみなして,建物の賃借人と賃貸人との間について前項の規定を適用する。
(建物賃貸借契約の更新拒絶等の要件)
第二十八条 建物の賃貸人による第二十六条第一項の通知又は建物の賃貸借の解約の申入れは,建物の賃貸人及び賃借人(転借人を含む。以下この条において同じ。)が建物の使用を必要とする事情のほか,建物の賃貸借に関する従前の経過,建物の利用状況及び建物の現況並びに建物の賃貸人が建物の明渡しの条件として又は建物の明渡しと引換えに建物の賃借人に対して財産上の給付をする旨の申出をした場合におけるその申出を考慮して,正当の事由があると認められる場合でなければ,することができない。
質問:医師法7条2項による医業停止命令を受けました。私はある病院で院長として勤務し,保健所には病院の管理者として届出をされています。また,その病院を経営している医療法人社団の理事でもあります。病院勤務自体を辞めなければなりませんか。医業停止期間中に私ができること,してはならないことについて教えてください。
↓
回答
1.医業停止とは字義どおり「医業」ができなくなることですので,医師法上の医業をどう解するかを押さえる必要があります。
2.病院との労働契約を終了させる必要はありません。
3.病院の管理者については法律上管理者の資格を失うという明確な規定はありませんが、解釈上、変更の届をするよう求めているのが行政の運用です。従って、退任届を提出し、停止期間経過後(再教育も終了)に就任するのが厚生労働省の指導方針に合致することになります。管理者に、医療の安全を保持し国民の生命、健康を守るための任務がある以上(医療法15条乃至16条の3)、妥当な解釈、運用と考えられます。
4.医療法人の理事については罰金以上の刑事処分を受けたのでない限り退任する必要はありません。刑事罰を受けた場合は、執行猶予中であれば猶予期間経過後、刑の執行を受けたのであれば執行終了後に就任できます。但し、医療法、医師法等の規定により処罰された場合は、さらに2年の期間経過が必要です。理事は、法人運営の意思決定機関でありますが、実際に医療行為を行う地位にはありませんので医師の資格は必要ではありません。私立大学の理事に大学教授でない人でも就任できるのと同様です。ただ、医療法人は公益法人ですのでその他の公益法人と同じように刑罰法規等に違反していないという一定の資格が要請されています。
5.「院長」などの肩書は,法令上の用語ではないので,それを用いること自体は規制されていません。
6.病院内で事務職員としての業務に従事することは差し支えありません。もっとも,医師として医業に従事しているのではないかという疑いを向けられるような振舞いは慎むべきです。
7.法律相談事例集キーワード検索869番参照。
解説
【医業の定義】
医師法第7条第2項第2号は「3年以内の医業の停止」と規定しており,ここにいう「医業」とは,医師法第17条(医師でなければ,医業をなしてはならない。)にいう「医業」と同義であると解されます。
そこで,第17条の「医業」とは何を指すか,その定義が問題となります。この点,厚労省医政局長が都道府県知事宛てに解釈に関する通知(医政発第0726005号http://wwwhourei.mhlw.go.jp/hourei/doc/tsuchi/171108-e.pdf,平成17年7月26日付け)をしていますのでこれが参考になります。それによると,医業とは「当該行為を行うに当たり,医師の医学的判断及び技術をもってするのでなければ人体に危害を及ぼし,又は危害を及ぼすおそれのある行為(医行為)を,反復継続する意思を持って行うことである」とされています。医業停止中に医業を行った者に対しては,医師法第32条によって刑罰(1年以下の懲役か50万円以下の罰金,またはその両方)が科せられますが,ここにいう「医業」もそれと同義です。
【問題点】
他方,条文の文言をそのまま読む限りは,医業以外の行為は禁止されていません。医師免許取消しの場合と異なり,医師免許・医籍も維持され,医師たる資格自体は残り,ただ医師だけに許されたはずの医業をすることが禁じられている状態と解することができます。医師たる資格に基づいて医療法人の理事となること,病院の管理者となること,医師たる資格を表示しつつ実際は病院の経営業務に従事すること等は,明文では禁止されていないことになります。法律の最終的な解釈権者は裁判所であり,行政庁ではありません。訴訟において,行政側の解釈が裁判所によって覆されることは当然ありえます。しかしながら,それまでの間,行政庁は,自己の解釈が真に正しいものかどうかはともかくとして,それに従って行政実務を遂行します。従って,裁判例のない部分については,行政庁による実務の運用に一層注意をする必要があります。
【病院との労働契約を継続することの可否】
病院との労働契約を終了させる必要はありません。医業停止処分は,前記の「医業」をしてはならないと命じるのみですので,病院(厳密にはそれを運営する医療法人)との間の労働契約という私法上の契約関係にまで容喙しえないことは当然といえるでしょう。もっとも,医業停止になったことにより,病院側が契約を解除すると主張してくるおそれはあります。この場合,医業停止となった期間が短いとか,処分の原因となった事実が比較的軽微なものであるとか,個別の事情によっては解雇権の濫用として争える可能性があるでしょうから,念のため弁護士にご相談することをお勧めします。
他方,仮に契約を維持してもらえる場合には,医業に従事できない期間の給与その他の労働条件について多少の不利益変更は甘受せざるを得ないでしょう。
【医療法上の病院等の管理者に就任・留任することの可否】
管理者については,少なくとも医業停止処分を受けた場合の再教育を修了するまでの間はこれに就くことができないとするのが厚生労働省の見解で,現に管理者になっている者に対しては,保健所へ退任届をするように求めています。その根拠は,医療法第10条第1項「病院又は診療所の開設者は,その病院又は診療所が医業をなすものである場合は臨床研修等修了医師に,歯科医業をなすものである場合は臨床研修等修了歯科医師に,これを管理させなければならない。」という規定の,臨床研修「等」の「等」の部分に医業停止処分を受けた場合の再教育も含まれているので,再教育が修了していない間は,管理者の地位につくことができないということのようです。上記の根拠を前提とすると,再教育は業務停止期間中に行われますので,それを修了しさえすれば再度管理者になることが可能とも思えます。
ところが,このように考えることには危険があります。医療法第25条第1項等に基づく病院等への立入検査制度の運用においては,管理者は医師として業務を遂行することを前提としている者なので医業停止期間中の者は就任しえないと解されているからです。
そうすると,最も安全なのは,医業停止処分期間が満了し,かつ,再教育を修了したときまで待つという選択になるでしょう。
なお,こうした運用から,退任届の遅れは医療法の届出義務違反となりますが,厚生労働省でも,数日遅れただけで直ちに告発するということまではしていないようです。もっとも,保健所への届出事項については,行政機関にとっては自ら保管する資料から比較的容易に調査しうるものといえ,その届出状況をもって立入検査実施の端緒のひとつとしていると留意すべきです。
病院や診療所に管理者が必要とされている理由はどこにあるのでしょうか。それは,医療が医師をはじめとする医療従事者の協同によって行われる専門的な業務であり,しかも医療を受ける者の生命の安全や健康といった重大な利益に直結する業務であることに求めることができます。病院や診療所は,こうした医療を適切に提供する場としての役割を担っているため,その管理者として,医療業務の内容を理解し,かつ実践することができる資格者を充てることが要請されているのだと考えることができるのです。
【医療法人の理事に就任・留任することの可否】
医療法人における理事の欠格事由については,医療法第46条の2第2項各号に列挙されていますが,医業停止期間中であることについては掲げられていません。
したがって,罰金以上の刑に処せられた場合には所定期間欠格事由に該当することになりますが,診療報酬不正請求事案などで刑事処分を受けずに医業停止を命じられた場合であれば,留任することができます。
【院長等の肩書を表示することの可否】
医療法人から「院長」の肩書きを受けている場合,その表示は変更を要するでしょうか。この点,「院長」は法令上の用語ではなく,これを規制する法令上の根拠がないので,規制することはできません。とはいえ,事実上,「院長」とは医療法の「管理者」と同義または類似の意味を有して通用していますので,厚生労働省が相談を受けた際は「可能な限り,停止期間中は院長や医師の表示を隠すようにしたらどうか」と助言しているそうです。このように,厚生労働省としては,管理者の変更手続がなされていれば,さほど問題とは考えていないものと見ることができます。
【その他,病院内でなしうること】
医業停止期間中も病院との間での労働契約を継続させることができた場合,休職したり,有給休暇を取得したりすることが考えられますが,出勤した場合,どのような業務に従事することができるのでしょうか。
この点,禁止されているのはあくまで冒頭の定義による「医業」ですので,事務職員と同じように仕事をすることは問題ないといえます。受付や会計等の事務作業に従事することはもちろん,病院内で患者に対して挨拶することも差し支えないでしょう。
では,白衣を着て,あたかも医業に従事しているかのような外観を作出することはどうでしょうか。
まず,白衣を着用すること自体は医業ではありません。そのうえで病院内を歩いたからといって直ちに医業をしているとまでは言えません。しかしながら,他の事務職員が白衣を着ていないのに白衣を着て,患者と病気の内容について話をしたとすれば,問診をしているのではないかとの誤解を受ける恐れがありますから,それは慎むべきです。患者から,「あの先生は医業停止中なのにどうして病院で医師として振る舞っているのか。」という趣旨の問い合わせが保健所に寄せられたことが実際あるそうです。
また,医業停止期間中に一度だけ診療行為をしたということで,再度,より重い処分を受けることとなったという事例もあるようです。行政処分にとどまらず,刑事罰も科されることがありますので,医業停止期間中に医業をすることはもってのほかとお心得ください。
【参照法令】
≪医師法≫
第7条第2項
医師が第4条各号のいずれかに該当し,又は医師としての品位を損するような行為のあつたときは,厚生労働大臣は,次に掲げる処分をすることができる。
一 戒告
二 三年以内の医業の停止
三 免許の取消し
第17条
医師でなければ,医業をなしてはならない。
第32条
第7条第2項の規定により医業の停止を命ぜられた者で,当該停止を命ぜられた期間中に,医業を行ったものは,1年以下の懲役若しくは50万円以下の罰金に処し,又はこれを併科する。
≪医療法≫
第一章 総則
第一条 この法律は、医療を受ける者による医療に関する適切な選択を支援するために必要な事項、医療の安全を確保するために必要な事項、病院、診療所及び助産所の開設及び管理に関し必要な事項並びにこれらの施設の整備並びに医療提供施設相互間の機能の分担及び業務の連携を推進するために必要な事項を定めること等により、医療を受ける者の利益の保護及び良質かつ適切な医療を効率的に提供する体制の確保を図り、もつて国民の健康の保持に寄与することを目的とする。
第一条の二 医療は、生命の尊重と個人の尊厳の保持を旨とし、医師、歯科医師、薬剤師、看護師その他の医療の担い手と医療を受ける者との信頼関係に基づき、及び医療を受ける者の心身の状況に応じて行われるとともに、その内容は、単に治療のみならず、疾病の予防のための措置及びリハビリテーションを含む良質かつ適切なものでなければならない。
2 医療は、国民自らの健康の保持増進のための努力を基礎として、医療を受ける者の意向を十分に尊重し、病院、診療所、介護老人保健施設、調剤を実施する薬局その他の医療を提供する施設(以下「医療提供施設」という。)、医療を受ける者の居宅等において、医療提供施設の機能(以下「医療機能」という。)に応じ効率的に、かつ、福祉サービスその他の関連するサービスとの有機的な連携を図りつつ提供されなければならない。
第10条第1項
病院又は診療所の開設者は,その病院又は診療所が医業をなすものである場合は臨床研修等修了医師に,歯科医業をなすものである場合は臨床研修等修了歯科医師に,これを管理させなければならない。
第十五条 病院又は診療所の管理者は、その病院又は診療所に勤務する医師、歯科医師、薬剤師その他の従業者を監督し、その業務遂行に欠けるところのないよう必要な注意をしなければならない。
2 助産所の管理者は、助産所に勤務する助産師その他の従業者を監督し、その業務遂行に遺憾のないよう必要な注意をしなければならない。
3 病院又は診療所の管理者は、病院又は診療所に診療の用に供するエックス線装置を備えたときその他厚生労働省令で定める場合においては、厚生労働省令の定めるところにより、病院又は診療所所在地の都道府県知事に届け出なければならない。
第十五条の二 病院、診療所又は助産所の管理者は、病院、診療所又は助産所の業務のうち、医師若しくは歯科医師の診療若しくは助産師の業務又は患者、妊婦、産婦若しくはじよく婦の入院若しくは入所に著しい影響を与えるものとして政令で定めるものを委託しようとするときは、当該病院、診療所又は助産所の業務の種類に応じ、当該業務を適正に行う能力のある者として厚生労働省令で定める基準に適合するものに委託しなければならない。
第十六条 医業を行う病院の管理者は、病院に医師を宿直させなければならない。但し、病院に勤務する医師が、その病院に隣接した場所に居住する場合において、病院所在地の都道府県知事の許可を受けたときは、この限りでない。
第十六条の二 地域医療支援病院の管理者は、厚生労働省令の定めるところにより、次に掲げる事項を行わなければならない。
一 当該病院の建物の全部若しくは一部、設備、器械又は器具を、当該病院に勤務しない医師、歯科医師、薬剤師、看護師その他の医療従事者の診療、研究又は研修のために利用させること。
二 救急医療を提供すること。
三 地域の医療従事者の資質の向上を図るための研修を行わせること。
四 第二十二条第二号及び第三号に掲げる諸記録を体系的に管理すること。
五 当該地域医療支援病院に患者を紹介しようとする医師その他厚生労働省令で定める者から第二十二条第二号又は第三号に掲げる諸記録の閲覧を求められたときは、正当の理由がある場合を除き、当該諸記録のうち患者の秘密を害するおそれのないものとして厚生労働省令で定めるものを閲覧させること。
六 他の病院又は診療所から紹介された患者に対し、医療を提供すること。
七 その他厚生労働省令で定める事項
2 地域医療支援病院の管理者は、居宅等における医療を提供する医療提供施設、介護保険法第八条第四項 に規定する訪問看護を行う同法第四十一条第一項 に規定する指定居宅サービス事業者その他の居宅等における医療を提供する者(以下この項において「居宅等医療提供施設等」という。)における連携の緊密化のための支援、医療を受ける者又は地域の医療提供施設に対する居宅等医療提供施設等に関する情報の提供その他の居宅等医療提供施設等による居宅等における医療の提供の推進に関し必要な支援を行わなければならない。
第十六条の三 特定機能病院の管理者は、厚生労働省令の定めるところにより、次に掲げる事項を行わなければならない。
一 高度の医療を提供すること。
二 高度の医療技術の開発及び評価を行うこと。
三 高度の医療に関する研修を行わせること。
四 第二十二条の二第三号及び第四号に掲げる諸記録を体系的に管理すること。
五 当該特定機能病院に患者を紹介しようとする医師その他厚生労働省令で定める者から第二十二条の二第三号又は第四号に掲げる諸記録の閲覧を求められたときは、正当の理由がある場合を除き、当該諸記録のうち患者の秘密を害するおそれのないものとして厚生労働省令で定めるものを閲覧させること。
六 他の病院又は診療所から紹介された患者に対し、医療を提供すること。
七 その他厚生労働省令で定める事項
2 特定機能病院の管理者は、第三十条の四第二項第二号に規定する医療連携体制が適切に構築されるように配慮しなければならない。
第25条
1項
都道府県知事,保健所を設置する市の市長又は特別区の区長は,必要があると認めるときは,病院,診療所若しくは助産所の開設者若しくは管理者に対し,必要な報告を命じ,又は当該職員に,病院,診療所若しくは助産所に立ち入り,その有する人員若しくは清潔保持の状況,構造設備若しくは診療録,助産録,帳簿書類その他の物件を検査させることができる。
2項
都道府県知事,保健所を設置する市の市長又は特別区の区長は,病院,診療所若しくは助産所の業務が法令若しくは法令に基づく処分に違反している疑いがあり,又はその運営が著しく適正を欠く疑いがあると認めるときは,当該病院,診療所又は助産所の開設者又は管理者に対し,診療録,助産録,帳簿書類その他の物件の提出を命ずることができる。
3項ないし5項 略
第46条の2
1項 略
2項
次の各号のいずれかに該当する者は,医療法人の役員となることができない。
一 成年被後見人又は被保佐人
二 この法律,医師法,歯科医師法その他医事に関する法令の規定により罰金以上の刑に処せられ,その執行を終わり,又は執行を受けることがなくなった日から起算して2年を経過しない者
三 前号に該当する者を除くほか,禁錮以上の刑に処せられ,その執行を終わり,又は執行を受けることがなくなるまでの者
3項 略
質問:美容室(エステ・ネイルサロン)を経営しております。半月ほど前に来店されたお客様が、カットとブローが終わって、帰宅された後に、「ショートヘアにされて外出も出来なくなったので返金しろ、慰謝料も請求する」というクレームの連絡がありました。インターネットの掲示板で、当店を誹謗中傷する書き込みもしているようです。どのように対応すべきでしょうか。
↓
回答:
1.法的に返金の義務はありませんが、相手方の心情を考慮して、料金の返金も検討して下さい。
2.料金の返金後に、クレーム行為や、営業妨害の行為が続くようであれば、証拠資料を収集して、内容証明郵便で警告書を通知し、それでもダメな場合は、業務妨害罪で刑事告訴を検討されると良いでしょう。簡易裁判所の民事調停で話し合いをすることもできます。
3.インターネットの掲示板で、店の評価を下げるような記事がある場合は、運営会社に対して、「事実無根であるので、記事を削除して下さい。応じない場合は損害賠償請求を行います。」と通知するとよいでしょう。上場企業が運営しているような掲示板であれば、適正な対応を期待することができます。
4.法律相談事例集キーワード検索926番、936番参照。
解説:
1.(原則的な法律問題の評価 請負契約か準委任契約か)
お客が美容室(エステ・ネイルサロン)でカットやネイルの手入れを依頼し、お店の人が了解してカット等行うことも契約であり、美容室はお客の注文に応じたカット等をする義務が生じます。そして、美容院がどのような義務負うのかについては契約の内容によって異なります。ただ美容院でカット等を依頼する場合、契約書は作らないのが普通ですからどのような髪型にするのかなど口約束で決まることになりますので、どのような契約をしたのか後日問題になる場合が考えられます。
民法は典型的な契約についてその内容を定めていますが、美容院でのカット等の依頼は、「準委任契約」又は「請負契約」に分類されうるものです。そして、抽象的な美的センスを問われる美容の役務提供を目的としているため、「仕事の完成=民法632条」を目的とする請負契約にはなじまないのではないかと、考えることができますので、準委任契約と解釈されうると思います。自分が好む髪型にしたいという目的もあるように思われますが、一般的に髪型の完成は、性質上どうしても、依頼者の主観、技術者の考えが完全に一致することはあり得ませんから仕事の目的を法的に特定することが困難であり、依頼者が自らの希望を述べて技術者の技能、センスを信頼してカット等の業務(事務)を依頼したと考えるのが契約の性質に適合すると考えられます。後述の判例(東京地裁平成17年11月16日判決)も同様の立場に立っていると思われます。
準委任契約(民法656条)とは、事実行為(事務)の委託を受け作業を行う契約のことです。法律行為の代理を行う委任契約と類似するので、委任契約の規定の多くが準用されています(本稿の最後に関連する条文を引用します。)。準委任とすると、技術者の善管注意義務の内容を個々具体的に検討して注意義務違反を判断することになります。では、準委任と請負の違いはどこに有るかというと、両契約とも労務の提供を目的としていますが、請負の場合契約目的(仕事の完成)が設定されていますから、その範囲で請負人は裁量権を有するにすぎませんが、準委任は仕事の完成という目的がないので受任者の裁量権の範囲が広く依頼の趣旨に従い技術力を行使すれば注意義務違反問題が生じないと考えることが出来ます。
なお、美容契約については、「美容業に関する標準営業約款規程集(財団法人全国生活衛生営業指導センター発行)」が定められており、美容院の負う責任について参考になさって下さい。この規定には、マニキュアとペディキュア(足の爪の美容)も役務に含まれており、ネイル(爪)サロンでも参考になると思います。この約款では、美容業の役務の提供について、準委任とも請負とも特定しておらず、取引慣行を基にした非典型(無名)契約の一種であると解釈しているように読むことができます。
http://www.seiei.or.jp/pdf2/bi_kitei.pdf
エステサロンについては、財団法人日本エステティック研究財団の標準契約書が適用される場合がありますので、参考になさってください。
http://www.jerf.or.jp/books.html
2.(判例紹介)
いわゆるキャバクラ嬢髪型訴訟の判決の一部をご紹介致します。東京地裁平成17年11月16日判決です。
「本件美容契約の性質については当事者間に争いがあるが,本件美容契約上の被告の債務として,原告の求めたデザイン,カラーに基づき,カットし,カラーリングすること,その過程で,デザインに見合ったカット手法を採用すること,デザイン,カラー等に疑義が生じれば原告に確認することであることがあることについては,実質上当事者に争いがない。また,加えて,刃物や染髪料等を用いる美容契約の性質上,併せて,原告の生命,身体を害しない安全配慮義務があると解される。しかし,ここで,デザインについての原告の求めはある程度抽象的であること,頭髪の状態,性質には個人差があり,また同一個人であっても年齢や頭髪のコンディションによっても変化するため,同じカットを施しても,結果が同じとなるとは限らないことを勘案すると,その抽象的に求められたデザイ
ンの髪型とするために合理的なカット手法を採用すれば,被告において,本件美容契約上の義務違反や違法行為は問題とならないと解すべきである。」
「ア 後遺障害(主位的主張,予備的主張)に基づく請求について
髪型の問題は髪が伸びることによって解消するから,半永久的に残存することを前提とする後遺障害に基づく逸失利益ないし慰謝料請求はありえない。ただ,原告は,一定期間その意に副わない髪型であることによって過ごさなければならないので,その慰謝料が問題となるが,それは通院慰謝料として検討する。また,それによって明白な減収がある場合には,休業損害として肯定すべきであるが,前記1(1),(12)によると,原告の収入は月によって差があり,本件カット後に直前月の収入から比べて大きく落ち込んだとも認められない。そうすると,この点について肯定することはできない。しかし,他方
,原告はキャバクラ嬢という容姿の美しさが重視される職業に携わっており,髪型は容姿に大きく影響するものであって,現に,原告がエクステンションでカバーしていることも明白な減収を防いでいること,明らかな形ではないが大まかな傾向としては減収も窺えることから、これらの点は,通院慰謝料で考慮する。
イ 通院慰謝料 30万円
前記前提事実のとおり,原告は髪をアピールポイントとしていたキャバクラ嬢であったのに,ウルフレイヤーに近い髪型となり,職業上巻き髪やアップをする必要があることもあって,エクステンションの装着を余儀なくされ,裏付けがあるだけでも約30万円の支出が認められること,髪に自信が持てなくなったため接客にも自信が持てなくなった時期もあったこと,しかし,他方,髪型の問題は時期がくれば解消するものであって,その期間も,原告が主張するように従前の髪型における長さを前提とするのではなく,本件美容契約の依頼の内容であるJJ記載の本件髪型を前提とすべきであって,そうであれば1,2年で足りることを勘案すると,30万円をもって相当と認める。」
美容室がどのようなカットをすれば責任を果たしたと言えるのかという点について、髪型や、パーマや、カラーリングや、エステサロンにおける施術や、ネイルサロンにおける施術も、美的なセンスが要求される、抽象的な依頼になりますので、裁判所も、「合理的なカット手法を採用すれば、被告において、本件美容契約上の注意義務違反や違法行為は問題とならないと解すべきである」と判断しています。すなわち、美容師の裁量権の範囲を広く認定しているようです。従って「合理的な(通常求められる程度の)施術を行えば」、責任を果たしたことになり、債務は履行したといえますから、代金を返金したり、損害賠償をする必要は無いと考えてよいでしょう。
本件では裁判所は、原告の注文、希望が頭頂部17〜20センチの長さカットするという依頼が、7〜8センチにカットしてしまったため、契約上の義務に違反していると認定しています。そこで、次にどの程度損害賠償するかという問題になります。美容室のカットについては、髪が伸びることによって回復するので、後遺障害にもとづく遺失利益や慰謝料請求は認められないと判断しています。他方、カット直後の収入減少については、収入減の証拠がないことから損害があったことは認めず、通院慰謝料の一部として評価し、賠償責任を認めています。判決では、損害があったという証拠がない限り賠償は認められないのですが、慰謝料というのは精神的な損害についての賠償ですから、証拠がないとしても裁判所としては認めることができるので、このような扱いをすることになります。尚、争点とは関係有りませんが、本判決は、美容室に安全配慮義務を認定している点が大切です。安全配慮義務とは、業務上相手方の生命身体に危害が及ぼす可能性がある一定の法律関係にある者は、当該契約関係に付随して生じる相手方の生命身体の安全を配慮し保障すべき信義則上の義務を言います。その根拠は私的自治の原則に内在する公平公正の理念にあり、報償又は危険責任(民法では715条乃至718、使用者、工作物、動物占有者の責任)を背景に通常、業務上の危険性を有する労働契約、請負契約、医師の診療行為契約に適用されますが身体の安全確保の趣旨から美容室における契約にも拡張適用されることになります。
3.(施術料金の返還)
前記の通り、通常求められる程度の合理的な施術を行っていれば、債務は履行されたと認められ報酬請求権も発生しますから受領した料金の返還の義務はありません。しかし、相手が納得しない場合、施術料金の返還をすることが、トラブル解決の第一歩となる場合があります。法的に、施術料金の返還・受領は、施術契約の合意解除と評価しうるからです。カットが終わって代金お支払いがなされていれば契約は終了しているのですが、相手が納得せずに賠償を請求している場合は相手の立場からすれば契約が完了していないことになります。そこで、お互いに初めから契約がなかったことにしましょうというのが合意解除です。初めから契約がなかったことにするのですから、代金は返す必要がありますが、カットについての責任は負わないということになります。合意解除後の請求権は、解除権を行使した場合の民法545条の現状回復義務ではなく、民法703条の不当利得返還請求権として評価される(大審院大正8年9月15日判決)と解されています。
最良の方法は、「合意書・示談書」を作成して、料金全額を返金して、トラブルを解決する方法です。「合意が成立したので、今後一切、双方異議を申し立てないことを約した」という「清算条項」を入れることが必要です。合意書・示談書は、弁護士さんに作成又は確認してもらうとよいでしょう。
4.(内容証明郵便の通知)
(1)示談や合意解除をして施術料金の返還が出来たにもかかわらず、引き続き、慰謝料請求やネットでの誹謗中傷が続く場合は、内容証明郵便で、警告書を送るとよいでしょう。
記載する内容は、@施術に関してクレームがあったので、施術の契約は合意解除し、代金も全額返金済みです、A当方としては特にこれ以上金銭的に精算すべきものは無いと考えているので、請求しないでください。Bどうしても法的権利があるとお考えであれば、適法な法的手続として、民事調停又は民事訴訟の提起をお願いします、Cネットでの誹謗中傷は、当店の営業上の損害を生じますので直ちに削除して下さい、Dネットでの誹謗中傷や、店舗への連絡や要求が続くようであれば、業務妨害事件として○○警察署に被害相談及び○○裁判所への損害賠償請求訴訟提起の検討を行う必要を生じますので、ご深慮の上でのご対応をお願い申し上げます。
(2)施術料金の返還が出来ていない場合でも、内容証明を送るとよいでしょう。
記載する内容は、@○月○日貴殿の依頼に基づき、施術を行いました。当方としては、貴殿の依頼に基づき一般的に要求される行為を行い、代金を受領し、契約関係は終了しているという認識です。Aその後、○月○日から貴殿のクレームを受けております。代金を返せ、慰謝料をよこせ、という主張をされております。B貴殿の主張は、施術契約の合意解除の申し入れであると判断致しました。当方としても、信頼関係に基づく施術契約ですから、信頼関係が無くなっているのであれば、合意解除に応じたいと思います。本書面をもって、合意解除の承諾の意思表示を致します。C施術代金を返還致しますので、振込先口座を書面にてお知らせ下さい。送金したいと思います。Dネットでの誹謗中傷は、当店の営業上の損害を生じますので直ちに削除して下さい、Eネットでの誹謗中傷や、店舗への連絡や要求が続くようであれば、業務妨害事件として○○警察署に被害相談及び○○裁判所への損害賠償請求訴訟提起の検討を行う必要を生じますので、ご深慮の上でのご対応をお願い申し上げます。
内容証明を送付しても、返金先口座を知らせてこない場合は、法務局に対する弁済供託(民法494条)を検討されるとよいでしょう。
5.(民事調停による話し合い)
上記の内容証明を送っても、それでも、相手方からの慰謝料請求などが続く場合は、簡易裁判所による民事調停手続きの活用を検討して下さい。
裁判所の説明ページのリンクをご紹介致しますので、参考になさってください。
http://www.courts.go.jp/saiban/syurui/minzi/minzi_04_02_10.html
http://www.courts.go.jp/saiban/wadai/1806minzi.html
6.(被害届提出又は刑事告訴)
店に何度も何度も電話してきて業務に支障を生じている場合や、店の前で大声で騒ぎ立てている場合や、誹謗中傷のネット書き込みが継続する場合は、証拠資料を収集して、警察署に被害相談又は刑事告訴の手続きを行うとよいでしょう。考えられる罪名は、業務妨害罪(刑法233条、234条)です。証拠収集の方法は、電話の通話録音や通話記録の取り寄せや、ビデオ撮影、会話録音、証人の見聞録作成や、ネット書き込みの印刷など、です。窓口は警察署の生活安全課になると思います。警察署は「民事不介入の原則」があり、通常の紛争であれば、介入せず、当事者の話し合いに任せる、というスタンスが基本となりますが、熱心に捜査してもらうためには、「通常のレベルではない」ということを、詳細に説明する必要があるでしょう。場合によっては、警察署への相談に、弁護士さんに同行してもらうことも、有効です。
7.(誹謗中傷の書き込みに対する対応)
ネットの誹謗中傷の書き込みは、民事上は損害賠償請求(民法415条、709条)又は差止請求の問題となりますし、刑事上は、名誉毀損罪(刑法230条)又は信用毀損罪(刑法233条前段)又は偽計業務妨害罪(刑法233条後段)の対象となりうる行為です。勿論、書き込みをした本人に対して削除するように働きかける必要がありますが、虚偽の書き込みであったり、誹謗中傷がひどい場合は、掲示板の管理会社や、インターネットプロバイダに対して、削除の要求をすることが考えられます。上場企業が運営しているような掲示板であれば、一定程度の合理的な対応を期待することができます。
掲示板の管理会社では、被害者本人からのメールや電話でのクレーム段階では、「掲載情報の真偽は保証致しかねる、という約款に従って運営しているので、削除しません」という対応を取ることも多いのですが、弁護士から内容証明郵便で法的責任追求の可能性に言及して削除の要求をすると、顧問弁護士や社内で検討して、削除されることもある様です。弁護士さんに相談してみるとよいでしょう。
<参考条文>
民法
第六百四十三条(委任)委任は、当事者の一方が法律行為をすることを相手方に委託し、相手方がこれを承諾することによって、その効力を生ずる。
(受任者の注意義務)
第六百四十四条 受任者は、委任の本旨に従い、善良な管理者の注意をもって、委任事務を処理する義務を負う。
(受任者による報告)
第六百四十五条 受任者は、委任者の請求があるときは、いつでも委任事務の処理の状況を報告し、委任が終了した後は、遅滞なくその経過及び結果を報告しなければならない。
(受任者による受取物の引渡し等)
第六百四十六条 受任者は、委任事務を処理するに当たって受け取った金銭その他の物を委任者に引き渡さなければならない。その収取した果実についても、同様とする。
2 受任者は、委任者のために自己の名で取得した権利を委任者に移転しなければならない。
(受任者の金銭の消費についての責任)
第六百四十七条 受任者は、委任者に引き渡すべき金額又はその利益のために用いるべき金額を自己のために消費したときは、その消費した日以後の利息を支払わなければならない。この場合において、なお損害があるときは、その賠償の責任を負う。
(受任者の報酬)
第六百四十八条 受任者は、特約がなければ、委任者に対して報酬を請求することができない。
2 受任者は、報酬を受けるべき場合には、委任事務を履行した後でなければ、これを請求することができない。ただし、期間によって報酬を定めたときは、第六百二十四条第二項の規定を準用する。
3 委任が受任者の責めに帰することができない事由によって履行の中途で終了したときは、受任者は、既にした履行の割合に応じて報酬を請求することができる。
(受任者による費用の前払請求)
第六百四十九条 委任事務を処理するについて費用を要するときは、委任者は、受任者の請求により、その前払をしなければならない。
(受任者による費用等の償還請求等)
第六百五十条 受任者は、委任事務を処理するのに必要と認められる費用を支出したときは、委任者に対し、その費用及び支出の日以後におけるその利息の償還を請求することができる。
2 受任者は、委任事務を処理するのに必要と認められる債務を負担したときは、委任者に対し、自己に代わってその弁済をすることを請求することができる。この場合において、その債務が弁済期にないときは、委任者に対し、相当の担保を供させることができる。
3 受任者は、委任事務を処理するため自己に過失なく損害を受けたときは、委任者に対し、その賠償を請求することができる。
(委任の解除)
第六百五十一条 委任は、各当事者がいつでもその解除をすることができる。
2 当事者の一方が相手方に不利な時期に委任の解除をしたときは、その当事者の一方は、相手方の損害を賠償しなければならない。ただし、やむを得ない事由があったときは、この限りでない。
(委任の解除の効力)
第六百五十二条 第六百二十条の規定は、委任について準用する。
(委任の終了事由)
第六百五十三条 委任は、次に掲げる事由によって終了する。
一 委任者又は受任者の死亡
二 委任者又は受任者が破産手続開始の決定を受けたこと。
三 受任者が後見開始の審判を受けたこと。
(委任の終了後の処分)
第六百五十四条 委任が終了した場合において、急迫の事情があるときは、受任者又はその相続人若しくは法定代理人は、委任者又はその相続人若しくは法定代理人が委任事務を処理することができるに至るまで、必要な処分をしなければならない。
(委任の終了の対抗要件)
第六百五十五条 委任の終了事由は、これを相手方に通知したとき、又は相手方がこれを知っていたときでなければ、これをもってその相手方に対抗することができない。
(準委任)
第六百五十六条 この節の規定は、法律行為でない事務の委託について準用する。
質問:私は,歯科医師ですが先日深夜,街灯がない薄暗い道を酒に酔って下半身を露出して歩いていたところある女性が目撃し,交番に届けられて取り調べを受けました。どうしたらいいでしょうか。
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回答
1.今回のケースの場合,あなたの行為について,公然わいせつ罪(刑法174条)が成立する可能性が高いものと考えられます。現時点でとり得る手段を検討すると,@贖罪寄付,A目撃者の女性との示談,の2つを挙げることができます。刑事事件における示談の理論的根拠は自力救済禁止(法の支配)に求めることができます。従って,示談は不可欠でしょう。法律相談事例集キーワード検索957番参照。
2.貴方は,歯科医師ですから刑事処分の他行政処分として医道審議会の医師資格審査が有りますので一般人と異なり,不起訴処分を目的にして弁護活動を行う必要があります。法律相談事例集キーワード検索869番,735番,653番,551番,313番,266番,246番,211番,48番参照。以下,詳しく解説します。
解説:
1.(公然わいせつ罪の成否について)
犯罪とは,一般に「構成要件に該当し,違法かつ有責な行為」であると定義されていますので公然わいせつ罪が成立するか順を追って要件を検討します。
2.(まず保護法益は何か)
ところで公然わいせつ罪の保護法益ですが,刑法をはじめとする刑罰法規の本質は,法益の保護をその目的とすることにあり,刑法の処罰規定は,必ず何らかの法益を保護し当該保護法益から要件も導かれるという関係にあります。そこで公然わいせつ罪が保護する法益は何かを検討してみますが,下記@・Aの2つの考え方が対立しています。
@「健全な性秩序ないし性的風俗」を保護法益とする考え方。通説は,公然わいせつ罪の保護法益を,社会的法益としての「健全な性秩序ないし性的風俗」と捉えています。この説によれば,公然わいせつ罪とは,社会の健全な性秩序を乱す風俗犯として位置づけられることになります。
次に,A「見たくない者の性的自由」を保護法益とする考え方。上記のような「健全な性秩序ないし性的風俗」を保護法益と考える立場に対しては,価値観が多様化している現代国家において,一定の性道徳を国家が個人に対して押しつけることは妥当でないという批判があります。このような批判から,公然わいせつ罪の保護法益を,個人的法益としての「見たくない者の性的自由」として捉える説も存在します。この説からは,公然わいせつ罪を「個人の性的自由を侵害する犯罪」として捉えることになるでしょう。
3.(保護法益についての判例等の考え方)
公然わいせつ罪の保護法益について,明確な結論を示した判例はありません。しかし,公然わいせつ罪と同質の犯罪類型であると考えられるわいせつ物頒布等の罪(刑法175条)につき,判例は「刑法175条が,所論のように他人の見たくない権利を侵害した場合や未成年者に対する配慮を欠いた販売等の行為のみに適用されるとの限定解釈をしなければ違憲となるものではない」(最判昭和58年10月27日刑集37巻8号1294頁)と述べており,この論理は公然わいせつ罪にも当てはまるものと考えられます。つまり,判例は,公然わいせつ罪の保護法益が「見たくない者の性的自由」のみを保護しているとする考え方については,これを明確に否定しているといえるでしょう。
価値観が多様化している現代国家において,一定の性道徳を国家が個人に押しつけることは妥当で無いという上記@の考え方に対する批判は,理由のあるものであるといえます。また,性道徳や性風俗は,その時代の社会のあり方に伴い変化する動態的な概念ですから,これを保護法益とすることは,公然わいせつ罪の処罰範囲を不明確にする危険を伴います。その意味では,A説の立場のように,公然わいせつ罪の保護法益を「見たくない者の性的自由」ととらえ,個人の性的自由を侵害しない場合(現に目撃者がいない,あるいは目撃した者の同意がある場合など)には公然わいせつ罪の成立を否定し,処罰範囲を限定することは,刑罰法規の持つ行為規範としての性格に照らしても,合理性を有するものといえます。
しかし,それにもかかわらず,上記A説のように,公然わいせつ罪の保護法益を「見たくない者の性的自由」のみと考えることはできません。なぜならば,刑法174条は,「公然とわいせつな行為をした」ことのみをもって,公然わいせつ罪の成立を認める文言となっており,そこに「現に目撃者がいること」や「目撃者が同意をしていないこと」を読み込むことは,解釈論(法律の文言をどのように読むかという議論)として無理があるからです。上記A説の立場は,「立法論」(法律の文言をどのように定め,あるいはどのように改正するかの議論)としては合理性を有するものであると言えますが,「解釈論」としては無理があると言わざるを得ません。このように,「立法論」と「解釈論」は峻別されなければならないのです。
したがって,公然わいせつ罪の保護法益は,やはり社会的法益としての「健全な性秩序ないし性的風俗」と考えざるをえないでしょう。もっとも,「健全な性秩序ないし性的風俗」の保護に伴い,「見たくない者の性的自由」をも副次的に保護していると考えることは十分に可能であると考えられます(上記最判の団藤重光裁判官の補足意見『…猥褻文書図画頒布販売罪の行為類型の中心にあるのは,人の性的な好奇心や慾望の弱点につけこんで営利をはかろうとする商業主義的行為であり,しかも,その中には,少年の情操を害するような態様のものや,いわゆる「見たくないものを見ない権利」を害するような態様のものも含まれているのである』を参照)。以下では,保護法益をこのように捉える立場から,公然わいせつ罪の成否及びとり得る手段を検討します。
4.(公然わいせつ罪の構成要件該当性について)
(1)公然わいせつ罪の構成要件とは,刑法やその他の刑罰法規に定められた,犯罪の成立のために必要な形式的要件のことをいいます。刑法174条によれば,公然わいせつ罪が成立するためには,@公然と,Aわいせつな行為をすること及びB故意(@とAに該当する事実についての認識)が必要となります。
(2)(公然性)
「公然」の意義については,刑法上明確に定められた規定はありません。しかし,その文言と,上記の保護法益に照らして解釈すれば,「不特定又は多数の人が認識することのできる状態」(最決昭和32年5月22日裁判集刑事11巻5号1526頁)のことをいうと解されます。すなわち善良なる社会風俗秩序維持のため危険犯的性格を有する犯罪です。
今回のケースでは,深夜とはいえ,一般人が通行する可能性がある公道上での行為(しかも,現に女性に目撃されている)ですから,少なくとも「不特定の人が認識することのできた状態」であること,すなわち公然性は明らかです。たとえ目撃した人が1人であっても健全な性秩序ないし性的風俗を保護しようとする趣旨から不特定,又は,多数の人が認識できる状態である以上公然性が認められることになります。
但し,静岡地方裁判所沼津支部昭和42年6月24日判決は,旅館経営者が女性と共謀し旅館で知り合いの4名の者に対してのみ女性の陰部の写真を撮らせる等の行為をした事件について「特定,少人数である」として公然性を否定し無罪を言い渡しています。妥当な判断です。この判決でも不特定,多人数を旅館に勧誘しているような場合は公然性が満たされる事になるでしょう。これに対し不特定多数の人を勧誘している以上会員制でもワイセツな行為観覧について公然性を認めた東京高等裁判所(控訴審)昭和33年7月23日判決も参考になります。
(3)(わいせつな行為)
公然わいせつ罪の保護法益は,「健全な性秩序ないし性的風俗」であると考えられること,また,これらの概念は,その時代や社会の状況により変化しうる動態的なものであることは,既に述べました。とすると,「健全な性秩序ないし性的風俗」を害する「わいせつな行為」を一義的に定めることも,また困難であるといわざるを得ません。刑法174条の定める「わいせつ行為」について判示した下級審の裁判例として,大阪高判昭和30年6月10日(「わいせつ行為とは性欲の刺げき満足を目的とする行為であって,他人の羞恥の情を懐かしめる行為を云う」としたもの)や,東京高判昭和27年12月18日(「猥褻の行為とは,その行為者又はその他の者の性欲を刺激興奮又は満足させる動作であって,普通人の正常な性的羞恥心を害し善良な性的道義観念に反するものと解するのを相当とする」としたもの)があります。
しかし,これらの裁判例の判示するところによっても,「わいせつ行為」に該当する行為がいかなるものかは判然としません。このように,「わいせつな行為」の範囲・限界は,かなり不明確なものとなっています。しかし,少なくとも,貴方の行った性器の露出行為や姦淫行為が「わいせつ行為」に当たることには争いがありません。
(4)(故意)
故意とは,構成要件に該当する事実の認識のことをいいます。公然わいせつ罪でいえば,@公然性を基礎づける事実の認識,及び,A「わいせつ行為」に該当する行為をしていることの認識があることが,構成要件該当性を肯定するために必要な要件となります。これを今回のケースに置き換えれば,@一般人が通行し得る公道上の行為であることの認識,及び,A下半身を露出していることの認識ということになるでしょう。
今回のケースでは,あなたは酒に酔っていたとのことですが,酒に酔った状態であっても,その状態でこれらの事実を認識している限り,故意は認められます。逆に,酒に酔っていたことにより,@自宅での行為であると認識していたとか,あるいは,A自分が下半身を露出していないと認識していたなどの事情が認められれば,故意が否定される余地はあります。しかし,結局のところ,あなたの主観の問題ですから,上に挙げたような故意を否定する事情を,証拠により証明することはできないものと思います。飲酒して現在当時の事情をよく覚えていないことと事件当日認識があったかどうかは別の問題だからです。
(5)(結論)以上あなたの行為は,公然わいせつ罪の構成要件に該当するものと思われます。
5.(違法性の有無)
違法性判断の構造ですが,刑法やその他の刑罰法規において定められる構成要件とは,一定の違法行為を類型化したものであると考えられています。したがって,構成要件に該当する事実が認められる場合,その行為は原則として違法であると推定されるのです(これを,「構成要件の違法推定機能」といいます)。したがって,構成要件該当性が認められた場合,その後になされる違法性の判断とは,推定された違法性を否定する事由(これを「違法性阻却事由」といいます)があるか否かという観点から行われます。違法性阻却事由の典型例としては,正当防衛(刑法36条)を挙げることができるでしょう。今回のケースにおいては,違法性阻却事由となりうる事実は存在しないものと考えられますから当然違法性も認められるでしょう。
6.(刑事責任の有無)
次に,責任についてはどうでしょうか。責任とは,違法行為を行った者(の意思決定)に対する非難可能性のことをいいます。たとえ違法行為を行ったとしても,その者が,その行為当時の状況に照らして,そのような行為(を行う意思決定)を避けることができなかったのであれば,それを非難することはできませんから,犯罪は成立しません。言い換えれば,行為者の有責性を肯定し,犯罪の成立を認めるためには,@その者が行為の違法・適法を判断する能力を有し(これを,「事理弁識能力」といいます),かつ,Aその判断に従って自らの行為を制御する能力があること(これを「行動制御能力」といいます)が必要となります。
したがって,この2つの能力(両者を併せて「責任能力」といいます)の有無が,責任判断の本質であり,その中核的要素となります。刑法が,39条1項において,心神喪失者(事理弁識能力や行動制御能力を欠く者)の行為について不可罰とし,同2項において,心神耗弱者(事理弁識能力や行動制御能力が著しく低い者)の行為について減刑を認めているのは,上記の考え方と整合的であるといえるでしょう。酩酊は,意識障害を生じさせるものですから,事理弁識能力や行動制御能力に影響を及ぼすものであると考えられます。酩酊といっても,その程度により責任能力に及ぼす影響は様々ですが,実務的には,単純酩酊の場合には完全な責任能力を肯定し,複雑酩酊の場合には心神耗弱を,病的酩酊の場合には心神喪失を認めるのが一般的な考え方であるといわれています。そうでなければお酒を多量に飲んでしまえば刑事責任を回避できることになるからです。
7.(貴方がとり得る対応,手段について)
(1)あなたの行為が公然わいせつ罪に当たるとして,警察の取り調べを受けたということですから,刑事事件として取り扱われることになります。今後検察官の取り調べのために検察庁に呼び出されることが予測されます。しかし,犯罪に当たる事件がすべて起訴されるわけではありませんから,あなたとすると不起訴処分となるための準備をする必要があります。不起訴処分には嫌疑不十分と起訴猶予がありますから,犯罪事実を争い犯罪の嫌疑が不十分であると主張するか,犯罪事実は認めるが,被害弁償を行い反省していることを示して起訴を猶予してもらう,といういずれかの方法を準備する必要があります。
ご相談の場合は,犯罪事実に争いがなくしかも目撃者がいるということですから証拠もそろっていると考えられるので,起訴猶予のための準備を考えるべきでしょう。仮に,犯罪事実を争うことになると否認事件として逮捕勾留される危険もあります。起訴猶予のための準備としては贖罪寄付と目撃女性へのお詫びと示談が考えられますが,この点は上記において述べた「公然わいせつの保護法益」とも関連します。
(2)(贖罪寄付)
公然わいせつ罪の保護法益は,既に述べたように,社会的法益としての「健全な性秩序ないし性的風俗」であると考えられます。窃盗罪や傷害罪等の個人的保護法益に対する犯罪とは異なり被害者個人に弁償すれば足りるということにはなりません。社会的法益に対する罪については弁償という考え方はなじまないともいえるでしょう。しかし,あなたが罪を認め,何らかの償いをしたいと考えるのであれば,あなたの反省を示す手段の1つとして「贖罪寄付」を検討されるべきでしょう。贖罪寄付は個人的法益の犯罪についても示談できない場合に「贖罪寄付」とする場合がありますが被害者が特定できない犯罪についても反省を示す客観的な材料として行われることになります。贖罪寄付は法テラスや弁護士会,赤十字などの団体でこれを受け付けています。
(3)(目撃女性との示談とその根拠)
また,公然わいせつ罪は「見たくない者の性的自由」をも副次的に保護していると考える立場からすれば,被害女性と示談をすることは,被害者に弁償したことになり個人的保護法益の回復となりますから起訴猶予が認められるための有効な手段の1つとして考えられます。なぜ刑事事件において示談をしなければならないかという理論的根拠ですが,それは法の支配の理念,自力救済禁止に求める事ができます。いかなる国民も被害を蒙った自らの権利を強制的に回復,実現するためには裁判所の手続を経なければならないということ,これを 自力救済禁止の原則といいます(憲法31条,32条,76条)。刑事事件において幾ら甚大な被害を蒙っても自ら報復はできません。財産的損害は民事訴訟手続きにより請求しなければなりませんし,被告人の生命身体の自由を剥奪拘束することにより社会,被害者に対する更生,償いは刑事訴訟手続きによってしか行うことができません。これを別な側面から見ると,裁判所,検察官という国家機関が被害者に代わり被告人の刑事責任を公正な法の下に追及するということにもなります。
従って,当の被害者本人が,和解,示談により処罰意思の放棄がなされれば,国家機関もその意思を重視し考慮せざるを得ないことになります。逆に,被害者の処罰意思が強固であれば裁判所もその意思を無視することはできません。又,処罰の減刑を求めるためにはそれに代わる,代償,償いを自ら示さなければなりません。その方法ですが,法治国家においては金銭的償いとなります。
具体的には,被害者に対する弁償,被害者が,国家,社会であれば国家,社会に対する償い,贖罪寄付ということになります。そういう意味で被害者側との示談は刑事事件において不可欠の要素になります。有罪率99%以上の刑事事件について被害者側との適切,迅速な対応が要求されます。ただ,警察署,捜査機関において,本罪の社会的法益を強調し,目撃被害者との謝罪交渉をする必要がないと説明する場合が有りますので,弁護人も個人的法益を保護する趣旨を強調,説明して被害弁償を行う必要があります。依頼した弁護士とよくご相談のうえ,これらの手段をとるかどうか,検討されるとよいでしょう。
8.(医道審議会の関係)
示談,贖罪寄付を行わない場合,通常初犯で有れば,略式手続き(刑訴461条)により罰金を科せられることになりますが,貴方は歯科医師ですので,刑事手続きが終了しても,医師資格に関する行政処分が待っています(歯科医師法7条以下)から安心はできません。一番の違いは,執行猶予でも行政処分は必ず行なわれます。刑罰の執行を猶予されても,罪を犯したことに変わりはありませんので医師資格の審査判断は全く別の問題になるのです。この点を弁護人が勘違いして刑事裁判で執行猶予を求め後で取り返しのつかない事態になる場合がよくあります。すなわち,刑事裁判で執行猶予が付いたのに医師資格取り消しの場合です。注意してください。
従って医師の場合何としても不起訴処分を求める起訴前弁護が必要不可欠です。必ず事前に専門家にご相談ください。又,被害弁償,社会に対する償いがなされているかどうかは,勿論,医師としての資格付与の判断要素になりますので,起訴前,起訴後においても医道審議会を予想した刑事弁護が必要となります。尚,医道審議会については,法律相談事例集キーワード検索869番,735番,653番,551番,313番,266番,246番,211番,48番参照。
<参照条文>
刑法
(正当防衛)
第36条 急迫不正の侵害に対して,自己又は他人の権利を防衛するため,やむを得ずにした行為は,罰しない。
2 防衛の程度を超えた行為は,情状により,その刑を減軽し,又は免除することができる。
(心神喪失及び心神耗弱)
第39条 心神喪失者の行為は,罰しない。
2 心神耗弱者の行為は,その刑を減軽する。
(公然わいせつ)
第174条 公然とわいせつな行為をした者は,6月以下の懲役若しくは30万円以下の罰金又は拘留若しくは科料に処する。
(わいせつ物頒布等)
第175条 わいせつな文書,図画その他の物を頒布し,販売し,又は公然と陳列した者は,2年以下の懲役又は250万円以下の罰金若しくは科料に処する。販売の目的でこれらの物を所持した者も,同様とする。
刑事訴訟法
第六編 略式手続
第461条 簡易裁判所は,検察官の請求により,その管轄に属する事件について,公判前,略式命令で,百万円以下の罰金又は科料を科することができる。この場合には,刑の執行猶予をし,没収を科し,その他付随の処分をすることができる。
歯科医師法
第7条 歯科医師が,第三条に該当するときは,厚生労働大臣は,その免許を取り消す。
2 歯科医師が第四条各号のいずれかに該当し,又は歯科医師としての品位を損するような行為のあつたときは,厚生労働大臣は,次に掲げる処分をすることができる。
一 戒告
二 三年以内の歯科医業の停止
三 免許の取消し
3 前二項の規定による取消処分を受けた者(第四条第三号若しくは第四号に該当し,又は歯科医師としての品位を損するような行為のあつた者として前項の規定による取消処分を受けた者にあつては,その処分の日から起算して五年を経過しない者を除く。)であつても,その者がその取消しの理由となつた事項に該当しなくなつたとき,その他その後の事情により再び免許を与えるのが適当であると認められるに至つたときは,再免許を与えることができる。この場合においては,第六条第一項及び第二項の規定を準用する。
4 厚生労働大臣は,前三項に規定する処分をなすに当つては,あらかじめ医道審議会の意見を聴かなければならない。
5 厚生労働大臣は,第一項又は第二項の規定による免許の取消処分をしようとするときは,都道府県知事に対し,当該処分に係る者に対する意見の聴取を行うことを求め,当該意見の聴取をもつて,厚生労働大臣による聴聞に代えることができる。
6 行政手続法 (平成五年法律第八十八号)第三章第二節 (第二十五条,第二十六条及び第二十八条を除く。)の規定は,都道府県知事が前項の規定により意見の聴取を行う場合について準用する。この場合において,同節 中「聴聞」とあるのは「意見の聴取」と,同法第十五条第一項 中「行政庁」とあるのは「都道府県知事」と,同条第三項 (同法第二十二条第三項 において準用する場合を含む。)中「行政庁は」とあるのは「都道府県知事は」と,「当該行政庁が」とあるのは「当該都道府県知事が」と,「当該行政庁の」とあるのは「当該都道府県の」と,同法第十六条第四項 並びに第十八条第一項 及び第三項 中「行政庁」とあるのは「都道府県知事」と,同法第十九条第一項 中「行政庁が指名する職員その他政令で定める者」とあるのは「都道府県知事が指名する職員」と,同法第二十条第一項 ,第二項及び第四項中「行政庁」とあるのは「都道府県」と,同条第六項 ,同法第二十四条第三項 及び第二十七条第一項 中「行政庁」とあるのは「都道府県知事」と読み替えるものとする。
7 厚生労働大臣は,都道府県知事から当該処分の原因となる事実を証する書類その他意見の聴取を行う上で必要となる書類を求められた場合には,速やかにそれらを当該都道府県知事あて送付しなければならない。
8 都道府県知事は,第五項の規定により意見の聴取を行う場合において,第六項において読み替えて準用する行政手続法第二十四条第三項 の規定により同条第一項 の調書及び同条第三項 の報告書の提出を受けたときは,これらを保存するとともに,当該処分の決定についての意見を記載した意見書を作成し,当該調書及び報告書の写しを添えて厚生労働大臣に提出しなければならない。
9 厚生労働大臣は,意見の聴取の終結後に生じた事情にかんがみ必要があると認めるときは,都道府県知事に対し,前項の規定により提出された意見書を返戻して主宰者に意見の聴取の再開を命ずるよう求めることができる。行政手続法第二十二条第二項 本文及び第三項 の規定は,この場合について準用する。
10 厚生労働大臣は,当該処分の決定をするときは,第八項の規定により提出された意見書並びに調書及び報告書の写しの内容を十分参酌してこれをしなければならない。
11 厚生労働大臣は,第二項の規定による歯科医業の停止の命令をしようとするときは,都道府県知事に対し,当該処分に係る者に対する弁明の聴取を行うことを求め,当該弁明の聴取をもつて,厚生労働大臣による弁明の機会の付与に代えることができる。
12 前項の規定により弁明の聴取を行う場合において,都道府県知事は,弁明の聴取を行うべき日時までに相当な期間をおいて,当該処分に係る者に対し,次に掲げる事項を書面により通知しなければならない。
一 第二項の規定を根拠として当該処分をしようとする旨及びその内容
二 当該処分の原因となる事実
三 弁明の聴取の日時及び場所
13 厚生労働大臣は,第十一項に規定する場合のほか,厚生労働大臣による弁明の機会の付与に代えて,医道審議会の委員に,当該処分に係る者に対する弁明の聴取を行わせることができる。この場合においては,前項中「前項」とあるのは「次項」と,「都道府県知事」とあるのは「厚生労働大臣」と読み替えて,同項の規定を適用する。
14 第十二項(前項後段の規定により読み替えて適用する場合を含む。)の通知を受けた者は,代理人を出頭させ,かつ,証拠書類又は証拠物を提出することができる。
15 都道府県知事又は医道審議会の委員は,第十一項又は第十三項前段の規定により弁明の聴取を行つたときは,聴取書を作り,これを保存するとともに,当該処分の決定についての意見を記載した報告書を作成し,厚生労働大臣に提出しなければならない。
16 厚生労働大臣は,第五項又は第十一項の規定により都道府県知事が意見の聴取又は弁明の聴取を行う場合においては,都道府県知事に対し,あらかじめ,次に掲げる事項を通知しなければならない。
一 当該処分に係る者の氏名及び住所
二 当該処分の内容及び根拠となる条項
三 当該処分の原因となる事実
17 第五項の規定により意見の聴取を行う場合における第六項において読み替えて準用する行政手続法第十五条第一項 の通知又は第十一項 の規定により弁明の聴取を行う場合における第十二項 の通知は,それぞれ,前項の規定により通知された内容に基づいたものでなければならない。
18 第五項若しくは第十一項の規定により都道府県知事が意見の聴取若しくは弁明の聴取を行う場合又は第十三項前段の規定により医道審議会の委員が弁明の聴取を行う場合における当該処分については,行政手続法第三章 (第十二条及び第十四条を除く。)の規定は,適用しない。
第7条の二 厚生労働大臣は,前条第二項第一号若しくは第二号に掲げる処分を受けた歯科医師又は同条第三項の規定により再免許を受けようとする者に対し,歯科医師としての倫理の保持又は歯科医師として具有すべき知識及び技能に関する研修として厚生労働省令で定めるもの(以下「再教育研修」という。)を受けるよう命ずることができる。
2 厚生労働大臣は,前項の規定による再教育研修を修了した者について,その申請により,再教育研修を修了した旨を歯科医籍に登録する。
3 厚生労働大臣は,前項の登録をしたときは,再教育研修修了登録証を交付する。
4 第二項の登録を受けようとする者及び再教育研修修了登録証の書換交付又は再交付を受けようとする者は,実費を勘案して政令で定める額の手数料を納めなければならない。
5 前条第十一項から第十八項まで(第十三項を除く。)の規定は,第一項の規定による命令をしようとする場合について準用する。この場合において,必要な技術的読替えは,政令で定める。
第7条の三 厚生労働大臣は,歯科医師について第七条第二項の規定による処分をすべきか否かを調査する必要があると認めるときは,当該事案に関係する者若しくは参考人から意見若しくは報告を徴し,診療録その他の物件の所有者に対し,当該物件の提出を命じ,又は当該職員をして当該事案に関係のある病院その他の場所に立ち入り,診療録その他の物件を検査させることができる。
2 前項の規定により立入検査をしようとする職員は,その身分を示す証明書を携帯し,関係人の請求があつたときは,これを提示しなければならない。
3 第一項の規定による立入検査の権限は,犯罪捜査のために認められたものと解してはならない。
第8条 この章に規定するもののほか,免許の申請,歯科医籍の登録,訂正及び抹消,免許証の交付,書換交付,再交付,返納及び提出並びに住所の届出に関して必要な事項は政令で,第七条の二第一項の再教育研修の実施,同条第二項の歯科医籍の登録並びに同条第三項の再教育研修修了登録証の交付,書換交付及び再交付に関して必要な事項は厚生労働省令で定める。
解説:
1.(証拠の収集)知人に対する金銭の貸付は、「金銭消費貸借契約」と呼ばれ、貸主は契約に基づき「貸金返還請求権」という債権を有し、借主は借入金返還債務を負担します(民法587条)。借主が死亡してしまった場合は、借主の相続人が債務についても相続します(民法896条)。ただ、事情を知らないでしょうから返還金額、時期や利息などを定めた契約書を用意して相続人に対して説明することが必要になります。契約書が無い場合は、金銭の貸し借りを立証できる資料をご用意下さい。預金通帳の振込記録や、第三者の証言記録や、当事者の会話録音などを準備して相続人に示して納得してもらう必要があります。
2.(相続人の調査 戸籍取り寄せ)借主が死亡した場合、まず、相続人を調査します。法定相続人は、「配偶者」及び「子供」です。子供は、死亡時に同居していた子供だけでなく、離婚して別れて音信不通になっているような子供も含みます。従って、生物学的に生殖能力があるとされる、13歳前後から死亡時までの全ての戸籍謄本を取り寄せてみましょう。結婚や転籍などで戸籍を移動している場合は、全ての戸籍を確認する必要があります。戸籍謄本には「〜送付入籍」など、かならずどちらの戸籍に移ったのか記載がありますから、辿って調べることができるはずです。子供を産んだ場合は、必ずその旨が記載されます。
なお、戸籍謄本は重要な個人情報ですので、他人の戸籍謄本を請求するには制限があり原則として他人の戸籍謄本を請求することはできません。そこで、被相続人(亡くなった人)の債権者であることを確認できる資料を示して、役所に申請する必要があります。役所から拒否された場合には、相続人の調査として弁護士や司法書士に依頼することもできます。
参考条文=戸籍法10条の2 前条第一項に規定する者以外の者は、次の各号に掲げる場合に限り、戸籍謄本等の交付の請求をすることができる。この場合において、当該請求をする者は、それぞれ当該各号に定める事項を明らかにしてこれをしなければならない。
1号 自己の権利を行使し、又は自己の義務を履行するために戸籍の記載事項を確認する必要がある場合 権利又は義務の発生原因及び内容並びに当該権利を行使し、又は当該義務を履行するために戸籍の記載事項の確認を必要とする理由
3.(債務の相続の具体的割合)法定相続人を確認することができたら、その相続人に請求してみましょう。被相続人(亡くなった人)にとっての金銭債務は、相続人に、法定相続分に応じて分割されて承継されます。例えば、夫と子供2人の場合は、夫が2分の1、子供が各4分の1、となりますから、100万円の貸付なら、50万円と25万円を夫々請求できることになります。遺言で債務の相続について法定相続分と異なる意思表示をしても債務の負担割合は変わりません。債務の相続については法律相談事例集キーワード検索820番を参照してください。
(内容証明の送付)電話とか手紙で埒が明かないときは、「内容証明郵便」による請求・催告書を送付すると良いでしょう。文面のポイントは、「消費貸借契約の内容(借用金額、返済期限、利息、保証人などの担保)」「弁済期を過ぎているので払って下さい」「本書到達後1週間以内に振込無い場合は訴訟提起します」ということです。内容証明郵便は、債権の消滅時効を一時的に中断(民法153条)したり、遅延損害金の計算をするときの資料となったり、訴訟提起した場合の証拠資料となったりしますので、一度出しておくと良いでしょう。相手方が受取を拒否した場合は、戻ってきた郵便物のコピーを取って、再度、普通郵便で送りなおすと良いでしょう。
4.(相続放棄の申述受理証明書の請求)内容証明郵便を出した後に、相続人が採りうる態度としては、「母には財産が何も無いので、家族全員で相続放棄しましたので、支払い義務はありません」という回答です。このような回答を得た場合は、電話でもメールでも手紙でも、「家族全員が相続放棄したことを確認できる相続放棄の申述受理証明書の写しを交付して下さい」と要求すると良いでしょう。申述受理証明書のコピーを入手できた場合は、発行元の家庭裁判所に電話して、この申述受理証明書が本物であるか、確認すると良いでしょう。
5.(相続放棄と法定単純承認)この申述受理証明書が本物だった場合、どうしたら良いでしょうか。勿論、この時点で、あきらめてしまう債権者の方も居ると思いますが、その前に「申述受理証明書」の法的性質を考えてみましょう。
申述受理証明書の文面は次のようになっています。
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相続放棄申述受理証明書
被相続人 氏名 ○○ 本籍 ○○
申述人 氏名 ○○
事件番号 平成○年(家)○○号
申述を受理した日 平成○年○月○日
以上の通り証明する
○○家庭裁判所 裁判所書記官 ○○公印
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文面を見てわかるように、これは、申述人から相続放棄の申述があり、これに事件番号を付けて受理しましたよ、という事実を証明する文書です。裁判所の「判決」や「決定」などの裁判があったことを証明する文書ではありません。では「受理」とはどういう意味でしょうか。これは、「形式的な書面審査を行い、書類を受け取った」という程度の意味です。つまり、この証明書があるだけでは、いまだ、相続放棄が有効かどうか、法律上は確定していない、ということになります。裁判所の証明書だからといって、あきらめるのはまだ早いかもしれません。
債権者としては、相続人が「法定単純承認」をしていないかどうか、調査をする必要があります。「法定単純承認」とは、相続人が一定の行為をした場合に、相続放棄の手続をしているかどうかに関わらず、自動的に単純承認したと看做される場合を言います。単純承認により、債務(貸金)が相続人に引き継がれますので、相続人に対して貸金を請求することができます。
民法第921条(法定単純承認)次に掲げる場合には、相続人は、単純承認をしたものとみなす。
一 相続人が相続財産の全部又は一部を処分したとき。ただし、保存行為及び第六百二条に定める期間を超えない賃貸をすることは、この限りでない。
二 相続人が第915条第1項の期間(相続開始を知って3ヶ月)内に限定承認又は相続の放棄をしなかったとき。
三 相続人が、限定承認又は相続の放棄をした後であっても、相続財産の全部若しくは一部を隠匿し、私にこれを消費し、又は悪意でこれを相続財産の目録中に記載しなかったとき。ただし、その相続人が相続の放棄をしたことによって相続人となった者が相続の承認をした後は、この限りでない。
問題となるのは、1号と3号です。借主の相続人が相続放棄の手続を済ませていても、借主の預貯金を下ろしていたり、借主の相続財産を隠匿しているような場合には、法定単純承認とみなされるので、相続放棄は無効になり、貸主は、相続人に対して弁済を請求できることになります。
(法定単純承認の判例紹介)
民法921条について、判例をいくつかご紹介致します。
(1)最高裁判所昭和42年4月27日判決。「この規定が適用されるためには、相続人が自己のために相続が開始した事実を知りながら相続財産を処分したか、または、少なくとも相続人が被相続人の死亡した事実を確実に予想しながらあえてその処分をしたことを要するものと解しなければならない。」家出人の家族が、家出人の荷物を処分したことが法定単純承認となるかどうか争われた事例で、死亡している事を知らずに財産を処分しても、法定単純承認とはならない(債権者は相続放棄した相続人に対して請求できない)と判断しました。
(2)最高裁判所昭和61年3月20日判決。「民法921条3号にいう「相続財産」には、消極財産(相続債務)も含まれ、限定承認をした相続人が消極財産を悪意で財産目録に記載しなかったときにも、同号により単純承認としたものとみなされると解するのが相当である。」不動産売買契約後に売主が死亡し、売主の相続人が限定承認をした上で不動産を第三者に売却した事案で、限定承認の申述時の財産目録に「売買契約に基く所有権移転登記義務」を記載しなかったことも、法定単純承認にあたると判断しました。この事案から考えると、債権者であるあなたは、相続開始後直ちに、推定相続人に対して、内容証明などで、被相続人に対する債権(相続債務)が存在することを通知することが有効であると分かります。金融業者などは、故意に被相続人死亡から3ヶ月の熟慮期間(民法915条)を経過してから貸金の催告を行う取り扱いも見られますが、必ずしも法的には有利な方法とは言えないということになります。
(3)東京地裁平成10年4月24日判決は、被相続人所有不動産の賃料の振込先を相続人に変更させたことが「財産の処分」にあたるとして、法定単純承認を認めました。
(4)東京地裁平成12年3月21日判決は、被相続人の遺品を形見分けしただけでは、民法921条3号の「隠匿」には当たらないが、被相続人のスーツ、毛皮、コート、靴、絨毯など財産的価値を有する遺品のほとんど全てを自宅に持ち帰る行為は同号に該当し、法定単純承認となると判断しました。
(5)大阪高等裁判所平成14年7月3日決定(相続放棄申述却下審判に対する抗告事件)相続債務の存在を知らない状態で、被相続人の預貯金を解約し、仏壇と墓石を購入した事案で、社会的に不相当な高額の支出でなければ、「相続財産の処分」には当たらないとして相続放棄の申述を受理しました。
これらの判例から、法定単純承認は、比較的柔軟に運用されているとわかります。相続人に悪意が無い場合には、常識的な範囲で、財産の処分などをしていても、相続放棄が認められることも多いということになります。法定単純承認にあたる事由が無いかどうか、よく検討して、法定単純承認になっている可能性がある場合は、その立証資料を用意して、弁護士さんに相談することをお勧めします。
6.(相続財産の管理状況の報告の請求)死亡した借主の夫や息子さんが相続放棄をしている場合は、民法940条及び民法645条に基いて、相続財産の管理状況の報告を請求してみましょう。債務超過で家族が相続放棄したと言っても、全く財産の無い方も居ないはずです。預貯金がゼロで亡くなる人は少ないはずです。
民法第940条(相続の放棄をした者による管理)相続の放棄をした者は、その放棄によって相続人となった者が相続財産の管理を始めることができるまで、自己の財産におけるのと同一の注意をもって、その財産の管理を継続しなければならない。
2項 第645条、第646条、第650条第1項及び第2項並びに第918条第2項及び第3項の規定は、前項の場合について準用する。
第645条(受任者による報告)受任者は、委任者の請求があるときは、いつでも委任事務の処理の状況を報告し、委任が終了した後は、遅滞なくその経過及び結果を報告しなければならない。
内容証明の文面の概要は次の通りです。「被相続人○○の債権者として通知します。債権の特定、貸主、借主、日付、貸付金額、利息、損害金、弁済方法、残金額。私が上記債権について法定相続人である貴殿に対して催告を行ったところ、貴殿は○月○日に相続放棄の申述が受理されたと主張いたしました。私は、債権者として、法定単純承認の成立を検討し、その後、次順位相続人への請求または相続財産管理人選任申立を検討したいと思います。そこで、私は、民法940条及び同645条に基いて、貴殿に対して次の事項について報告を求めます。(1)相続財産の財産目録、(2)各財産の具体的な管理状況・所在。以上の事項について本書面到達後2週間以内にご回答下さい。何ら誠意あるご回答も頂けず当方に損害を生じた場合は、損害の回復のため必要な民事訴訟等を提起せざるを得ませんので悪しからず御了承下さい。」 相続放棄者からの回答としては、「民法645条の報告義務は、次順位相続人又は相続財産管理人に対する義務であるので貴殿に対する回答義務は無い。」という内容が予想されます。しかし、相続財産の管理について、利害関係人が熱心に注意していることが伝わるので、手紙を出すことの事実上の意味はあると思います。
7.(相続放棄と次順位者相続人の調査)諸事情を検討して、夫と息子の相続放棄を覆すことが難しい場合でも、それでも、まだ、あきらめてはいけません。次順位相続人への請求を検討してみましょう。
まず、法定相続人(民法887条、889条)を整理してみましょう。
常に相続人(下記相続人と同順位)=配偶者(亡くなった人の夫又は妻)
第一順位=子(孫、ひ孫)
第二順位=父親、母親(祖父母)
第三順位=兄弟姉妹(甥姪)
以上の通り、亡くなった方が女性で、夫と息子が居るならば、その女性の、両親や祖父母が存命していないかどうか、調査すると良いでしょう。債権者であれば、借用書の写しなどを添付して、被相続人の戸籍謄本を市役所などで請求することができます。わからなければ弁護士さんに相談してみましょう。両親や祖父母が既に他界しているときは、兄弟姉妹を調べてみましょう。兄弟姉妹が死亡しているときは、甥姪が相続人になります。戸籍謄本を取り寄せて、兄弟姉妹や甥姪を確認することが出来たら、その人に内容証明郵便を送って請求してみると良いでしょう。
8.(相続放棄と相続財産管理人選任申立)兄弟姉妹や甥姪が相続放棄をした場合も、前記の通り、相続放棄に問題が無いか(法定単純承認が成立しないか)調査してみましょう。兄弟姉妹や甥姪の相続放棄にも問題が無い場合は、「相続財産管理人選任申立」を検討すると良いでしょう。
裁判所の説明ページと書式のリンクを記載します。
http://www.courts.go.jp/saiban/syurui/kazi/kazi_06_15.html
http://www.courts.go.jp/saiban/tetuzuki/syosiki/syosiki_01_15.html
相続財産管理人(民法951条、952条)は、相続人が不存在又は不明のときに、利害関係人又は検察官の請求で選任されます。相続財産管理人は、相続財産の清算(民法957条)を行います。具体的には、相続債権者に対して請求の申出を行う様に公告し、また、相続人捜索の公告をし、財産目録を作成し、配当弁済(民法957条2項、929条)を行います。
但し、相続財産管理人の選任申立には、切手や印紙のほか、官報公告費用として数万円の予納金が必要です。この予納金は共益費となりますので、相続財産から優先的に弁済を受けることができますが、申立の時には持ち出しになってしまいます。相続財産が数万円以下ということなら、費用倒れとなってしまうおそれがありますので、申立自体を取りやめることも考えなければならないでしょう。一度、お近くの法律事務所にご相談なさってみると良いでしょう。
質問:自宅を建設しようと、宅地を購入しました。いざ建設を始めようとご近所にあいさつ回りに行ったところ、一見して暴力団のような隣の住人から「うちが影にならないように建てるんだぞ」「法律とか自治体の判断とか関係ない」「この馬鹿野郎」などと威圧的に言われ、設計の変更を脅迫されています。こんなところに住みたくないのですが、この宅地の購入契約を解除できませんか。
↓
回答:
1.宅地の購入契約の解除については、売主に対して債務不履行を理由とする契約の解除(民法541、543条)と売主の瑕疵担保責任に基づく解除(民法570条)が問題となります。本件の場合売主の債務不履行責任はないと考えられます。そこで売主の瑕疵担保責任が問題となります。瑕疵担保責任に基づき、損害賠償を請求できる可能性がありますが、残念ながら解除まで認められる可能性は低いと思われます。
2.瑕疵担保責任等に関して法律相談事例集キーワード検索993番、926番、882番、815番、813番、159番参照。
【解説】
1.(契約の解除の根拠 瑕疵担保責任) 自らの意思で締結した契約は守らなければいけませんから、相手の意思を無視して勝手に破棄したりすることは許されません(私的自治の原則)。しかし正当な理由がある場合は、契約自体を白紙に戻すことを法は認めています。法律上これを解除といいます。契約の解除は、有効に成立した契約を解消して初めから契約をしなかった状態に戻すことですが(民法540条)、契約当事者の双方の合意による解除(契約締結、解除の自由)と当事者が合意しなくても認められる法律が定める解除の二つがあります。本件でも売主との交渉で解除の合意ができれば解除が認められることになります。しかし、売主が解除に応じない場合は買主としては法律が定める解除権が認められる事実(学問上これを法律要件事実といいます。)があることを主張立証する必要があります。
売買契約において法律が定めている解除には債務不履行による解除(民法541条以下)と瑕疵担保責任(民法570条等)による解除の二つがあります。債務不履行を理由とする解除は、契約当事者の一方が自分の債務を履行しない場合です。約束した自分の責任を果たさないのですから契約の解除が認められるのは当然ですが、本件の場合は建物を建てる目的で土地を購入したのですから、売主とすると建物が建てられる土地を引き渡した以上は契約上の責任は果たしているといえるでしょう。従って、債務不履行を理由とする解除の要件は満たさないと言えます。実際上建築に障害があるような土地を引き渡しても責任を果たしたことにならないのではないかという疑問もあるでしょうが、契約上は対象となっている土地の引き渡しとだけ書いてありますから、売主が当該土地を引き渡せば法律上の義務を履行したことになります。土地に事実上建築できるかどうかは土地の価値評価の問題であり、これをもって債務の履行を否定することはできません。
これに対して瑕疵担保責任(民法570条)とは、売買の目的物である特定物に契約締結当時すでに隠れた瑕疵があった場合において、売主が負うべき特別の責任です。これは、法の理想である公平の観点(民法1条、2条)から特に法律で定めた責任(学問上法定責任説といわれています。)と考えられており、売買契約の際に特に品質を保証するというような特約がなくても当然に売主が負う責任です。瑕疵担保責任の要件としては売買の目的物に「隠れた瑕疵」があることですが、更に解除が認められるためには瑕疵があることにより「契約の目的を達することができない」ことが要件とされています。隠れた瑕疵があっても一応契約の目的を達することができる場合は契約の解除はできず損害賠償が認められるだけです。これは、瑕疵担保責任が買主と売主の公平を実現するために法が認めた責任だからです。どんな瑕疵でも瑕疵があれば常に解除ができるとすると売主に酷な結論となることが予測されるため、解除ではなく損害賠償で公平を図るべきとしたのです。 なお瑕疵担保責任については、当事務所法律相談事例集159番、813番、882番にも詳しい説明がありますので参考にしてください。本件は事実上建築が難しいと思われる瑕疵がある土地の売買であり、瑕疵担保責任(民法570条)の問題として考えることができます。
2.(隠れた瑕疵) そこで、隠れた瑕疵があること、その瑕疵により契約の目的が達せられないことを理由に解除ができるか検討が必要になります。
本来の売買目的物に隠れた瑕疵があるというためには、売買の目的物そのものに欠陥があることが原則です。しかし本件では、売買目的物の土地の隣に暴力団風の方が住んでおり、その方の要望であなたの望むような設計により家を建てられない、建てたとしても後日の人間関係で心配があるという心理的負担が売買目的物の土地の「瑕疵」といえるのか問題となります。
法律上「瑕疵」とは「売買の目的物とされたものが通常有すべき品質を備えないこと」をいい、物理的欠陥に限らず、経済的法律的欠陥も含まれると解されています。さらには「隠れた」瑕疵であることが必要であるところ、「買主が気付かず、また気付かなかったことに過失がないこと」を意味します。本条は公平の理念から法が認めた特別の責任ですから解釈上無過失まで要求されることになります。
定義から考えると土地自体は建築可能な土地である以上は瑕疵とは言えないのではないかという疑問が残ります。
3.(判例) 同様のケースを扱った判例として、東京高等裁判所平成20年5月29日判決があります。
この判決の原判決においては、隣人が脅迫的言辞をもって誠に理不尽な要求を繰り返していたという事態について「本件売買と地の宅地としての効用を物理的または心理的に著しく減退させ、その価値を減ずるであろうことは社会通念に照らして容易に推測されるところである。・・・そのような(隣人からの)請求は一時的なものではあり得ず、今後も継続することが予想されるところである。」と判示し、脅迫的言辞をもって建物の建築を妨害する者が隣に住んでいるという事実を「瑕疵」と認めました。またその前提として、「隠れた」瑕疵であることにつき、隣人が脅迫的に建物の建築を妨害するものであることは一般に予想しない事柄であるため、その近隣住民の素性等をあらかじめ調査する義務があったともいえない以上、「隠れた」瑕疵であると認めています(東京地裁平成19年12月25日判決)。
そして、先ほどの高裁判決も、この判断はそのまま支持しています。
4.(判例の検討) 本来の売買目的物の瑕疵の概念からは外れるようにも考えられますが、瑕疵担保責任の公平の実現という見地からは拡張して解釈し、担保責任を認めたと言えるでしょう。しかしながら、解除が認められるためには瑕疵により契約の目的が達せられないことも主張立証しなくてはなりません。
先ほどの裁判例では高裁判決も原判決も、このような瑕疵によってもまだ売買契約を締結した目的を達成することができないとはいえないとして、契約の解除までは認めませんでした。つまり、隣人の脅迫的な要求があっても、家を建築するために購入したその土地の上に家を建て、今後居住することは可能と判断したわけです。
その理由としては 1.隣人の要求は不当なものであってそれに従う義務がないこと 2.脅迫罪や強要罪などでの刑事告訴等の手続により、脅迫的言辞を抑止することも可能であること 3.民事的手続として仮処分により建築の妨害を排除しうること といった原審裁判所が挙げたもののほか 4.隣人の要求するような設計(隣人宅に影がかからないようにするということ)により家を建てることが可能であること 5.民事介入暴力問題に精通した弁護士に依頼して交渉や調停により解決することも可能であること が挙げられています。
5.(判例の問題点) 買主とすると、家を建ててそこに住居を構える目的で土地を購入したことを重視するとそこに建物を建てて生活しなさいというのは酷なようにも思えます。旅行地などでの一時的な滞在とは異なり、反永続的にその隣人と付き合うことを意味します。そのような状況下において、隣人に対し刑事告訴や仮処分、調停といった手続をとることが平穏な生活につながるとは思われません。むしろ、新たなトラブルを招きかねませんし、裁判所による公的手続には費用が必要にもなります。
平穏な生活を求めて自らの居宅の敷地として土地を購入した、買主の事情を重視し、瑕疵担保責任により売買契約の解除を認めるべき事案であったとも考えられます。しかし、他方で売主の立場も考慮する必要があります。売主が不動産業者か否か、売買代金、売主が住んでいた頃の隣人との関係等具体的な事実関係により売主保護か買主保護か結論が異なってくるでしょう。なお、本件判決では、売買価格の7分の1程度の損害賠償金の支払いが命じられています。
以上のように、あなたのご相談においては、瑕疵担保責任により契約の解除を主張ことは検討の必要がありますが、一般的には難しいと言ってよいでしょう。
≪参考条文≫
民法
(基本原則)
第一条 私権は、公共の福祉に適合しなければならない。
2 権利の行使及び義務の履行は、信義に従い誠実に行わなければならない。
3 権利の濫用は、これを許さない。
(解釈の基準)
第二条 この法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等を旨として、解釈しなければならない。
(履行遅滞等による解除権)
第五百四十一条 当事者の一方がその債務を履行しない場合において、相手方が相当の期間を定めてその履行の催告をし、その期間内に履行がないときは、相手方は、契約の解除をすることができる。
(定期行為の履行遅滞による解除権)
第五百四十二条 契約の性質又は当事者の意思表示により、特定の日時又は一定の期間内に履行をしなければ契約をした目的を達することができない場合において、当事者の一方が履行をしないでその時期を経過したときは、相手方は、前条の催告をすることなく、直ちにその契約の解除をすることができる。
(履行不能による解除権)
第五百四十三条 履行の全部又は一部が不能となったときは、債権者は、契約の解除をすることができる。ただし、その債務の不履行が債務者の責めに帰することができない事由によるものであるときは、この限りでない。
(売主の瑕疵担保責任)
第五百七十条 売買の目的物に隠れた瑕疵があったときは、第五百六十六条の規定を準用する。ただし、強制競売の場合は、この限りでない。
(地上権等がある場合等における売主の担保責任)
第五百六十六条 売買の目的物が地上権、永小作権、地役権、留置権又は質権の目的である場合において、買主がこれを知らず、かつ、そのために契約をした目的を達することができないときは、買主は、契約の解除をすることができる。この場合において、契約の解除をすることができないときは、損害賠償の請求のみをすることができる。
2 前項の規定は、売買の目的である不動産のために存すると称した地役権が存しなかった場合及びその不動産について登記をした賃貸借があった場合について準用する。
3 前二項の場合において、契約の解除又は損害賠償の請求は、買主が事実を知った時から一年以内にしなければならない。
民事保全法
(仮処分命令の必要性等)
第二十三条 係争物に関する仮処分命令は、その現状の変更により、債権者が権利を実行することができなくなるおそれがあるとき、又は権利を実行するのに著しい困難を生ずるおそれがあるときに発することができる。
2 仮の地位を定める仮処分命令は、争いがある権利関係について債権者に生ずる著しい損害又は急迫の危険を避けるためこれを必要とするときに発することができる。
3 第二十条第二項の規定は、仮処分命令について準用する。
4 第二項の仮処分命令は、口頭弁論又は債務者が立ち会うことができる審尋の期日を経なければ、これを発することができない。ただし、その期日を経ることにより仮処分命令の申立ての目的を達することができない事情があるときは、この限りでない。
(仮処分の方法)
第二十四条 裁判所は、仮処分命令の申立ての目的を達するため、債務者に対し一定の行為を命じ、若しくは禁止し、若しくは給付を命じ、又は保管人に目的物を保管させる処分その他の必要な処分をすることができる。
質問:夫が万引きで逮捕されました。罪を認めているようです。被害金額は500円です。私が被害店に謝りに行き、被害店の店主が、許してくれると言ってくれました。示談書にサインもしてくれました。夫には前科もありません。しかし、検察官は、起訴すると言って聞きません。起訴されてしまったら、前科は付きますか?起訴されてしまっても、示談していることで、前科をつけないようにできませんか?有罪であっても起訴が不当であること主張することはできますか。
↓
回答:
1.万引きが事実であれば、起訴されると、刑法235条により、10年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処せられることになります。前科とは法律用語ではありませんが、過去に有罪判決を受け確定したことですので、たとえ執行猶予がついても有罪判決ですから、前科がつくということになるでしょう。また、検察官には広範な訴追裁量権がありますので(刑訴248条起訴便宜主義)、起訴の後で、起訴の妥当性を争うのも不可能に近いと思われます。刑事弁護は起訴前が非常に重要です。示談をした上で弁護人を依頼すれば不起訴にできる可能性が高まるといえますので、早めに相談してください。
2.尚、起訴前に起訴(略式手続)することが検察官との交渉で明らかになった場合は、弁護人を通じ担当検察官に対し面会を申し入れ不起訴にすべき理由書を提出して争う必要があります。公益の代表者として必ず理由を聞いてくれます。しかし、担当検察官が正当な理由なく撤回しない場合は、担当検察官(本件でいえば区検察庁 担当副検事、又は、副検事と同様の権限をもつ検察官事務取扱検察事務官、検察庁法附則36条)の上司(区検責任者である検事、副検事。検察庁法10条)に面会を求め起訴の理由について説明を求めるべきです。正当な理由があれば上司の意見等で撤回してくれる場合もあります。ただ、在宅捜査ではなく、身柄勾留満期前であれば、交渉時間がありませんので検察官とは連絡を密にしておく必要があるでしょう。
解説:
1.(前科について) 起訴とは、検察官が裁判所に対し、被告人について刑事処分を与えるための裁判を開くことを求める手続を指します。裁判では、裁判官が、証拠にもとづいて、犯罪事実の有無、処罰の程度を決めます。窃盗罪は、他人の財物を窃取すれば成立しますし、わいせつ罪の一部に見られるような親告罪の制度もありません。したがって裁判所は、仮に示談が成立していても窃盗の事実を認定すれば、有罪判決を出すことになります。前科とは、過去に有罪判決を受けていること(略式起訴による罰金刑を含みます)を指しますので、有罪判決が出れば前科ということになります。つまり、犯罪事実について認めざるを得ない場合、起訴されてしまえば有罪判決はやむをえないことになり、前科はついてしまうことになります。
2.(起訴便宜主義と検察審査会) 検察官には、広範な訴追裁量があります。検察官に、起訴・不起訴の裁量権を与えることにより、公権力からの不当な干渉から国民の人権を守る、という憲法上の目的を果たすためであり、起訴便宜主義と呼ばれます(刑訴248条)。検察官は、事件を捜査し、証拠を精査し、当該事件について、公判請求をするかどうかを決めることができます。検察官は、事件を捜査した結果、証拠の内容から、犯罪事実の立証が困難であると判断した場合(嫌疑不十分)や、事案が軽微で、裁判や刑事罰までは必要ないと判断した場合には、不起訴処分として事件を終了させることもできるのです。検察官の起訴便宜主義については、検察審査会という制度があります。検察審査会では、検察官の起訴に関する処分について調査します。しかし検察審査会は、検察官のした「不起訴処分」について、その是非を検討するための機関です。検察官のした「公訴提起(起訴)」の是非について検討する機関ではありません。
3.(起訴の不当性を争う手続き) どうして、起訴が不当と思われる場合に検察審査会の様な制度がないのでしょうか。検察官が公訴を提起した以上、その内容の適法、妥当性は法解釈の問題であり、司法権すなわち、裁判所の判断(後記公訴権濫用の法理)にゆだねられるからです(憲法76条)。これに対し、不起訴処分については、公益の代表である検察官に公訴提起の独占権、裁量権限を与えているので(刑訴247条、248条)その妥当性について、裁判所の判断に任せるより、公益、すなわち国民の代表としての機関である審査会の判断協議に任せていると考えることができます(検察審会法1条)。
4.(本件) 本件では、被害金額が500円と低く、被害店の店主が宥恕の意思を示しています。これだけの条件が揃っていれば、ご主人様に窃盗の前科や執行猶予中であるなどの特殊な事情が無ければ、不起訴にするのが相当な事案だと思われます。では、仮に検察官に起訴されてしまった場合、その起訴が不当であるという判断は可能でしょうか。この点、検察官のした起訴が、訴追の裁量権を逸脱した権利濫用となるかについて、判例がありますので紹介します。
5.(判例) 昭和46年9月29日 福岡高裁判決。「本件で問題となつているのは事案が軽微で一般起訴猶予基準と比べて起訴猶予相当と思われる案件について起訴された場合の公訴権濫用の法理である。ところで刑事訴訟法第二四七条は公訴は検察官がこれを行うこととし、検察庁法によつて検察官の資格を厳格に規定し、適格性を審査し、検察官一体の原則に従い、刑事訴訟法第二四八条のいわゆる起訴便宜主義により公訴権の適正な運用をはかつており、反面、不起訴処分に対しては検察審査会法に基づき審査の申立又は刑事訴訟法第二六二条の請求ができるのである。しかし起訴処分については公訴権濫用である旨の不服申立方法を規定した条項が存しないのである。これは法が検察官の良識を信じ、検察官に広般な裁量権を附与しているものと解するのを相当とするのである。しかし、検察官の起訴不起訴の処分は訴追裁量であつて司法の公平な運用の一端を荷うものであり、厳正公平を要請されること当然である。そしてそれは同時に行政処分であり、従つて憲法第八一条の「処分」に含まれ、違憲審査の対象となるものと解される。しかし、三権分立の原則によつて起訴不起訴の処分は検察官の裁量行為とされているのであつて、裁判所が起訴処分を公訴権の濫用とし無効とする場合があるとすれば、それは検察官の公訴提起が、同種事案に対する一般的起訴猶予基準に対比して客観的に起訴猶予にせられるべきことが極めて明白であるのに何等合理的理由なくして著しく不当に差別的に起訴せられたという不当差別の客観的要件と検察官の公訴提起に不当差別の目的的積極的悪意があるという不当差別の主観的要件を具備することを要するものと解するのを相当とする。従つて、単に検察官の処分の不当を非難するに過ぎない場合や、又は同種事犯者で起訴猶予となつている者が他に多数存在するというだけでは足りず、その著しい不当が違法である所以を明らかにするものでなければならず、また検察官の過失怠慢が存するだけでは足りないといわねばならない。」
本判決は、公共の場所にビラを貼る行為について、商用のビラを貼ったものは不起訴処分にし、政党のビラを貼った者を起訴したのは公訴権の濫用であると争われた事案です。裁判例によれば、単純に同種の事案で不起訴になる事例が多い、というだけでは公訴権の濫用とは認められず、それに加えて、公訴を提起した検察官が、「検察官の公訴提起に不当差別の目的的積極的悪意があるという不当差別の主観的要件」を具備していることを要求するものです。検察官が、当該被告人を差別する積極的な意図をもって公訴を提起したことが必要だ、ということですが、実際問題として、検察官のこのような意図を立証することは、不可能に近いでしょう。
6.(判例) 最高裁は、昭和55年12月17日判決で、「検察官は、現行法制の下では、公訴の提起をするかしないかについて広範な裁量権を認められているのであつて、公訴の提起が検察官の裁量権の逸脱によるものであつたからといつて直ちに無効となるものでないことは明らかである。たしかに、右裁量権の行使については種々の考慮事項が刑訴法に列挙されていること(刑訴法二四八条)、検察官は公益の代表者として公訴権を行使すべきものとされていること(検察庁法四条)、さらに、刑訴法上の権限は公共の福祉の維持と個人の基本的人権の保障とを全うしつつ誠実にこれを行使すべく濫用にわたつてはならないものとされていること(刑訴法一条、刑訴規則一条二項)などを総合して考えると、検察官の裁量権の逸脱が公訴の提起を無効ならしめる場合のありうることを否定することはできないが、それはたとえば公訴の提起自体が職務犯罪を構成するような極限的な場合に限られるものというべきである。」と判示しています。職務犯罪を構成するような公訴提起でなければ裁判所は無効と断ずることはしないのです。
7.(まとめ) これらの判例にてらすと、相談者の夫は、被害金額が軽微で、被害者の宥恕もいただけていることから、不起訴が相当な事案であることは間違いありませんが、仮に起訴されてしまった場合、積極的な不当差別の意図があることや、公訴提起自体が職務犯罪を構成する場合とはいえないでしょう。起訴されてしまえば、有罪、すなわち前科がついてしまうことは確実です。刑事事件は、起訴前弁護に重要な意義があります。本人が反省し、被害者が宥恕してくれている場合、検察官と粘り強く交渉し、不起訴処分にしてもらう必要があります。被疑者の親族では、検察官と対等に交渉するのは困難であると思われますので、弁護士に相談することをお勧めいたします。
≪参照条文≫
憲法
第十四条 すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。
○2 華族その他の貴族の制度は、これを認めない。
○3 栄誉、勲章その他の栄典の授与は、いかなる特権も伴はない。栄典の授与は、現にこれを有し、又は将来これを受ける者の一代に限り、その効力を有する。
第十九条 思想及び良心の自由は、これを侵してはならない。
第二十一条 集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。
○2 検閲は、これをしてはならない。通信の秘密は、これを侵してはならない。
第七十六条 すべて司法権は、最高裁判所及び法律の定めるところにより設置する下級裁判所に属する。
○2 特別裁判所は、これを設置することができない。行政機関は、終審として裁判を行ふことができない。
○3 すべて裁判官は、その良心に従ひ独立してその職権を行ひ、この憲法及び法律にのみ拘束される。
刑事訴訟法
第一条 この法律は、刑事事件につき、公共の福祉の維持と個人の基本的人権の保障とを全うしつつ、事案の真相を明らかにし、刑罰法令を適正且つ迅速に適用実現することを目的とする。
第二百四十七条 公訴は、検察官がこれを行う。
第二百四十八条 犯人の性格、年齢及び境遇、犯罪の軽重及び情状並びに犯罪後の情況により訴追を必要としないときは、公訴を提起しないことができる。
検察庁法
第四条 検察官は、刑事について、公訴を行い、裁判所に法の正当な適用を請求し、且つ、裁判の執行を監督し、又、裁判所の権限に属するその他の事項についても職務上必要と認めるときは、裁判所に、通知を求め、又は意見を述べ、又、公益の代表者として他の法令がその権限に属させた事務を行う。
第十条 二人以上の検事又は検事及び副検事の属する各区検察庁に上席検察官各一人を置き、検事を以てこれに充てる。
○2 上席検察官の置かれた各区検察庁においては、その庁の上席検察官が、その他の各区検察庁においては、その庁に属する検事又は副検事(副検事が二人以上あるときは、検事正の指定する副検事)が庁務を掌理し、且つ、その庁の職員を指揮監督する。
第三十六条 法務大臣は、当分の間、検察官が足りないため必要と認めるときは、区検察庁の検察事務官にその庁の検察官の事務を取り扱わせることができる。
検察審査会法
第一条 公訴権の実行に関し民意を反映させてその適正を図るため、政令で定める地方裁判所及び地方裁判所支部の所在地に検察審査会を置く。ただし、各地方裁判所の管轄区域内に少なくともその一を置かなければならない。
○2 検察審査会の名称及び管轄区域は、政令でこれを定める。
第二条 検察審査会は、左の事項を掌る。
一 検察官の公訴を提起しない処分の当否の審査に関する事項
二 検察事務の改善に関する建議又は勧告に関する事項
○2 検察審査会は、告訴若しくは告発をした者、請求を待つて受理すべき事件についての請求をした者又は犯罪により害を被つた者(犯罪により害を被つた者が死亡した場合においては、その配偶者、直系の親族又は兄弟姉妹)の申立てがあるときは、前項第一号の審査を行わなければならない。
○3 検察審査会は、その過半数による議決があるときは、自ら知り得た資料に基き職権で第一項第一号の審査を行うことができる。
第三条 検察審査会は、独立してその職権を行う。
第四条 検察審査会は、当該検察審査会の管轄区域内の衆議院議員の選挙権を有する者の中からくじで選定した十一人の検察審査員を以てこれを組織する。
第二章 検察審査員及び検察審査会の構成
第五条 次に掲げる者は、検察審査員となることができない。
一 学校教育法 (昭和二十二年法律第二十六号)に定める義務教育を終了しない者。ただし、義務教育を終了した者と同等以上の学識を有する者は、この限りでない。
二 一年の懲役又は禁錮以上の刑に処せられた者
第六条 次に掲げる者は、検察審査員の職務に就くことができない。
一 天皇、皇后、太皇太后、皇太后及び皇嗣
二 国務大臣
三 裁判官
四 検察官
五 会計検査院検査官
六 裁判所の職員(非常勤の者を除く。)
七 法務省の職員(非常勤の者を除く。)
八 国家公安委員会委員及び都道府県公安委員会委員並びに警察職員(非常勤の者を除く。)
九 司法警察職員としての職務を行う者
十 自衛官
十一 都道府県知事及び市町村長(特別区長を含む。)
十二 弁護士(外国法事務弁護士を含む。)及び弁理士
十三 公証人及び司法書士